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佐藤桃子(1年/staff/女子学院)  こんにちは。今春、ア式蹴球部女子部にスタッフとして入部した、一年生の佐藤桃子です。早いもので、入部してから3ヶ月が経ちました。 私にとってア式への入部は、予想外のことでした。中高6年間は文化部で過ごし、スポーツ観戦こそ好きなものの、スポーツに関わることは全くしてきませんでした。しかし、3月中旬に行われたア式主催の会で先輩方の優しさや全体的な雰囲気に惹かれ、スタッフの仕事にも興味が湧きました。サッカーのルールもわからなければ、運動部の大変さも知らないので、今更全く新しいことに挑戦するということが正直不安でした。ですがその後も新歓イベントに参加するうちに、先輩方も入部予定の同期も、何もわからない私を受け入れてくれるのだと感じ、入部を決意しました。 最初は、先輩スタッフの後ろについていってマーカーを置いたりボールを拾ったりするだけで、声出しもできずただ存在しているだけでした。また、週四回練習のある選手と違って週二回しか練習に行かないスタッフの私は、同期と仲良くなる機会も少ないため、部に馴染むのも遅れてしまいました。もっとチームに感情的な面で関わっていけるようになりなさいとコーチに言われ、その通りだと思いました。 それでも、普段の練習やちょうど行われていたWCを見ているうちに、段々とサッカーのことがわかってきました。また、先輩スタッフがどういう風に練習に関わっているか、観察してみました。そうしたら、練習の時にどこを見て、どういう声出しをすればいいのか、選手それぞれがどのような働きをしているのかわかるようになりました。また、同期とも段々と仲良くなり、仲間だという認識が強まっていきました。 そんな中迎えた双青戦では、いつもは一緒にふざけたりしている同期が必死に走る姿に心からの応援と力になりたいという気持ちが溢れ、また涙ぐんで勝利を喜ぶ先輩やそれをみて嬉しそうにする同期をみて、ア式に入部してみんなと同じ感情を共有することができて本当によかったと思いました。 まだまだ伸びしろだらけですが、入部から双青戦を通じて、やっとア式の一員になれたと感じました。そこまでの道のりも、たくさんの方の優しさがあったからこそのものでした。これからは私もチームの成長に貢献できるよう、さらに成長して、チームに対し積極的に関わっていきたいと思います。4年間、...

怪我なく4年間

古川真璃(1年/MF/渋谷教育学園渋谷高等学校)  はじめまして。 この度、ア式蹴球部女子部に入部しました、1年の古川真璃です。 私は中高で約4年間サッカー部に所属していました。中高生の頃から、練習試合などを通してア式女子部とは何度も関わる機会があり、その頃から大学でもサッカーを続けるならここに入りたいと思っていました。女子部の存在は、私が東大を目指した大きな理由の一つでもありました。 そんな私の中高でのサッカー生活を振り返ると、かなりの割合を占めていたのが怪我です。 入部して間もなく足の指を骨折し、それが治ったと思ったら今度は手首を骨折。その直後には左足首の靱帯を断裂して長期離脱し、さらに足の甲を疲労骨折しました。その間にも、サッカー部ではおなじみの捻挫を何度も繰り返しました。こうして並べてみると、我ながらよくこれだけ怪我をしたなと思います。 治って復帰したと思ったらまた離脱、ということも多く、入部していた4年間のうち、思うようにサッカーができなかった時間はかなり長かったように思います。だからこそ大学では、とにかく怪我なくサッカーをしたい、というのが密かな目標です。 一方で、大学で女子部に入ることは高校生の頃からほとんど決めていました。「東大に受かったら女子部でサッカーができる」ということは、受験勉強をする上でも大きなモチベーションになっていました。 そしてこの春、東大に入学し、そのまま女子部に入部しました。 実際に入って一緒にプレーするようになると、自分に足りないものを感じることも多く、まだまだできるようになりたいことばかりです。ずっと「ア式女子部に入る」ことを一つの目標にしてきましたが、入ってみれば当然そこがゴールではありませんでした。 同時に、自分とア式女子部との関わり方も変わりました。 中高生の頃の私にとって、女子部は外から見て「入りたい」と思うチームでした。でも、今は自分もその一員です。これまでは先輩方がつくってきたア式女子部を外から見ていましたが、これからは自分もこのチームをつくっていく側になります。 とはいえ、まだ入部したばかりなので、4年間でどうなりたいかを立派に語れるほど先のことは考えられていません。今は、ずっと入りたかったチームでサッカーができることを楽しみながら、自分にできることを少しずつ増やしていきたいです。そして4年間を通して、ピ...

