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来年に向けて

今年もあとわずかとなりました。皆さんは帰省して家族とともに紅白でも観ながら、来年の抱負を語り合っている頃でしょうか。
さて、僕の来年の目標は優柔不断な性格を直すことと主体性を持つことと、物知りになることと、サッカーが上手くなることです。
まず、優柔不断な性格を直すことと主体性を持つことはかなり近いことだと思いますが、どちらもかなり重要です。僕は昼飯一つでも迷ってしまい、決めた後は人のがうらやましくなってしまいます。また、流れやノリに任せて今年も沢山の失敗を犯してきました。また、主体性を持つことはア式の理念でもあるので、是非とも達成したいとおもいます。そして何より即決出来て、引っ張ってくれる頼りがいのある男はモテます。
次に、物知りになることです。最近知ったことだと小麦に含まれているグルテンは集中力を下げるらしいです。テニスのジョコビッチは小麦を食べるのをやめたから、世界一になったとも言われているそうです。僕も集中力を上げて、一段上のパフォーマンスを披露出来るようになるべく小麦を食べないようにしようと思います。因みにこの知識は最近、授業で会った外国人から聞きました。色々な所にアンテナを張るという意味でも、もっと色々な授業に来年は参加してみたいと思います。そして何より物知りだと女の子との会話に困らないのでモテます。
最後にサッカーが上手くなることです。これは他人とかは関係なく自分自身の問題です。より上手くなりたいという情熱を持って鍛錬を重ねるより他にありません。少しでもア式に貢献出来るように来年も頑張ります。

明けましておめでとうございます。
2年山岐豪憲

年末あんま関係ないや

いかがお過ごしでしょう。来年も2年の柿澤です。   書くことが思いつきません。お許しください。 ぼくの父
父も母もなかなかかわってます。が、今回の帰省ではとくに父がすごくはじけてるのでそれを紹介します。 ・さばてぃかる  昨晩帰省した瞬間から、父はうっきうきの上機嫌でした。留年を決めてしまっていたため、怯えながら帰省した僕にはあまりに意外。なぜだろうと思っていると
「来年はさばてぃかるにしたんだ」
と、よくわからない発表。これを何度も繰り返してきます。はじめは負けてはならないと受け流していましたが、結局検索してしまいました。
 サバティカルとは、使途に制限がない職務を離れた長期休暇のこと(Wikipedia)
え、まじすか
来年はさばてぃかるにしたんすか!
と衝撃を受けました。
そりゃー、留年に触れてこないわけだ…
ということで、父は来年働かないらしいです笑 ・人参  帰省するといつも、いろいろと仕事を任されます。車の掃除をしとけだとか、朝飯をつくれだとか、趣味の畑を手伝えとかです。そして今回は、おせちを作れというものでした。材料は揃っていましたし、COOKPADもあるので、大したことはないと思い、おせち作りに取りかかりました。田作り、数の子、黒豆を作り終え、次は筑前煮。こんにゃく、里芋、鶏肉など主だった材料は揃っているよう。しかし、どこを探しても人参がありません。 母に、
「人参、畑?」
と聞いてみると、そうなの…  と深刻な顔に。
父は  人参は嫌い  という理由で、作りはするのに持って帰ってはこないらしいです。 ・らっきー  柿澤家ではらっきーを飼っています。らっきーは16歳になろうとしている老犬で、父の溺愛を受けています。
昨晩父は、上機嫌のまま
「じゃ、おやすみー」
と、リビングを去りました。10時頃です。当然寝室に向かったものと思っていました。しかしその1時間後、寝ようかと部屋を出ると、隣接した玄関で父が寝ているのです。どうやら、玄関にいるらっきーを撫でているうちに寝てしまったようでした。そして、それを見つけた母が父に布団をかけていました。父と、寄り添って寝るらっきーをほほえましく思いながらも、これは普通のことなのかと、疑問に感じつつ、僕は寝室で寝ました。 今朝、寝ぼけつつ洗面所に行くと父が必死にタオルで体を拭いていました。らっきーのおねしょでびし…

