2019年6月24日月曜日

緋色を見抜く。

天は二物を与えず。そんなことわざがあるけれど、それは真なのだろうか。

東京大学に入学して一年が立ったが、今までの人生では経験し得なかったことがたくさん起こったように感じる。その中の一つが、人間は平等ではない、と実感したことだった。
この大学には、優秀な人がたくさん揃っているのは当たり前だと思うが、中には全てにおいて完璧なように見える人がいる。しかも、そんな人は少ないわけではない。学力も、運動能力も、容姿も、全て持ち合わせているような人が掃いて捨てるほどいる。しかも嫌味なく、当たり前のように。

 正直に、羨ましいと思う。私はどちらかというと持たざる者であると思っている。色々なものを捨てて途方もないほどずっと勉強をし続けてギリギリ東大に入れたくらいだし、どんなに頑張っても仕事を効率よくこなせない、アホすぎて呆れられることもある。頭がおかしいので空気を読めない。人間として非常に未熟で、まるで道徳心がない。頼りなくて、不安がられることもしょっちゅうだ。多分、全てを手にしている東大生からしたら、私なんてミジンコ同然に思われることもあるだろう。もうちょっとマトモだったらな、と思うこともある。


けれど、最近思った。自分のできないことを気にしても、あまり意味はないのだと。悩んでも解決しないし、何もしなければ何も起こり得ない。恵まれてない、不遇だと言っていても、最後に手に残る結果は自分自身のものでしかない。誰かを羨んだり、恨んだりしても事を悪い方向へ歩ませるだけだ(別に誰かを具体的に恨んでる訳ではない)。



 ここでやっとサッカーぽい話をしたい。私は今年からキーパーをやることになったのだが、思ったようにうまくならない。先輩やコーチの言うことを聞かずに自分勝手に動いて失点することもあるしなかなか厳しい。前までは、このポジションにつくと言う重責が嫌でどんよりしていた。私には運動神経があまりないので、本当に何も持っていない人間だなと実感してしまい、ゴールから逃げたくなったことも実はある。止められない時は久しぶりに涙が出た。本当はキーパーなんて怖いしやりたくない、なんで自分なんだと思ったときもないわけではなかった。


しかし最近、嫌だと思うより、与えられたこの状況で、どうするか、どう輝くのかを考えたほうがいいと思うようになった。嫌だ嫌だと言うより、自分にできることを精一杯、一生懸命こなすこと。そうしなければここにいる意味がない。甘んじて受け入れた役割だからテキトーにやってればいいよねと思ったりしたら、残りの3年間、何も得ることがなく過ぎ去ってしまう。語れることも作れずに卒部を迎えるのか?と考えたら、恐ろしくなった。

そうならないために、私に残された選択肢は唯一だった。とにかく頑張ることだ。空きコマに友人と自主練をし、筋トレもはじめ、練習中は積極的にキーパーとして参加するようにした。すると、だんだんと慣れてきた。意外と止められる時もあるし怖くない。キーパーも悪くない、と思えるようになってきた。一番楽しいのは止められたとき、今までに受けたことのないくらいの賞賛を受けることだ。これは素直に嬉しいし励みになる。私は少々目立ちたがり屋な性分であるため、少し止めるのが難しいシュートを止めた時、皆がものすごく喜んでくれるのが嬉しくて、楽しいなと感じられるようになった。案外天職かもしれない。
しかもたとえ止められなかったとしても、意外と自分を責める人はいない。一番責めているのは自分である。責任が嫌だ、と思ったこともあるが、その責任も、私が皆から信用されているからこそ生まれているものだと気づいた。止められないときに泣けてくるのも、私がそれだけ頑張ろうとしていることの証ではないか。全ては表裏一体である。

だから、自ら望んでなったわけではないキーパーという役割ではあるが、いまではこの唯一のポジションに誇りと、楽しさ、やりがいを感じている。おそらくトップでふらふらとサボりながら走っていたときよりも成長をしているのは間違いない。


 いつかは皆に背を気にしないで戦ってもらえるくらいになるので、待っていてほしい。
 



 最後に無関係なことではあるが、書きたいことを書かせて欲しい。

 気づいたらもう桜の季節がすぎていた。ア式女子も私の環境も色々と変わった。春のそよ風が新たに木々を芽吹かせていくのが楽しみな一方、去りゆく花を懐かしむ思いもある。もはや自分も新芽ではない。全ては無常だと悟った。そして思い通りに行かない事もある。色々なものは失われ、形を変え、また新たに巡ってくるものもある。明日を踏み出すことは恐ろしいことではある。けれど、変わりゆくものを認めて、受け入れて、手に入れて、踏み出す勇気を持ちたい。そうした中落とした種が、いつか振り返った時、大きな木々となって私の拠り所となってくれたら嬉しい。きっと、ここはそんな木々を育てる場に違いない。走馬灯をいつ見ることになるかはわからないが、必ず私は、この日々を思い出すと思う。



※たまには真面目っぽく書こうと、世を憂いている詩人風にしてみました。上で述べたことの半分(特に自分を卑下してるとこ)はウソです。私は嘘八割で構成されています。A secret makes a woman woman. 語らないことにこそ美しさが宿るときもある。私の文章は上手すぎてバカにされがちだが、今回は多分みんなちゃんと感動してくれてると思う。ね?



