2019年1月31日木曜日

育成チームのみんなへ

3年の森です。今のア式の中で育成チーム以下にいた期間が一番長い人間になってしまったので、育成チームに対する自分の考えみたいなものを書こうと思います。もしかしたら長くなるかもしれませんが、これが載る頃にはそろそろテストも終わって春休みだと思うので時間のある人はぜひお付き合いください。



まず、育成チームの話をする前にどうしても触れておきたいことがあります。2年前まで事実上の戦力外制度として存在していたLB2ndについてです。これまで多くのfeelings(特に1個上の代)に登場した話題ですが、僕が1年生のときの状況について書いてあるものは多分なかったと思うので、ア式の制度を記録に残すという意味でも実際の自分の体験を書いておこうと思います。

7月の京大戦後にメーリスでメンバー選考を告げられ、Aと育成から漏れた選手は後日部室に呼ばれて「①辞める②スタッフに転向する③育成への昇格はないけどLB2ndとして好きにやる」の3択を提示されました。同期のほかに当時3年生や2年生だった先輩も含めて8人が対象になり、先輩は辞めるかスタッフになる道を選んで、同期は自分を含め3人がLB2ndで続ける選択をしました。
LB2ndとして活動と言れたのですが、同期3人のうち1人が夏に辞め、実際は2人だけでした。1個上の代が主に対象となったこの前年のときのようにLB2ndの人数が多かったわけではなく(多ければ良いというわけではないですが)、2人では当然チームになるはずもありません。ということで、社会人のOBの方々・現役スタッフと一緒に「LB」として練習も試合もやらせてもらいました。OBの中には現役時代にリーグ戦に出て活躍していた方もいて、現役スタッフにも自分よりサッカーを知っていたり技術のある人がいました。この期間には色んなことを学ばせてもらったので、お世話になった先輩方には心から感謝しています。
でも、環境という意味では正直ア式内部とは比べ物にはならなかったのは確かかなと思います。活動日は基本週3回、社会人の方は平日の水曜練に来られないので最低限の人数を確保できるのは多くて土日の週2回。日によっては土日でも人が集まらず練習中止。水曜は仕事の手が空いたスタッフと一緒に数人で対面パスとロンド。残りの月火木金は、ジムに行ったり家の周りを走ったり、Aや育成の練習時間に行って端でボールを蹴っていた感じです。ボールを蹴るときは少し工夫して、より多くの部員の目にとまるようにAと育成の練習が切り替わるタイミングの前後1時間ずつくらいはできるだけグラウンドにいるようにしていました。みんなにあいつ頑張ってるなと思ってもらえたら、もしかしたら上げてもらえるかもしれないというちょっとずるいやり方ですが、その時はとりあえず必死だったので無い脳味噌でよく考えたなくらいに思ってください。
途中で他の社会人チームを探して外部で練習することも少し考えましたが、何かの間違いで東大に0.3点差で受かってしまった自分は単位を拾い集めるのに必死で、かつバイトもこれ以上増やせない等の条件も考慮して、移動時間や交通費的に今いる環境で上を目指すのがベストな選択だという結論に至りました。お陰で成績表に50可を並べて進級できたわけで、この判断は間違っていなかったと思っています。
当時のリーグ戦について、同期や卒部した4年生のfeelingsには「あんなに頑張ってた、あんなに上手かったトップチームが、1部で全く勝てなかったのをベンチや応援席から見ていた苦い記憶」として登場することが多いですが、自分も同じシーンを見ていました。ただ、ベンチにはもちろん応援席に入れることもあまりなく、記録員を任されて本部から見ていました。当時は応援すらできないのかよ!とも思っていましたが、チームへの貢献度を考えれば苦言を呈する立場にないのは重々承知だったし、記録員は手元のデータをリアルタイムで見ながら試合を追えたから意外と面白かったのも覚えています。でもトップが勝てない姿を見て、そこを目指す権利もない自分がサッカーを続ける意味があるのかと考えさせられたのも事実で、そういう意味ではみんなと同じように苦い記憶として残っています。
他にも、部員と違ってコーチやIリーグの場といった資源は利用できていないわけだから部費を下げてくれとお願いしたことがありました。関東昇格時のために積立が必要ということで認められませんでしたが、数少ない貢献だと思えばまあ仕方ないかという感じで、実際に関東リーグに上がればその積立を活かせるので、それも含めて今年は本気で昇格を目指したいです。

