投稿

10月, 2018の投稿を表示しています

左胸の銀杏

またこの季節がやってきた。


どんなに細かいハンドル操作をしても、どんなに慎重につま先立ちで歩いてみても、決して避けることができないほど地面に大量に落ちたそいつらは、タイヤや靴の底で踏み潰される度に僕らの鼻腔を強烈に刺激し続ける。本来これを嗅がなければならないストレスを代償として、黄色に染まった美しい並木道を歩くことができるはずなのだが、今年は猛烈な台風がたくさん来たせいか、ただ匂いに耐えなければならない日々が続いている。これが金木犀のような甘い香りなら良いのにと毎年思う。


植物に詳しい学科の友人から聞いたところによると、東大には植栽されたこの木の多くが雌の木であった為に今こうして僕らは苦しんでいて、もしこれが全て雄の木ならば臭い実が落ちてきたりはしないらしい。つまり美しい景色を見るのに代償なんか払う必要はなかったわけだ。ただ、東大に限らず街の至る所にこんなにたくさん植えられていても実は絶滅危惧種だったりする(確かそんなことを実習で聞いた)ので安易に全部切って植え替えてくれとも主張し難い。



とまあ不満は大いにあるが、造園学の大先輩方がこうしてたくさんこの木を植えてくれたお陰で、「イチョウの葉」は東大のシンボルになっている。そして、いつデザインされたものかはわからないが、それに倣って我らが東京大学ア式蹴球部のエンブレムにもイチョウの葉が二枚描かれている。個人的にはこのエンブレムは結構気に入っている。他部との統一ロゴをア式も導入することになったが、ア式オリジナルのエンブレムも残したのはアイデンティティを残したいということの他に、単純にデザインが好きだからという部分も大きいと思う。




少し話は変わるが、クラブや団体が持つロゴであったり国旗であったり、はたまた国歌や校歌などの耳で聴くものも含めて、いわゆるその集団組織の「象徴」という言葉にまとめられるものを見たり聞いたりするのが自分は好きだ。日の丸や星条旗、ユニオンジャックなどの風にはためく国旗を眺めたり、君が代やThe Star-Spangled Bannerなどの国歌を聞いたりすると、その国の人々が紡いできた歴史を感じることができるし、赤い悪魔が描かれたマンチェスターユナイテッドのエンブレムを見れば、2人の"Sir"(イギリスのナイトに与えられる栄誉称号)であるパスビーとファーガソンが作り上げてきたチームの伝統…

ついに最高学年

「今日この俺らが昇格を決める。誰にも邪魔させない。」中沖さんのこの言葉で始まった帝京との首位攻防戦、3-1で勝利し、1部昇格を決めた。嬉しかった。去年はあれだけのタレントがいながら2部相手にすら勝てず、今年も前期開幕戦まで全く勝てず、本当につらい思いをしてきただけに嬉しすぎた。昇格を決めたあの時の、そして最終節終わった後の、色んな人が流した涙を見て、影で支えてくれた人たちの期待に応えられて本当に良かったと思った。ただただ嬉しかった。これにより来年の舞台は1部に決まった。2年前東大をどん底に陥れたあの1部である。俺を含めほとんどの3年生は応援席からしかその姿を見れず、よくわからないまま負け続け、気づいたら早々に降格していた。正直東大ア式は1部相手じゃ普通に負ける、関東昇格なんて程遠いなとまで思っていた。それから2年。


そして高いレベルの戦術を擁して2部を圧倒し、優勝。来年1部の舞台に立つ権利を得ることができた。ア式にとっては3年ぶりに、俺ら3年生にとっては最後のシーズンに、関東に昇格できるチャンスをもらった。が、そんな甘くないことはわかっている。正直今から不安で仕方がない。全く掴めない勝利、日に日に悪化していく部の雰囲気、辞めていく同期たち、、、あの2年前の悲劇がトラウマで、それを来年繰り返してしまう可能性があると考えるだけで心が苦しくなる。この悲劇を繰り返さないために、今週から俺たちが最高学年としてこの新チームをどう築いていくか、去年よりも激しく、強く、信頼できるチームをどう作っていけるのかを最近はずっと考えている。(←ここまでが最近の率直なfeeling)




しばらく前(去年のリーグ戦中断期間かな)に「最高学年」というfeelingsを書いた。当時はまだ2年生で、わたるさんや中沖さん、そしてのぼりさんがいつもそばにいたので、下級生という立場からあのfeelingsを書いた。そして部活引退まで残り1年、ようやく俺たちがチームの「最高学年」となる。そこで今回は自分が追い求める理想の先輩像を書こうと思う。


