2019年2月25日月曜日

18の私より

検見川の合宿からもう2週間以上過ぎたのにまだ頭を整理できていない自分がいる。

自分が何のためにやってきたのか、これからどうすべきなのか、まだ見つけられてない自分がいる。

だから完全に自己満って分かっているけどこのfeelingsで自分の考えを整理したい。
でも多分普通に書いてたら人に見られることを懸念して強がって曖昧な文章になってしまうと思う。
そこで私の好きな曲に「未来の自分に当てて書く手紙なら、きっと素直に打ち明けられるだろう」ってあるから30歳の自分にでも手紙を書こうと思う。なんでこんなに攻めたfeelingsにしようとしてるのか自分でも分からないが書かせて欲しい。(本当に自己満足だけどお付き合いいただけると幸いです)




30歳の私へ
拝啓 この手紙読んでいるあなたはどこで何をしていますか?
ちゃんと仕事してますか?広島と東京どっちに住むことにしましたか?新しい趣味とかできてますか?まあ幸せならなんでもいいです。


今私はサッカー部のマネージャーをしてます。知ってるか。
ちょうど1年目が終わり、入ってくる後輩を楽しみにしている時期です。

なぜ未来の自分に手紙を書こうと思ったかというと自分の考えを整理したかったから。見栄を張らないでありのままの自分と向き合ってこれから何をするべきか見つけたかったから。だからまずは検見川の合宿を振り返りたいと思います。

2月頭、検見川で合宿があった。ミニゲーム大会とかあったけど、私の検見川合宿の記憶はリクルートミーティングのことでいっぱいだ。
1日目の午後に行われたこのミーティングで皆に言われたことをざっくり要約するとこうなる。
「去年のリクルートは営業に偏りすぎてたのではないか。1番大事な「新歓につなげる」ということを怠っていないか。」

正直に言おう。その瞬間はカチンときた。
リクルートはこだわってやってきたつもりだったから。
4月、リクルートがやりたくて私はア式に入部した。高校生にア式の魅力を伝える、高校生が東大を受験するきっかけを作る。他の部活では経験できなさそうなことができる、自分のやり方次第でいろんなことに挑戦できると思ってア式に決めた。先輩にリクルートを任せてもらえた時は本当に嬉しかったし、たくさん考えて企画も出してきたつもりだった。

何度もミーティングを重ねてきたから。
多い時は週1のペースでミーティングをした。リクルート長と電車の時間を合わせて部活に行きながら話し合ったことも何度もあった。皆でいろんな案を出して話し合って進めてきたと思っていた。

一緒に頑張ってきた仲間がいるから。
いつも一生懸命で誰よりも周りを気遣ってくれるリクルート長。リクルートの雰囲気を盛り上げてくれる先輩。ありえん仕事ができる同期2人。つてのない高校に電話をかけるのがどれだけしんどいか、高校側から連絡がきたときどれだけ嬉しいか、分かってくれる仲間がいた。

どんなに辛い時期でもリクルートをやってるときだけは楽しかったから。
都学連の学生幹事になったばかりの時、どうやって人間関係を構築すればいいのかも何をモチベーションにすればいいのかも分からなかった。その時リクルートは私の楽しみだった。リクルートをやってるときだけは部活を頑張ろうって思えた。

だから部活をよくするために皆意見を言ってくれてるって分かってても、自分たちのやってきたことを頭ごなしに潰されたような気がして悔しくて仕方がなかった。涙をこらえるのに必死だった。


でも自分がカチンときたのにはもう1つ理由があったとも思う。言われたことが的確だったから、リクルートの弱い部分をつかれたから。要は私が見栄をはって無意識に気づかないようにしてた部分を急に他人に指摘されたから動揺したのではないか。

常にリクルートの本来の目的を意識していたかと言われるとかなり怪しい。
そもそもリクルートは部に強い選手を入れるため行うもので、強い選手に東大に合格してもらうことや東大ア式に興味を持ってもらうことを目的としている。
そのためにリクルートが置いている柱は2本。
1本目。首都圏の高校へのアプローチ。
現役部員も首都圏の人が多いから、OBを通じて強い高校、強い選手とコンタクトを取る。そして高校生と練習試合を行うことでア式に興味を持ってもらう。


2本目。地方の高校へのアプローチ。
地方出身は現役部員でもそんない多いわけではないし地方の高校生と練習試合を行うことはかなり難しい。だからパンフレットを作って送付したり受験生向けの記事を書いたりして地方の高校生に東大を意識してもらう。

この2本を両立しなきゃいけなかったのに私は2本目に集中しすぎていた。
2本目は去年新たに始めた試みだったからめちゃくちゃ気合いを入れて取り組んでいた。
しかし、つてのない高校への電話がけ、受験生に向けた記事の執筆…正直これらの活動がどれくらい部の利益につながるのか途中から分からなくなった。
この活動でア式に入りたいってなる人どれくらいいるんだろう、かけた時間に見合った成果がえられるのか?なんて考えると時間をかけてるのが馬鹿馬鹿しくなった。
ここからが間違いだった。やるべきことを見直すとか、意味や目的を皆で共有し直すとかすればよかったのに私は「作業」に集中する道を選んでしまった。


