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周囲に支えられて

柏木琴葉(4年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) 引退して数ヶ月が経ち、ア式での生活を思い出す機会も少なくなってきた。 引退直後は、同期と会ったときに「部活がないの寂しいよね」と話していたが、徐々にその会話をすることもなくなった。 時の流れは驚くほど早く、そんな私は新社会人である。 学生時代は時間を持て余していたが、社会人になった今、その感覚は大きく変わった。 学生から社会人への環境の変化は、簡単に追いつけるものではなかった。ア式に入部した時も同様だった。 目まぐるしい日々で、ただ思い出すのはあのことだった。 ふと振り返ったとき、自分はなぜあの場所に居続けたのだろうかと思う。 何度かモチベーションが下がったこともあった。 何か特別な理由があったわけではない。それでも、気づけば最後までいた。 2022年の春、大学に入学し、新しい環境に胸を躍らせていた。 中高から一緒の友人が東大サッカー部の見学に行くと聞き、私も一緒に行きたいと伝えていた。 普段の自分であれば一歩引いてしまう場面だったが、そのときは不思議と素直に言葉にしていた。 見学で目にしたのは、真剣に練習に取り組む選手と、それを支えるスタッフの姿だった。 その光景に惹かれ、ここでなら何か意味のある経験ができるかもしれないと感じ、入部を決めた。あのときア式に足を運んだことが、その後の自分を大きく変えたのだと思う。 実際に入部してみると戸惑うことばかりだった。 マネージャーという役割も、男性が多い環境も、体育会の部活も、すべてが初めてだった。 人見知りな性格もあり、同期に対しても敬語を使ってしまい、どこか距離のあるままだった。 社会人になった今、少しではあるが変化してきたように感じる。 マネージャー業務では、自分の未熟さを感じる場面が多かった。 観察力には自信があったが、先輩方は選手の動きを理解した上で先回りして行動しており、その差に圧倒された。 最初はただ目の前の業務に向き合うことしかできず、焦りを感じる日々だった。 1年の冬、唯一の同期マネージャーが休部し、ひとりぼっちのような感覚だった。 その後、真衣ちゃんが入部してくれたときは本当に嬉しかった。彼女は何度か休部をしていたため、一緒に過ごせた期間は合計1年強くらいだった。 マネージャーや一部選手が気にかけてくださり、孤独感は薄れていき、次第にその状況にも慣れ、忙し...

憧れ

笹川鈴夏(2年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) こんにちは。5月に入部しました。笹川鈴夏です。 今回は自己紹介を兼ねてア式に入った経緯などをお話したいと思います。 私は中高、静岡県の女子校に通っていました。多くのマネージャーの先輩方と同じ出身です。 私は中学に入学してすぐ吹奏楽部に入部しました。「花形だよ」と聞いたトランペットをとりあえず選び、そこで楽器の先輩として出会ったのが当時中学三年生の琴葉さんです。数年後、私にア式を紹介して下さることになります。 吹奏楽部の活動は週に一、二回。決して多くなかったし、何よりも大好きな琴葉さんがいらっしゃいました。しかし、それでも続けられず高校進学と同時に退部しました。 退部の理由は帰宅時間を1秒でも早めたかったからです。 私が通った学校は静岡にありましたが、実は私の自宅は東京で、中学に入学してから片道二時間の通学が続きました。通学だけで日々の体力は削られ、学校生活を楽しむ余裕は次第になくなったように感じます。 そんな私は、徐々に帰宅時間が遅くなる活動は可能な限り避け、余計なストレスを減らすことに専念するようになっていきました。吹奏楽部もその一環で退部してしまいました。 このように学校生活に消極的な私には、当然打ち込む対象や、一緒に何かを成し遂げたり困難に立ち向かう仲間もいませんでした。 サッカー自体は中高時代、直接的な関わりはほとんどありませんでした。幼いころからサッカーを続けていた弟と、ジュビロ磐田を応援している友人が身近にいたぐらいです。 しかし、弟と一緒に見た「キャプテン翼」のアニメは今でも心に強く残っています。ルールはよくわからなくても、画面の向こうの熱量に魅せられました。仲間と切磋琢磨しながらチームとともに前に進んでいくキャラクターたちの姿は、当時の私と対照的で本当にまぶしかったです。こんなにかっこいいスポーツがあるんだ!と胸を踊らせ、試合に連れて行ってもらったり、夜の公園で弟とボールを蹴った日々が懐かしいです。 あの頃から、サッカーは私にとって他のスポーツとは何か違って、特別魅力を感じ憧れるものでした。 大学に入学してすぐ、琴葉さんからア式の見学に誘っていただきました。  中高の頃、琴葉さんが高三の執行代になるタイミングで吹奏楽部を退部し、裏切るような真似をした私です。本当にいいんだろうかと思いましたが、こんな私...

