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8月, 2018の投稿を表示しています

これから

皆さん、こんにちは。一年生の染谷です。今回、ついにfeelingsを担当することになってしまいました(笑) 他のみんなもそうかもしれませんが、こうやってややpublicに自分の書いたどうでも良い文章を公開することはほぼなかったので、やや緊張気味です(笑) まぁいいこと書こうとしても無理なのは知ってるので、逆に気楽にやります。
普段周囲からは「何考えてるかわからない」とか、「サ...(以下略)だよね」など言われてしまってますので、こんなこと考えてますっていうことをお伝えする(?)場に(勝手に)させていただきたいと思っています。時間に(相当)余裕がある方はどうぞお付き合いくださいませ。
さて、以降思いついたままに書きます(笑)  今僕が特に考えを巡らせていることはやっぱり、自分にとってのサッカーってなんぞやということです。結構長い年数関わって来たし、占める時間で言ったら今までの人生の中心だったし、考えておく必要があるなと常々考えて来ました。ア式に入って少し経って、一応暫定解を出したいなと思っています。feelingsにも度々登場する話題だし、ちょうどいいかななんて思います。 今考えても、高校までは、特に中学生になる年にレイソルJYに入ってからは本当に必死になってやって来たし、ユースに上がれるかどうかが掛かっていた中学最後の年はそれはもう文字通り死に物狂いで頑張っていた気がします。あの時は、やっぱりサッカーを仕事にするのかなって考えてもいましたね。
でも、高三にあがる年にある友人の出会いがきっかけだったが”東大目指すか”なんて気持ちがどこからかでてきて、もうその頃からは完全にサッカーから気持ちがシフトしてしまって、中途半端にやりたくなかったし、チームに失礼だしそのころにチームを離れることにして、そこから、なんかちょっと長かった気もするけど結局東大に来て、今ここにいるのです。 だから入学した当初は、やっぱりサッカーをやる意味は見いだせなかった。少なくとも競技としては。ゆっくり勉強したかった。
でも結局紆余曲折あって、まぁ無理だったら辞めるわ程度の気持ちで入部して。そこからやや時間が経ったけど、まだなんか完全に入り込めてない気もします。それは多分、まだ自分がなんでサッカーをやってるのかが納得できてないからであって、最近はそれをずっと問うてきました。友人の意見を聞いたりもしました。そんな中…

君は僕のひかり

「A10662」の受験番号がどこを探しても見つからなかった。自分はまた落ちたのだと悟った瞬間、目の前が暗くなった。目眩がした。隣にいた妹が泣いていた。僕の合格を誰よりも待ち望んでいたばあちゃんは、絶句しているのか声が聞こえなかった。
二浪することが決まった瞬間から、僕はずっと暗闇の中にいた。自分の将来が何も見えなかった。自分はこのまま一生受験勉強を続けることになるのだ、と本気で思っていた。先が見えなかった。辛かった。
それでも僕は何とか受験勉強を続けることができた。二浪の真っ暗闇、人生のどん底においてもだ。それはなぜか。遥か遠くから、僕に向けて一筋の小さなひかりが射し込んでいたからだ。3度目の東大受験の日を迎えるまで、それは絶えず遠くで光り続けていた。そのひかりが君だった。
僕と君は、二浪の間は会わないという約束をした。僕が勉強に集中できるようにするためだ。僕は新潟から東京の予備校に出て寮に入った。2人の間はすっかり離れてしまった。それでも、君はいつも僕の心の中にいて、長く陰鬱な浪人生活の途上で何度も挫けそうになる僕を励ましてくれた。
僕の人生を思い返してみれば、僕はいつも君と一緒だった。保育園の時、君と家の前の道路で遊んだのを覚えてる。小学校の時、君を巡ってクラスのガキ大将と何度も喧嘩をしたのを覚えてる。中学の時、初めて君に本気で向き合ったのを覚えてる。高校の時、君に沢山の喜びと悲しみを味わわせてもらったのを覚えてる。一浪の時、ときどき君と遊ぶのが何よりの楽しみだったのを覚えてる。
そんな君と離れ離れになるのは本当に嫌だった。それでも、東大に合格すればまた会えると信じて勉強に専念した。そして君は、そんな僕を信じて遠くで待ち続けてくれていたのだ。合格が分かった瞬間、僕の目に今まで見たこともない眩しいひかりが飛び込んで来た。



