2019年8月29日木曜日

ぐちゃぐちゃな感情、ぐちゃぐちゃな文章

人生で何か大きく影響を与えるようなことは結構起こるもんで僕にとってはそれは高31年間だった、ように思う。
feelingsで何を書くか結構悩んだけどこれくらいしかまだ書けないのでお付き合いください。


僕の学校はいわゆる日本で有数の進学校で学年の半分が東大に行くような学校だった。
もちろん運動部よりも文化祭や勉強を優先するような人の方が多かったし、僕のように部活や筋トレだけに打ち込んでいる人は珍しかったように思う。
そして高2まではサッカー部の先輩や後輩、同期に対してなんでもっとサッカーで勝つっていうことにエネルギーを注げないのかと思うこともあった。もっと練習しようと思えばできるのにやらなかったり、筋トレとかもサボったり、自主練誘っても誰ものってくれない。先輩とかを見てても結局負けに対してどこか自分の中で納得してる気がしてなんだかなぁと思っていた。


でも僕の学校では最後の大会とされる春の総体予選でしょうもない負け方をして(というか自分がPK外して負けて)、結局自分も勝利に対して貪欲になれてなかったんじゃないか、周りに対してもっと働きかけることは出来たんじゃないかっていう風に、特に後者のことに関しては後悔だけしか残らないような結果になってしまった。もともと、周りに要求して文句言って変えさせるということがあまり出来なかった人間なので、一応キャプテンを任されてた身としては本当に自分が情けなかった。
だからこそ、勉強や文化祭に重点がおかれている高校で最後の選手権予選まで高3が残って勝って、その上で文化祭や勉強もやりきることが不可能じゃないと示すことは(他の高校の人たちには当たり前のことでも)僕の学校では大きな意味を持つし、それで後輩だったりの考え方が少しでも変わってくれれば、それで周りが少しでも変わればいいとおもった。

そういう意味で選手権予選まで残ったことだったり、1月に校内のマラソン大会に出たりしたことは少なくとも後輩には影響があったと思う。それだけじゃなくて、周りにいい影響を与えられるように努力する、っていうことは僕自身のモチベにもなったし、自分だけ変わるんじゃなくて周りも変えていかないと成功には繋がらなくてその時には色々伝え方も考えなきゃいけないっていうことを僕自身が学べたということも大きかった。要はこれまで自分の成長しか考えてこなかった人が周りに気を配って多少大人になれた、気がしたというのが高3になってからだった。

とは言いつつもやはり精神的に成長できた1番の要因は受験勉強と文化祭を経験したことかもしれない。


部活を引退した後11月の文化祭まで全く勉強せずに遊んでいたわけだが、それまでサッカーしかしてこなかった自分にとって、部活やってないような人たちが休日にどういう風に遊んでるか、どういう風に放課後過ごしているのかっていうのを知っていく過程は単純に新鮮だったし実際楽しかったりもした。
また、そういう人たちの中には、普段はヘラヘラしてるように見えても絶対に譲れないその人の芯みたいなものがあってそれだけに対しては自分の全エネルギーをかけているという人たちが何人かいて、彼らは本当に尊敬できるし、僕もそういう人になりたいと思うようになった。(東大でさえそういう人は中々いないと感じる)
実際、何かに対して驚くような努力を本当に細かいところまでこだわってできる人が文化祭の組織の中心にいたし、組織を引っ張っていた。

もっと驚いたことはそういう人は受験でも成功していることが多かった。
文化祭が終わった後の11月の間、ふわふわしていてそこまで勉強に集中できなかった自分にとって、たまたま誘われて一緒に勉強することになったそういう友人たちと過ごした2ヶ月ちょいは本当に大きなものだったと感じる。勉強するっていうことがどれほど自分の世界の捉え方を広げてくれるかっていうことを痛感した。たとえ受験勉強が学問的には古典的なものであったとしても、過去の学問のパラダイムの変遷みたいなものを知ることで、自分の考えもよりわかりやすく表現し直せるし現代のよくわからない理論を理解するための足がかりにもなる。そういう意味では受験勉強はまあまあ楽しかった。


今思い返すと、勉強に対する意識の変化と尊敬できる友人を間近で見れたことっていうのは高3時代の財産になったと思う。

でも高3のサッカーをやらなかった時期を通じて改めて自分が1番好きなこと、エネルギーを注ぎたいと思えることはサッカーだなっていうのも実感できて、東大に受かった時、ア式に入ろうと思ったのは多分そういう理由だ。このままサッカーから離れたら高校時代負けたままで終わってしまう。もっとサッカーで勝ちたい、単純にそう思った。
31年間は充実していたとはいえ、やはりサッカーで勝てなかったことだけが引っかかっていたし、高校までは言ってしまえばレベルの低いところでやってきた僕にとってより高いレベルでのサッカーはとても魅力的だった。

と随分だらだら書いてしまったがア式に入った経緯はこんな感じだ。



そして今、僕は勝つために必要十分なエネルギーとそのための細かいこだわりをサッカーにかけ続けることができてるだろうか。正直、足りないとしか言いようがない。ある意味では中高6年間を閉鎖的で特殊な環境に身を置いてきた中での弱点が露呈している気もするし、精神的な部分で変われるとしたらそこだと思う。けどそもそもサッカーのどういう部分に質を求めていくべきなのかが全然わかってない。全部直そうとしてキャパオーバーして結局自分のプレーができなくなってしまった。
だから自分が今やるべきことは山積みになっている課題を一個一個整理して一個ずつ解決して着実に階段を登ってくことだ。今はまだ悔しさと情けなさしかないけどそれをエネルギーに変えて勝つっていう最終的な目標につなげたい。
これ以上書いても言ってるだけになりそうだし、自分でも何言いたいのかわからなくなってきたので最後に最近読んだ本から引用して終わります。

「リゾームになり、根にはなるな、断じて種を植えるな!蒔くな、突き刺せ!一にも多数多様にもなるな、多数多様体であれ!線を作れ、決して点を作るな!スピードは点を線に変容させる!速くあれ、たとえその場を動かぬ時でも!幸運線、ヒップの線、脱出線。あなたの裡に将軍を目覚めさせるな!地図を作れ、そして写真も素描も作るな!ピンクパンサーであれ、そしてあなたの愛もまた雀蜂と蘭、猫と狒狒のごとくであるように。」

俺の文章くらい意味わからん。
次のfeelingsは考えをまとめてから書きます。



1年 内田龍吾

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