2019年9月28日土曜日

自己紹介

「初めまして。田所です。ア式でフィジカルコーチっていう役職をやってます。」

大学に入学してから自己紹介をしなければならない場面が多くあり、何度もこのセリフを言った。その度に決まって返ってくるのが、


「何で選手じゃなくてフィジカルコーチ?」


という質問だ。
この疑問は生じて当然のものだと思うが、真面目に答えようとすると話が長くなり過ぎてしまい、初対面としては不適切なやり取りになってしまうので、普段は適当に流すことにしている。
初めてのfeelingsでは、僕のサッカーとの関わりを振り返りつつ、この質問に真面目に答えてみようと思う。



僕は小2から高26月までは選手としてサッカーをしていた。僕が所属していた高校サッカー部の引退時期は高35月のインハイ予選後か11月の選手権予選後のどちらかだった。それに比べると僕の引退はチームメイトと比べて約1年早かったことになる。

サッカーを辞めるきっかけとなったのは高11月から高26月までの半年間、怪我など色々なことが重なってまともにサッカーができなかったことだった。半年間もサッカーをしないでいると身体はありえないほど重くなった。また、怪我をする以前はかなりの量の走り込みをしていたこともあって体力を戻すには相当の努力が必要だった。サッカーに命を懸けていた中学までの自分ならがむしゃらに練習を続け体力を取り戻していたのだろうが、高2の自分はがむしゃらにはなれなかった。


僕は高1の時点で東大を受験することを決めており、サッカーができなかった半年間もかなりの時間を勉強に割いていた。しかし、半年間猛勉強をした割に成績はそれほど伸びなかった。今でこそ成績の伸びなんてものはコツコツと努力を積み重ねた後に急激に起こるということは理解しているが、当時の自分はそんなことを考えもしなかった。とにかく勉強時間を減らすのが怖くて、自分の体に鞭を打ってサッカーに向き合う余裕などなかった。


そんな訳でチームメイトや顧問の先生に引き止められつつも、高26月でサッカーから離れることを決意し、受験勉強に専念した。サッカーを辞めてからは、下手なことをしていてはチームメイトに申し訳ないという気持ちもあり、狂ったように勉強をした。高2にして学外で毎日7時間は勉強していたと思う。これほど勉強していると流石に成績は徐々に伸びていき、東大に入ってからの道を考えるようになった。理学部、工学部、経済学部など色々な可能性を考え、それぞれの分野の本を読んでみたりもしたが、結局どれにも興味が持てず、しばらくは東大志望者に多い「とりあえず東大」というスタンスになっていた。


そんな僕に大きな影響を与えたのは、受験期真っ最中に開催されたロシアW杯の日本対ベルギーの試合だ。クルトワでさえ止められなかった原口、乾のゴール。川島の頭上を越えるボール。フェライニのヘッド。デ・ブライネの爆速スプリントからの完璧なカウンター。すべてが僕の記憶に残っている。試合を観た後であんなに余韻に浸っていたのは初めてだった。試合後は勉強に戻るつもりだったが全く手に付かなかった。それまではただ自分がプレーして勝ちを目指してきただけだったサッカーに、こんなにも観る人の心を惹きつける力があるのかと驚くと同時に、自分も観る人を感動させられるようなサッカーチームの一員になりたいと強く思うようになった。その時すでに東大の教養学部にスポーツ科学を学べるコースがあることは知っていたので、僕の中で東大入学後の進路はそこで確定した。


その後も勉強を続け無事東大に合格できた。合格発表の2日後、通っていた予備校の合格祝賀会でサングラスをかけた怪しい予備校講師と写真を撮ってもらおうと待機していた列で槇さんと春歌さんに声をかけられた。その時点では、サッカーサークルで軽くボールを蹴りつつスポーツ科学を勉強していけばいいかな程度に思っていたのだが、槇さんの熱烈な勧誘に心を動かされ、ア式のプレイヤーとしての入部を検討するようになった。

