2019年2月17日日曜日

原点回帰

あの時からちょうど1年が過ぎようとしている。

毎日朝8時から夜の11時くらいまで、ひたすら机に向かって猛勉強。部活を他の人よりも長めにやっていた自分は受かるか受からないかギリギリのラインで、一秒たりとも時間を無駄にすることはできなかった。そんな中で最後まで諦めることなく勉強を続けることができたのは、東大に合格した先に待っているであろう楽しい大学生活のおかげあった。それは友達と遊ぶことや、大学で学ぶことに対する期待でもあったが、それよりも大きなウェイトを占めていたのは大学サッカーに対する期待だった。幼稚園からサッカーを始め、小中高とほぼ毎日ボールを蹴り続けていたのでサッカーを欠いた生活は考えられなかった。絶対に合格してまた真剣勝負をしたい。




なんとか合格することができた自分は、大きな希望と期待を持って目標としていたア式蹴球部に入部した。いざア式に入部してみると大学サッカー生活は良い意味で予想を裏切るものだった。キーパーから丁寧にパスをつないで相手を剥がしていき相手ゴールを目指す、というア式のサッカーはこれまでに自分がやったことのないサッカーだった。今まで以上に頭を使ってサッカーをすることが求められたし、自分がやってきたサッカーと違った部分も多かったので、最初は戸惑ってばかりだったように思える。しかし、それ以上に楽しかった。大学生にして、より高度で魅力のあるサッカーに出会うことができたし、サッカーの楽しさを新たに発見することができた。また、ア式蹴球部には全国各地から様々な経歴を持って、これまで全く違った環境や考え方でサッカーをしてきた人が集まっており、そういった仲間たちと共に新たなサッカーを作り上げていくということも魅力であった。もちろんそれぞれが様々なバックグランドを持っていて考えが合わなかったり連携が取れなかったりすることもあったが、そういう難しい部分も含めて課題を解決して試合に勝とうとする取り組みは純粋に楽しかった。


そんな中で、早くAチームに上がって公式戦に絡んでいきたいという気持ちももちろんあった。6月くらいにAチームで自分のポジションにけが人が出たこともあって、運よくAチームに上がるチャンスがやってきた。Aチームで活躍して試合に出たいという目標も持っていたし、不安を抱きながらも、自分ならできると思いつつ練習へ向かった。しかし、正直に言ってレベルが違った。自分はまだAチームでやっていけるだけのレベルに達していなかった。当然練習ではミスしてばかりで周りの先輩に迷惑をかけてしまっていた。上手くなろうとすることではなく、常にミスを避けることで頭がいっぱいになっていた。この頃はビビってばっかで全くサッカーを楽しむことができていなかった。試合に出ることもできずにその後約1ヶ月で育成に逆戻り。それからはもう一度Aチームに上がって通用するのに十分な力をつけようと、より考えて練習や試合に向き合うように意識した。ただ、この頃育成チームは全く勝つことができなかったし、自分自身も成長しているという実感を持つことができなかった。気づけばあっという間に夏休みが終わり、後期のリーグ戦も自分は全く絡むこともなくチームは優勝で幕を閉じた。やっぱり自分はまだ力が足りていない。



リーグ戦が終わり、4年生が抜けて新チームが始動した。新チームの始動は今まで主力だった4年生が一気にチームを去り、新しい競争も始まるのでAチームに上がるチャンスでもあった。このチャンスを逃したくはないと、一つ一つの練習試合でミスをしないということよりも自分の良さを出していくことを考えてトライ&エラーを繰り返した。その甲斐もあって11月の終わり頃に運よくAチームに上がることができた。前回Aチームでやった時よりは確実にレベルアップしているはず。そう自分に言い聞かせて、自信を持ちつつ謙虚に毎日の練習に取り組んでいくことを意識した。まだまだ下手で、もっともっとうまくなりたい。上手くなるためには練習からもっと「質」を上げていかなければならないと思う。一本一本のパスやボールの持ち方など技術の部分の質。どのようなプレーを選択するのかという判断の質。戦術的なことを理解し、それを絶え間なく流れる試合の中の状況に当てはめて考える頭の部分の質。あらゆる部分における質をもう2段階くらい上げていかないと1部リーグで通用する選手にはなれないと思う。


そしてもう一つ、一番大事なことをこの一年で忘れかけてしまっていたような気がする。



サッカーを楽しむこと。



勝負や自分の成長のことを考えるあまり、入部したての頃の受験から解放されて純粋にサッカーを楽しんでいた感覚を忘れかけてしまっているような気がする。もちろん自分に対して厳しくなければ上手くなることはないだろう。しかし、サッカーが好きだからこそ10年以上もサッカーを続けているし、楽しむことができるくらいの余裕を持ってやることでより成長していくこともできるかもしれない。また、成長して公式戦に出場して活躍することで、今までに味わえていない喜びや楽しさを感じることができるだろう。


受験から約1年が経ち、入試と新歓が迫る今、自分の大学1年生の生活を振り返ってそう感じた。



1年 石野佑介

2019年2月14日木曜日

欧州観戦記

お久しぶりです。理の方の吉本です。

まずはfeelingsを滞納し大変申し訳ございませんでした。

言い訳になりますが、滞納者ラインで仕事がふってくるたびに書こうとはしていたのですが、自分の文才のなさから全然完成しませんでした。

「理」でなく文章が書けそうなかんじの名前だったらもうちょい文章力あったのかなーなんて思ったりして。(わかる人にはわかるはず)