C’est la vie.

森田桃香(2年/スタッフ/不二聖心女子学院高校)  フィーリングスを書くにあたり、すべてフランス語で書いてみようと思ったが、まだ完璧ではなく淡々とした文章しか書けないため諦めてしまった。卒部フィーリングスではフランス語で書くと宣言しておこう。実りある大学生活であったと胸を張れるように。 拙い日本語ではあるが、最後まで読んでいただけたら幸いだ。 まず、私について少し紹介をしようと思う。サッカーのプレー経験はないが、観戦は好きで今も見ている。私と同じく山梨県出身の父の影響で幼い頃からヴァンフォーレ甲府の試合に連れていってもらったが、私はサッカーの複雑な戦術や詳しいルールが分からなかったため、声を出して応援するしかなかった。青基調のユニフォームを着て、スタジアム全体で応援をする雰囲気に幼いながら魅了された。私のちょっとした自慢は、エスコートキッズとして一度ハーフナー・マイクと手をつないでピッチ内に入場したことだ。ただ、活気に満ち溢れていたスタジアムに手をつないで入っただけでとても緊張していた。唯一覚えているのは、右手でつないだことと、彼の背が高く大きな手だったこと、それだけ。手をつなげたことがとても嬉しく、「もう手は洗わない!」と言っていたくらいだ。しかし、中高時代は親元を離れ寄宿舎で生活していたため、地元山梨と、そしてサッカーとも自然と離れていってしまった。 中高では、富士の裾野に広がる広大な自然の中でのびのびと過ごした。中学では水泳部、高校では写真部と、学内ではいろんなことに挑戦した。また、福祉に当時から興味を持っていたため、障がい者ボランティアへ定期的に参加するなど課外活動も頑張ってきたと思う。第一志望の大学の推薦を無事貰え、大きな波はなく比較的順調に私の人生は進んでいった。 そんな中、サッカーを忘れていた高校三年生の私にもう一度サッカーの楽しさを思い出させてくれるきっかけがあった。それは天皇杯である。2022年10月16日、ヴァンフォーレがJ2ながらもサンフレッチェ広島相手にPK戦で天皇杯を制し、ACLへの切符を得た。広島相手では無理だろうと思い、日産スタジアムには足を運ばず、父の運転で寄宿舎へ帰っている時に試合を見ていた。だが、1-1でPK戦になる前、「もしかしたらあのチームに奇跡が起きるのではないか」と思い、コンビニの駐車場に車を止め、車内の小さなスク...

2020.10-2023.10

川村七海(4年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) 何を書こうかなと悩んでいたら、提出が遅くなりました。星くん迷惑をかけてごめんなさい。 あと、文章にまとめて想いを伝えたり、自分の話をするのも苦手なので、拙い文章かもしれませんが許してください。 4年間を改めて振り返ってみると「いろいろあった」の一言で片付けるのにはもったいないくらい貴重な経験できました。私が部活をしていた中で、きっと1番大きな出来事であると思われる休部していた時のことを書きたいと思います。 2年生の夏終わり頃から急に部活に対してモチベーションがなくなり、さらに自分は要領がいいタイプではないのでア式の仕事が手一杯になって、自分なりに悩み2年の冬オフ明け、もう部活を辞めようと決めた上で休部したことがあります。 休部する前に、迷っていることを相談した人はごくわずかでした。花には当たり前に相談したけれど、部員で知っているのは他に1か2人くらいでした。あの時相談乗ってくださった方々には感謝しています。無理に続ける必要はないよと、退部することを止める方々ではなく、私の気持ちを汲み取ってくださり気楽に話すことができて助けられました。 あんなにも悩んでいたのに、私は退部せずに復帰しました、、。復帰したのには、大した理由がある訳ではなく、休部期間約2ヶ月が過ぎそろそろ決断しないといけない時の気分で決めました。 休部中にも関わらず、「休部してるから会わないとかないよ」と言って、会ってくれる人がいたり、LINEを送ってくれる人がいて、何というかうまく言葉で説明するのが難しいけれど、それが当時の私からしたら嬉しくて温かい気持ちになったのを覚えています。 それを経て私は、今すぐ辞めなくてもいいか、と思いました。 え、それだけ?って思うかもしれないけど、それだけです。人の心って単純ですね。退部を考えていたのに復帰して、残り2年間か〜と考えていたのも束の間、引退してました。たった一つの何気ない言葉だったり行動が、人の人生を変えることができるのって素晴らしいですね。確かなことは、私にとって周りの人たちが大きな存在であるということです。まだみんなのサッカーを近くで応援していたいし、ア式の一員であり続けたいと思わせてくれました。 スタッフあるあるで、モチベーションの保ち方が分からないと悩むけれど、私もその一人で、部活に行く時間だったり帰...

