2019年8月29日木曜日

ぐちゃぐちゃな感情、ぐちゃぐちゃな文章

人生で何か大きく影響を与えるようなことは結構起こるもんで僕にとってはそれは高31年間だった、ように思う。
feelingsで何を書くか結構悩んだけどこれくらいしかまだ書けないのでお付き合いください。


僕の学校はいわゆる日本で有数の進学校で学年の半分が東大に行くような学校だった。
もちろん運動部よりも文化祭や勉強を優先するような人の方が多かったし、僕のように部活や筋トレだけに打ち込んでいる人は珍しかったように思う。
そして高2まではサッカー部の先輩や後輩、同期に対してなんでもっとサッカーで勝つっていうことにエネルギーを注げないのかと思うこともあった。もっと練習しようと思えばできるのにやらなかったり、筋トレとかもサボったり、自主練誘っても誰ものってくれない。先輩とかを見てても結局負けに対してどこか自分の中で納得してる気がしてなんだかなぁと思っていた。


でも僕の学校では最後の大会とされる春の総体予選でしょうもない負け方をして(というか自分がPK外して負けて)、結局自分も勝利に対して貪欲になれてなかったんじゃないか、周りに対してもっと働きかけることは出来たんじゃないかっていう風に、特に後者のことに関しては後悔だけしか残らないような結果になってしまった。もともと、周りに要求して文句言って変えさせるということがあまり出来なかった人間なので、一応キャプテンを任されてた身としては本当に自分が情けなかった。
だからこそ、勉強や文化祭に重点がおかれている高校で最後の選手権予選まで高3が残って勝って、その上で文化祭や勉強もやりきることが不可能じゃないと示すことは(他の高校の人たちには当たり前のことでも)僕の学校では大きな意味を持つし、それで後輩だったりの考え方が少しでも変わってくれれば、それで周りが少しでも変わればいいとおもった。

そういう意味で選手権予選まで残ったことだったり、1月に校内のマラソン大会に出たりしたことは少なくとも後輩には影響があったと思う。それだけじゃなくて、周りにいい影響を与えられるように努力する、っていうことは僕自身のモチベにもなったし、自分だけ変わるんじゃなくて周りも変えていかないと成功には繋がらなくてその時には色々伝え方も考えなきゃいけないっていうことを僕自身が学べたということも大きかった。要はこれまで自分の成長しか考えてこなかった人が周りに気を配って多少大人になれた、気がしたというのが高3になってからだった。

とは言いつつもやはり精神的に成長できた1番の要因は受験勉強と文化祭を経験したことかもしれない。


部活を引退した後11月の文化祭まで全く勉強せずに遊んでいたわけだが、それまでサッカーしかしてこなかった自分にとって、部活やってないような人たちが休日にどういう風に遊んでるか、どういう風に放課後過ごしているのかっていうのを知っていく過程は単純に新鮮だったし実際楽しかったりもした。
また、そういう人たちの中には、普段はヘラヘラしてるように見えても絶対に譲れないその人の芯みたいなものがあってそれだけに対しては自分の全エネルギーをかけているという人たちが何人かいて、彼らは本当に尊敬できるし、僕もそういう人になりたいと思うようになった。(東大でさえそういう人は中々いないと感じる)
実際、何かに対して驚くような努力を本当に細かいところまでこだわってできる人が文化祭の組織の中心にいたし、組織を引っ張っていた。

もっと驚いたことはそういう人は受験でも成功していることが多かった。
文化祭が終わった後の11月の間、ふわふわしていてそこまで勉強に集中できなかった自分にとって、たまたま誘われて一緒に勉強することになったそういう友人たちと過ごした2ヶ月ちょいは本当に大きなものだったと感じる。勉強するっていうことがどれほど自分の世界の捉え方を広げてくれるかっていうことを痛感した。たとえ受験勉強が学問的には古典的なものであったとしても、過去の学問のパラダイムの変遷みたいなものを知ることで、自分の考えもよりわかりやすく表現し直せるし現代のよくわからない理論を理解するための足がかりにもなる。そういう意味では受験勉強はまあまあ楽しかった。


