2019年9月19日木曜日

ちょっとした気づき

正式入部から4ヶ月。
わずか4ヶ月といえばその通りだが、この4ヶ月、私はあることに関してずっとどこかでモヤモヤしていたように思う。

単刀直入に言うと、そのあることとは部活を続けるかどうかということ。


本気でやめようと考えたわけではないが、このまま続けていいのかどうかがわからなかった。
でもそれは他に興味があるものができたからでもないし、部活自体が嫌になったからでもない。
同期も先輩もすっごく好きだし、あの女子オリの日に、私を勧誘してくれたア式女子の先輩たちに出会えて本当によかったと思ってる。


ただ、今までやってきたスポーツとはかけ離れすぎていたためか、サッカーが少し嫌になったから。


その原因は主に2つあるように思う。


1つ目は、自分が積極的にプレーできないということ。

元々球技が苦手なためか、ボールコントロールができない。
チームスポーツをやったことがないからか、ポジショニングもわからない。
足の速さには自信がある方だが、それが活かせているわけでもない。

そんなこんなでプレー中私が考えることといえば、
ミスをしないこと、
先輩や同期のプレーを邪魔しないこと、
部員に迷惑をかけないプレーをすること、
それぐらいだった。


この流れからお察しの通り、
私は消極的にプレーすることしかできなかった。
自分がフリーの時も、何もできない気がしてボールを呼ぶことができなかった。
そんな無力な自分が嫌になって、サッカーを続ける意味がわからなくなった時もあった。


2つ目の原因も1つ目と関連している。

これは正直今でも克服はできていない(部活はやめないのでご心配なく!)。

その原因とは、

声出しができない

ということ。


いや、もちろん出そうと思えば声は出せる。
出すのが恥ずかしいとかそういうのではない。

ナイディとか、ナイキーとか、ナイスシュートとかそういうことは言える。
誰かを褒めるのにためらうことは何もない。

でも、そうじゃなくて、
戦術のこととか、
自分がボールを呼ぶとか、
そういうことになると自信を持って声出しができない。
言ってることが正しい気がしないというのが大きいが、それで次のプレーを失敗させたくない、と失敗を恐れての気持ちが大きかったように思う。



とこんな風に思っていたが、
実は夏休みに入って、私の意識が少し変わった。



まず1つ目の積極的にプレーできないということについて。

きっかけはコーチの藤岡さん含め、先輩方も自分の失敗を受け入れてくれてるように感じたから、そして何よりも下手なりにチャレンジしなければ成長できないと思ったから。

それにア式には、下手な私でも挑戦する環境が整っている。先輩たちも、合同で活動している文京LBレディースの部員たちも、たくさんアドバイスをしてくれる。サッカー経験の浅い私にとってはそれが何よりもありがたい。


正直言ってサッカーを10年やってきた相手と4ヶ月の私が勝負になるとは到底思えない。

でもその中でも、
20回中1回でも1対1を成功できたら、
10回中1回でも相手を止められたら、
5回中1回でも自分の思い通りのパスを出せたら、
初めのうちはそれで良いんじゃないかなと思ってきた。
そう思うと、積極的にプレーできる気がする。


次に、声が出せないということについて。

これのきっかけは、声を出さないことで一番困るのはチームメイトである味方だということにやっと気付いたから。

それに、実際にそこで次のプレーを判断するのは自分ではない。もしその人が自分にパスを出すのが良いと思えばそうするだろうし、そうじゃないと思えばきっと違う人にパスを出すだろう。
だから、その通りにならなくても声を出して言ってみる価値はある気がする。
そう思うと、声も出せる気がする。



とはいえ、この二つのことは今でも私にとっては課題である。
でも、これからはもっと前向きに、ポジティブに、サッカーに取り組みたい。
もっと幅のあるプレーができるようになりたい。
下手なりに、積極的に食らいついていきたい。