タスクをこなすことに必死になっていた。ア式を強い、魅力的なクラブにするためにどうすればいいか考えることを放棄してとりあえず仕事を終わらせるようにしていた。仕事を多くこなせたという達成感に満足していた、それでリクルートって楽しい♪と呑気に思っていた。そんな気がする。だからやることが重なっていた2本目ばかりに目がいって1本目の柱の存在が自分の中で薄れてきてしまっていたんだと思う。

でも私はだからって2本目の柱がいらないとか言いたいのではない。1本目も2本目もどっちも必要だと信じてやまない。もちろん強い選手にアプローチするのは大事、首都圏の強豪校と関係を強めることは大切。効率性を考えると1本目に重きを置いたほうがいいのかもしれない。けどア式蹴球部の魅力をもっと日本中の高校生に知って欲しい。もっと多くの高校生に東大を意識してもらいたい。そうすることで今まで気づけなかった地方の強い選手に出会えるかもしれない。ア式がもっとバリュエーション溢れる魅力的なクラブになるかもしれない。


立ちはだかる壁は大きい。アプローチの方法、部内の他のユニットとの関わり方など考えないといけないことはたくさんある。しかもそれはきっと時間のかかることで決して簡単なことじゃない。
でもやるしかない。泣いてる場合じゃない、立ち止まってる暇なんてない。
リクルートはこの部に必要だと証明したい。そのために来年度こそはこの2本の柱を両立させてみせる。
具体的には今年やることを3月末までに首都圏向け、地方向けに分けて整理して通年リクルートのメンバーで話し合う。そして決めたことを1つずつこなしていきたい。今度は目的を忘れないように気をつけながら。そして他の部員にも理解してもらえるように決めたことは適宜発信していくようにしたい。


部員の皆にも伝えたいことがある。なぜ自分への手紙で書くの?という感じだが、人見知りの私はこうでもしないと伝えられない。許して欲しい。
リクルートに対する考え方はたくさんあると思う。やったことの効果がすぐに出るものでもないし、フィジカル班や広報班と違って必ずしも存在しないといけないユニットでもない。だからこそ疑問に思ったり、代替案があったり、改善したほうがいい点があったりするならリクルートに直接教えて欲しい。やったほうがいいと思うことも、やらないほうがいいと思うことも全部直接教えて欲しい。こんなに考えを整理した後だし、自分の良くなかった点もしっかり理解したから、もうカチンとくることはないと思う。自分たちでいくらでもアプローチの方法を変えられるのがリクルートの魅力だから、部員の皆が意見を持ってくれているならぜひ参考にしたい。本当にお願いします。



リクルートのことを一通り書いたから、スタッフとしての自分についても書いておきたい。

この1年振り返ると自分のことに必死だった。スタッフなのに自分の評価ばかり気にして部にあんまり貢献できなかった気がする。
さっきも述べたけどア式にとって何をすべきかと考えるより仕事を終わらすことに専念していた。仕事ができないと思われたくなくて、部に必要ないと思われたくなくて、とりあえず仕事を引き受けてとりあえず終わらせるみたいな日々だった。気づけば「忙しい」が口癖になっていた。自分より仕事量の多いスタッフや、プレッシャーの中戦ってるプレイヤーが自分の心配をしてくれてると分かっていたのに結局頼ってばかりになってしまった。


こうやってみれば何をとっても反省が多い。しばらく山奥にこもって修行したほうがいいのではと思うレベルに反省が多すぎる。

だけどいくつか気づけたこともある。
自分は学連の書類提出とか五月祭企画の正責任者とか事務作業が向いているのかもしれない、とか(まあ誰にでもできることではあるが)。公式戦の時本部から見える景色はすごく綺麗だとか。

サッカーの難しさとか面白さとか。誰かを本気で支えたいと思う気持ちとか。

うん、きっと無駄な1年ではなかった。少なくとも自分にとっては得られるものがたくさんあった1年だった。

今年は自分が得られた分以上に部に還元できるように頑張りたい。部のために何ができるか、何をすべきか、しっかり考える1年にする。リクルートもその他の仕事もやってみせる。そんな1年にしたい。

そして自分自身も将来ア式を選んで良かったと思えるように向き合っていこうと思う。



ここまで書いて、この曲の2番は過去の自分への手紙だったことを思い出した。
ちょうどいい機会だし1年前の自分にもメッセージを送りたい。


1年前、高3の私へ
ちょうど1年前ってことは東大へ2次試験を受けに行く直前かな。元気ですか?
いい先生、いい友達に恵まれて受験の辛さをあんまり感じずに生活してるよね。本当に幸せ者だったなあと今では深く思っています。

受験勉強の合間に友達と大学生活を想像するのが流行ってるよね笑
お散歩サークルに入りたいとか言ってると思いますが、実際はサッカー部のマネージャーやってるよ、ありえないよね。大学生活何が起こるか分からないものです。

さて、今の私から2ヶ月後にはサッカー部のマネージャーとなるあなたに伝えたいことがあります。今のあなたには何のこと?って感じだろうけど今後マネージャーをやるうえでいかせるタイミングがくると思います。

