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あれから1年

高校生のころは、色んなことに一生懸命になれた 習い事に、部活に、体育祭に、そして勉強に 毎日毎日、よく継続していたなと思う 特に、勉強
大学生になって、気付いたのは 高校生のころは、 環境に甘えていたということ みんな頑張るという雰囲気があったから、何事にも一生懸命になっていたのかもしれない もしかしたら、私はその程度の人間だったのかもしれない その証拠に、大学生になって、自分で自分の生活を管理するようになって とにかくいろいろなことがめんどくさくなった 今思うと、めんどくさいというのは単に私が逃げていただけで、 高校生のころは一応、優等生で通っていたけれど ここは、やっぱり東大で 俗に言う天才とか、血継限界とかたくさん見て 本気を出すのが怖くて、 本気を出して、自分がその程度だったって分かるのが怖くて、
やっぱり今も、少し斜に構えてるところはあると思う だけど、大学生なりたてのころよりは 高校生だったころの自分を前にしてもら 恥ずかしくないくらいには 本気になれるものを見つけられたと思う
先輩にならって、私もチャクラで考えてみる まず、チャクラには身体エネルギーと 修行により蓄積される精神エネルギーがあり その2つを調合比率を考えて練りあわせ 術者の意思である印を結んで、はじめて術が発動する 私にとっては、精神エネルギーとは本や先輩から得た知識のことで 身体エネルギーとは自分自身がもともと持っている知識 調合比率を考えて練りあわせるから 本や先輩に頼りきるのでもないし、自分の知識だけで突っ走るのでもない そして、 意思である印、つまり、私自身の強い意志と覚悟を常に持って はじめて、トレーナーの仕事が務まるのだと思う
私の先輩は、外的要因である自然エネルギー、つまり 選手からのら信頼を得て、常に仙人モードになっている
いつか、私も、仙術を使えるように、 信頼を得られるように、 精進していきたいです。よろしくお願いします。
新2年 伊東奈央

考えること

プレー中に何を考えているのか。
考えて闘うことがア式の哲学であるが実際に試合中にいつ何を考えているのだろうか。掘り下げていけばどこまでもややこしくなる気もする...ので、まあなんとなくプレー中の考えることから判断ミスについての雑感。

まず何を考えてプレーしているのかということ。もちろんプレー中に夕飯のことだとか実験のレポートのことだとか気になるあの子のことだとか超弦理論のことだとか...を考えているわけではない。(実際にはたまにそういうことを考えているときもある。が、そういう時はたいていその'冷静さ'や'余裕'でうまくプレーできている。) そうではなくて、プレー中に考えていることは、どこでボールを受けるかいつ動きだすかどんなパスやシュートをするかといったこと。もう少しマクロな視点では、チームとしてボールをどう動かしてゴールに迫るか、試合の流れを読んでどう試合を運んでいくかということなどかな。

ワンプレーに関してもう少し列挙すると
味方、スペースを考慮したポジショニング
動きだすタイミング
受けてからパスまでのボールタッチ
相手の逆を取るためのフェイント
次にパスを出す相手
パスの質
...

いつも全てを考えているわけではないしこれだけでもないと思うけどだいたいこんな感じか。もしかしたらとワンプレーに関しては考えているというより感覚的にプレーするのに近いかもしれない。オフ・ザ・ボールの時に次のプレーの構想をすることはできてもオン・ザ・ボールの時にはあれこれ考えている時間はあまりないことが多いと思う。そういう意味でワンプレーに関してベターなプレーを選択できなかった時は感覚的にうまくないなと思ってしまう。

オン・ザ・ボールの短時間のなかでより良いプレーをするためには頭でプレーするよりは反射的に体を動かさなければいけない。誰もが外から見てればミスだと思う判断ミスもいざピッチでプレーしている人からすればそのミスを上手く避けられなかったりする。その要因の一つがその感覚的な下手さかなと思う。レベルの高い人がするセオリーのようなプレーができないことに起因するとでも言えるかな...  他のミスの要因には、周りが見えていないこと、さらに一つ先のプレーを予測できていないことなどがあると思う。後者についてもよく思うことだけど、自分のプレーがあたかも'成功'している…

I thought ...

僕の仕事は練習中にバランスボールにすわって休憩することではありません。

はい、たまには真面目なことを伝えたいとおもって遅ればせながらこのfeelingsを書いています。

これから書くことは新4年の一員としてでも、学生スタッフの一員としてでもなく、一部員としての思いであることを断っておきます。

まずAチーム。
あっというまにリーグ戦が開幕すると思います。
何が何でも結果を出そう。
今シーズンがこれからの東大ア式の躍進の第一歩だったといえるように。
常に勝たなければならないといういままで味わったことのないプレッシャーを乗り越えれば部として一つ壁を越えられるんじゃないかと勝手に思ってます。

サッカーに関してはみんなに偉そうなことはいえないけど、チームの一員として、また少し離れたところからみんなをみている一人として、客観的に見て少しずつみんながチームとしてよくなっていると感じているということだけ伝えておきます。