入学の手続きや履修登録などの面倒な手続きがやっと片付いた4月半ばから今日に至るまで、僕は毎日のように君と仲を深め合っている。長いブランクがあったから最初は全然上手く行かなかったけど、段々と打ち解けてきたように最近は感じる。でも、もっと仲良くなれる。まだまだこれからだ。
君とまた会えて僕は本当に嬉しい。君と過ごす日々はやはり刺激的だ。楽しくて仕方がない。君を通してまた新しい出会いが沢山あった。君のおかげで僕は本当に幸せだ。君には改めて感謝を述べなければならない…

辛いことがあったら

1年生のfeelngsが順々に投稿されるのをみて自分の番になったら何を書こうかとちょっと考えてた。色んなことがあった今までのサッカー人生だとかア式への超超超超熱い思いだとか。うん、十分語れる。けど今までの人達がその方向性で語ってくれたから僕はちょっと方向を変えて("ミタカヒョウアシキの生態"を書いてくれた某大田くんや"今年の夏"を書いてくれた某佐田くんには到底及ばないが)、この頃思ってることをつらつらと述べていきたいと思う。というのも、こう思うきっかけとなる出来事が最近起こったからだ。6月半ばくらいに練習中に捻挫して2週間離脱し、復帰後初の練習試合で足の親指を骨折した。いやいや、そんなに日頃の行い悪かったっけぇぇぇぇ!なんてことを思ったりした。
そんなことがあって今は全くボールに触れずひたすらフィジカルトレーニングをする日々が続いてる。約1ヶ月ひたすらフィジカルトレーニングをすることは今までになかった。そんな中で思うことは、それぞれの物事にはそれぞれの意味があるとか、物事は捉えようだとか、とにかくその時その時において自分にはあらゆる解釈と選択肢があって、考えて考えて行動を選択していくことが大事だってこと。(ものすごくありふれたことですみません笑)。この頃は今までで一番自分の体と向き合っている(今までが向き合わなさすぎた。それについて思うこともあるが今回は割愛)。この先も自分の体に気を遣っていく。そー思うとこの怪我も良い機会だったのかなって思えた。そんな日頃の行い悪かったけぇぇぇぇ!なんて思ってたのに。物事は捉えようでこんなにも変わる。そしてこの変化は今回に限って起こることではないだろう。これから先色々なことがあるだろうけど、解釈のしようで、選択のしようで、自分の成長の度合いが変わってくる。この先怪我をした時も、プレーがうまくいかない時も、単位落とした時も、失恋した時も、上司に怒られた時も、どんな時も。そーいえば人生は選択の連続である、なんてシェイクスピアが言っていたな。ってことはn番煎じだこれは。申し訳ない。
あと思ったのは、自分で思いつく解釈や選択肢は限られたものだと自覚することが重要であるということ。考えて考えて考えぬいて思いついた選択が良い結果を招くことも多々あるけど、あくまで自分の思考の枠組みに収まったものであるし選択肢…