世の中はそんなに甘くできてない。
やりたいと思うことばかりができるわけじゃない、やりたくないことをやらねばならない時もある。逆に密かにやりたいと思っていたことを諦めないといけないこともある。

やりたいことでもうまくいかないときはある。どれだけ熱意を持ってやってもうまくいかない時なんてざらにある。

でもだからといって、泣いていては何も始まらない。涙を人に見られないように、弱い部分を人に知られないようにって下を向いている場合ではない。

前を見て、自分にできることを探した方が絶対いい。
自分の弱い部分を隠すことより集団のためにできることを探した方が絶対いい。

自分は集団の一員だということを忘れないで。
周りの人の意見をよく聞いて、1人で突っ走らないで。
自分がやりたいこと、自分が守りたいものをしっかり意識して。

そして何より、ア式が好きだと思える瞬間を大切にね。応援してます。


18の私より



ラストティーンはノリがいい人になりたい
2年スタッフ 大槻春歌

2019年2月21日木曜日

決断の時

ア式蹴球部に所属して約1年。もうそんなに経つのか。歳を食うと時間の流れが速くなるというのを実感する。まだ19歳だけど。
この1年間で俺は、東大生として、ア式蹴球部員として、何をやってきたのだろう。
勉強はちゃんとやれたのかな。振り返ってみると、頑張ったはずなのにあんまり頭に残っていない気がする。1年間なにやってんだか。春のうちに復習しとかないと。
サッカーはそこそこ上手くなった気がする。でも正直そこそこ止まり。劇的に何かが変わったわけでもなく、コンバートで才能が開花したわけでもない。

…書き起こしてみると、なんというか中身のない1年間にしか思えなくて、後悔の念が募る。

さて、この1年を踏まえて、最近の悩み事のことでも書いていこうかと思う。

まず、ア式蹴球部員がやらなければいけないことは次の3つで言い尽くされる。
その1
自分の持っているリソースを消費して、部の活動に貢献すること。
その2
ア式蹴球部の持っているリソースを消費して、自分自身の成長に努めること。
その3
ア式蹴球部に所属し活動することが自分にとってベストか否か考え続けること。


このなかで、その3についてが今回の肝だ。

ア式蹴球部に所属することがベストか否かを判断する基準は多岐にわたる。そのなかでも自分が重視している基準は、納得いくだけのリソースを割けるかと、feelingsでもおなじみ機会損失の2つ。

まずはリソースの割き方について述べよう。
当たり前だが、自身の成長を達成するには自分の持っているリソースを費やさねばならない。ほっといてサッカーが上達するはずがない。さらに上記その1の通り、部の活動を維持・発展させるためにも自分のリソースを割かねばならない。

熱量を欠いて練習に参加することが自分自身にとって無駄な行為であることは明白であり、さらに練習のクオリティを下げることによりチームメイトに迷惑をかけることになる。練習を計画してくださるコーチ陣に失礼であるし、練習を補助してくれるスタッフ陣の行為を無下にすることになる。

十分なリソースを割けないまま部に所属することは、まさに百害あって一利なしである。

ところで、自分はア式蹴球部員としてサッカーに取り組む一方で、サッカーだけをやっているわけではない。というよりも寧ろ、俺はあくまで学生であって、その余暇でサッカーをやっているにすぎない。つまるところ、俺のリソースはサッカーよりも学業に多く割かれるべきであるし、自分もそうでありたいと思っている。

そもそも自分が東京大学を志望した理由というのが、建築の勉強をするにあたって、東京大学が最高峰であるから、というものだった。
教養学部にいる今はまだしも、建築学科に進学するであろう(出来なかったらどうしよう…)2年秋学期からは、より学業にリソースを割きたいと思うだろう。

そうなったとき、自分の持つ全リソースのうち学業や日常生活にあてる分を除いた、残りのリソースは、ア式蹴球部に所属し活動するのに値するのだろうか。






さて、もう一つの基準である機会損失について自分の考えを述べよう。

機会損失を考慮するとは、雑に言ってしまえば、おまえ本当にサッカー向いているの?と自問自答するということだ。
サッカーに費やしている様々な自分のリソースを他のことに回せば、もっと成果が出せるかもしれない。リソースの費やしどころはよく考える必要がある。

この1年を振り返ると、どうやら自分はサッカーに向いていないらしい。今の実力を顧みても、1年間の上達具合を顧みても、否定し難い。育成チームの最下層、怪我人やカテゴリ移動で欠員が出たポジションをぐるぐる回って試合に出してもらう始末。

努力が足りないのか。それはそうなのかもしれない。俺より巧い人たちがどれほどの努力をしているのか、その全容を知ることはできないが、相当なリソースをつぎ込み努力を重ねていることに疑いの余地はない。
一方で、努力が足りないという台詞は、機会損失を拡大させる悪魔の呪文にもなりえる。物事で期待するだけの成果を生み出すために必要な努力の量を、予め知ることはできないからだ。努力は決して万能ではない。