充実した日々

 古川沙弥(1年/FW/渋谷教育学園渋谷高等学校) はじめまして、この度ア式蹴球部女子部に入部しました古川沙弥です。よろしくお願いします! 私は小学1年生からサッカーを始め、複数のチームでプレーしてきました。小学校3年生からはクラブチームに所属し、5年生でドイツに移住してからはドイツのクラブチームでプレーをしてました。日本のチームではずっとLWだった私は、ドイツのチームでディフェンスを担うことが増え、とても混乱していました。ディフェンス力が欠けていた上に、フィジカルやスピードでも劣っていた私はプレーがうまくいかずにたくさん悩みました。しかし、周りの選手のレベルが高く、様々なコツや動き方を吸収したことで大きく成長できたと思います。 日本に帰国してからも、どうしてもサッカーを続けたかったため、女子サッカー部がある高校に編入することができて本当によかったです。1番最初の練習体験ではポジションをきかれた際にDFではなくFWと希望で答えてしまいました。しかし、そのおかげで、それから私はトップという、今自分に最もふさわしいと考えるポジションに定着することができました。 東大ア式蹴球部女子部を知ることができたきっかけは組んでもらった練習試合でした。中学生の頃から複数回練習試合や交流会を開催していただき、大学でも部活でサッカーを続けたかった私はぜひア式蹴球部女子部に入りたいと思いました。 無事入部することができた今、4ヶ月ほど経ちましたが、環境に恵まれた練習を重ね、自身の成長を日々感じることができています。豊富な練習メニューには特に驚かされ、新しいメニューやアドバイスを頂く度に、プレーの幅が広がっているように感じ、とても楽しいです。 これからもチームの力になれるよう、頑張りますので応援よろしくお願い致します!

サッカーの楽しさ

岡田貴子 (1年/FW/渋谷教育学園渋谷高等学校) 今年度ア式蹴球部に入部しました、一年の岡田貴子です。 私がサッカーと出会ったのは、父の仕事の都合でアメリカに渡った小学2年生の時でした。 当時は英語が話せず、アメリカでの生活は不安ばかりでした。相手の言っていることが理解できず、自分の気持ちも伝えられないため、言葉を発しなければいけない場面が嫌になりました。 そんな時、両親が土曜日限定の女子サッカースクールへ連れて行ってくれました。そこでサッカーを始めたことは、私を大きく変えてくれました。サッカーをしている時間だけは言葉の壁がなくなったかのようで、ピッチの上では不思議と楽しくて仕方がありませんでした。シュートが決まった時の嬉しさや、ドリブルで相手を突破した瞬間の高揚感にすっかり魅了され、意思疎通ができないもどかしさから解放されたように感じました。話すのは下手でもピッチでは同級生と対等に渡り合えたことで、普段の生活でももっと人と話してみようと勇気が持てました。言葉の壁を超えて友達もでき、サッカーは私と周りをつないでくれる存在になりました。そして何より、私はサッカーが大好きになりました。 日本に帰国後、中学受験のために一度サッカーから離れましたが、中高で再開し、素晴らしい仲間に恵まれて約5年間楽しく続けることができました。そして次は大学という新しいステージで挑戦します。 私がこうして恵まれた環境でサッカーに打ち込めるのは、共に戦う仲間や、いつも支えてくださる周囲の方々のおかげであり、感謝の気持ちは決して忘れません。また、誰もが当たり前にサッカーができるわけではないということを忘れず一日一日を大切に過ごしていきたいです。 この4年間、チームの力となれるよう、そして自分自身も大きく成長できるよう全力で頑張ります。これからよろしくお願いいたします。

サッカーを楽しむ

 門脇佐希子(1年/DF/洗足学園高等学校) 今年度ア式蹴球部女子部に入部しました、門脇佐希子です。 私がサッカーをはじめたのは中1でサッカー部に入ってからでした。 手でボールを扱うスポーツとは違い、足でボールを自由に扱うことは難しく、その中でドリブルで相手をかわしたり、強いシュートを打ったりする先輩たちの姿に憧れました。優しく、熱心に教えてくださるコーチや、何があっても一緒に部活を続けたいと思える大切な同輩にも恵まれ、少しずつサッカーが大好きになっていきました。 一方で、私の学校は決して強いチームではなく、中学時代はほとんど試合に勝てませんでした。勝ったのは中1の時先輩に勝たせてもらった1試合だけ。10点差で負けることもあり、負けず嫌いだったので、負けるたびに悔しくて、正直サッカーが嫌いになったこともありました。グラウンドがない、練習時間が足りない、経験者にはかなわない、と言い訳はいくらでもできましたが、それ以上に負けることが悔しく、惨めでした。それでも、負けたままでは終われない、いつか絶対に勝ちたいという気持ちはずっと残っていました。 高校では人数不足からフットサルをするようになり、高校三年生の春に部活を引退した後もボールを蹴ることをやめられず、区のチームに入って練習を続けました。そこで初めてフットサルの戦術を学び、フットサルの奥深さや面白さにどんどん惹かれ、勉強中も気づけばフットサルのことを考えているほど夢中になっていました。 しかし、その三か月後、シュートの着地に失敗して前十字靭帯を断裂しました。 もう二度とサッカーができないかもしれないと思ったとき、初めて自分がどれほどサッカーを好きだったのかに気づきました。中学の時、あれだけ負け続けてなんでサッカーをやっているんだろうと思ったこともあったのに、やっぱり私はサッカーが好きで、負けたままでは終われないと思いました。 そこから一年間、リハビリと勉強に取り組みました。長いリハビリを通して、怪我をした人の気持ちやバリアフリーの大切さ、周囲の何気ない気遣いがどれほどありがたいものなのかも知ることができました。大きな怪我をしたことを簡単に「良かった」とは言えませんが、あの経験があったからこそ学べたこともたくさんありました。 そして今、再びサッカーができることを本当に嬉しく思っています。 この大学に入って、フルコ...

