敗北者論

暗闇には恐怖を感じる
曖昧で、不確定で、どこにいけばいいかわからない
世界が目の前から消えてしまい、何も存在しないように思える

光のおかげで先が見えて、あたたかくて、明瞭で、どこにいけばいいのかわかるようになる
光で形作られた景色を見ると美しいと感じるのにはそんな理由が関係しているのかもしれない
飛行機の窓から夜を見下げてそんなことを思う。

曖昧であること自体が嫌いだ。
だから再現性のある法則を信じ、未来を想定内に取り込もうとする
お互いの存在に名称をつけ、相手に対して自分の希望通りに動くことを求める
思えば君の四年間も同じように、消えてもいい自分を拒絶する日々だったのかもしれない。





____



いつだって初めての場所に足を踏み入れたら
そのなかで自分の立ち位置を探し、みんなに認められようとした。
チームに溶け込むことができたら、実力のないままプレーすることに初めはビビリ、ミスを恐れる。
もちろん結果は出なかった。

実力のないものは必要とされないことを痛感したが、まだ一年目。焦りはなかった。
来年、再来年を期待されてる感覚もあり、チームでの居場所もあった。


次の年は君にとって勝負の年。
なんどもレジュメの端に予想フォーメーションをかいて、自分が食い込む場所には繰り返し丸をつけた。
いざシーズンインすると周りとの実力はどんぐりの背比べ、どこで自分が差をつけられるかを考える。
いつも通り
見せ続けるのは、声をかけ続け戦う姿勢
いくら下手でもそれを愚直にやり続けたら認められると人生経験からそう思った。
スタメンの座を奪い取ることに成功。
その時のキャプテンにたくさん怒られながらも一年間戦い続けた。

そんな中大きなお叱りが二度。
一度目は後輩にPKストップの尻拭いをしてもらった情け無さも相まって、南大沢から拗ねて大泣きして帰宅。
二度目は、もう疲れた!やめる!なんてクソガキみたいなことをその先輩の引退試合直後に駐輪場で寝そべって喚いていた。

評価を下され続ける日々に嫌気はさしていたものの、実際のところは満足していた。
ここは自分の居場所だと証明できた気がして。


そんなこの年の終わり、君は少し大人になれた。
子供じみた君が羽を伸ばせる場所を守っていてくれたのは君を叱り続けてくれたその先輩だったと知ったから。


三年目
やる相手のレベルが愕然と変化
あれ?誰も通用してないじゃん?
やるっきゃない状態。
なんとなくチームを引っ張る意識は芽生えてた。

前期勝つべき試合を落としたチームは明らかに閉塞感に見舞われ、最後は東経に雨の中0-4
やるせなかった。
またも涙。

なんとかしないといけない中、代替わりの流れでキャプテンマークを巻くことに。
色々考えて伝えたりしてみたものの後期も結果は変わらず一年での降格が決まった。
勝つべきとこで勝てない
一度のミスで点を取られ、敗北
最後の國學戦で応援してくれていた皆さんに挨拶をする時またもや君が流した涙の理由は8割解放感、2割後悔だったと思う。
何もかかってない試合だから勝てた、いいサッカーして勝てた、もっと早くできていれば、とかも思ったけど
「やっと、終わった。」
こんな気持ちがほぼ、君の涙の訳だった。


この年、君は役割なだけに
この場所を箱の中からではなく外から見る機会が増えた。
居場所であると思うのは当然、何かできないかと働きかける場所だった。


最後の年
勝って結果を残すことは当然、もっといい組織にしようと君は意気込んだ。
チームを強く、魅力的にしようと考えた。
いっぱいみんなに論説した。

強いチームになるためには
共通の目標を掲げ、そのための原則を階層状に規定し、日々原則の中で自由に行動していく。
原則が正しく設定されていれば、行動を各々が取れば自ずと欲しい結果は近づいてくる。
原則のうちにリスク管理もちゃんと設定しておき、決断コストを下げることも怠らない。