努力の量なのか、方向性なのか。そもそもサッカーをこのまま続けていっていいのか。もっと適性のある何かを探した方がいいのではないか。




正直に白状しよう。
どうにも今の自分には、ア式蹴球部に所属し活動することがベストとは思えないのだ。

サッカーが好きだと思う気持ちに嘘はない。どう転んでもサッカーは続けるに違いない。
しかし、上の2つの基準に照らすと、このままア式蹴球部に所属し続けることは悪手にしか思えない。
好きなことをみすみす手放したく無い。ア式蹴球部の環境は、自分が喉から手が出るほどに欲していたもののはずだ。
もっとサッカーが巧くなりたい。試合に出たい、勝ちたい。あの淡青のユニフォームを身に纏って、ピッチで躍動したい。
どれも本心だ。

しかし、好きだから、憧れているからというだけではやっていけないことを理解する程度には大人になってしまったのも事実だ。人生全体を見渡して、合理的な判断を下すべきだという声が、どこかから聞こえてくる。



あ――もう!! わけわからへんわ!!




そう叫びたくなってくる。我が家の壁は薄いため、実際に叫びはしないが。

ぐるぐるぐるぐる思考がループして、最善手が一向に見える気がしない。どっちを選択しても納得がいきそうにない。



そもそも機会損失ってなんだ。もしサッカー以外のことに注力したとして、もしそこで結果を残し、名を挙げたとして、それは大学4年間サッカーに食らいつくことよりも価値あることなのか。たとえ応援席から出られずに辛酸を舐める結果に終わったとしても、胸を張って良い大学生活だったと言えるだろう。いいだろう、ア式蹴球部に4年間捧げてやろうじゃないか。

こう開き直ってしまえたらいいのに。自分はそうはできないらしい。




というわけで、表題の回収をしよう。

「決断の時」は双青戦。つまりはちょっとした先延ばしだ。

その理由は開催時期と試合の性質。

まずはその開催時期。前期リーグが終わった後、そして夏学期がちょうど終わる頃に、双青戦は開催される。
今の自分の実力を顧みると、前期リーグへ絡むことはあまりに現実と乖離している。まずはサタデーリーグで出場機会を得ることからやっていくしかない。そうすると、双青戦は前期リーグ戦期間中の成果を発揮する絶好のタイミングとなる。また、後期リーグ、さらには次のシーズンに試合に絡めそうか、出来を見定める機会でもある。さらに、夏学期の終わりというのも、秋学期からも部活に対して十分なリソースを割く余地があるかを判断するのにうってつけの時期である。

続いて試合の性質。普段、育成チームの選手は公式戦に絡むことができないが、この時ばかりは話が変わる。双青戦は選手全員に出場機会が与えられる公式戦である。育成チームのみならず、トップチームのコーチ陣へも明確なアピールができる場となる。加えて、一軍戦・二軍戦・三軍戦と銘打たれ、自分のいる位置がはっきりする試合でもある。



双青戦までにやらなきゃいけないことは多い。
サッカーを勉強する。身体を鍛える。自分の身体について知る。ピッチで自分を表現する。自分の正規のポジションで試合に出る。点を獲る。試合に勝つ。
線形代数と力学の復習をする。建築学科に進めるだけの点数をとる。たくさん本を読み、学びを深め、知識を蓄える。
上手い時間の使い方を身につける。自分のリソースそのものを増やす。


もう既にキャパオーバーしそうな予感がする…。
がしかし、だからって手を抜くわけにはいかない。


ここからの半年は、どちらに転んでも意義のあるものにしたい。
続けるなら、その先の自信へと繋がる6ヶ月に。
続けないなら、やりきったと納得させてくれる6ヶ月に。

そして、双青戦の頃になって、こんなfeelingsを書いたことを綺麗さっぱり忘れるぐらい、学業とサッカーに没頭できていられたら、最高だ。

気張っていこーぜ、俺。




実は本郷キャンパスから三鷹寮はチャリ圏内(個人の感想です)
新2年 大田楓

2019年2月17日日曜日

原点回帰

あの時からちょうど1年が過ぎようとしている。

毎日朝8時から夜の11時くらいまで、ひたすら机に向かって猛勉強。部活を他の人よりも長めにやっていた自分は受かるか受からないかギリギリのラインで、一秒たりとも時間を無駄にすることはできなかった。そんな中で最後まで諦めることなく勉強を続けることができたのは、東大に合格した先に待っているであろう楽しい大学生活のおかげあった。それは友達と遊ぶことや、大学で学ぶことに対する期待でもあったが、それよりも大きなウェイトを占めていたのは大学サッカーに対する期待だった。幼稚園からサッカーを始め、小中高とほぼ毎日ボールを蹴り続けていたのでサッカーを欠いた生活は考えられなかった。絶対に合格してまた真剣勝負をしたい。




なんとか合格することができた自分は、大きな希望と期待を持って目標としていたア式蹴球部に入部した。いざア式に入部してみると大学サッカー生活は良い意味で予想を裏切るものだった。キーパーから丁寧にパスをつないで相手を剥がしていき相手ゴールを目指す、というア式のサッカーはこれまでに自分がやったことのないサッカーだった。今まで以上に頭を使ってサッカーをすることが求められたし、自分がやってきたサッカーと違った部分も多かったので、最初は戸惑ってばかりだったように思える。しかし、それ以上に楽しかった。大学生にして、より高度で魅力のあるサッカーに出会うことができたし、サッカーの楽しさを新たに発見することができた。また、ア式蹴球部には全国各地から様々な経歴を持って、これまで全く違った環境や考え方でサッカーをしてきた人が集まっており、そういった仲間たちと共に新たなサッカーを作り上げていくということも魅力であった。もちろんそれぞれが様々なバックグランドを持っていて考えが合わなかったり連携が取れなかったりすることもあったが、そういう難しい部分も含めて課題を解決して試合に勝とうとする取り組みは純粋に楽しかった。