大いなる野望のために!



Silver bullet っていいよね。永遠の時の中を旅する女 

女子部2年 ゆうな

2019年6月19日水曜日

feelings 対談企画

茶谷:これからfeelingsの対談企画を始めたいと思います。司会の茶谷(2年)です。よろしくお願いします。自己紹介をお願いします。

井上:4年生のテクニカルスタッフの井上と言います。よろしくお願いします。

大池:3年でしょ。

井上:3年ですね。すみません。

大池:3年の大池です。

井上:いや、とりあえず4年って言っとけよ。

茶谷:ア式的には4年ですね。

井上:そう。4年だろ。

大池:4年の大池です。

和田:3年の和田です。

茶谷:よろしくお願いします。それでは早速ですが本題に入っていきたいと思います。皆さんは今、どのようなことを考えてア式での活動をしているのでしょうか。井上さんはテクニカルの仕事について、大池さん・和田さんはプレーヤーとして話を聞かせてください。

和田:サッカーが好きで、大学生活もほぼサッカーで4年間いいかと思ってやってるから、いろんな新しいことを教えてもらえて楽しいし、自分が頑張ってチームが勝つことに繋がるなら素晴らしいなと思って、怪我には気をつけつつ、勝ちたいなという感じです。勝たせたいなという感じ。

茶谷:チームを勝たせるために、どんなことを工夫していますか?

和田:今まではチームとしてのスタンダードを落とし切れていなくて、試合の最後にワンチャン得点取るために出る感じだったから、チームとして最低限のことを考えてやってきた。けど最近は(チームとして)点も入らないし、チームの戦い方のことばかりが大事なわけではなくて、やっぱり我を出してガンガン点を取りに行くのが大事なのだということにちょうど気づいたという感じかな。ボールを失わないけど点が取れないプレーを10回するよりも、9回失うかもしれなくても1回点が入るプレーをした方がいいかもということに最近気がつき出したというか。

茶谷:チームとしてというよりも、自分がゴールを決めることを意識しているということですね。ありがとうございます。

大池:もう4年生で、あと5ヶ月足らずで引退だから、最後までやりきろうくらいの感覚かな。余計なことを考えてる暇はないというか、楽しんでやるだけかな。

茶谷:自分が楽しんでやることを意識しているということですね。

和田・井上:大臣らしいね。

井上:今年はテクニカルがたくさん入ったから、1年生をうまく育成して、夏とか後期くらいからしっかり戦力としてやってもらえるように意識しているかな。今年はスカウティングを2試合に1回自分がやっているから、もちろん自分のこととしてスカウティングも頑張ってるけど。その2つを意識してやっているね。

大池:茶谷は何を考えてサッカーやってるの?

茶谷:僕はもうとにかく自分が上手くなることしか考えてないです。自分は失敗するとすぐに下を向いてしまって、そのメンタリティーが良くないことはわかっているし、そのメンタリティーを変えろと言われるけれど、自分が上手くなることでしか自信はつけられないと思うので。

和田:サッカーとしてやるべきプレーがはっきりする分、できないことばかりが見えてしまう。できないプレーが減っても良いプレーがあまりなくて点が取れないというのが今の状況だと思う。俺も去年そうだったけど、「できる」に最低ラインが決まったから、最低ラインに達するまではメンタルはしんどい感じになるし、やることがはっきりした分、辛いこところはわかる気がする。

茶谷:なるほど。最低ラインを突破できれば気持ちは楽になるということですね。

和田:まああんまり気にしなくていいと思うけど。

・・・・・・

茶谷:最近の悩みは何かありますか?ア式での話でもいいですし、私生活の話でもいいです。

井上:授業に行かなすぎて卒業できるのかが心配。二留の危機がね。そこかな、俺の一番の悩みは。

大池:将来どうやって働いて行くのかな、ということかな。就職するのは決まっているけど。

和田:怪我しがちなことかな。勢い余って足を出した時に怪我しちゃったりするかな。


・・・・・・

茶谷:今までで後悔したことはありますか?ア式において。

大池:もちろん怪我でサッカーしてない時期が長すぎたことも後悔と言えば後悔かな。あと、去年は結構プレーする時間は長かったけど、日々の練習をこなしているだけだったことが後悔かな。怪我したくなさすぎて育成だろうがなんだろうがサッカーできてればOKくらいのテンションでやってた。あまり自分から成長しようというのが無かった。それをもっとちゃんとやっていれば、良かったなと思う。自分は入部してからしばらくはAでやってやろうみたいなのがなかったから、そういうとこも良くなかったなあと思う。

和田:育成で良いプレーをするのと、Aでもっとってなるのは全然違う。

和田:去年からチームとしてこうしようという形ができて、完全に受け身になってしまった。Aチームにいたけれど、自分がAチームにいるんだから自分としての良いところをまず出して、チームの戦い方の方も、となるべきだった。チームの戦い方を、ということばかりを考えすぎて、何も積極的にできなかった。あと怪我してたことも後悔。