さて、謝罪と言い訳はここら辺にして、題にあるように今回は欧州旅行について書こうと思う。
片道20時間超えのロングリターン飛行機のなか、今回の旅行を思い返しながら書いていきます。

もはや冬オフ恒例となったシンヤ旅海外編、今回はイギリスとスペインに行ってきた。

ロンドン、マンチェスター、マドリード、バルセロナの4都市を周り、5試合を生観戦した。


ウェストハム vs アーセナル
チェルシー vs ニューカッスル
マンチェスターシティ vs ウルブズ
レガネス vs レアルマドリード
バルセロナ vs レバンテ


どの試合も面白かった。
プレミアの球際、ぶつかり合い、リーガの巧みなテクニックには興奮しっぱなしだった。
普段DAZN越しに見る試合の何倍もパワフルであった。


なによりスピード感が違いすぎた。もちろん僕らなんて比べものにならなかったし、生観戦したJリーグと比べてもそれは圧倒的だった。

ちなみに一番驚いたのはジョルジーニョの首を振るはやさ。
おれが遼くんにビンタされたときよりもはやく回ってた。
一言にスピード感が違うといってもこんな細かいところから違うのかと驚嘆した。

この発見を隣のやつに話そうとしたら、彼は試合中なのにウトウト首を縦に振っていたzzz。
これの前に見た試合では急に涙を流し始めるし、こいつの行動は理解不能だ。



さて、全部の試合の感想を書いていってもいいが、さすがにロングになりそうなので、ここでは印象に残った2チームを紹介する。


ひとつはウルヴァーハンプトンことウルブズ。今年プレミアリーグに昇格してきたチームだ。

格上マンチェスターシティとのアウェー試合でウルブズは5バックでブロックを敷く。

しかし、ラポルトからサネ、そしてそのグラウンダークロスにファーポストのジェズスとシティのお決まりパターンで先制を許す。

さらに前半のうちに危険タックルで退場者を出してしまい残りの半分以上の時間を1人少ない状態で戦うことになった。

正直試合は終わったと思った。

それでも中の選手たちはやることを変えずずっと5バックをしき耐えて、FWはカウンターの起点になるよう体を張っていた。

その後シティのクオリティに屈して2失点し、結果は0-3の敗北だったが、アウェーまで駆けつけたファンは総立ちで試合後の選手たちをたたえていた。

なんだか文字にすると敗北チームを讃えるファンという奇妙な出来事だが現地ではそんなこと感じなかった。

WBが焦って前に出てスペースをあけることもなかったし、ゴール前では守備陣が体をはり、前線の選手はボールを追っかけ回した。


ようは彼らは格上相手でも、1人少なくても、どんな状況でも自分たちのやるべきことを見失わず、やりきったからファンはたたえたのだと勝手に解釈している。

昇格チームながらもTOP6に続く成績を残せている原動力みたいなのを感じた。



もう1つのチームはラ・リーガのレガネスだ。こちらも強豪ではなく毎年残留争いをしているチームだ。

観戦したのはカップ戦でホームにレアルを迎え撃つ。
1stレグでの0-3の敗戦から逆転を目指すという試合だ。

試合はスコアに余裕のあるレアルはそれほどプレッシャーをかけず、レガネスがボールを持つ展開が続く。

普段レガネスがどんなサッカーをするのかは知らないが、この試合ではそれなりにポゼッションもできるし、前進したらボランチからの楔かサイド裏への長いボールでゴール前まで迫ることをしていた。

個々ではレアルの方がうまかったが、それに対してレガネス全員で目的をもってプレーしていると感じた。

ホームの後押しを受けて難敵レアルに真っ向勝負を挑んでいき、前半のうちに一点取ることに成功。
後半も押せ押せの展開で何度もレアルゴールを脅かす。

特に試合終盤の猛攻は迫力ある攻撃だったがナバスのスーパーセーブ連発(目の前で見れて鳥肌たった)に阻まれ結果1-0で終了、試合には勝利したものの、カップ戦敗退が決まる。