大体こんな感じで、当時は一緒に練習できる人が1人でもいるだけでありがたかったし、何より道具やグラウンドが使える環境にあったのは本当に助かりました。強度やレベルに限界があったとはいえ、育成を目指す自分たちのために忙しい中時間を確保して練習に来てくれたスタッフもいて、今でも本当に頭があがりません。自分が下手だったのが全ての原因であって環境に文句を言うつもりは全くないですし、むしろ多くの人に気にかけてもらって本当に感謝しています。そして、自分の活動をずっと気にかけてくれていた幹部のある先輩のおかげ(だと思っています)で、結果的には育成チームに上げてもらうことができました。それを承認してくれた他の幹部の先輩も含め、僕にとっては恩人でしかないです。この場を借りてお礼を言わせてもらいます。



さて、僕がこの話を前提に言いたいことは2つあります。

1つ目は現幹部や将来幹部になる後輩たちに向けてです。
今の育成チームという制度とネーミング、僕はかなり上手いなあと思っています。2番目にうまい集団としての「Bチーム」ではなく、あくまで将来Aチームで活躍する選手を育成する場として設置していて、MTGで「育成の選手」と呼ばれるだけで常にAを目指す意識が喚起されます。
一方で育成するに値しない選手を篩にかけるLB2ndという制度、開始当時の幹部だった先輩たちが誰よりもア式のことを考えて悩んだ結果の判断だったんだと信じています。でも、実際に対象になる側のことをどれだけリアルに想像して実施を決定したんだろうなと考えると、どうしても僕には理解できない部分があります。
制度が始まったきっかけとしては、当時存在していたらしいCチームが練習にまじめに取り組んでいるように見えなかったとか、トップチームの強化を優先すると使える資源(=グラウンド、コーチなど)に限りがあって仕方なかったとか、選手をあきらめさせることで不足していたスタッフを確保したかったとか、そんな理由を耳にしたことがあります。正確ではないですが、火のない所に煙は立たぬと言うようにこういった意図もあったことはあったんだと思います。
でもこれ、だいぶおかしな話だと思いませんか?東大でもサッカーを本気でやれる環境に惹かれて、Cチームとはいえ大学生活のうち睡眠と授業以外のほとんどの時間をサッカーに注げるつもりで入部した選手が、「やる気がない」なんてどうやって判断したのか。練習のための資源に限りがあることは事実でも、その中で長期的な視点で効率良く選手を育てることに挑戦するのではなく、組織にとって一番重要な資源ともいえる「人」を短期的な都合で切る方を選ぶのは論理が捻じれていないか。同じく、スタッフが足りないなら新歓の方法を工夫するとかスタッフとして入りたいと思えるような環境を作るとか先にできることはあるはずで、いきなり選手を半強制的に転向させようというのは思考の順番が違くないか。何より、僕たちは部費を納めて活動している大学生だし、東大にはサッカー推薦なんてありません。もちろんみんな本気で勝利を目指しているので「勝負の世界の厳しさ」みたいなものはついて回りますが、給料をもらって活動しているプロ選手や将来プロを目指す下部組織の選手と同じ種類のそれを課すのは本当に魅力的なア式を作ることに繋がるのか。etc...  実施決定の瞬間を見ていないので何とも言えませんが、疑問や不可解な点は山ほどあります。
組織の中で決定権を持つ人や幹部というのは本当に大変な役職だと思います。些細な経験ですが、自分も高校サッカー部の主将や都学連の幹事長を務めてみて、ア式の幹部に比べて程度は違うにせよ、どんな部分が難しいのか・どんな悩みの種類があるのかは少し把握してきているつもりです。実際、マネジメントする側はされる側に比べて、考えることも気の配り方も数倍高度で量も多いです。でも絶対に勘違いしちゃいけないのは、上に立つ人の考えの方が「高尚だ」というわけでは全くないということだと思います。同じチームにいる以上は全員の考えを尊重するべきで、その結果としてできるだけみんなが納得できるような方向に、かつ組織として最高な結果を出せる方向に持っていけるようにするのがトップや幹部の役割だと僕は思います。当然めちゃくちゃ難しいことですが、チームで一番それができるであろう人間がそういう役職にいるはずだし、ア式にはその仕組みを考えられる素晴らしい頭脳を持った人もたくさんいると思うので、間違っても権威主義的な考えに走っちゃいけない。今後一切、ア式に同じ過ちを犯してほしくないなと思います。
要するに、本気でサッカーをしたいと思って入部してきた育成チームの選手をどう強く上手い選手に育てるか、どうやって将来Aチームでア式を引っ張る選手を育てるか、そういう視点を持ち続けることこそが強くて魅力的なア式を作るために必ず重要になってくると思うということです。


