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今思うこと

こんばんは。2年の真鍋です。もう締め切りを過ぎてしまっており、また、いま考えてることをバーっと書くのはめちゃfeelings に適してるなという考えで練習試合の帰りの電車の中でこのfeelingsを書いています。今日の試合は0-4 で負けて、あーまた何もできひんかったな、と悶々としています。ですが、考えてみればほぼ毎週、いやなんなら毎日の練習のあとにもかなりの確率でおんなじことを思ってるな、と。で何回も何回も毎日失敗してこのままじゃいけないと思ってるのに結局変われずにうじゃうじゃしてる。どうせまた寝て起きて練習行くときにはこの悶々とした気持ち忘れてヘラヘラ練習して、うまくできんかったって言うんやろうな。

急に話が変わりますが、自分は寮に住んでいて、自粛期間中に寮の人と一緒に器具を買ってベンチプレスとか筋トレをしてました。もともと筋トレやってたので最初はみんなよりちょっと出来てたんですが、その内僕がちょっとやる気でなかったり、みんながやる時間と合わなくてサボっている内に、全然小さくって、最初は腹筋すらまともに出来なかったやつに追い抜かされてしまい、他の人との差も全然なくなってしまいました。ちなみにそいつは160cmくらいやのに80kgのベンチ挙げてます。だから何が言いたいのかというと、普通のこと言うなよって思われるでしょうけど「継続は力」なりなんやな、ってことです。いや普通のこと言うな!!正しい努力を継続してたら成長できるし、逆にそれをしなければ成長できないっていう単純なルールがあらゆることに当てはまるんだろうなと思います。

そう考えて自分の行動を振り返ると、何もできひんかったな、っていう悶々とした気持ちを持っているのに、結局行動はあまり変わらず、だから当然結果も変わらないまま毎日同じことを繰り返しているな、と思います。何にしたって何かをやることはめんどくさいことやし、究極部屋でゴロゴロしてテレビとかを見る生活はめんどくさくなく、意識したり強制されたりしなければそういう方向にどんどん引きずり込まれていくでしょう。特に自分は意思が弱いので自粛期間の生活の流れで家でダラダラする時間がめちゃ増えたりしています。
でも、僕は、高校まででちゃんとサッカーやり切ったという感覚が持てず、今度こそは本気でやり切りたいという思いでア式に入りました。今の感じで中途半端に部活してても結局何も得…

脱・卒なく

入部してから約1年半が経とうとしている中、初めてのfeelingsが回ってきた。自粛期間に主将のfeelingsを読んで、自分が足りないものにちゃんと向き合い、行動に移せていなかったこと、そしてサッカーのない自分が、日々がどれだけ薄っぺらくて空虚なものなのかを痛感した。自粛期間から今までに感じたことを拙い文章ですが書きました。


都内の新型コロナウイルス感染者数は減少傾向にあり、多くの方々の尽力のおかげで都リーグが開催されることとなった。しかしながら、育成チームにいる自分はリーグ戦のピッチ上にもベンチにも居場所はない。リーグ戦に絡めるレベルまで達していないのが現状である。公式戦で闘える選手になるべく、弱点を無くし、武器を伸ばしていくために努力しなければならない。
自分とトップの選手の差を大きくしているのはウィングに最も求められる個の力だと思っている。短い期間だったがAにいた頃、武器だと思っていた攻撃でも違いを生み出せないことを実感したし、弱点である守備でも大きな差を感じた。その後は、穴埋め要員としてAの練習に混ぜてもらったこともあったが行動を変えられた訳でもなく、通用しないことに変わりはなかった。



自粛中、色々と考えることがあった。自分にとってサッカーとは何か、このままサッカーばかりやっていていいのか、将来何をしたいのか。サッカーのない生活を送る中で自分の空っぽさにも気付かされた。

でもやっぱりサッカーが好きだ。夢中になれること、真剣勝負ができる環境があることは人生においてとても大切だと思う。だからこれからもア式でサッカーを本気でやって行こうと決心した。




自粛期間中、自分の弱点は何なのか、自分の武器は何なのか改めて考えることができた。Aに上がるために、そして公式戦で闘うために、Aの選手と自分との差を大きなものとしている個の力を改善しなければならない。

守備では、かけるべきではない時にプレスをかけて穴を開けてしまうこと、一発で行ってしまい簡単に躱されること、主体的にプレスをかけ始められないこと、抜かれることを恐れて相手に圧がかかっていないこと。

これらの課題はどのポジションであっても改善しなければいけないことだと思う。
でもそれ以上にウィングというポジションである以上、世界のトッププレーヤー達がそうであるように質的優位をもたらせる選手であることが必要不可欠だ。



しかし現状、自分はトップ…

夏の終わりを告げるような微温い風とともに、

微温いよりも冷やっこいという形容が適切であろう風が吹く頃合いとなってきた。夏の終わりを通り過ぎ、秋がやってきた感じがする。秋は最も好きな季節だ。ちょっと涼しいぐらいがサッカーには丁度いいからというのもあるが、それだけではない。まず秋は食べ物がおいしい。柿と梨は果物界の私的2トップだし、秋刀魚、鮭、薩摩芋、南瓜なんかも旨い。他には、服装に無頓着な私だが秋服だけはちょっぴり好きだ。今年に限っては大学に行くことも少ないだろうし着る機会も減るだろうが。そして何より秋は紅葉が綺麗だ。都の木だからと銀杏が色づく様を目にすることが近年は多いが、やはり槭や椛が真っ赤に染まる景色を見ると心にすとんと落ち着く感じがする。名は体を表す、もとい、名は原風景を形作るといったところか。かつて自分の名の由来を両親に尋ねたところ、誕生時期に槭が紅葉していたからだと答えられたのを今でも覚えている。聞いた当時は安直だなと思いはしたが、当の本人は自分の名を非常に気に入っているため、結果オーライなのかもしれない。ということで、私の呼び名にまだ迷っている一年生がもしいれば、名前で呼んでもらえれば私はとても嬉しい。どうぞよろしく。



最近、自分のプレーが少しずつ良くなっている感覚がある。拓夢は早々にAチームに上がったし、育成内でも隆汰が好プレーを披露しており、同じポジションの新入部員には上手なやつが多かった。育成チームでの全体練習が始まった当初はB2チームに振り分けられたが、過去二年のB2カテゴリの沈み方を知っているが故の一抹の不安を抱えつつも、変に焦ったり落ち込んだりすることはなかった。それは、一種の諦めや開き直りの類によるもので、一般的にはあまり褒められたことではないとは思うが、結果的に今の自分には良い方向に働いたのだと思う。もしかしたら参考になるかもしれないので、書き残しておこうと思う。


再開後、自分でどうにかしようとするのをやめた。自分が下手なことも、自分の能力ではピッチ上の問題を解決できないことも、二年間で嫌というほど思い知らされたから。なにか問題が発生した時、弱点が露呈した時、自分の能力を伸ばすことで解決しようという気はもう無い。皆無というと流石に嘘になるが、基本的には無い。自分よりも優秀なチームメイトが隣にいるのに自分でどうにかしようとするのはあまりに馬鹿げていると言うほかない、と開き直った。1対1…