2017年4月24日月曜日

裏側


高校時代、正直サッカーの練習は辛かった。火曜日から土曜日は毎日朝練。どんなに寒い日も、どんなに疲れている日も、どんなに雨が降っている日も、7:00からの練習に向かわなければならなかった。長期休みのときは、練習の1時間前くらいに学校に到着し、壁に向かって少しボールを蹴り、練習中は顧問の先生に怒鳴られ、走らされ、練習が終わると少し自主練をし、帰っていた。オフは1週間に1回。2日連続のオフがあるのは年末年始だけだった。

大学に入ってからも、中学・高校時代と同じように、練習の時間になったらボールを片手にグランドに出て、与えられたメニューを必死にやり、練習が終わるとみんなで片付けをしたあと着替えて帰っていた。



今年最上級生となり、部のことが少しずつ見えてきたような気がする。主務という仕事柄、部のOBや他の役職のことを知り、理解するようになってきた。そこであることに改めて気が付いた。



普段当たり前だと思っていることは、実は当たり前ではない。



これは様々なところで頻繁に言われていることである。当たり前だと思っていることに感謝の気持ちを持ちましょう、的な流れが多い。もちろん自分も頭の中では理解しているつもりだった。しかし、いざ現場の裏側を見る機会が増えると、自分が想像していたよりもはるかに多くのことが自分の知らないところで行われていた。



1年生のころの自分は、当たり前のように、ただグランドに来て、練習をして、帰っていた。週末には当たり前のように練習試合が組まれていて、プレーしていた。

実際には、毎日練習メニューを考えてくれるコーチがおり、練習を仕切ってくれるOBコーチがおり、OBが用意してくれたゴールがあり、スタッフが用意してくれた水があり、練習試合を組んでくれていた先輩がおり、ビデオを撮ってくれるテクニカルチームがおり、1回の練習、練習試合の度にたくさんの人がチームのために働いてくれていた。僕の知らないところでも、これよりももっと多くの人が働いてくれているはずだ。

OBの方々が大枚をはたいて現役の活動をサポートしてくれていること、学連のスタッフが身を粉にしてリーグ戦を円滑に運営してくれていること、忙しい中コーチがチームの状況を考えて戦略を練ってくれていること。例を挙げだしたらキリがない。たくさんの人が練習の時間内外にかかわらず、見えないところでチームのことを考え、頑張ってくれているのだ。



ふと高校生のころを思い出した。毎日練習を見てくれていた顧問の先生は、当然自分と同じように、どんなに寒い日も、どんなに疲れている日も、どんなに雨が降っている日も、練習に向かっていたのである。結婚して子供もいるのに、正月の13日から生徒とともに合宿にいっていたのである。自分のことを怒鳴り、走らせていた先生は、実はチームの管理をすべて一人で行っていた。大学で舞台の裏側を少し見ることができ、過去の自分がいかにのんきに過ごしていたかを知ると同時に、サッカーに没頭できていたのは周りのたくさんの人たちのおかげであったとわかった。



見えないところでたくさんの人が自分のために頑張ってくれていた。普段当たり前だと思っていることは実は当たり前ではない。このことを身をもって知れただけでもいろいろな部の仕事に携われてよかった。部の仕事をするのは大変だ、サッカーに集中したい、と思う人が多いかもしれないが、(特に新入生は)ぜひ積極的に部の仕事に携わってほしいと思う。僕自身はそれによって人間として成長できていると感じるし、物の見方が変わったと感じている。



そして、陰で頑張ってくれている人に恩返しをするにはやはり勝つしかない。リーグ戦開幕がすぐそこに迫っている。絶対昇格するぞ。


4年 服部直弘

2017年4月19日水曜日

要塞


201612311600(イギリス時刻)

イギリスを訪れた僕はある要塞に足を運んでいた。ライムストリート駅を出発し、歩くこと30分。日が暮れて灯がともり出す街の中心部が遠く下の方に眺められた。同時に、要塞が近づいてきたこと非常に胸が高鳴っていた。




201612311615

人数が増えてきた。誰もが要塞に向かう同士である。赤い帽子をかぶっている8歳くらいの男の子とその父親。テンションが高い青年3人組。赤いマフラーをつけた早足のおじさん。ゆっくりお喋りしながら歩いてる老夫婦。皆が志を同じくして要塞へと足を運んでいた。




