未完
同期の卒部feelingsが出るたびに早く書かなければと焦る。そして、みんなこんなこと考えてたんだとか、かべすって文才あるんだな知らなかったわとか、色々思わされて益々書きづらくなる。
feelingsを読むのは凄く好きだ。ここなら臭いことを書いていても許されるし、意外な一面とか面と向かっては言えないこととかが書かれていて、自分も頑張ろうと思える内容のものも、ほっこりするものもあって良いなと思う。
でも自分で書くとなると、自分の正直な気持ちと向き合ってそれを表現するという作業にはかなりエネルギーを使う。
波風の立たない、ラーメンばっか食べる怠惰な生活をしてきたこの1ヶ月間、自分の感情と向き合う作業をするのが嫌で、後回しにしてきた。佐野さん申し訳ございませんでした。
最後の試合を終えてから1ヶ月以上が経つのに、まだ自分の気持ちはまとまっていない。
ア式で過ごした4年間、特に最後の1年間に対して相反する2つの気持ちがある。
12/6にリーグ最終節・亜細亜戦を終えた後は、この試合に出場できたし、リーグ戦の全行程が終わったことでいろんなストレスや緊張感から解放されて、ア式での全てをポジティブに受け入れられるような、どこかすっきりとした気持ちでいた。コロナウイルスの影響でリーグ期間が長かったっていうのもあったのかもしれない。
でも時間が経過するにつれて、悔しさが大きくなっていった。
今も悔しさの感情が強い。
結局リーグ戦には2試合しか出られなかったし、ベンチ入りだって全試合数の半分あるかどうかだった。
何より昇格を決めた、後期の玉川戦で感じた感情はまだ消化しきれていない。
この試合ベンチ外となった自分は文字通り蚊帳の外で、昇格を決めてみんなが喜んでいる時も、もちろん嬉しかったけど、それ以上に悔しかった。
大矢の気持ちのこもったプレー。手に汗握る展開。和田ちゃんがPKを決めた瞬間に駆け込む応援。
あーやっぱりこのピッチにいたかったなと思うと、試合の途中から涙が止まらなかった。
この前昇格PVを見た時、悔しさがこみ上げてきて涙が出てきた。波風の立たない生活で悔しさの感情とかどっか行ったと思っていたけれどやっぱりまだ悔しい。
あの時こうしておけば良かったとか小さな後悔は挙げたらキリがないし、コロナで試合数が少なかったこととか、対戦相手のタイプとか、同じポジションの仲間との序列とか、コントロールできないことへの文句がないと言ったら嘘になるけど、何より、実力の無さを痛感していた。絶対評価的に試合に出るには足りていなかった。
具体的なことを1つ挙げるなら、闘える選手ではなかった。後藤やまさしみたいにファールをすることなくクリーンにボールを奪う技術や、身体の上手い使い方、ボールが自分の裏に来る前の予測と準備。
どれも足りなかった。気持ちが足りてないとかそういうことじゃなくて、守備の技術が足りてなかった。
自分のキャラクター的に絶対闘えないといけないタイプだったのに闘えないことが情けなかった。田所ともっと早く出会いたかった。
自分の実力不足をなんとなく感じていて、でももっとやれると思って言い聞かせてやってきたけど、シーズン終盤にやったトップとの紅白戦でそれを強く感じた。
この試合、トップは前線の3人の出来は別格だったけど、この試合だけを客観的に見たら、別に後ろの選手にそこまでの差があったとは言えないと思う。でもなぜかこの試合で強く感じた。
その後に観に行った鬼滅の刃の映画は内容が全然入って来なかった。一緒に観に行った友人が号泣していたのに自分は一切泣けなくて、見終わった後少し気まずかった。
だから最後の3週間くらいは正直しんどかった。
ア式での残された時間と成長スピードを考えるとしんどかった。
もうア式でサッカーできるのは最後だしもったいないから楽しもうとは意識していたけど、あまり楽しめなかった。
もちろんそんな気持ちだったとしてもリーグ戦には出たいと心の底から思っていたけれど、公式戦という真剣勝負の舞台での成功体験がなくて自分のプレーに正直自信が持てなかった。
それでも最後の1年間の自分は全力を尽くしたと思う。リーグ戦に出るために、強い覚悟を持って頑張ったと思う。
虚勢は張っても、自分のことを本心からはポジティブに評価できない性格だけど、今回は素直に褒めて良いのかなと思っている。
何回かAチームに上げてもらうも、毎回すぐに落とされた2年生までのシーズン。
3年生のシーズンは育成チームで迎え、結局シーズンが終わるまで一度もAチームに上がることはできなかった。辞めることも真剣に何度も考えたけど辞める決心もつかなかった。ずっとなよなよしていた。
