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6月, 2015の投稿を表示しています

つらすぎる

はじめまして、一年理科一類16組、麻布高校出身の寺山怜志です。ア式には高校の頃、毎年東大カップによんでいただいたり、貴重なグラウンドを貸していただけたのでとても感謝しています。 ところで最近悲しいことがありました。まだ入部して間もないのに、同じ高校出身の子と同じクラスの子がたてつづけにやめてしまったことです。僕も自分では気づかない不思議なフェロモンを出しているのかなと思ってしまうほど近しい仲間を早々に失いました。実際一年にも「お前のせいだ」的なことを言われ、若干落ち込みました。やめたことでさえ重いのにさらにlineの長文を読むのは地獄です。ああいう長文はこれからも読みたくないと思っています。とはいってもいつまでも落ちこんでいるわけにもいかないので、ア式にいるものとしての自覚を再びもって、これからよりいっそうサッカーに精進していきたいです。  一年 寺山 怜志

隠れコミュ障

隠れコミュ障 「コミュ障」という言葉をご存知だろうか?Wikipediaによると、「対人関係において十分なコミュニケーションをとることができないこと」とある。例をあげると、入部当初の寺内くんや、合コンの時の吉田くんだ。彼らは、面と向かって話そうとすると、上手く言葉が出てこなくなってしまうのだ。これがいわゆる「コミュ障」。  一方、今回のタイトルにあるように、「隠れコミュ障」とはなんなのだろうか?私の勝手な見解になるが、あえて定義するなら、「一見、対人関係において十分なコミュニケーションがとれているようであるが、実はほとんど何もしていないこと。むしろマイナスの効果をもたらすもの。」といった感じである。例をあげると、入部当初の田中ゲンキ氏や、合コンの時の大谷くんだ。彼らはよく喋り、会話を回しているように見えるが、そこにはギャグセンスの欠片も無く、楽しむという会話の目的を大きく逸脱している。  日常生活で「隠れコミュ障」を発揮するなら、別に無視すればいいので迷惑ではないが、サッカーの最中に発揮されるとものすごく不愉快である。先ほどの、田中ゲンキ氏や大谷くんとはタイプが違うが、サッカー中に迷惑な「隠れコミュ障」が存在する。実を言うと私も時折発揮してしまう。それはどんな人かというと、自分の意見を一方的に言ってきたり、他人のミスを必要以上に責めてきたりする人たちである。こういう人たちは、会話をキャッチボールに例えると、相手に豪速球や、とんでもない変化球投げてくる人たちである。私が特に困っているのは、誰かがミスをした時に発せられるネガティヴな声だ。確かに分かる、ミスはウザい。チャンスを潰すしピンチを招く。文句を言いたくなるのはすごく分かる。だけど、そこであえて我慢して、ポジティブな声を出してみる。そういう考え方もできると思うんですよ。たってブラジルの選手はみんなポジティブでしょう? 「どんまい!」でもいいしなんでもいい、きっと雰囲気良くなる。別に叱責の声が悪いって言ってるんじゃない。チームを引き締めるため、時には必要である。ただ、あんまり使いすぎると、チームの雰囲気は悪くなる。だから、味方がミスっても、ポジティブな声で落ち込んでる味方を盛り上げてやって欲しい。Bチームだと、嶺川さんとかこーゆー声かけが上手い。しかし残念ながら顔はミスっている。 ミスろう