開幕までコンディションに気を遣いながら、良いトレーニングを積んでいきましょう。
いまできるのはしっかりとした準備。
練習はもちろんアップ、ダウン、off the pitch、細部までこだわっていこう。

さてそれ以外の選手たち。

みんなは現在のところサッカーではチームに貢献できていないということでチームに対してどうやって貢献するかを考えさせられた、または考えさせられているでしょう。

まあこの難しい問いについて悩むのはみんなより先輩だと思うので考えるヒントにでもしてもらえればいいかなと思います。完全に個人的な考えなので批判は甘んじて受け入れます。

選手として限界を感じ始めたころに考えたことがある。
このまま選手としてやっていて、引退してからとか大学生活を振り返ったときに自分の4年間が誇れるものになるか?ということ。
せっかく貴重な4年間を捧げるんだからやっぱり自分は○○という形でチームに貢献できた、影響を与えた、といえるようにしたいなとおもったわけです。

もうひとつ考えたのが、自分がどうやって成長していくかということ。
これはサッカーとか関係なく一人の人間としてって部分の話。
選手だったときは試合に出たい、そのために部の仕事は邪魔になるからやりたくないって思ってた。自分がうまくなることで精一杯。チームの勝ち負けとか練習の雰囲気とかどうでも良い。自分さえうまくなれば。こ…

執念

僕の最近のフェイスブックのタイムラインはもっぱら大学の卒業式の写真で埋まっている。現役合格の友達は来月から社会人だ。今まで全く意識していなかったが、改めて自分が一年遅れていることを実感した。これから大学院もいくとなると自分が社会に出る頃には奴らは社会人3年目を終えていることになる。ゾッとする。

 窮地に立たされ苦しんでいるBチームとは対照的に最近調子のいいLBセカンド。 彼らの快進撃を見ているとモヤモヤしたものが心の中に渦巻く。 チーム全体から声が出ていて勢い試合を自分たちのペースに持っていってしまう。 筑波医学部との練習試合の時もそうだった。うまくいかなかったBチームをよそにLBセカンドは得点を重ねていった。 彼らの活気あふれる試合、その勢い、そしてその試合を見て盛り上がる周囲の観客を、僕らはにがすっぱい顔で見ているしかなかった。
 サッカーは勢いが全てではない。 ただがむしゃらにやればいいというものではない。 どんなに猛然とプレスをかけようと、タイミングを間違えば簡単にかわされ逆にピンチを招くかもしれない。 頭に血がのぼって周りが見えなくなれば、自分たちを見失いゲームをコントロールできなくなる。 冷静に、落ち着いて、視野を広く。慌ててしまってはより良いプレーが選択できない。
 いや、でもやはり、必死さ、がむしゃらさはサッカーの大前提として必要であるはずだ。 プレッシング、ルーズボール、競り合いなどの場面において、なんとしても自分らのボールにするという気迫、執念。 それが大前提としてあった上で、頭は冷静に、視野を広く、ゲーム全体を見るべきなのだ。
 最近は、頭を使う、常に考えてポジションをとって、距離感を意識して、あらかじめパスコースを探して、常に次の準備して……考えることに意識が集中していた。  でも、思えばそうなのだ。 球際の激しさ、気迫、ボールに対する執着心。 そういった大前提がおろそかになっては、そういった場面で一人一人が闘えなければどんな試合も勝てなくなってしまう。 最近の自分、そしてBチームにはまずそこが足りなかったのではないか。

 ここ最近になって、ひとりひとりの意識も変わってきてやっといい方向に向かい始めている。 今日勝てなければ、Bチームとしても、A

同期について

最近暖かくなってきたと思いきや、いきなり冷え込んだりと気候が安定せず困っています。
どーも新2年の尾上です。
昨日は母校の後輩含め、5人もの新入生が練習体験に来てくれて、ついに僕らも先輩になるのかと身が引き締まる思いです。特に同期に言いたいのは、〜などとまじめなことを書こうとも思ったのですが、以前2回分の自分の投稿で自身の文章力の欠如に気づいたためやめときます。
そこで新入生たちに僕らの代の人間をなるべく早く覚えてもらいたく、同期の簡単な紹介をしようと思います。

名前(あだ名)
紹介

大谷 尚徹(おおたに、なお)
足が速い、日比谷の元主将。常にいじるキャラでいようとするが、気づいたらいつもいじられている。伊藤奈央の加入により最近あだながゆらいでいる。好物は唐揚げ。

岡崎 恭直(ザキ、ゴリ、イカ東、実際、ジェネシス、まみこ)
大概身体のどこかにけがを抱えていて、コンディションが万全なことがない。ザキbotというものが高校時代から存在するほど、迷言が多い。初対面の会話で違和感を覚えたあなた、正解です。

