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大学の春休みって短いよね

短い春休み中、週6で練習があるといっても、午前中や夜は割と時間があるもので。まあ春眠暁を覚えずという言葉もあるように暖かくなるにつれて午前中の暇な時間はだいたいが睡眠時間と化してましたが。ひさびさに本でも読もうと思い昔読んだ小説に手を伸ばしてみました。

「大学三回生の春までの二年間、実益のあることなど何一つしていないことを断言しておこう。」

紐解いた文庫本はこんな一文から始まりました。心をえぐられた僕はそれ以上読むのをやめました。




アニメ化もされた小説なので知っている人も多くいるかと思いますが、この小説は森見登美彦作の四畳半神話体系です。どんな話かというと、元浪人生の主人公がサークル活動を通じて薔薇色のキャンパスライフを目論むも、小津という工学部電気電子工学科に所属しながらも電気にも電子にも興味のない妖怪じみた男とともに不毛な大学生活を送るというものです。

別にどうというわけでもありませんが僕にも工学部電気電子工学科に所属しながらも電気にも電子にも興味のない友人がいます。今も近所にすむ彼は先日僕の許可も得ずに人を引き連れ家のまえで待ち構え、僕が帰宅するなり麻雀を開始するというクソ迷惑なことをしてくれました。
引き連れられてやってきた2人も高校からの友達で、「やればできる」と言われながらもサボり続けてきた人間の成れの果て、みたいな奴らです。(一人は3浪、もうひとりはニート。)連中は早々に寝た僕の枕元でじゃらじゃらと麻雀を打ち続け、朝方帰っていきました。
全く、僕も良い友人に恵まれたものです。

閑話休題。

さて四畳半神話体系ですが、僕が初めて読んだのは高校3年か、浪人のころでした。 当時は、不毛、とは言いつつ面白おかしい大学生活を送り、なんだかんだで最後には意中の黒髪の乙女と恋仲になるという主人公に若干の憧れを抱きながらも、自分はまっとうで健全な大学生活を送ってやろうと心に誓ったはずでした。
しかし、実際は不毛と呼ぶにふさわしい二年間を送ってきたような気がしないでもありません。しかも不毛なだけで彼女もできやしません。ただ幸いなことに主人公と違って僕はいかがわしいサークルには入らなかったので、お手本とするべき人間にも恵まれました。背面教師とすべき悪友にも見習うべき真摯な人間にも恵まれた僕は、残り二年間きっと不毛とは縁のない有意義な生活も送れることでしょう。

願わくば二年…

なめんなよいばらき県

春休みということもあり月曜のオフは丸一日予定がないことも多かった。丸一日のオフといえば休暇中にしか味わえないものであり、特に春はテストのプレッシャーのないとても貴重なオフだ。オフはオフっぽいことがしたい。
気の向くまで眠り、TSUTAYAで借りた映画なんかを見ながら一日中ごろごろして過ごす、なんて思いっきり堕落したオフも悪くないが、どうせなら外に出てアクティブに動き回りたいものだ。どこにいこうか。
この時期のフェイスブック上では、異国の地で、外国人と写真を撮り、英文でコメントを添える、といった「これぞ充実した大学生活」的な投稿があとを絶たない。海外にあこがれはあるものの、行きたくても行けないし観光で行くならべつに今じゃなくたっていいとも思う。ともかく一日じゃ無理だ。
日帰りで行けるところを探す。とりあえず地図を広げてみる。行ったことのないところについていろんな空想を浮かべてみるのもなかなかワクワクする。去年免許を取得したため行ける場所はだいぶ広がった。次いでネットで「日帰り 旅行」などと検索してみる。東京近辺のお勧めスポットをまとめたサイトがいくつも出てくる。
自分はずっと茨城で育ってきた。茨城は田舎だ。若者が楽しめるような観光地などほとんどない。金のない学生たちは夜明け頃に家を立ち常磐線の各停に2時間以上揺られ年に一、二度のディズニーランドに大はしゃぎする。期待はしていなかったが案の定まとめサイトに茨城はほとんど載っていない。全国都道府県魅力度ランキングでは最下位の常連であり、おととしは群馬にその座を奪われたものの去年には再び最下位に返り咲いた。
最近県の広報課はこの現状を打開しようと、吉本興業のバックアップの元、ピース綾部と渡辺直美を宣伝隊長に魅力アピールキャンペーンを始めた。スローガンは「なめんなよいばらき県」。魅力はあるが知られていないことが問題なのだと分析したらしい。ムービーを見てもらえばわかるが茨城には実は魅力がいっぱいだ。とりあえず下のリンクをクリック! http://www.pref.ibaraki.jp/namennayo/index.html
自分自身、知らなかった魅力を発見した。これまで幾人もの愚か者達が「茨城なんて何もないっしょ」と無知をさらしてきたが、その度に、袋田の滝や筑波山、いちご梨りんご柿ぶどう等の果物狩り、蕎麦打ちやあんこう鍋といった茨城県のす…

黙考

最近思っている事をつらつらと書いていきます。  前を向かってやっていくしかないなーとか思うしか無い。いつまでサッカーをやってるかなんか分からないけど、多分そんな長くはないんだと思う。プロになる訳でもないし、引退したら恐らく今のような環境は無いかもしれないし、今のような何かを背負ってサッカーをやるような事があるだろうか。まあ、もしかしたらあるかもしれないけど、ほとんどその可能性は無いんだと思う。最近結果が出ないと思う事がよくあって、それのせいでメンタルがやられていた気がする。でも、まあ今もサッカーをやっている訳だし、どうにかして上向いてやっていかないとな、と思う。自分との戦いとよく言われるやつだろう。弱くなっている時程そういう自分とは、弱い時の自分、というか、自分の弱さとは戦わなければならないと思う。  案外技術無くても気持ちだけでシュート入っちゃうような気もするので、気持ちは本当に大事だなあとか思うけど、気持ちがもたらすものって大きいですよね。高校の時に名誉顧問みたいな老いた先生が、「サッカーはハートだ。」とか通りすがりに言い放ったんですけど、今なら痛いくらい分かる気がします。シュートに気持ち関係ねえだろって思う人もいるかもしれませんけど、僕は結構打つぎりぎりまでコースが見つからない時に、これヤバい!、とか思って打つより、それでも入れる!、とかいう気概で打った方が、入ること多かったと思ってます。それに、ビビると体に変な風に力が入るので、ビビらないで打った時より余計外れやすいと思ってます。だから、シュートを打つ一瞬にもメンタル的な戦いがあると思ってます。シュート以外にもそういう、ビビっちゃうけどそこをビビらないように気持ちを抑える事で上手く行く事もあると思うので、そういう所こだわろうかなと思ってます。  他にも、技術の事やらでもうちょい工夫しなきゃなあとか最近常々思ってましたが、この前韓国大学選抜の練習見てたら、もうそれはそれは上手すぎて上手すぎて、ボールと選手とが全員で、とある演出家がプログラミングした一つの芸術的な図形を描くかのように動いていくかのように見えました。あまりにもボールの回し方が綺麗すぎて、上手いってこういうことなんだなと思いました。やはり、全員で一つを作り上げている感がすごくて、この選手達は皆頭の意識が全部何かの装置で統合されてるんじゃないかというSF…