再びア式の先輩方と顔を合わせたのはテント列だったと思う。人の誘いを強引に断ることが得意でない僕は、運動会の部活のほぼ全てのテントに引きずり込まれた。もちろんア式のテントには自分から入って色々話を聞いたが、テント列ではラグビー部との出会いの方が大きかった。ラグビー部では男子スタッフの勧誘に力を入れていて、特にS&Cコーチという主に筋トレを管理するコーチに関してはプロのコーチを雇っていることもあって、S&Cの勉強するにはうってつけの環境だということだった。ラグビー部には3年生に1人学生S&Cコーチの方がいて、その方と一緒に勉強していけるというのもラグビー部に入るメリットとして大きかった。それまでは漠然とスポーツ科学を勉強するということしか考えていなかったが、サッカーチームに関わるという目標を達成するには、学問的に議論しやすそうなフィジカルという分野から入っていくのが一番可能性があるのではないかと考えるようになった。元々は無理矢理引きずり込まれたラグビー部のテントだったが、気付けばラグビー部もア式と同じくらい有力な選択肢となっていた。

テント列の後、ア式の練習にプレイヤーとして参加したが、正直気持ちはS&Cコーチの方に動いていた。練習に参加した後、分かっていたことではあるが体が動かないということを自分自身への言い訳にしてア式のプレイヤーという選択肢を消し、そこからはア式でフィジカルコーチをやらせてもらうかラグビー部のS&Cコーチをやるかの二択で迷うようになった。ア式は選手とマネージャーがフィジカル班として兼任でやっているので、専門のコーチを立ててやっているラグビー部とは正直質が違う。(競技の特性も間違いなく関与はしている)
純粋にフィジカルトレーニングを学ぶ環境としては明らかにラグビー部が優れている。ア式でフィジカルコーチという仕事をするなら自ら仕事を考え、作り出していかなければならない。また、最終的な目標であるサッカーチームに所属するということを考えた時に、ラグビー部で大学四年間を過ごすことは悪影響を与えるのではないかという考えも同時にあった。

この分かり易い二択で迷い続け、どちらかの部活の練習に行く度にそちらの部活の方に気持ちが寄っていくという現象を繰り返した。ア式の入部式は428日だったのでそこを自分の中での期限に定めたが、結局ア式への入部を決意したのは427日の18時半だった。最終的な決め手は自分でも分からない。単にラグビーよりサッカーが好きだったということなのかもしれないし、前例がないことをやるということにカッコ良さを感じたからなのかもしれない。とにかく槇さんに入部しますとLINEを送った時の解放感は凄まじかった。大体の新入生はどれがやっていて楽しいかという基準で部活やサークルを選び、時に悩むこもあるのだろうが、僕の場合は将来に関わる選択だった(と思っている)ので、かなり疲れた。ただ、この1ヶ月のお陰で自分の将来を深く考えることができたので、ア式にもラグビー部にもめちゃくちゃ感謝してます。ありがとうございました。


最後少し話が逸れたが、これが冒頭の質問への自分なりの答えだ。やはり初対面で答えるにはあまりにも長過ぎる。



長々と書いたついでにア式に入ってからのことも少し書いて初めてのfeelingsを締めたいと思う。

ア式に入ってから最も変化したのはは間違いなくサッカー観だ。入部したての練習後に遼さんが話しかけてくれて、戦術的ピリオダイゼーションの概念やサッカーと複雑系科学、認知科学の関わりなどを軽く教えてくれた。それはほんの表層に触れただけではあるが、自分の中には全くなかったサッカーの見方であり、学問的にサッカーを考える術はいくらでもあるのではないかと思うようになった。元々フィジカルという分野を選んだのが、サッカーに学問的視点を持ち込むのが簡単そうだったからという単純かつ今思えば馬鹿げた理由であった以上、フィジカルという分野に固執するつもりはない。今はもっと色々な角度からサッカーを見れるようになりたいと思っている。

だから、とにかく今はサッカーを包括的に勉強したい。その中で自分にとって最適なサッカーとの関わり方を見つけ、サッカーを仕事にできれば最高だ。ア式への関わり方も、フィジカル班だけではなく、色々あるだろう。とりあえず今は学生コーチとして指導ができるように戦術やコーチングの勉強を始めたが、この先どうなっていくかは自分でも分からない。


今のところア式での役職名はフィジカルコーチになるのだろうが、自己紹介の時はもっと色々勉強してます感を出すためにスタッフとだけ言うようにしようかな。


1年スタッフ  田所剛之

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