柿澤 朋宏(かきざわ、かき)
入部当初はまじめでアツいやつだと思われていたが、合宿最終日以降、相当ふざけたやつではないかという噂が広まった。入部した目的が伊藤奈央を追いかけたためという噂が一時期流れたが、どうやら嘘だったらしい。

河野 勇介(yuusuke)
関西弁の外人。非常にフレンドリーだが、大半テキトーである。様は外人。大学生の遊びについて彼に聞けば、不足はないでしょう。現在休部中。

北西 純也(じゅんや、じょん、すたみな太郎、きんにく)
新2年要注意人物の一人。でしゃばりで、思った事をすべて口に出す。イベント事には自慢の嗅覚で嗅ぎ付け、出没する。また、大の女好き。天敵はgenki。

工藤 航(わたる、るんるん)
湘南からやってきた両利きのボランチ。一見まじめで大人しくみえるが、全然そんなことない。相当ふざけたおしている。動画制作に長けていて、ザキのビデオは新入生必見。

沢登 孝介(のぼり、のぼお)
彼ほど、自分の評価を自ら下げることのできる人間はいないだろう。持ち前のルックスをよそに、大のAKB好きで未だに秋葉原に通っている。山健を奴隷のように扱い、直原をよく殴っている。

直原 奨(じき)
新2年ヒエラルキーの最下層。顔が老けていて、床屋ではサラリーマンとよく間…

がむしゃら

最近、日中は暖かくなって春らしくなってきましたね。春というと、きれいな青空の下に桜が咲いていて、すてきな人と新しい出会いが…なんてことを期待しちゃいますが、残念ながら僕にとって現実の春は花粉症によって鼻が詰まり肌が荒れる季節にすぎません。
さらにこの間、コンタクトレンズをつけていたら花粉が原因で目が痛くなって、一時的に前が見えなくなりました。コンタクトをつけていて特にドライアイの人は試合中に前が見えなくなったりしたら大変なので目薬をさすとかして、気を付けてください。これも一つのコンディショニングだと思います。
それでも、天気がいい中で街中を走ったりすると気持ちは晴れ晴れするので、春はやっぱりいい季節ですね。


サッカーについて最近感じていることを書くと、なんか充実してるなと感じることが増えました。
「練習する時間が減ったのに何で充実してるんだ?」と思う人もいるかもしれません。たしかに、全体練習をする時間は減りましたが、逆に言えばその分の時間を自分の好きなように使えます。フィジカル班として、もし毎日練習があったらできないであろう実験的なことができるし、本屋に行っていろんなスピードトレーニングの本を何時間も読むこともできます。
おそらく、自分のこれまでの2年近くのア式での暮らしぶりを考えると、もし練習量が変わっていなかったらフィジカル班としての仕事をする余裕は生まれなかったのではないかと思います。そういう意味では、ア式を強くするために行った体制変更は、今のところ間違ってなかったのではないかと僕は思います(本当に間違っていなかったかどうかはスポーツのチームである以上1年後の結果でしか測れませんが)。



次に、LBセカンドの活動の中で感じたことを書くと、今はそれなりにうまくいっていて、うれしく思っています。うまくいっている要因はいろいろあると思いますが、その中の一つで実は大切なんじゃないかと思うことが「がむしゃらさ」です。がむしゃらというとあまりいい印象を持っている人は少なくて、「ただボールに突っ込んで行ってるだけじゃ試合に勝てない」と思っている人は多いはずです。たしかに技術面で上の相手と戦うと突っ込んで行ってもかわされることが多いかもしれません。ただ、実はがむしゃらさもサッカーでは技術ほどではないにしろ大事な要素なのではないかと僕は思います。


例えば、チャンピオンズリーグに出て…

どうもこんにちは

どうもこんにちは。

この時期新入生が割とこれ見るらしいですね。なので、新入生向きにいくつか言っておくと、まず、受験お疲れさまでした。また、合格おめでとうございます。多分、これからサッカーをまたやろうかと思っている人が大半だと思います。体力など落ちてるかもしれませんが、そういう事は気にせず、まずはサッカーの楽しみ方から思い出してってください。その上で、入部したい人は共に頑張っていきましょう。


次に普通のフィーリングス。

多分グダグダなフィーリングスになるんだろうけど、そこは先に開き直って書いていこうと思います。

最近は、チームの運営に関わる事ばかりで、特にサッカーをしていません。やりたいんだけど、脳震盪のせいです。結構長い事症状がとれず、苦しんでます。ガチで気をつけた方がいいという事を、渡辺さんによる講義だけでなく、身を以て体験してます。本当に、残念。。。

それはおいておいて、運営の方はというと、最初はどうなるか全く掴めなかった、LBセカンドも謎の快進撃を続けています。感嘆。本当に大事な物は何だろうと、考えさせられます。週3になることで、解放されて、上手くなっているのかもしれません。でも、実際、ボール回し等を見ても、他のカテゴリと比べると、こっちの方が上手いなとは決して思えません。でも、何か、勝とうという意思だったり、言葉では説明出来ないような、ものを全員で組み合わして頑張っているというそんな気がします。