私の4年間

荒井花(4年/スタッフ/不二聖心女子学院高校)   卒部して2ヶ月ちょっと経った今、私にとってア式の存在はとても大きかったことに気づきました。卒部したことに実感が湧かず、間違えてシフトを出しそうになったり、どこか寂しい気持ちがありました。4年間で様々なことがあり、時には部活を休みたいと思ったこともあったけれど、ここまで続けたということはやっぱり私は部活が好きだったんだなとしみじみ思いました。  もう自分が卒部feelingsを書く時がきたことに時の流れの早さを感じると共に、何を書こうか悩んだのですが、私の4年間を振り返りながらマネージャーのみんなとの思い出と感謝を伝えたいと思います。  2020年、2月に静岡の高校を卒業し4月からは上京し東京の大学生になることを楽しみにしていました。しかし4月に入ってすぐ新型コロナウイルスにより緊急事態宣言が出され、思い描いていた大学生活とは全く違う日常が待っていました。  入学式も中止になり、大学に行くことができず友達もできないまま毎日家でパソコンを通してのオンライン授業を受けるだけの日々。そんな時、4月の下旬に高校の先輩から東大のサッカー部のマネージャーに興味ないかと声をかけてもらいました。私はこの時初めてア式の存在を知りました。  9月の初め、ついに制限付きではありましたが部活動が再開され、グラウンドに見学に行くことになりました。その時のことをまだ鮮明に覚えているのですが、サッカーに真剣に取り組んでいる選手、それを見守りサポートしているスタッフの姿にかっこいいと心の底から思いました。すぐには入部を決めなくていいからじっくり悩んでねという先輩の言葉に重ねるように、入部したいです!とその日に入部を決めました。そして私のア式生活が始まりました。  最初はマーカーの置き方も何も分からずただ部活に行くという日々でしたが、学年が上がるごとに仕事を覚えていき、4年生になると急に責任感も増しました。私の知っている憧れていた何でも完璧にこなしてしまう4年生とは全く違う自分に何度も反省しましたが簡単になることはできませんでした。後輩たちに仕事を教えたり、みんなの頼りになることはできなかったけど、その代わり自分は何ができるかなといつも考えていました。  部室でたわいのない話をたくさんしたり、水曜日の御殿下からの帰りにお...

今までとこれから

織田怜花(1年/スタッフ/不二聖心女学院高校) 「ア式のマネージャーやろう!!」この言葉を何度聞いたかわかりません。中学校からの友人であるりこに、大学入学と同時に言われ始めた言葉でした。当時の私はサッカーにあまり興味がなく、その誘いを断り続けました。  私のサッカーとの関わりといえば、中高時代の球技大会でサッカーを選択していたことぐらいでです。とはいえ、サッカー未経験者で溢れている女子校で行われるサッカーは、気づけばコートの真ん中に集まり、ボールを蹴り合うサッカーとは呼べないものでした。また、中高のころ、私は寮生活を送っていたため、携帯を預け、金曜日の放課後携帯を返してもらい、家へ帰るという生活を繰り返していました。そのため、平日はインターネットから切り離された生活を送り、試合を見ることもありませんでした。  また、寮生活の中で、サッカーに対して少し苦い思い出があります、りこのfeelingsにも書いてあるように、受験に関わる重要なテスト期間中に、あらゆる手を使ってW杯を見ていたりこ達が先生に見つかり、処分を言い渡されていた際、勉強していた私達も巻き込まれ、反省文を書かされてたためです。計3回の呼び出し、面接の中で、W杯組のことについて何度聞かれたか分かりませんが、反省文を書きながら、W杯組に対して腹を立てていたことは鮮明に覚えています。そのようなこともあり、サッカーにはあまり良い思い出がなかったため、りこからの提案はあまり嬉しいものではありませんでした。    見学は1人で行けないから、ついてきて欲しい、入らなくていいから着いてきてと懇願され、そうゆうことなら、と部活の見学に参加させていただきました。たくさんの先輩方が優しく話しかけてくださったことはとても嬉しく、りことの会話の中で何度話題にあがったか数え切れません。入らなくていいと言ったりこは、その言葉を忘れたように、私と顔を合わせるたびに、そして、毎日の日課のように、ア式入ろうよ!入るよね!と何度も言ってきました。りこの粘り強さに勝てず、結局分かったよと自分が折れ、入部することを決めました。思い返してみれば、中学校高校の頃からりこからのお願いを断れたことは一度もなかった気がします。粘り強いりこに目をつけられた時点で私が負けることは、薄々気付いていたのかもしれません。  そんな経緯で入部した私にとって、部活の練習...

