2019年4月2日火曜日

絶対後悔しないための決断の方法

高校2年生の最後だったか、高校3年生の最初だったか、今となってしまえば細かいところの記憶は曖昧なのだが、とにかく自分はそこで、人生で最も大きな決断をした。「サッカーを辞める」という決断だ。

「受験生向けに記事を書いてくれ」という今回の企画を受けて、当時のことを改めて思い返してみたが、中学校からアントラーズの下部組織で活動して、自然とサッカーが生活の中心であり続けてきた当時の自分にとって、その決断を下すのは、それはもう大変な勇気と、後悔と、そして何より決意を必要とするものだった。

なぜサッカーを辞めることに至ったのか、ということに関しては既に何度かFeelingsなどを通じて書いてしまっているのだが、改めて振り返っておこう。
 
高校への進学に伴い、度重なる幸運と偶然の結果、鹿島アントラーズのジュニアユースからユースに昇格することが出来た。
1年の時には、更なる幸運が重なり、Jリーグ選抜なんてものに選ばれたりもしたのだが、自分はサッカーというスポーツを何一つ理解していなかったので、そんなたまたまも長くは続かず、2年の時にはほとんど試合に出られず、プロを狙うという目標からはかけ離れた立場に甘んじていた。
 
当時の自分が、文化の違いに苦しんでいたのは間違いない。
中学まで住んでいたつくば市は、筑波大学や国立の研究所が並び立つ計画都市であり、子供達の学力平均はおそらく国内でも有数であり、非常に平和な街であったのだが、アントラーズユース入団に伴い寮生活をスタートさせた鹿嶋市は、それとは対照的に学生の多くが大学に進学することなくそのまま就職する(もっと言えば中卒でキャバやったりするような子も多かった)ような街であったので、それまで自分が経験してきた環境とは全てが違っていた。
 
サッカーに関しても、想像以上に厳しかった上下関係は生意気な自分にとってはかなりのストレスだったし、高圧的で威圧的なスタッフとの関係も構築が難しかったし、何よりチームメイトが意外とサッカー好きじゃなかったのが辛かった。
練習が終わると、サッカーのプレーや駆け引きの話ではなく、今度遊びに行く女の子の話ばかりしていたその雰囲気は、「ユースに行けば、サッカーまじで上手い人と寮でずっとサッカーの話が出来そう!」と無邪気に期待していた自分にとってはとても残念だった。
 
今思えば、つくばという温室育ちの自分にとって異常に映っただけで、割とどこにでもありふれた「サッカーっぽい」雰囲気であり、あの頃の経験があるからこそ今の自分があると自信を持って言えるが、少なくとも当時の自分にとってストレスであったのは間違いなかった。(サッカー上手い子がもっとサッカー好きになったら良いのに、という思いだけは今でも変わらないし、それが指導者をする自分のモチベーションの一つだ)
 
しかし、自分が高校時代を失敗だと認識しているのは、そのような環境要因を体の良い言い訳にして、甘い自分を正当化したからだ。
当時の自分はとにかく甘く、与えられた環境の中でベストを尽くすことも、自分がより良いと考える環境へと変えていくために声を上げることも、何もしなかった。そもそも何にも考えてなかった。
あんなになりたかったプロのサッカー選手に、一番近いところにいたのに。
 
そんな自分の甘さに嫌気がさして、そのまま大学でサッカーに時間と情熱を投資したとしても、その先に豊かな人生は待っていないような気がして、悩みに悩み抜いた末、人生を賭けると決めていたはずのサッカーに、別れを告げることにした。
 
さて、受験生企画であるので、ここからは多少自分の勉強について話をしておこうと思う。
まず、鹿島アントラーズユースの提携先であったために進学した高校は、あまり勉強に熱心なところではなかったので、サッカーを辞めて勉強を始めた自分は、ほとんどの科目を1から始めなければいけなかった。
 
具体的に言えば、3年開始の時点で、数学が2Bまで一通りは解いたことがある以外は、センターの英語は100点行くか行かないか、その他物理、化学、古文、漢文、数学3C、倫理政治経済の全てを予備知識ゼロの状態で始めるという状態だった。
今考えると中々に狂っているスタートだ。
 
こんな事情もあって、1年目はまあそこそこ勉強時間も確保し、それなりに頑張ったと思うが、結果は不合格。
 
結果だけ見れば8点差という、それなりに健闘した感じになったのだが、実感としてはまあそりゃ落ちるよな、という感じで、分からないこともまだまだ多かったし、あまり自分の中でやり切ったという感じはしていなかった。
もう一年こんな生活を続けるのは遠慮したかったので、早稲田か慶應に進学することでほぼほぼ気持ちは固まっていたのだが、色々な人に説得されるうちに、自分の中でのこの「やり切ってない感」が気に入らなくて、最終的に1年間の浪人生活を決意した。
 
 
まあまあぎりぎりで落ちた自分にとっては、正直言って1年間あれば合格できるという手応えもあったので、浪人の時はみんなほど勉強漬けというわけではなかったのだが、その代わり、と言っては世の受験生に怒られるかもしれないが、1年間という長い時間をかけて、様々なことについて本当に深く考え抜く時間を持つことが出来た。
 
自分が浪人生活で得た最大の収穫は、この「考える時間」を大量に確保できたことだろう。自分はどういう人間で、どのような考え方をするのか、ユースではなぜ自分は上手くいかなかったのか、など、多くのことについて考えることが出来た時間は、大学に合格したあとでも貴重な財産になった。
そして、1年間の浪人生活の末、自分は東京大学理科一類への入学を許可されたのであった。
 
