レイニーブルーはこれっきり
内野晃之介(3年/MF/横浜翠嵐高校)
22時半頃、部活から家へ帰る電車に揺られる。今日は座れた。1時間ほどの帰り道だ。
ふとお財布の中身を見てみた。
ここ最近整理してなかったおかげで沢山のレシートが入っていた。
レシートの中身を見るのは、懐かしい気持ちになれるので楽しい。
「あ、これあの日に買ったやつだ。この日はこんなことがあったよな。」というように。
ステーキガストのレシートが出てきた。
そうかこれはあの時の...
荷物の用意が遅い僕をおいてみんな先に昼ご飯に行ってしまった。けんしんに電話でどこへ行ったかを聞き、小走りで向かう。
ちょうどみんなと同時にステーキガストに着いた。少し置いてかれたことなんて気にならない。
夢が叶ったのだから。
めちゃめちゃ美味しいチキンステーキを食べた。これまでの大学生活2年間で一番幸せなランチだ。
点を決めて応援の人たちの所に飛び込む。これがア式人生4年間で達成したい夢だった。
時は数時間前に遡る。
国公立大会準決勝、一橋大学戦。
1回戦はベンチ入りをしたものの最後まで出なかった。この日の準決勝も引き続きベンチ入りだった。先週と特に変わらずアップをし、試合に仲間を送り出す。
中々試合は動かなかった。相手を切り裂くドリブルだとかいう決定的な武器を持っているようなプレイヤーではないので、こういう点が欲しい試合で途中出場のチャンスは巡ってこなそうだな...そう思っていた。
後半40分くらいだろうか。
名前を呼ばれた。
点を取りに行く交代だと思っていたし、自分が試合を決めることだけを考えていた。
数週間前の試合から、試合に出る直前に頭を濡らしてオールバック風にすると点に絡めたので、ルーティンにしてたつもりだったが、すっかり忘れていた。
普通の髪型でひょこひょこ登場。
入ってから2プレー目、東大のフリーキック。
フリーキックでオフサイドにならずに抜け出すのは少し得意だし、しょうじんは良いボールを蹴るから、ワンチャンあるなと思っていたら、思った通りの軌道、思った通りの勇太のそらしでこぼれてきた。触るだけでゴールに吸い込まれていった。
無我夢中で応援席に一直線で走り、飛び込む。夢が叶った。
自分以外のみんなも見たことのない喜びようで嬉しかった。それと同時に、応援ってすごく尊いなとも思った。
丸はアウェイの地まで太鼓を運ぶためだけに来てくれ、メンバーに入らなかった人たちは応援してくれていた。この人たちがいなければ、点を決めたって飛び込む応援席がないのだから夢は叶わなかったし、こんなに嬉しくなかったと思う。
夢を叶えてもらって本当にありがとう。
応援ってすごくありがたい。
目指してる目標や夢は、自分一人の力で叶うことは少なくて、誰かに叶えてもらってることが多い。だからこそ、自分自身も叶える側に回らなくてはいけないと思う。ア式は夢を叶え合う組織であってほしい。そのためには、例え多少やりたくないことでも、やるようにしたい。してほしい。
幸せなランチを思い出したら眠くなってきてしまった。この文章もそろそろ終わろうか。電車の揺れに身を任せ、心地よい気持ちで目をつむった...
…あれ、さっきまで満員だった電車がガラガラだ。隣にいた仕事終わりの会社員も気がつくといなくなっている。
車内の電光掲示板には、「次は 鎌倉」の文字。
あー、やらかした。
どうやら寝過ごしてしまったらしい。
鎌倉駅に下り立つと、もう折り返し電車はなかった。
タイミーを始めてしまうほど、金銭的な余裕がないので、タクシーなんか使わない。
いつも通り、レンタルサイクルで帰ろう。そう決心して鎌倉駅の改札を通り抜けた。
おっと...そうだった。今日は大雨だ...