井上:2人とかぶるところはある。1、2年の頃は与えられた仕事をこなすだけで、自分からの成長意欲みたいなものが足りなかった。去年ぐらいからは自分からも試合を見たり本を読んだりと勉強するようにはなったけど。成長意欲が足りていなかったことは後悔。よく言われる主体的にじゃないけど、学べるようになれば良いし、俺もいまテクニカルの一番上の立場として、そういうのを与えられる環境を作っていければと思う。

茶谷:皆さん、もっと自分が積極的に上を目指して主体的に取り組んでいればよかったと後悔しているんですね。

和田:でも俺は1年生の頃はそればかり考えていたから逆に良くなかった気がする。

大池:それはタイプによるよね。和田みたいなタイプは、一旦チームのことを考えるフェーズが必要。伊地知とかも絶対そうじゃん。

和田:確かに。一緒に言われてたもん、和田と伊地知は自分のプレーばかりするやつだって。1年の時はやることもはっきりしてなかったから、自分が何をできていないのかもそもそもよくわからなかったけど、2年になって、何ができていないのかがわかったから、そればかり考えてしまった。逆にこれはできるというのはあまり出せなかった。

・・・・・・

茶谷:今まで、現在の話と過去の話をして来たので、未来の話をしましょう。今後どういう風にア式の部員としてやって行きたいか?

和田:プレーで貢献できると良いな。今は点を取ることしか考えていない。自分の色を出して結果を残して行く。

茶谷:結果を残すにはどういうことをしたら良いと思いますか?

和田:自分のプレーとか上手い人のプレーを見て研究して行くことかな。

茶谷:今は誰の動画を見ているんですか?

和田:チームのやりたいサッカーということでシティの試合も見てたけど、最近は点が取れていないから、わけわからない形でも点が取れるチームの動画とか見たりしてる。

大池:結果ももちろん大事だけど、楽しんで終わりたい。つまらなかったな、うまくいかなかったな、という終わりかたはしたくない。自分のやりたいプレーとか持ち味を出してちゃんと楽しんでやれれば良いかな。

茶谷:自分の思い描いていたプレーができたときに楽しみを感じるんですか?

大池:それもそうだし、チームになんらかの形で貢献できるのも楽しみの一つだと思う。

井上:1年生の育成だとか、今やっていることを継続していければ良いかな。もちろん去年も一昨年もやっていたスカウティングを頑張るのもそうだけど、最後の1年間でしかできないようなこと、自分がリーダーだからこそできるようなことをやって、テクニカルとしてのレベルをワンランクあげた状態で卒業できたら良いかなと思う。

茶谷:井上さんはテクニカルのレベルをワンランク上げたいと言ってましたけど、井上さんの思うテクニカルの最終的な理想の姿は何ですか?

井上:今までは人数の問題もあったし、やれることが限られていた。スカウティングをしたらほぼほぼおしまいみたいなところがあった。だから、あまり自分たちのチームを強くする方にアプローチできていなかった。今思っているのは、育成チームにも専属で分析スタッフをつけて、OBコーチともコミュニケーションをとって、こういうところを改善したほうがいいんじゃない?とかいうところを一緒になって考えられたらいいかなと思う。それが実現できればチームとしての底上げにもつながるから。

・・・・・・

茶谷:入部した時は何を目標にしていたか、何を思って入部したか?

井上:俺は大学でサッカーするつもりは全くなかったけど、ア式に興味がなかったわけではなくて、分析みたいな仕事があるというのを聞いてやってみようかなと思ってやった。高校の時もそういうことに少しだけ足を突っ込んでいたから。入部した時はあまりこうなりたいとかはなかった。当時のテクニカルの中間さんや小椿さんが非常に優秀だったから、その人達の言う通りに色々とやってて、その中で成長できて今にもつながっている。もちろんサッカーも好きだったから。

和田:サッカーが好きだから入部した。高校を卒業したら好きなことしかやらないと決めていたから、サッカーが好きだからサッカー部に入って、活躍できたらいいかなと思ってやっていた。だから今も自分が点を決めて活躍することが目標。

大池:サッカーめっちゃしたいという感じではなかったけど。サークルも違うし、ほかにやりたいこともないし、自分どんくらいできんのかなーと思って入部した。
小学校終わる時にはサッカーにおける目標みたいなものがなくなっちゃって成長意欲がなくなったんだよね。それで中高って割とゆるめにサッカーしちゃってたんだけど。

和田:サークルに入っていたら高校までと同じようにゆるくプレーをして、自分がうまいという環境になれたわけなのに、それでもア式に入ったのは?

大池:多分それがベストだとは思ってなかったんだろうね。中高とそんな感じでやってきたけど、それに対して多少後悔があったんだろうね。

和田:サッカーに対する隠れた情熱があったってことか。

・・・・・・

茶谷:高校までのサッカーと大学サッカーについて。

和田:高校ではあまりちゃんとしてなかった。成長してなかった気がする。もっとちゃんとしておけばよかった。自分のいるチームで一番うまかったら、これでいいんだと思っちゃう。プロになりたいとは思ってなかったけど、もっと上を目指してやればよかった。ちゃんとやっておけばよかったと思ったのも最近のこと。うまい人はこういうところがうまいんだ、というのが分かり始めてから、俺もそういうことをしてみたかったなと思うようになったのが、気づいたきっかけ。

井上:中高とサッカー部にいたけど、プレーヤーとしては何もできなくて、高2の途中から実質ピッチ外の仕事というか、練習を考える人に変わった。自分からそういう道を選んだ。その判断自体は正しかったと思う。だけど、自分が練習メニューを考えたりするようになってからも全然うまくいかなくて。チームとしてのまとまりもなかったし、結局いつも同じ練習だったりとか、映像を見てミーティングをしてもいまいちうまくいかなかったりだとか。ピッチ外のことだけという道を選んでからの時期に後悔がある。その後悔を晴らすという意味でもア式があった。ア式にはもともとテクニカルという役職があって、自分にとってよかった。

・・・・・・

茶谷:自分にとってア式とは?

