上を向く

 


ゴールキーパー:ゴールを守って敵のボールを入れないよう防ぐ役目の人



国語辞典にはこのように書いてある。確かにキーパーはピッチ上で唯一手でボールを扱うことを許され、ゴールを相手のシュートから守ることを主な役割とする。横っ飛びで際どいシュートを弾き出すプレーなんかはキーパーの醍醐味だ。しかし、周知の通り現代サッカーにおいてキーパーの役割はゴールを守ることに留まらず、攻撃の起点としてボールを扱い、最後尾からプレス回避に参加することが求められる。



プレス回避において、キーパーの背後には誰もいないのだから、ちゃんと首を振っておけば常にピッチ全体と敵味方の位置関係を把握できる。相手がどれだけ強くプレスをかけて来ようとも、状況を予め認知しておけば逃がしどころが確実に見つかるはずだ。これはキーパーだけに許された特権である。その一方で、自分の背後に味方がいないことは、パスコースを見つけられなかったときや、トラップミスをしたときにバックパスに逃げられないことを意味し、ひとたびボールを奪われてしまえば必然的に絶体絶命のピンチを迎え、失点という不可逆的な重荷を背負ってしまう。敵陣に適当にボールを蹴り込む安全策に逃げるのは、攻撃の起点としての役割を放棄することであり、当然許されない。ポゼッション志向のチームにおいて、キーパーは極めて高い確実性を持ってボールを扱い味方にパスを供給することが求められ、しょうもないプレーでボールを自陣で失うのはチームにとって最高にイラつくことである。ミスしても、逃げてもだめ。退路は絶たれているのでやるしかない。





自分のプレーで失点して流れを悪くしたら大変だから、細心の注意を払わないと。かと言って安全策に逃げることもできないから、ミスしないようにしないと。とにかく無難に、何事もなく試合を終えよう。もうボール回って来なければいいのに。早く終わってくれ。





などと考えてプレーしていた頃はサッカーが憂鬱だった。





3年生の10月に代替わりでAチームに上がることができた。自分のプレーが評価された訳ではなく、チームにキーパーが2人しかいなかったから自動的に上がれただけ。それでもラストイヤーにやっとAチームに上がれたのだから、どうにか成長して試合に出てやろうと奮起し、最初の1週間はそれなりに上手くやれたと思う。とはいえ最高学年になったからといって、Aチームに上がったからといって急激に上手くなるはずもなく、すぐにボロが出始めた。やるべきことは頭では分かっているのだけれど、プレースピードに順応できず、技術も追いつかず、プレス回避・ビルドアップは全く上手くいかなかった。ミスして、怒鳴られて、自信なくして、ミスしての悪循環。プレーが向上する兆しが見えなかった。セービングも大して上手い訳でもないので、自分を勇気づける材料が全く存在せず、徐々に練習が憂鬱になり始めた。火曜日のGK練は楽しかったけど、水木金土のゲームでは自分のミスで失点する気がしてならず、合流するのが嫌だった。早く終わってくれと思っていた。家を出る前は布団に包まって、行きたくないと頭を抱えて、それでも行くしかないという気持ちで無理矢理自分を奮い立たせて、何とか練習に行った日も多々あった。日曜日の練習試合が終わればとりあえず1週間が終わったことに安堵しつつ、ミスを恐れて積極的なプレーができないことに自己嫌悪を覚えた。自分なんかよりも、1部リーグで降格が迫ってくる中毎週試合に望んだり、1シーズンでの昇格を義務付けられながら日々の練習に取り組んだりする方がよっぽど大変なはずだ。武蔵の同期や後輩はそのようなプレッシャーの中でチームの主力として立派に戦っているのに、自分は一体何をしているのだろうか。自分がここにいる意味はあるのだろうか。自分はここにいて良いのだろうか。





オフが明けて、染谷の怪我でトップの試合に出る機会を得た。良いプレーを出せて喜んで、ミスして落ち込んでを繰り返しながら、少しずつプレースピードに順応し、僅かではあるが成長を実感した。とはいえ慶應戦のように相手の圧が上がれば何もできなかったし、ネガティブなメンタルも改善することができず、日々しんどいことに変わりはなかった。このままストレスと不安を抱えてリーグ戦開幕を迎えるのかと思っていたが、緊急事態宣言が発出されてサッカーができなくなるという全く予想外の出来事が起きてしまった。この4月から6月の期間に関しては、いきなりサッカーを奪われてステイホームを強いられてしんどかった、早くサッカーしたかったという人がほとんどだと思うが、自分は情けないことにホッとしてしまった。プレッシャーを感じずに済む。授業と就活に集中できる。最低限の筋トレとランだけやって、サッカーから距離を置いた。







6月に練馬の人工芝のグラウンドが一般開放されている時間帯を使い、近所の部員を集めてサッカーをした。就活終わって家にいても退屈だし、流石に身体を持て余したし、なんとなくサッカーするか程度の気持ちだった。



しかし、練習着に着替えて、スパイク履いて、ボールに空気を入れていると、不思議となんだかワクワクしてきて、いざグラウンドに出てみるとこれまで自分が抱えていたネガティブな感情など一切頭に浮かばず、サッカーに没頭してしまった。人数が少なくてパス回しとロンドぐらいしかできなかったし、初夏の日差しが暑くて体も全然動かなかったけど、ボールを追いかけることに夢中になった。体を動かして、ボールに触ることが楽しくて仕方なかった。



