2018年10月27日土曜日

左胸の銀杏

またこの季節がやってきた。



どんなに細かいハンドル操作をしても、どんなに慎重につま先立ちで歩いてみても、決して避けることができないほど地面に大量に落ちたそいつらは、タイヤや靴の底で踏み潰される度に僕らの鼻腔を強烈に刺激し続ける。本来これを嗅がなければならないストレスを代償として、黄色に染まった美しい並木道を歩くことができるはずなのだが、今年は猛烈な台風がたくさん来たせいか、ただ匂いに耐えなければならない日々が続いている。これが金木犀のような甘い香りなら良いのにと毎年思う。



植物に詳しい学科の友人から聞いたところによると、東大には植栽されたこの木の多くが雌の木であった為に今こうして僕らは苦しんでいて、もしこれが全て雄の木ならば臭い実が落ちてきたりはしないらしい。つまり美しい景色を見るのに代償なんか払う必要はなかったわけだ。ただ、東大に限らず街の至る所にこんなにたくさん植えられていても実は絶滅危惧種だったりする(確かそんなことを実習で聞いた)ので安易に全部切って植え替えてくれとも主張し難い。




とまあ不満は大いにあるが、造園学の大先輩方がこうしてたくさんこの木を植えてくれたお陰で、「イチョウの葉」は東大のシンボルになっている。そして、いつデザインされたものかはわからないが、それに倣って我らが東京大学ア式蹴球部のエンブレムにもイチョウの葉が二枚描かれている。個人的にはこのエンブレムは結構気に入っている。他部との統一ロゴをア式も導入することになったが、ア式オリジナルのエンブレムも残したのはアイデンティティを残したいということの他に、単純にデザインが好きだからという部分も大きいと思う。





少し話は変わるが、クラブや団体が持つロゴであったり国旗であったり、はたまた国歌や校歌などの耳で聴くものも含めて、いわゆるその集団組織の「象徴」という言葉にまとめられるものを見たり聞いたりするのが自分は好きだ。日の丸や星条旗、ユニオンジャックなどの風にはためく国旗を眺めたり、君が代やThe Star-Spangled Bannerなどの国歌を聞いたりすると、その国の人々が紡いできた歴史を感じることができるし、赤い悪魔が描かれたマンチェスターユナイテッドのエンブレムを見れば、2人の"Sir"(イギリスのナイトに与えられる栄誉称号)であるパスビーとファーガソンが作り上げてきたチームの伝統を感じることができる。よくゴールを決めた選手がユニホームのエンブレムにキスしてるのを見ると思うが、それもクラブにリスペクトと愛を持っているからこその行為だ。


つまるところこれらの「象徴」には、その組織に関わってきた人たちの様々な想いがこもるのである。


けれどもし自分が第二次世界大戦にしろ独立戦争にしろ、ミュンヘンの悲劇やトレブルにしろ、そこに関わる人たちの経験してきたことを何も知らなければ、たぶん日の丸はただの赤い丸にしか見えないし、ユナイテッドのエンブレムは変なキャラクターが跳ねているようにが見えないだろう。興味がない人が46°の角を持った紫の直角三角形を見てもたぶんなんのこっちゃわからない。


つまりはその想いを知っている人、思いを馳せられる人だけが「象徴」を見た時、改めてそれを通して心を通わせることができるのだ。




なんだか長々と書いた割に今のところ特段強いメッセージもないが、つまりは何が言いたいかというと、ア式のユニホームの左胸に刻まれた銀杏のエンブレムにもたくさんの人の想いがこもっているはずだ、ということ。ただしこれは誰にでも感じられるものではなくて、上にも述べた通りその人たちの想いを知っている人にしかわからない。それもただ知ってるだけではなくて、その想いを受け止める気がある人間だけだ。


今年都一部昇格という大きな置き土産を残して引退してくれた四年生はもちろん、入部してから関わってきた多くの先輩方から自分はたくさんの想いやメッセージを受け取ってきた。それは直接言葉で言われることもあるし、まさにこのfeelingsを読んで感じ取ることもあるし、プレーで教えられることもある。