ここまでが長くなりましたが、2つ目がメインで、今の育成の選手たちに向けてです。
昨年の新チームのキックオフミーティングでも似たような話があったと思うけど、今僕らが育成チームでプレーできているのは全くもって当たり前のことではありません。今の制度は選手としての活動を諦めざるを得なかった先輩たちの、言ってしまえば犠牲の上に成り立っていて、特にスタッフに転向してこのチーム環境を整えてくれた先輩たちのお陰です。
そう考えたとき、今の僕らは彼らに顔向けできるような活動ができているでしょうか。僕が1年生のとき、当落線上だったけどギリギリ育成に残したと言われた同期の選手たちもいたようですが、正直言って彼らが今の育成チームにいたらかなり無双できると思います。それくらい当時とのレベル差が激しいです。オフ明け最初の練習、2人組でリフティングして移動するやつがあったと思いますが、あの出来は正直やばいと思いませんか?ここに詳しく様子を書くのも憚られるし、あれじゃ「お前ら戦力外ね」ってもし仮に言われたときに自信をもって反論できないと思います。これ、実際に言われて自分の力不足を自覚してて反論できないっていいうの、めちゃくちゃ悔しいです。経験しなきゃわからないことかもしれないけど、できればそんなの経験してほしくないし、一人も欠かさず今のメンバーでお互い刺激しあって強くなりたい。
上で当時の制度自体の批判みたいなものを書いたけど、なんだかんだいって結果を残した奴が強いし評価される。どんな環境にいようと、結果を出せる奴は勝ち残れる。当たり前だけど絶対にこれが現実だし、どんなに幹部が制度を整えても結果を出せなければ淘汰されて然り。この3年間の中で、自分の経験したことや他の選手のことを振り返ってみて改めて一番強く感じていることです。
結果を出せなかった側になって実感してるようじゃ遅いし、長い人で引退まで折角あと3年弱あるわけだから、その時間と今のア式の資源を最大限に利用するべきだと思います。育成の選手の自主練を練習後とかに見ると、はっきりとした目的があってやってるんだなとか、試合を意識してやってるなと感じることが少ないのが気になります。もちろんみんな自分の設定した課題に向き合って対面パスやったりロングボール蹴ったりしてるんだと思うし、1年生とか必修の授業多い中でも頑張って時間割いてるんだろうなと思います。でも、本当にその練習をやってて意味あるのか?っていうのを常に自分に問いかけてみないと、頑張る方向が違ったり効率が悪かったりすればAチームの選手との差は開くだけです。
一つ目の話でも書いたように、このア式という組織にとって一番重要な資源のうちの一つは僕たち部員であって、特に育成の選手の成長はチームの強化に直結します。今年のリーグ戦で1部の強豪相手に戦い抜けるかどうかは、本当に僕らに懸かっている。その自覚と危機感をもって今シーズンも頑張っていこう。



最後に、ここまでだいぶ自分のことを棚に上げて話してしまったので、自分自身のこれまでの反省も含めて今シーズンの目標を簡単に書きます。
最初に書いたような僕のLBでの選手生活は、下手をすると「よく忍耐強く頑張った」とか「ちゃんと育成に復帰してすごい」というように美化されてしまいそうですが、全くもって評価に値するものではないと自認しています。自分が本気でサッカーをしたいという理由だけで続けて、殆どチームに貢献していないわけだから当然といえば当然です。
チームへの貢献を考えてスタッフに転向した先輩方をはじめ、丁寧に指導してくださったLB所属のOBの方々、自分を育成に上げてくれた当時の幹部の先輩方のためにも、残りの9か月で必ず自分が納得できる結果を残したい。新人戦に出たことくらいしか実績のない今のままでは本当に彼らに失礼だし、何より自分が結果を残すことでLB2ndが不要であること・育成の強化が大事だということをはっきりと示したい。
人によって結果を残すことが何を指すかの解釈は違うかもしれないけど、誰から見ても明らかじゃなきゃ評価してもらえないわけだからポジションや役割によってある程度絞られるとは思います。具体的に書ければベストですが、それはもう少し様子を見て決めたいです。
ということで、今年の暫定的な目標は「自分が結果を残してア式の関東昇格に貢献すること」と「怪我をしないこと」の2つです。もちろん本気です。フラグ立てるな(特に後者)とか言わずに期待しててください。