挑戦

柏木琴葉(2年/スタッフ/不二聖心女子学院高校)   今年の目標は「挑戦」である。今年は学科が決定したため専門分野を学び、最大単位を履修し、部活、大学での委員会、バイトの両立をしなければならなく、今年はまさに私にとって「挑戦」の年だ。 実際に私は挑戦できているのか、と自問自答してみたら不安になった。しかし友人と話している時に、「部活も委員会も含め、色々なことに挑戦しているね」と言ってもらえた。部活においての仕事量についても、マネージャー業務の他にユニットでの仕事もしているため、忙しくて大変だねとも言われた。「私はそんなに大変なことをしているのだろうか?」と疑問に感じた。 私は広報ユニットと試合運営ユニットに所属している。 広報ユニットでは主に画像班で活動し、インスタグラムやツイッターに投稿する画像、パンフレットを作成している。画像班には、素敵な広報物を作る先輩方がいて、憧れている。私の目標は「誰が見てもカッコいい広報物を作る」ことだ。私には1年生の時から制作物に関してアドバイスをくださる先輩がいる。先輩は私の画像を見て、毎回的確なアドバイスをくださる。アドバイスを参考に画像を作り直すと、それまでの作品とは違い、一瞬で輝き始めるのだ。「すごい」という言葉では表せないほど憧れ、尊敬している。そして私も尊敬する先輩のようになりたいと強く思った。先輩が「画像作成は最初は難しいけど、時間がある時にフォトショを操作したり、制作時に試行錯誤することにより、徐々にできるようになる」と言っていたことが印象に残っている。先輩が努力によって素敵な画像を作成するための技術を得たということを知り、何事にも努力が必要だと痛感した。そして目標達成を目指し、試行錯誤するようになった。 告知画像を何回も作るようになり、最近作った作品を先輩方や同期に「すごく良かった」と褒めてもらえるようになり、とても嬉しかった。そして何より自分の目標に一歩近づいたことが嬉しかった。 試合運営ユニットでは、主に対戦相手との連絡、保護者の方や卒業生の方への連絡、試合当日のスケジュール作成などを行っている。また4年生の引退が近づき、引き継ぎのため、試合運営において重要な運営学生リーダーをしている。尊敬している先輩に「こっちゃんホントにしごでき」と言ってもらえた時は本当に嬉しくて、試合運営の...

はじめまして

古畑理子(1年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) はじめまして、マネージャーとして入部しました。一年の古畑理子です。 今日は、入部に至るまでのことと、今後の意気込みなどを綴ろうと思います。 まず、入部に至るまでの経緯をお話しします。 私の母校は部活動があまり盛んではなく、活動頻度は基本的に週に 1 回でした。週 2 回の活動の部活があれば「ブラック」と呼ばれていたほどです。そのため、大学では何かに熱中したいと考え、同じ高校の先輩が所属しているア式に興味を持ちました。 私はもともと引っ込み思案で、新歓用のインスタに dm を送ることさえも躊躇してしまっていました。友人達に文面を見てもらって、返信が来なかったら慰めてね、と相談していたほどでした。しかし、幸いにもすぐに返信をいただくことができて安心しました。笑 そして、えりさんから仕事内容をお聞きし、実際に練習の様子を見学させていただいて入部を決めました。先輩方が優しく話しかけてくださったことが決め手となり、入部への決意が固まったことを覚えています。その後は、当初、ア式に入るつもりがなかったれいかを呼び込んで一緒に入部することになりました! 先輩方や同期から「もとからサッカー好きだったの?」と聞かれることがよくありますが、サッカーが特別好き!というわけではなく、むしろ苦い思い出がありました。 私は中高六年間、学校で寮生活を送っており、寮には消灯時間などの細かな規則が設けられていました。そんな状況下で高校の卒業を控えた中、消灯時間であるにもかかわらず友人たちと隠れてサッカー W 杯を視聴したことが先生にバレてしまったことがありました。結果的に、私は保護者呼び出し & 一週間の退寮という処分を受けたのです。 けれども、今はア式のマネージャーとしてサッカーに真摯に向き合っています。そういうことを考えてみれば、サッカーを楽しむという一瞬の喜びと引き換えに厳しい処分を受けたあの経験は逆に良いものだったのかもしれません。笑 また、サッカーのルールや用語も詳しくありませんでしたが、先輩方のおかげで少しずつですが覚え始めているところです。最近ではグラウンド業務に慣れたこともあってそれ以外のお仕事をまかせていただくことが増え、私も Slack に投稿するようになりました。投稿した時に反応がくると...

