成長


3年半の現役生活をざっくり振り返ると、一言で言うと成長したなと思う。


入部するとき、1年後くらいには活躍できるようになっているかな?と思っていた。


最初のシーズン、チーム体制の混乱に乗じて前期のはじめの方の公式戦に出場した。

プレーの派手さとか決定力みたいなものがあって出してもらったものの、明らかに実力不足というのはわかっていた。点を取るところさえもっとできたら使ってもらえるかもしれないと思って、周りのいうことも聞かずに滅茶苦茶なプレーをしていた。周りの方々には迷惑をかけていたと思う。すみません。

その年の最後の新人戦では、ほとんど全く使ってもらえず。めっちゃ悔しかった。


次のシーズンは、遼くんがコーチになったこともあって、求められるプレーがはっきりした。

昨シーズンの悔しさをバネに人の言うことを少しは聞くようになった自分は、求められているプレーはなんとなく頭で理解できているものの、点とったらオッケーでしょみたいな価値観が抜けきっておらず、滅茶苦茶なプレーを繰り返していた。そもそもの考え方を変える必要があったと気づくまでシーズンを全部使った。ほぼ毎試合ベンチ入りして途中出場の一発屋として使われるものの、1点も取ることができなかった。1部昇格が決まったシーズンだったが、全く喜べなかった。活躍する先輩と同期を見て素直にすごいなとは思っていたが、自分は全く役に立っていないのが悔しくてたまらなかった。泣きそうだった。


3回目のシーズンに入る直前にいろいろつかむことができ、周りに求められるプレーができるようになってきた。良い感じだと思っていた。周りと話して守備の仕方を決めて、周りと話してビルドアップの手伝いをして、周りの求めるプレーをして、ということばかりしていたら負けまくって前期が終わった。

中断期間もなんとなくチーム全体がうまくいっていないことばかり気にして、みんなで一緒に瞑想して、いつの間にか後期が始まった。また勝てない試合が続いた。そのうち自分が決定機を外して負けた試合が続いて、自分はFWとして全く仕事ができていないということにやっと気付いた。チームに求められる最低限のことしかしようとしていなかったことにやっと気付けた。やっと掴んだ正解のプレーだけをずっと意識して、FWとしてのプライドみたいなのを完全に忘れていた。

それからの試合では、周りにずっと原因を求めていた。シュートまでもっと持ってきてほしいとか、クロスが宇宙開発とか。自分でもどうしたらいいかわからなかった。最後は個人的にもチーム的もちょっと良い試合も続いたが、変わるのが遅すぎた。


そして最後のシーズン、いろいろあったけど最終学年。以前の年から活躍している同期や後輩も多い。絶対に昇格を決めなければならない。始動直後はうまくいっていなかったりもしたが、少しずつ良くなってきていた。トモと周平は点とってくれるし、自分は気がきく選手だから、下に落ちてボール受けて前に繋いだり、中で受けたり、あいつらより守備で魅せてやろう。あいつらが点取らないときは自分が取れば良いや。みたいな感じでプレシーズンを過ごしていた。


思えばこのまま開幕を迎えなくてよかった。コロナで中断になって色々あって関西に帰り、野球にハマって、メジャーリーガーのスイングを研究しているとき、ふと、自分はサッカー選手としてこのままでいいのか?と思った。自分のもともとやりたかった、滅茶苦茶でもシュート打ちまくって点とる。みたいなプレー、全然してないけどいいの?みたいな。


中断が明けたら周りに迷惑かけまくってでもシュート打とう。それで一発屋に戻るならそれで良いや。


このときバットを片手に決意した。


色々な人のおかげで紆余曲折ありながらも開幕が決まって、練習も再開した。気付いた人はいないかもしれないが、シュートに直結するプレーを増やした。無理にでも自分がどれだけシュートに絡めているかが重要。守備とかも当たり前のようにチームで一番やるぞ。チームを勝たせるプレーをしよう。と思っていた。