勇敢に格上に挑んだ試合を見て、ミーハーかもしれないが、レガネスというチームが好きになってしまった。

余裕のなくなったレアルの時間稼ぎ的なプレーにも集中力をきらさず最後までやりきったチームに魅力を感じてしまった。

気づいたら僕も地元ファンと一緒に立って拍手で選手たたえていた。




以上印象に残った2チームを紹介したわけだが、もちろんあえて強豪ではないこの2チームを選んだのは理由がある。

この2チームの試合を見て自分の考え方が変わった、というか原点に戻ってこれた感じがする。

今季おれらは昇格チームとして都一部に参戦する。格上との試合ばかりになるが、相手がどれくらいうまいのか、強いのか、わからない。

そういう未知な部分がオフ中の僕の不安をかりたてていた。

本当にただもう不安でしかたなかった。ホロホロの実のネガティヴホロウをくらったくらい。

とにかく負けるのが怖いし、嫌だからオフでもだいたいジムやグランドで体を動かしていた。

今考えれば過度に焦ってたし、楽しくもなかった。

そんな中行った欧州でこの2チームを見て、相手ばっかり気にしてても仕方ないと考えが改まった。

格上相手の試合でも相手を過度に意識することなく、自分たちのやれることをやりきりいい試合をする。そんな彼らを見て。



自分自身に集中する



それがいかに大事か再認識できた。

相手がどれくらいうまいとかは考えたって仕方ないし、そんな時間あったら自分がうまくなるのに労力を使わなきゃなと今は強く感じる。

来シーズン、どうしても辛くなる時期が来ると思う。

それでも自分たちの信念、やるべきことを曲げずに日々のトレーニング、ひとつひとつのプレーに集中する。

ありきたりかもしれないが来期の目標が決まった。もちろん、その先に勝利、関東があれば最高だ。

まずは地道にひとつずつ成長してやろうじゃないか。

とこんな感じでペローナを克服しました、尾田栄一郎先生。



ちょうどいい感じのところで飛行機が成田に着きそうだし、ここで終わろうと思う。

色々ロングに書いたが、今できることを最大限にやっていくのでみんな一緒に頑張りましょう。


ただいま日本。
そして、さよならマドリード



奴隷解放宣言
3年 吉本 理

2019年2月11日月曜日

空気をつくる

エアコンの話ではない。練習中に楽しい空気を作ろうと心掛けている、というだけの話である。

練習を盛り上げようという意識を持ったきっかけは3つ上の先輩方が卒部されたことだった。入部して初めてのリーグ戦が終わり、オフ期間が明けた後の練習に当時4年生の先輩方がいらっしゃらなかった時、強い寂しさを覚えた。その時は単純に人数が少なくなったことと、ずっといた先輩方がいないことによる寂しさだと思っていたのだが、その後の練習に先輩が都合をつけて顔を出してくださった時、改めてその存在の大きさを実感するとともに練習中に掛けてくださる声が全体の雰囲気を盛り上げていることに気づいた。


他の部員たちが声を出していないわけではなかった。「ナイス!」という声やプレーについてのアドバイスは練習中にたくさん聞かれた。それなのに4年生がいるのといないのとでなぜこんなにも違うのか、不思議だった。少し考えて、声のトーンと音程がこの違いを生み出しているのではないかと思い至った。4年生の先輩方は高めのトーンかつ高低差のある音程で話していて、顔を見なくても「ナイス!」という一言を聞くだけで笑顔が目に浮かぶのだった。

私も真似をして大きめに抑揚をつけて声を出そうとしたのだが、練習中に自分から声を出していくというのは難しかった。決して大きな声を出すのが恥ずかしいとかいう理由ではなく、声に出す内容についていちいち脳内でツッコミが入るからであった。「ナイス」って良いか悪いかの判断を伴う言葉だから目上の人に使うのは失礼なんじゃないか、目上の人に言うなら「流石です」かな、でも練習中に「流石です」って言うのもちょっと違和感あるな、とか。ドンマイって和製英語ではあるけど命令形だしpleaseをつけたくなっちゃう、とか。中学高校と演劇部だった私は運動部特有の声掛けに慣れることができていなかった。最近でも先輩にそうした声を掛けるのを躊躇してしまうことは多く、その分同期や後輩にはしっかり感情を込めた「ナイス」や「惜しい」を言うようにしている。


そんな私でも迷いなく声を出すことができるのがアップの時である。「5678910」や「123」のような数字の並びを口にするだけだが、口角を上げて明るいトーンで音程にも気を配って、なんてやっていると楽しくなってくるのだ。「はち」の「は」はもうちょっと高く。ここはスタッカート気味にしてみよう。伸ばす筋肉はしっかり伸ばしながら、自分なりに楽しそうな声を模索する。自己満足のような気もするけれど、お芝居だって観客のリアクションが劇場の空気をがらりと変え、役者の演技にも影響を与え、作品を完成させていくものだし、練習では私の声が楽しい空気をつくる要素のひとつになっていたら良いと願ってしまう。

もちろん、楽しそうな声だけでは練習は成り立たない。お世話になっている多くの方への感謝をここに並べたら大変なことになってしまうのでそれはやめておくが、練習の時に率先して用具や鍵などを準備してくれる仲間へは伝えられていないので、いつもとても感謝しているということをここに書いておきたいと思う。



今の季節、家では物理的にしっとりとした空気を保ちたい

女子部2年 浅野晴香

2019年2月7日木曜日

サッカーには夢がある

昨今UAEの地で日本代表が激闘を繰り広げている。特にノックアウトステージに入ってからは終始緊迫したゲームが繰り広げられ、自分も一国民として固唾を飲んでテレビ画面を食い入るように見てばかりである。とはいうものの、自分がサッカーを長年続けていくにつれて、何かしら戦術的、技術的な着眼点を持って客観的に見るようになったことも事実である。実際にプロの試合から学び吸収できるものはないか、と。(自分に限らず世のサッカープレイヤー皆がそうだと思うが。)それでもなお自分の中には、サッカーという1つのエンターテインメントをただ純粋に楽しみながら見ている、小さい頃から何1つ変わらない自分の存在がある。ワールドカップ後の森保さん(同郷として光栄です)率いる新生日本代表のプレイにはワクワクさせられるばかりである。(吉田選手も同郷です)


上京してからは、J1リーグを始めプロの試合を見にスタジアムに足を運ぶ機会も増えた。その中でも10月に埼玉で行われたウルグアイ戦は今までで見た試合の中でも一二を争うほどエキサイティングな試合だった。ウルグアイDFに対して果敢に仕掛けていく前線の選手のコンビネーション、セカンドボールに対する中盤の選手のアグレッシブなアプローチ、正直今までの代表では見たこと、感じたことがあまりなかったワクワク感があった。ましてそのプレーをスタジアムの熱気、サポーターの呼吸を肌で直に感じながら観戦するとなれば、その興奮は言葉で言い表せない。その時、正直戦術とか考えるのを放棄したくなるほど無我夢中で楽しんでいる自分がいた。まるでサッカーをやったことのないちびっ子のように。