ずっと育成に身を置いていた同期がAチームの練習に呼ばれたことや、同じポジションの先輩がシーズン終了後の打ち上げの時に、駐車場で不細工な悔し涙を流しているのを見て、もう失うものは何もないのだからもう一度だけ頑張ってみようと開き直れた。
運良くそのタイミングでAチームに上げてもらえた。本当にラストチャンスだと思った。
できることはなんでもしたし、吉くんに毎週一緒に映像を見てもらい、鶴田にコーチしてもらいながら動作改善にも励んだ。
上手くなっていってる実感はあったし、サッカーを理解してきている実感もあった。
よく気持ちをもう一度入れて頑張ったと思うし、しっかり向き合ったと思う。
首位亜細亜との前期のリーグ戦で、1点ビハインドのチームの悪い流れを変えることを期待して投入してもらえた。
それくらいの選手にはなれたと思う。
でもそれ以上の選手にはなれなかった。
流れを変え切ることもできなかったし、替えのきかない選手でもなかった。
首脳陣の信頼はつかめなかったし、自分でも自分のプレーに納得しきっていなかった。
だからア式でのリーグ戦には良い思い出はあまりない。
悔しさがどうしても先に来てしまう。
でもリーグ戦には全然出られなかったけれど不思議とラスト1年でサッカーが大好きになった。
この1年でサッカーへの理解も深まったし、1年前よりも格段に成長できたと思ってる。
上手い人と一緒にプレーするのは楽しかった。
終盤はしんどかったけどそれ以外の時期は本当に心の底からサッカーが楽しかった。
りょうさんには本当に感謝しています。
だからこのままサッカーから離れるのはもったいないなという思いが強い。
春から社会人になり、土日出勤もあるかもしれなかったりで、どれだけボールをコンスタントに蹴れるかはわからないけれど、続けていたいと思っている。
皆さんまたロンド一緒にしてください。お願いします。
こういう感情で大学サッカーを終われたことは良かったと思ってる。
4年前にア式への入部を選んだこと、それより前、高校1年の冬に東大フェスティバルに参加して、それ以来ア式に入るために東大合格を目指したあの時間も無駄ではなかったのかなと思う。
当時のリクルート担当の先輩・高校の顧問の先生、大学でもサッカーを続けるという選択肢を自分に教えてくれてありがとうございました。
そしてみなさん4年間ありがとうございました
何より最後の1年は、周りの人にかなり助けられました。
自分は、試合に出られていなくても何も弱音を吐かず淡々とトレーニングする、なんてことをできるタイプではなく、多くの人に励まされることで前を向けていたと思っています。
セカンドのみんなとは一緒に難しい時期を長く過ごした。
だからこそ最後の木曜練のゲームでトップに勝った時は本当に嬉しかった。ただの1つの練習の、たった10分の出来事だけどすごく印象的だ。
拓也や西、石川の活躍は、すごく嬉しくてすごく羨ましかった。
入部当初から期待されてきた拓也が3年間苦しんでるのは誰が見ても明らかだったし、西も自分以上にAと育成を行ったり来たりしてきた選手。石川は来るか分からないチャンスを「旦々」と待つ難しい立場。
そんな3人が、リーグ戦の舞台で楽しそうで頼もしい姿を見せてくれたことは励みになった。
吉くんをはじめ、OBコーチの存在がどれだけありがたかったか。
声を出して応援ができないという状況の中、プラカードでの応援は本当に嬉しかった。
亜細亜戦の試合結果画像も武蔵戦の告知画像も嬉しかった。
また、自分にとって、小中高で共にプレーした同期やプレーしている姿を見てきた先輩が、まだサッカーを続けている、活躍しているということが嬉しくて勝手に刺激を受けていた。
自分もそういう人にとって刺激を与えられる存在になりたいと思ってやっていたけど、大学サッカーではそれが叶わなかったと思っている。
だから今後の人生で叶えていきたい。
これまで関わってきた人が、赤木頑張ってるな、俺も頑張ろう、と思える、そんな存在になりたい。
西みたいな締めになったけど、真似したわけではないです。
後輩の皆さんにアドバイスできることはそんなにないし、他のみんなが大体言ってしまったから1つだけ。
上手くいかなかったらどうしようとか、落ちたらどうしようとか考えても仕方ないことは考えないで。ある程度楽観的に、主体性だけは持って頑張って。
これも誰かが書いてたな。中紳さん曰く大事なことは繰り返した方が良いらしいからまあ良いか。
4年間お世話になりました!
今シーズンの目標:現場からの中継で笑いのゲーゲンプレスを決める。
赤木雅実
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