とりあえずも大事

2015年も残り数時間ですね。

最近聞いた興味深かった心理学の用語で、「生理的覚醒による優勢反応の強化」というものがあります。 皆さんはこういう体験はありませんか? レポートを書かなきゃと思うほど、どんどんやる気がなくなっていく Feelingsを書かなければと思っても、後回しになってしまう これは「生理的覚醒による優勢反応の強化」という言葉で説明することができます。生理的覚醒とは、脈拍が上がった状態、緊張したり、興奮したり、気合が入っている状態のこと。優勢反応とは、自分の中で強く思っていること。つまり2つを合わせると、気合いを入れると、自分の中で好きなこと、やりたいことはもっとやりたくなり、気が向かないこと、嫌いなこと、ますますやりたくなってしまうっていうわけですね。レポートの例でいえば、レポートを書かなければ!と気合を入れるほど、本心ではめんどくさいと思っているので、やりたくないという気持ちが強くなってしまうわけです。

この現象はポジティブなことに対しても当てはまり、好きなことに対してはどんどんやりたい気持ちが高まっていくので、もう何の問題もないです。でも、やりたくないけどやらなきゃいけない時だってありますよね。有酸素トレーニングだって、ときにはやりたくないな~めんどくさいな~ってこともあります。(フィジコのみなさんごめんなさい….) こういう時はやらなきゃと思うよりも、とりあえず、と考えることがオススメです。有酸素トレーニングめんどくさいなぁ、でもとりあえず着替えるか、みたいにとりあえずできる行為までレベルを下げてみましょう。そうすればあとは勢いでなんでもできます。 この個人鍛錬期と題されるオフの間は、ゆるい気合も使い分けてトレーニングに励み、いいシーズンインを迎えたい、そう思いました。

ゴールセレクションも試験が終わったらとりあえず作り始めるので、我こそは、というゴールがあればぜひ言ってください 2年 北西純也

タラバガニはヤドカリなんだってさ

こんばんは。今年ももう終わりますね。金沢から京都に向かう特急サンダーバードで文章を書いています。出戸さん、金沢の市内は美人と良い麦の苗がたくさんのいい所ですね。大好きです。

年末だし、どうせつまんないグランプリ的なもの書くやついるんだろうなーと思ってたら、案の定、ア式ギャグ線低い王、二年連続ダントツ1位の大谷君が書きましたね。
予想外だったのは、自分が巻き添えくらって一緒に滑ってることです。 なんか捨てゴマみたいな扱いですよね、僕の部分。旅行とか、沢登の部分が彼なりのメインディッシュだとしたら、僕の部分はもやしをお湯で茹でてそのまま出したみたいな、味のない前菜になってますね。 メインも割とつまんないし。
この際だし、ア式のつまらない人をピックアップして、自分まで巻き添えくらって滑らないように気をつける対処法を書いていこうかなと思い始めました。 部内の人じゃないとわからない記事かもしれませんが、部内環境を整えるために書かせていただきます。
《一人目 吉岡龍弥》 特に3年生から圧倒的な指示を受けるスベり界のカリスマよしおさん。大掃除時の符さんとの部室レイアウトに関する口論は、部室掃除の皆に苦笑いをさせる暇も与えなかった。笑いを取りに行ったはずの符さんすら、真顔(してるつもりだが、変顔)にしてしまうという破壊力である。しかし、実は彼のギャグがたまに面白いと思ってしまうのは、僕だけだろうか。
【得意技…空気ノールックスベり】 彼は常に「違い」を作り出す。それもネガティヴな「違い」である。その秘訣は、場を「見ない」スベりなのである。例えば、場が和んでいるときに、一人憤慨していたり、DLで、一旦休憩の話が終わり、さあ再開しよう、という時に、もう一度笑いを取りに来たりするのだ。
【対処法…うまくあしらう技術を身につける】 彼がノールックで攻めてきそうになった時は、その前に流れを断ち切るのが常套手段だ。この手法は2年の国際的点取り屋、多田憲介が編み出した。よしおさんがもう一度笑いを取りに行きそうになった時、多田は「あー、おけ!」といって強制的に会話を終了させる。このノリは以外にも良く効き、よしおさんも笑顔になり話が終わることが多い。
《二人目 北山淳》 彼は面白くない、というわけではないのかもしれない。ア式の現キャプテンは、あまりにも真面目すぎるのだ。彼のサッカーにかける思いは他…