初心を忘れずに

 唐澤こゆり(1年/FW/湘南高校) こんにちは!この度ア式蹴球部女子部に入部しました、湘南高校出身、理科一類1年唐澤こゆりです。 念願のア式蹴球部に入部できてとても嬉しく思っています。サッカー部への想いと今の心境を書かせていただきます。 東大合格発表からここまでの5ヶ月はあっという間だった。先輩、同期とサッカーするのももうすっかり当たり前の日常となった。 でもよく考えたら、チームとしてのサッカーがしたいと10年ぐらい思っていたことがようやく実現したんだった。 私は小2ぐらいからサッカーが好きで、サッカーを知った時から直感でサッカーが好きだと思っていた。 小2でサッカースクールに入ったけど、始めて1、2年で家の都合で辞めることになった。それからはサッカーをする場所には巡り会えず、中高にも女子サッカー部はなかった。サッカー部以外の運動部には入りたくなかったから、中高はほぼ帰宅部だった。 高1の冬、父が、私がサッカーやりたいという気持ちを受け入れてくれて、父が指導してくれるようになった。父の仕事前の朝練や休日の練習を一緒にした。この頃から個サルや個サイチという個人で参加できるサッカープログラムにも週末に行くようになった。 大学こそは絶対に女子サッカー部に入りたかったから、志望校を東大にすると同時にア式女子に入ることを決めた。父は2人の練習中も東大女子サッカー部で活躍するぞ!と言ってくれていて、それを目指して練習していた。受験直前期はア式女子の新歓PVを聞いてモチベーションを上げていた。 こうして東大受験も乗り越え入部することができたわけだが、初練習から4ヶ月ほど経った今の心境を書いておこうと思う。 東大ア式女子は初心者が多いと聞いていたが、実際練習に参加してみるとみんなうまくて、みんなサッカー愛が強いし、期待を裏切らない充実した環境だった。コーチや先輩はアドバイスをくれたり相談にのってくれるし、文京LBとの週二回の練習ではレベルの高い人たちとサッカーができる。言い出したらキリがないくらい恵まれた環境がある。東大の女子サッカー部を選んで本当に良かったと思う。ここなら自分次第でどこまででもうまくなれるし、うまくなりたいと思っている。 部活前後の先輩、同期との時間も好きだ。皆いい人ばかりで、とてもいい居場所だと感じている。 入部してから、自分のサッカーが思ったよりも通...

「なんで、私がLadiesに」

小林彩佳(3年/DF/横浜翠嵐高校) 女子部は文京LBレディースにも所属していて、初心者含め中高生から大人まで、幅広い年代の女性がサッカーを楽しむことを第一の目標とするSprouts(S)と、サッカーを続けてきた経験者中心で競技志向のLの、2つのチームに分かれています。  私は1,2年生の間はSに所属していましたが、3年になる今年はLに所属することにしました。大学からサッカーを始め、同期の中でも決して秀でているとは言えない私がなぜLに??と感じている部員もいるかもと思ったので、決断に至った理由を2つ、このfeelingsに綴らせていただこうと思います。  まず1つ目の理由は、Lで練習しているときの感覚によるものです。練習中SとLがごちゃ混ぜになることがしばしばあります。そのときは展開が早く、考えることがたくさんあり、緊張感を感じて、Sだけの練習とは別の楽しさがありました。身体的にも精神的にも疲労度が大きくなる分充実感もあり、もっとこの環境でプレーしたいなと感じました。  2つ目の理由は、体力があるうちに挑戦しようと思ったからです。1つ目の理由からいつかLに入りたいけど、もっと経験を積んでからの方がいいのかも、という考えもありました。しかし年々体力は衰えていて、部活を引退したら週4で練習することもなくなりもっと衰えるはず、若いうちに挑戦しないと!と思い、このタイミングでの所属変更を決めました。  つまるところ、Lに混ざるの楽しい!体力無くなる前に挑戦しよう!といった経緯です。あまりしっかりとした根拠をもたずに感覚で決断するタイプなので、内容の薄い文章になってしまい申し訳ありません()  Lでは試合に出ることはおろかベンチに入ることすら厳しいことは承知しています。ただ、試合を外から見て学べることもたくさんあると思うし、なにより上手な方たちと練習する中で多くのことを吸収して、成長する1年間にしたいです。部員のみなさま、未熟ですがどうか温かい目で見守ってください、、、  様々な経歴やモチベーションをもつ人が集いサッカーを楽しめる、このア式蹴球部と文京LBレディースという環境に出会えたことに感謝しています。そして、世代交代したり、メンバー構成や組織の形が変わったりしても、それぞれが楽しいと思える瞬間があって、居心地良く感じられる環境として続いていけるように、私なりに精一杯尽力...

怪我のないチームに改革!

