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長谷川希一(4年/FW/福島高校) 簡単に言えば、『ブラッシュアップライフ』の 4 周目が僕の 1 周目と言えるかもしれない。 勉強に取り憑かれて、うっすら一人で生きてきた。 始まりは、小学生、担任の貝沼先生に辞書に付箋をつけているのを褒められて、とにかく辞書に付箋をつけるのに夢中になったことがきっかけだった。 貝沼先生は厳しかった。昭和の生き残りの指導スタイルで、生徒を制圧していた。周りの生徒たちと同様、僕も先生を恐れていたが、先生に知的好奇心の扉を開いてもらったのもまた事実だった。 褒められたことが嬉しくて、次第に給食中にも辞書を引くようになり、別に貼らなくてもいいところにまで過剰に付箋をつけた辞書の上部は付箋の厚みでパンパンに膨らんでパイナップルのようになった。先生はすごいすごいとそのことを学年便りで取り上げて、僕と辞書の 2 ショットが載った。僕が初めて「メディア」に載った経験かもしれない。 僕の家は共働きで、僕は学校が終わると祖父母の家に帰るおばあちゃんっ子だった。 仕事を終えて 19 時ごろ迎えにくる母とは「迎えにくるまでに宿題を終わらせておく」という約束を交わしていた。 祖父母の家には、祖父の趣味の漫画が壁一面にあった。祖父がやっていたバスケ、ゴルフ、テニスを中心に、スポーツ漫画がずらりと並んでいた。ジャンプは通っていないが、僕も僕なりに漫画に人生を指南されて育ってきた。 漫画は何日あっても読みきれないし、読み切っても何回も読み直した。 そのために、漫画を早く読むために、学校から帰るとすぐに宿題を終わらせるようになった。 でも勉強に取り憑かれてからは、次第に祖父の部屋に行くことも少なくなり、リビングで祖母がくれるお菓子を片手に勉強ばかりするようになった。 中学生になると、近所の県立図書館が会議室を自習室として開放しているのを知った。そして入り浸った。最後の 1 人として退出するのを生きがいに感じるようになり、どうしようもなく集中できない日も最後まで残りきり、勉強で飽和した頭に心地よさを感じながら毎晩暗がりを帰った。 自分には世界を救いたいという動機はなかったが、みんなが DS などに見出したゲーム性をたまたま勉強に感じ、勉強以外の世界を知ることなくそのまま大学受験期を迎えたので、勉強以...