KYOKUGEN

12月31日大晦日です。

面白い特番が放送される時期です。今日は、様々なアスリート達がその分野における極限に挑戦するという番組が放送されており、その中でもラグビー日本代表の五郎丸選手とサッカー元日本代表の遠藤選手が、徐々に幅が狭まるポールとポールの間にボールを蹴り込んでいくというコーナーが興味を引きました。結局は五郎丸選手が幅50cmの間を40mくらい離れたとこから蹴り抜いて勝利したわけですが、途中で五郎丸選手があることを口にしていました。

「サッカーをやっていた経験が生きてます」

なるほど。ボールの形状なんかはラグビーとサッカーでは全く異なるけれど何かしら共通するコツなるものが存在するのか。ここでふと先日セパタクローのボールでリフティングをしたことを思い出しました。セパタクローのボールはサッカーのボールよりも小さく素材も全く違います。そのリフティングに苦戦していたところ、ゴブリンことア随一のリフティングマスターのH君が登場し、いとも簡単にセパタクローのボールを手懐けてしまったのです。なるほど。サッカーの技術が高ければ、セパタクローのリフティングもそれなりに上手にこなすことができるのか。きっと共通する何かがあるに違いない。

こうしたことはボールの扱いだけにとどまる話ではないと思う。一見サッカーとは関係ないスポーツや運動にはサッカーにつながる何かが隠されている。そんな気がします。息抜きがてらに、はたまた何かに行き詰まった時にはこうして視野を広げてみるのも面白いかもしれない。

良いお年を。
2年 直原

ア式大賞2015(2年)

2015年も残すところあと1日となった。こんな年の瀬に投稿するのは気がひける思いではあるが、何ヶ月も投稿を延滞させてしまっているので頑張ろうと思う。

まず、何を書けばいいのかまるで見当がつかなかった。真面目な文章も書けないし、かといって面白い文章も得意じゃないし。どうしよう。途方にくれ諦めかけていた12月30日。アメトーク5時間スペシャルの放送日。最後のコーナーであるアメトーク大賞2015を見ていてひらめいた。これだ。パクろう。

というわけで、アーシーキ大賞2015(第2学年)を発表します。
流行語部門・反省部門・事件簿部門の各1位と、年間のグランプリを1名を発表します。



流行語部門1位


【「安心してください、はいてますよ。」 by清水泰之】
栄えある流行語部門1位は、2年のお笑い界のカリスマ清水が夏合宿の締めで披露した渾身のネタである。あまりの完成度の高さゆえ、記憶に新しい部員も多いだろう。清水の健闘もあり、このフレーズは日本の2015年流行語大賞トップ10入りを果たした。ちなみに、とにかく明るい安村を忠実に再現するためにと、清水は脚の付け根付近の毛を全て剃ったのだが、最近になってその反動で剃ったところの毛が異様な生え方をしてきて困っているらしい。






反省部門1位

【松本事件】
この松本はさすらいのギター弾きまつあやのことを指しているのではない。(彼女にまつわる事案も多々あったが、かなり長くなるのでここでは省略する。)
松本とは長野県の松本市のことである。オフ期間を利用して松本に旅行に行った2年の数人の「男」が、「漢」になって帰ってきたという事件だ。放送コード上詳しい話はできない。名前も出せない。ただ、彼らは1万円で漢になった。1万円という価格からお分かりの方も多いだろうが、それはそれはおぞましい卒業旅行となったようだ。ちなみに、時期は違うが夏に1人、秋に1人北海道で漢になった人がいる。なぜ旅行先でそのような発想に至るのか、「男」の僕には到底理解できない。よく頭を冷やして反省してほしい。