2年前都一部から降格が決まった後の練習後に、「良い選手揃ってるしお前らの代なら関東も狙えるから。」と夢を託してくれた先輩。サッカーをやってきた人間なら大切なことはサッカーから一番深く学ぶことができると教えてくれた先輩。サッカーの面白さと奥深さを改めて思い出させてくれた先輩。男なら負けることに決して慣れてはいけないと口でも背中でも伝えてくれた先輩。




1年のときには多くの時間をサッカーに割かれることに嫌気がさして辞めることを考えた時期さえあったが、今はこうしたたくさんの人との関わりを通して、心に淡青の炎を灯してもらった。誇りを持ってこのア式という場所に向き合えるようになった。



だから3年ぶりに都一部に臨む来季、選手としてのラストシーズン、残留という目標を立てることは容易いが、やはり自分は関東を目指したい。こと関東昇格という東大ア式の悲願に対しては、もう何十年もの間成し遂げられず、それこそ何百人の先輩方が涙を流してきた。どれほどの遠い場所にその目標があるかはやってみなければわからない。だけど俺らのユニホームの左胸には、2枚の銀杏の葉と共に100年分の想いがこもっている。簡単に敗れる訳にはいかない。


そしてもう一つ、左胸の銀杏にこもる想いを受け止め、心に淡青の炎が灯った人間にはやるべきことがある。それはかつて多くの先輩が自分にしてくれたように、今度は自分が、残された1年で、同期に、後輩に、そして今は高校や中学で文武両道で頑張っている未来のア式部員に、情熱の淡青な炎を移すことだ。もう同じ炎を灯してくれている人もきっといると思う。そんな人たちへ、周りにまだ燃え切れてない仲間がいたら、来年新入生がア式に興味を持ってくれたら、その炎を分けてあげて欲しい。同じ想いを持つ仲間が多ければ多いほどきっと強いはずだから。一緒に頑張ろう。





負けそうになったら 勇気は左の胸に



3年 主将 松坂

2018年10月24日水曜日

ついに最高学年

「今日この俺らが昇格を決める。誰にも邪魔させない。」中沖さんのこの言葉で始まった帝京との首位攻防戦、3-1で勝利し、1部昇格を決めた。嬉しかった。去年はあれだけのタレントがいながら2部相手にすら勝てず、今年も前期開幕戦まで全く勝てず、本当につらい思いをしてきただけに嬉しすぎた。昇格を決めたあの時の、そして最終節終わった後の、色んな人が流した涙を見て、影で支えてくれた人たちの期待に応えられて本当に良かったと思った。ただただ嬉しかった。これにより来年の舞台は1部に決まった。2年前東大をどん底に陥れたあの1部である。俺を含めほとんどの3年生は応援席からしかその姿を見れず、よくわからないまま負け続け、気づいたら早々に降格していた。正直東大ア式は1部相手じゃ普通に負ける、関東昇格なんて程遠いなとまで思っていた。それから2年。


そして高いレベルの戦術を擁して2部を圧倒し、優勝。来年1部の舞台に立つ権利を得ることができた。ア式にとっては3年ぶりに、俺ら3年生にとっては最後のシーズンに、関東に昇格できるチャンスをもらった。が、そんな甘くないことはわかっている。正直今から不安で仕方がない。全く掴めない勝利、日に日に悪化していく部の雰囲気、辞めていく同期たち、、、あの2年前の悲劇がトラウマで、それを来年繰り返してしまう可能性があると考えるだけで心が苦しくなる。この悲劇を繰り返さないために、今週から俺たちが最高学年としてこの新チームをどう築いていくか、去年よりも激しく、強く、信頼できるチームをどう作っていけるのかを最近はずっと考えている。(←ここまでが最近の率直なfeeling)




