2019年8月21日水曜日

新屋旅日記〜新潟編&山形・宮城編〜

◯新潟編
日程8/45
メンバー新屋 井上 吉本理 立川

8/4(日)
1230
練習後、新屋さんと本郷キャンパスを出発。今日の予定はアルビ観戦である。まずは練習試合を終えた井上さん、吉本さんを迎えに行く。

1330
井荻駅で無事2人を拾う。練習試合で吉本さんが怪我したらしく、機嫌が大変悪い。ドラッグストアで吉本さんのアイシング用具を購入し、いざ新潟へ。

14
出発してすぐ井上さんと吉本さんが寝る。お疲れのようだ。しばらく新屋さんとの会話を楽しむ。

1630
新屋さんの安定したドライビングで無事新潟県入りを果たす。直後、激しい通り雨に遭い肝を冷やす。田舎の洗礼である。

16
SAで休憩をとる。お腹が空いていたのだろうか、吉本さんが美味しそうにご飯を食べる様子を見て思わず笑みがこぼれる。

1740
会場のビッグスワンに到着する。駐車場から徒歩で移動するため、試合開始ギリギリになりそう。足を引きずる吉本さんを見捨て3人でスタジアムへ急ぐ。

18
試合開始とともにゴール裏に到着。試合はJ2アルビレックス新潟vs徳島ヴォルティスである。

20
アルビが4-0で勝利する。アルビファンの僕と新屋さんにとって大変満足のいく結果となった。井上さんはブーイングができず物足りなそうである。

23
夕食後は銭湯で一日の汗を流す。浴槽に浸かりながら吉本さんと恋バナできるのは新屋旅の一つの魅力である。

8/5(月)
030
今回の旅の宿、立川家に到着する。隣人の駐車場に車を停めさせてもらうことに新屋さんがカルチャーショックを受ける。田舎はそんなものである。

1
滅多に会えない家族と貴重な会話をする。母は相変わらずであった。安心。父は以前に比べて話が単刀直入で些か戸惑ったが、やはり相変わらずで安心した。妹は家にいなかった。これも相変わらずだが不安である。