気が利く人

この間、先輩に雑務を頼まれたときに、このようなことを言われた。 「与えられた仕事より少し多めにやれる人が、できる人の証だぞ。」 たしかに、ただ言われたことをやるだけなら誰だってできる。頭を働かして、どのような意図でこの仕事をやっているのかを考え、言われたことに加えて、少しだけ気の利いた何かを添える。簡単なようでとても難しいことだと思う。本人がよかれと思ってやっていることでも、もし仮にそれが余計なことだった場合はまったく意味がなく、かえって迷惑である。しかし、信頼されるにはこのような気配りが必要だろう。 たとえば、先日スカウティングに行った際、ある人にチャンスシーンなどスカウティングの材料になりそうな場面の時間をメモしてほしい、という風に頼んだ。僕の想定では [〇分〇秒 いいくずし] みたいな感じかなと思っていたが、その人は [〇分〇秒~〇分〇秒 いいくずし] のようにメモしてくれた。あとで僕がそのメモを見ながら映像を切り出すことを見越してそのようにしてくれたのだ(と信じているが、本当のところはわからない)。このメモはとても役に立ったし、僕の作業時間を短くしてくれた。 仕事をふられると、「なんだよ、なんでおれがやんなきゃいけないんだよ、おまえがやれよ」と思う人もいるかもしれないが、仕事をふる立場の人は実は様々なことを考えており、なんだかんだで一番忙しい。仕事を頼むのは、その仕事を自分でやる暇がないからだ。そういった人をちょっとした気配りで助けてあげることで、信頼されるようになるのではないかと思う。 これはサッカーにも当てはめることができる。たとえば、ボールを失いそうなときに逃げ道のパスコースを作ってあげるだとか、カバーリングでボールを奪ったりだとか。気の利いたプレーができる選手がいると、周りの選手が思い切ったプレーをすることができる。こういうプレーの積み重ねで信頼関係がうまれるのではないかと思う。ちょっとした気配りができる選手、気が利く選手に将来的にはなりたい。 とはいえ、まずは怪我をしないことが一番。怪我をしていては練習もできないので、上手くなるわけがない。 武蔵、東経に勝って、首位で後期を迎えましょう。 2年 服部直弘

とりあえず今年の振り返り

"No reformation can be hoped where there is no repentance" Thomas Jefferson 「後悔のないところに改革はない」 4ヶ月ほど前の練習後、Bチームに落ちた。実力的にまだまだ通用していないと自分でも感じていたし、薄々「次落ちるのは俺かな?」とも思っていたので驚きはあまりなかったが悔しかった。(バイトの面接で落ちるのとは訳が違う……笑)その後の乳酸のラントレとか完全に無気力だった気が……笑 いつまでもくよくよしててもしゃあないと切り替えてその週からB練に臨んだが、プレスのスピード、切り替えの速さ、足元の技術どれもがAよりもレベルが低い……このレベルに慣れたらいけないと頭では分かっていてもだんだんと染まっていく……いわゆるB化ってやつかとか思いながら…… そんな中途半端な雰囲気で合宿を過ごし、最終日のLB2ndとの紅白戦。 敗北 そして招いたB解体 いやいや、B解体してもしょうがないっしょ?あんな試合だけで判断されても笑……みたいな甘い考えは一蹴され、結果2週間とはいえBチームはア式から姿を消し、元Bのメンバーはア式でサッカー続けることの意味、いやむしろ責任を考えさせられる事になった。何もサッカーがうまくなる責任があるのはAチームの人たちだけじゃない。ア式にプレイヤーとして残るのなら誰しもにうまくなる責任がある。むしろ下のカテゴリーの者ほどその責任は大きい。 Bが新しくなり、練習が再開しても自分の中では悶々とした日々が続く。メンバーの一人一人の意識も変わりチームとしての雰囲気も良いし、サタデーリーグでの試合もいい形のサッカーができる試合もある。 ただ、「自分はうまくなってるのか?」という不安がつきまとう。 いいプレーができる日もある、何もできない日もある、セカンドの試合に呼ばれても評価されて呼ばれてるのか人数合わせでよばれてるのかよく分からない…モチベーションも中途半端な状態だ…… そんなある日、いつもの練習を終えてシャワーを浴びていたら郁也さんが後から入ってきた。 「郁也さん、Bチームってむずいです。……。」 あぁだこうだと不満を言ったら 「あぁー、俺も去年ずっとそんな感じだっ

ア式の一員になって

はじめまして、一年の佐俣勇祐(さまたゆうすけ)です。ポジションはオフェンスで、兵庫県神戸市出身です。ヴィッセル神戸を応援しています。 先日、早稲田大学ア式蹴球部のHPを閲覧していたとき、新入部員が自己紹介として皆一様に「伝統あるア式蹴球部の一員となれて光栄です」とコメントしているのを見つけました。 一方で、同じア式でも東大ア式の一年生は、「ア式のアって何のこと?」という状態で入部した選手も少なくないはずです。 僕は東大のサッカー部が日本サッカーの発展に大きく関わってきた古豪であるということを知ってから、数年来この部でプレーすることに憧れを抱いていたので、毎日大きな喜びを感じながら練習に取り組んでいます。 まだ一年生は総じて直接試合に関わる選手が少ないですが、歴史や伝統の重みを実感する機会がこれから増えてくると思います。 そうしたものを自覚し、しっかり背負って試合を戦える選手に自分もなりたいです。 一年 佐俣勇祐