 最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。



とりあえず肉離れ治します。
3年 森 皓亮

2019年1月27日日曜日

電子のおとぎ話でもいいじゃないか

 明けましておめでとうございます。昨年は先輩、同期、そしてOBの方など様々な方にお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いします。


 さて、またテストの期間に回ってきてしまったので、前回同様テスト勉強からの話題です。
 
 東大理系の1年生には、現在Aセメスターで構造化学という科目が必修として課されています。これは恐らく、一般的に量子化学と言われているものと似た内容を扱っているので、まぁ同じと考えてもらっても差し支えないと思います。この講義では、必修科目のカリキュラム上では初めて、量子論と向き合います。
量子論とは何か。量子論の世界に足を踏み入れてから3ヶ月程度の僕なりに答えを出すと、それは「確率的に物事を捉えること」によって物事を解明しようとするものだと思います。それはどういうことか。そこには電子が深く関わっています。負の電荷を持つ電子という代物は、正に帯電する原子核に比べてとても小さく軽いのですが、この電子、実はある時刻における位置と運動量(質量と速度の積という認識でいいと思います)を正確に求めることができません。これは不確定性原理と呼ばれています。つまり、電子の運動の様子は、古典的な物理学の方法では分からないということです。(位置を正確に求めようとすれば、運動量の誤差が大きくなり、逆も然りといった感じです。これは測定技術云々の話ではなく、電子の波動性に起因するものらしいです。)それに対して量子論はどうしたかというと、電子が「大体どこにいるか」という確率を扱おうと決めました。そうすると、なんということでしょう、電子の挙動は正確に分からないのにもかかわらず、様々な分子についての解釈が上手くいったのです。こういう構造は安定とか、この反応ではここがこう変化する(しやすい)とか。このように、電子が「ここら辺にいます」と示すのが、僕が体験した量子論の根本的な部分です。

 つまり、我々の構成単位である原子ですが、それも確率的な解釈によって認識されています。我々の基本単位は、言ってみれば不確実な存在なのです。本質的にゆらぎを内包しています。それならば、と思いませんか?ここに居る我々自身は確実なのか?果たして本当に今この地点に存在しているんでしょうか?実は我々は常にゆらいでいるのかもしれません。
 また、逆の解釈もできます。「不安定な土台の上には立派な家は立たない」というようなことがよく言われます。だから勉強でも、サッカーでも、基礎を大事にしろとか言われます(まぁ確かにそうです)。しかし、もしかしたら我々自身が、その反例になっているのかもしれません。もし中学校のときに不確定性原理を知っていたら、「先生、でも僕たちを構成する、土台である電子の挙動は、確率的にしか捉えられない不確実なものですよね?」って反論できたのになぁ。


 さて、ここからは想像です。古典的な物理学の世界では、運動方程式F=maなどの基本法則を元に物体の運動を記述し、正確に未来を予言できました。しかし、電子の運動はうまく記述出来ませんでした。科学者たちは、始めは、確率的な解釈というものに大きな抵抗があったと思います。分かるのならば、正確にわかった方がいいに決まっている。整った古典物理学の論理体系の中で説明できればいい。しかし、受け入れ難いものを受け入れた後、また別の新しい、1つの整った体系を手に入れることが出来ました。鍵を握ったのは、未知のものに対して、今までの安定した状況を脱してでも、それを解明しようとした姿勢です。1つに決まらなくても、確率的に解釈すればいいじゃないかという捉え方の変化です。...
 