自分がア式に戻ったわけ

気づけばサッカーをやめてからもう7ヶ月になってしまいました。GKのみんなと一緒に練習してたのがつい昨日のように感じられます。
プレーしたのは1年弱という短い時間でしたが、それでも誰も覚えてなんかいないような試合や練習での想い出が自分の中に染み付いていて、サッカーをやめるきっかけになった、秋の練習中での接触のあの一瞬に至ってはいまだに夢の中に出てきます。
病気の発覚のため、冬オフ明けに退部すると決めた時のことを振り返れば、もちろんもう少しでもプレーを続けたかったと思う一方で、しかしサッカーをやめることに納得してる自分がいたのも確かでした。
自分は他人に何かを言われたり怒られたりすることを怖がって常に色々なことを諦めているような人間で、日常生活に限らずサッカーの根本である主張や指摘の応酬が自分にとってはきついことであり、高校時代もそれで仲間に迷惑をかけました。
一緒の時間が長かった新屋さんや石川には、その性格が日頃の練習にも影響し、取り組み姿勢などで特に迷惑をかけていたのもあり、後期での選手起用には申し訳なさを感じていたのを覚えています。
こうして退部し、根本的な向いてなさを自覚させられ「どうせ何も取り柄がない下手くそだったし」といつも通り自分で諦めることに納得していたサッカーと、もう一度だけ向き合ってみようと思い直したのは「やっぱサッカーは好きだ」という思いと仲間の存在があったからでした。
   突然ですが、自分は松田直樹という選手が好きです。つい先日亡くなってから7年が経ちましたが、この選手がマリノスでの最後の試合の後にしたサポーターへの挨拶の中にこんな一節があります。
「俺マジサッカー好きなんすよ、マジでもっとサッカーやりたいっす。ホントサッカーって最高だし(中略)ホントサッカーって最高なところを見せたいのでこれからも続けさせてください」
   自分がこれまでサッカーしてきたのは「試合に出るため」とか「上手くなるため」だとかそんなことだけじゃなくて、プレーするだけでなく試合を観たり、そんなサッカーの全てが好きだからという幼い頃から変わらない気持ちがあったから。プレーして試合に出ることはあくまでサッカーの中の一つの形であって、部に関わる中で好きなサッカーを楽しむ形ももしかしたらあるのではないか?偶然久しぶりにそのサポーターへの挨拶の動画を見てその純粋な気持ちに気づかされたこ…

合宿

合宿。年に一度の合宿。 わくわくする人、緊張する人、げんなりする人、いろいろいると思う。 抱える目標も人によって違う。 合宿を経て得ること・考えることも、人によって違う。
先日、女子部の合宿があった。 例年通り文京LBレディースと合同の合宿で、例年通りわくわくしていたが、今年はア式女子の主将ということもあり、2週間後に迫った関カレ(関東大学女子サッカーリーグ)を強く意識して過ごした。
今回のfeeingsでは、今年の私の3泊4日を、ハイライトで振り返ってみたいと思う。
1日目。天然芝でドリブルは進まないしパスは止まる。本当はトラップやドリブル、フェイントなど足元の繊細なプレーをできるようにすることを合宿の目標にしていたが、急遽、強いパスを出せるようにすることに変更。 夜にはア式でミーティング。関カレの個人目標を全員発表してもらい、みんなの思いの強さを感じた。
2日目。いつもと違うコーチ現る。局面打開について、ありうる状況とその状況ごとの選択肢を詳細に解説してくださった。文京に限らず、サッカー全般に通じる話で、とても勉強になった。 今までも4vs2などは頭を使ってやっていたつもりだったけれど、もっともっと考えるべきことがあるのだとわかったし、知っていたことも含めて整理できたのは大きかった。
3日目。練習試合。文京のキャプテンにお願いして、1本はア式のメンバーで組ませてもらった。どうしても点がほしくなったときの陣形も1つ試せたし、惜しいところまではいった。ただやはり、シュートが大きな課題だった。 みんなの大きな成長も感じた一方で、攻守ともにまだまだ課題が見えた試合だった。
4日目。ミニゲーム大会。手繋ぎサッカーでセンターバックの大先輩と繋ぐことに成功。無意識かもしれないけれど守備時の立ち位置を20~30cm単位で調節していて、足の速さでごまかさず繊細にプレーする姿勢を学んだ。
みんなの成長、新たな課題、そして意外な一面など、いろいろな発見があった。 関カレに向けて(もちろんLBLで出ている都リーグに向けても)大きな一歩になった合宿だったと思う。 ここで学んだことを活かしながら練習して、関カレの一試合一試合に臨んでいきたい。
今年こそ3勝したい 3年 水谷優香