 
ここまで受験に関する経緯を書いてきたが、大好きだったサッカーに別れを告げ、2年間の準備期間を経て東大に入学した自分が、もう一度、今度はより強い思いを持ってサッカーに携わることになろうとは、東大を受験することを決意したあの時には全く予想していないことであった。
振り返ってみれば、サッカーという観点で見ればかなり大きな回り道をして東大に入学してからサッカー界に戻ったことは、自分の大きなサッカー人としてのキャリアから見れば、もしかしたらプラスに作用しているような気もする。
 
人生とはこんなもので、何がプラスに働き、何がマイナスに働くかなんて、その時点では大抵分からないものだ。
分からないものなのだが、だからこそ人はその瞬間の決断を不安の中で下すし、その決断が納得いくものであるかどうかは、後に降りかかってくる行動の結果ではなくて、そのときにどのようにして決断を下したか、でほとんど決まるものだ。
だから、今受験のことで悩んでいる人々や、もっと言えば当時の自分に、一つだけ今の自分が伝えられることがあるとすれば、それは「もっと考えるべきだ」ということだろう。
 
 
例えば、自分がアントラーズユース、そして東大受験、さらには大学のサッカー部での生活を経て気付いてきたことは、「自分はガムシャラに何も考えずに努力するということが本当に出来ない人間なのだ」ということだ。
「走れ」と言われてもそれは何故なのかが気になってしまうし、もっとラクして同じ結果が得られるなら自分は絶対に動けない、そういう人間なのだ。
だから、ユースの時、「全てを犠牲にしてサッカーにその身を捧げろ」と言われてもしっくり来なかったし、そうしない方がパフォーマンスが上がっている実感があった。
 
いや当然、自分でもその傾向には気付いていたのだが、それは自分の「個性」なのか?それとも「課題」なのか?ということが分からなくて、何となく周囲の人間の評価を鵜呑みにして自分はダメなやつなのだ、と決め付けてより堕落してしまっていた。
 
しかし、指導者をするために勉強していく過程で、メンタルの充足はパフォーマンスに大きな影響を与えることを学んだし、それは少し考えれば近年の「働き方改革」などとも容易に結びつけられることであり、自分が感じていた違和感は至極真っ当なものであったと今なら言える(もちろんそれでストレスを感じにくい人もいる)。
 
 
このような事例は世の中であまりにも多く見受けられる。
受験生を指導する生徒指導の先生は、君に「部活を続けないで早く勉強すべきだ」と言うかもしれないし、志望校の変更を強く進めるかもしれない。
学生は簡単にそれを「口うるさい」と毒づくが、
先生は何故そう言っているのだろうか?
自分は一体どうしたいのだろうか?
部活をやりながらも進学校に合格したいと思っているのならば、それを達成する方法は何かないのか?
さらに君はプライベートも充実させたいと考えていたとする、ならばそれすらも両立する方法はないのか?
先生はどのように説得すれば?
それらの方法はどのようにしてリサーチすればいいのか?
これくらいのことは当然のように考えているのか?
 
そもそも、君は本当にその進学校に行きたいのか?
君は本当にサッカーが好きなのか?
自分が好きなものは何で、他のものではない理由は何なのか、考えたことがあるだろうか?
 
 
自分の経験で言えば、物理であり、数学であり、自分が興味を持っていた分野の勉強はもっと早くから始められたが、なんか恥ずかしくてそれをやらなかったし、サッカーを考えるという文化が希薄なユースにおいて、「イニエスタのプレーを研究してます」というのを胸を張って努力だとは言えなかった。それどころか自分は、「まあいいか」とあらゆるものに対して妥協を覚え、自分の甘さを許容する理由にしてしまった。このことを今でも後悔している。
 
勉強をしたいならすべきだし、サッカーがしたいならすべきだし、どこかに遊びに行きたいなら行くべきだ。それらを全部やりたいのならば、何をどのように行わなければいかないのか、調べ、考え、実行すべきだ。
その過程で、人は物事を知り、自分を知り、進んでいくものだ。
自分の望みを知り、それを叶えたいのならば、これらのことを意識的に行わなければ、それが叶うかどうかは偶然に左右されてしまう。
 
 
「人間」という動物の本質は、「社会的な欲望の追求」だと考えている。それがなければ、人間は他の動物と同じように種の生存こそが第一の目的になるはずだからだ。そうではなくて、人間は、自分の人生を通して何かを残そうとするし、仕事帰りに「自分へのご褒美」と称してシュークリームを買ったりするのが、実は何よりの幸せだったりもする。
人は欲望を追求し、それを手に入れることで満足感を得る、たとえそれが小さな出来事であろうと。
ということは、人間はより強欲に生きるべきであるし、それを達成するための努力を惜しまないべきである。それが人生の目的になるし、それは「夢」であり、日常の満足感だ。
だから、もっと考えよう。自分の一回しかない人生のもう戻って来ない今を、最大限後悔しないものにするために。
 
自分はこれに気付くまでにだいぶ回り道をしてしまったが、この記事を読んでくれている人がいるとしたら、車輪の再発明をする必要はない。
大いに欲張って、大いに考え、大いに努力し、自分の感じる幸せを、ぜひ享受して毎日を過ごしてほしい。
大変なことも多いと思いますが、頑張ってください。応援しています。




コーチ 山口遼