201612311625

到着した。空はすっかり暗くなったが、要塞は真っ赤に輝いていた。要塞に刻まれた名は『Anfield』。そう、リヴァプールFCのホームスタジアムである。ここでリヴァプールFCは数々のドラマを生み出してきた。ファンであれば、一生に一度は訪れたいと思う場所であろう。この日はプレミアリーグ第19節マンチェスター・シティ戦が行われることになっていた。

要塞の外は非常に賑わっていた。多くの店が並び、食べ物やグッズ、パンフレットが売られていた。大型ビジョンには前回のシティ戦のハイライトが流れ、沢山の人で盛り上がっていた。皆が皆、30分後を待ち望んでいて、僕もとても興奮していた。




201612311635

入場口での厳重な検査を超えた先には、とても言葉にはできないような世界が広がっていた。画面の中でしか見たことがなかった大好きな選手たちが目の前でアップしていた。席はもう大分埋まっていて、両チームのアップに対する野次や声援が飛び交っていた。沢山の光によって照らされた要塞の内側は、1つの大きな生き物のように奮い立っていた。




201612311658

試合開始直前、要塞の中をある歌が響き渡る。

You'll never walk alone

大声で歌う者。早口で歌う者。明らかにメロディがおかしい者。もはや叫んでるだけの者。統率されたとは言い難いサポーターたち一人一人の魂の叫びが、要塞を"要塞"としていた。




201612311700

試合開始。要塞は"要塞"としての力を発揮する。1つのプレーのたびに起こる歓声、悲嘆、どよめき、ブーイング。全てが選手たちを後押しし、リヴァプールFCを勝利へと導いていた。







試合結果は1-0

前半序盤のワイナルダムのゴールを守りきったリヴァプールFCが勝利を飾った。

ゴールシーンでのサポーターたちの歓声は凄まじいものであったが、それよりも試合を通じての熱意のこもった声援が印象的だった。







サッカーにはホームとアウェイが存在する。多くのチームがアウェイよりホームでの勝率の方が高い。これにはピッチ慣れや移動距離、試合前の準備や気候など様々な要因があるが、プレミアリーグにおいてはスタジアムの『要塞』としての力が非常に大きいな要因になっていると感じた。




しかし、これはプレミアリーグに限った話ではない。Jリーグではプレミアリーグに比べ、ホームの勝率は低いというデータが出ている。とは言っても、Jリーグでもアウェイよりホームでの方が勝率は高い。




御殿下グラウンドだって『要塞』にできる。ピッチ内の選手たちはプレーで観客を本気にさせることができる。ベンチの選手たちは試合に出ずともピッチ内の選手たちを鼓舞することができる。ベンチ外で応援する選手たちは応援歌でピッチ内の選手を後押しすることができる。ピッチ内外での結びつきがより強くなれば、御殿下グラウンドを『要塞』にすることができると思う。




まもなく開幕のリーグ戦。御殿下グラウンドを『要塞』にしてやりましょう。


2年 島田

2017年4月17日月曜日

プロテイン5000mg配合


この大学に入ると一年生が最初にぶつかる壁としてALESS/ALESA、そして初年次ゼミナールの二つの授業がある。それぞれ英語と日本語で論文を書く授業であるが、そこで繰り返し言われるのが、論文で述べることの根拠をしっかりと挙げて論を立てろということである。専門家の意見、実験、統計の数値などしっかりとした根拠を挙げなければ論文内の主張は一切認められないのである。



そういう授業を受けていると何事にも疑り深くなってしまう。



先日生協で飲み物を買おうと商品棚を見てみると、CMで有名な某大手ジムの新商品の500mlペットボトル飲料がおいてあった。それには大きくプロテイン5000mg配合と書いてあった。筋トレに効果がありそうな包装に、あたかもプロテインがたくさん入っているような書き方がされているが、要するにたんぱく質が5g入ってるということだ。牛乳コップ一杯で約7gたんぱく質が入っているのでそっちを飲んだ方がはやい。



最近こんなことについ目がいってしまう。そんなことを見つけて人生楽しいのか、と言われてしまいそうだが、別に好きでこうなった訳ではない。全部ALESAと初ゼミのせいである。といいつつも全部人の言うことを鵜呑みにして自分では考えもせず、周りに流される人間でありたいとも思わない。