しばらく前(去年のリーグ戦中断期間かな)に「最高学年」というfeelingsを書いた。当時はまだ2年生で、わたるさんや中沖さん、そしてのぼりさんがいつもそばにいたので、下級生という立場からあのfeelingsを書いた。そして部活引退まで残り1年、ようやく俺たちがチームの「最高学年」となる。そこで今回は自分が追い求める理想の先輩像を書こうと思う。


適切な長さで終わらせたいので、こういう先輩になってほしい条件を2つだけ挙げる。(とはいいつつめっちゃ長くなるので、先に最後のおまけを読んだ方がいいかも)


」1つ目は他人に、自分に厳しくあること。あたりまえだけど。

望まなくても新チームではメンバーの変更により練習のレベルが少なからず落ちてしまう。来年1部で闘えるチームになるためにはそんな中でも練習のレベルを維持しなければならない。そのためには後輩に、下から上がってきた選手に、練習中から厳しく接しなければならない。

あたりまえだが、これは簡単なことではない。果たして本当に厳しく接することができるのであろうか。ここでの厳しく接するとは相手の悪いところを指摘して、改善のためのアドバイスをすることだと考える。なぜ厳しくという単語を使っているかというとこれを実行するためには多少の怒りが伴うからである。先週までの練習を振り返ってみるとこれを実行できていたのは中沖さんと日野さん、遼さんぐらいであった。この3人の共通点は、怖いけど彼らから直接伝えてくれて学ぶことの多い点であろう。一緒に練習していて誰かがミスを連発していた時、誰もがイライラする。しかし、この3人は怒りながらもアドバイスもくれる。一方、ただただ愚痴を言い、ミスした本人には何も言わない奴らもいるが、この人たちはただ気が弱いだけである。


とはいいつつ、相手の悪いところを面と向かって言うことは結構勇気がいることである。相手の状況によっては、その悪いところを伝えるとかなり嫌われる、怖がられる、むしろ相手を怒らせる。これを恐れて怒れない人は思ったよりチームに何も生み出せてない。ミスをした人が練習の質を落としているのは明らかであるのに、そいつの悪いところを直す手助けをせずに、そいつとの関係や自分の評価のために何も言わない人、頼むから嫌われる勇気を持ってほしい。相手が本気で上手くなりたいと思っているなら、怒り口調であったとしても正当なことを伝えれば、必ず真剣に聞いてくれる。だから後輩に対しては積極的に、厳しく、そして活発に声をかけて欲しい。チームのレベルを上げる手段として、自分のサッカーのレベルを上げることのほかに仲間のサッカーレベルを上げることも頭に入れておいて欲しい。


続いて、自分に厳しくあること。新チームになると、今までAチームにいたから自分は上手い、みたいな勘違いをする選手が出てくるかもしれない。しかし、残念ながらこのチームにまだ1部でも通用する奴はいない。先日、都選抜の選考会があり、俺は怪我のため外から見ていたが、スピードが今までの試合と比べものにならなかった。特にプレス。ア式の中盤のエース2人でさえ判断の遅さが際立ち、そして2人は選抜されなかった。1部で戦っていくためには個人個人の技術の向上が全員必須であることが改めて認識できた。誰一人として今の現状に満足していてはいけない。普段の練習中とか残練とかいくらでも上手くなれる時間はあるのだから成長する可能性を逃さないこと。1日も無駄にして欲しくない。

なお、自分に厳しくあることはこれだけではない。例えば、自分がパスを受けるときにパスミスが起きたとする。そのとき、パスミスを出し手のせいにばかりするかもしれないが、自分がもっとステップを踏んでいれば、もっと良い位置を取っていれば、と自分にも責任があると考えて改善しようとすることも、自分に厳しくあることに当てはまる。これを最も実践できているのが白藤である。完全に俺のミスなのに「ごめん俺がもっとこうすれば良かったわ」って言われると余計申し訳なく感じる。なんでもかんでも下手な人のせいにしない、あらゆるミスを自分のものと考え改善しようとする姿勢を常に持っていてほしい。