そこはかとないです

アランチューリングという人は機械が人間であるかどうかをテストするチューリングテストというものを考えたそうです。AとBの部屋に人間とコンピューターを入れておき、人間である第三者がどちらの部屋に人間が入っているのかをコンピューターのインプット、アウトプットのやり取りをもとに当てる、というものです。誤答率が増えてくれば機械の中身は人間から見て人間とみなしていい、部屋を開けて「なんだ、機械じゃねえか」と発言するのは差別なのではないかということになるようです。
東大生かと思われるくらい賢そうな人がいて(東大生が賢いかどうかは不問に)聞いてみたら中卒だった、「なんだ、中卒か」と発言したら差別でしょう。
中身がなんであろうと実力でアウトプットを示せばいい。機械と人間の外見やら学歴やらの違いで実力を差別するのはおかしいと。


んっ?


ふたを開けてみたら違った?


さむらごうちさん!
耳はある程度聞こえている、実際作っていたのは違う人だった、いろいろあるようですが。
創り出された音楽そのものの出来栄えは、耳が聞こえない人が作っていようがコンピューターが作っていようが変わらないはずです。その音楽をお金を出して買うかどうかは人としての応援やら尊敬やらあるので別ですけれども。その実際に作り出された曲の評価とは無関係であってほしい。
スポーツの記録になると話は違ってきます。同じ記録でも出した人の違いで評価は変わります、性差とか不自由さなどがありまあぼかど。
はい、意味が分からず一瞬文章で立ち止まった方がいると思います。人間の特技、驚く、に関係しています。フレーム問題というやつです。世界には無限の可能性が存在しています。それらすべてに対応しようとしていては何一つ行動を起こすことはできないので関係のなさそうなものは無視して生きているのです。常に先を予測しながら文章を読んでいるから無関係の言葉に戸惑うわけです。ロボットは驚けません。流れと関係ないことを無限にプログラムしておいて、それが起きたら驚くように書き込まないといけない。驚くというのは高度な行動なんですね。


というのはおいておいて、小保方さんの研究も佐村ゴウチさんの曲とおんなじです。
博士論文が博士号取得に値していなかろうがなんだろうが、すごい研究をすれば評価されるべきだし実力さえあれば研究者としてのやり直しはきくと思います。






サイコロについ…

桜まだかな

もうすぐ3月も終わりだとういのにまだ桜が咲いてない…。
そのせいか、学年が上がるという実感がまだありません。
きっと桜が咲くまで1年生のままのような気持ちでいそうです。
そろそろ2年生になるんだって自分に言い聞かせないとだめですね。

私は新歓係ということもあり、新入生と触れ合う機会が多いのです。
3月13日にあったフレフェスは予想以上に感動しました。新歓ブログ
でかいたけれども。
最近では、グランドにいくと新入生が続々と練習に参加しに来てくれていてワクワクしています。
毎回「今日はどんな子がくるのだろう?」って。


後輩が出来るのかと思うと嬉しい反面、見本にならなければならないと不安と責任感を感じます。
2年生になるけれど、初心にかえって謙虚にひた向きに頑張りたいと思います。
ちょうど1年前の自分のように。


新2年スタッフ 鈴木 咲絵子

ぐろいんぺいん

ぐろいんぺいん ぐろいん pain ぐ ろいん pain? ぐろ いん pain? ぐろい ん pain? groin painなのです。 僕の頭の中はここ3ヶ月ほどgroin painでいっぱいなのです。 そうです、鼠径部がいたいのです。さらに言うと恥骨がいたいのです。 恥骨が言いたいのは厄介なのです。ボールを蹴ると恥骨がいたいのです。 サッカー選手であるにもかかわらずボールを蹴ることができなくなるのです。 さらに少しでも無理をして痛みが出ると治らないので無理ができないのです。




こんな思いをほかの選手にもこれから仲間になる新入生にも味わって欲しくない!!!
と、いうことでgroin pain 対策 4か条
・何と言ってもストレッチ!
 多田さん曰くア式は身体ががかたい選手が多いとのことなのでしっかりストレッチしましょう。
・外転筋群の強化!
 サッカーはキックなど片足で立つことが多いのですが、このとき特に中臀筋をしっかりと使えていないと、骨盤が不安定になってしまうのです。
・体幹トレーニング
 体幹トレーニングをしっかりと行い、筋肉に協調性をもたせて股関節だけに頼らない動きをすることが必要なのです。
・無理をしない!
 groin pain は痛みの出る場所が様々です。それっぽいところが痛むようであれば早めにトレーナーの方々に相談しましょう。重傷化する前に食い止めてしまった方が絶対に良いです。