今思い返すと、勉強に対する意識の変化と尊敬できる友人を間近で見れたことっていうのは高3時代の財産になったと思う。

でも高3のサッカーをやらなかった時期を通じて改めて自分が1番好きなこと、エネルギーを注ぎたいと思えることはサッカーだなっていうのも実感できて、東大に受かった時、ア式に入ろうと思ったのは多分そういう理由だ。このままサッカーから離れたら高校時代負けたままで終わってしまう。もっとサッカーで勝ちたい、単純にそう思った。
31年間は充実していたとはいえ、やはりサッカーで勝てなかったことだけが引っかかっていたし、高校までは言ってしまえばレベルの低いところでやってきた僕にとってより高いレベルでのサッカーはとても魅力的だった。

と随分だらだら書いてしまったがア式に入った経緯はこんな感じだ。



そして今、僕は勝つために必要十分なエネルギーとそのための細かいこだわりをサッカーにかけ続けることができてるだろうか。正直、足りないとしか言いようがない。ある意味では中高6年間を閉鎖的で特殊な環境に身を置いてきた中での弱点が露呈している気もするし、精神的な部分で変われるとしたらそこだと思う。けどそもそもサッカーのどういう部分に質を求めていくべきなのかが全然わかってない。全部直そうとしてキャパオーバーして結局自分のプレーができなくなってしまった。
だから自分が今やるべきことは山積みになっている課題を一個一個整理して一個ずつ解決して着実に階段を登ってくことだ。今はまだ悔しさと情けなさしかないけどそれをエネルギーに変えて勝つっていう最終的な目標につなげたい。
これ以上書いても言ってるだけになりそうだし、自分でも何言いたいのかわからなくなってきたので最後に最近読んだ本から引用して終わります。

「リゾームになり、根にはなるな、断じて種を植えるな!蒔くな、突き刺せ!一にも多数多様にもなるな、多数多様体であれ!線を作れ、決して点を作るな!スピードは点を線に変容させる!速くあれ、たとえその場を動かぬ時でも!幸運線、ヒップの線、脱出線。あなたの裡に将軍を目覚めさせるな!地図を作れ、そして写真も素描も作るな!ピンクパンサーであれ、そしてあなたの愛もまた雀蜂と蘭、猫と狒狒のごとくであるように。」

俺の文章くらい意味わからん。
次のfeelingsは考えをまとめてから書きます。



1年 内田龍吾

2019年8月25日日曜日

6/30 vs横国@御殿下 天候雨ときどき曇り

ついにfeelingsを出さなければならない時がやってきた。受験生のときから読んでいたfeelingsをいざ自分が書く立場になると思うと、なんだか感慨深い。地下鉄も通っていない田舎から出てきた普通の東大生が、公の場に自分の考えを発信するというのは、なんだか気恥ずかしいし、慣れないものだ。しかし、ア式にコミットするために、このタスクはしっかり果たさなければならない。

さあ、何ついて書こうか。高校時代は街クラブでもなかったし、キャプテンなんかもしたことなかった。書くことがすぐ見つけられて、面白い文章を書ける人は本当にすごいなと思う。自分も早くブレイクスルーしたい。

でも、この数ヶ月、サッカーについて学ぶことはとても多かったし、自分も今まで以上にサッカーに向き合えているなとも思う。だから、その中で感じたことを書いておけば、割と深イイ話になるんじゃね?という安直な考えの下、書き進めて行こうと思う。
ていうか、それがfeelingsってもんか。


まず前期リーグ期間中、自分はベンチにも入ることはできなかったし、入れるような選手でもなかったと思う。次に育成に落ちるのは自分かもなという不安を感じていたのも事実だ。

けれど
も、その中で自分にとって転機のようなものがあったように感じる。入部数ヶ月の若造が言うようなことではないと思うし、これから先もまだ転機はあると思うが、そこは我慢して聞いていただきたい。

転機やターニングポイントというとなんだか、自分にとってとても良いことがあって、それをきっかけとして、自分の調子が上がっていくというようなイメージを持ちがちだが、自分にとってのこの転機は、思い出したくもない最悪の出来事だ。


それは6月30日、御殿下での横浜国立大学との練習試合だ。雨が降ったり止んだりしていた。自分はアンカーで出場した。試合が始まっても思うようにプレーができない。チームの悪い流れも続く。まぁ今の東大のサッカーをする上で、チームの流れが悪い時というのは、アンカーの責任が大きい。自分でも、もどかしさを感じながらプレーしていたが、解決策が見つからない。何をしてもうまくいかなかった。それに対して、センターバックの遼さんから自分に飛んでくる怒号の嵐。混乱する頭、雨で疲労が溜まる身体。完全に思考と足が止まった。それでも試合は続く。相手のマネージャーから試合残り15分を告げる声。45分がこんなに長く感じた試合は人生で初めてだった。「早く終われ」そう思って試合をしていた。ていうか、それしか考えられなかった。試合結果すらも覚えていない。あんなに自分の無力さを痛感した試合はこれまでなかった。