10
遅い起床となった。泊まる用意をしてくれた家族や隣人に挨拶して出発する。今日の目的地は瀬波温泉。

12
瀬波温泉の海水浴場に到着。太陽は照り気温も高く絶好の海日和である。入念に準備体操を行い、いざ。

13
新屋さん、井上さんとともに泳いで沖合のテトラポットへ上る。適度な風も吹いて大変気持ちが良い。懐かしの日本海を眺めながらしばし物思いに耽る。


初ゼミのレポート出せるかしら。。。

1530
ベンチに放置していた吉本さんが可哀想なので海から引き上げる。温泉に浸かって早く怪我を治してもらおう、ということで近くの温泉へ。

17
再び新潟市内に戻って夕飯を食べることになる。市内までの運転は井上さん。

18
井上さんの運転は少し危うかった(一車線になる手前で前の車を抜きにかかるなど)が、無事に予定の寿司屋に到着する。

19
夕飯を食べ終え、とうとう帰る時間である。再びハンドルを握った新屋さんに全てを託し帰路に着く。

23
井上さんが岡山時代の岩政選手のチャントをYouTubeで発掘する。その不可思議で癖の強いチャントに一同心を奪われる。車内はこの旅一番の盛り上がりに。

2345
新屋さんに自宅まで送り届けてもらう。今回の旅はこれで終了である。ありがとうございました。



◯山形・宮城編
日程8/1112
メンバー 新屋 井上 神辺須 茶谷 立川

8/11(日)
10
合宿の疲れからか、はたまた初ゼミを提出し終えた安心からか、ふつうに寝坊する。
ちなみに今回の旅も一日目はアルビ観戦である。

11
LINEで鮎瀬が熱で来れなくなったことを把握。そんな予感がしてたので特に驚きはない。

1120
集合場所の部室に20分遅れで到着する。道が混んでて新屋さんも遅れているらしい。山形までの道が混んでいなければ良いが。

12
車内で、初ゼミのレポートの事で教授と電話する。結論を言えば単位は来るらしい。一安心である。UTASの画面に「進学選択対象外」と表示されているが気にしない。

1430
高速道路が渋滞しているのため、宇都宮からしばらく下道で北上することに。ドライバーは神辺須さんに交代する。井上さんとは違い、まともな運転で安心する。

16
到着予想時刻が試合開始に間に合わないことが分かる。

17
尿意を催す。ペットボトルかビニール袋で済ます案も出たが、PAに寄ってもらう。その前の休憩でトイレに行かないからこうなる。

1915
15分遅れでスタジアムに到着する。試合はJ2アルビレックス新潟vsモンテディオ山形である。
新屋・神辺須・立川が新潟側で、井上・茶谷が山形側で観戦する。会場はほぼ満員で良い雰囲気。

21
0-2で新潟が負ける。特に語ることはない。茶谷君と井上さんに八つ当たりして気を鎮める。

2230
茶谷君が探してくれた夕食の場所に向かうが、閉店した別店舗に来てしまう。茶谷君はドジっ子なのだ。

8/12(月)
1
仙台のカプセルホテルに到着する。今回はここで寝泊まりである。

5
置いてあった漫画にハマりついつい夜更かししてしまう。

9
当然一番最後に起きる。皆が待っているので素早く身支度を済ませる。

10
朝ごはんを食べに仙台駅へ。仙台と言ったらやはりずんだシェイクと牛タンである。

1030
井上さん、神辺須さん、僕の3人がずんだシェイクでお腹を冷やしトイレへ。

13
今回も海水浴!ということで松島の海水浴場に到着する。奇声を発するほど茶谷君のテンションが高い。

14
テトラポットが無いため、代わりに沖合に浮かぶオレンジ色のブイまで泳ぐ。ついでにアルビの勝利を願掛けする。Vだけに。

15
茶谷君と神辺須さんが波乗りにハマる。楽しそうで何よりである。
先週の海水浴場に比べ若い女性が多く井上さんも大満足である。

1630
松島を一望する温泉に入浴。日本三景にも負けない茶谷君の上半身に思わず惚れ惚れとする。

18
新屋旅最後の晩餐である。おばちゃんの熱烈な客引きに負け入店する。店内には震災時の津波到達水位を示すシールが貼ってある。思い起こせば道中そこかしこでその痕跡は見て取れた。

22
いつの間にか茨城のSAにいる。お土産に買うのは当然かもめの玉子である。

23
部室で茶谷君とお別れする。

2330
渋谷駅に降ろしてもらう。今回の新屋旅はこれで終了である。


と思ったら車内に茶谷君のスマホが。やはりドジっ子なのである。



新屋旅は究極のアクティブレスト
2立川玄

2019年8月17日土曜日

後期リーグに向けて

自分は今現状セカンドチームにいる。


これには当然満足はしていない。スタメンで出場できるのがベストだ。

セカンドにいると、もちろんトップで試合に出ることが目標となる。常日頃から言われ続けていることだ。競争力を上げていかないとこのチームは勝てない。俺らセカンドがもっとトップに対して良い影響を与える存在になる必要がある。

そこでプレーに対してもっともっと向き合う必要がある。自分のポジションで求められるプレーを徹底的にだ。自分がチームの中でどういう役割を担っていてどのような価値を生み出していくのか考えていかねばならない。

以前のfeelingsでは、自分の武器とは何なのか的なテーマを書かせてもらった。自分自身でもうその答えははっきりと見つけたつもりだ。(もちろんまだまだ改善、向上すべきところはあるが)
そういった意味で自分にしかない持ち味をこのチームにもたらすことができると思っている。

最初の話に戻るが、スタメンで出るということも確かに大事だが、それ以上に、試合に出場した限られた時間の中でチームを助けることができたかどうかのほうに自分は価値を置いている、というのが最近自分が感じていること。それは3年になってはじめてリーグ戦に絡むようになって、試合に出る=このチームに対して、サポートしてくれる方に対して大きな責任があるということを改めて強く感じたからだ。たとえ数分の出場時間でも、自分は、自分のできるベストなプレーをし、チームを救う使命がある。



自分よりもチーム。今は本当にこのチームの勝利しか考えてない。チームの勝利を見れば自ずと自分がやるべきことは見えてくる。そのために自分は自分のできるプレーをする。ただそれだけだ。それがゴールやアシストという形で結果が出れば最高。


後期リーグ、絶対やってやるぞ、
みんな頑張りましょう!