ということでいかがだったでしょうか。 これでア式からgroin pain はなくなることでしょう。


groin pain からの復帰を信じて 
新3年 DF 鎌田

























Good goods

この頃僕の家の周りでいつの間にか前まであった古い家やられ駐車場やらがつぶされてどうしたものかと思っているうちに工事がはじまりどうしたものかと思っているうちに新しい建物が建っていた。どうしたものかとよく見てみるとそう老人ホームなのだ(もちろん全て老人ホームというわけではない)。ただ10mしか離れていないところに2軒の老人ホームがあるのだ。どうしたものかとふと考えてみると僕の家からちょうどいいぐらいの距離の半径以内にコンビニは3軒に対して老人ホームは4軒もある。コンビニはある程度の集客数を見込めない限りその地に店舗を設置しないし維持できない。コンビニがこの20年で急激に増えたのはそれだけ必要としている人がいるということだ。老人ホームも同じようにそれだけ必要とされていることに高齢化を身近に感じた。

 人が何かを求めて別の人がそれに応じたサービスを提供するのが経済の基本だと思うがそれは人と人の関係、組織と人の関係についても言えることだと思う。Goodsとgoodの語源はどうやら同じようだが意味と用法は全く異なるという。しかしgoodsは商品で誰かに必要とされるものであることに間違いはないだろう。もし誰かに必要とされることがいいことなのであればgoodとの関連は疑いの余地のないものにならないだろうか。僕の人生の目標というか道標的なものは常に人に必要とされる人でいることかもしれないなとこの三週間ぐらい考えている。まさにこのコーナーの趣旨にぴったりである。

 先日の卒部式の長尾さんのメッセージに真面目に取り組むだけじゃなくてこだわりや人に絶対負けないというスタイルを確立するという話があったがア式にとって必要な商品になるためには絶対必要なことに思える。先発選手の能力を少しずつ劣化させただけの控え選手ではいけない。各々が自分のプレーにたとえ小さくてもプライドをもって成長していかなくてはいけない。

半クラッチの響きが好き
新2年  DF   符 毅修

積み重ね

たまに無性に昔のゲームがやりたくなることってありますよね。僕の場合、前回はパワポケに夢中になり、サクセスで球界最速の左腕をつくることに躍起になり、今回はロックマンエグゼ4を久々にやろうと思い立ちました。ところが部屋の片隅でほこりをかぶっていたロックマンに昔のデータは無く、泣く泣く最初からを選択して始めてみたけれど、いざセーブしようとしてもセーブができない‥。いつまでたってもHP100でロックバスターも1しかダメージを与えられないロックマンに嫌気がさしてすぐにやるのをやめました。



セーブして今までにやったことを全部記録しておける。ゲームなら当然のことかもしれないけど、サッカーでもそんなことができたらどんなに楽なんだろうと思う。

新人戦期、その前の期間の自分のプレーの内容からある程度は覚悟していたが、メンバー争いすら加われなかった。新人戦チーム外でトップチームの3年生と練習しているときは何かつかまなきゃ、上に近づかなきゃと必死にやっていた。学ぶこと、感じることの多い期間であっという間の1か月弱だったと思う。

新人戦も終わり、オフも明けて、新シーズンが始まってからの学年ミーティングで、新人戦期を振り返った時に、このときのことを今にちゃんと活かせているかという議題があった。もちろんプレスにおいてもう1歩寄せるとこだったり、2対2の崩しや、追い越すところだったりといったプレー面や、トップチームとの差を実感したという面で活かせていると思った反面、わずか2,3か月前のことでしかないのにどこかで忘れかけていること、積み上げられないでいることがある気がして、自信をもって活かせていると言い切ることができない自分がいた。それじゃダメだと思う。
来週のアミノバイタル杯に始まり、Iリーグやサタデー、そして春季リーグが開幕していく中で結局大事なのは日々の積み重ねだと思う。筋トレの話もそうだけどサッカーにおいても毎回の練習でどれだけご飯を盛れるかが大事だと思う。
セーブボタン1回押して全部積み上げられるような簡単な世界じゃないけどその週のテーマを大切にして1日1日やっていきたい。そして結果を残したい。

今はクラッシュ・バンディクーをやりたい気分

新3年 MF 片瀬 郁也

塵も積もれば

やっと暖かくなってきました。暖かいというか、もはや暑い。
ちなみに合宿後に帰った北海道は、3月だというのに道路の両脇に雪山がそびえ立っていましたが……(恐)




さて、新入生が続々と練習に参加してくれていますね。
Feelingsも読んでくれているのでしょうか?…新たな出会いにわくわくします。
早く新入生に会いたい!


ア式に入部し早3年。
この季節が来ると、どうしてもセンチメンタルな気分になってしまいます。
先輩や周囲に認められたい、早く戦力になりたいとがむしゃらに仕事を覚えた1年生。
ベンチに入れるようになり、たくさん後輩ができて頼られることが嬉しかった2年生。
そして今年。
段々と自分を怒ってくれる人も少なくなってきました。緩んだふんどしは自分で締めていくしかないですね。ルーティーンワークとなってこなすだけになっていないか?と聞かれたら、否定出来ません。
スタッフの仕事は小さなこと、当たり前なことの繰り返しだけど、小さなこと、当たり前なことほど真剣に。丁寧に。グラウンドの中と外はつながっているから。
最後ピッチ内で戦うのは選手だから、出来得るところまで押し上げたい。


自分に言い聞かせ、明日からまた部活へ向かいます。




今年こそは関東大会で戦っているところが見たい!!




新3年スタッフ 奥田紗季











復帰間近!