それまでの育成に落ちるかもという不安は、もう育成に落ちたという確信に変わっていた。

試合後、いろんな先輩が声をかけてくれた。ありがたかったけど、何も考えられないくらい絶望に打ちひしがれていた。結局この試合のビデオは1回も見れていないし、これからも見ることはないだろう。そのくらい最悪の思い出だ。

どうして東大に入ってまで、こんなに怒られて、苦しくサッカーをしなければならないのか。いくらか思考を巡らせた。月曜日の夜、カテゴリー変更のLINEが来て、大和さんから個別のメッセージが来ることまでは覚悟していた。しかし、待てども、待てどもカテゴリー変更のお知らせが来ることはなかった。

なぜか、Aチームに残ったままだった。1年生ということもあって、大目に見てもらえたのかもしれない。とにかく理由は全く分からなかった。でも、運良くAチームに残った以上、必死にサッカーをするしかなかった。今のままではダメだった。なにかというよりも、なにもかも変えなくてはならなかった。

ミスしないようにミスしないようにと逃げ道を探そうとする。そんなことをしてもすぐに遼さんに指摘される。そう、結局逃げ道なんてピッチ上には存在していなかった。結局、サッカーをする以上、目の前のサッカーと向き合おうとしなければならないのだ。

それまで以上に、ポジショニングに気を使い、相手のことをよく見るようになった。その成果は徐々に出た。ボールを奪われる回数が明らかに減った。いつもならバックパスをしていて逃げていたのに、前向きなプレーを選ぶことも増えていった。

サッカーを10年以上しているけれど、自分が「上手くなった」と感じられるようになったのは初めてだ。自分でも不思議な感覚だ。

でも、まだ足りない。早くチームに勝利をもたらせる選手にならなければならない。今はまだ難しい。でも必死にやり続けていくしかない。下手だから、体力がないから、ただただ必死にするしかない。



人っていうのは、意外にも簡単に変わることができるようだ。筋トレを始めた。食生活に気を使うようになったなど。そのきっかけは人それぞれだ。自分にとってはそれがあの最悪な試合の経験だっただけだ。

この先いろんな壁にぶち当たるだろう。もちろん全ての壁に真正面から向き合うのも正解なのかもしれない。ほとんどの人は目の前の壁を乗り越えようとばかりするだろう。でも、時には回り道をした方が近道な時もある。