適切な長さで終わらせたいので、こういう先輩になってほしい条件を2つだけ挙げる。(とはいいつつめっちゃ長くなるので、先に最後のおまけを読んだ方がいいかも)


」1つ目は他人に、自分に厳しくあること。あたりまえだけど。

望まなくても新チームではメンバーの変更により練習のレベルが少なか…

言語化

先日、今期のリーグ戦が終わった。
4年生・OBコーチの皆さん、本当にお疲れ様でした。



大学入学当初、僕はア式に入るつもりはなかった。小・中学校ではサッカーをやっていたが高校では運動部にすら入っていなかったので、大学で部活をしようとは思っていなかった。ただサッカーは好きだったので、軽めにサッカーのできるサークル等に入ろうかなとは考えていた。

だがア式にテクニカルスタッフというものがあると知って面白そうだと思い入部を決めた。正直に言うと、当時は、ア式に大きくコミットしようという強い意志はなく、少し軽い気持ちでの入部だった。入部当初、テクニカルチームの先輩方のサッカーについての深い理解や知識に僕は圧倒された。高校時代サッカーをしていなかったこともあり、この先ついていけるのか不安だった。

それからもう半年が経ちリーグ戦も終わった。僕はこの期間、多くの時間をサッカーを勉強することに割かせてもらった。先輩方の指導のおかげもあり、一定の評価をもらえるスカウティングを行えるくらいまで僕は成長できた。ただ、まだ先輩方のレベルには達していないのが現状である。
4年生が引退し、ア式における僕の役割は今後大きくなる。ア式により貢献できるようになるという点では喜ばしいことだが、これは同時に、ア式に対しての責任をより負うようになるということでもある。日々一生懸命練習し努力している選手やコーチ、スタッフ、また東大ア式を応援してくれる方達に対する責任というのは軽いものではない。今後も試合を見たり本を読んだりして多くの情報を取り入れながら、サッカーやデータの取り扱い方等について学び、テクニカルスタッフとしてア式の発展にもっと貢献できるようさらに成長していきたい。

僕がこんなことを書くのは僭越ではあるが、今期ア式はとてもいいサッカーをしていたのにも関わらず、リーグ戦最終節では負けてしまった。勝負の世界の厳しさを思い知った。来期1部では今年のようにうまくいかないかもしれないし、関東に昇格することは決して簡単なことではないと思う。だが関東を目指せる状況にいさせてもらえているのだから、関東に昇格することを目標にしたい。今期の最後の試合後、4年生をはじめとする選手やコーチ、スタッフが、泣いたり笑ったり感傷に浸ったりしているのを見て、チームメイトそれぞれの気持ちみたいなのが伝わってきて、東大ア式はとてもいい部だなと感じた…

上手くなりたい

一か月ほど前、関カレが始まった。初戦から大差をつけられて負けてしまった。事前に、厳しい戦いになるとは聞いていたけど、想像以上だった。家に帰り、とりあえず寝ようと思い、目を閉じるとフラッシュバックがすごかった。あの時自分頑張ったぞ、とか、あそこはああ動けばよかったな、とか、あーこれは眠れないかも、と思ったらもう深い眠りに落ちていた。
それからチームで試合の反省と調整を繰り返してきた。回を重ねるごとに、自分の改善すべきこと(本当にたくさんある)だけでなく、チームとして改善すべきことも少しずつわかるようになってきて、チームの一員である自分を再認識した。チームに迷惑をかけないよう、自分のできないことを減らしできることを増やそうという気持ちが強くなった。
そして先日、初めて引き分けた。点を決めきれず悔しかったものの、僭越ながら守備でも攻撃でもチーム全体の成長を感じられた気がしてとてもいい試合だったと思う(自画自賛)。何より楽しかった。
試合でプレーをしていると自分に足りないものが露呈する。今はそれらを補っていくので手いっぱいだが、しっかり自分の強みにしていきたい。毎試合毎練習を大切に、自分の強みを増やして、誰が相手でも攻めの姿勢で戦いたい。上手くなりたい。
と、かなり真面目な感じで書いてみましたが、私の今のfeelingsを簡潔にまとめると、 夏休みなんで終わっちゃたのーー!!!! です。 授業だの課題だの履修登録だの、サッカー以外何も考えなくてよかった日々からやらなければならないことだらけの日々への落差がすごい。そろそろ切り替えなくてはと思いつつ、あの幸せな日々を忘れられずにいます。
寝ても寝ても寝たりない今日この頃。 女子部1年 小澤春佳