事件簿部門1位

【柿澤、突然の留年】
それは余りにも突然だった。ある朝Twitterで「心理Ⅱのテスト、遅刻してうけさせてもらえてない💦じざお」と、まるでJKが日常を呟いているかのようなTweet。そしてその約1時間後、「留年だわ」。

戦慄が走った。どういうことだ。柿澤が留年す…

オフサイドはなぜ反則か

オフサイドはなぜ反則か。
考えたことはあるでしょうか?
「ゴール前に待ち伏せされたらゲームが冗長になるから」
まぁ、それはそうでしょう。でもなんかこれでは反則だから反則、といったようなトートロジーに陥ってる気がしてなりません。
そんな疑問に大まじめに答えてくれる本に出会ったので、それについて書きたいと思います。
その名もまさに『オフサイドはなぜ反則か』(中村敏雄著)

フットボールにおいて何より重要なのはゴールまでボールを運ぶこと、その上でオフサイドというルールは極めて不合理なものに思われる、なぜそのような規則が生まれたのか、と著者は疑問を呈し、中世のイングランドまで歴史を遡り、それを紐解いていきます。

もともと中世に行われていたフットボールは一種のお祭りのようなものでそれほど頻繁に行われるものではなく、しかも街全体をフィールドとして、これといったルールもなく、住民が皆参加して一日中行われていたものでした。
しかし度重なる国王の禁止令によって徐々に街全体から広い空き地へとそのフィールドを移し、少しずつフットボールはその形を変えていきます。
決定的となったのは、パブリックスクールの登場によって、若者たちがそれまで空き地で行っていたフットボールを、より限られたスペースの校庭で行うようになったことでした。
特につねにフィールド全体を見渡すことができるという点が、大きく変わりました。それまでは街全体ではもちろん空き地でのフットボールでも、一度に全体を見渡すのは難しいのが普通でした。
そして、それまでのフットボールではなかなか点は決まらず、一点先取のゲームで、勝敗というよりはむしろ祭りとしてのゲームを長時間享受ことが重要でした。しかし校庭のフットボールでは、ゴールが近づいたために得点が決まりやすくなり、せっかくの楽しみがすぐに終わってしまうという問題が発生します。
さらに当時のフットボールグランドは明確なライン引きがなく、境界が曖昧だったため、周りの観衆に紛れて試合の密集を離れ、ボールを受けてゴールへ向かうといった勝利主義的な行動が出るようになりました。そこでオフサイドというルールを設定しそうした行動を防ぎ、ゲームを長時間享受することを保証しようとしたのです。

つまり当初のオフサイドとは当時のフットボールの特徴であったスクラムを抜け出して、そこから離れてボールを受けて得点を挙…

ア式女子3年目、サッカー人生2年目

はじめまして、女子部1年の横堀と申します。

 運動未経験にも関わらず五月にいきなり入部し、なんとかついていこうとする中、不注意からけがをしてしまいました。入部してからというもの「とにかくやるしかない」ものであったサッカーが、どれほど自分の中で大きいものになっていたかに気づかされました。
 そんな中、ここ数日、ア式女子についてじっくりと考える機会に立て続けに恵まれました。

 まず金曜日に、関東大学女子サッカーリーグの表彰式がありました。1部リーグの将来プロになるような方々と同じ空間にいられて刺激を受けると共に、自分たちの立ち位置について考えさせられました。女子サッカーはまだまだ小さな世界であり、発展のためにも大学女子サッカーの裾野がもっと広がる必要があります。東大も「サッカー選手にはならないが、大学で真剣にサッカーをやる」という大学サッカーのひとつのあり方を体現するチームとして、貢献することができるはずです。そのためにもまずは東大の部員だけで試合に出られるようになった上で、もっと強く大きなチームにならなければなりません。