3年 高宮

2019年8月14日水曜日

タイムリミット

「選手のプレー可能時間を少しでも長くする」ことがトレーナーにとっての最大目標だな、とおもう。この手段は本当に幅広くて、応急処置によって怪我した選手の復帰を少しでも早めること、専門家との連携を密にしてリハビリを確実に迅速に進めることなどが主として挙げられる。だからこそ怪我対応の知識を増やすし、ほかのスタッフと同等かそれ以上の勉強をしていることが必要となる。基本的には選手の声をしっかり聞いて、彼らの反応や意思に沿った対応をする。でも、大きな視点で見たとき、数年かそれ以下しかない残りの選手生命を「減らさない」ことも重要だな、と最近気付いた。もともとこの感覚はどこかに持っていたけれど、具体的に言語化できたのは高校時代の友人と久しぶりにがっつり話したから。少しサッカーとア式を離れるけれど、自分語りをさせてください。



彼女とは高校だけじゃなくて小学校や住んでた家の場所も同じで、バレーボールもずっと一緒にやってきた。私が中学受験したのをきっかけに一度チームは離れたけど、同じ高校に入学してくれて、再び一緒にプレーできることになった。正直彼女がいなければバレーボールを心の底から好きになることも、10年ほど続けることもなかったと思う。
うちの高校のバレー部は少し特殊で、選手経験のある指導者がいなくて部長が練習メニューからフォーメーションまで全て決めていた。自分たちの納得いくチーム作りに全力で取り組めたからこの部活でよかったな、と感じることも多かったけれど、やっぱりきちんとチームと選手を客観視できる知識を持った人の存在は必要だったと思う。


そう感じるのは、同期でも親友でもあった彼女の選手生命を縮めてしまったから。


最後の1年間はメニューもメンバーも私が決めていたけど、もともと強くなかったチームで勝つために練習を詰め込んだり引退直前に入部した1年生とレギュラー争いをさせて必要以上に無理させてしまったり。中学の頃から怪我の多かった彼女に負担をかけるようなことをたくさんしてしまったし、「足が痛いけど引退まで後少しだし全部メニューをこなす」と言ってきたときもあまり強く止めなかった。
4月の試合でプレーの調子が悪かった彼女を交代させた次の日、連絡がきた。昔からの怪我をこじらせたためドクターストップ、引退。しばらくして部活には毎回来るようになったし最後までちゃんとチームメイトだったけど、彼女にとっての最後のバレーボールは足が痛くてうまくいかなくて途中交代したあの試合だ。誰よりもバレーを好きだったのに、本来みんなが引退する6月まではプレーを続けられなかった。

もちろん、怪我の気配を感じたら自分で動いて悪化を防ぐべきだし、ア式風に言うと「報告を怠っていた」ことは彼女自身の首を絞めることにつながった。でも、周りで見ていた人間が誰か止めていれば、長期的な視点で見てあげていれば、最後の試合を同じコートで迎えられたかもしれない。



受験や大学入学に伴う環境変化でドタバタしていたこともあり、この話はただの思い出として心の中にしまわれていた。でも、お世話になった4年生が後9試合で引退してしまうことを強く実感した時、同じ時期の自分のことを思い出して彼女への申し訳なさや当時への後悔が強く浮かんできた。逆に今彼女のことを考えていると、同じような思いをする人をこれ以上増やしたくない、トレーナー業務とちゃんと向き合おう、という思いが浮かんで来る。



怪我は往々として本当に嫌なタイミングでおこる。大会直前とかスランプの時とか。目先の大会に出たくなる気持ちは本当によくわかるし、長引くとなれば自分の痛みに嘘をついてまでプレーを再開したくなるのもすごく共感できる。だからこそ、私たちトレーナーは一歩引いた目線で選手のことを見ていなきゃいけないし、止めるべきところでは止めなければならない。サッカーのことが好きな選手の気持ちが痛いほどわかるからこそ、その先に最悪の未来が待っているかもしれないという発想を忘れてはいけないのだ。