高校時代、選手権までサッカーを続けたら東大には合格できないということが既成事実のように自分の周りでは語られていた。そんな中、総体でチームの主力は全員引退した。残ったのは控えだった自分を含めたった三人。そんな状況でサッカーを続けることに意味なぞないと言う人もいた。ただそれでも自分は意地でもサッカーがしたかった。だから続けた。結局サッカーで結果は残せなかったが、それでもあの半年間は自分にとってサッカーと勉強の二つに本気で取り組めた大事な時間だった。



世の中既成事実のように語られていることが、実はいい加減なことだったりもする。結局のところ大切なことは何事も自分でしっかりと考え、見極めることである。だから自分は誰がなんと言おうとしっかり自分を持って、サッカーも勉強も頑張って行きたい。



2年新屋輝長

2017年4月10日月曜日

雨曝し


「次の1歩で 滑落して そこで死んでもいいと思える1歩こそ ただただ 命にふさわしい」



先日いったライブで僕が1番感銘を受けた言葉だ。いつも何となく聞いてた歌詞だったけど、いざ生で聞くとずしっと重みがあって、やっぱりライブっていいなあと思った。

大げさかもしれないが、人生の岐路に立ったときにはこの言葉を思い出したい。



僕自身、大きな決断は3回あった。



最初は10歳で、水泳かサッカーを選ぶとき。そのときの僕は完全にサッカーに傾いていたが、水泳のほうが向いてると周りに言われ悩んでいた。

ただ、水泳の練習は地獄だった。無呼吸の練習が毎日で、死ぬんじゃないかと思いながら辛すぎて泣きながら泳いでるときもあった。このまま10年続ければオリンピックにいけると言われたが、さすがに無理だと思った。



次が12歳のとき。こんどはサッカーか受験か。正直サッカーしたかったし、受かるかわからないがJr.に行きたいと思ってた。

けれど、親の意思はかたくて僕自身もチーム内で上位ではないと分かっていたこともあり、ここでプロになるのを諦めた。



3つ目は大学に受かったとき。

後期合格なので理3以外の科類を選べる状況だった。生物系が好きだったが前期落ちてる時点で向いてないよなあと思い、進振りに有利そうな文1を選んだ。







新入生ならどこの団体入ろうか迷ってる時期だと思うし、入ったら入ったでやめるか続けるか迷うことになると思う。

けど、結局何を選んでも隣の芝生は青いし、過去の選択のつじつま合わせみたいにいまの自分を正当化することしかできない気もする。



あーどっちにするかなーと悩んでるとき、僕は冒頭の歌を思い出して、忸怩たる思いを抱くよりもむしろ大胆に進むことのが大切なんじゃないかなと最近思うようになった。



僕が迷ったとき必ず聞いてるのがamazarashiというバンドで、せっかくなのでそのヴォーカルが昨日言ってたことを書き留めておこうと思う。気が向いたら楽曲も聞いてください^^;



戻らぬと決めたら旅路へ戻れ





今日だってどうせやまない雨





降らば降れと天をにらみつけ





どうか挫けず光へ進め

















テニサーの新歓してる女子は5月から来ない



3 増田伶

2017年4月3日月曜日

その選択に後悔はないか


去年の9月の終わり




「右膝前十字靭帯断裂、手術は11月で復帰はそれからだいたい8ヶ月後になるかな」




医者に言われた瞬間、「え?待ってくんね?え?おれ、もう来年で最後だよ?え?6月復帰?」




目の前が真っ暗になった。。。。






















って感じで怪我について書こうと思ったんですけどまだリハビリ期間中だし、復帰後にどうなったかとかまで書きたいので怪我については次の次くらいのfeelingsで書きます。(まだプレイヤーは辞めてません、頑張って復帰します。)




(どうせみんな同情票の稼ぎやすい怪我について書くと思ってたんだろ。)
















さて、何について書こうかなと考えたらちょうど新歓の時期ということなので自分がこの部活に入った経緯、そしてその入部という決断を今どう思っているか、といった事について書こうかなと思います。




いま、ア式を考えている新入生達が読んでくれて少しでも参考になってくれたら幸いです。




まず、なぜ僕はア式に入ったのか。




正直言って入学当初は大学で部活をやろうなんて全く考えていませんでした。

ただ、これといったサークルも見つからなくて大学生活どうしよっかな~って悩んでいるところに高校からの友達(寺内)がア式の体験練習に行かないかと誘ってくれたのがきっかけでした。