 土曜日には、理事を務めて頂いている大里さんのもと、チームビルディングミーティングが行われました。
次期主将のもとチームの目標を確認し、イメージを膨らませたり具体化したりする作業をする中で、理事の大里さんが繰り返し「意識は変えられない、変えられるのは行動だけ。とにかくTo Doに落とすこと」とおっしゃっていました。

これはその後ア式の納会に参加させて頂いた際、前主将の花嶋さんが仰っていたことにも通ずる部分があり、これからの自分の一番大きな課題であると感じました。花嶋さんの「弱点を洗い出して満足するのではなく、もっと明確に何で勝負するのかまで突き詰める必要がある」という旨のお話も、リーグ戦中の状況、ひいては自らの現状を言い当てられたと感じました。
    納会ではポジティブな発見もありました。女子部は男子部の方々やOB,OGの方々に支えて頂いていることで成立しているのだということを、再認識できました。ア式蹴球部という歴史ある大きな組織の中の女子部として、もっと誇りを持ち、貢献できるようになりたいと思わされました。

 とりとめもなくここ数日感じたことを書いてしまいましたが、まとめると、ア式蹴球部女子はもっと大きく強くならなければならないということ、そしてそのためにも…

とあるテクニカルスタッフのひとり観戦日記 ~高円宮杯チャンピオンシップ編~

イメージ
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高円宮杯U-18サッカーリーグ2015 チャンピオンシップ
鹿島アントラーズユース  vs  ガンバ大阪ユース
(プレミアリーグEAST王者)  (プレミアリーグWEST王者)
13:00 kickoff   @埼玉スタジアム2002

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U-18年代日本一を決めるこの試合。

今年は東の王者:鹿島アントラーズユースと西の王者:ガンバ大阪ユースが相見えることとなった。

奇しくも一か月ほど前に行われたナビスコ杯と同じカード、同じ会場である。

この時は鹿島が勢いで圧倒し、ガンバは何もさせてもらえなかった。

今年の鹿島ユースは堅守を武器に一点差で勝ち切る試合を積み重ね、市船・青森山田・大宮ユースとの激しい首位争いを制して、この舞台にたどり着いた。一方のガンバは一試合平均2.5得点という圧倒的な攻撃力で西の王者として強烈な存在感を放った。

チャンピオンシップが始まって以降、一度も優勝経験がない両チームの戦い。

ファイナルラウンドを制すのは果たしてどちらのチームか。


試合前

浦和美園へ向かう電車の中は、がきんちょたちの騒がしさが際立っていたが、案の定会場は「U-18年代」で埋め尽くされていた。メインスタンドからの風景はこんな感じ↓


公式発表によると、入場者数は1万2986人とのこと。

鹿島の応援団は結構来てましたねぇ


前半

鹿島ボールのキックオフ。

フォーメーションは、鹿島がアンカーを一枚置いた4-1-2-3、ガンバがオーソドックスな4-4-2。

開始5分以内に両者とも一本ずつ決定機を迎えるが決められない。

序盤は審判が多めに笛吹いているなぁという印象。ラフな試合にならないように配慮しての事だろうが、ファール回数が多く、攻守もころころ変わり、落ち着かない展開が続く。

15分あたりから徐々にガンバがポゼッション率を高める。ボランチ7番の市丸(←プレースタイルも背格好も遠藤そっくりのキャプテン)を中心に落ち着いてボールを回し、右サイドハーフ8番の堂安による突破から何度かチャンスを作る。

一方の鹿島はアンカー5番の千葉(キャプテン)を中心に強固なブロックを築く。個々の守備力が高く、統率も取れているので、相手にボールをまわさせるが、簡単には突破されない。ただ、自陣深いところで回されて…

あるいはそうかもしれない

僕は部室までの道を自転車ですごい勢いで駆け抜けた。夜の道はやたら寒くって、口から漏れ出る白い息が僕の後ろへ流れていった。
やっとの思いで部室にたどり着くと、僕はさっと扉を開けてすべりこむように中に入り、二階へ駆け上がった。