マスタープログラム

彼らは各自それぞれがユニットを構成するためのマスタープログラムを持っている.それは,ユニットの設計図であり,行動規範である.各自がそれらのルール に則り,ユニット全容を把握した上で それぞれの役割をこなすように機能分化している.それぞれがそのような莫大な量の情報を持つことは無駄なような気もするが,どうやらそのほうが効率がいいらしい.そのマスタープログラムは時たまミスコピーされながら 次世代 へ受け継がれる. 彼らが構成するユニットには,マスタープログラムを反故にするかのように振舞う変異体もあるらしいが... ----------------------------- 僕らア式部員は組織全体のマスタープログラムを持っているのだろうか? ア式全体の現状を把握しつつ,目標に向けて自分がどのような役割をすべきか考え行動するため のヴィジョンを持っているのだろうか. 自分の 答えはNoである(少なくとも自分が持っていないので,自分でさえ持ってないのだから,という類推であるが...).これだけ大きな組織の中で全体を常に 考えられている人は少ないのではないだろうか. 各個人が全体を事細かに把握し,その上で個々の役割を果たしていくほうが組織としてはいいのかもしれない.しかし,やはりそのための労力が多すぎ ると思うし,もちろん自分がその肯定派だと言いたいわけではない. それでも,組織がひとつの方向に向かって進んでいくためには規範や目標達成までのヴィジョンが必要である.各自がバラバラに,好き勝手に行動していては組織の進みたい方向にスムーズには進めない. しかし,そのために一々の行動についての規範を持たなくても,共通の"意志"があれば十分であろう.それは 唯一の,かつシンプルなマスタープログラムとも言える.僕らにとっては 「ア式が関東で戦えるチームになるために最も善いと思うことをなんでもやれ」 というものだ. ア式のメンバーは「関東」を目標に活動しているはすだ.そのプログラムを自分で組んだのか,他人に組み込まれたのかは知らないが,少なくとも全員が持っているものだと思っている. 基本的に このマスタープログラムを持たないものは排除すべきだと思うし,このシンプルな命令の下各自が活動すべきだろう. ( 個人的には,このマスタープログラムを持たずに,もし

2年の今のうちに

東大に入って1年経ち、憧れの東京での一人暮らしにも慣れた。 最近は進振りが近づいてきたということでどこの学部に志望するか、そして将来何をしたいかということを2年の友達と話すようになった。 そこで、自分がなにをしたいかと聞かれた時、最初、僕はアイデアを商品として売り込みたいと思った。みんなも官僚になりたい、お金持ちになって力と名誉が欲しい、研究がしたいなど、将来何かしらの仕事をしてる自分の姿を想像できると思う。だけど、そこで終わっていいのだろうか??? サッカーで例えるなら、いいパスではあるが、最終的にゴールにつながらないパスを出すようなものである。ゴールを意識してるからこそ出せるような楔のパスやスルーパス、シュートがあるように、目標を常に意識している人と、そうではない人では、一つ一つの細かなことに対するアプローチが全然違う。 まずは、何かを社会に出し、お金を得て、そこから最終的になにを成し得たいのか、という最終ゴールを探すことが大事だと思う。 世の中には、普通の人とは全く違う次元で物事を見据えてる人たちがいるので、そういうひととあい、自分の最終的な夢を見つけるのにある程度の時間がある大学2年生の今はとてもいい時期だ。さあ、夢を探そう! 最近一対一で議論することにはまってます 2年  田中 絃貴