「戦術」って何だろう。「サッカー」って何だろう。


こんなことをふと考えた。サッカーとは90分という時間の中で、11人対11人で行う競技である。相手よりも多くゴールを奪うことで勝ち点3を得る。はい、みんな知っている。戦術とはその勝ち点3をいかにして手に入れるか(いかにして相手からゴールを奪い、相手にゴールを割らせないか)、そのための手段・方策である。はい、それはそうです。

現代サッカーには様々な戦術が存在する。ロングボールを多用するチーム、細かく緻密にパスをつなぎ相手をいなすチーム、ガチガチに引いて爆速のカウンターを発動するチーム、ロングスローばっかりするチーム。国によって、大陸によって、チームによって、様々なカテゴリーに様々な戦術が存在する。どれもあくまで勝つための術に過ぎない。どれを支持し、どれを批判するかは、個人の見解なので、議論しても意味はないし、そんなのは正直どうでもいい。勝ったほうが強い。偶然なんてない。(誤審の場合はまた話が違うが。)



「何のためにサッカーをやっているのだろう。」


サッカー人生で何どこの問いにぶつかったことか。多分この先も何度もぶつかることになるのだろう。何度サッカーをやめろと言われたり、自分でサッカーをやめようかと考えたりしたことか。(10回はあるかもしれないな。笑)
答えはサッカーを始めた頃の自分に問いかければすぐに返ってくるだろう。
「サッカーが楽しいから、サッカーが好きだから」って。

自分の場合、サッカーに関する知識を吸収するにつれて、この答えはいつも霞んで見えなくなってしまいがちなのかもしれない。本当の意味で楽しむことを忘れているのかもしれない。プロの試合を見ている時にはそんなことはないのに、自分がやるとなぜかそうなってしまう時期があった。勝ちを求めて、ゴールを求めて、その先にある喜びを求めて懸命にプレイしているはずなのに、何か釈然としないままピッチに立っている時間があった。何かが引っかかっていた。

「戦術」

こう表現すると語弊を生むかもしれない。まるでチームの「戦術」を否定しているかのように聞こえるが、そういうことではなくて、問題はあくまで自分自身にある。チームスポーツである以上、ピッチに立つプレイヤーにはチーム「戦術」の遂行が求められる。その「戦術」を完璧にこなすことで、勝利を手にすることができるから。つまり「戦術」はサッカーにおいて勝利の喜びを味わうためには不可欠な要素である。もちろん「戦術」を完璧にこなせずとも勝利が転がり込んでくることもあるが、チームの1員として「戦術」プランを完璧にこなすことで得られる勝利の味は格別である。

では、「戦術を完璧にこなすこと」が目的なのか。
それとも「勝つこと、その先の喜びを得ること」が目的なのか。

これこそが自分の心の内の葛藤の原因だった。いつの間にか手段が自己目的化していた。試合に出ても「自分が戦術を遂行できていたか否か」ばかり気にかけ、プレーに大胆さやアッグレッシブさがなくなり、頭でっかちなプレーしかしていなかった。表現は悪いが、その時の自分のプレーはただの「戦術のための道具」でしかなかった。それ故に、チームが点を取っても取られても、勝っても負けても、何も感じることができなくなっていた。自分が「戦術」をこなせているかどうかが重要なポイントにすり替わり、淡白なプレーしかしていなかった。最悪な心理状態だった。その時は、もはやサッカーをやる意味もなかったのかもしれない。楽しくなかったから。サッカーを始めた頃の、あの純粋で熱烈なサッカーに対する情熱はどこかへ消えていた。


この自分の心理状態が、昨年末の新人戦の大敗で爆発したと、今振り返って思う。(もちろん、チームとして、個人として、戦術的あるいは技術的な成熟度の低さが原因でもあるのだが、少なくとも、あの時の自分はそんな議論以前の問題だった。)あの大敗は屈辱以外の何物でもなかった。それはピッチに立った選手だけではなく、組織に関わる全ての人々の顔に泥を塗る結果だった。

あの時やっと、忘れかけていた大切なものをもう一度思い出すことができた。やっと勝利に対してひたむきになれた。大胆にアグレッシブにプレーし、チームと勝利の喜びを分かち合うために走ろうと思えた。その時は、いい意味でもう戦術なんてどうでもいいと開き直っていた。(実際重要な要素だが。)目の前の相手に勝てばいいとしか考えていなかった。熱くなれた。楽しかった。


サッカーというスポーツは、緻密な計算を要する、複雑で難解な競技だと思う。勝つためには多くの戦術的視点が必要で、技術レベルの向上も言うまでもなく重要である。毎日考えに考えて、練習し続けなければ、勝利を手にすることはできない。そんなに甘い世界でもない。それ故、自分は、思い描くプレーができたかどうかばかり気にして、プレーが萎縮し、根本的なサッカーに対する情熱やサッカーを楽しむ気持ちを見失いがちだった。しかし、それを失っては、サッカーをやる意味がない。自分がサッカーを始めた頃に抱いた、サッカーに対する夢や希望を失った時は、サッカーをやめる時なのだろう。