自分はあの向き合うべき最悪な試合から目を背けた。目を背け続けるという逃げを選択をしたからこそ、よりサッカーと向き合えた。


ここまで来て、こんな文章を書いた自分が恥ずかしくなってきた。

でも、どうせ190cmのプレデターも、メンブレしたfeelings書いてるだろうから、気にせずにしておこう。




さあ、いよいよ後期リーグが始まった。
前期までの自分とは、もう違う。

チームのために、
自分のために、

そして4年生のために、
とにかく全力を尽くす。

やってやろう。






兄貴のfeelingsむちゃくちゃ内容薄め

1年 いでいれお

2019年8月21日水曜日

新屋旅日記〜新潟編&山形・宮城編〜

◯新潟編
日程8/45
メンバー新屋 井上 吉本理 立川

8/4(日)
1230
練習後、新屋さんと本郷キャンパスを出発。今日の予定はアルビ観戦である。まずは練習試合を終えた井上さん、吉本さんを迎えに行く。

1330
井荻駅で無事2人を拾う。練習試合で吉本さんが怪我したらしく、機嫌が大変悪い。ドラッグストアで吉本さんのアイシング用具を購入し、いざ新潟へ。

14
出発してすぐ井上さんと吉本さんが寝る。お疲れのようだ。しばらく新屋さんとの会話を楽しむ。

1630
新屋さんの安定したドライビングで無事新潟県入りを果たす。直後、激しい通り雨に遭い肝を冷やす。田舎の洗礼である。

16
SAで休憩をとる。お腹が空いていたのだろうか、吉本さんが美味しそうにご飯を食べる様子を見て思わず笑みがこぼれる。

1740
会場のビッグスワンに到着する。駐車場から徒歩で移動するため、試合開始ギリギリになりそう。足を引きずる吉本さんを見捨て3人でスタジアムへ急ぐ。

18
試合開始とともにゴール裏に到着。試合はJ2アルビレックス新潟vs徳島ヴォルティスである。

20
アルビが4-0で勝利する。アルビファンの僕と新屋さんにとって大変満足のいく結果となった。井上さんはブーイングができず物足りなそうである。

23
夕食後は銭湯で一日の汗を流す。浴槽に浸かりながら吉本さんと恋バナできるのは新屋旅の一つの魅力である。

8/5(月)
030
今回の旅の宿、立川家に到着する。隣人の駐車場に車を停めさせてもらうことに新屋さんがカルチャーショックを受ける。田舎はそんなものである。

1
滅多に会えない家族と貴重な会話をする。母は相変わらずであった。安心。父は以前に比べて話が単刀直入で些か戸惑ったが、やはり相変わらずで安心した。妹は家にいなかった。これも相変わらずだが不安である。

10
遅い起床となった。泊まる用意をしてくれた家族や隣人に挨拶して出発する。今日の目的地は瀬波温泉。

12
瀬波温泉の海水浴場に到着。太陽は照り気温も高く絶好の海日和である。入念に準備体操を行い、いざ。

13
新屋さん、井上さんとともに泳いで沖合のテトラポットへ上る。適度な風も吹いて大変気持ちが良い。懐かしの日本海を眺めながらしばし物思いに耽る。


初ゼミのレポート出せるかしら。。。

1530
ベンチに放置していた吉本さんが可哀想なので海から引き上げる。温泉に浸かって早く怪我を治してもらおう、ということで近くの温泉へ。

17
再び新潟市内に戻って夕飯を食べることになる。市内までの運転は井上さん。

18
井上さんの運転は少し危うかった(一車線になる手前で前の車を抜きにかかるなど)が、無事に予定の寿司屋に到着する。

19
夕飯を食べ終え、とうとう帰る時間である。再びハンドルを握った新屋さんに全てを託し帰路に着く。

23
井上さんが岡山時代の岩政選手のチャントをYouTubeで発掘する。その不可思議で癖の強いチャントに一同心を奪われる。車内はこの旅一番の盛り上がりに。

2345
新屋さんに自宅まで送り届けてもらう。今回の旅はこれで終了である。ありがとうございました。



◯山形・宮城編
日程8/1112
メンバー 新屋 井上 神辺須 茶谷 立川

8/11(日)
10
合宿の疲れからか、はたまた初ゼミを提出し終えた安心からか、ふつうに寝坊する。
ちなみに今回の旅も一日目はアルビ観戦である。

11
LINEで鮎瀬が熱で来れなくなったことを把握。そんな予感がしてたので特に驚きはない。

1120
集合場所の部室に20分遅れで到着する。道が混んでて新屋さんも遅れているらしい。山形までの道が混んでいなければ良いが。

12
車内で、初ゼミのレポートの事で教授と電話する。結論を言えば単位は来るらしい。一安心である。UTASの画面に「進学選択対象外」と表示されているが気にしない。

1430
高速道路が渋滞しているのため、宇都宮からしばらく下道で北上することに。ドライバーは神辺須さんに交代する。井上さんとは違い、まともな運転で安心する。

16
到着予想時刻が試合開始に間に合わないことが分かる。

17
尿意を催す。ペットボトルかビニール袋で済ます案も出たが、PAに寄ってもらう。その前の休憩でトイレに行かないからこうなる。

1915
15分遅れでスタジアムに到着する。試合はJ2アルビレックス新潟vsモンテディオ山形である。
新屋・神辺須・立川が新潟側で、井上・茶谷が山形側で観戦する。会場はほぼ満員で良い雰囲気。