和田:茶谷にとってはどうなの?

茶谷:「学びの場」じゃないですかね。頭を使ってサッカーをしたことがほとんどなかったから、ア式に入って初めて頭を使うようになって、練習でもほぼ毎日新たな学びがあった。

井上:最近はア式のことしかしてないから、もう「生活のほぼ全て」になってる気はする。大学の勉強をしているわけではないし、ほとんどの時間をア式に使ってるかな。

大池:なんだろう、難しいなあ。

茶谷:一言で例えるなら…?

大池:「大学生活のスパイス」かな。

和田:なんかそれ聞いたことある。

井上:誰か他の人も言ってたよな、それ。

茶谷:紳太郎さんです。

大池:でもまあ「刺激」じゃないかな。ア式に入ってない生活をイメージした時に、今と何が違うかっていたら、刺激が違うんだと思う。公式戦とか雰囲気あるじゃん。普通の生活をしてたらああいう雰囲気の場ってなかなかない。そういうのが好きっていうわけではないけど、新鮮に感じる。

和田:「刺激」でもあるし、何よりも「楽しい」。色々な人が色々なこと考えてて、それをぶつけ合って、勝ちに行く。それが楽しい。

・・・・・・

茶谷:今シーズンの目標とは?

井上:シーズンが始まる前に立てた目標は、「自分のスカウティング試合無敗」というものだった。それは開幕戦でついえてしまったけれど。それでもこれからは「自分のスカウティング試合で少しでも勝てるように、勝率を上げられるようにすること」が目標かな。

茶谷:その目標を達成するためにはどうすれば良いと思いますか?

井上:やるべきことをやるしかないかな。自分にできることは試合前までのことだから、試合が始まったら気合いの入った応援をする。

大池:チームに貢献したって自己満足できるくらいのゴールとアシストをすることが目標。

和田:チームとしては、勝てるチームになること。個人としては、チームを勝たせるために、最低でも5ゴールは決めることが目標。

大池:俺も。5点決める。アシストも5点。

井上:一部で10ゴールに絡むとか、スーパースターだな。

2019年6月15日土曜日

GSS

1年ぶりに自分の番が回ってきた。大谷のような感動させる内容を書く力も、佐田ちゃんみたいな個性あふれるセンスもない自分は、せめて上野みたいに自分しか書けないものを書きたいものだと思い、御殿下サッカースクールについて書こうと決めた。


部内の新入生に、このスクールがどういう存在でどういう活動をしているのか知っておいてほしいし、外部でこのブログを見ている人に、ア式はただサッカーしているだけの集団ではなくこんな活動もしているんですよーっていうのを知ってほしい。そんな意味も込めて。




御殿下サッカースクール、通称GSSは今年で50周年を迎える歴史あるサッカースクールで、毎週日曜午前中に活動している。ア式蹴球部の地域貢献活動の一環という位置付けで、部員がコーチとなって指導しているが、運営母体はLB会(ア式蹴球部OB会)にあるというア式の活動の中では少し変わった存在だ。バリバリやって勝ちを絶対目指そう!という感じではなく、のびのび楽しくサッカーをしよう!という感じ。日本一緩いサッカースクールと言われている。いや、勝手に言っている。会費は安く、遅刻欠席も自由で、コーチに変なあだ名をつけても許される。そんなスクールだ。





自分は一年生の秋にヤマケンさんから引き継いで幼稚園生クラスの代表を任され、今年の2月からはハヤトさんに代わって全体の学生代表になった。こうして3年間子どもたちと関わる中でさまざまな難しさを感じ、多くのことをコーチ側の自分が学ばされている。



その一つが子どもたちをいかに飽きさせないか。


前任のヤマケンコーチはみんながご存知の通り、大きな声と圧倒的なノリの良さが売り。「子どもたちを飽きさせない」ことのプロみたいな人だ。だから練習メニューのレパートリーが少なくても大して問題はなかった。その場その場でうまくアドリブを入れていた。

一方自分は、今は少しはマシになったとは言え、ヤマケンさんほどのノリの良さと柔軟性は持ち合わせていないので、練習メニューのレパートリーを増やして子どもたちを飽きさせないようにしようとした。でもこれ意外に難しい。


というのも、グラウンドの都合上、年少から年長まで同じクラスでやっているため、その平均値を取るのに苦労したり、幼稚園生の子は割とみんな自分のボールが好きで他人のボールを使ったり他人に自分のボールを使われるのが嫌だったり、普段別々の幼稚園に通ってる子どもたちに二人一組を作らせるのが困難だったりとちょこちょこと小さな制約がたくさんある。