チャリを断念。
こうして思いがけず、鎌倉からの徒歩での帰宅がスタートした。
開始1分、小町通りに入る前に靴の中がビショビショになってきた。スニーカーの裏に少し穴が空いていたみたいだ。
歩いている横をタクシーが「乗らねぇのか?」と言わんばかりに通りすぎていく。
春の夜、ひとりぼっちで雨の鎌倉を歩くのは中々心に来るものがある。
その寂しさは僕の中からマイナスな感情を引きずり出していった。
どこから何を間違えていたのだろうか。
アラームをかけず眠気に任せて目をつむったのが間違ってたんだよ。
違う。寝過ごしのことじゃなくて。この2年間のア式生活、何が良くなかったのだろうか。
サタデーリーグ出場を掲げた2年目。結局一度のベンチ入りのみで終わってしまった。
B1には1年生の時に一週間上がっただけで、2年生の時は一度も上がらなかった。
一週間のうち数日だけB1に交じってトレーニングをする、B1とB2のはざま、いわばB1.5のような立ち位置も生み出されたが、そこに選ばれることも一度もなかった。
何でこんなことになったのだろうか。
僕は入部したときから、ドリブルや足の速さなどの武器がない、‘‘持たざる者’’であった。それはしょうがないので、‘‘持たざる者’’に合った生き方を見つけていこうと思った。
チームを勝たせる奴が評価されると思ったので、2年目は点に絡む回数を増やすことを目指した。得点をとる以外にも、ボールを受ける位置や指示の内容などを少しずつ改善していった。少しずつ改善していくことで’’持たざる者’’でもB1やAにも上がっていけると思っていた。
この文章の前半で触れた一橋戦あたりの期間は割と調子がよかった。肝心の得点もお膳立てのおかげではあるが取れるようになってきて、点に絡むという目標も達成に近づいてきたと嬉しくなった。
でも、点をとっても、アシストをしてもB1に上がることはなかった。その気配さえもなかった。
点をとっても何も起こらない。練習試合で何をしたらいいのかよくわからなくなってきた。
どうやら間違えていたようだ。得点に価値があるわけじゃなかった。お膳立てしてもらった得点などなんの意味もなかった。自分の力で作り出した得点じゃなきゃだめだった。
‘‘持たざる者’’は上に上がっていくことは出来ない。特にWGというポジションはそうみたいだった。
‘‘持たざる者’’はプレースタイルを変え、相手を抜き去り守備を崩壊させるような、はたまた高精度クロスで得点をお膳立てをするような‘‘持っている者’’に変わらなくてはならなかった。
‘‘らしさ’’はそれが圧倒的な武器でない限り捨て去り、新たな“らしさ”を手にいれる必要があったみたいだ。
東大ア式は練習映像も全て撮ってもらえ、プレーに対するフィードバックをしたりしてもらえる環境が整っている。しかし、その使い方が一辺倒になってしまっていた。プレー選択などの少しずつの改善を志す一方で、現状のプレーからの大きな変化を作り出すことを放棄していた。
今ある小さな武器を活かすことを考えるのではなく、新たな武器を手に入れなければならなかった。
この2年間、特に2年生になってからの1年は自分のやれる、もしくはやれそうなプレーしかしてこなかった気がする。そのせいか成長はほとんど感じられなかった。
たぶん周りのみんなはこれまでずっとやってきたことなんだろうが、練習ごとに、試合ごとに新たな何かを毎回試していく営みをするべきだった。
これからの2年間、変えていかなくてはならない。
この間、「青春中毒」というタイトルと「僕は青春に〜。ポカリスエットほど何たらかんたら」とかいう書き出しが不意に頭の中に浮かんで、せいしろうのfeelingsを読んだ。せいしろうが3ヶ月で変わったのならば、2年間もあれば自分も変われる気がする。
変わらなかったらその時はその時だ。
そうならないためにもっと努力しなければ。
去年はコールリーダーをしていたので、キャプテンの荒さんと公式戦の試合開始前にタッチラインのところで握手させてもらっていた。
今回のfeelingsの広報用写真はその時のものだ。
いつかあのラインのあっち側へ行ってみたい。
でもそれだけじゃ満足できない。
僕はどうやら強欲なようだ。
あんなにも幸せな気持ちになって満足したはずなのに、次は農グラの、そしてその次は御殿下の応援席に飛び込んでみたいという夢が出来てしまった。
どこまで叶うかな。楽しみだね。
ここ最近整理してなかったおかげで沢山のレシートが入っていた。
レシートの中身を見るのは、懐かしい気持ちになれるので楽しい。
「あ、これあの日に買ったやつだ。この日はこんなことがあったよな。」というように。
ステーキガストのレシートが出てきた。
そうかこれはあの時の...