21
0-2で新潟が負ける。特に語ることはない。茶谷君と井上さんに八つ当たりして気を鎮める。

2230
茶谷君が探してくれた夕食の場所に向かうが、閉店した別店舗に来てしまう。茶谷君はドジっ子なのだ。

8/12(月)
1
仙台のカプセルホテルに到着する。今回はここで寝泊まりである。

5
置いてあった漫画にハマりついつい夜更かししてしまう。

9
当然一番最後に起きる。皆が待っているので素早く身支度を済ませる。

10
朝ごはんを食べに仙台駅へ。仙台と言ったらやはりずんだシェイクと牛タンである。

1030
井上さん、神辺須さん、僕の3人がずんだシェイクでお腹を冷やしトイレへ。

13
今回も海水浴!ということで松島の海水浴場に到着する。奇声を発するほど茶谷君のテンションが高い。

14
テトラポットが無いため、代わりに沖合に浮かぶオレンジ色のブイまで泳ぐ。ついでにアルビの勝利を願掛けする。Vだけに。

15
茶谷君と神辺須さんが波乗りにハマる。楽しそうで何よりである。
先週の海水浴場に比べ若い女性が多く井上さんも大満足である。

1630
松島を一望する温泉に入浴。日本三景にも負けない茶谷君の上半身に思わず惚れ惚れとする。

18
新屋旅最後の晩餐である。おばちゃんの熱烈な客引きに負け入店する。店内には震災時の津波到達水位を示すシールが貼ってある。思い起こせば道中そこかしこでその痕跡は見て取れた。

22
いつの間にか茨城のSAにいる。お土産に買うのは当然かもめの玉子である。

23
部室で茶谷君とお別れする。

2330
渋谷駅に降ろしてもらう。今回の新屋旅はこれで終了である。


と思ったら車内に茶谷君のスマホが。やはりドジっ子なのである。



新屋旅は究極のアクティブレスト
2立川玄

2019年8月17日土曜日

後期リーグに向けて

自分は今現状セカンドチームにいる。


これには当然満足はしていない。スタメンで出場できるのがベストだ。

セカンドにいると、もちろんトップで試合に出ることが目標となる。常日頃から言われ続けていることだ。競争力を上げていかないとこのチームは勝てない。俺らセカンドがもっとトップに対して良い影響を与える存在になる必要がある。

そこでプレーに対してもっともっと向き合う必要がある。自分のポジションで求められるプレーを徹底的にだ。自分がチームの中でどういう役割を担っていてどのような価値を生み出していくのか考えていかねばならない。

以前のfeelingsでは、自分の武器とは何なのか的なテーマを書かせてもらった。自分自身でもうその答えははっきりと見つけたつもりだ。(もちろんまだまだ改善、向上すべきところはあるが)
そういった意味で自分にしかない持ち味をこのチームにもたらすことができると思っている。

最初の話に戻るが、スタメンで出るということも確かに大事だが、それ以上に、試合に出場した限られた時間の中でチームを助けることができたかどうかのほうに自分は価値を置いている、というのが最近自分が感じていること。それは3年になってはじめてリーグ戦に絡むようになって、試合に出る=このチームに対して、サポートしてくれる方に対して大きな責任があるということを改めて強く感じたからだ。たとえ数分の出場時間でも、自分は、自分のできるベストなプレーをし、チームを救う使命がある。



自分よりもチーム。今は本当にこのチームの勝利しか考えてない。チームの勝利を見れば自ずと自分がやるべきことは見えてくる。そのために自分は自分のできるプレーをする。ただそれだけだ。それがゴールやアシストという形で結果が出れば最高。


後期リーグ、絶対やってやるぞ、
みんな頑張りましょう!


3年 高宮

2019年8月14日水曜日

タイムリミット

「選手のプレー可能時間を少しでも長くする」ことがトレーナーにとっての最大目標だな、とおもう。この手段は本当に幅広くて、応急処置によって怪我した選手の復帰を少しでも早めること、専門家との連携を密にしてリハビリを確実に迅速に進めることなどが主として挙げられる。だからこそ怪我対応の知識を増やすし、ほかのスタッフと同等かそれ以上の勉強をしていることが必要となる。基本的には選手の声をしっかり聞いて、彼らの反応や意思に沿った対応をする。でも、大きな視点で見たとき、数年かそれ以下しかない残りの選手生命を「減らさない」ことも重要だな、と最近気付いた。もともとこの感覚はどこかに持っていたけれど、具体的に言語化できたのは高校時代の友人と久しぶりにがっつり話したから。少しサッカーとア式を離れるけれど、自分語りをさせてください。



彼女とは高校だけじゃなくて小学校や住んでた家の場所も同じで、バレーボールもずっと一緒にやってきた。私が中学受験したのをきっかけに一度チームは離れたけど、同じ高校に入学してくれて、再び一緒にプレーできることになった。正直彼女がいなければバレーボールを心の底から好きになることも、10年ほど続けることもなかったと思う。
うちの高校のバレー部は少し特殊で、選手経験のある指導者がいなくて部長が練習メニューからフォーメーションまで全て決めていた。自分たちの納得いくチーム作りに全力で取り組めたからこの部活でよかったな、と感じることも多かったけれど、やっぱりきちんとチームと選手を客観視できる知識を持った人の存在は必要だったと思う。


