帰り道

穐山公宏(修士1年/フィジカルコーチ/国立高校)


去年の夏。
 
本屋でスポーツのフィジカルに関する本を手に取った。何の義務もないのに、暇な時にそんな本を読んでいる自分が何だかおかしかった。
 
 
 
106期の穐山です。選手としてア式に入って、1年の11月に辞めました。それから4年が経って、今度はトレーナーとして戻っています。
 
 
サッカーを始めたのは物心ついた頃から。兄が入っていた地元のサッカーチームに入団したのがきっかけだった。練習がない日でも近くの公園で友達とボールを蹴る日々を送っていた。昼間から友達と公園に出向き、サッカーに勤しむ。遊具と遊具、木と木の間のゴールを目指して必死にボールを運ぶ。気づいたら空がオレンジ色になっていて、夕日の中で「夕焼け小焼け」が鳴り響く。今日も楽しかったなと思いながら帰路につく。
 
小6の夏、父の仕事でアメリカに渡った。英語はYes, No, Helloくらいしかわからなかったけれど、とりあえず現地のクラブチームが開催するレクのサッカーイベントに行った。異国のプレースタイルを持ち、英語が喋れないアジア人という物珍しさもあってか、たまたま居合わせたトップチームのコーチの目に留まり、結局チームに入団することになった。しかし、そこで待っていたのは、自分より圧倒的に上手い選手達だった。僕はあまりにも下手だったので、まずは一学年下のチームに所属することになった。
 
もう上がるしかなかった。生活のほぼ全てをサッカーに注ぎ込んで、1年で身体能力が劇的に変わり、同学年のチームに呼ばれることも増えた。その後も相変わらず下手だがスピードがあり、戦える選手として出場機会を貰うことが増え、スタメンをつかんだ時期もあった。
 
それでも結局、自分がたどり着けたのは、「層が薄く、絶対的主力がいないポジションの中で、序列が固まらないローテーションの一人」くらいの場所だった。かなりの試合が州外遠征だったため、週末ホテルをとって何時間もかけて試合会場に向かうのだが、親の週末を潰し、高い遠征費を払い、出場時間が雀の涙程しかなかった度に、自分のセンスの無さに対する無力感と申し訳なさでどうしようもない気持ちになった。チームを引っ張る選手たちは、自分より少ない努力で、この3年間でも自分よりずっと上手くなっていくように見えた。
 
そして最後のトーナメント。シーズン中に調子を落とした僕は干され、ひたすらベンチから戦うチームメイトを眺め続けた。気持ちがずっと追いつかなくて、グラウンドが色褪せて見えた。

 

 
帰国してから、高校でもサッカーを続けた。でもその頃にはもう、サッカーは「ただ好きだからやる」ものではなく、自分の価値を証明するための道具になっていた。
 
才能があって、サッカー選手としての道を進んでいた中学時代のチームメイトたち。オランダ一部のクラブのユースに行ったやつ、年代別代表に選ばれたやつ、全米選抜に呼ばれていたやつ。自分はたまたまチームに引っかかって3年間一緒にプレーしただけの凡人なのに。もう目の前にいない彼らと自分を比較して、落胆して、でもそれを認めたくなかった。そんな能力が無いのはわかっていたけど、ずっとサッカーを続けていればいつか彼らみたいなレベルになれるはずだと自分に言い聞かせてプレーしていた。
 
高校でコンプレックスを消化できずにいた自分にとって、大学でもサッカーを続けるのは必然だった。もう4年本気で向き合えば、何かに決着がつく気がしていた。
 
ところが入部してからは、元々の体質に加えて浪人のブランクがあり、とにかく怪我が続いた。まともにプレーできていた期間は、おそらく2週間ほどだろうか。サッカーから切り離された時間の中で、嫌でもいろんなことを考えた。
 
その時強く感じたのは、自分はサッカーを続けることで、むしろサッカーから逃げていたのではないかということだった。
 
サッカーを続けることで精神的にも肉体的にも辛いことも多かった。でも人生ずっとサッカーばかりやってきた自分にとってそれ以上に辛かったのは、「サッカーをしている自分」を失うことだった。だから辞められなかった。続けることのほうが、自分にはむしろ楽だったのだと思う。
 
このまま続けて、仮に試合に出れたとしても、4年後また高校時代と同じ後悔をして、煮え切らない気持ちを持ち続けるんだろう。こんなに生産的じゃないことに時間を費やして、その代わりにできたはずの挑戦の機会を潰して、自分は何をしているんだろう。
 
見たくないものから目を逸らして、ただ楽をしているんだな。
 
その自分に気付いた時、辞める覚悟ができた。辞めた後の行き先は、すぐ考えついた。東大に入って理系にいるんだから、研究の世界で上を目指せばいい。考えれば考えるほど、それはサッカーで届かなかった場所に届けるかもしれない、と思えた。
 
そう思い立ってからは早かった。コーチに「辞めます」と伝えて、1週間後には本当にやめていた。そこからは、とにかく立ち止まらないようにした。平日は遅くまで図書館に篭り、休日も空いた時間を何かの勉強に使った。何かをしていないと落ち着かなかった。
 
後期課程に進んでからも、研究室、研究所、企業、起業。隙間を埋めるように、何かに手を出し続けた。やりたいことがあった、というより、やっていない自分が怖かったのだと思う。
 
