ノータイトル
こんにちは、4年望月です。 空気を読めていない内容になりそうですが前々から感じていたことを書いてみます。当たり前で、誰もがわかりきっているような話だとも思うけど、他にネタもないので続行します。 「遊びじゃない」とか、「『楽しければいい』はよくない」とか、 上に似たことばをこれまで何度か、色々な立場の人に言われたことがある。俺はこのことばは間違っていると考える。大反対だ。理由は以下で述べる。 部活が遊びじゃない?そんな馬鹿な。遊び以外の何物でもないじゃないか!と俺は思う。サッカーが勉強・仕事・訓練か?何らかのかたちで生産活動となっているのか?そんなわけがない(プロ目指してるなら話は別)。俺らは4年間、週5・6回、ひたすら遊んでいるのだ。本質は、同好会やサークルと何ら違いは無いはずだ。いやむしろ、本来勉強をするのが学生の務めである以上、割いている時間の長さを考えれば、俺らは同好会やサークル以上に遊んでいる不真面目集団なはずだ。 ただ、この「遊びじゃない」ということばが出るときは、決まってこういうことばが続いて出てくる。「だから、真剣にやらなきゃ意味が無い」、「だから、結果を出さなきゃ意味が無い」。 この後半に関しては賛成なんだ。何故なら、部活は遊びで、遊びは楽しいのが一番だと思っているからだ。「遊び」っていう行為は100%真剣に、ひたすらガチでやるのが一番楽しいと思うからだ(ヘラヘラやっても楽しくない)。そしてア式はそういう意味で特殊だ。というのは、世間で大学生くらいの年になると、そんなに真剣に遊ぶ連中なんていないからだ。俺たちは何も偉いことはしていない。けど、メチャクチャ真剣で、いわば究極に質の高い遊びを目指している。そんな団体の中にいる以上、個人は輪を乱さないよう、100%真剣になる義務があると思う。ガチな遊びをしているときに、冷めているやつがいると周りも白けるからだ。又、結果も大事だと思う。勝つ方が負けるより絶対楽しいからだ。そのためにもやっぱり真剣にならなきゃいけないし、個々人が上達もしなきゃいけない。個々人の上達はチームの勝利に結びつくという利点に加えて、個人的な上達という現象自体すごく楽しいという利点がある。レベルアップっていうものは人間にとって本質的な快感なんだと思う。今年風に言えば「高まる」ってことだ(多分)。 たしかに、たとえばフィットで苦しい思いをす