2017年8月25日金曜日

最高学年


いよいよ後期リーグが始まる。4年生にとって最後の公式戦だ。有終の美を飾るために4年生は残り少ない貴重な練習に全力を注いでいる。下級生はそのことを分かっているだろうか。そんな話をしたい。


なぜこんな話をしようかと思ったかというと、高校時代に自分自身が辛い経験をしたからである。







今年ア式に新たに僕の母校である武蔵高校から後輩が2人、大谷と周平が入部してくれた。入部当初、久々に彼らとしゃべるとやはり武蔵高校時代の懐かしい話で盛り上がる。話すにつれていろいろな出来事が思い出される。都ベスト8まで勝ち進んだこと、後輩の不祥事で大会を辞退しようか議論したあの長い長いミーティング、大谷の誕生日ドッキリなどいろいろな出来事があったが、強く印象に残っている出来事が1つある。それは高3の夏の校内合宿初日。僕の黒歴史である。





武蔵サッカー部の高3は選手権まで戦うので、引退は高389月になる。そのため、夏休みは受験勉強をあまりせず、ほとんどをサッカーに捧げる。つまり、高3にとって勉強を犠牲にしてやっている一回一回の練習を無駄にすることは絶対に許せない。そんな中の校内合宿初日、午後3時から練習が始まった。


気温はおそらく35度を超えていただろう。初日でありながら全員動きが明らかに鈍い。そして練習最後のゲーム。武蔵は前から追い込んで取る守備をするのだが、その日は前線の守備が全く機能せず、簡単にボランチに前を向かれ、簡単に展開され、簡単に崩されてゴール前まで運ばれる。特に1つ下の後輩が酷かった。その練習の質は僕の理想とはかけ離れたものだった。その状態はいくら僕が怒鳴って声を出しまくっても改善されることなかった。


さすがにこんな練習では終われないと思い、ゲームが終わった後1回全員集め、「短い時間でいいからもう1回今までやってきたことを思い出して集中してゲームをやろう」、と提案した。しかし、監督がそれを止めた。「今のこいつらじゃ何回やっても同じだ。やっても無駄だ。」その瞬間、怒りを通り越し、虚しさに襲われた。今までの練習はなんだったんだろう、と泣きそうになった。そしてボールを集めようとなった時に同期から「なんでそんな泣きそうなの?」と少し笑いながら言われた。頭が真っ白になった。このチーム状況の酷さを僕以外認識していないんだなと感じた。チームをまとめられてないと思った。キャプテン失格だと思った。孤独だった。もう限界だった。そして、みんなの前で涙が止まらなくなった。。。





こんな感じ


なぜ泣いたかというと、全員が僕の思い描く練習のレベルに達していなかったから、ではない。そんなことは何百回もあるので、こんなことでは落ち込まない。でもたまに泣きそうになる。のぼりさんも1回そうだった(と勝手に推測した)練習があった。確か5/18木だったかな。直前の火水の練習が良かっただけにその日のプレスの甘さが酷かったのを覚えている。そして練習後の集合で「もっと厳しくやろうよ」と叱り口調で言っていたが、口が震えていた。あの気持ちは痛いほどわかる(のぼりさんが覚えているかはわからないけど)。


本題に戻ろう

ではなぜ泣いたかというと、この酷かった練習を酷かったと認識して改善しようとする人が少なすぎたからである。特に下の代。練習が酷くても、悪い所を注意し合って改善しようとする姿勢があれば全然いい。でもこれがなかなか上手くいかないのがサッカーである。


テニスなどの個人スポーツだったら自分自身が意識を変えるだけでプレーの質がかなり良くなるだろう。しかしサッカーはチームスポーツ。何人かだけが意識高くやっても結局は悪い方に染まってしまう。これは人間の心理的に仕方のないことである。例えば、走りの練習で隣の人が自分よりも足が遅い場合、辛くなるにつれて、隣のやつと同じぐらいの速さでいいやと妥協してしまうだろう。こんな風に人間は簡単に楽な方に流されてしまう。すると、練習を良いものにしようとする人たち、主に最高学年の人たちがどんなに努力しても水の泡になってしまい、練習を投げ出したくなる、僕のように。


しかし、全員が練習の質を落とさないような振る舞いをする、ということは絶対に実現しない。どんな人もその時の調子や頭の回転によって、ぼーっとしてたり、切り替えがめちゃめちゃ遅かったりする。なので、このような最悪な練習をしないためには、質の低いプレーや行動を指摘できる人をなるべく増やすしかないのである。切り替えが遅いと注意する、練習の合間を早くしろと促す、いちいちプレーを止めんなと怒鳴る、こういう声を出せる人が少ないと緊張感のある良い練習なんて出来ない。


現状こういった指摘ができる人は最高学年に多い。4年生にとって最後の公式戦であって、そこに賭ける想いは他よりも何倍も強いのだから、自然とそういう声が出るのが普通である。しかし、僕はこういう声を下級生が出さなければならないと思う。仮に僕が最高学年だったら、こんな当たり前のことに気を使って指摘するよりも、もっと自分のプレーに集中して戦術的なことに気を使って声を出したいと思う。なんせもう練習時間が限られているのだから。なので、下級生はもっと最高学年の人たちの気持ちを汲み取って行動して欲しい。残り少ないサッカー人生を充実したものにしてもらうために下級生はもっと変わるべきだ。


4年生にとってあと9試合。ここから1部に昇格するには一戦も負けてられない。だからこそ一回一回の練習を最高のものにする。最高学年に悔いを残させないために、俺は声を出し続ける。



2    憲之

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