中島翔哉選手。あれほど楽しんでプレーしているからこそ見ている側もワクワクさせられるのかもしれない。それでいて結果を出すのだから、尚更すごい。もう一度現地でプレーが見たいなと思った。


考え過ぎだ。勝負を楽しめ。もっと大胆に、熱くなれ。

サッカーには夢がある




高田社長、早くJ1(ゼイワン)帰ってきてください。

(そんな自分はコンサドーレサポ)

1年  鮎瀬英郎




2019年1月31日木曜日

育成チームのみんなへ

3年の森です。今のア式の中で育成チーム以下にいた期間が一番長い人間になってしまったので、育成チームに対する自分の考えみたいなものを書こうと思います。もしかしたら長くなるかもしれませんが、これが載る頃にはそろそろテストも終わって春休みだと思うので時間のある人はぜひお付き合いください。



まず、育成チームの話をする前にどうしても触れておきたいことがあります。2年前まで事実上の戦力外制度として存在していたLB2ndについてです。これまで多くのfeelings(特に1個上の代)に登場した話題ですが、僕が1年生のときの状況について書いてあるものは多分なかったと思うので、ア式の制度を記録に残すという意味でも実際の自分の体験を書いておこうと思います。

7月の京大戦後にメーリスでメンバー選考を告げられ、Aと育成から漏れた選手は後日部室に呼ばれて「①辞める②スタッフに転向する③育成への昇格はないけどLB2ndとして好きにやる」の3択を提示されました。同期のほかに当時3年生や2年生だった先輩も含めて8人が対象になり、先輩は辞めるかスタッフになる道を選んで、同期は自分を含め3人がLB2ndで続ける選択をしました。
LB2ndとして活動と言れたのですが、同期3人のうち1人が夏に辞め、実際は2人だけでした。1個上の代が主に対象となったこの前年のときのようにLB2ndの人数が多かったわけではなく(多ければ良いというわけではないですが)、2人では当然チームになるはずもありません。ということで、社会人のOBの方々・現役スタッフと一緒に「LB」として練習も試合もやらせてもらいました。OBの中には現役時代にリーグ戦に出て活躍していた方もいて、現役スタッフにも自分よりサッカーを知っていたり技術のある人がいました。この期間には色んなことを学ばせてもらったので、お世話になった先輩方には心から感謝しています。
でも、環境という意味では正直ア式内部とは比べ物にはならなかったのは確かかなと思います。活動日は基本週3回、社会人の方は平日の水曜練に来られないので最低限の人数を確保できるのは多くて土日の週2回。日によっては土日でも人が集まらず練習中止。水曜は仕事の手が空いたスタッフと一緒に数人で対面パスとロンド。残りの月火木金は、ジムに行ったり家の周りを走ったり、Aや育成の練習時間に行って端でボールを蹴っていた感じです。ボールを蹴るときは少し工夫して、より多くの部員の目にとまるようにAと育成の練習が切り替わるタイミングの前後1時間ずつくらいはできるだけグラウンドにいるようにしていました。みんなにあいつ頑張ってるなと思ってもらえたら、もしかしたら上げてもらえるかもしれないというちょっとずるいやり方ですが、その時はとりあえず必死だったので無い脳味噌でよく考えたなくらいに思ってください。
途中で他の社会人チームを探して外部で練習することも少し考えましたが、何かの間違いで東大に0.3点差で受かってしまった自分は単位を拾い集めるのに必死で、かつバイトもこれ以上増やせない等の条件も考慮して、移動時間や交通費的に今いる環境で上を目指すのがベストな選択だという結論に至りました。お陰で成績表に50可を並べて進級できたわけで、この判断は間違っていなかったと思っています。
当時のリーグ戦について、同期や卒部した4年生のfeelingsには「あんなに頑張ってた、あんなに上手かったトップチームが、1部で全く勝てなかったのをベンチや応援席から見ていた苦い記憶」として登場することが多いですが、自分も同じシーンを見ていました。ただ、ベンチにはもちろん応援席に入れることもあまりなく、記録員を任されて本部から見ていました。当時は応援すらできないのかよ!とも思っていましたが、チームへの貢献度を考えれば苦言を呈する立場にないのは重々承知だったし、記録員は手元のデータをリアルタイムで見ながら試合を追えたから意外と面白かったのも覚えています。でもトップが勝てない姿を見て、そこを目指す権利もない自分がサッカーを続ける意味があるのかと考えさせられたのも事実で、そういう意味ではみんなと同じように苦い記憶として残っています。
他にも、部員と違ってコーチやIリーグの場といった資源は利用できていないわけだから部費を下げてくれとお願いしたことがありました。関東昇格時のために積立が必要ということで認められませんでしたが、数少ない貢献だと思えばまあ仕方ないかという感じで、実際に関東リーグに上がればその積立を活かせるので、それも含めて今年は本気で昇格を目指したいです。

大体こんな感じで、当時は一緒に練習できる人が1人でもいるだけでありがたかったし、何より道具やグラウンドが使える環境にあったのは本当に助かりました。強度やレベルに限界があったとはいえ、育成を目指す自分たちのために忙しい中時間を確保して練習に来てくれたスタッフもいて、今でも本当に頭があがりません。自分が下手だったのが全ての原因であって環境に文句を言うつもりは全くないですし、むしろ多くの人に気にかけてもらって本当に感謝しています。そして、自分の活動をずっと気にかけてくれていた幹部のある先輩のおかげ(だと思っています)で、結果的には育成チームに上げてもらうことができました。それを承認してくれた他の幹部の先輩も含め、僕にとっては恩人でしかないです。この場を借りてお礼を言わせてもらいます。