去年の10月、昇格を決めて喜ぶ先輩達を見て、スタッフってこの瞬間のために存在してるんだなって思った。毎年毎年この笑顔を見たいし、点を決めて喜ぶ選手を見てる時間が一番好き。お世話になった先輩達や大好きな同期、頑張ってる後輩達がサッカーしてるところを少しでも多く見れますように。選手に対して口うるさくなるのはこう思うからこそです。きっと自分にとっては大したことのない怪我だったりなんとなくいける感覚になったりするのだろうけど、もし怪我で声をかけられた時には一歩立ち止まって、サッカー人生全体とチームの両方を考えてください。怪我を恐れていては何も始まらないけど、多少の無理は必要かもしれないけど、最終的に鍵となるのはコンディションの整った自分の体だと思うから。


今の1番の目標は、2ヶ月後、4年生が全員怪我することなく清々しい表情で引退すること。試合前のヘディングパスの前に「参ります」って言ってるのとか、キーパーが楽しそうに練習してるのとか、しゅんえつでニコニコしながら喋ってるのとか、そんな楽しい景色をもっともっと思い出として残せますように。



他のスタッフのfeelings大好きすぎて私は書きたくなかった
2年 土屋香奈

2019年8月11日日曜日

あつい夏休み

あちーーーー。

最近暑い。だらーっとしてしまう。

体が溶けてく。時間が溶けてく。

7月末にテストが終わって始まった夏休み。受験勉強も課題もない夏休みは初めてな気がする。人生の夏休みと呼ばれる大学生活の2年の夏休み。後にも先にもこんな期間ってないんじゃないか。知らんけど。

どう過ごすか。

この夏の過ごし方って大学生活の分岐点になる気がする。なんとなく。



さっき課題もないって言ったけど、このfeelingsは回ってきてた。

#feelingsの意味

疑問に思ったことある人はそれなりにいると思う。

部外への発信、部内の仲間への発信。過去のfeelingsでそう答えてる人もいる。至極その通り。

ただ、この夏休み序盤という時期に回ってきて思ったのは、feelingsの意味の1つに、自分と向き合う時間を作ること、ってのがあるんじゃないかということ。

普段から毎日どう過ごそうって考えるべきなんだろうけど、あんまりしてこなかったのが事実。だから自分と向き合う時間は必要だったし、生活の変化とfeelingsを契機にその時間を確保する気になった。ありがとう、夏休み。ありがとう、feelings。



そして入部してからの1年半を振り返る。

んーーーー。これといったことを成し遂げていない。このままいったら、引退して振り返ると"そこそこ頑張ったかな"。以上。



大学4年間って色々なことができるわけで、周りには必死で勉強してる人、海外を飛び回ってる人、アイドルをプロデュースしてる人、遊んでる人、何してるのかよくわからない人等々色んな人いる。その中で自分は部活に時間と熱意を投資することに決めた。他にも道はあったけどそれらを諦めたのに"そこそこ頑張ったかな"なんて俺の4年間はなんなんだ?

幸いにもこのア式蹴球部に入ってサッカーを色々な観点から教わり、それを基に自分でも情報を集めていて、まだまだだけどサッカーに対して複数のアプローチがきるようになった。アプローチの仕方が複数あれば総合的に優れた結果を残せるはずだ。もちろん色々なことに手を出すってことは、その分時間と熱意が必要になる。けど、それをやりきったら、"そこそこ頑張ったかな" じゃ終わらないじゃないか。

こんなことに思いを巡らせてるとやりたいことが山ほどでてくる。一見暇そうな学生にも結局暇なんてそんなないんだろうな。暇だと思った時は多分やるべきことから目を背けている時。思考停止してる時。そういう時間が多少あってもいいと思うけど常日頃それはね。ぼーっと生きてんじゃねえよ!!と某5歳児に叱られそうだ。

本当はこんなことすぐ気づかなきゃいけないんだけど、慣れてしまった日常から脱するには何かきっかけがあるとよくて、feelingsはその1つになりうる。これからfeelingsが回ってくる人も自分との対話をじっくりしてみてください。