天才薄命

三人の天才   ~三国志編~ 三国志の天才と言えば諸葛亮ですが、彼と同等かそれ以上の才能を持っていたとされるのが郭嘉という人物である。曹操が中原を制圧できたのは郭嘉の功績が大きい。その功績はざっとこんな感じ(何のことか分からない人は是非三国志を読んでください。オススメです) ①     袁紹の北進に合わせて呂布討伐を進言 ②     呂布討伐の際、水攻めを進言→呂布討伐成功 ③     袁紹南下の恐れがあるなか、劉備討伐を進言→郭嘉のよみ通り袁紹南下せず。劉備敗走。 ④     孫策が暗殺されることを予見→孫策暗殺される & 袁紹との戦いに専念 ⑤     袁紹を破ったのち袁家の後継者争いを予見→袁家後継者争い。楽々袁家討伐 しかし、郭嘉は 38 歳という若さで世を去る。天才薄命。   ~漫画編~ ここまで自分のことを天才だと信じ切っている人間は存在しないだろう。「 SLAM DUNK 」の主人公桜木花道。彼の“自称”「天才」発言はざっとこんな感じ(何のことかさっぱりという人は是非「 SLAM DUNK 」を読んでください。オススメです。) ①     「俺が神奈川でなんと呼ばれているか知っているか…天才桜木 !! 」←実際は呼ばれていない ②     「俺ってもしかして天才じゃないのかな」←天才だと思っているからこそ ③     「ヤマオー俺が倒す by 天才桜木」 ④     「天才とは 99% の才能と 1% の努力」←喋っている間にボールロスト その他数多の「天才」発言を残している。 ところで「 SLAM DUNK 」の作中において桜木は試合中に背中を痛め選手生命の危機?に立たされる。 #269 のタイトルは「天才薄命」である。(その後「ダンコたる決意」が出来た桜木は「(バスケットが)大好きです」という発言とともに復活する)   ~サッカー編~ ダイスラー。かつてドイツ代表のバラックが小皇帝として君臨していたころ、同じくバイエルン、ドイツ代表でプレーしていた天才。彼の天才的プレーはざっとこんな感じ(何のことか伝わらない人は是非映像を探してみ

欠けてはならない「部分」になるということ

初めまして!文科三類1年、マネージャーの今堀実果です。 出身高校は田園調布雙葉高校で、高校時代はオーケストラでクラリネットを吹いていました。 憧れの東京大学に入学し、大嫌いな数学から解放され新生活に心弾ませていた4月、運動経験もなかった私はまさかア式に入部することになるとは思ってもみませんでした。某予備校風に言えば、「なんで、私がア式に!?」といったところでしょうか。 それが気づいてみれば、先輩方から何度も勧誘をしていただき、ア式の試合を初めて見て感動し、興奮冷めやらぬままに入部を決心した日からもうすぐ1か月が経とうとしています。 さて、私にはア式にいる時にいつも思い出す話があります。 それは「ひとつの体、多くの部分」というもの。 読んで字のごとく、人の体は多くの部分から成り立っていて、ひとつでも欠けてはならないということです。 これをア式に置き換えてみるとどうでしょう。 選手、監督、コーチ、トレーナー、スタッフ、そしてOB。ア式という「体」は多くの「部分」から成り立っています。その中にはア式の手足、骨格、臓器として重要な役割を担う人もいるでしょう。 一方今の私はというと、ア式にとって必要な部分になれているかどうかは正直まだ微妙なところです。私はア式のために何ができるのか、私に求められる役割は何なのか、まだまだ思案の中にあります。 重要な部分ではないかもしれない、けれどどんなに小さくてもア式にとって欠けてはならない存在になれるように、私にしかできない何かを早く見つけたいと思う今日この頃です。 まだまだ雛鳥のように先輩のあとについて学ぶことばかりですが、これからどうぞよろしくお願いいたします! まずはア式をたくさんの人に知ってもらいたい1年スタッフ 今堀 実果 P.S.日曜日に一年会がありました。一年生は一年生なりにそれぞれの立場でア式のことを考えているということを実感しました。「この人たちと一緒にこれからも頑張りたい、そして私も私の立場でア式のためにできることを考えたい!」そんな決意がますます強まる、良い機会になりました。

