世の中の迷えるオットセイたちへ

垣内志織(2年/スタッフ/)


 コロナに高校最後の一年を奪われて、秋の東大オープンでD判定をとって母に絶望されて、私を可愛がってくれた祖父が亡くなって、祖母が入院して、そんな2020年が終わって私にも小さな春がやってきた。


2021/3/10

気候も、植物も、道を歩く人の服装も、冬から一気に春へと移り変わって、町が色付く3月に東大に合格した。勉強くらいしか取り柄のなかった自分が、大学受験というイベントで目標を達成できたこと、支えてくれた人が喜んでくれたこと、垣内家にいい知らせを届けられたこと、嬉しかった。



その日から世界は180度変わった。およそ3つのコーディネートを使い回していた受験期とはうってかわって、お洒落に気を使うようになった。戦争とゴキブリの次に嫌いだった電車の赤ちゃんの泣き声が、心地よいメロディーになった。朝小鳥に挨拶するラプンツェル並の心のゆとりが生まれた。


なんでも出来るような気がした。気持ち悪いくらいに自信に満ち溢れて、それほどまでの自信を与えてくれた東大が大好きになった。大好きな東大で誰よりも充実した4年間にするんだと意気込んだ。

それに小中高と筑附に通い続けた私にとっては、12年ぶりの0からのお友達作りというおまけ付き。張り切らないわけがなかった。



委員会に入って、サークルに入って、色んなところに自分の居場所を見つけようとした。家から一歩出たら、いつも笑顔で朗らかで、誰にでも分け隔てなく接する自分を演じた。


しかし私は自分が思っていたより優秀な役者じゃなかった。


18年の人生で蓄積された根底にある人見知りは、そう簡単に克服できるものではなかった。よく知らない人達と連日のように会って、愛想を振りまく生活は刻一刻と体力を消耗して、家に帰ると疲れがどっと出た。思い描いていた大学生活が、友達を作って大学生をエンジョイする幻想が、開始2ヶ月で早くも崩れ去った。


あとに残ったのはたくさんのよっ友と、「#春から東大」と言うためだけに作ったTwitterのアカウント。



当時の自分に会えるなら、最初はみんなそんなもんだ、焦るな、欲張るな、と言いたいわけだが、失望は期待値に正比例して大きかった。

これを世の人は五月病と言うんだと、そう知ったのは七月。



追い討ちをかけるように地獄の夏休みがやってきた。



「人生の夏休み」と呼ばれる大学生の夏休みは無限に等しかった。友達と遊んでも、サークル活動に顔を出しても、料理を勉強してみても、夏休みはブラックホールのように楽しい時間を吸い込み、2ヶ月という時間をどうにか充実させようと足掻く私を嘲笑うかのように容赦なく虚無を吐き出す。


8月の終わりには、一日中ごろごろしながらYouTubeにへばりつくオットセイになった。


夏休みが終わって入学から半年がたった10月。新しいことをなんでもいいから始めようと思って、自動車学校に通い始めた。ずっと興味のあった演劇サークルにも飛び込んだ。

もうその頃には随分大学生活に対する期待値は下がっていたから、11月病にはならずに済んだ。


11月には委員会もサークルも忙しくなって、自分なりに充実した日々を送れた。委員会活動や演劇に没頭している間は、自己肯定感とか存在価値とか難しいことは忘れられた。



その頃だった。始まりは同じクラスのサッカー部員から送られてきた、「マネージャーやりませんか」のLINEの文章。到底縁のない話だと思って、お気に入りのカワウソのスタンプを送って終わらせようとした。んがしかし、ちょっとした誤解から興味があると思われて、これも何かの縁だと思って見学に行き、あれよあれよという間に入部したのが、ア式蹴球部だ。



もちろん事実はもう少し複雑で、他部でスタッフをしている友人が日々充実してそうだったこと、見学の時選手やスタッフさんが優しく接してくれたこと、同時期に入部を考えていた人がいたこと、色々入部に至ったきっかけはあるが、それもあれよあれよに含めるなら、ノリで入ったということになる。



こうして入部して、それから毎日サッカーに打ち込む選手達に少しでも貢献したいと思うようになったし、始めたからには最後まで続けようと思った。


普通とどうやら順序が逆だが、兎にも角にもそう思うことができたから、そう思わせてくれる環境に出会えたから、結果オーライだと思う。きっかけは大切というけれど、なんでもいいじゃないかとも思う。



で、入部してまだ半年の新入りバブちゃんなりに部活中にぼーっと考えることがある。



自分がやっていることが誰かのためになる、これはそう簡単ではない。

例えば高3の1年間東大に合格するために頑張ってきたことは、自分のためにすぎない。もちろん親や塾の先生のため、というのもなくはないが、基本は全て独りよがりだ。


でも自分のためだけに生きていくのではいずれ限界が来る。どこかのタイミングで、自分の人生は何のためにあるのか、誰だって考えるんだと思う。そこでどうにか、自分の仕事や役割が世のため人のためになっているんだと、無理矢理にでも信じようとする。


当たり前っちゃ当たり前だ。誰だって自分が1番かわいくて、そんなかわいい自分がいなくても誰も困らないなんて、思いたくないんだから。


そういう経験をした大人達が社会を作ってるから、社会に転がっているたくさんの仕事はどれも、見知らぬ誰かのためにある。少なくともそう見える。


大学生の4年間は独りよがりで良かった高校生までの世界から、見知らぬ誰かのために働く世界に移り変わる過渡期にあると思う。

世界を眺める視点を一人称から二人称そして三人称へ。独りよがりの世界から飛び出して、目の前にいるあなたのために、選手のために、チームのために、その力は微力ながら頑張っている。


とはいえマネージャーはモチベーションを保つのが容易でない。選手と違って代わりが効く。明日突然私がいなくなっても、ア式はいつも通り。



ただこれはア式という世界限定の話で、会社に入ってしまえば、ア式でのポジション関係なく一括新人扱いされるわけで、代わりはいくらでもいるわけで。


さらにもっともっと規模を大きくしてしまえば、ア式の部員も、一流サッカー選手も、大企業の社長も、一人や二人いなくなったところで、世界は全くいつも通り。


そりゃバイデンさんとかプーチンさんとか、国を治める権力者がいなくなったら、ちょっとざわつくかもしれないけど、それでもやっぱり地球は動き続けるし、夜空に瞬く星は相変わらず綺麗だ。



だけど全ての人間がいなくなったら、電気は止まり、食糧はなくなり、秩序は崩壊し、地球はたちまち真っ暗で無機質な一天体と化す。



だから人間に存在価値なんて元々なくて、等しく全員にあるんじゃないか

代わりが効かない人なんていないのと同時に、どんな仕事も誰かがやらなきゃいけないもの、あるいはやった方がちょっと世界がうまくいくもの、だ。マネージャーもそうだと信じてみたい。


人生には辛くて生きている意味を見失いそうになる時があるけれど、ほとんどの人が死に切れないのは、死ねば何も残らないことを知っていて、生きていれば何か楽しいことがあるんじゃないかと期待してしまうからで、生きているだけで喜んでくれる人がいるからだ。こう思えるのはただ私が恵まれているから、ほんとうにそれだけか。



自分の存在価値が分からなくなることは、オットセイになった一年生の夏に限らず、この先もあると思うけれど、死ぬ時に生きていて良かったと思えるように、この人生を、オット生を、軽く繊細に全力で生きたい。



それはもちろんア式での生活も。






おわり



垣内志織

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