本当にサッカーをやっていく中で、練習していく中で、大事な事は何かを考えさせられます。別に、自分なりの答えをここで書くつもりはありません。が、今のこの状況を率直に自分がどう思っているかをかくと、「すごく楽しい」という事です。色々な発見や、可能性を感じるからです。



大半の人はこのチームが、環境やら、用具やらを自分たちで、獲得していかなければならないといった状況にあるように見えると思います。
でも、僕にはそういう風には見えません。

なんだかんだ、全部、与えられているんだと思います。というか、思えます。

なんだかんだ、3日とはいえ、練習する時間は確保されているし、決められた時間以外にだって、自主練し放題です。割り当てられたビブスだって無かったとしても、貸してくださいと言えば、貸してくれます。

一見自分で得た、と思える事が、実は大体与えられています。
その上で大事なことは、…

Foot ball is ...

先日新歓用の写真を撮っていたとき、「Foot ball is ○○ for me.」と書いたホワイトボードを持って撮影しよう!ということになった。私はその時見栄えを考えて○○の部分に「宝物」と書いたが、きれいごと過ぎて全くしっくりきていなかった。するとある先輩が、

「まあ正直に書くとすれば、“サッカーは麻薬”かな。」

と言った。この言葉が、びっくりするするくらい心にすとんと落ちた。
あぁ、そうか、三日坊主で、日記もダイエットも継続できたことはなく、連ドラは一話だけ見てやめてしまうような私が13年間もサッカーを続けているのは、“サッカー中毒”だからか、と。

 13年間のサッカー人生、思い返せば、いくらでもやめるタイミングはあった。

 小1で、男子チームでサッカーを始めたばかりのころ。ボールは自分の思い通りに動かないし、ゲームをやっても全然ボールに触れないし、ペアを組んでやる練習ではいつも余ってコーチにやってもらっていたし、話し相手もいなかった。私が女子で、その上、下手くそだったから。挙句の果てに父には
「うまくなる気がないなら、今すぐ監督に電話してやめるっていいんさい。」
と携帯電話を渡された。

 小4から、女子のトレセンに参加し始めて、やっとサッカーが楽しいと思えるようになった。小5・小6の時には、全国大会メンバーに選ばれて、大舞台を経験することもできた。でも、やっぱり私は下手くそで、メンバーの中では最底辺で、全国大会でもずっとベンチに座っていた。遠くの会場までわざわざ見に来てくれた父に、ひたすら申し訳なかった。それまでは「将来の夢はなでしこジャパン」と言っていたが、それが恥ずかしくて言えなくなった。自分より上手な人はいくらでもいるんだと気づかされたから。

 小6の時、男子チームを止めて女子のクラブチームに入った。中学生になると、小学生の時に一緒に全国を戦った仲間のほとんどが同じチームに入ってきた。
「このチームでは私の方が経験長いから、私がひっぱらないと。」
そう思ったが、無駄だった。だって私はみんなよりサッカーが下手くそだったから。同期はみんな本当に上手で、今ではなでしこリーグのチームに所属する人もいる。サッカーが上手い方が監督や先輩からかわいがられ、後輩から慕われ、チームでの発言権が増し、主導権を握っていく。サッカーは実力社会だと身に染みて感じた。私は練…

ア式と総務と私と

ア式と総務を掛け持ちする意義は何か、最近よく考えます。 もちろんア式が運動会として活動し、二面の人工芝グラウンドを利用できるといった恩恵を受けるためには運動会への貢献は必要なのだけれど、私が総務で頑張ったところでア式のサッカー力向上に直接つながるわけではない、と考えるとちょっと悲しい。これから総務において重要な仕事を任せてもらえる一方で、ア式にかけられる時間は少し減ってしまうだろう。そうした状況下で、私にできること、私だからできることって何だろう。 そう考える中で気付いたのは、ア式にはア式の優れている点があるし、総務には総務の優れている点があるということ。総務に入っていたから気づけたこともたくさんあります。私がア式にいる間に、総務で得たことを少しでも伝えられたらいいな、と思っています。
先日、七大戦の会議で名古屋大学へ行ってきました。新4年生が本会議の準備をする間、下級生は「準幹部会議」を行い、来年度七大戦に向けての話し合いをします。(なんと2016年度七大戦は東大で開催します!サッカーは七大戦参加してないけど、応援してね。) 例年準幹部会議では運動部に所属していない一般学生にも盛り上がってほしい、そのために広報頑張ろう、という流れになることが多いのですが、今年はそれに向けて、まず「七大戦のウリは何か」について考えることとなりました。 旧帝国大学が集うから学力トップクラスの戦いである、日本各地域から大学が参戦する全国規模の戦いである…。七大戦の凄い点をみんなで挙げあう中で一番私の心に残ったのは、名大の子の、「学生にとって最も身近な戦いであること」がウリではないか、という意見でした。同じ大学で、いつも一緒に授業を受けている友達が、アスリートとして頑張っている。選手たちの、日常生活とは違う一生懸命で熱い姿は、きっと魅力的に映るはず。それを打ち出すことができたなら、自ずと大学全体で盛り上がることができるのではないか…。 これはア式でもそうで、私は今までア式の何がアピールポイントかといえば「東大という最高学府のサッカー部であること」「実はレベルの高い大学サッカー界を舞台に闘っていること」など、すごい点ばかりを考えていました。もちろんこれらは正しいけれど、決してこれだけが唯一解じゃない。少し視点を変えるだけで、ガラッと違う広報の仕方が見えてくる。きっと広報以外でも、視点を変えることで見…