努力

東大に入った時やっぱりサークルは合わないなーと思って運動をするなら運動部に入ろうと考えていたがアメフトかサッカーかどっちにしようか迷っていた。実際、アメフトをやること、サッカーをやることどちらにも魅力的な点はあったんだけれどア式に入る決め手でやっぱり一番大きかったのは自分が高校時代には関わることのできなかったユースやサッカー強豪校の人と同じ環境でサッカーができるということだったんだと思う。高校時代までは同じポジションの選手自体が少なくて運よく試合に出場できるという環境だったが大学ではそうはいかない。温室のような環境で育ち勉強でもスポーツでも挫折を知らない自分にとっては簡単には活躍できない逆境のような環境にいられることがとても嬉しい(あれ、俺ってドMなんだっけ笑)。だから、この環境を無駄遣いしないためにも自分は考えることをやめてはいけないんだと決めている。 そんな中、最近考えたことといえば努力は自己満足で終わってしまってはいけないということ(これって冷静に考えたら当然の事なのに以前は努力に満足する自分がいました)。大学に入ってまでもサッカーをするということは簡単な決断ではないはずだから部員全員上手くなるために何かしら努力しているには違いないはずだ。けど、大学サッカーを4年間続けた結果、リーグ戦で活躍できる人とできない人が出てくるのは避けられないことだと思う。では、その違いはどこから来るものなのか。それは実際の行動として以前と比べて明らかに良いプレーが披露できるのかどうかということだ。結果を求める大学サッカーではどれだけの量努力したか、どれだけの時間をサッカーに費やしたかは評価の対象とはならない。だから、自分は変化を止めてはならない。自分の成長のために、そして来期東京都1部リーグに昇格する東大ア式蹴球部に一刻も早く貢献するためにも。 一年 宮坂仁悟

楽しければ良いのか

大学生になると、高校までとは異なり、行動範囲や自由時間も増え、人それぞれ全く違った過ごし方で楽しんでいる。ある人は旅行をして、また違う人はゲームをして。結局、人それぞれ楽しいと思う事は異なるのだが、果たしてその様々な「楽しい」ということには何か共通点があるのだろうか。そして、ア式でサッカーをして「楽しい」ということはどういうことなのか。その「楽しい」は他の「楽しい」を捨てて追い求める価値のあるものだろうか。ア式に入った頃からこのことを考えていた。
とはいうものの、様々な「楽しい」ことの共通点としては、それによって自分が幸せになることができるという点だと思うし、みんなもそうだと分かるだろう。問題にしたいのはこのことではない。
少し話が逸れるが、9月30日に行われたRIZINの試合の1つに、堀口恭司vs那須川天心の試合があった。二人とも世代を代表する格闘家であり、注目度も高く、互いに絶対に負けられない試合だった。しかし、その極度の緊張状態の中で試合を二人とも楽しんでいるように見えた。それに対して、その日自分はその放送までの間Netflixでずっと海外ドラマを見ていた。確かに、見ている時間はまあ楽しい。しかし、RIZINの試合における格闘家二人の楽しさに比べると圧倒的に虚しい楽しさであった。この2つの「楽しい」は全く同じものではないことは明らかだろう。では、何が違うのか。
それは「密度の濃さ」だと思う。緊張や不安、期待や負けん気など様々な感情がある中で目の前のことに集中して取り組み、自分の世界に入り込む。一つ一つの瞬間を大事にし、その瞬間に意味を持たせる。そうやって密度の濃い時間を過ごし、それが「楽しい」と感じるのが前者の「楽しい」であろう。このような意味で今シーズンのア式のサッカーはその「楽しい」を体現していたと思う。真剣勝負の中で良いプレーをして勝ちきる。僕が言うのもおこがましいが、とても魅力的なサッカーをしているな、と思った。
また、この密度が濃い「楽しい」は練習中であっても、真剣に取り組み、上手くいった時に感じることができる。これこそが真剣にサッカーに取り組む面白さなんだろうなと最近良く実感する。
ただ、Netflixとか旅行とかゲームとか娯楽的な楽しみには価値がないと言っているわけではない。結局人生楽しければ良いわけで、インスタントな「楽しい」は非常にコスパが良く、人生…

昇格おめでとうございます(•ε•)