そんな中で、早くAチームに上がって公式戦に絡んでいきたいという気持ちももちろんあった。6月くらいにAチームで自分のポジションにけが人が出たこともあって、運よくAチームに上がるチャンスがやってきた。Aチームで活躍して試合に出たいという目標も持っていたし、不安を抱きながらも、自分ならできると思いつつ練習へ向かった。しかし、正直に言ってレベルが違った。自分はまだAチームでやっていけるだけのレベルに達していなかった。当然練習ではミスしてばかりで周りの先輩に迷惑をかけてしまっていた。上手くなろうとすることではなく、常にミスを避けることで頭がいっぱいになっていた。この頃はビビってばっかで全くサッカーを楽しむことができていなかった。試合に出ることもできずにその後約1ヶ月で育成に逆戻り。それからはもう一度Aチームに上がって通用するのに十分な力をつけようと、より考えて練習や試合に向き合うように意識した。ただ、この頃育成チームは全く勝つことができなかったし、自分自身も成長しているという実感を持つことができなかった。気づけばあっという間に夏休みが終わり、後期のリーグ戦も自分は全く絡むこともなくチームは優勝で幕を閉じた。やっぱり自分はまだ力が足りていない。



リーグ戦が終わり、4年生が抜けて新チームが始動した。新チームの始動は今まで主力だった4年生が一気にチームを去り、新しい競争も始まるのでAチームに上がるチャンスでもあった。このチャンスを逃したくはないと、一つ一つの練習試合でミスをしないということよりも自分の良さを出していくことを考えてトライ&エラーを繰り返した。その甲斐もあって11月の終わり頃に運よくAチームに上がることができた。前回Aチームでやった時よりは確実にレベルアップしているはず。そう自分に言い聞かせて、自信を持ちつつ謙虚に毎日の練習に取り組んでいくことを意識した。まだまだ下手で、もっともっとうまくなりたい。上手くなるためには練習からもっと「質」を上げていかなければならないと思う。一本一本のパスやボールの持ち方など技術の部分の質。どのようなプレーを選択するのかという判断の質。戦術的なことを理解し、それを絶え間なく流れる試合の中の状況に当てはめて考える頭の部分の質。あらゆる部分における質をもう2段階くらい上げていかないと1部リーグで通用する選手にはなれないと思う。


そしてもう一つ、一番大事なことをこの一年で忘れかけてしまっていたような気がする。



サッカーを楽しむこと。



勝負や自分の成長のことを考えるあまり、入部したての頃の受験から解放されて純粋にサッカーを楽しんでいた感覚を忘れかけてしまっているような気がする。もちろん自分に対して厳しくなければ上手くなることはないだろう。しかし、サッカーが好きだからこそ10年以上もサッカーを続けているし、楽しむことができるくらいの余裕を持ってやることでより成長していくこともできるかもしれない。また、成長して公式戦に出場して活躍することで、今までに味わえていない喜びや楽しさを感じることができるだろう。


受験から約1年が経ち、入試と新歓が迫る今、自分の大学1年生の生活を振り返ってそう感じた。



1年 石野佑介

2019年2月14日木曜日

欧州観戦記

お久しぶりです。理の方の吉本です。

まずはfeelingsを滞納し大変申し訳ございませんでした。

言い訳になりますが、滞納者ラインで仕事がふってくるたびに書こうとはしていたのですが、自分の文才のなさから全然完成しませんでした。

「理」でなく文章が書けそうなかんじの名前だったらもうちょい文章力あったのかなーなんて思ったりして。(わかる人にはわかるはず)

さて、謝罪と言い訳はここら辺にして、題にあるように今回は欧州旅行について書こうと思う。
片道20時間超えのロングリターン飛行機のなか、今回の旅行を思い返しながら書いていきます。

もはや冬オフ恒例となったシンヤ旅海外編、今回はイギリスとスペインに行ってきた。

ロンドン、マンチェスター、マドリード、バルセロナの4都市を周り、5試合を生観戦した。


ウェストハム vs アーセナル
チェルシー vs ニューカッスル
マンチェスターシティ vs ウルブズ
レガネス vs レアルマドリード
バルセロナ vs レバンテ


どの試合も面白かった。
プレミアの球際、ぶつかり合い、リーガの巧みなテクニックには興奮しっぱなしだった。
普段DAZN越しに見る試合の何倍もパワフルであった。


なによりスピード感が違いすぎた。もちろん僕らなんて比べものにならなかったし、生観戦したJリーグと比べてもそれは圧倒的だった。

ちなみに一番驚いたのはジョルジーニョの首を振るはやさ。
おれが遼くんにビンタされたときよりもはやく回ってた。
一言にスピード感が違うといってもこんな細かいところから違うのかと驚嘆した。