保身

大学の春休みは長い。正直、こんなに長い休みをみんなどう上手く使っているのか教えて欲しい。特にサッカー以外やることを持たない僕は暇過ぎてぼーと何かを考えることが多かったが、その中で最近よく思うことがある。それは「保身に走り過ぎている」んじゃないかということ。
  サッカーにおいての保身。それは、自分の失敗を怖れてプレーが消極的になること。そもそもの技術がないことは自覚しているが、それ以上にミスを怖れてタッチが固くなったり、ちょっとフェイクを入れてかわせばいいところで体が固まっているがためにそれが出来なかったり、さらには自分の周りのことだけに気をとられて、ゲーム全体を見ることが出来なかったり。全く良いことなんて何も無い、むしろ悪い結果を生んでいるのに保身に走ってしまっている自分がいた。
  恋愛においての保身。それはフられるのが怖くてそれ以上先に進めないこと。普通に女子と喋ってる分には特に問題はないけど、ちょっと踏み込んだ関係になろうとすると勇気が出ない。ただのヘボい奴。別に彼女が欲しくないわけじゃないけど自分に自信がないとか言ってた。でもホントはフられるのが怖いだけだった自分がいた。
  結局、保身に走って何も出来ていなかった。臆病だった。そんなに自分が可愛いのか。挑戦して上手くいかなくて傷ついて、でもまた頑張っていく、そうしていかない限り自分に成長はないんじゃないのか。そんな当たり前のことにやっと気付いた。やっぱりこの春休みは有意義だったのかもしれない。

イヤーブックに勝手に記載されていたのによると今年の目標は"彼女をつくる"らしい
新2年 岡崎

今週は卒部式

去年も卒部式の週に、僕はfeelingsを投稿したのを覚えている。去年初めて出た卒部式では、憧れの眼差しでいつも見ていた、リーグ戦で活躍した四年生から、あまりピッチで関わりはなかったけどサッカーに全力だったBチームの四年生、僕と同じCチームで、チームを引っ張りプレーや背中で最高学年たる姿勢や熱さを教えてくれた四年生が、四年間ア式でサッカーしたことを振り返って、様々な想いを語ってくれた。一番多く語られたのは、やはり四年間ただただ追い続けた関東昇格を果たせなかったことへの無念だ。どれだけ頑張っても叶えられない夢は現実的にあるのかもしれない。そして、最も強く感じたもう一つの無念は、リーグ戦に出ていた主力選手以外の四年生の無念だ。小さい頃からサッカーを続けてきて、大学で本気でやるサッカーは最後になるというのに、その最後がピッチの外なのだ。その無念は想像を絶するだろう。将来社会人になっても苦々しく心に残るだろうし、墓場まで後を引くかもしれない。でも、ほとんどのアスリートも同じく無念を抱いて現役引退する。夢を抱いてアスリートの道に入り、その夢のために努力を惜しまず続け、結果華々しく活躍する人もいれば、思った結果も出ずに辛酸をなめ続ける人もいて、でもみんな最後は、もう少し上で長く続けたかったとか、一度でも栄光を手にしたかったとか、大小別れるが無念を抱いて引退するのだ。ア式で、チームの目標を達成出来ずに無念を抱くAチームの人も、最後にピッチの外で応援で終わる人もみんな同じだ。みんなそれぞれの険しい夢を抱いて進み出すが、将来それが失敗に終わり、夢のために努力した時間を他に自分に見合ったものに費やした方がよかった、馬鹿な選択をした、と他人から卑下され愚弄されるかもしれない。自分自身も、一か八かの夢を追いかけてただ失敗しただけだったと嘆き後悔するかもしれない。しかしその可能性があることを認めた上でなお理屈以上の抑えがたい欲求を持って、夢を叶えようとしている。(もちろん自分は必ず夢を叶えられる、絶対結果を残せるという何の疑いもしない強い自信を持っている人もいるだろうが。)


 僕は、先月LB2チームになり、実質戦力外通告され、ア式にいることの意味を考えた。Bチームに入れず辞めていった人や、選手としてではなくスタッフとしてチームに貢献すると決断した人もいる。しかし、僕は一週間のオフでどう考…

football(上) ~未熟者~

まえがき  なぜか僕のfeelingsの順番は毎年この時期にやってくる、、、というのは置いといて、東大に合格した新入生のみなさんおめでとうございます!その中でもこのfeelingsを読んでいる人はア式に入部されることを検討しているかもしれません。ア式では3月中から新歓活動を行っていますので、ぜひぜひ参加してください!僕らもみなさんに会えることを楽しみにしています!ここから急に感じ変わりますが気になさらずに笑