成長と停滞

幼稚園の頃からサッカーを始めて、東大でもサッカーをやることにした。15年間のサッカー人生で自分は成長と停滞を繰り返してきた。小学生の頃は地元のサッカースクールで友達と楽しくサッカーをしていただけだが、コーチが上手かったので、どうやってボールをとるか考えながら、練習をしていた。この頃に、自分が得意としているインターセプトの感覚が磨かれたのだろう。中学は神奈川の強豪サッカー部だった。小学校の頃、クラブチームにいた友達は、自分とは比べ物にならないくらい上手かった。だから、最初はBチームのベンチだった。その頃、二つ上の兄が県大会優勝をかけた試合を見る機会があった。結果は1ー3で準優勝に終わったが、兄は完璧なアシストをした。自分はその弟ということで、必ずスタメンになって活躍しないといけないというプレッシャーの中で練習をしていた。足りない技術は何か、こいつに勝つにはどうすればいいか、色々考えながら練習した結果、中2の夏には、スタメンになることができた。そうして、3年春までは成長していた気がする。しかし、それ以降はレギュラーを守るために、ミスをしないプレーに徹して、成長が止まってしまった。
高校は進学校にいき、決して強いとはいえないサッカー部に入った。しかし、先輩達は上手かった。中学は強豪にいたこともあり、ひとつ上の代の試合にも出ることができていた。上の代でも、スタメンを取りたいという思いで、自分の長所を生かすプレーを考え、試合に出していくことで、さらに長所を伸ばせたと思う。先輩達が引退するまでは、成長していた。しかし、引退後は全く成長していないと思う。最初からスタメンで奪われる気もしなかった。たぶん、それに慢心してただ練習をこなしてしまったからだ。できるようになったことといえば、やったことのなかったCBができるようになったことぐらいだ。
そして、今、東大ア式蹴球部にいる。今までのサッカー人生で成長している時は上に越えるべき人がいる時だ。ア式に腐るほど超えなければならない壁がある。だから、大学4年間は成長し続けると思う。絶対、停滞してはならないと思っている。

一年 後藤彰仁

今年の夏

暑い・・・

兎にも角にも暑い。


大学生活が4ヵ月経って、正直どうだとか、

自分がどんな決意をもってア式蹴球部に入ったとか、

その後部活はどうだとか、新たな気づきや仲間からの刺激とか、


そういうことを書くのを期待されているような気もするが、というかそんなことを書きながらエモさに浸りたかったが、もう最近あまりにも暑いので今回僕はそれについて書こうと思う。もはや"feelings"というよりは"sense"になっているが、多分問題ないだろう。実際、feelings担当の佐俣先輩からもLINEで、「一発目だから置きにいこうとか思わなくていいので(中略)気楽に書いてくれると嬉しいです」との御言葉を頂いたし、きっと大丈夫。ちなみに僕はまだ佐俣先輩とは殆ど話したことないが、優しくて真面目である一方で、選手としてもAチームで大きく貢献しているという無茶苦茶出来た先輩という印象を抱いている。あと、肌も綺麗だった・・・気がする、確か。

そう。暑いのだ。大学に行こうと家から出るといきなりモワっと、暑い空気が僕の身体に押し寄せてくる。最寄り駅まで徒歩8分。これだけで汗だくになる。というか駒場東大前駅から教室に向かうまでの道のりでさえも、僕の汗腺を機能させるには十分な道程のようなのだ。ミタカリョウアシキのサイクリストが1時間かけて家から通学しているなんて・・・彼は一日何リットルの汗を流しているのだろうか?とはいえ、彼のベリーにショートなヘアは涼しそうで羨ましい。君は短い方が似合ってるよ、知らんけど。

そうはいってもやはり、日常生活では暑さは何とか最小限に抑えることができる。クーラーガンガンに点けた屋内でガリガリ君片手に「のほほん♪今日も暑いね^_^」と宣いながら過ごせば、逆に暑さとのギャップで心地良さを倍感じることができるだろう。そういう意味ではこれは正しい夏の楽しみ方かもしれない。アイスの当たり棒が出たら、「当たっちゃたに」とか言えば更に楽しいと思う。あ、間違えました。「当たっちゃったね」です。

勿論、僕が今年の異常な暑さがニュースでも止め処なく取り上げられていることを知らないわけではない。態々僕がここでこの話題を取り上げたのは勿論、部活中が一番、暑さを感じる時間だからだ。授業がある日は基本的に夜練なのだが、お天道様が去る前に残した熱気は月明かりの下でも元気に僕ら…