 想像が過ぎておとぎ話みたいになってしまいました。断った通り、実際こうだったのかどうかは知りません。でも別にそれはどうでもいいのです。僕がもしその時代の科学者だったらこう思う、とかそういう話です。
 だってそうでしょう。
 正確じゃなくてもいいじゃないか。水素原子における電子の挙動すら、ピンポイントで示せないのだから。
 おとぎ話でもいいじゃないか。大事なのはそれが、ゆらぎながらも確かに存在しているということだから。
 ただ感じた通りに書き連ねればいいじゃないか。これはhistoryでもtheoryでもなく、僕のfeelingsなのだから。
 



 新シーズンが始まりますが、この一年、僕は「今より少しでも高いレベルでプレーする」ことを本気で追求したいと思っています。昨シーズンは、OBコーチや先輩、同期、そして恵まれた設備、環境のおかげでサッカーに今までとは違った見方ができるようになり始めました。ピッチの外からサッカーを知ることはいつでも出来ると思いますが、中から知る機会は今しかない。幸い時間はあります。あとは試行錯誤を繰り返すだけ。書きながらやる気がみなぎってきました。
 
ミスをしたっていいじゃないか。すぐに結果が出なくてもいいじゃないか。ただ自分が上手くなって、チームに貢献できる確率を最大化できるなら、もうそれだけでいいじゃないか。
 勝手ながらこんな気持ちで頑張っていきたいと思います。ということで皆さん、今年もよろしくお願いします!

1年 東 将太

2019年1月23日水曜日

2018、辛抱から得た幸せ

私にとっての2018年は、人生で一番と言っていいほど悪いことがたくさん起きた一年だった。

サッカーに関して言えば、怪我のせいで半分以上はまともにプレーをした記憶がない。


プレーできなかった期間、『部活やめたい』と何度思ったか分からない。(人に辛いという感情を見せるのが苦手だから、部員には絶対言わなかったけれど。)

練習中、
私がやることといえば、筋トレ、ラントレ、ボール拾い、合間にちょっとボールと戯れて、楽しそうにプレーするみんなを眺める。
試合中、
私がやることといえば、記録、四審、ビデオ撮影、水汲み、合間に差し障りないような応援をして、一生懸命プレーするみんなを眺める。

『筋トレしんどいなあ、これ意味あるのかな』『人さえいれば、この仕事誰でも出来るよなあ』『私、この場にいる意味ある?』
そんなことが頭をよぎる度に気持ちはどんよりした。一方、それを周りに悟られないように笑顔を作っていた。

一番辛かったのは、私と同じ初心者の同期が練習や試合を重ねる度に上達していく、その姿を見ること。
「すごいナイスプレーだった!」「また上手くなったね!」表面ではニコニコ喜んでいた。
『また私との差が生まれたんじゃないか』『復帰した時、果たして同じレベルのプレーができるだろうか』内心では不安、焦りと戦っていた。


それでもア式をやめなかった理由。

一つはやっぱりサッカーが好きだから。
なんとしてでも怪我を治してまたプレーしたい、その想いが私を励ました。

一つは意地。
大学から始めたことを最後までやり通したい、その意志が私に活を入れた。

そして何よりも、私の復帰を心から望んで待ってくれるチームメイトがいたから。
「早くプレーが見たい」「一緒にプレーしたい」、その言葉が本当に私を支えた。


10月14日、ようやく迎えた復帰戦。
出場時間75分、あっという間だった。予想通り自分の課題の多さを実感したけれど、すごくすごく楽しかった。
そして、たくさんの人が喜んでくれたのが嬉しかった。チームメイトはもちろん、監督やコーチの方々、観に来てくださっていた保護者の方々やOBさん、文京LBレディースのみんな。本当にたくさんの人に喜びや称賛の声をかけていただいて、私の抱えてきた辛さは一気に幸せへと変わった。
『部活やめなくてよかった』心からそう思った。


2019年、私の個人テーマは「積極性、意欲性」。
プレーできなかった期間の穴を埋めてみんなに追いつく、いや、それ以上に成長するために、積極的に、意欲的に、活動に励んでいこうと思う。
そして私を支えてくれた人たちに、プレーで感謝の気持ちを伝えられればいいな。


2019年は良いことがたくさん起こりますように
女子部2年 兵藤夏未

2019年1月19日土曜日

ハットトリック

サッカーを少し知っている人にはお馴染みのハットトリック。言うまでもなく一試合で3点取ることだ。残念ながら大学に入ってからは一度も達成できていない。あと2年ほどあるので、一度は達成したいものだ。

