ざわちん(女子部4年)


最後のfeelingsということで何を書こうか迷走した結果、今までサッカーについてあまり書いてこなかったことに気づいたので、サッカーとの思い出をまとめたいと思う。

 

私のサッカーとの出会いは小学5年生だった。父の仕事でアメリカのミシガン州に滞在していた。かなりの田舎なので、前庭と裏庭があり、ご近所さんとよくBBQをしていた。そこでバスケをしたり、ドッチボールをしたり、サッカーをしたりした。今思えばつま先キックでわちゃわちゃサッカーだったが、楽しい思い出として残っている。

 

帰国して東京の高校に通うことになった。日本と言えば部活動である。シーズンごとに集まるクラブ活動が主流なアメリカで生活していた私はそんなイメージを持っていた。年中真剣に練習し、3年間かけて築いていく仲間やチームの絆に憧れを抱いていた。配られた部活・同好会一覧に「女子サッカー」という言葉を見つけると、体験練習に飛んでいった。3人の先輩方が温かく受け入れてくれ、この人たちとサッカーしたいと思った。男子部が使っているグラウンドのコート外でパスの練習をした。高校のグラウンドはあまり使えないので、時々日曜日に個サルに参加する形式を取っていた。日本では部活に入って仲間とバリバリ練習してたくさん試合をしたいと考えていた私は、バスケ部に入部した。兼部も歓迎されたが、活動日が被ってしまいサッカー部への入部は諦めた。当時の私には、ア式女子を創部したなるさんのような行動力はなく、そこから女子サッカー部を作っていくという強い意志もなかった。

 

大学入学後のテント列でサッカー部のテントに入った。同じ高校の先輩がいた(後から聞いた話では彼女も高校の時にサッカーしたいと思っていたらしい)。週4回練習し、OG含め11人揃えて関東大学女子サッカーリーグに出場しているらしい。体験練習で蹴り方を教えてもらい、上達していく自分を感じた。ようやくサッカーを部活でできる、と思った。でも大学では留学もしたいと欲張りなことを考えていたので、大学でも部活に入ることに躊躇していた。自己矛盾を自覚しながらも先輩に相談してみると、外部の活動も応援してくれる部活だと教えてくれた。もうサッカー部に入らない理由はなくなった。入部式の日は過ぎてしまっていたが、入部を受け入れてもらった。

 

サッカーに軸を置く4年間はとても楽しかった。山あり谷ありではあったが、総じて悔いなしと言っていい。サッカー以外の大学生活も充実しており、悔いなしだ。結局、短期留学には2回行かせてもらい、部活に入っているから諦めなければならないということはなかった。好きなこと、やりたいことをこうして成し遂げられたのは、支えてくれ、応援してくれ、帰りを待ってくれた仲間がいたからであり、本当に感謝している。

 

サッカーの話に戻る。高校時代は球技大会のフットサルでしかボールを蹴る機会がなかったので、サッカーが週4回できることはこの上ない幸せだった。多くない人数で都内の人工芝のグラウンドを広々と使わせてもらえることは本当にありがたいことであり、恵まれていることを忘れてはならないと思った。そして、初心者が大学でサッカー部に入部できるという環境も当然だと思ってはいけない。日本では、大学でサッカーをする女子は、小さい頃から男子に混ざってサッカーをしてきた強者たちや中高で鍛えられた経験者たちというイメージが強く、実際に初心者を募集していない大学チームもある(サークルなら初心者も受け入れていることも多い)。そして、数年前までの大学リーグもそういった選手たちを想定したものになっていた。運よく東大は初心者も歓迎してくれたので入部できたが、必ずしも大学リーグで戦う相手も同じような状況ではなかった。一年次は、ひよこのように中盤を駆け回り、わけのわからないまま試合が終わり、結果は大敗、ということも少なくなかった。始めたてで高いレベルでの実戦を経験できたことは、貴重な財産だと思っている。しかし、ボールを持つ相手を追いかけ、蹴り入れられたボールをクリアする時間が長かったのも事実であり、サッカーが楽しいものではなく苦しいものになくなってしまった仲間もいた。二年次には、藤岡さんがコーチとして練習メニューを考えてくださるようになり、数少ない速攻に賭けていた試合の戦術にも変化が現れ始めた。技術力や体力では太刀打ちできない相手に対しても、頭を使って、より効率的に位置取りをし、身体の向きを微調整し、視線を向けることで、少しはボールを保持し、パスを繋げられることが増えた。ボールをもらう前に自分のプレースペースを確保しておくことで、自分のやりたいことができる時間が増え、ミスをしても敵が来るまでに回復できる時間ができた。これは意識するだけでプレーを大きく改善できた例の一つであり、経験年数を言い訳にしないで頑張ろうと思った。しかし大学リーグでは、やはり部員全員が「勝ちに行こう」と思っている試合は3試合ほどで、ほとんどは負けを想定した試合だった。

 

そこに疑問を持った部員たちが中心になって、他大学を巻き込みながら創設したのがCiEリーグである。サッカー経験のある選手が想定された大学リーグに、初心者のいるチームも緊張感を持って真剣に挑めるリーグを作ったのだ。CiEリーグ創設一年目は4校で実施され、試合数も多くはなかった。新型コロナウイルス感染症流行による活動規制で、多くの試合をできる状況ではなかったので、新たな試みをするには丁度よかったのかもしれない。しかし、この年は主将を務めており、部内の様々な意見をまとめる上で心苦しい思いもした。CiEリーグ創設二年目は参加校が7校に増え、軌道に乗り始めたが、やはり新型コロナウイルス感染症の影響で、練習試合や試合がなかなか決行されないことが続いた。ラストイヤーでもどかしい思いもあったが、サッカーができるありがたみを改めて感じた年でもあった。決行になった試合、特に最終節では、それまで地道に練習したことの成果が出せたと思う。ディフェンスにおいてもビルドアップにおいても自分たちの意思で連携ができることが増え、本当に楽しかった。わちゃわちゃサッカーでは経験することのできなかっただろう喜びを感じることができた。

 

CiEリーグのような取り組みは、サッカーをしたいと思う女子が楽しく真剣にサッカーに向き会える環境の可能性を広げてくれると感じている。(もはや女子に限ったことではないかもしれない。大学サッカーは小さい頃からサッカーしてきた人がするもの、という考えは男子サッカーの方が根強いかもしれない。)今後も、大学女子サッカーを取り巻く状況に合わせてリーグを創設・撤廃していくことは必要になる。東大もずっとCiEリーグにいるとも限らない。関カレ3部でも十分戦えるレベルになったら戻るだろうし、その頃にはチーム数が増えて関カレ4部ができているかもしれない。重要なのは、例年通りの活動を踏襲するのではなく、おかれた状況を常に分析し、それに応じて活動を変化させていくことである。大袈裟かもしれないが、些細な疑問も放置せずその理由を突き詰めていけば、ア式女子、大学女子サッカー界、女子サッカー界、ひいてはサッカー界を改善していけるかもしれない。優秀な後輩たちに期待しながら、OGとしてサポートしていきたい。

 

 

4年 ざわちん

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