いい先輩に近づけるであろう2つ目の条件は、仲間を受け入れること。


出会ってきた中で俺が一番嫌いな人は、自分より能力の低い人のミスを責めるだけ責めて、その人からの意見は全く聞かず無視する人だ。ア式には普段からこうなっている人はほとんどいないが、サッカー中イライラし始めるとこのモードに入る人はいる。こうなると人は自分が正しくて周りのやつの言うことは間違っていると考えるようになる。

欲を出すこととこれは違う。自分ならできると考え、味方の要求を選択せずに強引に仕掛け、そしてシュートを打つことはむしろ良いことであり、下級生にはこの貪欲さを身につけて欲しいくらいだ。ではこの人間の何が悪いのかと言うと他人のことを何も考えていないことにある。「味方の要求を受け入れた上で拒否する」ことと「味方の要求を無視する」ことは違う。必死に練習について行こうとしている下級生に対して、ミスを執拗に責め立て、その選手の指示を聞こうとしないことになんの意味があるのか。ただただ怖がらせて、その選手のサッカーが消極的になり、そしてよくないプレーを続けてしまうだけである。

目に見えてピッチ上で怯えている下級生を最近よく見る。Aチームのレベルがかなり高く、ミスが重なり怒られる。もうミスれないと思えば思うほどさらに緊張し、ミスをする。俺も2年前Aチームに入ったばかりの時に毎日抱いた感情だ。ほんと怖い。しかし、それと同時に先輩と対等にサッカーしたい、そしてうまくなりたいとも毎日思っていた。だからこそ下級生の身になってしっかり話す必要がある。これは前に述べた他人に厳しくあることとつながる。単に相手のミスについて言及し続けるだけでは怖がらせるだけであるから、必ず改善する方法も伝えること。Aに上がってきたばかりの人や下級生のミスが多くなることは当然であるから、これから1年間一緒に戦っていくチームメイトをミスとともに受け入れる。当事者のように仲間のミスと向き合っていく必要がある。もちろん厳しく。でなくてはチーム全体のレベルは一向に伸びないであろう。


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以上長々と書き連ねたのが先輩の理想像、つまり自分が目指す先輩像である。ここまでの冗長な文章を読んでくださった方には感謝とお詫びを伝えたい。サッカーはチームスポーツ、天才的なプレイヤーが1人や2人いたとしても残りのプレイヤーの影響が大きく、1人の1ミスで試合が大きく変わってしまう。ただでさえ今年選手層が薄いと言われてきたのだからこれから1年間で全員1部で闘える選手に育たなければならない。

俺は本気で関東昇格を目指す。

そのためならどう思われても構わない、嫌われたっていい、ある目標に対してこんなに強い想いを抱いているのは初めてだ。俺は後悔したくない。のぼりさんたち、中沖さんたちが目指せもしなかった関東への道を、何十年もの間OBの方々が成し得なかった関東昇格という夢を、今ア式にいる仲間と叶えたい。

だからこの1年間一緒に闘おう。この1年間苦しいことばかりになるかもしれないけど、みんなが笑顔で1年後を迎えられるように、そして俺らが「最高」の「学年」だったと胸張って言えるように。

3年 副将 槇憲之


おまけ
ただのfeelingsだけだとつまらないかもしれないので、途中の「————-」までの文章に謎を仕掛けてみました!読み解けば隠しメッセージが見つかります!