だが、ハットトリックは何もサッカーに限ったものではない。ハットトリックを辞書で調べてみると、「一人で一試合三点以上ゴールすること。クリケットで三球で三アウトを取ると記念に帽子を贈られたことが語源」とある。ハットトリックはサッカーに限らず、スポーツの試合で3点取ることらしい。主にサッカーやアイスホッケー、ダーツなどで用いられるようだ。

そう!ダーツ

風の噂で知っている人も多いだろうが、僕は一時期、気が狂ったようにダーツに打ち込んでいた。冗談抜きで週5くらいのペースで行っていた。知らない人もいると思うので言っておくと、ダーツは1ゲーム20分ほどでたったの100円という圧倒的コスパを誇っている。身を滅ぼしそうな雀さんやお馬さんとは違う。そして、何よりダーツはサッカーとは違って短いスパンで確実に成長できる。日々の成長を常に実感できるのだ。しかしこれは幻想だった。何事も初めはそうなのだ。きっとサッカーを始めた頃は日々成功体験を積むことができ、それが楽しくて僕たちはサッカーにのめり込み、その結果今もこうしてア式にいるのだろう。だが、当然成長曲線が停滞し、納得のいかない日々を過ごした経験が皆あると思う。僕のダーツもしばらくしてこの状態に陥った。


ダーツは、とりわけビギナーズラックが起きやすい競技であると個人的に思っている。というのも、よく隣の憎きラブラブカップルがダーツをしていて、明らかに初心者の彼女がマイダーツでイカした投げ方をしている彼氏にぼろ勝ちしていて、彼氏が引きつった表情で彼女にすごいね、と言っている光景をよく目にするからだ。これは一寸違わず投げられるプロを除けば、一マスずれただけで点数が最大60倍異なるダーツの的に起因していると思う。熟練度が上がるにつれてそのズレに対する恐怖が増すが、初心者はそこまで正確性はないので思い切って投げることができ、結果として良い結果を生むことが多いのだ。それ故に先ほども言ったがハマり始めた頃、正確性は増す一方で、何も考えずに思い切って投げられるのでダーツのハットトリックも数回決めることができたりと調子が良かった。だが、しばらくして成長は止まった。

ダーツの的を見たことがある人は多いと思うが、各数字のエリアに2倍ゾーンと3倍ゾーンがあり、当然倍率が上がるにつれて面積が小さくなるので当てるのが難しくなる。いうまでもなく強い人はトリプルに入れることに重きをおくのだが、僕のように中途半端な状態に入るとわずかなズレが恐ろしく、そのような余計なことを考えるうちに全く思うようなプレーができなくなる。自分の最高のプレーに挑戦するのが怖くなるのだ。このようになると人はどうするかというと、状態を安定させるために比較的当てやすいシングルという安パイに逃げるようになる。当然こんな弱気な奴は負ける。負け続ける。

これは本当にサッカーに通じるなぁと書いていて思った。
真っ先に思い浮かぶのは新人戦の自分。
また、同じ感覚を持っている人がア式にもいるのではないだろうか。

ではどうすればこの情けない状況から脱却できるか。一度競技を離れてリフレッシュすることや時間に解決を委ねるなど人それぞれの答えがあるのだろうが、多少強引でも恐怖心を拭って、成功体験を積めるいつかまで失敗し続けていいと、僕は思う。安パイに逃げて失敗してまた怖くなって安パイに逃げるという負のサイクルから得られるものは何1つない。不安げに、申し訳なさそうにプレーしている人がいたらチームメイトまで影響されかねない。自信を持って挑戦して失敗するからこそ得られるものがあるし、たとえ失敗しても挑戦の結果なのだから胸を張れるし、きっとチームメイトが支えてくれるだろう。本当に今のア式は日々臆せず挑戦できる環境が整っているとも僕は思う。来たる一部という舞台に向けて成長し続けよう。

今いるほとんどのプレイヤーにとって未知の世界である一部。強豪ぞろいで僕らからしたらほとんど格上と言えるだろう。しかし不安に侵されてる場合ではない。むしろ不安になるべきなのは格下に食われていく強豪たちなはずだ。臆せず思いっきりプレーして一部に東大旋風を起こしてやろう。