開幕してから、次の試合が良い試合になるか不安になることもあったが、自分のプレーに集中した。自分が何点か取ったら必ず勝てると信じて試合に臨んだ。それが結果にもうまく繋がった。シュートのことばかり考えていて、亜細亜の試合では味方のビルドアップ中にめっちゃ出てきている相手のキーパーをジロジロ見ていたら相手のセンターバックにばれて、キーパーに注意するように指示を出していた。その辺も抜かりのない良いチームだった。

その試合はシュートチャンスが全然なかった。それまでもチームとしていいサッカーができていたかというとそんなこともなかったし、そのあたりでチームにもっと要求しようと思い始めた。前の年を振り返って、あまり周りに求めなかったことが後悔だと優くんも言ってたし、自分も言われなくて自分のプレーが足りていないことに気づかなかったから。明らかに目に余る守備のゆるさとか、中で受けようとしないとか、言い出したらキリもなかったし、何から言えばいいかわからなかったが、ある程度結果は出ていたから無理には言っていなかったようなことを発信するようにした。チームを引っ張ろう。と思い始めた。


続く上智との試合でもどこかうまくいっていなかった中でなんとか勝ったが、続く前期最終戦で一橋に負けた。そしてこのときが3年半で一番しんどかった。

あの緩い相手に、この程度の実力しか出せていない。もっと力のあるチームのはずなのに。自分が出ていたらがむしゃらにあがくこともできるが、ベンチにいたのでそれもできない。あの相手にそれだけの力しか出せないことへの情けなさと憤りを思い出して夜眠れなくなった。

イライラしたまま次の試合、最初の方は素晴らしい試合ができたが最後の方はまた原因不明の不出来。なぜ実力が出せないかわからなかったが、昇格さえ決まれば良いか。その後、勝てば決まるという試合が運良く数試合あり、そのうち一つで最後にpkを決めて昇格が決まった。


勝ったら昇格という試合の0-0の後半最後のpk。そんなのなかなかないだろうし、そんなpkを蹴ったとき、客観的にみたら緊張で手が震ると思うよな。と思うし、実際色々な人にpkのとき緊張したかということなどを聞かれた。だが、毎試合感じていた絶対昇格、毎試合高確率で勝たなければならない、点を取らないといけない、みたいなプレッシャーもこれでおしまいだと思うと自分でも驚くくらい楽な気持ちだった。審判の前置きが長すぎてイライラしたし、一瞬外したらやべーとか変なことを思いかけたが、これでやっと終わりにできると思えば雑念は吹っ飛んだ。シーズン中右に一回蹴ってるから、キーパーが思いっきり飛ぶなら右だな。島田さんに上の方に強いボールを蹴ったらキーパーは取れないと聞いたな。じゃあ右じゃない方の上に強いの蹴ろう。ドカーン。やっと決まった。勝利。昇格。目標達成。有終の美。


3年半で後悔することもそりゃある。もっと早く周りに発信していたら最後の年も不出来のままではなくて、チーム全体を変えられたかもしれない。もっと早く3年の時に成長してチームを引っ張れてたら、もっと1部を楽しめたしチームの成績だって変えられたかもしれない。言い出すとキリはない。1,2年の時は、それまでサッカーをまともに教わったこともなければそんなに考えてやるスポーツだと知らないくらいだったし、人間的にあまりに未熟で言うことも聞かない人間だったし。3年の時は、それまで全く正解が見えなかったものがわかるようになったらそれしか見えなくなるよな、と思うし。入部当初のことを思うとよく成長したということにしておこう。4年でやっとサッカー選手として自立して、得点王にはなれなかったが最後のシーズンある程度結果を出せて、昇格という目標も達成できたし、良かったということにしておこう。