~未熟者~  「お前、誰かを好きになったことないんでしょ」  生まれてこのかた彼女ができたことのない僕のことをみんなこう言ってからかう。  「そんなことねぇーよ!それに彼女だってつくろうと思えばつくれるわ!」  僕はムキになって言い返す。まぁ言ってしまえば持ちネタである。 ただ正確に言うと、この僕の答えは半分だけ正しい。僕には20年近く片想いをしている幼馴染がいる。A子とでも呼ぼう。(今の世の中、SNSの発達により名前だけでいろんな情報がわかるので名前は伏せておく)A子のことは好きだが、彼女にしようと思えばできるなんていう関係性ではない。  とある友人の紹介(「紹介」と言っても当時、幼稚園児だったのでそんなかしこまったものではなかった)で、僕はA子と出会った。特別美しいわけではなかったが、人を惹き込む何かがその子にはあった。何より、一緒にいて楽しかった。僕がカッコよく振舞って「どうだ!」と言わんばかりの表情を浮かべれば、「かっこいい!」とA子は言ってくれた。A子は僕のみをそして僕のことを世界で一番「愛している」(表現が大げさというなら「気にしている」で構わない)と思っていた。  こんな魅力的な子はそういない。もちろん他の男もみんな僕と同様に、A子と仲良くしていた。ただあくまでこの当時、僕は「他者の他者であることに盲目な自己中心的世界」と「共有不可能なことによる自己体験の絶対的優位化」に生きていたが故に、A子が他の男を僕以上に「愛している」かもなんていうことは考え付くこともできなかった。  思春期になると、自我が芽生える。そしてそのことが他者の存在を顕在化させる。この中で僕には初めて嫉妬という感情が生まれる。  「なんでA子のやつ、俺じゃなくて(強調)あいつとあんな楽しそうにしてんだよ!」  僕は極度な事なかれ主義者かつクールでありたいと願う人間だ。喧嘩なんて…

ア式は○○な○○

ア式を一言で説明しろと言われた時、タイトルの○○には何が入るだろうか?
真摯な若人、貪欲な集団、不器用な戦士、異風な東大生…
自分なりに色々と考えてみても、答えは一つに定まらない。そもそもア式の全てを一言に集約するのは無理。だから答えを一つに決めるのも無理。答えを一つに定めることよりも、何か確固たる答えを持つこと自体に意味があると思い直した。特にこれから新歓期が始まる今は…
 一年前、私は新入生だったが、テント列やサークルオリ、その他新歓行事で、サークルにせよ部活にせよ自分の団体について端的に明快に説明してくれるところには魅力を感じたのを覚えている。逆に、質問しても曖昧な答えしか返ってこなかったり、長々ととりとめもなく、暑苦しく語られた時には、ちょっとうんざりしたものだ。「自分が所属してる団体のことなのに何でこんな説明が下手なんだ…」
でも、今となってはそんな人たちの気持ちもわかる気がする。自分が所属する団体のことを知れば知るほど、外部及び他者に対してあれも伝えたい、これも伝えたい、という気持ちになりついつい欲張ってしまったり、言いたいことが多すぎて要点が不明になり曖昧な答えしか言えなくなったりするのだろう。私も振り返ればこの一年色んなことがあり、様々な仕事を経験させて頂き、ア式の魅力も沢山発見した。そんな思いをすべて、しかもテント列などほんの数分しか一人の新入生と話せない場面で出し尽くすのは無理だし、たとえ出来たとしても多分ひかれるだけ。どうしたらア式のことを正しく理解してもらえるのか。ああ、難しい…。
最近、「相手に分かるよう端的に、何かの魅力/要点を伝える」ということの大切さ及び難しさを感じた経験をいくつかした。その経験は、イヤーブック、家庭教師、E=mc2という3つのキーワードに集約される3種の異なる経験である。まずはイヤーブックのことから。
私のイヤーブックの仕事の大部分は記事製作で、とりわけ「運営のページ」「新入生ページ」を担当した。最初、私は、「運営のページ」の製作にあたり、スタッフの仕事について、他のスタッフにインタビューして得られた答え、それぞれの思いなどを精一杯伝えようとし、記事としてとても長い文章を書いた。それを受けて業者が作った最初の原稿は、文字でびっしり、読む気も失せるくらいだった。今年のイヤーブック長でもあるHayato GYOTEN さんからも、…

DIY

先日、某塾の合格祝賀会で春から東大生になる人たちをお祝いしてきた。 人生の中でも数少ない絶頂期の最中にいるであろう彼らの眼はキラキラに輝いていた。

新入生に、クラスの人に、家族や先輩や後輩に、地域の方に、OBの方に、小中高生に、どこかの会社の面接官に…。 たとえ新歓でなくとも、誰かにア式の魅力を伝えなければならない機会は必ず訪れるだろう。