ア式ダーツ部 
2年 松本周平

2019年1月16日水曜日

101年目の挑戦

この時期のfeelingsということで、昨季の振り返りと今季に向けて少しだけ書きます。


 昨季、チームは2部優勝・1部昇格というこの上ない成績を残すことができた。そこに至るまでの過程をチームメイトと共有できたことは本当に楽しかったし充実したものだった。新チームが始動したときはなにもかも上手くいかなかった。開幕直前まで結果も内容も伴わず、暗闇の中をさまよっている感じだった。そんな中迎えた開幕戦、結果は敗戦だったがわずかな手応えを確実に掴んだ。続く第2節一橋戦は序盤にあげた先制点を最後まで守りきり、喉から手が出るほど欲しかったこのチームでの公式戦初勝利を掴んだ。長かった。その後は後期も含めて試合を重ねるごとに勝負強く負けないチームになっていった。試合の内容もだんだん自分たちの思い描く通りの形に近づけられたことを実感できた。サッカー人生で初めて優勝を経験できた。最高でした。ありがとうございます。


 個人としてはシーズン通して試合に絡むことはできたけど、到底満足のいくものではなかった。前期こそたくさん試合に出させてもらったが、後期はあまり出場機会を掴めなかった。シンプルにまだまだサッカー選手として何もかも足りていない。メンタルも技術もフィジカルも判断も。幸いあと一年残っている。もっともっと上手くなります。引退する時には、自分のサッカー人生を振り返って、これだけ上手くなったからいいやと胸張って言えるレベルに達したいです。


 気づけば最高学年になった。あっという間だったな。茶色い髪の毛でのこのこと体験練習にやってきたのがつい昨日のことのようだ。ここからの一年間は僕たちにとっては勝負の一年になる。先輩たちから1部昇格というこの上ないチャンスをいただいた。それをものできるか、無駄にするかは、紛れもなく本当にこの僕たち次第だ。


 振り返れば、僕たちの代は入部当初は30人くらいいた。笑顔がまぶしい藤岡、父親とよく殴り合いの喧嘩する嶋田駿、お笑い担当神野、最後の挨拶のときに口の周りにめっちゃケチャップつけてた博文、喋れないイケメン相馬、やたら「ちょま」連呼してくる服部智、小寺(おでら)、新人戦でブレイク根本、いろいろすごくて器用なたっちゃん、他にもたくさんいた。スピード、高さ、フィジカル、テクニックといろんな特長をもった選手がそろっていた。そんな彼らも今ではもういなくなってしまった。それぞれ様々な事情があったし僕もよく理解しているから一概には言えないが、それでも一年目のシーズンではトップチームが都1部で惨敗し、実質的な戦力外制度があり、やり場のない不満・不信感が部全体の雰囲気を悪くしていたことは事実だった。自分がいる場所はそれほどにも魅力がない場所なのかと疑ったこともあった。彼らが今も残っていたらなんて想像してみるとワクワクする。みんなそうだと思う。気づけば13人になった。今このチームに残っている僕ら13人にはここに残る責任がある。言い訳がしたいのでは決してない。僕は彼らに見ていてほしい。ア式がこんなにも魅力的なチームだと言うことを。質も層も落ちたかもしれないけれど、彼らが残っていないと戦えなかった代とだけは絶対に言われたくない。彼らが嫉妬してくれるような、やめたことをちょっぴり後悔してくれるような部活だったと思わせたい。そのためにはここからの一年間、結果で示したい。どこまでやれるかは分からない。きっと惨敗した2年前も、開幕するまでは希望的推測に満ち溢れていただろう。槇さんも言ってたけど、そのトラウマがあるからこそ、不安なのは間違いない。その不安を少しでも解消するために今から死力を尽くそう。昨季も新チームスタートしたときは相当苦しんだ。昨季の成功体験が僕たち自信を与えてくれた。その成功体験をもう一段高いレベルの成功体験に自分たちで変えていきたい。

 先日、関東参入戦を見にいった。試合終了後両チームの選手たちはピッチに倒れこみ、目には大量の涙を浮かべていた。一人一人の選手にいろんなストーリーがあるんだろうなと思うと、どの涙も美しく見えた。同時にこの舞台で戦える選手たちをとても羨ましく思った。あの涙を俺も流したい。それも笑顔で。今季みんなであの舞台に行きましょう。




中沖さんはとても偉大でした、本当にありがとうございます。
つっかかり甲斐のある井小路さんがいなくなって寂しいです。

3年 細井 隼