ア式蹴球部国際的活動のこれまでと今後の展望

野中滉大(4年/スペシャリスト/天王寺高校)


 「ア式を使って野中が何かおもろいことをやればいい。」

2020年1月、当時の主将内倉さんにかけてもらった言葉だ。

入部時(2019年4月)に個人として掲げた「公式戦でスタメンとしてチームの勝利に貢献したい」という目標を、先輩の怪我など様々な偶然が重なったこともあり同年11月に実現し、サッカーの他に学生のうちに挑戦してみたいことが沢山思い浮かぶ一方、同時に愛着を覚えるア式に何らかの形で貢献したいという想いを抱き自分の今後について悩んでいた。そんな時に連れて行ってもらった白山の鳥貴族で、内倉さんにかけてもらった言葉が最初の言葉である。

しかしその時にはまだ自分の中で「おもろいこと」をはっきりさせることができず、休部を延長して2020年2月から学生のうちに挑戦してみたいことの一つであった1ヶ月間にわたるトルコのイスタンブールからギリシャやイタリア、フランスを経由して英国ロンドンに至る一人旅に出た。そこでは沢山の景色、人、食べ物、音に出会い、書き留めきれないほどの沢山のことを感じ、考えた、人生においてとても大きな糧となる経験をすることができた。

そうした旅の高揚感を胸に帰国した3月半ば、現在の主将である同期松波から是非野中に会ってみてほしい人がいると言われ紹介されたのが、今は休学しアメリカで研究活動をしており、当時は他の学生団体で代表を務めながら同年1月にスタッフとしての入部をしていた王方成だ。ア式に大きな愛着と可能性を感じ、また同時に海外で得られる学びを自分以上に沢山知っている彼とはすぐに意気投合し「おもろいこと」の輪郭がはっきりしていった。その「おもろいこと」とは、「ア式を、ア式に所属していながら部員が海外に出て様々な経験ができる部活にする」ということだ。それは王をはじめとして入部すると海外に行ける機会がなくなる、あるいは減るかもしれないという理由で入部を断念する人を減らすことになり、部の強化に結果的に貢献すると考えた。また部でできることの可能性を広げることは部の価値を高めることにと直結し「社会・サッカー界に責任を負う存在として日本一価値のあるサッカークラブとなる」というア式の存在目的に合致する取り組みになると考えた。

 

そしてそうした活動を行う役職として、王と自分には「スペシャリスト」という役職を新たに部内に設けてもらえることとなり、同期プレイヤーの久野、大学のFLYプログラムでサッカーをテーマにした世界一周から帰国した石丸に仲間に加わってもらい「国際的活動」というユニットが部内に発足した。

「スペシャリスト」という役職が何をするのかは、内倉さんの最初のことばに要約されていると言える。すなわち、選手でもグランド業務やスカウティング・動画分析などを行う既存のスタッフでもなく、自分が面白いと思ったことを通じてア式の価値を向上させることがその役割なのである。

「国際的活動」の当初のビジョンとして描いていたのは、日本で京大と双青戦という定期戦が開催されているように、海外の大学と定期戦を行えるようにすること(王や松波などは高校時代にスタンフォード大学に遠征した経験を持っていた)や、東南アジアのプロクラブと試合を企画する傍ら現地でボランティア活動等を行うことといった、数十人規模の移動を伴うことが想定されるものであった。

 こうして、目標・ビジョンが定まりその実現に向けた体制が整い始めた2020年3月、それとは裏腹にその活動の根底を揺るがす出来事が進行していた。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大である。その後4月から大学の授業はオンラインになり、部活動はかなりの制約を受け、スタッフである自分は大学に部室やグラウンドに顔を出すことさえ困難になっていった。そしてこれまでの常識では考えもしなかった国境が封鎖されるということが次々と行われ、それがいつまで続くのかわからない状況になった。

 そんな中、オンラインミーティングを通じて各メンバーのビジョンをすり合わせながら、他の部員や総監督の利重さん、LB会の和田さんから旅行会社の方に至るまで様々な人に壁打ちをさせていただき構想を磨き上げるということが続いた。多くの人に目標や問題意識は共感していただけるものの、どうしてもコロナという壁にぶつかった。

 

そこで、数十人規模ではなく部員一人一人が海外に行けるチャンスを作ろうという方針に転換をした。そこで日本の大学サッカー界の中でトップクラスの「試合を見る力」とデータ分析力を誇るテクニカルユニットの期待の1年(当時)で英語フランス語が堪能な岡本、ア式でフィジカルといえば田所という存在であり将来のキャリアをキックに関するトレーナーとして築きたいと考えている田所を選出し、彼らを部の活動として海外(特にサッカーの最先端である欧州)に送り出そうという方針に転換した(これまで個人としてサッカー留学や語学研修に参加する事例はあっても、部として部員を海外に送り出すということはほとんどなかった)。この背景には、個人の渡航のため団体での渡航よりも部の本来の活動に支障が出にくいこと、各人の専門性をさらに高めその学びを日本で還元し実践することは部の強化や価値向上に直接的に貢献すると同時に、理論と実践の乖離という日本サッカー界の課題のひとつを前進させる可能性あるということが、理由として挙げられる。