今年のイヤーブック長でもあるHayato GYOTENは僕らに言った。
「ア式に対する溢れんばかりの愛を表現して伝えろーー」

クラブへの情熱をしっかりと伝えることで初めて彼らの心を響かせるためのステージに立てる。当然といえば当然なのだろう。
もちろん、ア式に入っていてア式を嫌いな人はあまりいないだろう。away荷物やだ、とか検見川遠いわ、とかは分からなくもないけれど。
でも、 「こんなに俺はア式が大好きなんです!夢中になってしまう、引き寄せられてしまう何かがあるんです!」
僕らは全員が自信を持ってこう言える集団になれているのだろうか。

なんでもそうだ。やってるうちは本当の価値に気付けないことが多い。僕ももちろんその値打ちにまだまだ気付けていないのだろう。なんなら卒部した後で気付くのかもしれない。
でも、その価値を作るのは僕たち自身だ。僕たちはア式そのものだ。自分達ですら愛せないクラブを人が愛してくれようか。学生主体とはそういうことでもあるだろう。自分たち自らで作り、先輩方が築き上げてきたものの上に少しずつ少しずつ重ねていく。たとえ後退しても、また進めばいい。

それはピッチ内でも、ピッチ外でも変わらない、はず。 全員にできることがある、はず。 そうする義務がある、はず。

ア式に対する情熱を語る僕らの眼は、新入生のそれよりももっともっと輝かせることができる、はず。



もう"やさぐれ"ないし、"サボり"ませんし、"遅れ"ません。多分。 新3年 高野

Ten Thousand Tissues

今日、新歓用のア式ポケットティッシュが10000個、御殿下にある運動会窓口に届いた。本当は練習後に1年の皆に伝えて取りに行く予定だった。しかし、あの忌まわしきフィットのせいで精神的にも肉体的にも撃沈。完全にその用事を忘れ、部室でゆっくりシャワーを浴びていると、ティッシュを取りに行ってないことが発覚。ほとんどの人が帰りかけの様子だったので、とりあえず自転車で1人で取りに行くことにした。
 ポケットティッシュ10000個というと、どのくらいの量だろうか。ポケットティッシュなんて小さなものであり、段ボールでも2,3箱ぐらいだと予想していた。
 運動会窓口に入り、衝撃的な光景を目の当たりにした。目の前にそびえ立つ段ボールの山々。大きめの段ボールが10箱もあったのだ。しかも2箱が紐で結ばれており、1つの塊は自転車のカゴには入れられないほどの大きさと重さであった。

ここから、10000個のティッシュとの長き闘いが始まる。

あの忌まわしきフィットのせいで精神的にも肉体的にも疲れていた私は、1つを20mぐらい歩いて運んで戻ってまた1つ運んで戻って、、、これを繰り返して地道に進んでいくことにした。とりあえず1年メンズLINEに助けを要請したが、時間的に本郷にいる人も少なく、反応は無かった。無理にでも誰かしら呼ぶことも考えたが、自分の連絡ミスも原因であったので諦めることにした。とてつもない時間をかけ200mぐらい進んで、この先に最大の関門が待ち構えていることに気付く。そう、階段だ。平地でも少し持ち上げているのがやっとの重さなのに、ましてや階段においておや、である。どうすればいいのか、ひたすら自問した。そして思い付いたのが、紐を切って10箱バラバラにすることだ。運ぶ回数は増えるが、重さは半分になる。
 この適格な判断により、無事階段を乗り越えて10箱を弥生キャンパスまで運搬できた。ここから部室までは平地である。1箱ずつ部室に運んでいくが、あの忌まわしきフィットは私のふくらはぎを確実に蝕んでいた。3箱目あたりから足の動きがふらつきまともに歩けない。このまま10箱運び切るのは不可能かもしれないと悟りかけたその時、脳内に閃光が走った。自転車だ。御殿下に放置していた自転車だ。1箱ずつなら多少無理すれば運べそうだ。喜びとともに御殿下に自転車を取りに行き。自転車で運搬を再開した。驚くほど楽だ。…

選手に伝えたいこと

私はマネージャー。とりあえず最低週3グランドへ行き、その他、抱えている仕事をきちんとこなせば許される立場。ただいま就活中。夏休みみたいに週5、6で行くこともできない。