昨年8月に相手選手と交錯して右ひざの内側側副靭帯と前十字靭帯を損傷してから早くも7か月が経ちました。
この7か月で引っ張ってくれた先輩が引退し、とうとう自分が最上級生になりました。ピッチ内でチーム状況を体感できない中で最上級生になるのは正直難しさがありましたが、細かいことは同期がミーティングなどで共有してくれるので、今はとにかく復帰することに全力を注ぎたいと思います。
僕自身情けないことに怪我が多く手術は人生で4回目ですが、今回は膝の怪我ということで特に専門的で慎重なリハビリが必要だったので、週に2回病院に通ってリハビリを行いました。
その病院で同じ怪我でリハビリに通っている日体大の学生がいました。彼は、野球部で4年の途中で靭帯を損傷し最後のリーグ戦に出場できなかったそうです。リハビリも試合に出るという目標を失って身が入らず、1か月遅く怪我した僕が回復具合も追い越してしまいした。
そこで感じたのはやっぱり大事なのは目標を持つこと、そして僕はまだ運が良いほうだなということです。
怪我のリハビリであっても目標を持って集中して取り組まないと成果に大きい違いが出ます。これは当たり前のように思えますが、意外と忘れがちです。短期でも長期でも構わないと思いますが、常に目標を持って取り組む人とそうでない人には大きな差が出てくると思います。最近何となくサッカーしてメニューをこなすだけになっていたなと思った人がいたら改善してください。
また僕自身まだ半年以上時間が残されていることをプラスにとらえたいと思います。もちろんまだ復帰していないし、再発の危険が大きい怪我であることは承知の上ですが残りの期間全力で突っ走りたいと思います。

腹筋だけ異様に筋肉ついた 新4年 DF 卓間 昭憲

努力は∞とか恥ずかしいから書くのやめとこ

どうすれば関東昇格ができるだろうか?

とりあえずメッシ呼ぶか? いくら積めばいいんだろう、、、ああー果てしなくゼロがみえる じゃ、小屋末くんのような高校2年には突出した才能を見せる選手に、ア式から無料で家庭教師を派遣して、東大を受けてもらう? 30人を回せば月一回の授業ですむし可能かも さらに合格報酬とかあげちゃえば乗ってくる高校生もいるかもしれない。親も〜〜〜etc...
自分がなんでサッカーやっているのか分からなくなっちゃいますね。 はい、却下です。
やっぱり他力でなく、自分たち一人一人が上手くなるのが一番です。
ということで自論を展開しちゃいます。こいつ偉そうで生意気だなと思ったらどうぞ流し読みしてください。
結果=才能+努力         =才能+努力の時間×質→∞ よって本気でやれば全ては可能。また親の収入、家の環境といったものだって才能(その人のもつ固有値)に入り、いろんな所で表れるので、才能の差は嘆くだけ無駄。

たとえタイムマシンのような一生かけても不可能と思われるものでも不可能なのは、人の一生かけてもタイムマシンという結果のための努力には達せないだけで人類全体の歴史で努力が積み重なれば、タイムマシンを作るのは可能、と考えます。
これをサッカーに適用すると、結果は相手との差として表れ、自分たちの努力に依存するのは自明です。例えばメッシのような明らかに異次元な選手には自分の人生の時間だけでは足りないかもしれませんが(断言はしません、質をMAXにして、もし出来るという方がいるのなら僕は真剣にその話を聞きます)、Jリーグぐらいのレベルなら達することは出来ると思います。

さらにサッカーを一つ一つの要素に分解してみればより既述の公式を適用しやすいと思います。球際の強さだって、スピードだって、ボールを扱う上手さだってそうです。筋肉や神経系の能力や頭の良さに帰着し、幸いにも先人たちのおかげで、何をすればどの能力が上がるかは、ある程度分かっていますから。

もうそろそろ一人暮らしを始めて、片道2時間ちょっとの交通時間をサッカーに費やし、自分の上限を見てみようと思います。皆さん各自の理想に向けて頑張りましょう。

ちなみに、僕のサッカープレーヤーとしての理想は、やっている自分だけでなく、見ている人も楽しい、面白いと思うプレーヤーですから、勝つための努力もしながら、多少蛇…

Teelings

こんにちは

新3年 増田貴行 の 弟子です。

ぼくは誰でしょう?

ヒント1

成績はよくないです。

ヒント2

新2年です。

だいぶ絞られましたね、


ここで大ヒント

ポストプレーを得意とするFWです。



みなさんおわかりですね!


そう!!!!


長久保です、すいません。



そろそろ点とります。
新2年 FW 長久保 凱生

誇り

僕は石川県出身で、石川県出身の世界のスーパースター、松井秀喜選手を心から尊敬しています。そのため僕は背番号を55にしました。この前の北大戦では高校の一個上の先輩が来ていたのですが、その先輩も背番号が55だったことには驚きましたが(笑)。日下さんには石川出身だとみんな55なのは安直だとご指摘を受けました。しかし実は、僕の下の名前は松井秀喜選手の名前から一字頂いているのです!それが僕の一番の自慢と誇りです。




 僕は中学からサッカーを始め、卒業までものすごく下手だったのですが、高校に入り基礎からサッカーを教わり人一倍成長できました。その伸びとやる気を買われ試合に出してもらえるようにもなりました。僕の代は中学時代強豪クラブチームの主力だったやつらも多くいて、進学校なのになかなかレベルが高く、総体では全国に行くことはできませんでしたが、僕の高校では久しぶりの好成績を収めることができました。このことも僕にとっては、大きな自信であり、誇りです。

 そんな僕ですが、ア式蹴球部に入って早くも一年がたとうとしています。自分なりに努力してきて(まだまだ不十分だったと強く反省しています)、成長もできたつもりですが、結局いまだにCチームです。石川出身の人間がア式には他におらず、ア式の人から見て石川県人は僕みたいなサッカーが下手な人ばかりなんだなと思われること、僕の出身校、金沢泉丘はサッカー弱小校だと思われること、を考えると、石川のサッカー少年、金沢泉丘を愛して僕たちに熱く指導してくださった監督、コーチ、3年間泉丘でサッカーに精魂つくしたOBの方々に対して申し訳ないですし、自分を情けなく思います。それは僕には上に書いた強い誇りがある分、一層強く感じるんだと思います。今年の高校選手権では石川県代表の星稜高校が準優勝を果たし、石川のサッカーのレベルが高いと評価されたことはとてもうれしい限りでした(富山県代表の富山第一高校が大逆転優勝したのは許せません)。しかし、石川や母校を誇りに思っているのは僕なのであって、僕自身がなんとか実力をつけて評価を覆さなければなりません。だから、一年後に一年間振り返って、まだまだ努力が足りなかったな、と思ってしまう程度の努力じゃダメで、もっともっとうまくなるためにやれることをすべてやらないといけないと思います。

