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ヤレバデキル

岡野太智(1年/DF/栄光学園高校) 本当は10000字くらい書きたいことはたくさんあるのですが、1000字くらいにまとめたいと思います。簡潔に文章をまとめるのも一つの能力ですよね。 文科Ⅱ類1年プレイヤーの岡野太智です。 気づいたらこの部活に入っていました。ア式生活4年間の目標は、サタデーリーグにコンスタントに出ること、Aチームで最低1試合以上公式戦に出ること、ふくらはぎと太ももをもう一回り太くすること、肩と胸の筋肉をつけることです。よろしくお願いします。(本当のことを言うと、さっさと公式戦に出場してAチームを勝たせることです。) 目標が低いではないかと言われてしまうかもしれませんが、入部して3か月、現実は厳しいです。入部すると決意したときから分かっていたことではありましたが、やはり厳しいです。サッカー歴はそこそこあるのですが、小さいころからあまり高いレベルでやってこなかったし、中高でも下手なのになぜか試合に出れていたので、大学でも頑張ってやればなんとかなるだろうと思っていました。だから最初の最初は、「2年生の途中くらいからAチームで試合に出れるんじゃね?」って感じでした。 正直、当時の僕の左右の頬を3発ずつくらい殴ってやりたいです。なめていました。 中学高校時代は副キャプテンでした。鈴木武尊がキャプテンです。ポジションはCBとか右サイドバックとかやっていました。 「CBってウイングの裏にぼかーんと蹴って、来たボールは全部跳ね返しとけばいい。きつかったらボランチにいる鈴木武尊に渡しとけば何とかしてくれる。」 そんな具合に、何も頭を使わずにサッカーしてました。 でもア式ではすぐに僕の脳みそはキャパオーバーになりました。東大生だからサッカーにおいても頭脳的かと言われればそうでもありません。今まで聞いたことのないよくわからない単語がコーチ陣からバンバン出てくる。それを頭で理解するので精一杯なのに、実際にプレー中に実践することなんぞ初っ端からできるわけがありません。今でもできません。フィジカルと守備なら多少は自信があるかなと思ってましたが、それも通用せず。ただ人より少しふくらはぎの筋肉がついているだけでした。 でも、ア式に入った理由は、「ただサッカーが好きだから」と表向きには言っているけど、本当は下手くそのまま自分のサッカー人生を終わらせたくなかったからだと思います。 8...

プロローグ

井上知哉(1年/テクニカル/富山中部高校)   初めてのfeelings、何を書こうかと先輩たちのものを読み漁ると大体の人が最初は大学入学までのことを書いているので自分も例に倣って生い立ちについて書こうと思う。この機になるべく自分のすべてを書こうとしたが、非常に冗長な上に大して面白くもない文章になってしまったのでよほど暇でもない限りこの先に進むことはお勧めしない。   _____________________     「サッカーが嫌いだ。」   心の中で、これまで何度その言葉を繰り返しただろう。私はサッカーをすることが好きだったのだろうか。サッカーを見ることが好きだったのだろうか。はたまたサッカーにかかわっている自分が好きだったのだろうか。そもそもサッカーのことは好きだったのだろうか。その問いへの答えは、まだ見つからない。確かなのは、あれほど嫌いだったはずのサッカーに、私は今もなお関わり続けているという事実だけだ。これは、その答えを探すための物語。私とサッカーをめぐる、長くて不器用なプロローグである。   今まで誰にも言っていないネガティブな内容も含むので、これまでの指導者やチームメイトたちに見つからないことを願う。もし高校以前の自分の知り合いが今この文章を読んでいるのならすぐにでもブラウザバックすることをお勧めする。(ブラウザバックしてください。頼むからお願いします。)   2006年11月25日兵庫県に生を受けた。両親は一般的に見れば教育熱心な人であり、小さい頃から英会話、エレクトーン、水泳を習っていた。しかしその当時一番熱中していたのは野球であった。野球こそが世界一のスポーツだと思っていた。対して野球と対をなすスポーツであるサッカーは大嫌いだった。   しかし転機が訪れる。小学2年生の夏休みに富山に引っ越しをすることになった。当時の自分に今の姿を見せたら驚くだろう。兵庫から引っ越しても阪神を応援し続けると誓った姿はもう跡形もなく消え去った。   この後私はサッカーの楽しさを知ることになるのだが、この経緯も偶然の重なりによるものだった。引っ越し直後、地域の野球のスポ-ツ少年団に入ろうと見学に行くと監督っぽいおじさんに人がいないから入っても試合ができないかもしれないと言われた。試合ができないのな...