深夜のオフィスで日付が変わる近く、部屋が強制消灯されるまで資料の修正をし、自転車を飛ばして家に帰り、コンビニ飯をかき込みながら資料を読み、すぐに寝る。次の日、早朝からまた同じ1日が始まる。休日、休み時間などなかった。少しでも立ち止まることは、自分の目標から遠ざかる罪深いことだった。
 
サッカーを辞めた選択を正解にしようと、ずっと走っていた4年間だった。
 
 
 
去年の夏。
何をどう書けばいいのか、今も正直わからない。
 
いくつかのことが、4年間で築いたつもりだったものが、同じ時期に手元から離れていった。自分で関わることを選んだもの、大事にして来たもの、そのどれもが、思っていた形のまま僕の手には残らなかった。
 
しばらく立ち止まる時間があった。何を積んできたのか、正解にしようとしていたものはなんなのか、わからなくなっていた。実家に逃げるように帰り、何をする気にもなれない。そんな時間だけがただ過ぎていった。走ってきた4年間が、急に手ぶらに見えた夏だった。
 
時間を持て余し本屋を徘徊していたある日。ふと、スポーツのフィジカルに関する本が目に留まった。手に取った理由なんてなかった。何の意味もない、ただ気になっただけ。パラパラページを捲ると思いの外面白くて、レジに持っていった。一冊読み終わると、もう一冊と、気づけば次の本に手が伸びていた。それと同時に、何の義務も意味もないのに、暇な時にそんな勉強をする自分は、相当それが好きなんだと気付いた。「やるべきこと」に生活を乗っ取られて久しい自分が、久しぶりに、ただ好きだという理由だけで手を出したものだった。
 
そんな中、コーチだった同期の高口がア式でなぜかトレーナーをしていることを聞きつけ、自分の中の興味とア式という単語が急に結びついた。ア式で身体について座学以上のものを学べるかもしれない。すぐさま高口を飯に誘い、自分の考えていることをぶちまけつつ、今のア式について話を聞いた。どうやら外部からすごいトレーナーを招聘しているらしい。その次の週、すぐに練習見学に行き、4年のブランクを経て、ア式に再入部した。
 
選手を辞めてから4年、スパイクを捨て、ボールを蹴らずに意識的にサッカーを避けてきた。サッカーやフットサルの誘いは基本的に全て断った。もうサッカーに依存したくなかったから。おかげで8キロほど痩せ、ボールタッチの感覚も失ってしまったが、外でいろんな世界を見て、かつ時間をおいてみて、昔よりフラットにサッカーを見ることができるようになった。
 
サッカーをしている人のほとんどは、将来それを仕事にするわけじゃない。サッカーが直接お金にもならないし、キャリアにもならない。それでも、今、この瞬間を楽しみ、この瞬間勝ちたい、だからやる。それで生活の大部分をサッカーに捧げている。こんな密度で熱量が集まる場所はなかなかない。
 
振り返ると、この数年間の根底には「価値のある人間になりたい」という思いがあった。こうやれば将来こうなれる、今ここで頑張れば、未来の自分はもっと価値のある存在になれる。そんなふうに、未来のために今を消費していた。どこかで今を生きていない感覚が強かった。
 
サッカーをアイデンティティにしていた自分が、今度は実績や将来性をアイデンティティにし始めていた。しがみつく対象が変わっただけで、本質は何も変わっていなかった。
 
でも自分を説明するものを無理に持たなくてもいいのかもしれない、と思える瞬間が、最近は少しだけある。というより、思おうと努力している、という方が近いかもしれない。
 
 
ア式でトレーナーとして関わるようになってからは、勉強の毎日だ。最初はトレーニングや運動学習の本を読み漁り、高口と勉強会を組み、ひたすらインプットに時間を費やした。
 
最近は陶山とストレングスのメニューを設計し、進行までするようになった。とはいえ、フィジカルコーチの先輩たちにはまだ完全に頼りきりだ。彼らは何か一つ聞くと十くらいで返してくれるし、忖度なく意見をぶつけてくれる。
 
自分で進行した最初のストレングスの後、大智さんから、「正直、選手からしたら面白くない進行ですね」と言われた。設計したメニューを滞りなく進行することに意識が割かれすぎていて、選手の表情まで目が行き届いていなかった。まだまだ道のりは長い。
 
そんな中でも、選手が練習後に個別に身体操作について聞いて来たり、部室で筋トレのフォーム確認を頼んできたり、そういう瞬間が出てきて、すごく嬉しい。
 
その嬉しさには、「認められた」の嬉しさも混じっている。でも、昔と違って、それだけじゃなくなった気がする。目の前の選手が少しでも良くなってくれるなら、それで良いと思える瞬間もある。
 
 
大人になる程、何にでも意味を求めるようになってしまっていた。
これはお金になるのか。キャリアのためになるのか。将来の自分を助けてくれるのか。
 
ずっとそういう問いに縛られてきた。そして、これからも繰り返すだろう。僕はきっと、何かを好きになる度に、いつの間にかそれを自分を縛るものに変えてしまう。
 
でも、その度に戻ってくる自分でいたい。ずっとここにあったのに、見えていなかったものに。

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