 これはサッカーに限ったことじゃなくて、サッカー以外の…

サンドウィッチマン

3月から某ファーストフード店でアルバイトを始めました。
とみーからバイト始めるって聞いたのが合宿前で、それに勝手に感化されて以前からバイトしたいと思ってたとこに電話。合宿終わった次の日に面接行ったら15分で採用。「体育会は体力もあるし元気もあるしいいね!」と店長。体育会ってそんなに魔法の言葉なんですかねと思いつつ次の日から早速バイト開始。
まず驚いたのは覚える事が多すぎること。パンの種類、作り方、切り方、焼き方。野菜の種類、量、賞味期限、肉の種類、ドレッシングの種類。サンドウィッチの種類にポテト、飲み物の作り方、レジ打ち、その他色々…。初の飲食バイトということもあって、最初の一週間は仕事を覚えるだけで全く使い物にならず終了。戦力にならない自分を自分で励ます毎日でした笑
だんだん慣れてきて、新たに苦戦したのはやはり接客。商品を作りながらお客さんの対応をするって時点でキャパオーバーな感じが出てるけど、それに加えて接客に慣れてないのとまだ恥があるのとできちんと声が出ない。声を無理に出そうとしたら商品がしょぼい出来上がりになってしまったり。 それでも両方をうまくやらないといけない。声をしっかり出さないと他の店員には聞こえないから援護してもらえない。お客さんともしっかりコミュニケーションが取れなくて商品を作るスピードが遅くなる。結局はそのツケが全部自分に回ってくる。だから自信がなくてもハキハキと声を出して対応しなくちゃならない。いつも接客中は内心ビビりまくってます。コミュ障ですね。
サッカーも下手だと自分のプレーになかなか自信が持てないからか声が出てない人が多い(と思う)。本当は下手だからこそ声でカバーしないといけないのに自分の事でいっぱいいっぱいになってしまう。周りが見えなくなって自分で自分の首を絞める状態はバイトと同じ。相手に伝わらない声は声じゃないよ、とバイト先の店長に言われて、サッカーしながらその通りだよなーと思いました。 声が出れば良い選手か、ていわれるとそれも違うと思うんですけどね。やっぱりバイト先の先輩方は商品を作るスピードも速いし丁寧だし、次に何をすればいいか分かってるから動きに無駄がない。自信があるから余裕が持てるようになるし接客もよくなるし気が利くようになる。
今日も審判しながらAに上がった先輩のプレー見てたんですけどやっぱり上同様です。プレーのスピー…

人のふり見て

3月から某ファミリーレストランでアルバイトを始めました。だんだんと慣れてきて、1対1で教えてくれる人がいなくてもオーダーをとったり、料理をお客さんに出したり、それなりに仕事をこなせるようになってきました。最近は週6くらいで入ることもあって、アルバイトが部活みたいなものになっています。週6で入っていることを言うと、「それは入れすぎなんじゃないの」とみんなに笑われますが、まだまだ毎日発見があって楽しくて、苦にならないので大丈夫です。ご心配なく。


 アルバイトを始めてみると、普段の生活の中でアルバイトを始めるまでは考えていなかったことを考えるようになりました。といってもそんなに深いことではなくて、ひとつひとつの仕事の技術を上げるにはどうすればよいか、すなわちもっとお客さんに喜んでもらうにはどうすればよいかを具体的に考えるということです。

 具体的な例でいうと、会計のときにいかにお釣りの小銭をお客さんが受け取りやすい方法で渡すかというようなことです。僕の働いている店では、両手でお釣りを渡すことが原則で、それ以外は個人個人のオリジナルの渡し方でお釣りを渡しています。このような仕事の技術はもちろん働きながら自分でいろいろ試して、成功と失敗を繰り返しながら向上させていくものです。しかし、技術はほかの人の仕事のやり方を見ることで向上させることもできると思います。お釣りの渡し方の例でいうと、一緒に働いているほかの店員の渡し方や、自分が昼飯を買いに入ったコンビニの店員の渡し方をよく見るみたいなことです。レシートの上にお釣りを乗せたまま渡す人や、先にお釣りを渡してから後でレシートを渡す人など、いろんなタイプの人がいます。その中で、自分では思いつかなかった渡し方を見て「なんだこのきれいな渡し方は!」と驚いたり、忘れかけていた基本的で大切なことを思い出したりすることがよくあります。

 ちなみに、僕の中で暫定でベストの渡し方は「小銭を重ねて親指と人差し指で挟んで渡し、その後にレシートが必要か聞き、必要なら渡す」です。おすすめです。


 ところで、「ほかの人のやり方を見て自分の技術を向上させる」というのはサッカーに関してもいえることで、「技術を盗みなさい」とよくいいます。ほかの人のプレーを見ることで、技術を完全に「盗む」ことができなかったとしても、新しいアイディアを得たり、基本を再確認すること…

トレード・オフの打破

トレード・オフという概念をご存知でしょうか。
トレード・オフとは、辞書的な意味で言うと「同時には成立しない二律背反の関係」 あちらを立てればこちらが立たぬ、一方が良くなればもう一方が悪くなり両方上手く行かないものだ というと少しイメージしやすいかもしれません。

例えば経営学では、「生産性と柔軟性のトレード・オフ」「生産性のジレンマ」という現象が見られたりします。
単位時間・単位労働量あたりの生産量(生産性)を向上すればするほど、柔軟に製品を生産する能力が失われていくという現象です。 簡単に言うと、一度に沢山作ってしまえば1つ1つにかかる手間は少なくなるけれども、細かい種類の作り分けはできなくなってしまう、という感じでしょうか。
フォード社は1900年代前半、自動車業界で圧倒的なシェアを獲得していました。 当時高級品でとても庶民に手の届くようなものではなかった自動車を、徹底的な生産性の向上を通じた大量生産により、高品質かつ庶民に手が届くような価格で販売することを可能にしたからです。 T型フォード(フォード社の生産した自動車)の名前を知らないものは世界中を見ても居ない、という売れ具合でした。
しかし、1920年代の半ばになり人々がT型フォードに飽き始めると、フォード社に比較するとモデルの多かったGM(ゼネラル・モーターズ)に業界ナンバー1の座を奪われてしまいました。生産性を高めて1つの製品を安く大量に作ることに特化する余り、他のモデルに切り替える能力を失っていたのです。 その後フォード社は新しいモデルであるA型フォードを販売したのですが、モデルの切り替えに数年かかってしまったためGMに大きな差を開けられ、現在まで業界トップを取り返せないでいます。
生産性を高める余り、柔軟性を失ってしまったことの好例でしょう。