雑草魂

長谷川泰斗(1年/FW/藤枝東高校) 皆さん、こんにちは。1年プレーヤーの長谷川泰斗です。まだこの組織に身を置いて日が浅いので、今回はこれまでの人生について高校時代を中心に振り返ってみようと思います。幼少期から本をまともに読んだことがなく、教養に欠けるため稚拙な文章ではありますが、付き合っていただけたら幸いです。 サッカーを始めたのは4歳頃だっただろうか。始めたきっかけはよく覚えていないが、夢中でボールを追いかけていた記憶がある。今まで15年ほどサッカーをやり続けているわけだから、もっと上手くなっていてもいいのにと度々思ってしまう。未だにリフティングの足技は何一つできないし、ロンドをやっても大抵鬼になっている。ことサッカーに関してはセンスのかけらもなかった。センスという言葉で片づけられるほどサッカーは単純ではないことは重々承知している。しかし、自分より遥かに遅くサッカーを始めたやつらが大会で勝ち進んだり県トレセンで活躍したりするのを見るたび、なんで自分はこんな下手なのだろうと思った。私は市トレセンのセレクションでさえ落ちていたというのに。しかし、努力量と比例してある程度結果が伴ってきた勉強とは相異なり、自分の思い通りにいかないことばかりだったサッカーには、何にも形容しがたい魅力があった。 高校時代について。私の地元(掛川市)から藤枝東高校に進学する人はまずいなかった。それもそのはず、サッカーをする以外に片道1時間以上かけて通学する理由がないからだ。皆が地元の高校に進学する中で、藤枝東高校に進むことは私にとって大きな決断だった。小・中とサッカーで大した実績も残していない自分がいきなり強豪校に行くことは、無謀とも思える挑戦だった。それでも迷いはなかった。藤色のユニフォームを着てプレーしたかったし、スタジアムで選手権の試合を戦ってみたかった。高校受験はもちろん裁量枠( いわば推薦制度)で合格するはずもなく、一般受験で合格した。一般受験者でも裁量枠試験を受けることはできるのでせっかくならばと受けてみたのだが、早速絶望感を味わう羽目になった。裁量枠の実技試験の前に受験者が一部屋に集められた。皆が運動着に着替える。Jリーグの下部組織や聞き覚えのある街クラブばかりだった。まさしくこいつらがサッカーエリートだと思った。住む世界が違うと思った。実際、実技試験のゲームではボロボロにやら...

freshman

高遠浩恩(1年/DF/麻布高校) 僕の人生を外からざっと眺めてみたら結構なレール人生だと思われるかもしれない。サピックスに入って中高一貫の男子校に入って東大に入る。 でも僕のサッカー人生は結構変だと思うからそれを書こうと思います。記憶力はかなり弱いほうだと自覚しているが、サッカーを始めたきっかけはよく覚えている。小 2 の時にテレビでみたドイツ代表の試合。そっから公園で友達とよくサッカーをするようになって、地域のサッカーチームに入った。選手の親がコーチや監督をするようなチームで、もちろん人工芝グラウンドとかそんな大層なものは持ってない。のびのびサッカーをさせられていた。サイドハーフとサイドバックを主にやっていたが、反射神経がよかったからかキーパーもやっていた。のびのびしていた。小 4 でサピックスに入ってだんだん生活の主軸がそっちの方になり、小 5 の途中で捻挫を繰り返して数ヶ月サッカーができない期間が続いたことでサッカーへの関心はだんだん薄れていた。サピックスの友達と夜中の人形町で鬼ごっこしているのが楽しかったからかもしれない。でも学校の後から塾の前までは友達と公園でサッカーしていた。その頃の公園はサッカーが禁止になっていたから、地面がアスファルトの、植物園みたいなスペースで、エレベーターをゴールに見立ててサッカーしていた。エレベーターの電灯を壊して管理人には何回も怒られたし、受験期間なのに靴をボロボロ擦り減らしていたし、メガネは壊すし、家の鍵も無くすから母親にも怒られていた。結局メガネはコンタクトになって、家の鍵は大学生になるまで持たせてもらえなかった。こんなにサッカーしてたのにリフティングは上手くなんなかった。インステップで当てて無回転でリフティングするようにコーチに言われてきた記憶はあるけどあの頃の自分とってむずすぎたしつまんなかった。ゲーム形式ばっかやっていた。 中学に入ってサッカー部に入り、迷った結果、キーパーをすることを決めた。なぜ迷っていたかは覚えてない。体験練習の時にフィールドで活躍してたことをはっきり覚えてるから、ほんとになんでかはわからない。その選択のせいか、ラントレが大嫌いだったせいかはわからないが、練習には真面目に行ってなかった。公園で友達との不真面目な球蹴りやゲームをしてる方が性に合っていた。そのまま中 2 になってコロナになって外出れな...