ヒーローは遅れてやってくる

こんばんは(こんにちは、おはようございます)。 投稿遅れました。遅れてやってきました。 パスワードわかんなくて投稿してなかった下書き見たら、錦織選手の全仏見ながら書いていたもんでちょくちょく「あ、ブレイクした!」とか書いてありました。 ツォンガは強かった。 負けたけど最近の錦織選手は、もうもはやスーパースターですね。日本テニスのヒーローですね。ヒーローやってきましたね。 錦織選手といえば、この前旬悦で宮川さんが 「"日本人で歴史上一番すごい人"を○○(誰か忘れました)が福沢諭吉って言ってたけど、一番か?!一番すごい人だぞ?!いやわかんないけどさ、絶対錦織だろ!」 って言ってました。 そんなこと言われるほどにスポーツを極めようとしている姿勢は、画面越しにも伝わる凄さがありました。 やっぱスーパースターですね。ヒーローですね。 ------------ 四年になって授業数もぐっと減って、人に遭遇しなくなった最近、何となくよくすることが変わってきた気がする。 最近してることといえば 例えば… ・渋谷から例の神社までの散歩コース歩いて、境内の木陰の公園で木漏れ日を浴び風に吹かれる(⇦めっちゃ趣深けぇ) ・夜、飯食いながらジャンヌのライブDVDを見る(同居人が帰ってなかったら) ・夜、飯食いながらバレッタタイプC見る(同居人が帰ってなかったら) ・巣鴨のゲオまで歩いて、目にとまった映画かドラマ借りる ・プレ卒論 などなど 何か一つでも当てはまるものがある人は、あっ一緒だぞ、と思っておいてください。仲間ですね。 話は変わらないで、もう少しなんか無かったかなーと考えたら、あった。 本屋に行ったりします。そして良さげな本を手に取ってみたり。 21年間毛嫌ってきた読書という行為にまさか多少でも歩み寄ることになろうとは、、 きっかけは定かではないが、恐らくは木陰で本を読む気持ち良さをあの神社に思い知らされたからなのか、、 といっても、別に本の面白さはこれっぽっちもわかってないですよ。 まだまだ、ただの木陰で気持ち良さを与えてくれるだけのモノです。 もしも本読むのが好

こんにちは

こんにちは。一年の佐藤洋介です。一浪してるんですが練習のフィットとかのおかげで最近ようやく体力が戻ってきました。埼玉の県立浦和出身です。浦高は浪人当たり前みたいな風潮があるんで3年間サッカーしかしてませんでした。なので東大入るのにだいぶ苦労しました。ア式に入りたかったので受かって本当によかったです。高校時代たまに埼玉の強豪と試合をする機会があったのですがその度に自分とその人たちとのレベルの違いを痛感して、高校3年間で抜かしてやろうと思ってましたが正直抜かすどころか追いつけたとも思いません。しかし四年間サッカーに集中できる環境をまた手に入れれたので今度こそは大学サッカー界で上のレベルにいる人達よりも上手くなってやろうと思っています。まずはア式の同学年や先輩からいろいろ吸収していこうと思っています。これからよろしくお願いします。 佐藤洋介

プロフェッショナルを観て

6月1日放送のプロフェッショナルが良かったと聞き、再放送を見た。 その回は、掃除のプロフェッショナルだった。 新津の半生は険しい道のりの連続だった。生まれは中国・瀋陽、父は第二次世界大戦のとき、旧満州に取り残された日本人残留孤児、母は中国人だった。その境遇のため、幼い頃から壮絶ないじめを受けて育った。日本にきてからも差別に苦しみ、就けた仕事は清掃のみ。「自分はいったい何なのか」と悩み、誰かに存在を認められたくて、朝も夜もひたすら清掃に明け暮れた。清掃の技能選手権で日本一に輝いたころ、心を込めて掃除をするという言葉の意味が、本当に分かるようになったという。そして行き交う人々から、「ご苦労様」「きれいですね」と声をかけられるまでになったとき、ようやく気付いた。この清掃という仕事こそが、ずっと探していたみずからの居場所だと。 出典:NHK・「プロフェッショナル仕事の流儀」より 新津さんは、人と比較しながら掃除の仕事をしていた時は、自分を卑下し、存在価値そのものを見失っていました。しかし、自分の内面世界というものに価値を見出したときに初めて、掃除というものに自分を結びつけ、自分に価値を見出せたのでしょう。 汚れが落ちにくい箇所は、どんな薬剤・どんな道具を使用すれば綺麗になるんだろうと徹底的に考え、試行錯誤し自分がいろいろと試していく中で1番ベストな方法を見つけていくのだそうです。80種類以上の洗剤を使い分け、朝は20分間鉄アレイで体力作りをし、清掃会社と清掃道具の開発をする、新津さんのいうプロフェッショナルとは、   「目標を持って日々努力し、どんな仕事でも、 心をこめてできる人だと思います」  どんな職業でも、それを極めた人はだいたいこのようなことを言っている気がします。 結局は、何事も、それをどんな意識でやっているのか、ということが大切なのではないでしょうか  私はプロのトレーナーになりたいわけではないけれど、とても心に響いた放送でした 参考文献  http://keieikanrikaikei.com/nhk-professional-20150601 2年  伊東奈央