そう感じるのは、同期でも親友でもあった彼女の選手生命を縮めてしまったから。


最後の1年間はメニューもメンバーも私が決めていたけど、もともと強くなかったチームで勝つために練習を詰め込んだり引退直前に入部した1年生とレギュラー争いをさせて必要以上に無理させてしまったり。中学の頃から怪我の多かった彼女に負担をかけるようなことをたくさんしてしまったし、「足が痛いけど引退まで後少しだし全部メニューをこなす」と言ってきたときもあまり強く止めなかった。
4月の試合でプレーの調子が悪かった彼女を交代させた次の日、連絡がきた。昔からの怪我をこじらせたためドクターストップ、引退。しばらくして部活には毎回来るようになったし最後までちゃんとチームメイトだったけど、彼女にとっての最後のバレーボールは足が痛くてうまくいかなくて途中交代したあの試合だ。誰よりもバレーを好きだったのに、本来みんなが引退する6月まではプレーを続けられなかった。

もちろん、怪我の気配を感じたら自分で動いて悪化を防ぐべきだし、ア式風に言うと「報告を怠っていた」ことは彼女自身の首を絞めることにつながった。でも、周りで見ていた人間が誰か止めていれば、長期的な視点で見てあげていれば、最後の試合を同じコートで迎えられたかもしれない。



受験や大学入学に伴う環境変化でドタバタしていたこともあり、この話はただの思い出として心の中にしまわれていた。でも、お世話になった4年生が後9試合で引退してしまうことを強く実感した時、同じ時期の自分のことを思い出して彼女への申し訳なさや当時への後悔が強く浮かんできた。逆に今彼女のことを考えていると、同じような思いをする人をこれ以上増やしたくない、トレーナー業務とちゃんと向き合おう、という思いが浮かんで来る。



怪我は往々として本当に嫌なタイミングでおこる。大会直前とかスランプの時とか。目先の大会に出たくなる気持ちは本当によくわかるし、長引くとなれば自分の痛みに嘘をついてまでプレーを再開したくなるのもすごく共感できる。だからこそ、私たちトレーナーは一歩引いた目線で選手のことを見ていなきゃいけないし、止めるべきところでは止めなければならない。サッカーのことが好きな選手の気持ちが痛いほどわかるからこそ、その先に最悪の未来が待っているかもしれないという発想を忘れてはいけないのだ。



去年の10月、昇格を決めて喜ぶ先輩達を見て、スタッフってこの瞬間のために存在してるんだなって思った。毎年毎年この笑顔を見たいし、点を決めて喜ぶ選手を見てる時間が一番好き。お世話になった先輩達や大好きな同期、頑張ってる後輩達がサッカーしてるところを少しでも多く見れますように。選手に対して口うるさくなるのはこう思うからこそです。きっと自分にとっては大したことのない怪我だったりなんとなくいける感覚になったりするのだろうけど、もし怪我で声をかけられた時には一歩立ち止まって、サッカー人生全体とチームの両方を考えてください。怪我を恐れていては何も始まらないけど、多少の無理は必要かもしれないけど、最終的に鍵となるのはコンディションの整った自分の体だと思うから。


今の1番の目標は、2ヶ月後、4年生が全員怪我することなく清々しい表情で引退すること。試合前のヘディングパスの前に「参ります」って言ってるのとか、キーパーが楽しそうに練習してるのとか、しゅんえつでニコニコしながら喋ってるのとか、そんな楽しい景色をもっともっと思い出として残せますように。



他のスタッフのfeelings大好きすぎて私は書きたくなかった
2年 土屋香奈

2019年8月11日日曜日

あつい夏休み

あちーーーー。

最近暑い。だらーっとしてしまう。

体が溶けてく。時間が溶けてく。

7月末にテストが終わって始まった夏休み。受験勉強も課題もない夏休みは初めてな気がする。人生の夏休みと呼ばれる大学生活の2年の夏休み。後にも先にもこんな期間ってないんじゃないか。知らんけど。