この発見を隣のやつに話そうとしたら、彼は試合中なのにウトウト首を縦に振っていたzzz。
これの前に見た試合では急に涙を流し始めるし、こいつの行動は理解不能だ。



さて、全部の試合の感想を書いていってもいいが、さすがにロングになりそうなので、ここでは印象に残った2チームを紹介する。


ひとつはウルヴァーハンプトンことウルブズ。今年プレミアリーグに昇格してきたチームだ。

格上マンチェスターシティとのアウェー試合でウルブズは5バックでブロックを敷く。

しかし、ラポルトからサネ、そしてそのグラウンダークロスにファーポストのジェズスとシティのお決まりパターンで先制を許す。

さらに前半のうちに危険タックルで退場者を出してしまい残りの半分以上の時間を1人少ない状態で戦うことになった。

正直試合は終わったと思った。

それでも中の選手たちはやることを変えずずっと5バックをしき耐えて、FWはカウンターの起点になるよう体を張っていた。

その後シティのクオリティに屈して2失点し、結果は0-3の敗北だったが、アウェーまで駆けつけたファンは総立ちで試合後の選手たちをたたえていた。

なんだか文字にすると敗北チームを讃えるファンという奇妙な出来事だが現地ではそんなこと感じなかった。

WBが焦って前に出てスペースをあけることもなかったし、ゴール前では守備陣が体をはり、前線の選手はボールを追っかけ回した。


ようは彼らは格上相手でも、1人少なくても、どんな状況でも自分たちのやるべきことを見失わず、やりきったからファンはたたえたのだと勝手に解釈している。

昇格チームながらもTOP6に続く成績を残せている原動力みたいなのを感じた。



もう1つのチームはラ・リーガのレガネスだ。こちらも強豪ではなく毎年残留争いをしているチームだ。

観戦したのはカップ戦でホームにレアルを迎え撃つ。
1stレグでの0-3の敗戦から逆転を目指すという試合だ。

試合はスコアに余裕のあるレアルはそれほどプレッシャーをかけず、レガネスがボールを持つ展開が続く。

普段レガネスがどんなサッカーをするのかは知らないが、この試合ではそれなりにポゼッションもできるし、前進したらボランチからの楔かサイド裏への長いボールでゴール前まで迫ることをしていた。

個々ではレアルの方がうまかったが、それに対してレガネス全員で目的をもってプレーしていると感じた。

ホームの後押しを受けて難敵レアルに真っ向勝負を挑んでいき、前半のうちに一点取ることに成功。
後半も押せ押せの展開で何度もレアルゴールを脅かす。

特に試合終盤の猛攻は迫力ある攻撃だったがナバスのスーパーセーブ連発(目の前で見れて鳥肌たった)に阻まれ結果1-0で終了、試合には勝利したものの、カップ戦敗退が決まる。

勇敢に格上に挑んだ試合を見て、ミーハーかもしれないが、レガネスというチームが好きになってしまった。

余裕のなくなったレアルの時間稼ぎ的なプレーにも集中力をきらさず最後までやりきったチームに魅力を感じてしまった。

気づいたら僕も地元ファンと一緒に立って拍手で選手たたえていた。




以上印象に残った2チームを紹介したわけだが、もちろんあえて強豪ではないこの2チームを選んだのは理由がある。

この2チームの試合を見て自分の考え方が変わった、というか原点に戻ってこれた感じがする。

今季おれらは昇格チームとして都一部に参戦する。格上との試合ばかりになるが、相手がどれくらいうまいのか、強いのか、わからない。

そういう未知な部分がオフ中の僕の不安をかりたてていた。

本当にただもう不安でしかたなかった。ホロホロの実のネガティヴホロウをくらったくらい。

とにかく負けるのが怖いし、嫌だからオフでもだいたいジムやグランドで体を動かしていた。

今考えれば過度に焦ってたし、楽しくもなかった。

そんな中行った欧州でこの2チームを見て、相手ばっかり気にしてても仕方ないと考えが改まった。

格上相手の試合でも相手を過度に意識することなく、自分たちのやれることをやりきりいい試合をする。そんな彼らを見て。



自分自身に集中する



それがいかに大事か再認識できた。

相手がどれくらいうまいとかは考えたって仕方ないし、そんな時間あったら自分がうまくなるのに労力を使わなきゃなと今は強く感じる。

来シーズン、どうしても辛くなる時期が来ると思う。

それでも自分たちの信念、やるべきことを曲げずに日々のトレーニング、ひとつひとつのプレーに集中する。

ありきたりかもしれないが来期の目標が決まった。もちろん、その先に勝利、関東があれば最高だ。

まずは地道にひとつずつ成長してやろうじゃないか。

とこんな感じでペローナを克服しました、尾田栄一郎先生。



ちょうどいい感じのところで飛行機が成田に着きそうだし、ここで終わろうと思う。

色々ロングに書いたが、今できることを最大限にやっていくのでみんな一緒に頑張りましょう。


ただいま日本。
そして、さよならマドリード



奴隷解放宣言
3年 吉本 理

2019年2月11日月曜日

空気をつくる

エアコンの話ではない。練習中に楽しい空気を作ろうと心掛けている、というだけの話である。

練習を盛り上げようという意識を持ったきっかけは3つ上の先輩方が卒部されたことだった。入部して初めてのリーグ戦が終わり、オフ期間が明けた後の練習に当時4年生の先輩方がいらっしゃらなかった時、強い寂しさを覚えた。その時は単純に人数が少なくなったことと、ずっといた先輩方がいないことによる寂しさだと思っていたのだが、その後の練習に先輩が都合をつけて顔を出してくださった時、改めてその存在の大きさを実感するとともに練習中に掛けてくださる声が全体の雰囲気を盛り上げていることに気づいた。