環境の変化

はじめまして1年の佐藤昂実です。まず よく間違えられるのですが僕の名前こうみの"こう"の漢字は昴(すばる)じゃなくて、昂る(たかぶる)などの昂です。 ア式に入って練習してきて感じたことを書きたいと思います。それはア式ではサッカーする環境に恵まれているなということです。毎回の練習が学内の人工芝で出来ることやシャワー、冷蔵庫などがある部室、試合や練習をビデオで撮ってもらい見れること、御殿下ジムがあること、応援歌があること、キーパーコーチ、テクニカルスタッフがいること、など中学、高校と比べて設備的な面で増えたことがたくさんありました。中高の部活では土のグラウンドの練習が主で顧問の先生がとってくれた人工芝グラウンドでの練習ではテンションあがってたり、試合ではただ相手の応援歌を聴くだけだったりしたのでこの環境の変化は大きいし驚きました。このように良い環境でサッカーが出来ること、また大学に入ってサッカーが続けられること自体にも感謝して日々取り組んでいきたいと思っています。

これだけ! ア式3年裏事情―これだけおさえれば先輩との会話は及第点―

・石川 GK 湘南高校   → リバプール(フロンターレ)絡みで会話すればおけ ・岡本 MF 岡崎?(忘れた)  → 伝説的プレイボーイ 法学部  休養中 ・加藤(辰) GK 忘れた  → ア式を震撼させた事件の加害者 両手を前に出して来たら逃げるのが吉 「留年と降年は全く違うからな!!」 ・加藤(裕) MF 裏日本  → 筋トレすごいやってる 何されても広い心でうけとめる 「うっす!!」 ・軽部 DF 宇都宮高校  → 優しい 部室内の定位置を気にする ・北山 MF 忘れた  → 石川とは逆に「プレミアいいっすよねー」なんて絡みをしてはいけない 全く知らない選手の良さについて延々語られて挙句の果てに20年とか30年前のワールドカップの準決勝の話もされてしまう 次期主将という噂も あとスタッフに頻繁にLINEし会話をするなどピッチ外の活躍が光る ・酒井(カリブ) MF 静岡高校  → 電車の中で文庫本を開くがほぼ確実に寝ている 1年生とご飯行きたがっているが自分からは誘えないらしい ・下村 DF 茨城  → 部室前の通りや旬悦に頻繁にあらわれる 全中出場という輝かしい過去 あまりに暇なので遊びに誘うとすぐ来る  休養中 ・新見 DF 渋幕  → 新勧長 相手のいったことをでかい声で再確認する 彼はこれをコミュニケーションスキルの一つと捉えている 松葉杖を持って喜んでいる 念には念を入れる男 みんな知ってるのにも関わらず練習終わりに「俺手術受けるんで明日からチーム離れます!!すいません!!」 ・高野 MF 天下の開成  → 現3年でぶっちぎりのリア充 「ごめん今日友達来て飲むんだよねー!」 文三出身 文学部美学芸術なんちゃら学科 ・出戸 DF 忘れた  → 金沢出身 ・藤間 MF 忘れた  → スペイン2部と契約直前まで行ったとかなんとか コーンフレークを牛乳なしでボリボリ食いながら帰る  休養中 ・富山 DF 開城  → バイト戦士 彼が働く高田馬場のサイゼリヤは通称「トミゼリヤ」 先月人生初デートを果たす ・長久保 FW 芝  → 「頑張らないこと」を頑張っている 彼女への愛がゴールを生み出す 芝高校の伝説といわれ暁星にも一目置かれていたらしい ・中間 DF 渋幕  → データ