だから、先日開幕した関東大学女子サッカーリーグの個人目標は、


「ハングリー精神で1点を取る」




言ったからには有言実行
女子部1年 石田ちひろ

2019年9月12日木曜日

深呼吸

昨年の102日、僕は左足首を骨折しました。
脱臼骨折という関節が脱臼した衝撃で腓骨(外くるぶし)が折れる、手術が必要な程の大怪我でした。

怪我をした日から約1週間後の1010日に手術が行われ、骨片を二本のボルトで固定、更に靭帯も二本損傷していたため、片方は縫合、もう一方は靭帯が繋いでいる骨にボルトを渡して固定しました。
手術後約1ヶ月くらいは本当に辛かったです。

足は痛いし、むくむし、手は松葉杖のせいで豆だらけ、移動が大変で大学の授業にすら行けない。
ラインで流れてくる練習のログを読む度に悔しさとか情けなさとか色んな負の感情が込み上げてきて苦しかった。

でもまたサッカーがしたかったから、その気持ちを糧に耐えることができたし、ギブスが外れた12月の頭からの約3ヶ月半のリハビリも乗り越えることができた。
手術の影響で足首の硬さは完全には取れなかったけど、ほぼ元どおりにプレーできるようにまで戻って前期リーグ戦を迎えられた。・・・



ここまでは「プレー出来ない程の怪我をした時」の話。正直言ってこれくらいの大きな怪我だとプレーしないで治療に専念すればいいので対処が簡単である。

ここからは「プレー出来るくらいの怪我をした時」の話をしようと思う。
この場合の怪我は軽い打撲や捻挫が当てはまり、まぁ痛いけどプレー出来ない程ではないという感じ。難しいのは、自分の目標や欲求のためにとるべき正しい行動が時期によって変わってくることである。

僕は今年の京大戦で左足首の内側を捻挫した。
怪我直後は割と腫れてかなり痛かったけど、34日でかなり回復したので、京大戦の次の週の木曜日に復帰した。
今思えばこの判断が良くなかったように思う。


正直焦っていた。前期リーグ戦の途中で、それまでFWで三番手だった大池さんがスタメンで起用されるようになり、僕はそのまま三番手に落ちた。そして京大戦で初めてメンバー外になってしまった。その京大戦で怪我してしまったわけだからタイミングは最悪。早く追いつかなきゃいけないのに。
でも焦る一方で左足の調子はそこから一向に良くならなかった。今回痛めた靭帯というのが前述の手術で縫合した靭帯のようで、もともと弱っていたためなかなか痛みが引かず、足首もより硬くなったと思う。焦らずにもう12週間復帰を遅らせていれば状況は好転していたかもしれない。
結果として気持ちと身体にギャップが生まれ、思うようにプレー出来ない苛立ちが募って悪循環に入ってしまった。


本当に情けないけど、このままパフォーマンスが上がらなければチームに良い影響なんて与えられないし、逆に迷惑をかけてしまうと思う。
一回DLに入って頭と身体をリセットしてきます。
それが今の「正しい行動」だと思うから。



ちなみに骨折は両手両足経験してます
2 松山樹立

2019.3.13-7.22

ついに2回目のfeelingsが回ってきた

と言っても自分の場合は実質1回目か、なんて思いながら何を書こうかとみんなのfeelingsを見ていたら秀樹がfeelingsの意味についてこんなことを書いていた。

" #feelingsの意味

疑問に思ったことのある人はそれなりにいると思う。

部外への発信、部内の仲間への発信。過去のfeelingsでそう答えている人もいる。至極その通り。

ただ、この夏休み序盤という時期に回ってきたのは、feelingsの意味の1つに、自分と向き合う時間を作ること、ってのがあるんじゃないかということ。 "

確かになぁなんて思いつつ自分がア式に入ってから何をしてきたのかなと軽く振り返ってみたら、わかってはいたけどやっぱり怪我ばっかしたなと。

ということで、今回のfeelingsでは離脱中の過ごし方について書いてみようと思う。
(今後離脱する人に少しでも参考になればいいかなぁ)


まず自分のア式に入ってからの離脱遍歴を軽く書いておくと
1年の5月に右脛骨剥離骨折、11月に右足首捻挫、3月に左後十字靭帯(pcl)損傷、2年の7月に右膝捻挫
というわけでア式に入ってからの16ヶ月のうち合計6ヶ月くらい離脱してたらしい。ヤバイな
今回はpcl損傷での離脱中の過ごし方を振り返ってみようと思う。