他の部員たちが声を出していないわけではなかった。「ナイス!」という声やプレーについてのアドバイスは練習中にたくさん聞かれた。それなのに4年生がいるのといないのとでなぜこんなにも違うのか、不思議だった。少し考えて、声のトーンと音程がこの違いを生み出しているのではないかと思い至った。4年生の先輩方は高めのトーンかつ高低差のある音程で話していて、顔を見なくても「ナイス!」という一言を聞くだけで笑顔が目に浮かぶのだった。

私も真似をして大きめに抑揚をつけて声を出そうとしたのだが、練習中に自分から声を出していくというのは難しかった。決して大きな声を出すのが恥ずかしいとかいう理由ではなく、声に出す内容についていちいち脳内でツッコミが入るからであった。「ナイス」って良いか悪いかの判断を伴う言葉だから目上の人に使うのは失礼なんじゃないか、目上の人に言うなら「流石です」かな、でも練習中に「流石です」って言うのもちょっと違和感あるな、とか。ドンマイって和製英語ではあるけど命令形だしpleaseをつけたくなっちゃう、とか。中学高校と演劇部だった私は運動部特有の声掛けに慣れることができていなかった。最近でも先輩にそうした声を掛けるのを躊躇してしまうことは多く、その分同期や後輩にはしっかり感情を込めた「ナイス」や「惜しい」を言うようにしている。


そんな私でも迷いなく声を出すことができるのがアップの時である。「5678910」や「123」のような数字の並びを口にするだけだが、口角を上げて明るいトーンで音程にも気を配って、なんてやっていると楽しくなってくるのだ。「はち」の「は」はもうちょっと高く。ここはスタッカート気味にしてみよう。伸ばす筋肉はしっかり伸ばしながら、自分なりに楽しそうな声を模索する。自己満足のような気もするけれど、お芝居だって観客のリアクションが劇場の空気をがらりと変え、役者の演技にも影響を与え、作品を完成させていくものだし、練習では私の声が楽しい空気をつくる要素のひとつになっていたら良いと願ってしまう。

もちろん、楽しそうな声だけでは練習は成り立たない。お世話になっている多くの方への感謝をここに並べたら大変なことになってしまうのでそれはやめておくが、練習の時に率先して用具や鍵などを準備してくれる仲間へは伝えられていないので、いつもとても感謝しているということをここに書いておきたいと思う。



今の季節、家では物理的にしっとりとした空気を保ちたい

女子部2年 浅野晴香

2019年2月7日木曜日

サッカーには夢がある

昨今UAEの地で日本代表が激闘を繰り広げている。特にノックアウトステージに入ってからは終始緊迫したゲームが繰り広げられ、自分も一国民として固唾を飲んでテレビ画面を食い入るように見てばかりである。とはいうものの、自分がサッカーを長年続けていくにつれて、何かしら戦術的、技術的な着眼点を持って客観的に見るようになったことも事実である。実際にプロの試合から学び吸収できるものはないか、と。(自分に限らず世のサッカープレイヤー皆がそうだと思うが。)それでもなお自分の中には、サッカーという1つのエンターテインメントをただ純粋に楽しみながら見ている、小さい頃から何1つ変わらない自分の存在がある。ワールドカップ後の森保さん(同郷として光栄です)率いる新生日本代表のプレイにはワクワクさせられるばかりである。(吉田選手も同郷です)


上京してからは、J1リーグを始めプロの試合を見にスタジアムに足を運ぶ機会も増えた。その中でも10月に埼玉で行われたウルグアイ戦は今までで見た試合の中でも一二を争うほどエキサイティングな試合だった。ウルグアイDFに対して果敢に仕掛けていく前線の選手のコンビネーション、セカンドボールに対する中盤の選手のアグレッシブなアプローチ、正直今までの代表では見たこと、感じたことがあまりなかったワクワク感があった。ましてそのプレーをスタジアムの熱気、サポーターの呼吸を肌で直に感じながら観戦するとなれば、その興奮は言葉で言い表せない。その時、正直戦術とか考えるのを放棄したくなるほど無我夢中で楽しんでいる自分がいた。まるでサッカーをやったことのないちびっ子のように。



「戦術」って何だろう。「サッカー」って何だろう。


こんなことをふと考えた。サッカーとは90分という時間の中で、11人対11人で行う競技である。相手よりも多くゴールを奪うことで勝ち点3を得る。はい、みんな知っている。戦術とはその勝ち点3をいかにして手に入れるか(いかにして相手からゴールを奪い、相手にゴールを割らせないか)、そのための手段・方策である。はい、それはそうです。