これを書いているのが10月2日だから、ア式の都リーグ1部昇格&復帰が決まって一週間とちょっと、2部優勝が決まって二日経った。 尋常じゃない破壊力で相手を圧倒し、見ている人たちをも引き込む魅力的なサッカーで、前期からほぼ安定した戦いを続けてきたア式は、三試合を残して昇格を決めた。 リーグ戦は昇格してなんぼみたいなところがあるので、昇格が決まった瞬間は選手やスタッフみんなが喜びを爆発させていた。 そんな中僕は心の底から喜べずにいた。というか、昇格を祝う気持ちとは別のところでもやもやしたものが心を支配していた。 理由は明白かつ単純で、自分はAじゃないからだ。 (せっかく今シーズン最大の目標を達成したのにも関わらず、それに若干水を差すようなfeelingsになってしまうかもしれないことを先に謝っておきます。自分の番に回ってくるタイミングが良くも悪くもドンピシャだったので仕方ないです) 僕はいま育成チームにいる。育成の選手は公式戦に出ることはおろか、ベンチに入ることも余程人が足りないという状況にならない限りはない。そのため、公式戦に直接的に関わることがないので、昇格を素直に喜べずにいた、というわけだ。 やっぱり選手にとって一番の喜びは試合に出てチームが勝つことだろう。 もちろん、育成の選手も応援やチームの底上げという面で間接的にはほんの少し昇格に貢献できたかもしれない。でも、サッカーやってるなら、もっと目に見える形で勝利に貢献したいと思うのは当たり前のことだ。 この自然な欲求を満たすためには、チームを敗北に陥れるような選手は使われるわけがないのだから、チームを勝たせられるか負けさせない、サッカーのうまい選手にならないといけない。 じゃあ、サッカーがうまいとはなんだと考えたときに、自チーム・敵チームがどんな戦術をとっていてもだいたい対応できるくらいのサッカーの原則を抑えている、ということだと現時点では思う。 この点に関して大学に入ってから僕はしばらく勘違いしていた。というのも、ア式の特徴的な戦術の、すごく細かいところまでを気にしすぎていたような気がする。サッカーの専門雑誌や詳しい解説記事ばかり読んで頭でっかちになっていた感もある。そんなことだけをしていたら徐々に頭がピッチで起こる出来事に追いつかなくなった。 でも、うまい人とプレーしたり話したりする機会を得始めてからあることに気付かされた。戦術的に細…

関カレ真っ只中

今の時期といったら、思い浮かぶのはやはり大学リーグ戦、通称関カレだ。だから、在り来たりだろうけれど、関カレについてつらつらと書いていこうかと思う。

私は去年に引き続きGKで試合に出場している。私たち女子部は、大学からサッカーを始めた者がほとんどで、多くの試合では一方的に攻められる展開になる。そのため、キーパーとしての責任は大きいとひしひしと感じる。

GKとして私に課せられる責務は、得点を防ぐこと。それが第一だ。打たれたシュートをひたすら止めるのみ。なんてかっこいいことを考えるものの、強敵相手になかなか思うようにシュートを防げず、失点を食い止められない。打たれたシュートの数が多いのもあるが、去年よりも失点が多い。本当に悔しい。

みんなが私のGKとしての活躍を称えてくれるのは嬉しいし、上手くシュートを防げた時はとても自信を持てるのだけれど、まだまだ技術的には未熟で、申し訳ないなと思う。特に私はキック力がないので、その分セービングや判断の部分で貢献していくしかない。

先の立教戦で、どんなボールもクリアしてシュートまで行かせないDF、何度も相手陣地に果敢に攻めていく攻撃陣、基礎が身についてきてだんだん形になっていた1年生などなど、後ろから皆の成長を感じて本当に頼もしさを感じた。点こそとれなかったけれどもいい試合だったなとコートに立ちながらも思った。
反面、私自身はプレーや判断があまり上手くいかず、チームの役に立ったと言えるだろうかと疑問に思ってしまう。私も自信を持ってチームに貢献したと言えるよう、皆に負けずに頑張ろう。

まだまだ関カレの試合は残っている。10月、11月と、自分にできることを積み重ねて、地道にプレーを改善して、失点を減らす、いや無くしていきたい。


まずは1勝
女子部3年 松田真優

最近思うこと

feelingsを書くように言われてから、なかなか書き出せずに、もう提出期限まであと3日になってしまった。その名の通り、自分の感じたことを素直に書けばよく、最近思うこともない訳ではないのだが、どうにも書けない。文字表現がひどく苦手なのだ。ただ、書かずに滞納し続けると、重い罰を受けることになるそうなので、なんとか書いてみようと思う。
Aチームに昇格してから3週間が経とうとしている。最近はもうずっと、自分の無力さを痛感する毎日だ。当たり前のことだが育成では通用したプレーは通用しないし、プレーのテンポにもついていけてない。それに加えて、技術不足、判断の悪さ、切り替えの遅さなど、問題点は枚挙を厭わない。こんなんでこれから先やっていけるはずがない。成長しなければと強く感じている。
このくらいで終わろうと思う。自分にしては長く書いた方だ。しばらくは自分の番が回って来ないことを願う。

練習着がダサいのは許してください 1年 松山樹立