 今頃私は筑波でサッカーをしているはずだったが、家で女子フィギュアのショートプログラムをゆったり見ながら編み物を嗜んでいる。優雅な休日。この前の練習で自爆して踵を強打した私は筑波に行くことができなかった。練習で怪我してからかれこれ四日、激痛が治らずひょこひょこしながらいろんな人に二度見されながらとてつもない遅いスピードで街を歩くのはなかなか恥ずかしい。 この痛みはまずいと思いながら病院に行き、4000円、そして二時間かけた結果ただの打撲。粉砕骨折とかしてなくて良かったけどちょっと拍子抜け。年に一度の筑波の遠征と4000円、病院の長い待ち時間、打撲の代償ちょっと大きすぎるかも。 そういえばサッカーを始めてから足の怪我は初めてだった。怪我の離脱がほとんどないことが自分の長所だと思っていただけに、自爆で怪我をしたのは悔しかった。 思い返すとうちのチームは怪我が多い、常に誰かは離脱していて一瞬全員揃ったと思ってもまた誰かが怪我をしてしまう。そして復帰がうまくいかない場合も多い。基本的に怪我をしたら見学というシステムをとっているためみんなボールを蹴りたくなってしまい完治する前に復帰してしまうのだ。本当に良くない、、、 そして人員がカツカツで、怪我をした後の対応が手薄になりがちなのも良くない、、、 去年私は保険係をやっており、完治前の復帰をなくしたいと思っていたがなかなかうまくいかなかった。怪我が癖になってしまい復帰にかなり時間がかかってしまった部員も少なくなかった。 そこで私は来年度はうちのチームの怪我減少、早期復帰を個人的な目標にしようと思う。feelingsはこんな目標を宣言するような場所ではないような気もするが、、ここに宣言します。私野村桃菜は来年度のチームの怪我減少、早期復帰に努めます。 去年の12月に代替わりをして執行代になってから、明らかに部活のことを考える時間が増えた。個人的には寂しい気もするが同期との何気ない会話も半分以上が部活の話になった。私たちの代は今、いかにして試合に勝つかというモチベーションで一丸となっている。もちろんその気持ちも大きいが、そのためにもチームメイト全員が完全な状態でプレーして、ポジション争いして、高め合える怪我のないチームになりたいと思う。 前保険係(もう引き継いでしまって学連担当になったけど、、、)としてチームメイトの状態に気...

静前夜?

平岡志帆(2年/DF/桜蔭学園高校) 電車の中で考えようとしては入眠、気づいたら渋谷、を毎日やっていて全然書き終わるどころか書き始めすら思い浮かばなくて、やっぱり座って机で書かなければならないと思いつつ、いや今絶賛法学部地獄のテスト期間なんだよなー、ゆなはなんて時期に私に回してくるのかなーとか思いながら、一旦記憶から消してたんですが、月一MTGの議事にfeelingsの催促があって、あこれ詰められるやばいと思って書いている次第です。(2/6追記:完全に忘れてました、本当にごめんなさい)(2/18追記 : 流石に出します。ほんとにすみません) feelingsは自分語りが許される一方で、これが全国公開されて未来永劫誰でも見れてしまうというもので、下手なことは書けないですが、いやでもここで表面的ないい子ちゃん文章を書くのも違うと思うので、今後何回か回ってくるであろうfeelingsでは、自分の中での決め事として、嘘(綺麗事?)は書かないことにします。 被害を食らったことがある人も多いかと思いますが、私はとにかく伝えたいことが多すぎる時、何も考えずに激長文を送りつける癖があります。その時には、自分の言いたいことが滝のように出てきてそれをそのままに書けるんです、これを果たして大衆の目に晒して良いのかとは思いますけど、この勢いで書く文章が一番自分に素直だと思うので、体裁は気にせず書こうと思います。支離滅裂ですが、その、一応の、保険です。 最初の入部feelings、あれ私なんかポエムっぽく終わってるんですが、私、もう少し書いてたんです、もう少し明るく綺麗に纏まる感じの!でもなぜか掲載されたのは後半削られていて、なんでかは分かりませんが、今となってはまあ、ぽいな、と思えるので良いのかな、と思っています。 ぽい、って大事だな、と最近思います。「見え方」とも言えるかも、でも「見え方」だけでは自分の中の、ぽい、は表現しきれてないので、ポイとしておきます(変換では最初にカタカナが出てくるので便宜上このままポイで行きます) 最近、他人の自分に対するポイを追求するあまり自分の軸が見えなくなる感じが多いなと感じていて、 私は基本的に自分の言葉とか、行動とか、活動の軸というか動機が他人にあるので、あまりそれが苦であるとはあまり思わないんですが、 他人は、自分にこのポイを求めているだろうから自分...

明日は明日の風が吹くかも!

鳥畑結奈(2年/スタッフ/ 豊島岡学園高校)   今年度、ア式女子でスタッフをやっている鳥畑結奈です。feelings、回してもらったのは12月だったのに気が付いたら年を越していました泣ごめんなさい懺悔 知っている人もいるかもですが、私は1年生の時プレイヤーをやっていて、もう一つ所属しているダンスサークル(FreeDというジャズダンスのサークルです~だけど私はジャズじゃなくて、R&Bという耳馴染みのないジャンルの虜です)とア式をどうにかして両立したいというわがままをチームのみんなが受け入れてくれた結果、今のスタッフというポジションにいます。皆の練習のお手伝いや試合の応援もできて、何よりア式を完全に辞めていたら会えなかったであろう後輩ちゃんたちと出会えて役得ポジションだな~と思う日々です。 実際にスタッフをしていて思ったことなどを書くか迷ったのですが、それは先のfeelingsにとっておこうかなという気持ちになったので、スタッフをやると決めたときのことを記録がてら振り返ってみようかなと思います。 大学生になって感じることは、正解のない決断が増えるということです。正解がないとは字面ではありきたりですが、実際に直面するととても難しい状況だと思います。ア式をどのように続けていくのか、あるいはFreeDに入るのかといった決断もまたそういった類のもので、すごく、というかそれまでの大学生活で一番悩みました! 様々な選択肢を検討したり、周りの人と話したりする中で出た結論は、どの選択に対して自分が最も強い覚悟を持てるかで最終的には決めるしかないな~ということでした。ここでいう覚悟とは、その決断が間違いではなかったといえるようにするための行動をとる、という自分との約束のようなものだと思ってください。 と、まあFreeDに入る/ア式にスタッフとして関わる、と最終的に決断した時は思っていたわけですが、実際に1年弱やってみた感想としては、「そんなに単純じゃなかった!」ということです! あくまでも私の意見なのですが、人生は自分以外の他者や環境による影響が大きすぎて、それらの前では自分の覚悟や決断といったことはとても些細でちっぽけなものだなという感想を抱きました。 周りの世界に心を開き、他者とつながることを繰り返す中で、はじめは独りでしたはずだった決断に、思いもよらない理由が乗っかってき...