教習所

最近教習所に通い始め、早速自動車を運転しています。ルームミラーで後方を確認、サイドミラーで左右後方を確認、目視で左右・前方を確認し、周囲の状況から次に何が起こるか常に予想し続ける。しかも、足下ではアクセルとブレーキを巧みに時に優しく、時に豪快に踏み分ける。さらには、繊細な手さばきでハンドルをコントロールする。運転とはこれら全てあるいはそれ以上のタスクを時に同時に冷静にこなさなければならない。 教習所の最寄りの駅はいつもたくさんの人で混雑しています。人々が各々の赴く方向に各々のスピードで行き交う中を常に周囲の人々の動きを予想し、ぶつからないように間をすり抜けなければならない。 教習所の最寄りの駅にはいつもたくさんの人で混雑している電車で通っています。老若男女多種多様な人々が乗り合わせる電車の中では、電車の中に乗り入れると共に瞬時に空いているスペースを察知し、速やかに移動しなければならない。常に周りを意識し、時に窓ガラスの反射を鏡として利用しながらも、駅に到着する度に空席を誰よりも早く発見しなければならない。 自宅から駅までは徒歩で通っています。1km以上ある道のりを電車の予定発車時刻に間に合わせるために、時にダッシュとジョグを繰り返しながら行かなければならない。帰りは時間に余裕があるが、15分もの間バスに乗っている人がこっちを嘲笑うかのようにチラチラ見てくる(気がしている中)歩き続けなくてはならない。 教習所に通う度に、運転技能が上達すると共にサッカー技能も上達するんじゃないかと思って過ごしています。 二年 直原奨

今こそ筋トレ

今年の2月に行われたアミノバイタル杯の予選 vs東京農業大学戦 この試合を見ていて、ハッとしたことがある。 なるほど、「筋トレ」の差というのは、こういう形で出てくるものなのか、と。 内容的に拮抗した好ゲームだった。 でも、球際の部分で少しづつ、差がついたように思われた。 相手選手の方が全体的に体格がごつごつしている。 すると、相手を追い詰めたと思っても、体を入れられてボールに足が届かなかったり。 ボールにしっかりと寄せられているのに、あと一歩のところで奪えない。 逆にこっちがボールをキープしているときだって、相手選手が全員ごついというだけで、思うようにパスを回せない。 思うように相手を振り切れず、シュートに持ち込めない。 そんな風に見えた。 なるほど、相手選手のように、元々体の使い方が上手い人が、筋トレでごつい体を手に入れれば、パフォーマンスはさらに向上するのだろう。(当たり前のことだけど、重要です) というわけで、 関東昇格のためには、ア式における筋力トレーニングの水準をよりいっそう高める必要があるのではないかと改めて思ったわけです。 チーム全体で筋トレを極めれば、まずは東農大のレベルまで行ける なぜ筋トレをしなければならないのか?という疑問に対する答えのビジョンが、あの試合ではっきり示されたように思え、同時にこれはチャンスだと思いました。 今こそ、ア式の筋力トレーニングの体系を、何らかの形で変えるべきである 具体的には言えませんが、抽象的に言うと、「一人一人の筋トレのより質を上げる」ことや、 「筋トレがより持続するような仕組みを作る」ことが必要なのではないでしょうか。 例えば、僕が考えるに、 筋肥大では週3から週4にして、上半身と下半身で筋トレの日を分けるとか 60分~長くても90分以内には終わらせるとか(長くやりすぎると逆に筋力が落ちる可能性が?) スクワットはパラレルを絶対にするとか スクワットのあとはレッグプレスでさらに追い込むとか・・・ 筋トレについて思うことは色々あるんですけど、全部主観的なことなので、あてにはならないです。 そもそも、考えてみると、 プレーの向上を考える上での筋トレの重要度というものは一人一人違いますから、 全員により密度の濃い筋トレを