荷物の用意が遅い僕をおいてみんな先に昼ご飯に行ってしまった。けんしんに電話でどこへ行ったかを聞き、小走りで向かう。
ちょうどみんなと同時にステーキガストに着いた。少し置いてかれたことなんて気にならない。
夢が叶ったのだから。
めちゃめちゃ美味しいチキンステーキを食べた。これまでの大学生活2年間で一番幸せなランチだ。
点を決めて応援の人たちの所に飛び込む。これがア式人生4年間で達成したい夢だった。
時は数時間前に遡る。
国公立大会準決勝、一橋大学戦。
1回戦はベンチ入りをしたものの最後まで出なかった。この日の準決勝も引き続きベンチ入りだった。先週と特に変わらずアップをし、試合に仲間を送り出す。
中々試合は動かなかった。相手を切り裂くドリブルだとかいう決定的な武器を持っているようなプレイヤーではないので、こういう点が欲しい試合で途中出場のチャンスは巡ってこなそうだな...そう思っていた。
後半40分くらいだろうか。
名前を呼ばれた。
点を取りに行く交代だと思っていたし、自分が試合を決めることだけを考えていた。
数週間前の試合から、試合に出る直前に頭を濡らしてオールバック風にすると点に絡めたので、ルーティンにしてたつもりだったが、すっかり忘れていた。
普通の髪型でひょこひょこ登場。
入ってから2プレー目、東大のフリーキック。
フリーキックでオフサイドにならずに抜け出すのは少し得意だし、しょうじんは良いボールを蹴るから、ワンチャンあるなと思っていたら、思った通りの軌道、思った通りの勇太のそらしでこぼれてきた。触るだけでゴールに吸い込まれていった。
無我夢中で応援席に一直線で走り、飛び込む。夢が叶った。
自分以外のみんなも見たことのない喜びようで嬉しかった。それと同時に、応援ってすごく尊いなとも思った。
丸はアウェイの地まで太鼓を運ぶためだけに来てくれ、メンバーに入らなかった人たちは応援してくれていた。この人たちがいなければ、点を決めたって飛び込む応援席がないのだから夢は叶わなかったし、こんなに嬉しくなかったと思う。
夢を叶えてもらって本当にありがとう。
応援ってすごくありがたい。
目指してる目標や夢は、自分一人の力で叶うことは少なくて、誰かに叶えてもらってることが多い。だからこそ、自分自身も叶える側に回らなくてはいけないと思う。ア式は夢を叶え合う組織であってほしい。そのためには、例え多少やりたくないことでも、やるようにしたい。してほしい。
幸せなランチを思い出したら眠くなってきてしまった。この文章もそろそろ終わろうか。電車の揺れに身を任せ、心地よい気持ちで目をつむった...
…あれ、さっきまで満員だった電車がガラガラだ。隣にいた仕事終わりの会社員も気がつくといなくなっている。
車内の電光掲示板には、「次は 鎌倉」の文字。
あー、やらかした。
どうやら寝過ごしてしまったらしい。
鎌倉駅に下り立つと、もう折り返し電車はなかった。
タイミーを始めてしまうほど、金銭的な余裕がないので、タクシーなんか使わない。
いつも通り、レンタルサイクルで帰ろう。そう決心して鎌倉駅の改札を通り抜けた。
おっと...そうだった。今日は大雨だ...