頭が悪いんだ

梶本未來(3年/FW/豊島岡女子学園高校)  2025/10/21 いつも通り、家を出る時間から逆算してギリギリの起床。寝ぼけながらの身支度。昨晩作ったルーロー飯を、節約のためにと昼食として持っていく。水筒にお茶を急いで入れる。が、足りないので水道水でかさ増し。スマホに挿さった充電ケーブルをノールックで抜き取る。10分には家を出たかったところ17分に飛び出し。 最寄り駅まで自転車を飛ばす。道中、ズボンのポッケに入れていたスマホを落とし、時間を浪費。もう少しで横のドブ川にスマホが落ちそうだったため、ラッキーと安堵。最寄りに着くとドアの閉まる直前に乗りたい電車に飛び乗れた。階段を一緒に下った隣の男の子と、みごと一緒に電車へダイブイン成功。その動作のあまりのシンクロ度に、間違いなく双子の兄弟だと思われて恥ずかしい。 ドア付近で押し潰されながら、やっと落ち着けたと、スマホの画面をタップ。バッテリー残量あと10%の表示。家でうまくコードに挿せていなかったらしい。20%ならなんとかやり過ごすが、さすがにチャージスポットの初利用を検討。チャージスポットのアプリのインストールでバッテリーの2%消費。チャージスポットを使うにはQRコードを読み込んで登録する必要があるからバッテリーはこれ以上減らせない。チャージスポット関連の検索をあれこれしていたら、気づけば残量5%。 乗り換え駅に到着。いつもならギリギリで乗れない電車が1分遅れていたせいで乗れた。今日はラッキーな日だと浮き立つ。東大前駅で降りる直前、背負っていたリュックの横のチャックが全開なことに気づく。ファスナーを上げ、何事もなかったかのように降車。 授業開始の3分前に教室に到着。教室にはまだ学生3人。一番後ろの席を陣取る。授業開始時刻になってやっと人が増えだす。自分の隣に座ってきた人が、前回の授業で寝息を教室中に響き渡らせていた人だと気づき、今日は寝ないでくれよと祈る。授業中、見慣れない番号から電話がかかってきた。不審に思い、鳴り終えるのを待つ。数分後また同じ番号からの着信。バッテリーをこれ以上減らさないでくれと着信拒否。だがさすがに違和感を覚え、電話番号をタブレットで検索。浦和美園駅の固定電話の番号であった。 頭に?が浮かぶ。浦和美園といえば南北線の終着駅。まさかと思い、床に置いたリュックの中を漁る。財布が入っていない。...

脱能天気

 鈴木爽(3年/FW/洗足学園高校) Feelingsリレーが始まった。バトンをれねに渡されてから、何を書こうか考えながら今まで卒部していった先輩方のFeelingsを読み漁って感動する日々を送っていたら20日経ってしまった。 皆さんが部活をしながら感じていた思いの詰まった文章を読んでいると、普段から周りが色々なことを考え、悩んでいることを改めて実感する。それに比べて自分はどうだろうか。 去年卒部したある先輩に、「さやかって何考えてるかわかんないって思ってたけど実はあんま何も考えてないよね」と言われたことがある。本当にその通りなのだ。 何かが心の中で引っかかって考えすぎてしまうといった経験はほぼないし、嫌なことがあっても一晩寝たら悩みは和らぎ、また明日からがんばろうと立ち直っている。ポジティブと言ってしまえば聞こえがいいが、問題を根本的に解決しないまま前を向いてしまうという大きな欠点でもあると自分では思う。 今年4月、今まで大きな背中を見せてくれていた3人の先輩がぱっといなくなり、気づいたら3年生にして最高学年になった。授業の方では駒場生活とは打って変わって、進振り先での実験が本格的に始まった。 部活にかける時間、プレーのことを考える時間が減っていった。貴重な火曜のア式練に必修の授業で遅刻するようになった。同じことをできるようになるのに人の何倍も時間がかかる自分は、ほんとは3倍も4倍も練習しなきゃいけないのに。同期が自主練で残る中、レポートを言い訳に帰った日もあった。みんなはどんどん上手くなっていった。自分は取り残されていた。 そんなんで迎えた双青戦、いいプレーができるはずがなかった。初めて試合で泣いた。 このままじゃだめだ、変われない、置いてかれるという違和感はずっとあった。いくらでも出来ることなんてあったのに、色んなことを言い訳にして変わろうとしなかった。自分の悪いところが出たと思った。 もちろん試合の結果も悔しかったけど、それ以前に自分の不甲斐なさにがっかりした。 オフに入り、入部以来初めて自分の部活への向き合い方について長期間考えを巡らせた。変わらなければいけないけど、あと1年半で自分にできるのか不安になり、退部という選択肢も正直浮かんだ。 だけど、双青戦後に泣いてる自分に前向きな言葉をかけてくれた同期をこれ以上失望させたくなかったし、ここで諦めたら...