このように2つの要素がトレード・オフの関係にあるとき、重要なのは2つの要素の「最適な」割合を選択することです。
先ほどの例で言うと、低価格でガンガン大量生産して売って行くなら生産性をより重視すれば良いし、多少高くても顧客の様々な要望に応えたいのなら柔軟性を重視すれば良いのです。 取りたい経営戦略によって生産性、柔軟性というトレード・オフの関係にある要素の「最適な」割合を考え、選択していく必要があります。

このように、トレード・オフを考える事は、物事をより良く、安…

行動力

行動は、確実に変化をおこします。だから、今よりも望む状態があるなら行動すべきです。それでも、自分は行動に移せないことが多いです。行動した結果生じる変化が、必ずしもプラスに作用するとは限らないからです。そのせいで漠然と変化をおそれてしまったりします。
 そんなわけで、行動力がある人を心から尊敬します。この1年間は、今までの人生では目の当たりにしたことがなかったほどの行動力を持った人を多く目にした1年でした。その中で、彼・彼女たちの行動を支えているのは具体性なんじゃないか、と感じました。




 スケールが小さい自分の話をひとつ。





 おととい、大学受験を終えた友人に会うために実家に帰りました。昔からバイオリンを弾いてみたいと思っていて、その友人はバイオリンを習っていたので、思い切って「少し弾き方教えてよ!」と頼んでみました(友人の家にあるバイオリンが100万円以上するということを知っていたので、今まではびびって言い出せませんでした)。
 バイオリンの弓の持ち方や指の番号、出る音について快く教えてくれましたが、とにかく難しくて曲を弾くどころではありませんでした。そんな状況下にもかかわらず、友人は「2つのバイオリンのための協奏曲」という2人がかりの曲を弾きたくてもう一人必要だから、頑張ってバイオリン練習してね、と言い放ったのです。
 その時、空港の書店で、いかにして20時間でウクレレを弾けるようになるか、という内容の本をぱらぱら読んだことを思い出しました。"THE FIRST 20 HOURS;How to Learn Anything Fast"という本です。その本には、効率的に物事を学ぶために留意すべき10項目が書かれていました。その中で特に印象に残ったのが、当たり前のことかもしれませんが、「取り組む前に、目指すパフォーマンスレベルを明確にしておく」 「身につけたいスキルを細分化してやるべきことを洗い出す」という2項目です。
 「2つのバイオリンのための協奏曲」をとりあえず曲に聞こえるレベルで弾けるようになることを目標に定めるなら、まずバイオリンを入手し、次に弓の持ち方や指の番号を覚え、簡単な曲から徐々にレベルをあげて協奏曲に到達する。協奏曲に到達したら、まず譜読みをして全体をつかみ、それから難しいところを部分練習して克服し、最後に2人で合わせる練習を…

第5問

ある日の練習で俺は坂本にパスを出した。敵の裏への鋭いスルーパス。それだというのに、坂本はやる気がなく不真面目なやつだ。ちゃんと準備しておけば間に合うはずなのに、その場で立ち止まって動き出さなかった。こういうやつがいると勝てる試合も勝てなくなる。俺は先週末の試合で足首を捻った。練習後もう少しボールを蹴りたかったが、これ以上捻挫を悪化させてはいけないのですぐにダウンしてアイシングをした。アイシング中よく捻挫をしている後輩にケアの仕方をきいてみた。色々教えてもらったので、とてもありがたかった。その後同期の4人で定食屋へ。坂本も一緒だ。坂本はトンカツ定食を頼んだ。俺もトンカツを食べたい気分だったが、揚げ物は体に悪いので野菜炒め定食にした。日頃の食事から節制を心掛けるのはアスリートとして当たり前だからだ。
   ある日の練習で俺は辻にパスを要求した。相手のディフェンスが裏へのパスに対応しようとしてラインを下げたので、ぽっかり空いたギャップのスペースでボールを受けようとしたのだ。辻が足下にいいボールをつけてくれれば、シュートも撃ちにいける絶好のチャンス。それだというのに、辻は本当に周りが見えていない。相手が密集している方へ無理矢理スルーパスを通そうとする。ちゃんと頭を使って攻めないと勝てる試合も勝てなくなる。練習後は全体練習だけでは足りない部分を補うために自主練をすることにした。ふと辺りを見ると、辻が後輩とおしゃべりしている。だらだらしている暇があるのなら自主練でもすればいいのに。自主練を終えて部室へ戻ると、他の部員たちとご飯を食べに行くことに。俺は大好物のトンカツを注文した。やっぱり練習で汗を流した後に好きなものを腹一杯食べるのは最高だ。また明日から頑張ろうという気持ちになった。

新3年 辻淳之・坂本晋悟 共著

おにぎり

この間、朝起きたときにテーブルに置いてあったおにぎりを食べたところ、中身がチーズでした。 私はおにぎりの具は梅干しが好きなので、なんでもチーズを入れれば美味しくなるわけではない、と姉に注意しようとしたところ、彼女はさっと醤油をぬって焼きおにぎりにして出してくれました。 梅干しとかより全然美味しかったです。 おなじおにぎりでもすこし食べ方を変えるだけでこんなに美味しくなるんだ、とちょっと感動した朝でした。
feelingsって導入が本当に難しいですね。 おにぎりとはまったく無関係な本文でもよろしいでしょうか?
最近伝えることの難しさを痛感しています。というのも最近人と話す機会が圧倒的に増えたからです。 そこで思うのは、自分の話に説得力を持たせるには、普段の振る舞いとか態度が一番大切なのだということです。時間が守れない人に「Time is Money」とかドヤ顔で言われてもおかしいですよね。行動と言っていることが伴ってない人の言葉は、どんなに立派なことを言っていてもやはり軽く聞こえてしまうものです。 石井さんってこうだよね、と不本意な人間像を当てはめられてしまうと、本当は違うのに、と否定したくなりますが 実際自分自身こうでありたい、という理想の行動がとれていないのだと思います。 誰かから指摘されたことや失敗のもとを突き詰めれば自分自身が納得していないことが多いように感じます。でもそういうことは自分自身ではなんとなくごまかしてしまって見ないようにしていることが多いのかも。 忙しいから・・・とか、誰か他の人でもできることだから・・・とか、逃げ道を作らず動いていくことは「一言が重い人」への近道ですね。
成長に貪欲に、ラストの年を過ごして行きたいと思います。