僕は絶好のタイミングで部屋に着いたようだ。僕が部屋に入ると彼はちょうどパソコンに一通り文章を打ち終わり、一息ついていたところだった。

「意外と早かったやん」と慣れないスーツを着ている彼は言った。
「まあな」と僕は言って、鞄を机の上に放り投げた。「全速力で向かったからね」

二階の部屋には彼の他に、もう一人作業をしている女の子がいた。彼女は僕の方を振り向いたが、僕を見てお疲れ、とだけ言うとすぐに振り返ってパソコンを見つめた。やれやれ、僕にはまるで興味が無いようだ。実際、数十秒後には僕がこの部屋にいることなんてきっと忘れているだろう。

僕が上着を椅子にかけながらゆっくりと座ると、彼も同じようにゆっくりと斜め前の椅子に腰をおろした。
「さてさて、どないする?」改まって彼は僕に尋ねた。

彼の関西弁とはもう三年近い付き合いだけれど、初めて会った時はひどい違和感だった。僕は長野で生まれて神奈川で育ったから、関西弁を喋る友達なんてほとんど初めてだったんだ。その時は関西人はみんな面白いことを言うんだとばかり信じ込んでいたけど、今となってはそんなことはぜんぜん思わなくなったね。

そんなわけで僕は起動したパソコンの画面をおもむろに彼の方に向け、システムについて説明をはじめた。システムは文系の僕でも簡単に使いこなせるものだった。僕達が導入するしないにかかわらず、そのシステムは十分に魅力的なものであった。

「意外と簡単やな」と彼は言った。
「ああ」僕は頷いた。「みんなが使うかどうかはまた別の話だけどね」
「いや、でも真面目な話、いけると思うで」
「いける?いけると思うかい?確かにとても良いシステムだとは思う。けれどこのシステムは完璧だとは思えない。」
「完璧なシステムなんてもんはないで。完璧な言葉が存在せえへんようにな」
彼は興奮気味に言った。わかるような気がすると僕は言ったが、その本当の意味が理解できたのはそれからずいぶん後のことだった。

「とりあえず」僕はパソコンを閉じて彼の方を向いた。「試しに僕達だけでやってみよう」
「せや…

東西勢力圏

ア式の部室の一階は大きな棚を境に二つに分かれている。部室の入り口から入って手前の方が西側で、奥が東側(農学部グラウンド側)と命名しよう。みんな毎日部室を使っていると自然と自分の荷物を置くところは段々と決まってくる。例えば私なら東側のベンチに置く。そこが混んでいたら通路側に置く。しかし、荷物を置く場所は少しまちまちでも着替える場所は絶対に東側の奥側である。周りに気配りのできる人間である私は、ア式の可憐な女子スタッフに自分の着替えを見られることは忍びない。入り口は閉まっていないことが多いので、通路側では着替えないのである。


一年の多くは通路側に荷物を置く。部の慣例で一年はそのあたりに荷物を置くことが暗黙の了解なのだ。やはりこの事実から通路側は不便であることがわかるであろう。この不便さに少し気づいた一年は東側に避難するのだが、一年の中でたった一人西側(入り口手前側)に堂々と荷物を置く者がいる。そう、ゴリラ界の貴公子、糸谷歩である。さすが糸谷、普段の図太さはこういったところに表れている。

私は快適な部室生活を送るため、以前から自分のポジションをどこにとるべきか考えてきた。自分のロッカーが東の奥側にあるため、東側の奥側のイスを自分の勢力圏にすることがベストである。しかし、この勢力圏にはア式が誇る二大エース、長久保さんとただけんさんが存在する。新米FWの自分には無理だ。私は早々に諦めた。ならば西側奥のベンチ。そこも快適に過ごせるはずだ。しかしそこはア式の守備の要軽部さんが守っていた。私は早々に諦めた。そういうわけで自分は一年の多分に漏れず東側、通路側を勢力圏にしている。