現代サッカーには様々な戦術が存在する。ロングボールを多用するチーム、細かく緻密にパスをつなぎ相手をいなすチーム、ガチガチに引いて爆速のカウンターを発動するチーム、ロングスローばっかりするチーム。国によって、大陸によって、チームによって、様々なカテゴリーに様々な戦術が存在する。どれもあくまで勝つための術に過ぎない。どれを支持し、どれを批判するかは、個人の見解なので、議論しても意味はないし、そんなのは正直どうでもいい。勝ったほうが強い。偶然なんてない。(誤審の場合はまた話が違うが。)



「何のためにサッカーをやっているのだろう。」


サッカー人生で何どこの問いにぶつかったことか。多分この先も何度もぶつかることになるのだろう。何度サッカーをやめろと言われたり、自分でサッカーをやめようかと考えたりしたことか。(10回はあるかもしれないな。笑)
答えはサッカーを始めた頃の自分に問いかければすぐに返ってくるだろう。
「サッカーが楽しいから、サッカーが好きだから」って。

自分の場合、サッカーに関する知識を吸収するにつれて、この答えはいつも霞んで見えなくなってしまいがちなのかもしれない。本当の意味で楽しむことを忘れているのかもしれない。プロの試合を見ている時にはそんなことはないのに、自分がやるとなぜかそうなってしまう時期があった。勝ちを求めて、ゴールを求めて、その先にある喜びを求めて懸命にプレイしているはずなのに、何か釈然としないままピッチに立っている時間があった。何かが引っかかっていた。

「戦術」

こう表現すると語弊を生むかもしれない。まるでチームの「戦術」を否定しているかのように聞こえるが、そういうことではなくて、問題はあくまで自分自身にある。チームスポーツである以上、ピッチに立つプレイヤーにはチーム「戦術」の遂行が求められる。その「戦術」を完璧にこなすことで、勝利を手にすることができるから。つまり「戦術」はサッカーにおいて勝利の喜びを味わうためには不可欠な要素である。もちろん「戦術」を完璧にこなせずとも勝利が転がり込んでくることもあるが、チームの1員として「戦術」プランを完璧にこなすことで得られる勝利の味は格別である。

では、「戦術を完璧にこなすこと」が目的なのか。
それとも「勝つこと、その先の喜びを得ること」が目的なのか。

これこそが自分の心の内の葛藤の原因だった。いつの間にか手段が自己目的化していた。試合に出ても「自分が戦術を遂行できていたか否か」ばかり気にかけ、プレーに大胆さやアッグレッシブさがなくなり、頭でっかちなプレーしかしていなかった。表現は悪いが、その時の自分のプレーはただの「戦術のための道具」でしかなかった。それ故に、チームが点を取っても取られても、勝っても負けても、何も感じることができなくなっていた。自分が「戦術」をこなせているかどうかが重要なポイントにすり替わり、淡白なプレーしかしていなかった。最悪な心理状態だった。その時は、もはやサッカーをやる意味もなかったのかもしれない。楽しくなかったから。サッカーを始めた頃の、あの純粋で熱烈なサッカーに対する情熱はどこかへ消えていた。


この自分の心理状態が、昨年末の新人戦の大敗で爆発したと、今振り返って思う。(もちろん、チームとして、個人として、戦術的あるいは技術的な成熟度の低さが原因でもあるのだが、少なくとも、あの時の自分はそんな議論以前の問題だった。)あの大敗は屈辱以外の何物でもなかった。それはピッチに立った選手だけではなく、組織に関わる全ての人々の顔に泥を塗る結果だった。

あの時やっと、忘れかけていた大切なものをもう一度思い出すことができた。やっと勝利に対してひたむきになれた。大胆にアグレッシブにプレーし、チームと勝利の喜びを分かち合うために走ろうと思えた。その時は、いい意味でもう戦術なんてどうでもいいと開き直っていた。(実際重要な要素だが。)目の前の相手に勝てばいいとしか考えていなかった。熱くなれた。楽しかった。


サッカーというスポーツは、緻密な計算を要する、複雑で難解な競技だと思う。勝つためには多くの戦術的視点が必要で、技術レベルの向上も言うまでもなく重要である。毎日考えに考えて、練習し続けなければ、勝利を手にすることはできない。そんなに甘い世界でもない。それ故、自分は、思い描くプレーができたかどうかばかり気にして、プレーが萎縮し、根本的なサッカーに対する情熱やサッカーを楽しむ気持ちを見失いがちだった。しかし、それを失っては、サッカーをやる意味がない。自分がサッカーを始めた頃に抱いた、サッカーに対する夢や希望を失った時は、サッカーをやめる時なのだろう。


中島翔哉選手。あれほど楽しんでプレーしているからこそ見ている側もワクワクさせられるのかもしれない。それでいて結果を出すのだから、尚更すごい。もう一度現地でプレーが見たいなと思った。


考え過ぎだ。勝負を楽しめ。もっと大胆に、熱くなれ。

サッカーには夢がある




高田社長、早くJ1(ゼイワン)帰ってきてください。

(そんな自分はコンサドーレサポ)

1年  鮎瀬英郎