まず怪我した直後
遠征中ということもあり、設備の整ってない病院に診てもらうしかなくて「ただの疲労じゃない?」なんて医者に言われたこともありそんなに重い怪我だとは思ってなかった。しかし、帰ってきてからかかりつけの病院でいきなりpclの損傷だと言われた。そして3ヶ月固定器具をつけて完全に直すか、強引に靭帯が損傷したままプレーするかをその場で選択することを強いられた。冷静を装ってこれからのプレー期間を考えて完全に直したいですとは言ったものの、正直かなり傷心状態だった。こうして3ヶ月の固定+1ヶ月のリハビリの計4ヶ月の離脱生活が始まった。


遠征後初めての練習ではみんなから怪我について復帰はどれくらい先かなど色々聞かれたが、自分は「最低でも3ヶ月っすね」なんて明るく答えていた。よくそんなに笑って返せるななんて心配してくれた人もいたが明るくならないとやってらんなかった。遠征に行く前に大和さんとの面談で自分のア式での立ち位置や課題、目標なんかをはっきりさせた直後の怪我だったこともあって凹んでないわけなかったけれど。

ただDL生活もそれほど悪いものではなかった。というのも、当時のDLには自分以外にも長期離脱者が何人かいて1ヶ月半近くほぼ同じメンツでDLメニューをこなしていた。DLをやりながら合間に色んな雑談や時にはブラックトークをして楽しみながら過ごせていたと思う。また、DLは終わり次第解散なのでたまにDL後に高校同期などと会ったりしてア式以外の部分でも楽しめていたと思う。


一般的に「怪我での離脱=悪」という認識がなされているが、自分は必ずしもそうではないと思う。確かに怪我して練習できない分、周りとの差が開いていってしまうし、サッカーが上手くなりたいならその分練習しなければいけないのは真理だと思う。ただ、サッカーの競技性を考慮すると怪我は起こってしまうものだということもまた真だと思うし、そこでその怪我をどう乗り越えるかが重要だと思う。自分の場合はかかりつけの病院に人工芝のフットサルコートがあり、そこで身体の使い方など細かいところまでチェックしてもらった。サッカーに限らずスポーツが得意な人は身体の使い方が上手い人だというのなら、逆に基礎的な動作がうまくできてない人はプレーに安定感がなく、身体に無理が出やすい。つまり、怪我してプレーから離れている間に基礎的な動作を改善させれば自然と復帰後のプレーが良くなるという意味では離脱期間も上手くなる布石になりうる。そのため、怪我して離脱する期間はただ休んで下手になる期間と考えるのではなく、自分の身体を見つめ直して改善する期間と捉えることが重要だと思う。

ただ、それでも4ヶ月の離脱は長すぎた。4月の末に1年生が入って育成も試合で勝利することが珍しくなくなってもその勝利を素直に喜べない自分がいた。当然プレーできない自分に焦っていたし、育成がチームとしてまとまりつつある中で、自分はいつもグラウンドの端で筋トレをしているだけだったから疎外感のようなものも感じていた。ただそれでも焦ったところでどうこうなるものでもないという諦めもあったし、育成の皆から早く復帰してくれよなんて言われたことは普通に嬉しかった。なんだかんだで4ヶ月の離脱期間1日も休まずにDLを続けられたことに自分でびっくりしたけど、やっぱ自分ってサッカー好きなんだなとも感じた。


というわけで自分の4ヶ月の離脱期間に考えてたことなど書いてきたけれど、たぶんこれからも自分のプレースタイル的にも怪我しちゃうんだろうなぁというのが今のfeelings。


二年 松本 岳

2019年9月9日月曜日

テクニカルとして(仮タイトル:9/4 vs東経@武蔵村山 天候曇りときどき雨)

さあfeelingsだ。他の1年が「マジで書くことない」とか言ってる中で、自分は逆に3つくらいテーマが思い浮かんだ。その話を友人にしたら「とりあえず見てやるから3つ書いてこい。新聞読むコンクールで受賞したことあるから。」と言われた。鬼畜である。