腕立てマスター(仮) 新4年 スタッフ長 石井 瑞妃

先に言わないでください。

私はfeelingsを読むのがとても好きです。

ア式部員のみなさんが日々どのような思いを抱きながらア式に関わっているのか、とても興味深く感じます。



私はfeelingsを読むとき必ず、「これは誰が書いたものだろうか」と推測しながら読んでいます。
一番下に書かれている筆者の名前を見たときの「この人がこんな深いことを書くのか!!」とか「この人意外と文才あるな!!」みたいな、良い意味の裏切られた感はたまりません。ですからこれ以降は、先に自己紹介するタイプのfeelingsは控えていただきたいです。よろしくお願いします。







さてさて

先日の春合宿でカテゴリーミーティングミーティングや学年ミーティングがありました。
私がア式に入部して少なくない時間が経過し、ア式という集団のあり方や大学サッカーのレベルなど自分の中で噛み砕き理解したつもりでしたが、やはり私はまだまだですね。
みなさんのア式への思い、サッカーに対する考え方は私のこれからのア式生活に大きな影響を及ぼすことだと思います。


そこで気になったのは、「自分がどれほどア式の成長に関われているか」ということです。


今私はBチームでプレーしていますが、頻繁にカテゴリー移動を行っており(だいぶ絞られた~)、正直サッカー面ではア式の成長に全く関われていません。

悔しいです。とても。とても。

もっともっとうまくなりたい。少しでも早くBチームで頭角を現し、その先のtopチーム昇格を果たしたい。早くア式に貢献したい。

けど口で言ってるだけではどうにもならない。もっと足を、頭を動かさないと。まあ、これは個人的な問題として努力を続けます。



次はサッカー面以外で考えてみます。私はYBやハイライトの仕事に携わっています(やばいな~バレるな~)が、これらの仕事は割と達成感(?)、喜び(?)みたいなものを感じます。
例えばゴールハイライトが部員のみなさんの話題になってるときなどは、編集に関わった私としては「やってよかったな」といった気持ちになりますよね。もっと褒めてください。もっと。








こんな感じですね。今の私のfeelings。
もうバレバレですよね~。この内容、この文章の拙さ。あ~文系なのに、、、
次はもっといいもの書きます。バレないように。







進級はできた。あとは点数だ。うぅぅぅぅ。
新2年 DF 平田拓也

棚上げ力

みなさんは「棚に上げる」という言葉にどんなイメージをお持ちでしょうか。

大体「責任感が無い」「空気が読めない」「うえまちゅさん・・・?」などネガティブなものばかりだと思います。

東大ア式の人は皆さん素敵な方で自分を棚に上げることを良しとする人はほとんどいません。
やるべきことをやれている人間しか偉そうな事は言うべきでは無いという考えの方が多いと思います。僕も一応そう思っています。

考え自体は至極全うで異論を差し挟む余地は無いのですが、僕はこの謙虚で立派な考えが今はア式の成長を妨げているファックな野郎だと思っています。

ア式の人は色々能力が高いのでつい理想を高く持ちすぎますし、また自省心が強いので自分を過小評価します。(ア式以外の色んなチームや組織を見た上で相対的な事実だと思っています)
個人として見れば理想が高く謙虚という素晴らしい人なのですが、組織の一員としてはファッキンです。

どういう事かというと
ア式の人は皆「サッカーがチームの中で抜群に上手く、かつ日々のコンディション調整なども怠らず、さらに勉強など生活面もしっかりやる」人間になるまでチーム内で発言すべきではないと思っている気がします。
でもそんな人は多分いません。(客観的にそうで見えていても本人はそう思ってない事がよくあります)
なので結局誰も何も言わない(言えない)パターンに陥ります。

「自分は立派じゃないので発言すべきではない≒自分は立派じゃないので発言しなくてもいい」理論の誕生です。

しっかりやってる人が何も言わない(言えない)ので、それ以下の人はより何も言わず(言えず)、結局主将・副将あたりの数人が必死に声を出すだけの状況はそろそろ打破しましょう。


自分が完璧な存在になるまで周囲への発信をしないストイック(?)な人より、自分が未熟だと思いながらも積極的に周りに発信し続ける人の方がどれほど大きな存在かは去年チームを支えて下さった光永さんを思い返せばわかる事だと思います。(光さんを未熟と言っているわけではないです!念の為!)

特に今年はヘッドコーチというある意味絶対的な存在がいない状況で、学生主体でレベルアップを目指す為には現役同士が強く要求しあう事が今までよりも重要になってきます。去年よりましという程度では全く意味を成さないレベルで必要なはずです。

榊原が2次メッセンジャーの必要性を先のfeelin…

新入生ウェルカム

もう三月に入りましたね!梅も咲いて、メジロも見られるようになり、春の訪れを感じます。という春らしい序文を用意していたのに、この土日は寒かったですね。冬じゃん。悲しいです。
 何はともあれ、新一年生もfeelingsを読んでくれている頃でしょうか。前期試験お疲れ様でした。後期試験がある方は引き続き勉強頑張ってください。風邪ひかないようにね!
 東大と言えば合格発表後の胴上げが有名ですが、今年は図書館工事のため、残念ながら本郷での合格発表自体が中止となってしまいました。しかし新入生の皆さん、諦めるのはまだ早いです。まずはア式の練習や新歓コンパに顔を出してみてください。帰りがけに先輩に頼めば胴上げくらいしてくれるはずです(たぶん)。そして東大女子の皆さん!私たちはスタッフ(いわゆるマネージャー)を大募集しています。グラウンド上でのマネージャーっぽい仕事のみならず、総務や学連で部外の人と話す機会もあり、パソコンで動画編集やホームページ制作等もでき、さらにはデータ入力などを通してより一層サッカーを楽しめるようになれます。元からサッカー好きな子はもちろん、全然知らない子でも大丈夫!必要なのは知識ではなく、やる気です。練習に来てくれる子はこちらまで連絡→4freshmen@todai-soccer.comもしくは新歓コンパへどうぞ。お待ちしています。