それに加えて、尻尾取りゲームをやってみたら、大半の子が尻尾を「いらない!」って言ってコーチに渡してきたりとか、こっちが予期していなかった展開になってうまく行かなかったパターンもある。「えーなんで笑」という感じ。まあでもこの子どもたちの行動の「読めなさ」も面白くてかわいい部分でもあるんだけど。

そんなこんなであんまり練習のレパートリーは増えていないけどもなんとかやれている。



最後のゲームで点差が開いて諦めて飽きてしまう子が以前はいた。負けているチームのビブスを脱いで勝っているチームに移ろうとする子もいた。そこで「最後に決めたら100点!」という昭和のクイズ番組ばりのルールを作ってやってみたら好評で(好評だと勝手に思ってる)今でも続けている。
ゲームで使うボールもみんなが飽きずにたくさん触れるように複数個にしてみた。
本来のサッカーとは離れていてルールも割とめちゃくちゃだけど、それも楽しんで帰ってもらうには有効だと学んだ。




多くの難しさを感じる一方で、子どもたちが上達していくのを見られるのはとても嬉しい。これはレギュラーコーチの特権だ。目に見える成長を勝手に見せてくれる。


最初の頃は、蚊の鳴くような小さな声で、「ママのところに行きたい」と泣いていたような当時年少さんの子も、年長の今では幼稚園クラスでは物足りず、小学校低学年クラスに混じってやるほど上達した。


そんな成長を見せられると、体験で参加した子がわんわん泣いていて、それを保護者の方が心配そうに見ていても、「今あそこでやっている上手な子でも最初こんな感じで泣いていたので安心してください!」と言いたくなってくるくらいだ。





最後に、ヤマケンさんの昔のfeelingsから勝手に言葉を借りるなら、
「幼ければ幼いほど第一印象が重要で、最初に楽しいと感じたならどんどんハマっていく」とのこと。だから子どもたちのサッカーへの第一印象が良くなるよう今後も運営していきたい。


そして、このスクールに通っていた子が、自分くらいの歳になったりもっと大人になった時に、まだサッカーが好きで、プレーはしていなくて観るだけとかでもいいから、どんな形であれ、サッカーに少しでも関わってくれていたらコーチをやらせていただいている身としてすごく嬉しい。



いつもスクールの後に残ってア式の試合を応援してくれているスクール生にカッコいい姿を見せられるようにもっと頑張ります。

3年 赤木雅実

2019年6月11日火曜日

後半40分1-0でも果敢に攻めるStyle〜卸されなかったJINGO analysis〜

「再現性のあるプレーを心掛けよう」



「今の縦パス、一応通ったけどさ…どうして確率低い選択したの?」


入部以来、こういう類のアドバイス、フィードバックをしばしば耳にする。

リーグ戦で勝ち点を積み上げるために、弊部の哲学を如何にプレーで表現できるか。

えっと、その再現性を高めるために、一つ一つのトレーニングは試合の一局面を切り取った形として存在する。



(中略)



さて、ここで一選手として再現性ある形でリーグ戦での勝利に貢献したい、となった時にまず思い付くのは、リーグ戦に出場することであり、そのためにはトップカテゴリーに入る必要がある…あるんだけど。





無理。




これ以上書けん。




このまま頑張って書いても虚しい文字数稼ぎの末に、「部に貢献できるプレーをできるよう精進します」とかいう抽象的な決意表明に終わる気がするんだ。




時は些か前に遡る。



「feelings担当のお知らせです
期限は6/10(月)とします。
****@gmail.com
まで送ってください!
よろしくお願いします!」



遂に2回目のfeelingsが回ってきた。ただ、正直書く内容が思い付かない。



遼さんみたいにリバプールやマンCの分析を鮮やかに書けたら超かっけーとか思ったけど、精々自分が分析できるのは2代目ジンギスカンこと同期の宮坂君くらいだろう。

自分がサッカーを語れる程に精通するのと、分析記事にする程彼がBIGになるのとどっちが早いか。こればっかりは God only knows.



では槇さんとか大谷さんみたいに、サッカーにかける熱い想いや苦悩を表現したこれぞ"feelings"といったものはどうだろう。

…いや、これもしっくりこない。「何で大学で体育会系のサッカー部入ったの?」というのは弊部の人間はしばしば聞かれることだと思うが、正直言って自分は特に深い想いとか決意は無い。

「人生では好きなことを『とことん』楽しみたい」「僕の好きなことはサッカーをすることだ」という前提から導き出される結論は「僕はサッカーを『とことん』楽しみたい」だ。三段論法完成、以上。

当然、上記の前提が覆るのが僕がこの部を去る時になる訳だが、それならfeelingsは書く必要もないし、この前提はどうにも揺るがなさそうだ。








という感じでもう書くことがないので終わります。ご愛読ありがとうございました。佐田先生の次回作にご期待ください!













…そうは問屋が、もとい佐野氏が卸さないらしい。







前半の文章が結果的に文字数稼ぎとなり途方にくれる中(これぞネガティヴトランジション)、「feelings」そのものの本質を考える。


feelings…それは他でもない僕ら部員が、誰かに向けてメッセージを発信するための媒体だ。


じゃあその「誰か」とは?


