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Connecting the dots

水澤克(1年/テクニカル/春日部高校) 2025 年 10 月 12 日 ― 奇しくも俺の 18 回目の誕生日 ― この日、高校サッカー生活が終わった。選手権の 2 次予選 1 回戦だった。相手は格上で、結果的には 1-4 で敗北したが間違いなくいい試合だったし、心が動かされる試合だった。かく言う俺は試合終了の笛が鳴った時、応援側にいた。自分の実力的にメンバー外なことに異論はなかった。 思えばこれまでのサッカー人生で不動のスタメンになったことなどない。小学校のときは地元のサッカースクールでサッカーをし、一応小6ではキャプテンを務めたが、チームの絶対的な存在ではなかった。(そもそもキャプテンに選ばれた理由も真面目だからというだけである) その後、中学受験などはせずに地元の公立中学校に進み、当たり前のようにサッカー部に入った。サッカー部の同期は 20 人だった。これは自分の代の前後を見ても多い人数だ。同期にこれだけの人数がいるということは、中 3 になってもスタメンになれない、ましてやメンバーに入れない人がいるということだ。俺はその戦いに勝てなかった。最後の大会のメンバーには選ばれたものの、ほとんど試合には出られなかった。 そして、高校受験を経て春日部高校(以下、春高「かすこう」)に入学した。迷うことなく、半ば惰性でサッカー部に入った。入部時には高 3 の秋まで部活が続くことを顧問から脅されたが、その覚悟はあった。同期は34人(受験勉強を理由に退部者が出たが、それでも引退時に 31 人)。中学時代よりも厳しいメンバー争いだった。またしても俺はメンバー争いに勝てなかった。高 1 のとき U16 のリーグ戦で 1 回スタメン出場したが、それ以外はほとんど A チームに絡めなかった。そんな状態で 3 年間を過ごし、冒頭で書いた選手権まで時は流れた。 ここまで見たように、俺のサッカー人生は悔しい思いしかない。同期の人数が多くて運が悪かったと言ってしまえばそれまでであるが、それでも不甲斐ないサッカー人生だ。実際、部活をやめようと思ったこともあったし、選手権の敗北後に流した涙は試合に負けた悔しさや引退することの悲しさはもちろんあったが、それ以上に 1 度も満足のいく結果を残せなかった自分のサッカー人生に対する悔しさ、無力感から来たもののほうが大きい。...