寺内が大学の近くのカレー屋(ルーシーだったかな)で添田さん(当時の主将)の駒場コンパでの話を僕にしてくれたのは今でも覚えています。




「本気でサッカーができるのは大学が最後のチャンス、本気でサッカーをしたい人にこの部活に入ってもらいたい。」




詳しくは覚えてませんがこんな感じの内容だったと思います。こんなあやふやな記憶で引用してしまうと、先日の卒業式で今話題となってる式辞を読み上げた教養学部の学長さんに怒られてしまいそうですが。




この言葉を聞いて僕は、果たして今までの人生で本気でサッカーをしていた瞬間はあったのかと考えてみました。




サッカーは小中高と続けてきましたが確かに小学校の時は純粋にサッカーが好きでサッカー中心の生活を送っていました。しかし、中高と受験を意識するようになってくると次第にサッカーよりも勉強が優先、なんなら早く引退したいとも思うようになっていた気がします。




そんな中高生活を振り返り、サッカーよりも勉強を優先してしまったことを後悔したし、受験を気にせずに部活だけに本気でコミットできていた奴をどこか羨ましく思いました。進学校出身の人なら少なからず分かってもらえるのでは……




もう一度サッカーを他の何事よりも優先して、本気で打ち込めるのは確かに大学が最後のチャンスなのかもしれない。

このチャンスを逃したらきっといつかまた後悔するときがくる。




そう思って入部を決意しました。










そんな、人生で一番大きいとも言える決断をして早三年が経ちましたが、、、




一度もあの決断を後悔したことはないと言うのは流石に嘘になります。




長期休みの度に友達の海外旅行の写真で溢れかえるFacebook、次々と可愛い彼女ができていく高校の同期たち。(サークルオリでテニスサークルの女の子たち見ましたけど本当に可愛いですね。)




正直、そういった世間一般の大学生活をエンジョイしている友達を羨ましく思うことも多々ありました。




よく、部活の友達と理想の大学生活は

イケイケのサークル入って、可愛い彼女つくって、適度に勉強して、留学して、インターン行って、3年の冬には有名外資企業の内定をもらって、最後の年は旅行しまくることだ、なんて冗談で言ったりもします。




大学の貴重な四年間をただ一つの事に捧げるというのはこんなにも失うものが多かったのかと何度思わされたことか。







ただ、「四年間を一つの事に捧げる」からこそ得ることができるものの方が圧倒的に大きい。




と信じて続けてきたし、ここまで続けてきて実際にそう感じています。




それがかけがえのない同期先輩後輩といった仲間なのか、リーグ昇格の喜び、達成感なのかは人によりけりですが最後の学生生活を捧げて得たものは他の何事にも代えがたいというのは間違いないです。




「大学で様々な経験をしたい、いろいろな事にチャレンジしたい」そう思ってこの大学に入学してくる人も多いでしょう。仮にも日本の最高学府である東大に入ったのだからそう思うのは自然だと思うし、実際素晴らしい志だと思います。

ただ、そういった選択を捨て敢えて一つの事をやり抜くと決意し、それに全力でコミットすることも同じくらいに価値があることだと思います。




先日の卒部式でひとつ上の先輩方を見送りましたが、一人一人壇上でそれぞれの4年間の思いを話す姿にア式を選んだ事に後悔している様子はなかったと思います。




僕も本当にこのア式という組織からたくさんのものをもらってきたし、サッカー以外にも一人の人間として大きく成長できたとも思っています。







引退間近みたいな感じで書きましたがまだ最後のシーズンが残っています。




まだまだこの組織で経験できることは沢山あるだろうし、まだまだ自分も人としても選手としても成長できると思っています。最後の一年はこれまでの三年間とは全く異なる年になるでしょう。

来年の卒部式で先輩方のようにア式を選んだ事に後悔はないと胸を張って言えるようにしたい、そういった最後の一年にしたい。本気でそう思っています。







この時期は新入生は色々な団体が魅力的に見えて悩むかと思います。その中から選ぶ上で、4年後にその団体に入った事に後悔はないと胸を張って言えるか、それくらい全力でコミットすることができそうな団体かというのを一つの基準として持ってもらえたら嬉しいです。




その結果、もしア式を選んでもらえたなら一緒に本気でサッカーをしましょう!