どう過ごすか。

この夏の過ごし方って大学生活の分岐点になる気がする。なんとなく。



さっき課題もないって言ったけど、このfeelingsは回ってきてた。

#feelingsの意味

疑問に思ったことある人はそれなりにいると思う。

部外への発信、部内の仲間への発信。過去のfeelingsでそう答えてる人もいる。至極その通り。

ただ、この夏休み序盤という時期に回ってきて思ったのは、feelingsの意味の1つに、自分と向き合う時間を作ること、ってのがあるんじゃないかということ。

普段から毎日どう過ごそうって考えるべきなんだろうけど、あんまりしてこなかったのが事実。だから自分と向き合う時間は必要だったし、生活の変化とfeelingsを契機にその時間を確保する気になった。ありがとう、夏休み。ありがとう、feelings。



そして入部してからの1年半を振り返る。

んーーーー。これといったことを成し遂げていない。このままいったら、引退して振り返ると"そこそこ頑張ったかな"。以上。



大学4年間って色々なことができるわけで、周りには必死で勉強してる人、海外を飛び回ってる人、アイドルをプロデュースしてる人、遊んでる人、何してるのかよくわからない人等々色んな人いる。その中で自分は部活に時間と熱意を投資することに決めた。他にも道はあったけどそれらを諦めたのに"そこそこ頑張ったかな"なんて俺の4年間はなんなんだ?

幸いにもこのア式蹴球部に入ってサッカーを色々な観点から教わり、それを基に自分でも情報を集めていて、まだまだだけどサッカーに対して複数のアプローチがきるようになった。アプローチの仕方が複数あれば総合的に優れた結果を残せるはずだ。もちろん色々なことに手を出すってことは、その分時間と熱意が必要になる。けど、それをやりきったら、"そこそこ頑張ったかな" じゃ終わらないじゃないか。

こんなことに思いを巡らせてるとやりたいことが山ほどでてくる。一見暇そうな学生にも結局暇なんてそんなないんだろうな。暇だと思った時は多分やるべきことから目を背けている時。思考停止してる時。そういう時間が多少あってもいいと思うけど常日頃それはね。ぼーっと生きてんじゃねえよ!!と某5歳児に叱られそうだ。

本当はこんなことすぐ気づかなきゃいけないんだけど、慣れてしまった日常から脱するには何かきっかけがあるとよくて、feelingsはその1つになりうる。これからfeelingsが回ってくる人も自分との対話をじっくりしてみてください。

そしてfeelingsの執筆を通して、やはり反省は大事だなと改めて気づかされる。現代では常にあらゆる情報が入ってきて、それを基に自分と向き合うことは成長につながる。持ってる情報が増えれば反省の視点も増えて、今まで見れなかったものが見れるようになる。情報は入れて終わりじゃなくて利用しないと。これを機にもっと頻繁に振り返りをしようと思う。

なんだ、結局はPDCAサイクルじゃないか。簡単なことじゃないか。ははは………。

さて、振り返るとなかなか内容の薄い文章になってしまった。今の自分はこの程度のことしか書けないことを真摯に受け止めよう。次のfeelingsで濃いことを書けるようにならなきゃいけないな。こんなことをしてきました!って語れるように、ア式における自分の存在意義を胸を張って言えるようになる為に、残された時間を過ごそうと思う。



暑いけど熱い夏休みにしよう
2年 田中秀樹



2019年8月6日火曜日

Making the best choice

先日、進学振り分けの第1志望の登録を行った。色々悩んだ末とりあえず申請したけれど、これからひと夏悩むつもりだ。


私は選択が重大になればなるほど優柔不断になる。どの選択肢も輝いて見えて捨てがたくなる。だから様々な節目で後悔が少なくなるよう消極的な選択をしてきた。

中学は海外にいたので高校受験しかしたことがないが、結果が出た後もどこも楽しそうで決め手がなかったので、そのまま大学へ進学できる某私立の附属高校ではなく、いずれ大学受験することになる国立の高校を選んだ。

そしてわーわーと毎日楽しく過ごしているとあっという間に高3になり文理を決めなければならない時がきた。この時もまた、どの科目も面白くてかなり悩んだが、結局(暗記が異常に苦手で理系科目の方ができたというのも大きかったけれど)文転はしようと思えばできるという安易な考えで理系にした。

志望大学を決める時もそうだった。どの分野も面白く感じられ、これや!とピンとくる志望学部がなかった。そこで、色々自由に勉強できそうな東大にした。「私医学部行く〜」、「俺は地学研究する」などと自分の興味が定まっている友達は尊敬していたし羨ましかったし、どうして決まっているのか不思議だった。