チャリを断念。
こうして思いがけず、鎌倉からの徒歩での帰宅がスタートした。
開始1分、小町通りに入る前に靴の中がビショビショになってきた。スニーカーの裏に少し穴が空いていたみたいだ。
歩いている横をタクシーが「乗らねぇのか?」と言わんばかりに通りすぎていく。
春の夜、ひとりぼっちで雨の鎌倉を歩くのは中々心に来るものがある。
その寂しさは僕の中からマイナスな感情を引きずり出していった。
どこから何を間違えていたのだろうか。
アラームをかけず眠気に任せて目をつむったのが間違ってたんだよ。
違う。寝過ごしのことじゃなくて。この2年間のア式生活、何が良くなかったのだろうか。
サタデーリーグ出場を掲げた2年目。結局一度のベンチ入りのみで終わってしまった。
B1には1年生の時に一週間上がっただけで、2年生の時は一度も上がらなかった。
一週間のうち数日だけB1に交じってトレーニングをする、B1とB2のはざま、いわばB1.5のような立ち位置も生み出されたが、そこに選ばれることも一度もなかった。
何でこんなことになったのだろうか。
僕は入部したときから、ドリブルや足の速さなどの武器がない、‘‘持たざる者’’であった。それはしょうがないので、‘‘持たざる者’’に合った生き方を見つけていこうと思った。
チームを勝たせる奴が評価されると思ったので、2年目は点に絡む回数を増やすことを目指した。得点をとる以外にも、ボールを受ける位置や指示の内容などを少しずつ改善していった。少しずつ改善していくことで’’持たざる者’’でもB1やAにも上がっていけると思っていた。
この文章の前半で触れた一橋戦あたりの期間は割と調子がよかった。肝心の得点もお膳立てのおかげではあるが取れるようになってきて、点に絡むという目標も達成に近づいてきたと嬉しくなった。
でも、点をとっても、アシストをしてもB1に上がることはなかった。その気配さえもなかった。
点をとっても何も起こらない。練習試合で何をしたらいいのかよくわからなくなってきた。
どうやら間違えていたようだ。得点に価値があるわけじゃなかった。お膳立てしてもらった得点などなんの意味もなかった。自分の力で作り出した得点じゃなきゃだめだった。
‘‘持たざる者’’は上に上がっていくことは出来ない。特にWGというポジションはそうみたいだった。
‘‘持たざる者’’はプレースタイルを変え、相手を抜き去り守備を崩壊させるような、はたまた高精度クロスで得点をお膳立てをするような‘‘持っている者’’に変わらなくてはならなかった。
‘‘らしさ’’はそれが圧倒的な武器でない限り捨て去り、新たな“らしさ”を手にいれる必要があったみたいだ。
東大ア式は練習映像も全て撮ってもらえ、プレーに対するフィードバックをしたりしてもらえる環境が整っている。しかし、その使い方が一辺倒になってしまっていた。プレー選択などの少しずつの改善を志す一方で、現状のプレーからの大きな変化を作り出すことを放棄していた。
今ある小さな武器を活かすことを考えるのではなく、新たな武器を手に入れなければならなかった。
この2年間、特に2年生になってからの1年は自分のやれる、もしくはやれそうなプレーしかしてこなかった気がする。そのせいか成長はほとんど感じられなかった。
たぶん周りのみんなはこれまでずっとやってきたことなんだろうが、練習ごとに、試合ごとに新たな何かを毎回試していく営みをするべきだった。
これからの2年間、変えていかなくてはならない。
この間、「青春中毒」というタイトルと「僕は青春に〜。ポカリスエットほど何たらかんたら」とかいう書き出しが不意に頭の中に浮かんで、せいしろうのfeelingsを読んだ。せいしろうが3ヶ月で変わったのならば、2年間もあれば自分も変われる気がする。
変わらなかったらその時はその時だ。
そうならないためにもっと努力しなければ。
去年はコールリーダーをしていたので、キャプテンの荒さんと公式戦の試合開始前にタッチラインのところで握手させてもらっていた。
今回のfeelingsの広報用写真はその時のものだ。
いつかあのラインのあっち側へ行ってみたい。
でもそれだけじゃ満足できない。
僕はどうやら強欲なようだ。
あんなにも幸せな気持ちになって満足したはずなのに、次は農グラの、そしてその次は御殿下の応援席に飛び込んでみたいという夢が出来てしまった。
どこまで叶うかな。楽しみだね。
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