さあ、頭を使って、読んでみよう

2018年10月21日日曜日

言語化

先日、今期のリーグ戦が終わった。
4年生・OBコーチの皆さん、本当にお疲れ様でした。



大学入学当初、僕はア式に入るつもりはなかった。小・中学校ではサッカーをやっていたが高校では運動部にすら入っていなかったので、大学で部活をしようとは思っていなかった。ただサッカーは好きだったので、軽めにサッカーのできるサークル等に入ろうかなとは考えていた。

だがア式にテクニカルスタッフというものがあると知って面白そうだと思い入部を決めた。正直に言うと、当時は、ア式に大きくコミットしようという強い意志はなく、少し軽い気持ちでの入部だった。入部当初、テクニカルチームの先輩方のサッカーについての深い理解や知識に僕は圧倒された。高校時代サッカーをしていなかったこともあり、この先ついていけるのか不安だった。

それからもう半年が経ちリーグ戦も終わった。僕はこの期間、多くの時間をサッカーを勉強することに割かせてもらった。先輩方の指導のおかげもあり、一定の評価をもらえるスカウティングを行えるくらいまで僕は成長できた。ただ、まだ先輩方のレベルには達していないのが現状である。
4年生が引退し、ア式における僕の役割は今後大きくなる。ア式により貢献できるようになるという点では喜ばしいことだが、これは同時に、ア式に対しての責任をより負うようになるということでもある。日々一生懸命練習し努力している選手やコーチ、スタッフ、また東大ア式を応援してくれる方達に対する責任というのは軽いものではない。今後も試合を見たり本を読んだりして多くの情報を取り入れながら、サッカーやデータの取り扱い方等について学び、テクニカルスタッフとしてア式の発展にもっと貢献できるようさらに成長していきたい。

僕がこんなことを書くのは僭越ではあるが、今期ア式はとてもいいサッカーをしていたのにも関わらず、リーグ戦最終節では負けてしまった。勝負の世界の厳しさを思い知った。来期1部では今年のようにうまくいかないかもしれないし、関東に昇格することは決して簡単なことではないと思う。だが関東を目指せる状況にいさせてもらえているのだから、関東に昇格することを目標にしたい。今期の最後の試合後、4年生をはじめとする選手やコーチ、スタッフが、泣いたり笑ったり感傷に浸ったりしているのを見て、チームメイトそれぞれの気持ちみたいなのが伝わってきて、東大ア式はとてもいい部だなと感じた。しかしそれと同時に、僕も3年後には引退してしまうのだということも認識させられた。たぶん3年はあっという間に過ぎる。3年後、関東への昇格を果たしていたいが、少なくとも、悔いが残っていないないように、そして、ア式の部員でいてよかったと思えるように、これから過ごしていきたい。



最後になりましたが、引退されるテクニカルの先輩二人には本当にお世話になりました。ありがとうございました!



冗長な文になってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございます。





(サッカーを言語化していく立場なのに自分のfeelingsすら言語化できず、提出期限を過ぎてしまったのは秘密です)
1年スタッフ 稲田創

2018年10月16日火曜日

上手くなりたい

一か月ほど前、関カレが始まった。初戦から大差をつけられて負けてしまった。事前に厳しい戦いになるとは聞いていたけど、想像以上だった。家に帰り、とりあえず寝ようと思い、目を閉じるとフラッシュバックがすごかった。あの時自分頑張ったぞ、とか、あそこはああ動けばよかったな、とか、あーこれは眠れないかもと思ったらもう深い眠りに落ちていた。

それからチームで試合の反省と調整を繰り返してきた。回を重ねるごとに、自分の改善すべきこと(本当にたくさんある)だけでなく、チームとして改善すべきことも少しずつわかるようになってきて、チームの一員である自分を再認識した。チームに迷惑をかけないよう、自分のできないことを減らしできることを増やそうという気持ちが強くなった。

そして先日、初めて引き分けた。点決めきれず悔しかったもの僭越ながら守備でも攻撃でもチーム全体の成長を感じられた気がしてとてもいい試合だったと思う(自画自賛)。何より楽しかった。

試合でプレーをしていると自分に足りないものが露呈する。今はそれらを補っていくので手いっぱいだが、しっかり自分の強みにしていきたい。毎試合毎練習を大切に、自分の強みを増やして、誰が相手でも攻めの姿勢で戦いたい。上手くなりたい。