夏ですね

大学最初の試験が終わり、夏休みに入りました。入学前に想像していた "大学生の夏休み" といえば、たくさん遊んだり海外に行ったり、サークルを楽しんだりというイメージでした。ですが、私の夏休みは全く異なるものになりそうです。想像していたよりもずっといい方向に。
ここで、夏休みに思いっきり部活を頑張るにあたり、入部を決めた時の思いを少し振り返りたいと思います。
私が最初に運動部のスタッフに興味を持ったきっかけは、3月29日の健康診断の日、まだ大学について何もわからない状態で、アメフト部のスタッフの先輩にご飯に連れて行ってもらったことでした。そこでお仕事について話を聞き、漠然と運動部のスタッフっていいかもと思い、サークルという選択肢はもうなくなっていました。そして、運動会の中でもどの部でスタッフをするかについて悩み始めましたが、結構早い時点でア式しか見えていなかったように思います。(先輩方の新歓が上手すぎたため) 自分でも、入るならア式しかないと思っている自覚はありましたが、それでも最後の決断に踏み切れずにいました。 というのも、私は高校受験では塾の先生に、大学受験では学校の先生に言われた学校を受けてきたので、自分で一から選択するという経験がありませんでした。そのため、大学での部活・サークル選びは初めて自分で責任を持って決断する機会でした。だからこそ、ア式に入りたいと思った後もなかなか決断できずにいました。 そんな時に、最後に決める勇気をくれたのがこのfeelingsでした。 feelingsでは、選手の皆さんのそれまで知らなかったサッカーに対する真っすぐな思いが綴られていました。選手のプレーに対する姿勢だけでなく、スタッフに対する考え方やスタッフの先輩自身の思いを読んだ時に、ア式に入りたい、この部で自分ができることを精一杯やり遂げたい、純粋にそう思いました。もう不安や迷いなどは一切残っていませんでした。
そして、入部しますと先輩に伝えた時、そのたった一言を言うのにとても緊張していたけれど、先輩方が喜んでくださったのが本当に嬉しかった。 それと同時に、自分の決断に対する責任感も生まれました。この決断をいいものにするかどうかは、全て自分の行動次第だからです。
入部してから3ヶ月以上が経ちましたが、主体的な行動力の大切さはより強く感じています。スタッフの先輩方の周りを見る力…

自分のサッカー人生

中学までサッカーが嫌いでした。小学校はガンバ、中学はヴィッセルとJリーグのプロチームの下部組織でサッカーをやってきて、いわゆるエリートコースを進んでいましたが、そこに情熱はありませんでした。チームメイトに恵まれ、とても仲はよかったのですが、みなジュニアユースやユースへの昇格を目指し、その先のプロも視野にとらえて互いに凌ぎを削り、優先するのは目の前の勝利より自らの価値のアピール。負けても悔しいという感覚がさほどなかったのです。当時そのことに違和感を持ってはいませんでしたが、プレーを一つ一つ終えるたびに頭によぎるのは、このプレーが良かったかではなく、このプレーは監督にどう映ったかでした。今のプレーは監督の気にいるものだったか、自分は肯定されたか、それとも否定されたか。その上、J下部独特の型にはまったサッカーを教えられ、試合では型の中で身動きがとれなくなり、そして自分のアピールに必死になる毎日。いつしか思うようになったのは、自分はサッカーがしたいのか、でした。

  そんな中、転機がやってきました。高校でユースに上がれず、中高一貫の進学校に通っていたためその高校のサッカー部に入ったのです。そこはリーグでは3部リーグで、その中でもほとんど勝てない弱小校。みなサッカー経験がなく、リフティングもできない。全く新しい環境に動揺しました。チームメイトのミスが理解できず、怒号を浴びせることもあったほど当時の自分は困惑していました。しかし、高2になってキャプテンに任命されると、どうやってこの高校を勝たせるか?ということを強く考えるようになったのです。どうやったらミスが減らせるか。自分がプレッシャーをかけすぎてはいけないのでは?厳しくするとしても、決して怒るのはやめよう。どうやったら相手との対人能力の大幅な差を埋めることができるか。守備は個人の能力ではなく、距離感がその差を埋めてくれるのではないか。自分の立ち位置はどこか?どこに顔を出せばいいのか。どこで周りは俺にボールを受けて欲しいのか。どこに必要なのか。このチームはどうやったら勝てるのか…
頭をぐるぐると回しました。気づけば放課後は自主的に部員全員を集めて校門前でミーティング。何とかチームを強くしていき、やっとの思いで1勝を積み重ねていく日々。中学まであれほど当たり前だった勝利がこんなにも価値があるとは知りませんでした。気づけば自分の…