 こうした方針に転換し様々な形で様々な方にその考えを発信、壁打ちしていた頃に、自分と同じ(より熱烈な)ガンバ大阪のファンであり強化ユニットで林監督の招聘を主導した同期高橋が、あるメディアのインタビューの中で国際的活動の取り組みやビジョンについて言及をしてくれた。するとその記事に目をつけてくださったのが、ヴィッセル神戸などでコーチを務められ、現在はオーストリアのFCヴァッカーインスブルックにてU23チームの監督を務められているモラス雅輝さんである。国際的活動の取り組みに関心を持ってくださり、またテクニカルユニットのレベルの高さを評価してくださったモラスさんと数回オンラインでミーティングを重ね、ア式蹴球部とFCヴァッカーインスブルックは提携を結ぶ運びとなった。提携の具体的な内容は、ア式からは岡本を中心にテクニカルユニットが現地の試合に向けたリアルタイム分析や対戦相手の情報を分析を提供し、モラスさんからフィードバックを頂きながら、両クラブがサッカーに関する知見を深めてゆくというものである。提携後約半年間、現地の試合についてテクニカルスタッフが分析するということが続いたのち、今年の3月に遂に岡本がオーストリアに赴き現地でサッカーを学ぶということが実現した。岡本が現地で得た学びや人とのつながりを、今後のア式や岡本自身の今後の飛躍に最大限生かしてほしいと心から願っている。それと同時に、こうした関係を永続的なものにできるよう、今後の両クラブの関係の発展に期待したい。

 そしてこの提携関係の締結は、個人的にもとても大きなものとなった。スペシャリストとして取り組んだことを初めて目に見える形にすることができたからである。スペシャリストとして所属する意義を示せたのではないかということである。またこの締結のニュースはYahoo!ニュースにもなったことでいくつか反響があったことも嬉しい驚きだった。スタッフに転向してからは選手のように日々の結果が伝わるといったことがない中、大阪の両親や祖父母に取り組んでいることを伝えることができたことは本当にこの活動をやってよかったと感じたし、高校サッカー部の大先輩のお父さんの方にもこの提携締結のニュースが届き、「おもろいことやっているな」と思っていただいていたことを知った時には、「おもろい」と思うことをやり続けてよかったなと思った。

 

 また、国際的活動の海外渡航のトップバッターのもう一人として選出した田所は、今では自身のスクールのために日本中を飛び回るキックトレーナーとなっている。現在現役のJリーガーやWEリーガーの方にキックについて指導し、部内では昨年度までフィジカルコーチとしてアップなど様々なメニューの構築と指導に大きな貢献を果たした。彼の将来の目標はキックトレーナーとして「世界の田所」になることだ。その目標に着々と歩みを進め「日本の田所」となりつつある田所は、大学院で英国に留学することを予定している。国際的活動として彼に具体的な変化をもたらせたかはわからないが、活動の中で一緒に将来について語り合ったことは友人としてとてもアツい時間だった。

 

 そしてこの活動の今後について、話を進めたい。現在この活動は、自分や王といった新4年ではなく、新2年の煙山、佐藤、道田、長谷川、杉山らを中心に新しい構想を形にしようと動き始めている。それはア式蹴球部が国際大会を主催し、その参加国として米国、英国、中国、韓国等の大学を招聘するという構想である。これはこの活動の最初にビジョンとして描いた海外定期戦構想の発展版とも言えるものであり、またその問題意識はより社会的なものである。国際的には冷戦終結後の国際協調を支えていた前提が崩れ、「不信に支配された時代」(東文研佐橋准教授)とも言われる時代にあり、国内的にはコロナウイルスによる閉塞感もあり若者が希望を持てていない現在において、本当にこのままでいいのか、日本の学生にできることは何かないのかという問題意識である。そうした問題意識に対して、サッカーが言語や文化、国家間の対立を超えて人をつなげることができるかもしれない、そしてそうした取り組みを行うことは日本の若者にも何かメッセージを伝えられるかもしれないという想いを持っている。将来は外交政策に携わることを志し、現在は大学で主に米中関係や国際秩序を勉強している自分にとって、そうした後輩たちの問題意識にとても強く共感する一方、その解決が到底容易でないことも少しは理解しているつもりである。しかしながら、だからこそ、サッカーが人と人とを国と国とをつなげる可能性と、大学生主体の取り組みだからこそできることの可能性を信じ、国際的活動としてこの構想の実現に向けて最後まで取り組みたい。

 

そして最後に、この文章を読んでくださった方の中には、大学のいわゆる体育会のサッカー部で主将が部員に対して「ア式を使って〇〇が何かおもろいことをやればいい。」という言葉をかけてくれ、学生が主体となって部員が面白いと感じた活動ができる環境があることに驚かれた方がいるかもしれない。その器の広さこそ東京大学ア式蹴球部の強みなのだと確信している。他の活動を見れば、プロモーションユニットはア式蹴球部をアクセンチュア様をはじめとする沢山の名だたる企業の皆様に支援していただける部活に高め、テクニカルユニットは日本の大学サッカー界トップクラスの「試合を見る力」とデータ分析力を誇る。そしてそれらに共通する特筆すべき点は、すべて学生主体で行われていることである。サッカーという一つの傘のもとに多様な人が集まり、自分のような立場の関わり方も許容しながら、各部員の好奇心と能力を活かして、様々な取り組みが行われているこの環境は本当にすごいことなんだろうと思う。

しかし、こうした活動もすべて、選手やスタッフの日々のサッカーの活動があってこそである。グラウンドを訪れ、サッカーに打ち込む選手・スタッフの姿を見ると、本当にかっこいいなという思いと尊敬の念を強く抱く。

今年は同期のラストシーズン、みんなの頑張りを心から応援しています。

先輩方、同期、後輩たち、そして入部当時から今に至るまでのあらゆるご縁に感謝して、この筆を置かせていただきたい。

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