さて、僕がこの話を前提に言いたいことは2つあります。

1つ目は現幹部や将来幹部になる後輩たちに向けてです。
今の育成チームという制度とネーミング、僕はかなり上手いなあと思っています。2番目にうまい集団としての「Bチーム」ではなく、あくまで将来Aチームで活躍する選手を育成する場として設置していて、MTGで「育成の選手」と呼ばれるだけで常にAを目指す意識が喚起されます。
一方で育成するに値しない選手を篩にかけるLB2ndという制度、開始当時の幹部だった先輩たちが誰よりもア式のことを考えて悩んだ結果の判断だったんだと信じています。でも、実際に対象になる側のことをどれだけリアルに想像して実施を決定したんだろうなと考えると、どうしても僕には理解できない部分があります。
制度が始まったきっかけとしては、当時存在していたらしいCチームが練習にまじめに取り組んでいるように見えなかったとか、トップチームの強化を優先すると使える資源(=グラウンド、コーチなど)に限りがあって仕方なかったとか、選手をあきらめさせることで不足していたスタッフを確保したかったとか、そんな理由を耳にしたことがあります。正確ではないですが、火のない所に煙は立たぬと言うようにこういった意図もあったことはあったんだと思います。
でもこれ、だいぶおかしな話だと思いませんか?東大でもサッカーを本気でやれる環境に惹かれて、Cチームとはいえ大学生活のうち睡眠と授業以外のほとんどの時間をサッカーに注げるつもりで入部した選手が、「やる気がない」なんてどうやって判断したのか。練習のための資源に限りがあることは事実でも、その中で長期的な視点で効率良く選手を育てることに挑戦するのではなく、組織にとって一番重要な資源ともいえる「人」を短期的な都合で切る方を選ぶのは論理が捻じれていないか。同じく、スタッフが足りないなら新歓の方法を工夫するとかスタッフとして入りたいと思えるような環境を作るとか先にできることはあるはずで、いきなり選手を半強制的に転向させようというのは思考の順番が違くないか。何より、僕たちは部費を納めて活動している大学生だし、東大にはサッカー推薦なんてありません。もちろんみんな本気で勝利を目指しているので「勝負の世界の厳しさ」みたいなものはついて回りますが、給料をもらって活動しているプロ選手や将来プロを目指す下部組織の選手と同じ種類のそれを課すのは本当に魅力的なア式を作ることに繋がるのか。etc...  実施決定の瞬間を見ていないので何とも言えませんが、疑問や不可解な点は山ほどあります。
組織の中で決定権を持つ人や幹部というのは本当に大変な役職だと思います。些細な経験ですが、自分も高校サッカー部の主将や都学連の幹事長を務めてみて、ア式の幹部に比べて程度は違うにせよ、どんな部分が難しいのか・どんな悩みの種類があるのかは少し把握してきているつもりです。実際、マネジメントする側はされる側に比べて、考えることも気の配り方も数倍高度で量も多いです。でも絶対に勘違いしちゃいけないのは、上に立つ人の考えの方が「高尚だ」というわけでは全くないということだと思います。同じチームにいる以上は全員の考えを尊重するべきで、その結果としてできるだけみんなが納得できるような方向に、かつ組織として最高な結果を出せる方向に持っていけるようにするのがトップや幹部の役割だと僕は思います。当然めちゃくちゃ難しいことですが、チームで一番それができるであろう人間がそういう役職にいるはずだし、ア式にはその仕組みを考えられる素晴らしい頭脳を持った人もたくさんいると思うので、間違っても権威主義的な考えに走っちゃいけない。今後一切、ア式に同じ過ちを犯してほしくないなと思います。
要するに、本気でサッカーをしたいと思って入部してきた育成チームの選手をどう強く上手い選手に育てるか、どうやって将来Aチームでア式を引っ張る選手を育てるか、そういう視点を持ち続けることこそが強くて魅力的なア式を作るために必ず重要になってくると思うということです。