追いつきそうにない

  永田怜音(3年/FW/浜松北高校) 人生は自分が選んだ道を正解にしていくことだと誰かが言った。 今の自分が歩んでいる道は不正解であり、歩を進めるたびにそれは不正解であると裏付けられていく。   小学生の時車の中で、「サッカー習いたいんだよね」と母に言った 「うーん、女の子はサッカー難しいんじゃない」 基本やってみたらいいんじゃないと何でも肯定してくれる母が渋い反応をした 幼い頃特有の鋭い勘のようなものが、これは NO であると感知していた。 世の中を覆う黒いものに立ち向かうための勇気の大きさを母は知っていたんだろう。 今思えば、自分がもっともっと本気でやりたいんだと伝えられていたら、結果は変わっていたのかもしれない。   だけど、それ以上懇願して否定されたら 自分の大好きなサッカーがもうできないという決定打を、 扉を、完全に閉ざされてしまう気がして、 サッカーが汚れてしまう気がして、 言われるくらいなら、 傷がつかないままそっと置いといてしまった方がいい 知らないうちに忘れてしまう方がいい と思った     それ以降口にすることができなかった。 どうでもいいことには何でも言えるのに、 好きなものこそ、本当に必要なことこそ、あと一歩が出ないちっぽけな人間だ   その時に涙を流すこともできず自分の心の奥底に埋葬した想いに、 どうにか報いてやりたいと思って、今サッカーをしている   文京の L の人たちを見ていると時々思うことがある。 「もし、あの時もう少し自分が強くて、サッカーを始めていたなら あのくらい上手くなれていたんだろうな」   タイムスリップで戻れるとしたら、絶対その地点に戻ってやり直したい。 私の人生は、確実にあの地点で分岐した。 サッカーを始める方を選んだ人生と、選べなかった今の人生。 自分のライバルは小学生からサッカーを始めていた自分である。   今を正解にするには、そのもう 1 人の私よりもサッカーを上手くなることにしかない。 だから今は不正解なのである。そして今の努力量では到底追いつくことができない。 1 年生の頃は自分はなんだってできるんだと信じることができた。 3 年になって現実を見てしまうようになり、 4 年の最終節の自分像がどんどん悪いものになっていっ...

ア式入部

N.E ア式に入ってから約ニヵ月が経ちました。やっと人見知りもおさまってきて、少しずつ本性?が出てきてしまっています。 フィーリングの存在をすっかり忘れていて、締め切り日の夜に焦って書いています。(たぶんほとんどの一年生も) 何を書くべきか分からないので、今のところの気持ちを書いておきます。  サッカーは未経験ですが、大学では「これをやった」と自信を持って言えるものが欲しくてア式に入りました。雰囲気も温かく、初心者が多めで運動音痴な自分でもやっていけそうと思ったのも、入部を決めた大きな理由です。まだまだ下手くそですが、水泳で培った持久力や、体操で身につけた柔軟性など、これまでの経験が意外とサッカーにも生かせると感じています。たとえば、転んでも自然と受け身が取れて怪我をしにくかったりするのは自分の強みにできるところだと思っています。これからサッカーの技術を学んで、一人前のプレイヤーになり、そうした強みももっと発揮できるようになりたいです。 これから四年間お願いします! 最後に友達と考えた一句。 目指すのは 白くて上手い プレイヤー

楽しくプレーしたい

谷口藍優(1年/DF/筑波大学附属高校) はじめまして!この度、ア式蹴球部女子部に入部しました谷口藍優です。これからよろしくお願いします。 私は、高校でフットサル部に所属していたため、大学でもボールを蹴り続けたいと思っていました。最初は大学で運動部に入るつもりは全くなく、サークルでフットサルをやろうとばかり考えていました。 「楽しくプレーできればいい」 ただそれだけでした。しかし、高校時代にア式女子開催していた高校生大会のお誘いを受けたことがあり、ア式蹴球部女子部の存在自体は前々から知っていたため、とりあえず新歓には行ってみようと駒場練に参加しました。火曜日の駒場練は、私にとって初めての夜の練習。初めてのサッカー。初めて出会う先輩方。初めてだらけの練習だったけど、とっても楽しくて、先輩方がみーーーんな優しくてすっっごく惹かれました。でもまだ入部する不安もたくさんありました。 当時、私は五月祭クラス代表として膨大な量の仕事に追われ、新歓巡りも疎かになっていたほどで、このまま部活に入ってしまって大丈夫なのだろうかということ。高校時代も私はボールを蹴ってきたのは事実だけど、私がやっていたのはあくまでフットサル。ただでさえ運動神経は良い方ではないのに、こんな広いコートで、こんなに跳ねるボールで、私は本当にプレーができるのだろうかということ。 ここで考えたのが、ずっと思っていた「楽しくプレーしたい」ということでした。そのためには「上手くなること」が一つのポイントだと気づきました。上手くなるほど、自分の上達を感じるほど、もっともっと楽しくなる。じゃあやっぱりア式に入って、素敵な先輩方と練習に励むのが1番なんじゃないかと。高校時代だって、部活に受験勉強に文化祭責任者にと全部両立してきたんだから、大学でも両立できるだろうと。もちろん辛くなることもあるだろうし、夏なんて部活開始前は毎日ちょっと憂鬱だろうけど(私は本当に本当に暑いのが苦手で大嫌いなんです…)そんなのは全部わかってるけど、こんなに素敵な部活、絶対入ったことは後悔しないはずだと確信しました。やってやろうじゃないか。そう私が決断した瞬間でした。 入部して、3ヶ月。大好きな先輩方と大好きな同期に恵まれ、本当にこの環境に巡り会えたことに感謝でいっぱいです。とっても楽しいです。(提出期限大幅に遅れ、合宿後に書いていますが、合宿もと...