というのが振り返りです。


ここからは後輩に伝えたいこと。


ピッチに立っている時は自分のプレーでチームを勝たせるという意識を持つ

これまで遼くんが監督のチームが長く続いて、サッカーの価値観が変わった人は多いと思う。そのサッカーはゲームモデルがはっきりしていて、正解がわかりやすく設定されているので、それさえクリアしていればオッケーだと思ってしまいがちだが、それは本当に最低限で、試合に勝つためにはチームを勝たせるためにはもっと個人としていいプレーを追求する必要がある。それと、監督が変わってこれからは正解が設定されていることが減って、より個人として勝ちに直結するようなプレーをすることが求められるようになると思う。がんばれ。


チームを引っ張るという意識を持つ

学生スポーツあるあるだと思うが、最初は知らないことだらけでついていくので必死、ということが多いと思う。未熟なうちは周りに何かを求めるよりも、周りに届くように自分の課題と向き合い続けていることが多いと思うが、そういう人間が成長していつの間にかチームで一番高いレベルのプレーをして、チームを引っ張っていかないとチームは勝ち続けられない。周りについていくのに必死で、それに終始していると自分の3年の時みたいに1年くらい一瞬で過ぎてしまうので、もっと視座を高く。いつか自分が先頭に立って自分がチームを引っ張っていかなくてはいけないと思っていてください。がんばれ。


悔しい思いをしている時こそ成長できる

よく言われることだと思うが、3年半振り返って自分もそうだったと思う。悔しいと思っている時は気づいていなかったが、その後飛躍的に成長していたことが多かった気がする。思い悩んだら野球をしてみるのも良いのかもしれない。悔しい思いをしている人は粘り強く、がんばれ。


成長する時は一瞬で、いつでもできる

昨シーズン途中だけみたら3トップは別格だとか言われていたりしたし、実際自分もそう思っていたが、前の学年の時とか、なんなら1年前のプレシーズンの時には一度も中心選手として名前が上がらないくらいの選手だったと思う。去年は中断があったとはいえ、少しの時間で意識一つで飛躍的に成長できる。がんばれ。


それと、来年一部でプレーできるというのは、留年して試合に出ることを本格的に悩むくらい羨ましいです。青学とかをやっつけてくれることを楽しみにしています。そのためにも、チームを勝たせられる選手が一人でも多く増えるように向上していってください。遼くんに教えてもらったことと、新監督に教えてもらうことのいいとこ取りができたら、きっと今まで以上にいいサッカーができて、一部でも結果が出せると信じています。


最後に、ア式でサッカーをして、心から良かったと思います。自分が直接関わることは少なかったですが、LB会の方々やチーム運営に関わる大人の方々、周りで直接支えてくれたスタッフやコーチ、サッカーだけに集中できる最高の環境を本当にありがとうございました。

一緒にサッカーをして高め合えた同期にも恵まれました。周平とかトモとか大谷とか内倉とか、前に二部で戦ってるときからすげーなと思ってたし、一緒にプレーできて楽しかった。他に一緒にリーグ戦戦ったみんなも、苦悩しながらも成長し続けててすごいなと思ってた。一緒にリーグ戦戦えなかったみんなも、それぞれ思うところがありながら、最後まで育成チーム引っ張ってくれてるのを見て、自分にはできないと思ってた。スタッフのみんなも個性的で面白かったしずっと支えてくれてくれてありがとう。やめてったみんなも含め、これからもみんなで切磋琢磨してそれぞれ立派な人間になりましょう。

自分たちが入部する直前くらいまではチーム体制が混乱していたこともあって、部員全員が平等にサッカーをする環境が与えられていなかったみたいなこともありました。先輩方の並々ならぬご尽力のおかげで、今は自分も含め部員全員がサッカーの楽しさを享受できていると思います。これからもこの最高の環境を当たり前のものだと思わず、感謝を結果で示し続けて欲しいと思います。

最後に、これまで何不自由なくサッカーさせてくれて、父さん、母さん、ありがとう。




まだまだ成長します

#9和田 爽

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