そして今年、一年での東京都一部復帰を達成しましょう!



















まず怪我を治せって話ですね、僕は、、










新四年 MF 田中







ごめん、尾上、おれは普通にノボリとプレーしたいわ

2017年3月31日金曜日

僕が生駒里奈を推す理由


君は何者だろうか。




もちろんこれは、1人のサッカー選手として「何者なのか」という問いである。

個人的にサッカー選手としての「何者か」は決めておく必要があると考えているので、今回は僕なりの「何者か」になる方法について書いてみたいと思う。







有名企業の人事が見ているかもしれないから、結論から言ってみる。

重要なことは3つある。




1.その役割はチームに求められているか

2.その役割は自分の強みを生かせるか

3.その役割は他人と違いを生み出せるか




この点を意識しながら、続きを読んでもらえると嬉しい。







僕は冬オフ中に今シーズンのテーマを1つ掲げた。チームとしてはもちろん「一部復帰」なので、個人のテーマである。テーマ(目標)からの逆算でこそ、行動は決まってくるものだ。

「昇格に貢献する」

まぁ、そりゃそう。でも、大事なのはここから。「貢献って何?どう測るの??」などと、グループディスカッションの帝王、北西から突っ込まれそうである。余談だが、彼の場合「ロジカルシンキング」ではなく「フィジカルシンキング」だと思う。







じゃあ、「昇格」への貢献をどう定義し、計測していくのか。個人的に、目標を掲げた以上はそれをある程度定量化して、進捗を計測する義務があると思っている。

昇格への貢献には様々な方法がある。「点を決める」「失点を防ぐ」「データを分析する」「グランド業務をこなす」 etc

様々な貢献の方法の中から、僕は「チームで誰よりも早く切り替え、それを90分間持続させること」にした。正直な話、もっと別なやり方が良かった。巧みなドリブルで相手を翻弄したいし、強烈なミドルでゴールをぶち抜きたいし、華麗なスルーパスも出したい。

しかし、自分にはこの道しかないように思えた。

なぜか、それは簡単で、先程の重要な3つの要素を満たしているから。以下、検証。




1.その役割はチームに求められているか

もちろん、求められている。「切り替え」はア式どころか、サッカーの基本中の基本。これは誰もが言ってる。




2.その役割は自分の強みを生かせているか

生かせている。武田、こう見えて真面目で律儀にこなすタイプ。あと、「コウヘイってギュンギュン系だよなぁ」ってヨンジャンさんが言ってた。




3.その役割は他人と違いを生み出せるか

「切り替えの速さ」という点では違いを生み出せる気がする。これは去年のOBコーチに言われて初めて気づいたのだが、チーム内では速いらしい。あと、「武田さんって、切り替え速そうですよね!」って銀座の可愛い美容師さんが言ってた。







そうと決めてからは、「切り替え」のことにほとんど全てを集中させた。今まで「インサイドパス」や「ミドルシュート」の鍛錬に割いていた時間を「切り替え」というただ一点に。「切り替え」を「心の切り替え」と「身体の切り替え」に分解し、「心の切り替え」に関しては、どの練習中でも切り替えを意識することでスピード感に心を慣らした。

「身体の切り替え」に関しては、スプリントとターンに必要な筋肉を調べ上げ、その部位を鍛えるトレーニングメニューを自分なりに作り、試合が無い日はジムに通ってトレーニングを続けた。







地味だ、ものすごい地味だ。僕の理想とするプレーは、試合では決して目立つようなプレーでもなければ、結果に直結するプレーでもない。特に筋トレなんてめちゃくちゃ地味だし、正直葛藤の日々である。

でも、それでも続けているのは、みんなと勝ちたい、ただそれだけ。そのために自分にできることをやっている、ただそれだけのことである。







みんなにも、「チームの中での自分の役割(何者か)を見極め、その役割を全力で演じ」て欲しい。その役割というのは人それぞれで、誰もが憧れるストライカーかもしれないし、僕みたいにクッソ地味な脇役かもしれない。中には脇役に抵抗がある人もいるかもしれない。ただ考えてみてほしい、脇役でも輝いているアイドルがいることを。







そう、生駒里奈。

彼女には飛び抜けた才能がなく、飛び抜けて顔が可愛いわけではない(僕は世界一可愛いと思っている)。しかし、彼女の知名度が乃木坂46の中でも突出しているのは、自分の役割を見極め、それに必要な努力をしてきたから。そんな彼女を心から応援しているし、大好きである。