「feelingsは一般の人に東大ア式蹴球部の内部をverbalに伝える主要な媒体だから、『見られていること』を考えるように」


とは言われることはあっても、別にこれは「一般の人に向けたメッセージを発信しなさい」という意味ではない。というか僕にはそんなの書けないです。

だからって両親とか気になるあのコに向けて書くのか?いや、それは直接伝えるなりLINEするなりして下さいって話だ。


となるとやはり僕はア式の仲間に向けてメッセージを発信することになる。

週6でいつも一緒にサッカーしてるのに、練習前後ロッカーでくだらない話をしてるのに、結局彼らに自分のfeelingsをネット上で伝えるのかと思うと、照れ臭いというか、何というか…改めてfeelingsの役割は興味深いなと感じる。


そして僕は今から"仲間への感謝"というfeelingsを表して終わろうかなと思っている。

正直本当に書くことこれしか思い付かなかった。

しかしながら、ここで僕が感謝を述べるのには未だに違和感が拭えない。早くないか?

feelingsで感謝を述べている人は軒並み「ア式やサッカーそのものをやり切った人」「トップチームで結果を残して次のステップを見据えつつもこれまでを顧みる人」のどちらかなのではないだろうか。


そして僕はまだそのどちらにも属していない。だから何か変な気がする。


「かけがえのない思い出」とか「恩師」って、巡り合ってからしばらく経たないと言わないでしょ。「いつかきっとエモくなる」んでしょ。



でもそこを敢えて感謝してみる(ケイスケホンダ風)


今パッと数えてみたら、弊部のプレーヤーとスタッフの比率は約3:1らしい(OB除いた大学生で計算すると)

つまり1人のスタッフが3人の選手を支えているという計算だ。

ちなみに2014年の日本は65歳以上の方1人を20〜64歳の方2.2人が支えている計算らしい。

高齢化が進み若者の負担が嘆かれる中、ア式のスタッフはその数倍タフに働いてくれるということだ。

という明らかな暴論(「俺を年寄り扱いするな!」って鶴さん怒らないで下さいそういうつもりじゃないです)はさて置き、選手の皆はこの比率に驚く人もいたのではないだろうか。

リーグ戦の審判に遣われたり、自分とは直接関係の無い業務連絡をチェックしてみたりする中で、自分が知らないところでスタッフの皆がこんなに働いているのか!と最近気付くことが増えた。


練習の時に「あれそういや最近グラウンドで見かけないな?」と思ってた彼女は都学連の業務に従事していたり、SNSに上げてる写真や動画を編集していたり。


LINEあみだで当たって(外れて)審判担当になった試合に向かうと、当たり前のように本部で朝から夕方まで責任者として仕事してくれてたり、そして先に「お疲れ様」を言われてしまうというね。


週末はトップチームのリーグ戦、準備で朝早かったり、応援後から練習まで中途半端に時間あって持て余したり、「渋い」という言葉で片付けてしまえば簡単なんだけど、

やっぱり応援するのは楽しい。中々勝てない中、「出てない俺には関係ないわ」って気持ちが全く0ではなかったけど、9日の学習院とのアウェー戦。

この日どれほど「ぶち」上がっTAKAを態々ここで言う必要はないと思う。

ただ一つ気付いたのは、大和さんが の集合後最初の台詞「応援も含めてよく戦った」についてだ。

試合のメンバーに入らない選手はホーム開催の場合は準備をし、アウェー開催の日は荷物を持ち、前後試合の審判を手伝い、勿論出る選手の応援をする。

正直最近はこちらの面しか見れてなかった。

ただ先述の言葉を聞いた時、一つ足りないことに気付いた。

「試合に出る選手は、『自分もこんな良い試合をしてチームに貢献できるようになりたい』って思ってもらえるように死力を尽くす」

中沖主将の時からずっと気になっていた「準備応援ありがとうございました」の一方的感、やっと解消した。対価がその「感謝する姿勢」だったのだ。


皆の前でそんな"姿勢"ができるように、僕らはトレーニングに励む。

トレーニングは当然上手くなるために行うものだ。だからミスに対しては互いに指摘し合って基準を上げていく必要があって、時には感情的に言い合うこともある。

実はこの雰囲気、最近まで馴染めなかった。別に緩くやるつもりでは無かったが、「ミスは0にはならないよ」「そこまで感情的になると互いの意識の擦り合わせできなくないか」などの正論がしばしば頭を過るが言葉にはできず、葛藤することもあった。

しかしコーチから環境を変える機会を頂いて、色々な気付きがあった。その中で一番興味深かったのは、

そのような感情的な指摘は大抵、「理性的に準備をしていないこと」に対して出されるものである。そのことを見落として、相手の「強め」の表現に萎縮したり、批判的になったりすると、大いにプレー基準が下がる。

ということだ。解りづらいので超簡単に言うと、「は?何だそのプレー?ふざけんなよ」と言われても、「すみません」「いや流石にお前のパスがズレ過ぎだろ」とか言うのは良くないって感じだ。