だいぶ否定的に書いてしまったが、今思うとこれら選択は私の世界をかなり広げてくれた。どこかで違う選択をしていたら、今まで出会ってきた素敵な人々と仲良くなることもなかったし、自分の今持っている価値観や信念も違っていたかもしれない。そう思うと人生って面白い。

とまあこんな感じで、自分探し中のダメダメな私だが、サッカーの世界には自分から踏み込んだ。決して消極的な選択ではなく、自分の意志で始めたと胸を張って言える。
大学に入学し、部活・サークルを決めるべく色々まわったが、1番楽しかったのはサッカーだった。これでいいや、ではなく、これがいい!と思えた。もっと練習して上手くなりたいと思った。サッカーというスポーツについて知れば知るほどのめりこんでいった。
1年生も読んでる(?)中でこういうことを書いていいのかわからないが、1、2ヶ月前は新しい仲間を増やすべく新歓活動をしていた。ここで我らがア式女子をPRするために私たちの魅力について考えることがぐっと増えた。それはそれはたくさんあった(おこがましくてごめんなさい)。もちろんサッカーというスポーツ自体にもかなりの魅力があり、私自身その魅力に惹かれて入部したと思っていたのだけど、サッカーをこんなに楽しくさせてくれているのはチームメイトたちだと気づいた。総勢16人というこじんまりとした部活だからこそ、お互いの距離が近く些細な気持ちの浮き沈みに気づくことができる。そして励まし合うことができる。できていない部分を指摘し高め合うことができる。出来ることが増えたらすぐに気づき一緒に喜ぶことができる。皆尊敬できるすんばらしい人で、大好きだ。こんなに最高なチームなんてあるんだろうか。このチームの一員でいられて私は本当に幸せ者だ。グッジョブ入部を決めた自分!!きっと入部する時もこの温かい雰囲気に惹かれていたんだろう。

これからも何かを選択しなければならない場面はたくさんあるだろうけど(とりあえず学部決めなきゃ)、自分のした選択に真摯に向き合っていこうと思う。明るく、楽しく!


いつかどっかの誰かが言っていた。

「正しい選択なんてない。自分のした選択を正しいものにすればいいのだ。」



イニシャルはH.O.からZ.W.になりました
2年 女子部 ざわちん

2019年8月1日木曜日

サッカーおススメアカウント集

ツイッターで面白いおススメアカウントを紹介します。

有名なアカウントばっかだと思いますが、全部面白いです。


・とんとん
この人の分析記事は本当に面白いです。自分が最近学んだサッカーの知識の大半はこの人の分析記事からです。解説内容と共に映像も載せてくれるので、実際にどんなことが起きているのかよくわかります。ブログも運営していて、チーム全体の戦術から個人のオフザボールの動きなどタメになる内容が本当に多いです。最近ボードの説明が増えて映像が少なくなって個人的には非常に残念です。昔みたいに映像を載せて欲しいです。


・枝Dの人/守備の概念覆します
Dという個人の守備の型を提唱している人です。また、枝D理論というグループでの守備のやり方を提唱しており、興味深いです。
また、フットサルの視点から崩しの方法も提唱しています。枝Dができたらもっとボール奪取の機会が増えると思うのですが、サッカーで使っている人がプロで見当たらず、本当に使えるのか(リスクが高すぎないか)まだわかりません。ただフットサルでは使っている人がいるので使えるのではないかと思います。フットサルの崩しはサッカーでも散見されるので、できるようになりたいです。


個人のファーストタッチのやり方からドリブルのやり方などを解説しています。ただのフェイトの解説ではないところが面白く、タイミングや相手の逆をいかにとるかという解説が多く、感性になりがちなドリブルについて理論的に知れます。ブログも運営していて、参考になるオフザボールの動き方なども解説しています。


・【サッカー】アスリートコレクション
フィジカルトレーニングや食事についての記事が載ってあります。フィジカルトレーニングについての記事はパワーや瞬発力、スピード、アジリティなど様々な種類があってためになります。ただ消化酵素の記事が多くてうるさいなとは思います。


NBAですごいのはダンクだけ⁉︎
バスケについての解説するアカウントです。サッカーについては一切ありません。ただNBAの選手がどのように数的優位を作っているのか、どのようにフリーマンをつくっているのかというのは面白くサッカーにも応用できるのではないかと思います。(どう応用するかは全くわかりません。)



夏休みは筋トレ週3
3年 鶴田智也