何故そんなにテーマが思いつくかと考えれば自分の割と特殊な環境にあるだろう。まず武蔵のことで書けてしまう。次に「ア式には絶対入らない」と言い張っていた自分がテクという形で入部に至った経緯でも書ける。タイトルは『僕がア式に入った理由』なんてどうだろうか…



と、本当はこの少しふざけた導入から、少し精神論みたいなことを書こうと思っていた。というか書き始めていた。しかしそれは全部消して、全く違うことを新しく書いていく。よりfeelingsにふさわしいテーマだと思う。



9/4のリーグ戦第12節、東京経済大学戦。自分が初めてスカウティングを担当した試合だった。井上さんや稲田さんに全面的に手伝ってもらいながら、なんとかスカウティングミーティングまでは終わらせた。

結果から言えば、「基本的には」スカウティングは間違っていなかったと思う。ストロングとウィーク、戦術、個人分析。事実、前半まではア式のペースで、相手のやり方もほぼ想定通りだった。しかし、後半になって流れは完全に変わってしまった。3失点を喫し逆転負け。


悔しかった。腹立たしかった。初めてベンチから聞いた応援の声はやっぱり大きかったけど、試合終盤は虚しくさえ聞こえた。試合中のこちらを揶揄するような東経の声と、試合終了後の歓声。対照的なア式のベンチと選手たち。内倉さんは切り替えろと言ったが自分はまだ切り替えられていない。雰囲気は最悪だった。試合後に再び降りだした雨は、偶然とはいえ流石に状況と合いすぎていた。

とにかく、悔しい。今までのリーグ戦で負けた時も悔しかったけど、それとは全く比べ物にならない悔しさ。今までは、どこかに無力感があった。まるでガンバが負けた時のような、どうしようもない悔しさだった。しかもすぐ切り替えられたということは、「まあ次がある。次は勝ってくれるだろう」という思いがどこかにあったんだろう。今回は違う。いよいよ降格が迫ってきた中での大事な3連戦、そして自分のこの2週間ほどの成果が出る試合だったからだ。


自分には、何ができたのだろうか。この悔しさはどこにぶつければいいのだろうか。


他に弱点はなかったのか?7番を警戒すべきだということをもっと強調すべきだったか?キーパーが上手いことをもっと言うべきだったか?後半のやり方は予想できなかったか?フォーメーションを戻した時にどこを狙えて、どこが危なくなるかについて考えるべきだったか?もっと何試合も見るべきだったんじゃないのか?スカウティングは本当に充分だったのか?ミーティングでの伝え方は正しかったのか?井上さんや稲田さんがやっていたらもっと良い結果が出たんじゃないのか?


多分この答えはすぐには分からないだろう。自分はまだ1回目だし、回数を重ねることで少しずつ分かっていくのかもしれない。幸せなことに、こうして1年のうちからスカウティングを任せてもらっている。だから成長するチャンスと時間はたっぷりある。そしてこの悔しさは、次以降のスカウティングで晴らすしかない。



「自分の力でチームを勝たせる」
こんな力はテクにはない。チームを勝たせるのはあくまで選手たちだ。自分たちスタッフは選手たちに喜びを味わわせてもらうしかない。でも、せめて少しでも選手たちがやりやすいように、そして少しでも勝利に貢献できるように。


今回の悔しさで、自分がア式の一員だということを再認識できた。というよりも、ようやくア式の一員になれたのかもしれない。他の人たちからどう思われてるかは知らないけど、少なくとも自分ではそう思っている。


リーグ戦は続く。次のスカウティングもすぐだ。4年生のことを考えると少し焦ってしまう。槇さんや白藤さんたちの力になりたいし、井上さんに迷惑をかけたくない。でも、一歩ずつ、地道にやっていくしかない。3年後に、誰よりも信頼される、いちばんのテクになれるように。




冒頭の鬼畜友人には褒められました
1年 髙橋俊哉

2019年9月5日木曜日

いつか自分が

「今週から育成に行ってもらう」

そう連絡をもらった時、悔しさよりもとうとう来たかという気持ちだった。
自分に何が足りなかったのか?
足元の技術、ポジショニング、準備の悪さ…
考えているうちに、あの時のことを思い出した。足りなかったのはテクニカルなことだけではない。