そんな私がおこがましいけどAチーム以外の選手に伝えたいこと。

こんなことを書いたら
ただの自慢?
いや、俺ら競技人口多いサッカーやってるから
そんなの四年も前の出来事じゃん!
とか思う人もいるかもしれない。

どう思われてもいい。自分の言葉が拙くて思っていることが、伝えたい事がこんな文面で伝わるかどうかわかんないけど。長くても少々我慢していただきたいです。

一つ上の先輩、同期、一つ下の後輩たちは知っている人が多いと思う。
私が高校生の時、箏曲部にいてお箏をひいていたことを。そして全国大会に毎年出場していたことを。

年間に休みは10日間くらい。平日は19:00まで。土日は7:30に集合し15:00もしくは17:00まで練習に明け暮れる日々。その間、ずっと正座。
痺れなんて通りこした。関節が痛かった。膝が割れるんじゃないか、そんなことさえ思っていた。
硬い絃をおさえる左手はよく血豆ができていた。右手は腱鞘炎になるくらい弾きこんだ。よく湿布も貼っていた。
弾き方がおかしいと手が痛くなったり見た目が美しくない。サッカーも筋肉のつき方のバランスの悪さとか走り方の癖で怪我につながる選手もいるだろう。
ステージにいる時はそんな事を感じさせないように振る舞う。
それは私にとって簡単だった。きっと皆も。
本当にお箏が好きで弾いている時は麻酔がかかっているかのように何も感じなかったから。サッカーでいえばなんだろう…試合中、不思議とどこからか力が湧いてきて痛い足のこと忘れたりするのかな…??
とにかく、選手が辛くてもサッカーが好きなように私もお箏が大好きだった。
感じるのは部員同士の熱い気持ち。35人くらいで一つの曲を演奏する。四つのパートにわけ、あたかも四人で弾いているかのように聴かせる。パートごとに呼吸、指のタッチ、音程を合わせる。その上で四つのパートが掛け合うように絃をはじき奏でる。指揮者なんていない。どうやって合わせる?呼吸、目線、空気感…そしてなにより築き上げてきた信頼関係だ。
ア式の選手だとしたら試合中に、あいつならここにパスだしてくれるとか、こう動くと思ったから俺はこうした!みたいな感じかな?うまくパスがつながってゴールまでいけた時は最高に気…
最近立て続けに同期の部員がア式を去った。モチベーションの低下や体制変更で考えることがあったのだろう。同じように残っている部員も、常に自分がア式にいる意味を考えている。
特に新二年は悩むことも多いだろう。意気揚々と選手として活躍することを夢見て入部して一年、Aチームにいるのはたったの5人しかいない。選手としての活躍を目指して頑張るか、データなどで裏から勝利に貢献するか、はたまた新しい世界に飛び込むか。判断が迫られる機会が増えてきた。

もうすぐ新一年が入ってくる。これでやっと準備係から解放される。芝だらけの部室を掃除したり、ぬれながら風呂の掃除をしなくていい。遠征の荷物も軽くなるだろう。新歓係には頑張ってもらいたいような、頑張ってもらいたくないような。

新2年   吉田 瞬祐

強いチーム

俺はとてもアマチュアな人間である。
目標から逆算して毎日を律することは苦手だし、
辛いことがあるとすぐに力を抜いてしまう。
チームメイトの多くを自分より上手いなあと思っているし、
あーすごいメンタリティだなと思っている。

そもそもあんまり勝負事が好きではない。
新宿よりも高円寺が好きだし、
パンクよりもクラシック音楽が好きだ。
辛いマラソンよりも日向ぼっこをしながら本を読んだほうが良いに決まってる。

勝ち負けや強弱が決まるものよりも、
多様な価値観や美しさを大切にしたい。


でもサッカーをやっている。
上手い・下手。強い・弱い。
そこには解釈の違いなんて存在しない。
じゃあなんでサッカーをやってるかなんて考えたことないし
別に答えを出す必要もないからね。 

自分にはとても不満がある。
もっと背が大きかったら、もっと足が速かったら、良かったなと思う。
まあそんなこと言ってもしょうがないんですけどね。

本当に徒然なるままに書いているので、まとまりがない。
わかりにくくて申し訳ない。
感情なんてものは整理した時点で感情ではないので。


初めに言った通り俺は考え方がアマチュアである。
主将や副将、フロントの言う理念や考え方が全く納得できないこともとても多い。

ミスしても良くね?とか、本当に普通に思っている。

だから息苦しい。
プロフェッショナルであろうとする人の基準、
プロフェッショナルなチームにしようとしている人の基準、
そういうのが息苦しい。
だってプロじゃねえし、俺。


ただチームとしてもっと強くありたい。今日のチームが昨日のチームより少しでも「強くて」、「良い」チームであるようにしたい。

やらなければいけないことはたくさんある。
相手の分析、運営、他にも色々。
でもまずは自分たちのチームをソリッドなものにすることだ。
他のチームと比較するとか、去年はこうだったとか、東大は毎年こうだからとか、本当にいい選手はこれもしてあれもしてとか。
飛びつきやすいけどナンセンスだ。
普段口から出まかせばかり言いすぎてあまり信じてもらえないかもしれないけど、
少なくとも「今の」俺は、チームメイトと信頼し合いながら戦うことが一番大事だと思っている。

実力がないやつは信頼できない、って思ったそこの君。
君はプロの世界でやれるメンタリティの持ち主。おめでとう。
昨日のミスが今日一個でも減ってる…