投稿

ラベル(21卒 伊地知遼)が付いた投稿を表示しています

ア式での失敗と今後について

  4 年間のア式生活を振り返ると、やはり悔しさがあります。 確かに練習試合では多くのゴールに恵まれました。毎週末の練習試合が楽しみで仕方がない時期もありました。   しかし、多くの部員に見てもらえる公式戦で結果が出せなかった。 新人戦ではノーゴールのまま退場してしまい、リーグ戦では 1 アシストのみ。せっかく獲得した PK も外してしまった。 公式戦で結果が出せなかったということについて、もっと試合に出てさえいればなどと言い訳をするつもりはありません。チーム内での立ち位置も含めて、勝負に負けてしまったということに変わりはないからです。   失敗した原因はなんなのか?? サッカーの上手さのみではありません。 サッカーという集団スポーツに向かない僕の性格にもあると考えました。 一言で言えば「小賢しさ」です。 自分が損をするという発想にどうしてもなれなかったのです。   例をあげれば、 ・自分がピッチ外から見るチームを応援できない ・とれないと思った守備では体力温存を考えてしまう などです。   自分が球に触ることのためにしかプレーをしない。 ボールという木を見るばかりで、相手や味方を含めた試合という森を見るに至らなかった。 やはり深層心理には、自分が損をしたくないという「小賢しさ」があるのです。   小賢しさと対極に位置するのが、「自然の摂理」に従うということではないかと考えました。 僕の目指すべき大成功者、松下幸之助の言葉に以下のようなものがあります。   我々の目に映る姿の背後には 動かしようのない 自然の摂理というものが働いている それは 人間の力ではどうすることもできない 原理・原則である 我々は、その自然の摂理を直観し 受入れ それに適応することによって はじめて生きてゆくことができる   僕はここで難しいことを言いたいわけではありません。人は環境の力には抗えないということを言いたいのです。 ・自己犠牲を求めるチーム戦術 ・勝利を目指すチームの雰囲気 ・決定権を持つ監督の言葉 といった環境という大いなる力の存在を無視して、ひたすら小賢しく、自分が点を取ることを考えてしまったところに僕の失敗の原因があるということです。   大谷くんが言っていたように 「内ではなく、外にベク...

2月11日

今、僕はア式にはいってから2回目のfeelingsを書いています。前回はサッカーだけではない 「成長」について書きましたが正直、今回は何を書けばいいのか全く思いつきません。そこで恥ずかしく思うところもありますが、今日、追いコン、1年会が終わったこのタイミングで感じていることを素直に書きたいと思います。 2月11日の今日は午前中に学習院大学との試合がありました。長期オフ後のどさくさにまぎれてAチームにあげてもらった僕は、この試合で自分の力を見せつけたいと強く思っていました。伊地知はやっぱり点が取れる選手だって思わせたかった。 結果、何もできませんでした。本当に何もできませんでした。足が遅すぎる。止まれない。球際に勝てない。身体が割と大きいせいなのか、はたまたメンタルが弱いだけなのか一歩一歩地面を蹴るたびにふくらはぎ、大腿四頭筋に重りをぶつけられてるような感覚すら抱いていました。必死に脚を振っても思うほど身体が進んでくれない。本当はプレミアリーグの選手みたいにキュッキュッと動いて守備をして、ドリブルで切れ込みたいのに。もちろん僕の抱える問題が機動力だけで片付けられるものでないことはわかっています。しかし機動力を改善しなければいくらほかの技術が向上したところでスケールの小さい選手のままだと言うことも同時に感じているのです。 合計11 0で東大が敗北したあとのミーティングで主将の中沖さんやコーチの山口さんの怒りのスピーチを聞きながら、はじめて本気でア式をやめることを考えていました。これ以上やっても上手くならないんじゃないか。惨めな姿を晒すだけなんじゃないか。でもア式やめたってやることないし。サークルに入って楽しめる人間じゃないのは自分が一番よくわかってる。追いコンの最中もずっとそんなことが頭を離れませんでした。4年生ごめんなさい🙏 その後の1年会では少しだけ勇気の出る言葉をもらえました。同期のみんなありがとう。 頭を冷やした翌日には、小さい頃から続けてきたサッカーを諦めるべきではないと思えるようになりました。でもア式を続けるなら続けるで、何か変化が必要だと思っています。プレースタイルや練習への姿勢など。うまい策が見つかったらまた次回のfeelingsにでも書こうと思います。 伊地知遼

成長

 こんにちは、 1 年の伊地知です。最初の投稿なので少し意識の高いことを書いてみたいと思います。 1 年の部員たちは皆、 4 月末の入部式でア式での抱負を述べました。僕自身はサッカーだけでなく、人間としても成長したいと言ったのですが、人間としての成長が何を指すのかはわかりづらいものがあると思います。僕の場合、高校のサッカー部の顧問に、意識が常に自分に向いているのが欠点だと指摘されていました。彼によれば、大人になるにつれ、他人のことを考えて動き、他人に尽くせるようにならなければいけないということです。顧問の先生のいう通り、僕はまだ子供です。サッカーの試合中は、自分がゴールを決めること、練習中は自分がいいプレーをすることだけを考えている。顧問の先生は僕のサッカーのプレーを見て先ほどの指摘をしたのでしょうが、サッカーだけではありません。人と話すときも、自分が聞きたいことを聞き、話したいことを話す。日常生活においても自分が楽することを考え、面倒なことを避けようとする。だからこそ、僕の目標は、自分が満足するためではなく、東大サッカー部を勝たせるためにゴールを目指せる人間になること、そしてそれを実現できるサッカーの技術を手に入れること。オフザピッチでもア式のために貢献しようという意識を持つこと、そしてそのためのコミュニーケーション力、積極性を身につけることです。まだ未熟な僕を同期、先輩たちにはとりあえず許してほしいです。いつか必ず「人間として」成長してみせます。 1 年 伊地知遼