今日くらいは

光内優花(4年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) 私の最後のfeelings。 今日くらいは、ア式での4年間の思いを伝えよう。 私は昔から自分が思っていることを相手に伝えるのが苦手だ。 自分語りは照れ臭いし避けてきた。言葉は便利だけど、自分が発した言葉に相手の解釈が上乗せされるから、伝えたいことがそのまま伝わらないことの方が遥かに多い。いつも自分がどう思っているかより相手がどう捉え、どう感じるかを先回りして考えてしまう癖がある。だからって何も考えてないわけじゃない。はたから見たら何考えてるんだろうって意思はあるのかなって思われてそうでもどかしい。やっと言葉にした時に何を今更となることも。 feelingsはそんな私が自分の思っていることを照れくさいけれど伝えられるツール。どんな気持ちでア式と向き合っていたかが少しでも伝わればと思って書いている。 ア式を引退して数ヶ月。時間はあっという間に過ぎていく。 練習後の何気ない時間。先輩や後輩、同期と話しながらボールを蹴ったり、選手が自主練に励む姿を見たり、今日も1日終わったーと部室に戻るこの毎日。ゴールが決まった時のあの嬉しさと歓声も、悔しい苦しい思いをしたあの試合も全部全部、どの瞬間も昨日のことのように思い出す。部活のない日常が当たり前になった今、本当にア式にいたのかなって夢みたいな感覚。それはそれで悲しい。慣れって怖いなあなんて。当たり前のように部室に行けば誰かしらいて、約束をせずとも会う仲間。これは、当たり前じゃなかったことを実感している。 大した功績はなく、みんなに比べたら取るに足りないごく普通なア式生活ではあったが、この普通が私には変え難いものであった。 2019年 東京に上京して晴れて大学生となり、入学式当日は見るもの全てがキラキラしていてこれからどんな日々を送るんだろうと胸は高鳴る。数あるビラから興味があるものを友人たちとピックアップし新歓へと足を運ぶ。その中にア式も入っていた。しかもそこには、高校時代からお世話になっていた1つ上の先輩も所属していた。「おいで!」と声をかけていただいたのもあって迷わず見学を希望した。今思えばこれも何かの縁だったのかも。 慣れないスーツを身に纏い、ヒールで歩き回った足は半分悲鳴をあげていたが、あの日グラウンドに行って良かったと心から思う。「東大のサッカー部って⁇」頭の中でイメージ...

成長させてくれる場所

荒井花(3年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) こんにちは。3年の荒井花です! 自分から話しかけるのが苦手で、特に今の一年生とは全然話せてないので誰だろうって感じかもしれないのですが、トレーナーをしている荒井花といいます!よろしくお願いします☺️ 実はちょうどこの前の9月で入部して2年が経ちました。私は小学生の時サッカーボールに両足で乗って転んでからサッカーがトラウマになっていました。運動神経の悪い私はスポーツ全般が苦手で、この小学生の出来事もあり球技のスポーツが特に苦手だったためボールとは無縁な生活を送ってきました。 そんなボールにもほぼ触れたことがない状態で入部した私ですが、この2年間でちょっとだけボールを蹴ることが好きになりました。 最近練習中に自分の中ではまっているゲームがあります⤴️⤴️それはコーチの足元のボールを集めているところ目掛けてボールを蹴ることです。入部したての頃は、ボールを蹴ることもできずボーリングのように手で転がしていました。蹴る強さと足の向きが上手いこといってボールがピタッと止まったとき1人でにこにこしてます。でも、かなり集中して狙わないと全くの別方向に行ってしまい、走って取りに行くという二度手間になっているのでもっと練習していきたいです。 ア式にはこの2年間で様々な面で成長させてもらいました。今話したことの他にも、私がずっと直したいと思っていた性格も少し変わった気がします。小さい頃から恥ずかしがり屋で、人前だと声がすごく小さかったりとにかく大人しい性格でした。1年生の冬、トレーナーになってみて練習試合でのアップなどで大きな声を出さないといけないと知った時、絶対に私には無理だと思っていました。しかし今まで苦手という先入観から大きな声を出す機会を避けてきて、だからできなかっただけということに気付きました。今では大きい声が出せます(出せているつもりです)⤴️⤴️「カタパルトつけてくださいー!」だったり「ストレッチします!せーの、1.2.3...」などなど。入部する前の私だったら絶対に言えてないなあとしみじみ思いました。すごくしょうもないことだと思うのですが、私にとっては大きな成長です☺️ feelingsを書きながら、あと10日ほどで4年生の方々が卒部してしまうことに気づき、寂しさと心配があります。特に女子スタッフのお二方にはたくさんお世話にな...