「派手だが緻密」そんな言葉が似合う監督が教えてくれた理論を
君は一生懸命理解して、みんなが行動を取れるように下地を作ろうと努めた。



ここで時が止まる。
監督と気持ちの持続は難しいと判断し一度動きを止めた。

徐々に動き出せるかなと思ったけど、大学も中々慎重。

なんとかできることをしようという展開になり、主務もめちゃくちゃ頑張ってくれた。
気難しいやつだったが一任したら全部一人でやってくれた。
俺もできることをしようと思って色々頑張った。

この過程で
君は多くの決断を強いられることとなる。
決断とは何を捨てるのかを決めること。
いくらその論理が自分の中で組織上正しいとしても、誰かの居場所を奪うこととなりかねない。
「君はいなくていい」
これだけは送ってはいけないメッセージだがそう思わせてしまった気もする。





なんとか再開した非日常での日常。


 



「僕」に居場所はなかった。




____________





正確にいうと僕が求める居場所は僕には与えられなかった、掴みとれなかった。

大好きな仲間が闘う姿を白線を隔ててながめる日々。

そして、監督の采配を一番よく近くで聞いていた僕は、期間から考えるにその線の向こう側はもう僕がたどり着けない場所だと判断した。





「そこでお前がみたい景色はなんだ」

進む道を決めた時、人はこう自分に問いかける。
「この先に何があるから今自分はここにいるんだ」そう自分の中で唱え、歩み出す。

一番怖いのはその景色が歩き出した途中で
「目の前から消えた時」
あるいは
「もうたどり着けません」
と言われたときだ。


こうなった僕は、今までの自分の言動がどれほど部員の心に響いてなかったことだろうと感じた。
多くの部員は今まで
たどり着けるかわかならい道の途中にいて

不安で

拒絶され

打ちのめされている中

僕を見て、僕の話を聞いていた。

寄り添えていなかった。
繋がっていると思っていた宙ぶらりんの糸

想像できていなかった。
時に想像よりはるかに重い現実を




チームを勝たせようとする役割の人間が醜くもチームがうまくいかないことを喜ぶ。
そんな自己乖離が起き始めていたので後輩に船頭を任せた。

消えてもいい自分を拒絶し、
チームのなかで何者かになろうと戦い続けていた自分はこうして

『必要のない人間』

という烙印を自分に押した。







もうどうしても上を向くことができなかった僕は

ふと、少し離れて、横を見た。


そこには必死に
上を向こうとする仲間、疲れ切っている仲間、自分で背負い込もうとする仲間、十人十色のそれぞれの姿。


競争から降りた自分は

脈絡もなく

そんなみんなのことが好きだなと思った。


勝利が前提のスポーツで、上を目指すことが絶対求められる集団で
自分勝手にもそんなことを思って
自分のサッカーのルーツを思い出した。




僕が好きなのは、

日頃生活を共にする仲間とするサッカー。

小学校で授業中一緒にふざける奴からのパスで決めたゴールは格別。
中学で学年をほぼ牛耳っていた仲間と優勝した大会は最高。
高校でも科学教室で勉強してからやる部活は面倒だったけど嫌いじゃなかった。

大学でも繋がっていると思える仲間とサッカーできることが僕の喜び。

サッカー自体ももちろん面白いけど、
やはりそこに仲間が加わった時の楽しさは僕の人生の中で群を抜いていた。



つまりは欲張りだけど
「そんな仲間たちと勝ちを目指してサッカーをプレーすること」が僕のルーツで
そこから
「最高の勝ち」が無くなったってことか。
サッカーを好きな理由が何個もあってよかった。