しかし東側奥のイスへの夢は捨てきれない。そこで私は先輩がもう帰っていたり練習していて部室に来ないような時は荷物を移動してそこで着替えている。教頭が校長室のイスに校長がいない間に座っているような感じである。気持ちとしてはそれと同じだ。やはり快適、気持ちよく着替えていると、たまに来ないと思っていた先輩がやって来る。そういう時は自分はそそくさと元の場所に帰る。別に先輩はどけなどとは言わないのだが、こういった小さなことが先輩の機嫌を損ねうることを知っている私はすぐに退くのだ。

快適な部室生活への闘いはまだ終わらない。次の政権交代の時こそポジションを確保してやるのだ。私の野心は尽きることはない。

小さいな俺。 一年 F…

新人戦を終えて

1対6。いや、差はそれ以上にあった。相手は途中から遊んでたし、大人と子供が試合しているかのようだった。悔しい。情けない。


新人戦の初戦、東京大学は立正大学に1-6で大敗した。
オフが明けてからの2週間、大きく成長しなければ未来がない僕たちは、必死で練習した。はずだった。奇跡の一部昇格が決まり、立正大学は来季リーグ戦でも試合をする相手となった。負けていられない。そう思って試合に入ったものの、結果は大敗。これが現実だ。

沢登の負傷で実質的に新人戦で主将を担うことになった僕は、誰よりもその悔しさを感じていた。自分はキャプテンとして何もできなかった。

次の週から、これまでにないくらい自分にも他人にも厳しく練習した。
チーム全体としても、そのような雰囲気があった。
第2戦、日大生資戦。2-1勝利。
第3戦、東農戦。2-1勝利。

時間を経るにつれ、確かにチームは成長していったと思う。ただ、最後の2試合に関しても、僕はキャプテンとして何かができたわけではない。僕自身、チームを引っ張る存在としてもっと成長していく必要があると感じた。しかし、ここで一番言いたいのはそういうことではなく、何が結果を変えたのか、ということだ。


立正戦、必死でもがいてもイマイチ味方が同じ気持ちでいてくれてる自信がなかった。添田さんや花嶋さん、淳さんが抱えてきた苦労がほんの少しでもわかった気がした。そして、自分が紛れもなくその「気持ちが出てない味方」の一員であったことに深く反省した。
一方、日生戦と東農戦はみんなの気持ちが一つになっている感覚があった。びびってるやつなんて1人もいなかったし、誰もが勝利を一心に目指している感覚があった。常に勝利のために走り、考えていた。

何が一番違ったか。
それは、
「選手個々人が勝利のために今何をすべきかを考えて体現していた」
というところだと思う。
サッカーにおける気持ちの現れ方は、こういうものなのだろう。上に書いた通り、僕はキャプテンとして何かができたわけではない。時には他のメンバーに引っ張ってもらった。それでも勝つことができた。
選手個々人が自分のすべきことを常に考えて行動すれば、キャプテンの仕事はこうも少ない。逆に、自分で考えず人に言われたことをやるだけの人間が多いほど、キャプテンの仕事は多くなる。当たり前のことだとは思うが、それぞれが考えて行動することの重要性を…

僕とフロムと、山本耕史

ガムシャラに、運動量、なんて自分に都合よくサッカーをしてた自分が、「考えてプレーする」ことと向き合って気がつくのは、そもそも何を考えるべきか、どう考えるべきか全然理解していなかったということ。恥ずかしながらそこそこのレベルなら常識のことも知らなかったり、、
まず「どうすべきか」その定型を理解していなければ考えられるはずもない。
まだまだ不十分ながらようやく大学生になって、ア式に入って、山口と話して、星さんに教わって、考えること、そしてそのために「学ぶ」ことの重要性を痛感し、意識し始めています。



