左胸の銀杏

またこの季節がやってきた。



どんなに細かいハンドル操作をしても、どんなに慎重につま先立ちで歩いてみても、決して避けることができないほど地面に大量に落ちたそいつらは、タイヤや靴の底で踏み潰される度に僕らの鼻腔を強烈に刺激し続ける。本来これを嗅がなければならないストレスを代償として、黄色に染まった美しい並木道を歩くことができるはずなのだが、今年は猛烈な台風がたくさん来たせいか、ただ匂いに耐えなければならない日々が続いている。これが金木犀のような甘い香りなら良いのにと毎年思う。



植物に詳しい学科の友人から聞いたところによると、東大には植栽されたこの木の多くが雌の木であった為に今こうして僕らは苦しんでいて、もしこれが全て雄の木ならば臭い実が落ちてきたりはしないらしい。つまり美しい景色を見るのに代償なんか払う必要はなかったわけだ。ただ、東大に限らず街の至る所にこんなにたくさん植えられていても実は絶滅危惧種だったりする(確かそんなことを実習で聞いた)ので安易に全部切って植え替えてくれとも主張し難い。




とまあ不満は大いにあるが、造園学の大先輩方がこうしてたくさんこの木を植えてくれたお陰で、「イチョウの葉」は東大のシンボルになっている。そして、いつデザインされたものかはわからないが、それに倣って我らが東京大学ア式蹴球部のエンブレムにもイチョウの葉が二枚描かれている。個人的にはこのエンブレムは結構気に入っている。他部との統一ロゴをア式も導入することになったが、ア式オリジナルのエンブレムも残したのはアイデンティティを残したいということの他に、単純にデザインが好きだからという部分も大きいと思う。





少し話は変わるが、クラブや団体が持つロゴであったり国旗であったり、はたまた国歌や校歌などの耳で聴くものも含めて、いわゆるその集団組織の「象徴」という言葉にまとめられるものを見たり聞いたりするのが自分は好きだ。日の丸や星条旗、ユニオンジャックなどの風にはためく国旗を眺めたり、君が代やThe Star-Spangled Bannerなどの国歌を聞いたりすると、その国の人々が紡いできた歴史を感じることができるし、赤い悪魔が描かれたマンチェスターユナイテッドのエンブレムを見れば、2人の"Sir"(イギリスのナイトに与えられる栄誉称号)であるパスビーとファーガソンが作り上げてきたチームの伝統を感じることができる。よくゴールを決めた選手がユニホームのエンブレムにキスしてるのを見ると思うが、それもクラブにリスペクトと愛を持っているからこその行為だ。


つまるところこれらの「象徴」には、その組織に関わってきた人たちの様々な想いがこもるのである。


けれどもし自分が第二次世界大戦にしろ独立戦争にしろ、ミュンヘンの悲劇やトレブルにしろ、そこに関わる人たちの経験してきたことを何も知らなければ、たぶん日の丸はただの赤い丸にしか見えないし、ユナイテッドのエンブレムは変なキャラクターが跳ねているようにが見えないだろう。興味がない人が46°の角を持った紫の直角三角形を見てもたぶんなんのこっちゃわからない。


つまりはその想いを知っている人、思いを馳せられる人だけが「象徴」を見た時、改めてそれを通して心を通わせることができるのだ。




なんだか長々と書いた割に今のところ特段強いメッセージもないが、つまりは何が言いたいかというと、ア式のユニホームの左胸に刻まれた銀杏のエンブレムにもたくさんの人の想いがこもっているはずだ、ということ。ただしこれは誰にでも感じられるものではなくて、上にも述べた通りその人たちの想いを知っている人にしかわからない。それもただ知ってるだけではなくて、その想いを受け止める気がある人間だけだ。


今年都一部昇格という大きな置き土産を残して引退してくれた四年生はもちろん、入部してから関わってきた多くの先輩方から自分はたくさんの想いやメッセージを受け取ってきた。それは直接言葉で言われることもあるし、まさにこのfeelingsを読んで感じ取ることもあるし、プレーで教えられることもある。


2年前都一部から降格が決まった後の練習後に、「良い選手揃ってるしお前らの代なら関東も狙えるから。」と夢を託してくれた先輩。サッカーをやってきた人間なら大切なことはサッカーから一番深く学ぶことができると教えてくれた先輩。サッカーの面白さと奥深さを改めて思い出させてくれた先輩。男なら負けることに決して慣れてはいけないと口でも背中でも伝えてくれた先輩。




1年のときには多くの時間をサッカーに割かれることに嫌気がさして辞めることを考えた時期さえあったが、今はこうしたたくさんの人との関わりを通して、心に淡青の炎を灯してもらった。誇りを持ってこのア式という場所に向き合えるようになった。



だから3年ぶりに都一部に臨む来季、選手としてのラストシーズン、残留という目標を立てることは容易いが、やはり自分は関東を目指したい。こと関東昇格という東大ア式の悲願に対しては、もう何十年もの間成し遂げられず、それこそ何百人の先輩方が涙を流してきた。どれほどの遠い場所にその目標があるかはやってみなければわからない。だけど俺らのユニホームの左胸には、2枚の銀杏の葉と共に100年分の想いがこもっている。簡単に敗れる訳にはいかない。


そしてもう一つ、左胸の銀杏にこもる想いを受け止め、心に淡青の炎が灯った人間にはやるべきことがある。それはかつて多くの先輩が自分にしてくれたように、今度は自分が、残された1年で、同期に、後輩に、そして今は高校や中学で文武両道で頑張っている未来のア式部員に、情熱の淡青な炎を移すことだ。もう同じ炎を灯してくれている人もきっといると思う。そんな人たちへ、周りにまだ燃え切れてない仲間がいたら、来年新入生がア式に興味を持ってくれたら、その炎を分けてあげて欲しい。同じ想いを持つ仲間が多ければ多いほどきっと強いはずだから。一緒に頑張ろう。





負けそうになったら 勇気は左の胸に



3年 主将 松坂

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