僕は彼女とそっくりで、才能が無い。身体能力高くないし、めっちゃ上手くもないし、サッカーあんま知らないし。だから「切り替え」という道を選んだ。それが僕の「何者か」なのである。

これまた余談だが、ロマンスのスタートという乃木坂468枚目シングルのカップリング曲のMVの最後で生駒里奈が失恋した主人公に対し「切り替え、切り替え大事!」って言ってたことも、かなりデカイ。




だから引退まで、僕は必死で脇役を演じる。










そして死ぬまで、生駒里奈を推し続ける。









4年 イケイケ広告マン      武田康平

2017年3月24日金曜日

「さあ、今日は楽しめるのかな?」



「さあ、今日は楽しめるのかな?」

去年、公式戦前にしばしばカリブ大先輩とこのように確認し合ったものだ。彼はどう感じていたか知らないが、自分はその言葉を発すると不思議といいプレーができる気がした。

しかし同時に、少し困惑していた。自分は楽しむためにサッカーをやっていたのか。



4歳からサッカーを始めてずっと上を目指してやってきた。結果が出ると、周りからも常にステップアップすることを求められ、自分でもより素晴らしい成果を追求してきた。「将来」のために「今」を我慢し、努力を重ねてきたつもりだ。

そんな中、去年僕はプロを諦めた。苦痛な決断であったので、詳細は割愛したい。かつては、プロを目指さない人が本気でサッカーをやるなんて信じられなかった。しかし、実際にやってみるとプロを目指していた頃よりサッカーが楽しいではないか。

以前より創造的なプレーをしたり柔軟な戦術眼を持つことができるようになった。



なぜか?

自分のサッカーに注げる時間的・情熱的コミットメントは圧倒的に以前の方が大きかった。なぜ、コミットメントを減らした今の方がうまくいっていてサッカーが楽しいのか?悔しいし、情けなかった。でも自問せずにはいられなかった。そこで、最近一つの答えがわかった気がしたのでこの場で共有したい。

それは、「今を追求する」ことである。例の「楽しめるのかな?」というメンタリティである。



上を目指していた頃は、「この試合でいいプレーができなかったら…」、「明日の試合は重要だから、今日は...」などという具合に常に来るべき将来に準備することを考えていた。試合中も、「残りの時間でボールに絡めなければ」、「あと何分体力がもつか...」という雑念に支配されていたように思う。

サッカーを真剣にやっていた人なら少なからず共感ができる部分があるのではないか。



しかし、プロになることを諦め、楽しむことを目的にし始めたあとの自分の頭の中には、「今」しかない。試合がどういう状況で、今自分が何をしたらチームを救うことができ自分が楽しめるか。常にそんなことを考えている。更には、相手の心情にも想像を膨らませることができるようになった。相手の考えていることを想像して、相手が嫌がるプレーとはどういうものか。常にワクワクしている。もちろん、自分のプレーや技術がそのワクワクに追いつかないことばかりであるが、そんなことは関係ない。楽しいし、何より自分が以前よりチームに貢献できている感覚がある。また、今に集中しているから練習の質も高く上達していくイメージがある。



大学に入ってサッカーを本気で続ける理由は二つしかない。一つはプロを目指すため。そしてもう一つは好きだから。後者のケースがほとんである東大のサッカー部にとって、上のようなメンタリティが少しでも役に立つのではないか。そう思って、自分の経験を偉そうに書かせていただいた。



プロのスポーツ選手でさえ、「知らないうちに」記録を更新したり、偉業を成し遂げたりしていたという内容の発言をよくしている。今を楽しむ。楽しむことを追求する。自分の得意のプレーに注力して少しでもチーム貢献する。その先に上達があるのではないか。もちろん、ハードワークを厭うわけではない。ハードワークさえも楽しむ工夫が大事だと思う。

今季の目標であるリーグ昇格は何としてでも達成したい。でも、理想はそれぞれが今日の練習を楽しみ、上達し、いいプレーを続けていくうちに「知らないうちに」リーグ優勝が決まっている状態だと思う。



「さあ、今日は楽しめるのかな?」



4FW 多田憲介
今シーズンの個人的な目標は、怪我なく毎試合ワクワクしながらプレーし、自分のサッカー人生を締めくくること。