ちなみに僕の場合はやや前者よりだった。あからさまな謝罪はしないが、頭の中では「やべー…でも俺には難しいプレーだわ」ってなってた。

ただ、漸く解釈が変わった。

「いやお前ならもっとできるっしょ。これくらいやってくれ」

自分のプレーの基準を勝手に下げていたこと。周りがそれを引き上げようとしてくれていたこと。

気付くの遅過ぎん?と軽く嘲笑しつつ、皆俺より上手いし尚且つ自分にも同じ位要求してくれるとかすんげー。



締め切りまであと10分しかないので、ここで終わろう。


謎も仕掛けてないし、隠しメッセージも見つからないのでご了承下さい。

2年 佐田

2019年6月9日日曜日

The place where I can be myself

「〇〇ちゃんってさ、自分の長所ってどこだと思う?」
最近こんなことをバイト先の先輩に尋ねられた。が、しかし咄嗟に「長所なんてないです」と答えてしまった。別にこれは、日本人お得意の謙遜とかではなく、ただ単純に、本当にそう思うから。思えば私は、常に他人に対してどこか引け目を感じ、自信なさげに生きてきた。自分の存在がオンリーワンだなんて思ったこともないし、自分を必要としてくれる人やコミュニティを追い求めてきたと思う


そんな私が唯一自信が持てたことは、やっぱり勉強だった。高校時代までの話だが・・・。私の母校はいわゆる自称進学校で,
(失礼なこと言ってすみません、悪気は一切ないので後輩の皆さんはぜひ頑張ってください!)現役で東大に行くには学年で5本の指に入るぐらいの成績を取る必要があった。こんな私にもそんな時代があったことに自分でもびっくりしているが笑、確かに高校時代は勉強に自分の価値を見出すことが出来たと思う。だから実は受験期は辛かったというより、充実していたという感覚の方が大きい。(完全な東大生イキリみたいなことばっかり言ってすみません笑、そろそろサッカーの話をします!)


でも、実際東大に入学してみると、ただ勉強ができるだけでなく+αで何か持っている人の方が多いことに気付いた。それに、想像も出来ないくらいめちゃくちゃ頭が良い人もたくさんいるし、数学の時間には私からしたら意味が分からないような話で盛り上がる同クラはいるし、授業に行けばほぼ男子校状態だし(理1だから)・・・。正直、なんだこの大学!?と思った。(途中からただの愚痴になってしまいました笑)
勉強に価値を見出していた私は、そんな感じでどんどん自信が無くなってしまった。燃え尽き症候群とはまさにこのことかと思った。


だけど、そんな中で辛うじてたったひとつ、誇れる事ができた。それはア式蹴球部女子に所属し、真摯にサッカーに取り組んでいる事だ。
大学生活は、単位さえ取っておけばあとは自由に遊び呆けることもできる。というか大半の大学生はそっちを選ぶだろうし、自分も高校生の時なんかはそんな姿をイメージしていた。でも、私はあえて部活という道を選んだ。そして経験者が多いサッカーというスポーツをわざわざ選んだ。週4の練習にも参加している。三日坊主だった私が、早1年もサッカーに真面目に取り組んでいる。
上手いか下手かは置いといて、それだけでも誇らしいのではないかと最近になって思えるようになった。


ア式女子は少人数だからこそ、1人1人の個性を尊重する様な部活だ。誰かが欠けたら、簡単には補填出来ない。とにかく必要とされているんだと皆が感じることができる。だから皆その分一所懸命になる。私はここで自分の価値を見出すことが出来た。やっと居場所が見つかった。


冒頭に書いたバイト先での会話には、実は続きがある。
「何にもないことはないでしょ笑」先輩が苦笑いする。
「あー、じゃあサッカーですかね。まだ始めたばっかりなので下手くそですが・・・」またしても自信なさげに私はこう言った。


もっともっと練習して、もっともっと上手くなって、もっともっと後輩たちから尊敬してもらえるようになった時、
そんな時がいつか来たら胸を張ってこう言いたい。


「自分の長所はサッカーです!」



最近アイスを1日1本までと決めましたが、昨日3本食べました。
女子部2年 吉松 彩

2019年6月3日月曜日

東大までの人なりに

突然ですが、みなさん「東大までの人」「東大からの人」って言葉知っていますか?
最近東大ブームが隆盛する中で、同時に週刊誌などで語られるようになった言葉です。最近は「東大だけの人」という言葉も出てきているようですが笑
そこで、週刊誌の記事を読んでみると

・「東大までの人」とは〝東大に入ったものの、東大生のレベルの高さや、試験や就活などの情報戦に敗れることで自身は特別じゃないと諦めて平凡な人生を歩む人〟
・「東大からの人」とは〝東大に入り、周囲の東大生や学習、研究環境に刺激を受けて自身の能力を伸ばすことで特別な人生を歩む人〟