ア式には沼がある

柏木琴葉(1年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) 今までの人生でサッカーと 深く 関わることが なかった 。 父が テレビで試合観戦をしてい る傍らで一緒に観ていた り 、 幼稚園 で 少し 習っていた り 、体育の授業で 触れた 程度で ある。   中学、高校の6年間は吹奏楽部に所属していた。 通っていた 小学校で は 、 運動会で 鼓笛 を披露する機会があ った。 そのため 1年強トランペットを吹いた経験 や 部の雰囲気が良かった ことから入部 を決めた 。 一般的に 吹奏楽部 と聞くと 、 コンクールを目指して練習をするイメージがあると思うが、私の通っていた学校は コンクールに参加していない。 活動も普段は週に2回程 で、 体育祭や文化祭での発表 が近づくと毎日の練習があったが、基本的に楽しく活動していた。   新型コロナウイルス感染拡大の影響により、高校2 ・ 3年生の文化祭での 生 演奏 は中止 とな り、 演奏を事前に録画し た 動画配信 での発表とな った。 吹奏楽は演奏しているうちに会場が徐々に一体となっていくことが醍醐味だが、動画だとそれを味わうことが難し く、 高校 生活 最後の文化祭は 不完全燃焼 に終わった。   進学する 大学 に 吹奏楽部が 無い ことから 、大学生になったら 新しいことに挑戦し ようと思っていた。 ある日、 友達がア式に見学に行くと知 り 、 一緒に行きたいと伝えてみた。数日後 グラウンドに足を運び 、 ア式 の雰囲気に魅了された 。 「 サッカーのルールもよく知らない私に 、 歴史あるア式の マネージャーが務まる だろうか 」 とため らいもあ り、すぐに入部を 決断できなかった が 、 挑戦してみることに し た。   先日、同期の選手からマネージャーは楽しい?と 質問された 。その時は 楽しいことは 伝えられたものの 、 理由 をうまく伝えきれなかった。 実際、マネージャーの 業務 はとても楽しく充実している。 入部したて の頃 は シフトの度に ヘトヘト にな り、 辛く感じることもあった。そんな辛いと感じていた生活がなぜ楽し いと即答できるように なったのだろうか?それはア式の魅力の沼にハマってしまったからである。しかし部員歴数ヶ月の私が発見している魅力は ごく僅か だろう...

怪我

西洸(1年/スタッフ/不二聖心女子学院高校) ドリブルでゴールへ一直線! 立ちはだかるディフェンス陣を巧みにかわし、ゴール目指して走る私。 (行ける、行ける!)と思った瞬間、ボールはカットされた。その瞬間、私は足を踏み外し強く捻った。しばらくは痛みを感じなかった。そのまま試合続行。   試合が終わると、足がだんだん痛み出してきた。我に返った。そして痛みが我慢できなくなった。(ああ。やっちゃったぁ。捻挫かも。)体育の授業が終わり、痛む足を引きずりながら、保健センターに行って湿布薬を貼ってもらった。   「病院にいって検査してもらってください。」 (ええっー。今日は、ア式のシフトはいってるのに。どうしよう・・・。) (選手ならいざしらず、私はスタッフ。スタッフが足怪我して、グランドに行ってなんの役に立てるのだろう。本当に私はマヌケ。マヌケすぎる。) 体育の授業で足を捻挫した私は、後悔の嵐に包まれていた。しかも授業でやっていたのはバスケットボール。(足の捻挫じゃなくてせめて突き指だったら、ボール蹴れたのに・・・。) 後悔してもしきれない。   4 月に入部し、 5 月、 6 月とシフトに入り、やっと大学生活の中にア式のあるリズムに慣れてきたところだ。スタッフとして先輩の皆さんの仕事を減らせるように役に立っているどころか、足手まといなところばかりだろう。空気読めてないところも沢山あるだろう。ログなんてまだまだ全然書けない。それでも、私はグランドに立って、サッカーしている皆さんと時間を共有することが楽しかった。だから今日もグランドに行きたかった。でも行っても何もできない・・・。私は欠席届を出した。   予期せぬお休みを頂くことになり、本来なら学期末試験に向けて勉強や学期末レポートの準備を始めるべきであっただろう。しかし何も手につかない。スタッフの私でさえこうなんだから、いわんや選手においてをや。何も手につかない私は、スマフォ片手にサッカー選手の怪我について調べてみることにした。   “サッカーは格闘技だ、と言われるくらい激しいスポーツ。怪我を恐れていたら思い切ってプレイができない。怪我は当たり前”、らしい・・・(汗)。サッカーが格闘技だなんて、知らなかった。プロのサッカ...