最近、たまたま、気分でフロムの「愛するということ」を読んだ。圧倒的成長を期待して読み進める。
彼は言いいます。愛は技術であり、対象の問題でなく愛する能力の問題だ。ではどのようにして技術を習得するかーー「理論学習」と「習練を積むこと」。
習練?結局そうか、童貞はおよびでないのか、と本を投げ捨てそうになる。衝動を必死に 制し、読み進める。
どうやら、習練に必要なのは「規律」「集中」「忍耐」そしてもう一つ「その技術の習得が最大の関心事であること」らしいです。
結局サッカーも(フロムの言う)愛することも同じだな、なんて思いました。理論を知らなきゃ意味ないし、サッカーを上手くなることが最大の関心事でなければ自分よりも上手くて強い人に追いつき、追い越せるはずがない。
気がついたらサッカーのことを考え始める。別に習練をつめないから愛する技術の習得を諦めたわけではないです。最大の関心事でないから仕方ないという考えです。いや、本当に。
理論を知った上でやはり全力でサッカーに捧げなきゃ上手くなるわけないですよね。




よく、押してダメなら引いてみろ、なんて言うけど、自分には全く当てはまらないと思います。
そもそもこっちに対してそんな興味ないから。引いたら終わり、ただただ忘れられるだけ。無理そうなのに押し続けるのは、周りから見たら、特に早めに見切りをつけて切り替えた人や自分よりずっと上の人々から見たら無様、滑稽に見えるかも。
でも引く暇なんてないですよね。
大怪我してDLにいるのに来季出場目指して、大真面目に早期復帰の話をして筋トレするやつがいるのに。今なかなか難しい立ち位置にいて、ア式にいる意味を考えさせられてなお、きっとまた上を目指して戻って来るだろうやつがいるのに。返事がなくても40通の手紙…

最近考えたこと。




もう3年の冬か。1年後の今頃は、何してるのかな。授業の単位もとれて、就職先も決まってたら、グラウンドにはもういないんだろうな。卒論を必死に書いてるのかな。旅行で海外とか行ってるのかな。まだバイトしてるのかな。




いろいろ考えたけど、1年後の今頃自分が何をしてるのかは全く予想がつかない。




ア式はどうなってるのかな。都リーグ1部でどんな1年を過ごし終わってるのかな。昇格か、残留か、降格か、どれになったんだろう。LBセカンドは、社会人リーグ3部でも戦えたのかな。おにぎりは続いてるのかな。




1年後のア式も、どうなってるのかは予想がつかない。







というか、考えたところで1年後だろうが何年後だろうが、言ってしまえばすぐ明日のことですらわからない。未来の自分やア式がどうなってるかなんてわからない。予知能力持ってないし。







でも、未来は本当にわからないんだろうか。







よく考えたら、未来は独立したものではなくて、1年後であれ何年後であれ、どれだけ先の未来も必ず「今」とつながっている。「今」が、何百個、何千個、何万個…とつながって、未来になる。




ということは、1個1個の「今」がわかれば、未来もわかるんじゃないか。




「今」1つのパスミスにこだわれる選手は、未来には「今」1個分パスミスが減っている。




「今」筋トレで、辛くても諦めないでラスト1回バーベルを挙げられた人は、未来では「今」1個分体が強くなっている。




「今」誰かと会ったとき、「こんにちは」と、迷わず挨拶を言えた人は、「今」1個分ア式が魅力的なチームになることに貢献している。




たかが「今」1個分だろうと思って、「今」サボると、次の「今」は1個前の「今」とつながっているから、「今」どうしがどんどん影響しあっていって、最後には未来にまで影響してしまう。




結局、未来が上手くいくようにするには、ちっちゃなことでも「今」を1個1個しっかりやることが大事なんじゃないかな、と思う。




3年の冬になって、引退までの残りの「今」の個数があと1年分しかないんだな、ということに気付いた。1年後に笑っていられるように、残りの1年間、「今」1個1個をしっかりやっていこうと思った。







このfeelingsを書いている途中に、小さい頃好きだった元日本代表の宮本恒靖が、「今を生きる」という言葉を大切にしているということを思い出した。


昔は、「宮本、カッコつ…