今年2月のスタートアップ合宿初日。2年生全員が集められてミーティングが行われた。幹部から言われた内容は耳が痛いものだった。
「この代は(染谷を除いて)戦力になる選手がいない、リーダーシップを発揮できる選手もいない。みんな殻に閉じこもっていて主張をしない、まともにコミュニケーションもとろうとしない、そういうところが情けないし、同じ部員として恥ずかしい。このままだとア式はお前らの代で終わる。」

言われた時の衝撃は本当に大きかった。自分を変えないと。そう思った。でも、自分を変える勇気はなかなか持てなかった。リーダーシップなんかとれる立場にない、と背負うべき責任から逃げてきた。

今なんとかしないと。
このカテゴリー変更を自分の殻を破る好機にしよう。

自分が育成を引っ張る。

そういう気持ちで練習に臨んだ。
しかし、いざとなると何をすべきかわからないし、気持ちが焦ってプレーも落ち着かない。やっぱり自分が理解していること、できることでないと、うまく発信できない。

そこで、まずは戦術理解を高めることを意識した。チームとしてどうビルドアップすべきか・どうプレスをかけるべきかを、相手のフォーメーションに応じて考えるようになった。相手が4-4-2なら?5-2-3なら?とフォーメーションごとに自分なりの解を持てるようにした。

次に、週末の試合の相手のフォーメーションを調べて、チームで共有するようにした。「今週の相手は恐らく4-4-2だから、プレスのとき、相手右CBがボールを持っていたら、うちのワントップは…」みたいなことを試合の数日前から何人かで話し、試合のイメージトレーニングをしておく。そうすると、試合中に何をすべきかがある程度整理されるので、指示の声も出せるようになったし、何よりも自分がプレーしやすくなった。

でも本当にまだまだ。


育成に来て2ヶ月以上が経ち、良い意味でも悪い意味でも環境に慣れてきてしまっている。自分の中で少し意識が変わったことは良かったけれど、客観的に振り返ってみれば𠮷岡や新屋さんに頼りきっていて、自分はほとんど何もできていなかった。戦術的な面で少し頭の整理ができたから、今度はもっとプレーにフォーカスしてチームに貢献したい。前線からハイプレスかけて、全力でプレスバックして、自分の持ち味を出す。それは最低条件。もっと首を振って周りを見る、ゴール前での精度を上げる。自分の課題をつぶすことが、決定力不足といったチームとしての課題を克服することにもつながる。だからこそ、自分のプレーにもっと責任をもつ。


サタデーで上位6チームに入って、プレーオフに進出できるように。
育成を引っ張る選手になれるように。

そしていつか自分が、ア式を引っ張る選手になるために。



もう新屋さんに迷惑をかけない
2年 茶谷晋伍

2019年9月2日月曜日

努力と成功体験

東大ア式蹴球部に入部して4ヶ月、初めてのfeelings

最近ヘッドコーチの遼さんによる拷問のような弄りがさらに激しさを増す一方、普段関わりのないAチームの先輩方は自分について悲しいかなそういうイメージが先行しがちだと思うので、かといって自分から馴れ馴れしく絡みに行けるタイプでもないし、この場を借りて部員やこれを読んでくれるであろう友人などにももっと自分のことを知って貰おう。どういう思いでア式でサッカーをすることを決め、何を考えてサッカーをしているのか。何てのは少し大袈裟だし、言語化するのは難しいけど。。



feelingsの存在を知ったのは合格してからだった。その頃やっていたのは「受験生企画」。合格が決まってからしばらく経っていたが、先輩方と自分を重ね、自分の選手時代、受験生時代を振り返り、押し寄せる喜びに浸っていたことを思い出す。