と、かなり真面目な感じで書いてみましたが、私の今のfeelingsを簡潔にまとめると、
夏休みなんで終わっちゃたのーー!!!!
です。
授業だの課題だの履修登録だの、サッカー以外何も考えなくてよかった日々からやらなければならないことだらけの日々への落差がすごい。そろそろ切り替えなくてはと思いつつ、あの幸せな日々を忘れられずにいます。

寝ても寝ても寝たりない今日この頃。
女子部1年 小澤春佳

2018年10月10日水曜日

努力

東大に入ったやっぱりサークルは合わないと思って運動をするなら運動部にろうと考えていたがアメフトサッカーかどっちにしようか迷っていた実際、アメフトをやることサッカーやることどちらにも魅力的な点はあったんだけれどア式に入る決め手でやっぱり一番大きかったのは自分が時代には関わることのできなかったユースやサッカー強豪校の人同じ環境でサッカーができるということったんだと思う高校時代までは同じポジション選手自体が少なくて運よく試合に出場できるという環境だったが大学ではそうはいかない温室のような環境で育ち勉強でもスポーツでも挫折知らない自分にとっては簡単には活躍できない逆境のような環境にいられることがとても嬉しい(あれ、俺ってドMなんだっけ笑)。だから、この環境を無駄遣いしないためにも自分は考えることをやめてはいけないんだと決めている。
そんな最近考えたことといえば努力は自己満足終わってしまってはいけないということ(これって冷静に考えたら当然の事なのに以前は努力に満足する自分がいました)大学入ってまでもサッカーをするということは簡単な決断ではないはずだか部員全員上手くなるために何かしら努力しているには違いないはずだ。けど、大学サッカーを4年間続けた結果リーグ戦活躍できる人とできない人が出てくるのは避けられないことだと思うでは、その違いはどこから来るものなのかそれは実際の行動として以前と比べて明らかに良いプレーが披露できるのかどうかということだ。結果を求める大学サッカーではどれだけの量努力したか、どれだけの時間をサッカーに費やしたかは評価の対象とはならない。だから、自分は変化を止めてはならない。自分の成長のために、そして来期東京都1部リーグに昇格する東大ア式蹴球部に一刻も早く貢献するためにも。
一年 宮坂仁悟

2018年10月8日月曜日

楽しければ良いのか

大学生になると、高校までとは異なり、行動範囲や自由時間も増え、人それぞれ全く違った過ごし方で楽しんでいる。ある人は旅行をして、また違う人はゲームをして。結局、人それぞれ楽しいと思う事は異なるのだが、果たしてその様々な「楽しい」ということには何か共通点があるのだろうか。そして、ア式でサッカーをして「楽しい」ということはどういうことなのか。その「楽しい」は他の「楽しい」を捨てて追い求める価値のあるものだろうか。ア式に入った頃からこのことを考えていた。

とはいうものの、様々な「楽しい」ことの共通点としては、それによって自分が幸せになることができるという点だと思うし、みんなもそうだと分かるだろう。問題にしたいのはこのことではない。

少し話が逸れるが、9月30日に行われたRIZINの試合の1つに、堀口恭司vs那須川天心の試合があった。二人とも世代を代表する格闘家であり、注目度も高く、互いに絶対に負けられない試合だった。しかし、その極度の緊張状態の中で試合を二人とも楽しんでいるように見えた。それに対して、その日自分はその放送までの間Netflixでずっと海外ドラマを見ていた。確かに、見ている時間はまあ楽しい。しかし、RIZINの試合における格闘家二人の楽しさに比べると圧倒的に虚しい楽しさであった。この2つの「楽しい」は全く同じものではないことは明らかだろう。では、何が違うのか。

それは「密度の濃さ」だと思う。緊張や不安、期待や負けん気など様々な感情がある中で目の前のことに集中して取り組み、自分の世界に入り込む。一つ一つの瞬間を大事にし、その瞬間に意味を持たせる。そうやって密度の濃い時間を過ごし、それが「楽しい」と感じるのが前者の「楽しい」であろう。このような意味で今シーズンのア式のサッカーはその「楽しい」を体現していたと思う。真剣勝負の中で良いプレーをして勝ちきる。僕が言うのもおこがましいが、とても魅力的なサッカーをしているな、と思った。