ここまでが長くなりましたが、2つ目がメインで、今の育成の選手たちに向けてです。
昨年の新チームのキックオフミーティングでも似たような話があったと思うけど、今僕らが育成チームでプレーできているのは全くもって当たり前のことではありません。今の制度は選手としての活動を諦めざるを得なかった先輩たちの、言ってしまえば犠牲の上に成り立っていて、特にスタッフに転向してこのチーム環境を整えてくれた先輩たちのお陰です。
そう考えたとき、今の僕らは彼らに顔向けできるような活動ができているでしょうか。僕が1年生のとき、当落線上だったけどギリギリ育成に残したと言われた同期の選手たちもいたようですが、正直言って彼らが今の育成チームにいたらかなり無双できると思います。それくらい当時とのレベル差が激しいです。オフ明け最初の練習、2人組でリフティングして移動するやつがあったと思いますが、あの出来は正直やばいと思いませんか?ここに詳しく様子を書くのも憚られるし、あれじゃ「お前ら戦力外ね」ってもし仮に言われたときに自信をもって反論できないと思います。これ、実際に言われて自分の力不足を自覚してて反論できないっていいうの、めちゃくちゃ悔しいです。経験しなきゃわからないことかもしれないけど、できればそんなの経験してほしくないし、一人も欠かさず今のメンバーでお互い刺激しあって強くなりたい。
上で当時の制度自体の批判みたいなものを書いたけど、なんだかんだいって結果を残した奴が強いし評価される。どんな環境にいようと、結果を出せる奴は勝ち残れる。当たり前だけど絶対にこれが現実だし、どんなに幹部が制度を整えても結果を出せなければ淘汰されて然り。この3年間の中で、自分の経験したことや他の選手のことを振り返ってみて改めて一番強く感じていることです。
結果を出せなかった側になって実感してるようじゃ遅いし、長い人で引退まで折角あと3年弱あるわけだから、その時間と今のア式の資源を最大限に利用するべきだと思います。育成の選手の自主練を練習後とかに見ると、はっきりとした目的があってやってるんだなとか、試合を意識してやってるなと感じることが少ないのが気になります。もちろんみんな自分の設定した課題に向き合って対面パスやったりロングボール蹴ったりしてるんだと思うし、1年生とか必修の授業多い中でも頑張って時間割いてるんだろうなと思います。でも、本当にその練習をやってて意味あるのか?っていうのを常に自分に問いかけてみないと、頑張る方向が違ったり効率が悪かったりすればAチームの選手との差は開くだけです。
一つ目の話でも書いたように、このア式という組織にとって一番重要な資源のうちの一つは僕たち部員であって、特に育成の選手の成長はチームの強化に直結します。今年のリーグ戦で1部の強豪相手に戦い抜けるかどうかは、本当に僕らに懸かっている。その自覚と危機感をもって今シーズンも頑張っていこう。



最後に、ここまでだいぶ自分のことを棚に上げて話してしまったので、自分自身のこれまでの反省も含めて今シーズンの目標を簡単に書きます。
最初に書いたような僕のLBでの選手生活は、下手をすると「よく忍耐強く頑張った」とか「ちゃんと育成に復帰してすごい」というように美化されてしまいそうですが、全くもって評価に値するものではないと自認しています。自分が本気でサッカーをしたいという理由だけで続けて、殆どチームに貢献していないわけだから当然といえば当然です。
チームへの貢献を考えてスタッフに転向した先輩方をはじめ、丁寧に指導してくださったLB所属のOBの方々、自分を育成に上げてくれた当時の幹部の先輩方のためにも、残りの9か月で必ず自分が納得できる結果を残したい。新人戦に出たことくらいしか実績のない今のままでは本当に彼らに失礼だし、何より自分が結果を残すことでLB2ndが不要であること・育成の強化が大事だということをはっきりと示したい。
人によって結果を残すことが何を指すかの解釈は違うかもしれないけど、誰から見ても明らかじゃなきゃ評価してもらえないわけだからポジションや役割によってある程度絞られるとは思います。具体的に書ければベストですが、それはもう少し様子を見て決めたいです。
ということで、今年の暫定的な目標は「自分が結果を残してア式の関東昇格に貢献すること」と「怪我をしないこと」の2つです。もちろん本気です。フラグ立てるな(特に後者)とか言わずに期待しててください。

 最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。



とりあえず肉離れ治します。
3年 森 皓亮

2019年1月27日日曜日

電子のおとぎ話でもいいじゃないか

 明けましておめでとうございます。昨年は先輩、同期、そしてOBの方など様々な方にお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いします。


 さて、またテストの期間に回ってきてしまったので、前回同様テスト勉強からの話題です。
 
 東大理系の1年生には、現在Aセメスターで構造化学という科目が必修として課されています。これは恐らく、一般的に量子化学と言われているものと似た内容を扱っているので、まぁ同じと考えてもらっても差し支えないと思います。この講義では、必修科目のカリキュラム上では初めて、量子論と向き合います。
量子論とは何か。量子論の世界に足を踏み入れてから3ヶ月程度の僕なりに答えを出すと、それは「確率的に物事を捉えること」によって物事を解明しようとするものだと思います。それはどういうことか。そこには電子が深く関わっています。負の電荷を持つ電子という代物は、正に帯電する原子核に比べてとても小さく軽いのですが、この電子、実はある時刻における位置と運動量(質量と速度の積という認識でいいと思います)を正確に求めることができません。これは不確定性原理と呼ばれています。つまり、電子の運動の様子は、古典的な物理学の方法では分からないということです。(位置を正確に求めようとすれば、運動量の誤差が大きくなり、逆も然りといった感じです。これは測定技術云々の話ではなく、電子の波動性に起因するものらしいです。)それに対して量子論はどうしたかというと、電子が「大体どこにいるか」という確率を扱おうと決めました。そうすると、なんということでしょう、電子の挙動は正確に分からないのにもかかわらず、様々な分子についての解釈が上手くいったのです。こういう構造は安定とか、この反応ではここがこう変化する(しやすい)とか。このように、電子が「ここら辺にいます」と示すのが、僕が体験した量子論の根本的な部分です。

 つまり、我々の構成単位である原子ですが、それも確率的な解釈によって認識されています。我々の基本単位は、言ってみれば不確実な存在なのです。本質的にゆらぎを内包しています。それならば、と思いませんか?ここに居る我々自身は確実なのか?果たして本当に今この地点に存在しているんでしょうか?実は我々は常にゆらいでいるのかもしれません。
 また、逆の解釈もできます。「不安定な土台の上には立派な家は立たない」というようなことがよく言われます。だから勉強でも、サッカーでも、基礎を大事にしろとか言われます(まぁ確かにそうです)。しかし、もしかしたら我々自身が、その反例になっているのかもしれません。もし中学校のときに不確定性原理を知っていたら、「先生、でも僕たちを構成する、土台である電子の挙動は、確率的にしか捉えられない不確実なものですよね?」って反論できたのになぁ。