シュレディンガーのア式人生

鈴木航平(3年/DF/静岡高校) シュレディンガーの猫という思考実験をご存知だろうか。箱の中の猫が観測されるまで、猫が 生きている場合と死んでいる場合の二通りの世界が同時に存在するという考え方だ。 この話に代表されるように、この世界には並行した別の現実の世界があるかもしれない、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今日は7/1。feelings担当のNに締切だと言われている日だ。彼は会うたび、何度も「feelings進んでる?」と聞いてくる。そして毎度「まったく」と返す。別に遅れて出してもいいじゃん、罰則になるわけでもないし。公式戦に必死でというそれらしき理由にしとけば、なんとも言えないだろう。そんなことが頭の片隅によぎるが、結局PCに向き合ってしまっている。 今シーズンのここまでを振り返ると、そこそこ良かった。リーグ戦にもコンスタントに出れて、そのうち何試合か勝つことができた。去年もそこまで悪くなかったが、それ以上に良いシーズンを過ごすことができている。それはまさしく公式戦という舞台でセンバとして戦うことに慣れてきたからだろう。そう、あの日から。 去年のアミノバイタルカップ初戦、対東京工業大学(現東京科学大学)戦。この日、俺は公式戦デビューを果たした。ただ、俺がスタメンに選ばれたのには明白な理由があった。それは前主将のMさんと現主将のAさんという圧倒的主力の二人が怪我していたからである。そのためその二人の代わりとしてスタメンに選ばれた。 しかし、俺も出場が危うかった。前々日の練習で、怪我をした。Sがドリブルしているボールに足を伸ばし、足をひねらせた。当時は終わったと思ったが、幸い大怪我に繋がらず、無事出場が可能になった。 初めての公式戦、スタメンでの出場。緊張しなかったと言ったら、嘘になるが、自分の全力を尽くせた試合であることは間違いないだろう。結果は後半終了の時点で1-1、PK戦の末、見事勝利することができた。あの時の感触は今でも忘れない。あの時の経験が今、リーグ戦の舞台でのびのびプレーできていることにつながっている。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ア式3年目を迎えた今シーズンも、中断期間を迎え、チームも夏オフに入った。 ア式に入ってから、サッカーについてたくさんのことを学ぶことができた。...

本当にしょうもない退部と入部の話

阪田天祐(3年/テクニカル/ 渋谷教育学園幕張高校 ) 初めまして。昨年 10 月に入部しました、 3 年テクニカルスタッフの阪田天祐です。気が付いたら入部から 9 ヵ月も経っていました。入部の経緯を記しておこうと思います。      私がア式に入部した理由は、高校サッカー部を退部したからだ。   生粋のサッカーキッズだった私は、小学校 3 年生になって、本格的にサッカーを始めた。チーム内では断トツ下手だったが、見栄を張りたくて、自主練や罰走には全力で取り組むタイプだった。 6 年生の夏の大会では真面目さが評価され、 B チームのキャプテンを任されたことを今でも覚えている。 B チームはとても弱かったけど、サッカーは大好きになっていた。   中学に入るとチームのレベルは落ち、試合に出られるようにはなった。が、別に活躍することはできなかった。当時の私は、スピードの無い右利き左サイドハーフで、プレースタイルは 2 列目からの飛び出し、スキルはシザース・逆エラシコ・闘争心を持つ、総合値 70 ぐらいの銀玉選手だった。別に上手くはなかったが、朝練と罰走に対する誠実さが評価され、 3 年生の時には副キャプテンになった。私たちの代は、新人戦では県大会に出場できたのに、総体は市大会ベスト 10 で散った。   理不尽に罰走を課すことで有名なブラジル人顧問を恐れてはいたが、体育教官室でブラジル人顧問直々に勧誘されたことを受けて、高校でもサッカーを続けることにした。続けるからには、今まで通り“真面目に”取り組もうとしていた。筋トレをし、走り、練習し、練習試合に出た。春頃、そろそろ辞める奴出てくるんじゃね?と先輩が冗談を飛ばしてきた。心の中で、絶対に自分はそうならないと誓った。     8 月になった。私は、たった半年で高校サッカー部を退部した。    辞めた日のことはよく覚えている。少し早めに練習に来て、まず、グラウンド脇の靴箱にあったスパイクを回収した。そして同期と先輩方が揃った頃、わざわざ全体の前に立ち、ごにょごにょと訳の分からない挨拶をした。そのまま体育教官室に行き、退部します、と伝えた。ブラジル人顧問は失望していた。逃げるように家に帰った。   練習が終わった頃、同期から「一回くらい相談してくれたら...

ア式入部

N.E ア式に入ってから約ニヵ月が経ちました。やっと人見知りもおさまってきて、少しずつ本性?が出てきてしまっています。 フィーリングの存在をすっかり忘れていて、締め切り日の夜に焦って書いています。(たぶんほとんどの一年生も) 何を書くべきか分からないので、今のところの気持ちを書いておきます。  サッカーは未経験ですが、大学では「これをやった」と自信を持って言えるものが欲しくてア式に入りました。雰囲気も温かく、初心者が多めで運動音痴な自分でもやっていけそうと思ったのも、入部を決めた大きな理由です。まだまだ下手くそですが、水泳で培った持久力や、体操で身につけた柔軟性など、これまでの経験が意外とサッカーにも生かせると感じています。たとえば、転んでも自然と受け身が取れて怪我をしにくかったりするのは自分の強みにできるところだと思っています。これからサッカーの技術を学んで、一人前のプレイヤーになり、そうした強みももっと発揮できるようになりたいです。 これから四年間お願いします! 最後に友達と考えた一句。 目指すのは 白くて上手い プレイヤー