また、この密度が濃い「楽しい」は練習中であっても、真剣に取り組み、上手くいった時に感じることができる。これこそが真剣にサッカーに取り組む面白さなんだろうなと最近良く実感する。

ただ、Netflixとか旅行とかゲームとか娯楽的な楽しみには価値がないと言っているわけではない。結局人生楽しければ良いわけで、インスタントな「楽しい」は非常にコスパが良く、人生に充実をもたらすとても重要なものである。

でも僕は密度の濃い「楽しい」をア式で味わいたい。これがア式でサッカーをする理由の内の大きな一つである。真剣勝負を楽しみ、その中で自分も驚くような良いプレーをする。その時今まで味わったことの無い程「楽しい」と実感するために、自分と向き合い、サッカーを楽しみながら、努力し続けたい。

1年 吉本遼平

2018年10月6日土曜日

昇格おめでとうございます(•ε•)

これを書いているのが102日だから、ア式の都リーグ1部昇格&復帰が決まって一週間とちょっと、2部優勝が決まって二日経った。
尋常じゃない破壊力で相手を圧倒し、見ている人たちをも引き込む魅力的なサッカーで、前期からほぼ安定した戦いを続けてきたア式は、三試合を残して昇格を決めた。
リーグ戦は昇格してなんぼみたいなところがあるので、昇格が決まった瞬間は選手やスタッフみんなが喜びを爆発させていた。
そんな中僕は心の底から喜べずにいた。というか、昇格を祝う気持ちとは別のところでもやもやしたものが心を支配していた。
理由は明白かつ単純で、自分はAじゃないからだ。
(せっかく今シーズン最大の目標を達成したのにも関わらず、それに若干水を差すようなfeelingsになってしまうかもしれないことを先に謝っておきます。自分の番に回ってくるタイミングが良くも悪くもドンピシャだったので仕方ないです)
僕はいま育成チームにいる。育成の選手は公式戦に出ることはおろか、ベンチに入ることも余程人が足りないという状況にならない限りはない。そのため、公式戦に直接的に関わることがないので、昇格を素直に喜べずにいた、というわけだ。
やっぱり選手にとって一番の喜びは試合に出てチームが勝つことだろう。
もちろん、育成の選手も応援やチームの底上げという面で間接的にはほんの少し昇格に貢献できたかもしれない。でも、サッカーやってるなら、もっと目に見える形で勝利に貢献したいと思うのは当たり前のことだ。
この自然な欲求を満たすためには、チームを敗北に陥れるような選手は使われるわけがないのだから、チームを勝たせられるか負けさせない、サッカーのうまい選手にならないといけない。
じゃあ、サッカーがうまいとはなんだと考えたときに、自チーム・敵チームがどんな戦術をとっていてもだいたい対応できるくらいのサッカーの原則を抑えている、ということだと現時点では思う。
この点に関して大学に入ってから僕はしばらく勘違いしていた。というのも、ア式の特徴的な戦術の、すごく細かいところまでを気にしすぎていたような気がする。サッカーの専門雑誌や詳しい解説記事ばかり読んで頭でっかちになっていた感もある。そんなことだけをしていたら徐々に頭がピッチで起こる出来事に追いつかなくなった。
でも、うまい人とプレーしたり話したりする機会を得始めてからあることに気付かされた。戦術的に細かいところを突き詰めていくことも大切だけれども、あらゆる場面で通用するサッカーの原則とでもいうべきものを身につけるほうがサッカーがうまくなるのではないかと。
サッカーの原則といっても、全ポジションに通じるものもあれば各ポジションに特有のものもあると思う。
共通のもので言えば、ボールを受けるときには、相手のプレッシャーを受けにくく次の選択をしやすいようなポジショニングを取ることが大切な一例としてあげられる。
また、自分がDFなのでDFに特有の原則をあげるとしたならば、普通チャレンジ&カバーの関係を作ることがあると思う。
僕はこれらの原則を感覚的に遂行できる才能は持ってないので、周りのコーチやうまい選手に聞いたり自分で調べたりすることで自分の中に落とし込む作業が必要になる。
それは、今までなんとなく「うまいなぁ」と思っていたプレーを自分なりに解釈していくことなのできついと思うが、やるしかない。自分が納得した原則が違ったらまた同じ過程を経て試行錯誤をしていく。
そして、うまい選手になりたい。
そして、来年こそはチームの喜びの輪にまぎれもない当事者として関わっていたい。