めちゃくちゃ時間がかかったけど、ようやく整理できたのは横を見てみんなも苦しんでんだとわかって心が軽くなったから。







好きな奴らとまたピッチで戦えたらいいな


こう思って、

最後は自分の存在を「自分で」優しく認めてあげた。



4年間で初めて、自分の居場所を自分で作った。



____





あの日は、太陽が綺麗だった。

こんな僕にあの機会が来たことは偶然でしかない。
最後の亜細亜大学との試合。

両親だけは見に来てもいいですよ。そうなっていたけど、ピッチに立つ可能性がほぼないと思っていた自分は
母からの「最後は見に行きたいな」というメッセージに嘘をつくことしかできなかった。
戦うことをやめていた自分があの場所にまた立てるなんて思いもしてなかったから。


一つ一つのプレーに余計なことを一切考える必要はなくて、ただ純粋に大好きな仲間たちとサッカーができた。
相手がいて、真剣勝負できて、みんなが助けてくれて、自分の力でみんなの背中を押してあげられる。
もう二度と見られないと思っていた景色が、自分の目の前に広がっていた。


もしかしたらあのとき横を見ることができたおかげで、
たまたま歩みは止まっていなかったのかもしれない。
きっとそうで、
上を向いて歩くことができなくなってしまった自分を上に歩かせてくれていたのは
横にいた仲間だったんだ。
一緒に歩かないと横を見ても誰もいなくなってしまう。



不思議といいプレーができ、飛ぶように時間が過ぎていく中試合も後半、まだ東大が攻勢をかけていた。

そのとき、亜細亜大学の10番のキャプテンの子が仲間を鼓舞しながらこう言った。
「大丈夫、大丈夫。辛いけど耐えてたら自分たちの時間くるよ。」

笑顔で。

僕から見た彼は言葉とは裏腹にそして表情通りに楽しんでいるようだった。

そうだよな。幸せだよな。勝手に共感してた。


めちゃくちゃ悔しかった0-2。
ちゃんと勝ちたかった自分に今思えば安心する。


こうして僕の4年間は終わった。








____






上を向いて何かを掴み取らなければ

競争に立ち向かって勝利しなければ


自分が欲しいものは手に入らない。

その集団において必要とされる明確な自分を作ることはできない。






ただ、負けることもある。
もしくは、負けっぱなしのこともある。
はたまた、負けしかないこともある。


戦い続けて来たからこそ、その負けは重くて
次が、来月が、来年がなければ負けて終わるしかない。



そんなとき、何者でもない曖昧な自分を綺麗に整えてあげられるのは自分で

もう歩けなくなった自分を高みに連れて行ってくれるのは仲間だ。






自分で戦えなくなった僕に
「そこにいていいんだよ。」「そっと見てるよ。」
とメッセージを送ってくれたのは

いつも応援してくれる母であり、父であり、
涙しながら歴史を紡いできた大好きな先輩たちであり、
仲間からの一言であり、その姿だった。


自分と向き合うことはやめられないけど
そんな自分の周りを、そっと手を繋いで包み込んでくれるのは
その人にとっては大して気にも留めてない一言や行動かもしれないし、
愛情のこもった一言かもしれない。


僕を救ったのは実際にそんな人や言葉だった。

感謝は行動で伝えるのが一番だけど、僕の言葉で救える人もいるのかもしれない。



本当に、ありがとう。





______




勝者に脚光があてられ、
どうやって勝つのかばかりが考えられる世の中
資本主義なのだから仕方がない
見たい景色があるのなら競争で勝ち残らなければならないし、その道を選ぶのも自分だ。










でもそんな社会に勝者より腐るほどいる愛すべき敗北者の皆さんが

掴みたいものを掴むために



ハッピーエンドなんて1%ほどの確率かもしれない世の中だから、
負けて取り返せなくなった皆さんが


再び競走の世界への一歩を踏み出さないといけない時のために






「敗北者論」



どうしようもなく上を向けないとき

横を見ると

そこにヒントがあるかもしれない。



もう立ち上がれないと思ったとき

横を見れば

連れて行ってくれる仲間がきっといる。












これからは
あの時なれなかった光に
一度でも多くなれるように。

元主将
内倉 慈仁

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