楊井層の給源火山の同定
「!」
エクスクラメーションマーク!を文章に付けたからといって、その文章を打っている瞬間楽しい気分であるとは限らない。どんな気分のときでも文章に「!」を付ければ快活な印象を与えることができる(はず)。
若者が身につけていくネットリテラシー。
最近気になっていることがある。
ラインの文章などで散見される語尾の「()」の用法だ。
問. 語尾につける「()」について、50文字以内で説明せよ()
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朝はベランダの野菜たちに水を与えるのが日課だ。
トマトは導管が閉塞してきている危機的な状況にある一方で、バジルは芽が出始めている。ピーマンは相変わらずアブラムシに好かれている。早くテントウムシを根付かせねば。
長い時間をかけて学校に行くと、そこでも畑が待っている。弥生キャンパス(文京区!)の温室の近くに、農場実習でもらった苗を植える畑を借りたのだ。
サツマイモの生育が良く、実は農場実習が行われている田無農場のものより元気だ。
そう、何を隠そう私は農学部生なのである。
農学部に通っていると聞いた人の反応は大きく分けて3つ。
パターン1:法学部か工学部に聞き間違える。
パターン2:「農家になるの?」
パターン3:「野菜育ててるの?」
パターン1は意外とよくある。東大に農学部があることを知らない人が多いことも一因ある。最近は「アグリカルチャー」とまで注釈をつけて学部を紹介している(あくまで個人的な話である)。
パターン2&3は農学部を「野菜を育てるところ」だとざっくり認識しているために起こる。実際、農学部が何をしているところだか知らない人が多いのではないかと思う。農学は学問分野を横断する幅広い学問であるため、ぼんやりとした印象を持たれがちだ。窒素肥料を与えれば味が濃くはっきりとするという類のものではないのだ。
農学部の進振り(進学振り分け)の点数は総じて低い。弥生キャンパスに緑が多いことと、農学部が進振りによる避暑地になっていることには何か関係があるのだろうか?
農学部は東大ではゆるい印象を持たれがちだが、アメリカでは莫大な予算が下りる学問分野である。
食べ物がなくなった瞬間、人々に余裕はなくなり大混乱になる。争いが蔓延する。
それを食い止めるのは農学部の仕事だ。
(もっと進振りの点数は高くてしかるべきである)
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昔読んだ本に、四畳半神話体系(著者は森見登美彦)というものがある。
ネタバレを避けつつざっくり内容を言うと、大学生の主人公は各章で別のサークルを選ぶ人生を送るが、どのサークルを選んでも同じような人に会い、大変な目に遭うというものだ。
大学入学当初の部活やサークルの選択で、あのときこうしていれば良かったかな、と思うことは今になってもよくあることだ。
別のサークルを選んだパラレルワールドの自分に会ってみたい。
が、どうあがいても私の人生は一つである(ここでは私が双子であるという事実は除く)。
とある東大教授が「東大教授になったからといって何かが満たされるわけではない。自分で自分が満足だと思い込ませなければいけない」と言っていた。
権威も何もかも、どうやら思い込みのなせる力らしい。
運動会に入ったから、ア式に入ったからといって満足してないだろうか?時間的な制約が多いからといって充実した時間が過ごせているという確証はないのだ。肝に銘じておこう…。
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楊井層の給源火山の同定、は高校時代に研究し、学会の高校生セッションで発表した表題そのままである。
題名に採用したことに特に意味はないので恐縮なのだが、さきほどの「自分の時間を有意義なものだと思い込もうとする」心理と同様、人は何かと事象に意味を持たせたがる傾向にある。
特に生物学の解釈でよく起こる誤りである()
3年 女子部 丸山紀子!
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