再びピッチに立つ日まで

後藤鞠子(1年/MF/立教女子学院高校) この度、ア式蹴球部女子部に入部しました、後藤鞠子です。 入部から約2か月経った今の思いをここに綴らせて頂きます。 正直なところ、私のア式デビューはほろ苦いものでした。この2か月、ピッチに立った記憶はほとんどなく、先週コーチにも「お前がボールを蹴っているところを見たことがない」と言われた始末です。中学生時代のクラブチームでプレーして以来、およそ5年ぶりのサッカー生活に意気込んでいた自分をここまで悩ませたのは、怪我でした。肉離れ等で長期離脱を余儀なくされ、練習に参加できない日が続きました。残念なことに、私の怪我は1回で終わらず、1つ怪我を治したら、また違う部位を怪我して、それを治したらまた違う部位を怪我して、、、と終わらない負のループに陥ってしまいました。いつしか見学キャラが定着してしまい、部活に行く度に先輩や同期から私服でいることをいじられるようになりました。部員と仲が深まった嬉しさを感じつつも、練習着で芝生を駆け巡る部員の楽しそうな姿に唇をかみしめる日々でした。球拾いをしながら、ボールを足ではなく手で拾っている自分の不甲斐無さに悔しさを覚え、芝生がぼやける日も何度もありました。練習の帰り道、自身の汗臭さに文句を言う友達の横で、何も汚れていない自分の体が情けなく感じられました。私は今、何をしているんだろう――そんな疑問を自分に投げかけた回数は、数えきれません。 いつも通り、芝生の外で部員の姿をぼんやり眺める私に対して、キャプテンがかけてくださった言葉があります。 「ピッチの外だからこそわかることってあるよね。」 簡単で短い言葉でしたが、それを聞いた時、心の中の黒いもやみたいなどうしようもない苦しさがすーーっと消えていくような感覚でした。プレーできないもどかしさと練習に置いて行かれている自覚によって来る焦燥感から、自分を責め続けていた私の存在価値をつなぎとめてくれたような、ここにいていいんだよと認めてもらったような、そんなあたたかい言葉でした。プレーできない分、外から俯瞰で全体像を捉え、個人と全体のバランスからプレーの最適解を模索し、実際に自分がその場に立った時のシミュレーションを繰り返す。キャプテンの言葉が具体的に何を指していたのかはわかりませんが、自分なりに出したこの答えを全うしたいです。また、これからもその答えを見つける努...

ビブじゃん負けても試合は負けない

田中希莉子(1年/MF/金光学園高校)  初めまして。この春、ア式蹴球部女子に入部しました田中希莉子です。よろしくお願いします。 なぜア式に入部したのかと聞かれると「運動部に入りたかったから」と答える。東大には他にも女 子の運動部はあるが、私はア式以外の新歓には一度も行っていない。東大に合格したその日に ア式への入部はほぼ心の中で決めていた。いや、東大ア式の存在を知った日から決めていた。 私は幼稚園児のころから体を動かすことが好きだった。シャトルランや縄跳びなど持久力が問わ れる競技が好きで、小学校では放課後にあった陸上や水泳の特別練習には毎回参加し、中高で もロードレース上位に入るなど体力には自信があった。浪人中も寮に愛用の縄跳びを持ち込 んでいた。 だから大学に入学したらとにかく運動部に所属したいとずっと思っていた。 そのため、浪人時代 に見つけた東大ア式蹴球部女子の存在 、勉強がきらいなのに勉強しかすることない私に とって、厳しくつらい一年間の光だった。しかも名前が「ア式」というの がかっこいい。上野動物園 の年間パスポートを買ってパンダを見に行くという目標に加え、ア式に入部し思いっきり運動に打 ち込む、という目標もでき、現役時にしたことがないほど毎日勉強し無事に受験を終えた。 新歓に参加するため上京日を早め、体験練習一回目で入部を宣言した。 だが、体育の授業のお 遊びのようなサッカーしかしたことがなかったため、ポジションもルールもあまり分かっていなかっ た。三月にいち早く入部していた同期は経験者。わたしはサッカー経験者でもなければ中高時代は 帰宅部。そんな自分がやっていけるかちょっと不安になりながら入部した。が、今では経験・ 未経験に関わらずに目標に向かって楽しくプレイする同期が7人もいるのでとても心強い。 私は自分の思ったことを相手に面と向かって伝えるのがあまり得意ではない。部活の中でアドバ イスをもらおうと先輩たちに積極的に聞くことも、同期にこうしてほしいと伝えることも躊躇すること がある。だが声をかけてアドバイスをくれるコーチや先輩、同期の仲間がいる。チームスポーツに 取り組む人として、部活を通して自分からも発信できるよう成長していきたい。 また勉強が得意で ない私はたぶん人より勉強に時間がかかる。だから試験期間の勉強と部活...