ここまで書き終えたところで振り返ってみると、我ながら当たり前のことを長々と、しかも自分勝手に書いたなぁと思うけれど、最近はこんなfeelingsしか持っていないので仕方ない。
そうは言っても、当たり前のことを自分なりに書いてみることもいいかもしれないと思いました。これからも頑張ります。

たまごっちの招待メッセージを送っても笑わないでください
一年 吉岡泰生

2018年10月4日木曜日

関カレ真っ只中

今の時期といったら、思い浮かぶのはやはり大学リーグ戦、通称関カレだ。だから、在り来たりだろうけれど、関カレについてつらつらと書いていこうかと思う。

私は去年に引き続きGKで試合に出場している。私たち女子部は、大学からサッカーを始めた者がほとんどで、多くの試合では一方的に攻められる展開になる。そのため、キーパーとしての責任は大きいとひしひしと感じる。

GKとして私に課せられる責務は、得点を防ぐこと。それが第一だ。打たれたシュートをひたすら止めるのみ。なんてかっこいいことを考えるものの、強敵相手になかなか思うようにシュートを防げず、失点を食い止められない。打たれたシュートの数が多いのもあるが、去年よりも失点が多い。本当に悔しい。

みんなが私のGKとしての活躍を称えてくれるのは嬉しいし、上手くシュートを防げた時はとても自信を持てるのだけれど、まだまだ技術的には未熟で、申し訳ないなと思う。特に私はキック力がないので、その分セービングや判断の部分で貢献していくしかない。

先の立教戦で、どんなボールもクリアしてシュートまで行かせないDF、何度も相手陣地に果敢に攻めていく攻撃陣、基礎が身についてきてだんだん形になっていた1年生などなど、後ろから皆の成長を感じて本当に頼もしさを感じた。点こそとれなかったけれどもいい試合だったなとコートに立ちながらも思った。
反面、私自身はプレーや判断があまり上手くいかず、チームの役に立ったと言えるだろうかと疑問に思ってしまう。私も自信を持ってチームに貢献したと言えるよう、皆に負けずに頑張ろう。

まだまだ関カレの試合は残っている。10月、11月と、自分にできることを積み重ねて、地道にプレーを改善して、失点を減らす、いや無くしていきたい。


まずは1勝
女子部3年 松田真優

2018年10月1日月曜日

最近思うこと

feelingsを書くように言われてから、なかなか書き出せずに、もう提出期限まであと3日になってしまった。その名の通り、自分の感じたことを素直に書けばよく、最近思うこともない訳ではないのだが、どうにも書けない。文字表現がひどく苦手なのだ。ただ、書かずに滞納し続けると、重い罰を受けることになるそうなので、なんとか書いてみようと思う。

Aチームに昇格してから3週間が経とうとしている。最近はもうずっと、自分の無力さを痛感する毎日だ。当たり前のことだが育成では通用したプレーは通用しないし、プレーのテンポにもついていけてない。それに加えて、技術不足、判断の悪さ、切り替えの遅さなど、問題点は枚挙を厭わない。こんなんでこれから先やっていけるはずがない。成長しなければと強く感じている。

このくらいで終わろうと思う。自分にしては長く書いた方だ。しばらくは自分の番が回って来ないことを願う。


練習着がダサいのは許してください
1年 松山樹立