 さて、ここからは想像です。古典的な物理学の世界では、運動方程式F=maなどの基本法則を元に物体の運動を記述し、正確に未来を予言できました。しかし、電子の運動はうまく記述出来ませんでした。科学者たちは、始めは、確率的な解釈というものに大きな抵抗があったと思います。分かるのならば、正確にわかった方がいいに決まっている。整った古典物理学の論理体系の中で説明できればいい。しかし、受け入れ難いものを受け入れた後、また別の新しい、1つの整った体系を手に入れることが出来ました。鍵を握ったのは、未知のものに対して、今までの安定した状況を脱してでも、それを解明しようとした姿勢です。1つに決まらなくても、確率的に解釈すればいいじゃないかという捉え方の変化です。...
 
 想像が過ぎておとぎ話みたいになってしまいました。断った通り、実際こうだったのかどうかは知りません。でも別にそれはどうでもいいのです。僕がもしその時代の科学者だったらこう思う、とかそういう話です。
 だってそうでしょう。
 正確じゃなくてもいいじゃないか。水素原子における電子の挙動すら、ピンポイントで示せないのだから。
 おとぎ話でもいいじゃないか。大事なのはそれが、ゆらぎながらも確かに存在しているということだから。
 ただ感じた通りに書き連ねればいいじゃないか。これはhistoryでもtheoryでもなく、僕のfeelingsなのだから。
 



 新シーズンが始まりますが、この一年、僕は「今より少しでも高いレベルでプレーする」ことを本気で追求したいと思っています。昨シーズンは、OBコーチや先輩、同期、そして恵まれた設備、環境のおかげでサッカーに今までとは違った見方ができるようになり始めました。ピッチの外からサッカーを知ることはいつでも出来ると思いますが、中から知る機会は今しかない。幸い時間はあります。あとは試行錯誤を繰り返すだけ。書きながらやる気がみなぎってきました。
 
ミスをしたっていいじゃないか。すぐに結果が出なくてもいいじゃないか。ただ自分が上手くなって、チームに貢献できる確率を最大化できるなら、もうそれだけでいいじゃないか。
 勝手ながらこんな気持ちで頑張っていきたいと思います。ということで皆さん、今年もよろしくお願いします!

1年 東 将太

2019年1月23日水曜日

2018、辛抱から得た幸せ

私にとっての2018年は、人生で一番と言っていいほど悪いことがたくさん起きた一年だった。

サッカーに関して言えば、怪我のせいで半分以上はまともにプレーをした記憶がない。


プレーできなかった期間、『部活やめたい』と何度思ったか分からない。(人に辛いという感情を見せるのが苦手だから、部員には絶対言わなかったけれど。)

練習中、
私がやることといえば、筋トレ、ラントレ、ボール拾い、合間にちょっとボールと戯れて、楽しそうにプレーするみんなを眺める。
試合中、
私がやることといえば、記録、四審、ビデオ撮影、水汲み、合間に差し障りないような応援をして、一生懸命プレーするみんなを眺める。

『筋トレしんどいなあ、これ意味あるのかな』『人さえいれば、この仕事誰でも出来るよなあ』『私、この場にいる意味ある?』
そんなことが頭をよぎる度に気持ちはどんよりした。一方、それを周りに悟られないように笑顔を作っていた。

一番辛かったのは、私と同じ初心者の同期が練習や試合を重ねる度に上達していく、その姿を見ること。
「すごいナイスプレーだった!」「また上手くなったね!」表面ではニコニコ喜んでいた。
『また私との差が生まれたんじゃないか』『復帰した時、果たして同じレベルのプレーができるだろうか』内心では不安、焦りと戦っていた。


それでもア式をやめなかった理由。

一つはやっぱりサッカーが好きだから。
なんとしてでも怪我を治してまたプレーしたい、その想いが私を励ました。

一つは意地。
大学から始めたことを最後までやり通したい、その意志が私に活を入れた。

そして何よりも、私の復帰を心から望んで待ってくれるチームメイトがいたから。
「早くプレーが見たい」「一緒にプレーしたい」、その言葉が本当に私を支えた。


10月14日、ようやく迎えた復帰戦。
出場時間75分、あっという間だった。予想通り自分の課題の多さを実感したけれど、すごくすごく楽しかった。
そして、たくさんの人が喜んでくれたのが嬉しかった。チームメイトはもちろん、監督やコーチの方々、観に来てくださっていた保護者の方々やOBさん、文京LBレディースのみんな。本当にたくさんの人に喜びや称賛の声をかけていただいて、私の抱えてきた辛さは一気に幸せへと変わった。
『部活やめなくてよかった』心からそう思った。


2019年、私の個人テーマは「積極性、意欲性」。
プレーできなかった期間の穴を埋めてみんなに追いつく、いや、それ以上に成長するために、積極的に、意欲的に、活動に励んでいこうと思う。
そして私を支えてくれた人たちに、プレーで感謝の気持ちを伝えられればいいな。


2019年は良いことがたくさん起こりますように
女子部2年 兵藤夏未