私にとって

光内優花(4年/スタッフ/不二聖心女子学院高校)  feelingsの提出を依頼されたある日、『卒部まで書かないだろうな』なんて勝手に思っていたから不意打ちだった。締め切りは刻一刻と近づいている。 昨年11月 1つ上の代が引退して、私たちがこの部の最上級生となった瞬間。虚無感と不安に襲われた。憧れでキラキラ輝いていた先輩方の姿、親しく接してくれた先輩マネの方々がア式にいる日常は過ぎ去り、これまでの部活を純粋に楽しむ気持ちから、責任感とやるしかないって気持ち。それだけが大きくなっていった。 3月 まだまだ上がいる感覚と寂しさが抜け切れていないのか、違和感しかないまま。 4月 ア式に入部してとうとう4年目に突入。 こんな気持ちだった私もついに最上級生という自覚が湧いてきた。遅いって思うかもしれないけど本当にそう。先輩方が居なくなって、肩書きが変わって初めて自覚が湧いたのだ。大学生活って本当にあっという間。まあ、ここ2年間はコロナもあって特に時間が過ぎるのが早かった。 16名の新たな部員を迎え、私の残り1年のア式生活がいよいよ始まる。 数ある部活、サークルからア式を選んでくれたことに感謝でいっぱいだ。新入生には、自分で選択したのなら、思う存分楽しんで自分なりのやりがいを見つけてほしいし、ア式に入って良かったと思う瞬間をたくさん感じて欲しい。そう感じてくれたのならそれだけで、ここにいる意味があるのではないだろうか。私はそう思っている。 私の理想とする先輩像とは何か。それは、何事も卒なくこなし誰からも憧れられる人。これに当てはまる歴代のスタッフの方々には尊敬と憧れしかなかったし、当時の私は『そんなかっこいい先輩になりたいな』とただ漠然と思っていた。 でも、私にはそんなかっこよさは持ち合わせてないし、憧れる反面、部活と向き合う姿から、優花さんはこんな人って、私なりの先輩像を確立していきたいし、後輩たちに伝えていきたい。 スタッフはモチベを保つのが難しい時期が人それぞれある思う。ただ、そんな時に、私とシフト同じで嬉しな!なんて思ってもらえたり、辛い時や何かあった時に私になら少しでも話を聞いてもらいたいって思われる先輩でいたい。 そう思うのは、弱音を吐いたり心配事を親身になって聞いてくれた先輩たちがいたからだ。本当にありがとうございました。 実習期間中は、部活に顔を出せない...

私の選択

 私の大学生活は新型コロナウイルスによって好スタートとは言えませんでした。授業は全てオンラインで学校には行けず、友達もできず、このまま何もしないで1年が終わってしまうのかと不安な毎日を過ごしていました。 そんな時上級生の方からア式蹴球部のお話を伺いました。 私の通っていた中高は女子校だったということもあり、マネージャーやトレーナーと言う仕事がありませんでした。昔から部活のスタッフと言う仕事に興味があった私はそのお話を聞いた時すぐに入部したいと思いました。 これまで18年間、何かに全力で取り組んだことがありません。小さい頃から新体操やピアノ、水泳など様々な習い事をしてきましたが今まで続けているものは一つもありませんでした。 中学ではテニス部、高校ではバドミントン部に所属していましたが運動が苦手な私は全て中途半端に終わってしまいました。 最後の学生生活である大学4年間を通して、何かに熱中し、有意義な時間を過ごしたいと思い、そしてその有意義な時間をア式蹴球部で過ごしたいと強く思い入部を決めました。 しかし、サッカーはテレビでW杯を観戦するくらいで知識やルールは全くといっていいほど知りませんでした。そんな私ですが練習や試合を見ていくうちに、ルールや仕事内容を覚えていくことができています。 トレーナーの仕事は私が想像していたより大変でしたが、それ以上にやりがいがあります。 選手にとってリハビリ期間は、サッカーをしたいのにできないといった辛い時間でもあると思います。精神的な支えにもなれるように信頼関係を結び、怪我から復帰した選手の良いプレーをみて自分の仕事に誇りを持つのが私の目標です。 ア式蹴球部に出会えたこと、本当に嬉しく思います。 まだ慣れない点も多く未熟な私ですが、早く1人前のスタッフとなり、選手の方々がよりよいプレーができるように全力でサポートしていきたいです。 試合で勝った時は一緒に喜び、負けた時は一緒に改善点をみつける。そんなスタッフになりたいです。 たくさんご迷惑をかけてしまうと思いますが、一生懸命努めますのでどうぞよろしくお願いいたします。 読んでくださりありがとうございました! 2年 荒井花