といったところだと思います。
僕はこの記事を読んでみて、『なるほど、完全に自分は「東大までの人」なのだな』と納得している自分がいたのを覚えています。


ここで話は変わりますが僕の話を少ししたいと思います。完全な自分語りです、すいません。

 僕は宮城県の半分くらいジジババしかいないような片田舎に産まれ、幼い頃から友達をいじめて友達の家に親と一緒に謝りに行くような悪ガキで、自分は周りより勉強も運動もマシにできるし教師にも屈しない度胸もあると、小学校の頃はイキっていました。
 でも中学受験に失敗し、入学した私立中高一貫校でその鼻を折られます。その中学は、近場のヤンキー中学と喧嘩して職員会議が開かれたりするようなこともある一方で、少数ですがいわゆる天才や運動で全国上位みたいな人間も一部おり、その中で何事も中途半端で臆病だった自分は淘汰され、部活も退部、堕落した人間になっていきました。
 そんな中何かを変えたいと一念発起して勉強した僕は、運良く別な地方進学校に入学したものの、必死な思いで入学した高校でもまた鼻を折られます。僕の在学した高校には高いレベルでの文武両道を実現し、しかも人格的に優れた人間が数多くいて、ここでもまた「何もない自分って一体なんなんだ」と捻くれて1年生の頃は授業をサボりがちになりました。
 しかしやっぱり諦めが悪いもので「ダメダメな自分に何かがあることを示したい」という想いだけで死に物狂いで勉強した結果、運良く今に至ります。

このように僕は幼い頃から複数の事を一緒にできるような人間ではありませんでした。結局受験も、部活と両立して結果を出したことなど一度もなく、勉強だけに集中する環境が整い、ただ一つのことに対しての集中力が高かったから偶然乗り切れただけ。東大に入っても、ただでさえ高校時代より様々な面で周囲のレベルが高いのにも関わらず、今までと同じことの繰り返しで、一つのことでいっぱいいっぱいになり両立などできず、気づけば自分に対して諦めを抱く「東大までの人」になっていました。


さて、ここまで読んでくださった人は「この話部活関係なくね?」と思うでしょう。確かにサッカーに関しては全く関係がありません。しかし僕はここで今まで1年間続けてきたスタッフ業務についてこれと絡めて話したい。


ここまで1年間、例えばGM、例えばテクニカルと活動してきました。しかし正直言って全然部の助けになんかなってない、むしろ迷惑を掛けている自分がいます。色々挙げると
去年は、責任を負いたくないのが本心なのに、糸谷さんが全部やってくれるからと言って主務の補助をするだけ。
今年は新年早々やらかしてキャパって小言言われて落ち込んで、パニくって負担を由香ちゃんと新屋さんに投げた。2人も忙しいはずなのにそれでも助けてやってくれます、よく小言は言われますが笑
今年の3月には、新シーズン本当はスカウティング担当しなきゃないのに、自分の分析能力が足りず、またどうせできないとビビって逃げ出して今必死に分析してるスカウティング2人の負担を増やした。
GMの仕事もテクの仕事も相変わらず中途半端、の癖に失敗ばっかで尻拭いを周囲の人にさせてしまった。
本当にこの部にいることに意味なんかあるのか、と感じるのにはもう慣れました。


自分のプライベートの部分に目を向ければ
実家にお金なんてないのに、親に無理言って法律の勉強するために予備校に高いお金を払わせた。でも結局日々必死にこなすだけになり両立なんて全然できてない。帰省するたびに将来のことを考えて退部を勧められるのも最もです。ただでさえ、担当医師に持病で就活に影響が出る可能性があるって言われてるのに。今のままでは、目標である院試と公務員試験受けて合格するなんて夢のまた夢になりそうです。こんな自分が絶対打ちのめされるだろう就活に臨むのをできるだけ回避したいのに。焦りばかりの自分がいます。


周囲で一緒に運営に携わる人がめちゃくちゃ優秀だからこそ、多くの事を同時並行的に満足にこなせないこんな自分に嫌気がさして苦しくて涙を流す夜もありました。なんて情けなくて、虚しいんだろうと。自分なりに必死にやってるつもりになってるから尚更です。「東大になんか入らなきゃ良かった、東大じゃなきゃ自分の無力さをうまく隠せたかもしれないのに。」他の大学の方に失礼ですがこんな風に後悔したことも何度も何度もありました。

しかし、もう失敗をして後ろ向きになったままでいて何とかなってるのも今のうちです。もう代が変われば最高学年となり自分の尻拭いをしてくれる人、困った時に頼れる人なんかいません。そんな状況はすぐにやってきます。自分で失敗したとしても何とかできるようにならなければなりません。これから先の自分が部内でどのような役割になっていくのか全然見当もつかないし、将来もどうなるか全然分かりません。でも色々考えてもどうにもならないし、そうするくらいなら、必死にできることを探して自分でする方がおそらく数倍良いでしょう。でも結局人よりもできないことばかりかもしれないですが笑


今、他でスタッフ業務をしている人達は、こんな僕にとってはみんなとても優秀で眩しく映ります。そんなみんなでも時には悩むことだってあると思うし、辞めたくなることだってあると思います。その時は僕に何か話をしてくれたら嬉しいです。僕は昔から人の悩みを聞くことだけはうまいらしいので笑 



最後いつもと同じで訳が分からなくなってしまいましたが、「東大までの人」なりに失敗を繰り返しながらも努力して、以前出したFeelingsでも書きましたが〝笑って卒部できる〟ように踏ん張ってできることをやり切りたいと思います。以上



最近、大谷に借りた3月のライオンのせいで睡眠時間が減って授業に出れない

3年 佐藤洋平