挑戦

  藤城梓紗(1年/DF/桜蔭高校) 大学に入ったら、何か新しいスポーツをやろうとずっと考えていた。 一つの競技に本気で打ち込める最後のチャンスだと思ったからだ。   新歓期。 東大には魅力的な運動部がたくさんある。私自身、いくつかの部活の体験に行き、先輩方の話を聞いて、何度も悩んだ。 その中で私がア式を選んだのは、体験練習で感じたサッカーの難しさ、そして先輩方のあたたかい雰囲気に強く惹かれたからだ。 家族でよくサッカー観戦をするため、身近に感じていたのもあるかもしれない。サッカーをやってみたいという思いが、大学で叶うとは思わなかった。   入部してから約3か月経った。 DFをやる、やりたいと心に決めたのはいいものの、最初に感じた難しさは消えることなく、なんとか部活についていっている日々。 分からないことだらけ。できないことだらけ。 それでも、先輩やコーチ、文京lbの方々にアドバイスをいただきながら、サッカーを少しずつ知る毎日が、本当に楽しい。 教わったことを吸収して、いいプレーができるようになりたいと思う。   そして4年後には、 入部してよかったと思ってもらえるような選手になるために。 全力で頑張ります。 これからよろしくお願いします。    

新世界

吉川真央(1年/MF/洗足学園高校) 初めまして。 この度ア式蹴球部女子に入部しました、吉川真央です。 入部してから約3ヶ月が経過して、気づけば、腕は日焼けの跡が分かるほどに黒くなり、サッカーをする日々が当たり前になってきました。 私はこれまで、水泳やスカッシュといった個人競技ばかりに打ち込んできました。そんなチームスポーツとは無縁の人生を送っていたからこそ、ア式での最初の練習試合では、どこまで味方を頼っていいのか分からず、後先を考えずに走り続け、あっという間に体力が尽きてしまいました。 練習を重ねる中で、自分が走るべき瞬間とそうでない瞬間の見極めが、ほんの少しずつできるようになってきましたが、味方と共に戦う心強さを感じると同時に、自分の判断や一つのミスがチーム全体に大きく影響してしまう責任の大きさも痛感しています。 今はとにかく、少しでも早くチームの勝利に貢献できるように、サッカーが上手くなりたいという気持ちでいっぱいです。 また、良くも悪くも常に一人で試合に臨んでいたこれまでとは異なり、仲間と協力して共に戦うこの世界に飛び込んだことで、今までの人生では得られなかったものを何か手に入れられるのではないかと期待をしています。 中高5年間の部活動はあっという間に終わりました。おそらくア式での4年間もあっという間でしょう。 その4年間でどんな経験をして、どんな感情を抱くのか、 今の私にはまだ分かりません。 ですが、サッカープレイヤーとしても人間としても成長して、「ア式に入ってよかった」と心から思えるような意義ある4年間に自らしていきたいと思います。 素晴らしい環境でサッカーに打ち込めることへの感謝を忘れず、日々の練習を精一杯取り組んでいきます。 これからどうぞよろしくお願い致します。

サッカーをもう一度

島田彩(1年/FW/滝高校) 中学生のときにサッカー部に1年間だけ所属していました。ボールを追いかける時間は本当に楽しくて、汗をかいた後の爽快感が大好きでした。でも、転校をきっかけにサッカーから離れることになり、高校では部活でサッカーを続けることができませんでした。それでも、「サッカーをもう一度やりたいな」という気持ちが心のどこかに残っていました。 東大に入学してから、さまざまなサークルや部活の情報を見ている中で、女子サッカー部の存在を知りました。最初は、自分が入っていい場所なのか少し不安でした。中学以来まったくプレーしていなかったし、そもそも当時も1年しか経験がなかったからです。でも、「サッカーが好き」という気持ちだけは今も変わらずあったし、大学生活の中で何か打ち込めるものが欲しかったので、思いきって入部を決めました。 実際に部に入ってみると、想像以上にあたたかくて居心地のいい場所でした。先輩たちは優しくて頼りがいがあり、同期たちともすぐに打ち解けることができました。経験者も初心者も、それぞれのペースで楽しくサッカーに取り組んでいて、技術の有無に関係なく全員が大切な一員として受け入れられていると感じました。この雰囲気が、私にとっては本当に心地よくて、週4回かの練習が、今ではすっかり生活の一部になっています。 練習ではもちろんうまくいかないこともあります。でも、ボールを蹴って走っているだけで、自然と前向きな気持ちになれるし、頭の中がスッキリします。大学生活では勉強や課題に追われることも多いけれど、サッカーをしている時間はそんなことを忘れて、思いっきり体を動かせる貴重なリフレッシュの時間です。練習後にみんなで笑いながら話しているとき、この部活に入って本当によかったなと思います。 これからも少しずつ、自分なりに技術を身につけていきたいし、チームの一員としてもっと貢献できるようになりたいです。そして何より、サッカーを「楽しい」と思えるこの気持ちを大切にしながら、仲間たちと一緒に成長していきたいと思っています。