最近思うこと

  入部から2ヶ月。仕事内容は大体覚えてきましたがまだまだ慣れません。 「私がやるべきだった…」 「また迷惑かけてしまった…」 など日々反省点が出てきます。 中高時代、練習は週2回と少ない回数でしたがバスケットボール部を6年間続けてきました。他にも高校の時は委員を3年間務めました。 いわゆる学校行事の一つである委員に所属しましたが、表に出るような派手な仕事内容は少なく、パッとしないことが多かったです。元々表に出るよりも裏方の仕事の方が好きだったのでその委員会の仕事は向いていました。委員会の仕事は私にとってやり甲斐も達成感もあり、楽しみながら続けることができました。そのおかげで中高時代は充実した学校生活を送ることができました。 中学や高校で一つのことを長く続けてきたので、大学生でも一つの事に対して打ち込みたいと思い入部を決めました。まだ2ヶ月しか経っていませんが、有意義な時間を過ごすことが出来ているので入部を決めた時の判断は間違っていないと思います。4年間という貴重な時間を費やすことは大切な決断でしたが、温かい人柄の多いこのような素晴らしい環境は、集中して打ち込む場に相応しいと感じました。 自分のためだけに生きようとするのではなく、他者のために時間を使うことのできる人を目指して、東大ア式蹴球部に貢献していきたいです。自分の無力さに落ち込む時もありますが、今は与えられた役割に対して最大限に応えていきます。 広報の仕事などを通しても東大ア式の魅力や活躍を多くの人に知ってもらい、また一生懸命サッカーと向き合う選手を多方面から支えることのできるスタッフになりたいです。 まだまだ至らない点もありますが、様々な経験やここで得る学びを糧に日々成長していきたいです。 1年 川村七海

One for All All for One

みんなのfeelingsが回ってくるたびに、自分の番はいつなのかとドキドキしていたし、誰かの心を動かせるような文章力も、書くことも苦手な私が慣れないなりに書いてみようと思います。 サッカーの話と少し逸れますが、今年日本で行われたラグビーW杯。高校時代友達に連れられ一緒に観戦したラグビーの試合の光景は、とても迫力があり、胸を熱くさせ、スタジアムが一体となったあの空気感は、実際観ることでしか味わえない。とても最高な時間だったとW杯が行われている中思い出しました。 そんな私にはラグビー好きな友達がいます。その友達が高校時代からこんな言葉をよく言っていました。 『One for all All for one』ラグビー用語であり、有名な言葉なので知ってる人も多いかと思います。この意味は、1人はみんなのためにみんなは1人のために。という意味で捉えられがちですが、本来の意味は違うようです。 本来の意味は、1人はみんなのためにみんなは1つの目的のために。という意味なのです。 1つの目的とは何か。それはつまりゴールのために全員が役割をしっかり果たすのが重要だ。ということです。スタッフという面から考えると、練習を円滑に進めていくために選手の練習環境を整えることはもちろん、練習の雰囲気を作っていくこと、グラウンドでの行動から大事になってきて、それが試合に向けてに大きく影響してくるのだと思います。 ここで自分の話をしますが、中学では吹奏楽部、高校ではサッカー部に所属し、様々なことに挑戦してきたものの、ここまで集中し打ち込むという経験を正直してきませんでした。そんな中、大学生となり出会った東大ア式蹴球部。まだまだ至らない点もありますが、ここまで誰かのためにと全力を尽くせる自分、頑張ろうと思える環境、各役割を果たし熱意を持った人たちと過ごしてる時間がこんなにも大事と思え、一緒に部活しているということが、高校時代の私からしたら想像もできませんでした。そして、ふとア式に入って過ごしてる自分が不思議にもなります。真剣に練習に打ち込む姿、より良い部にするために多方面から様々なアプローチをし頑張っている姿、試合で点を決めた時の全体で喜びを噛み締めるあの瞬間など、どの場面も近くで見て感じ、歓喜の瞬間に立ち会えるからこそ、そんな尊敬できるみんなだ...