 さて、入学すると様々な部活・サークル・団体が新歓で声をかけてくることと思います。ア式蹴球部の回し者、というか部員としては、 「他の団体はいいから、ア式の新歓にだけおいでよ!」 ―(完)―
という感じでこの記事を終わらせたいのですが、正直なところ「色々な新歓イベントを回ってみてもいいんじゃない?」とも思います。団体ごとに雰囲気も目指すものも違いますし、いくつか回る中で大学生活を捧げるに値する集団に出会えるといいですね。その選択肢の一つとして、ア式蹴球部についても考えてもらえたら嬉しいです。勝利への熱い気持ちやそのための努力は他のどこにも負けない自信があります。そんな熱い集団で、一つの目標に向かって大学四年間突っ走る、素敵だと思いませんか?大学の部活であり、また特に今年からは「学生主体」を掲げているため、スタッフの運営面の仕事も一層やりがいのあるものになりました。受験期は勉強に一生懸命だっただろう新・東大女子の皆さん、大学では他のことに…

良薬は口に苦し?

去年の夏ぐらいからちゃんと継続して本を読むことにしています。今までは、半年ぐらいひたすら本を読んでいるかと思えば、一年ぐらい全く本を読まないこともあったりという気分屋でした。カリブが言ってた継続の大切さに、僕は半年前に気づいていたのです。(嘘です。ただ暇すぎただけです。)
折角なので、今の僕のfeelingを伝えるのに役立ちそうな表現をこれまで読んだ本の中から紹介しようと思います。




「精神的に向上心のないものはばかだ」(夏目漱石『こころ』)


この言葉がどういう文脈の中にあって、どういう意味があるのかという議題も人生観的な話で面白いのですが、ア式のfeelingsという場からはかけ離れそうなので控えときます。(興味がある人いたら話しましょう!)
物語上の解釈を気にせず、僕の今のfeelingにそぐう解釈をすると「ただ向上心を持っているだけでは足りない。『向上心に対する精神状態』を向上させないといけない。」となります。もともと向上心とは「心」という文字が入っていることが示しているように精神に依拠するものであり、「精神的な向上心」とは向上心の基盤である精神そのものを向上させようという心意気ということです。
わかりづらいので具体例で言います。「パスがうまくなりたい!」という向上心を持っている人がいて、この気持ちの強さ(どれほど真剣にパスがうまくなりたいと思っているか)が精神だということです。A君は口でパスがうまくなりたいというだけ。B君は口だけではないが、パスの自主練は漫然とやる。C君はより良いパスのためにはどうすればいいかを常に模索しながら練習中の一つ一つのパスにこだわる。D君はC君と同じような姿勢でさらに自主練にも励む。E君はC君やD君以上にこだわるポイントを見つけて、さらにより真剣に練習する。…
精神的な向上心には終わりがないようです。これを極めようとしたらその困難さのあまり、先にメンタルがやられてしまうと僕は思います。僕らは所詮アマチュアなんだから、極めるのは不可能だと割り切っていい。これを極めていける人がプロになるんだと思います。三浦さんや長尾さんの姿勢を思い出してみてください。
ただ、今のア式には「精神なき向上心」、「脆弱な精神の向上心」の持ち主が多いです。もちろん僕も含めてです。
というのが、今の僕のfeeling。何か解決策を思いついているわけではないし、…

南の国から

ルールールルルルー  ルールールルルルー

こんばんは篠原です。
投稿遅れてすいません。
今は学科の研究のため一週間ほどチームを離れて奄美大島に来ています。
宿泊施設は電波が入らないので雨の車中でテザリングしないといけないようなところです。コンビニバイトの時給が665円でした。

刺すような日差しが照りつけますが、日中は森にいるので涼しいぐらいです。何が言いたいかというと、ちょうどいいです。
東京の寒さと戻ってからの合宿におびえ、研究もままならない毎日です。


さて話は変わって、
僕は最高の離婚というドラマが好きでした。
特に真木よう子という女優が好きで、彼女が演じるあかりさんはある時、昔付き合っていたみつお君(瑛太)に「昔のあかりさんはもっと幸せそうだった。あんな夫(りょう君、綾野剛、浮気性)とは別れてあのころの本当の自分を取り戻したほうがいい!」と熱く語られます。

そこで彼女は冷たい目でこういうのです。

「変わってないんですね。
  死ねばいいのにって思ってました。」

この言葉にはぞっとしました。
そして、あの表情、まとっている雰囲気から繰り出されたその言葉はみつお君に突き刺さりました。
もしあれが俺に向けられた言葉だったらと思うと恐ろしく、実際みつお君もその後、
「いろんなことが、うまくできないんです。」
と自分を見失ったような目で言います。


言葉には使い方とタイミング次第で、その言葉の本来以上の力を持たせることができます。これは当たり前。
そうした言葉は人を奮い立たせるし、時には人を殺すかもしれない。
ミニゲーム大会での「そこ決めろよ!」と、練習試合での「そこ決めろよ!」は言われた本人にとって全く違う言葉になる。

ですが、誰がその言葉を使うか、は何よりも言葉に重みをつけるし、軽くもする。
前にマツケンも書いていたけど、添田や長尾さんが書いていたことを俺が言っても、それには何の重みもない。

今まで筋トレを最低限しかやってこなかった奴が数か月前にやり出して後輩に指導しても、それは響かない。自分がうまくなるのに精いっぱいだった奴が、幹部代になって急にチームのことに意見しても、その言葉には説得力はない。最高学年になってから自主練をマジメにやり出しても、サッカーに面と向き合えなかった頃の自分は否定できない。
そうすることが無駄というわけではないが、そんな言葉は届きにくい。