サッカーはずっと大好きだ。それは今も昔も変わらない。でも思い返せば、心の底からサッカーを楽しめた期間は短かったように思う。母校である(自称)進学校、栄東中学・高等学校はひたすら勉強&勉強の監獄のような学校で(さすが埼玉の北朝鮮と呼ばれるだけはある)、サッカー部は高21月に引退することからもわかるように決して強いとは言えなかった。地区大会の1回戦や2回戦で勝てれば良い方だ。中学生の頃なんかは、''緩く楽しめれば良い''選手と自分のような''勝ちたい''選手の意識の擦り合わせができずとても悩んだし、高2になり主将を任されてからは、練習メニューを作ったり後輩を統率するのに苦心し、中々サッカーに関して自分自身と向き合うことができなかった。でも、高11年間だけは違った。1つ上の代が栄東にとっては奇跡の世代で、練習を重ねていくうちに埼玉のそこらへんの高校には大体勝てるチームになっていた。そこで初めて大好きな先輩方と共に本気でサッカーをして勝つ喜びを知り、心の底からサッカーが楽しいと思った。引退して本格的に受験勉強がスタートしサッカーから離れていると、またあの時の興奮を、アドレナリンを、ボルテージの高まりを感じたいと思うようになった。その先がア式だった。ア式には''最高の環境''が揃っている。ア式を目指そう。またそれが、恩師とも呼べるア式OBの顧問の先生への恩返しでもあった。サッカーを辞めるには早過ぎたし、辞めるなんて選択肢も無かった。



そんな感じで1年浪人こそしたものの、東京大学に合格し、ア式に入部した(合格できたのは栄東と駿台のおかげであり、本当に感謝しています)。浪人時代にワールドカップと勉強の両立ができず病んだのも良い思い出である。だがア式でのファーストインプレッションはというと''皆上手すぎでしょ''。いやでもこれに関してはよくよく考えれば当たり前だった。上手かった先輩方でさえ大学でサッカーを続けている人はほぼいないのに、東大に入ってまでサッカー続けてるんだからそりゃ上手い。わかってはいたものの自分は井の中の蛙だった。けどスタッフ含め部員全員が勝つために全力で走り続けているこの環境は、強豪校出身の選手にとっては当たり前なのかもしれないけどすごく魅力的で、それこそが自分が求めていた''最高の環境''なのだ。とはいえ危惧していた通り体が全く動かない。なんせ2年半近くのブランクがあったし。だからまずは体を戻して鍛えて走れる選手にならないと。

ちょっとは戦えるようになった・・・のか?上のカテゴリーへ上がっていく他の1年を見て焦りを覚えつつも、ただ愚直に11つ出来ないことを出来るようにしていこう。少しでも上へ行きたい。それに必要なものは何かというと、自信だ。挑戦しなければ成長はない。自信は、失敗への恐怖を払拭し、挑戦する勇気を与えてくれる。

「自信は努力と成功体験の積み重ねによって生まれる」

東大受験を通して学んだことだ。努力は得意だ。東大生なんて皆努力が得意なんだろうけど、そこは人がこなすには無理がある量の課題を出してきた栄東で培った愚直の精神を発揮していきたい。



と、ここまでは少しありきたりな感があるので、、自分しか書かなそうなことを書いてみる。


受験生時代はスマホを解約していたが、それ以上にどうしてもやめられないものがあった。PS4FIFAシリーズだ。自分ルール12試合。受験勉強の気晴らし、毎日の楽しみがそれだった。その頃はただのゲームとして楽しんでいた。が・・・?

もう1人のセンターバックからの横パスをダイレクトでアンカーにつける。一見簡単なプレーのように見えるが、集中していなければパスをずらし、相手にボールを奪われピンチを招いてしまう。でもFIFAではどうだろうか?ボールが来る前にボタンを押せば勝手にアンカーにつけてくれる(操作はNEWコントロール派!)。他にも〇ボタンで難しい体勢から正確なクロスを上げてくれるし、R1ボタンでシュートは大抵枠内に飛ぶ。いやちょろすぎでしょ。。。これができたらな。何ならゲームの中ではカゼミーロは(ほとんど)トラップミスをしないし、クロースはちゃんと守備するし、ベンゼマは決定機を外さない。云わばFIFAは仮想現実の世界で、自分が普段出来ないプレーを実現させ、それをピッチの上から俯瞰することができる。ゲームとはいえ意外に自分のプレーの参考にできそう?今は本当にそんな気持ちでコントローラーを握っている。


先輩方良かったら一緒にFIFAやりましょーーー!



最近はドラクエやりがち

1 木下慶悟