やっぱ、サッカーって楽しいな。楽しんで、上手くなれば、もっと楽しめるよなきっと。このまま中途半端に終わるのなんて絶対に嫌だ。上手くなってやろう。



途中入部を決心した時と同様に、サッカーから一度身を引くことで情熱が湧いてきたらしい。

コンディションが上がった状態で全体練習の再開に臨み、良い調子の波に乗ろうと考えて積極的に近所の部員を集めて練習し、新屋さんとボコボコの河川敷でGK練することもあった。プレミアリーグが再開したこともあって、サッカーの試合も見るようにした。セカンドキーパーのアドリアンやマルティネスが試合に出ている様には勇気づけられた。現在の自分の立ち位置からスタメンを奪取することは正直現実的でないが、出番を勝ち取れるように頑張ろう、運良く出番が回って来たときには最高のパフォーマンスができるように準備を欠かさないでおこうと思わせてくれた。





そしてようやく東大のグラウンドで全体練習が再開した。自主練の甲斐あって身体が動くようになっていたし、ゲームに入るの嫌だなという気持ちが綺麗さっぱりなくなった訳ではないが3月に比べれば前向きに練習に臨むことができた。もちろん自主練の効果はコンディション面にしか影響を及ぼさず、いきなり視野が広がったり正確なパスを通せるようになったりする訳ではないのでミスもあったが、いちいち気にせずに、むしろ自分の良いプレーを振り返るようにした。やるべきことは分かっているし、ミスは自分の性格上、特に意識せずとも思い返してしまう。それに加えて意識的にミスから反省点を抽出しようとすると、どんどんネガティブになってしまうので、「今日はアンカーを使って上手くプレスを剥がせた。明日もできるようにしよう」とか、「一対一のピンチを防いだ。今日の紅白戦は活躍できた。」など、良いプレーをとにかく反復して思い返し、前向きに練習に臨めるよう心がけた。紅白戦で出せた好プレーは些細なものであっても画面録画して何度も見返し、逆にミスは1,2回しか見なかった。





この方法がどうやら自分には合っていたようで、日々上達しプレーの選択肢が着実に増えていく感覚があった。気がつけば足元でボールを扱うことに恐怖を感じなくなり、当時セカンド側にいた大谷、西と良い距離感でプレス回避できるようになった。如何に相手のプレスを剥がすか、トラップするのかダイレクトで捌くのか、手前のアンカーにつけるのか奥のインサイドまで飛ばすのか、などと色々考えながらプレーするのは、ボールを奪われないように、ミスしないようにという考えに囚われながらプレーするよりもずっと楽しくて、自分のパスで相手FWのプレスを無力化するようなプレーができたときは達成感に満たされた。プレス回避に神経をすり減らさずに済む分、他のプレーも余裕を持ってできるようになり、セービングの調子も少しずつ上がってきた。時には紅白戦でトップに勝つこともでき、周平・和田・知朗の3トップ相手にやれたのだから、リーグ戦に出てもなんの問題もなく活躍できるだろう、早く出番来ないかな、と自信がついた。





とはいえ染谷の方が普通に上手いし、監督からは微塵も信頼されてないしでリーグ戦が開幕しても当然ベンチ。でもかつての自分とは異なり、試合を見ながら自分がプレーするイメージをずっとして、出番来い!と祈りまくってた。今からこの中に入って普通にプレーできると思っていた。そんな訳で、突然出番が回ってきたときは積み重ねて来たものをようやく出せる喜びでいっぱいで、周りは心配して色々声をかけてくれたけど緊張も動揺もほぼなかった。





自分のプレーで相手のプレスを剥がしてやろう。どんどんプレス来いよ。シュート打ってこいよ。90分なんてすぐ終わってしまうのだから、楽しまないと。チャレンジして、俺が活躍して試合を決めよう。一分一秒でも長くピッチに立っていたい。終わるな。まだ終わるな。





なんて考えながらプレーしてた。それに見合う活躍は味方がものすごく頑張ってくれたおかげでまあしてないんだけど、一つ一つのプレーが楽しくて仕方がなかった。これまで数々の先輩方が言ってきたようにリーグ戦の舞台は格別で、良いプレーができたときの喜びや味方がゴールを決めたときの興奮は練習試合のそれより何倍も素晴らしいものだった。








ダラダラと自分語りをしてしまった。ここまで書いて思い返してもこの一年は自分のことで精一杯で、チームのために何かできたとは言い難い。フィジコの仕事も後輩に丸投げだったし。本当に申し訳ないです。



何かメッセージを残すとすれば、やはりサッカーを楽しんで欲しいということに尽きる。特に上手くいかずに苦しんでいる人。4年間はあっという間で、1シーズンはあっという前で、90分はあっという間で、毎日の練習もあっという間で、その中で自分がボールに関与する時間なんてほんのわずかで、ネガティブな思考に支配されてしまうなんて勿体ない。まずはピッチでボールを扱える楽しみを味わって、今できること・これからやりたいことを数える。そしたら少しずつ楽しいことが増えていって、いつしかそれらが相手と戦うための武器になる。来季は1部に上がる事もあって個人としてもチームとしても苦しい時期が来るかもしれないけど、楽しむことを忘れずに頑張ってください。




こんな下手くそなキーパーが、こんなにも素晴らしい環境に身を置けたことに感謝しています。しょーもない、腑抜けたプレーしかしてなかった俺を見捨てずに最後まで支えてくれた新屋さんと島田さん、ユース、プロの景色を見せてくれた染谷と哲さん、いつの間にかたくさん増えてた1年生、一緒にGKやれて最高でした。毎週火曜日のGK練は本当に良い思い出です。内倉や赤木を始めとして色々いじってくれた人、ミスしても前向きな声をかけてくれたチームメイトにも救われました。また一緒にサッカーやりましょう。



4年 石川

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