そしてfeelingsの執筆を通して、やはり反省は大事だなと改めて気づかされる。現代では常にあらゆる情報が入ってきて、それを基に自分と向き合うことは成長につながる。持ってる情報が増えれば反省の視点も増えて、今まで見れなかったものが見れるようになる。情報は入れて終わりじゃなくて利用しないと。これを機にもっと頻繁に振り返りをしようと思う。

なんだ、結局はPDCAサイクルじゃないか。簡単なことじゃないか。ははは………。

さて、振り返るとなかなか内容の薄い文章になってしまった。今の自分はこの程度のことしか書けないことを真摯に受け止めよう。次のfeelingsで濃いことを書けるようにならなきゃいけないな。こんなことをしてきました!って語れるように、ア式における自分の存在意義を胸を張って言えるようになる為に、残された時間を過ごそうと思う。



暑いけど熱い夏休みにしよう
2年 田中秀樹



2019年8月6日火曜日

Making the best choice

先日、進学振り分けの第1志望の登録を行った。色々悩んだ末とりあえず申請したけれど、これからひと夏悩むつもりだ。


私は選択が重大になればなるほど優柔不断になる。どの選択肢も輝いて見えて捨てがたくなる。だから様々な節目で後悔が少なくなるよう消極的な選択をしてきた。

中学は海外にいたので高校受験しかしたことがないが、結果が出た後もどこも楽しそうで決め手がなかったので、そのまま大学へ進学できる某私立の附属高校ではなく、いずれ大学受験することになる国立の高校を選んだ。

そしてわーわーと毎日楽しく過ごしているとあっという間に高3になり文理を決めなければならない時がきた。この時もまた、どの科目も面白くてかなり悩んだが、結局(暗記が異常に苦手で理系科目の方ができたというのも大きかったけれど)文転はしようと思えばできるという安易な考えで理系にした。

志望大学を決める時もそうだった。どの分野も面白く感じられ、これや!とピンとくる志望学部がなかった。そこで、色々自由に勉強できそうな東大にした。「私医学部行く〜」、「俺は地学研究する」などと自分の興味が定まっている友達は尊敬していたし羨ましかったし、どうして決まっているのか不思議だった。

だいぶ否定的に書いてしまったが、今思うとこれら選択は私の世界をかなり広げてくれた。どこかで違う選択をしていたら、今まで出会ってきた素敵な人々と仲良くなることもなかったし、自分の今持っている価値観や信念も違っていたかもしれない。そう思うと人生って面白い。

とまあこんな感じで、自分探し中のダメダメな私だが、サッカーの世界には自分から踏み込んだ。決して消極的な選択ではなく、自分の意志で始めたと胸を張って言える。
大学に入学し、部活・サークルを決めるべく色々まわったが、1番楽しかったのはサッカーだった。これでいいや、ではなく、これがいい!と思えた。もっと練習して上手くなりたいと思った。サッカーというスポーツについて知れば知るほどのめりこんでいった。
1年生も読んでる(?)中でこういうことを書いていいのかわからないが、1、2ヶ月前は新しい仲間を増やすべく新歓活動をしていた。ここで我らがア式女子をPRするために私たちの魅力について考えることがぐっと増えた。それはそれはたくさんあった(おこがましくてごめんなさい)。もちろんサッカーというスポーツ自体にもかなりの魅力があり、私自身その魅力に惹かれて入部したと思っていたのだけど、サッカーをこんなに楽しくさせてくれているのはチームメイトたちだと気づいた。総勢16人というこじんまりとした部活だからこそ、お互いの距離が近く些細な気持ちの浮き沈みに気づくことができる。そして励まし合うことができる。できていない部分を指摘し高め合うことができる。出来ることが増えたらすぐに気づき一緒に喜ぶことができる。皆尊敬できるすんばらしい人で、大好きだ。こんなに最高なチームなんてあるんだろうか。このチームの一員でいられて私は本当に幸せ者だ。グッジョブ入部を決めた自分!!きっと入部する時もこの温かい雰囲気に惹かれていたんだろう。

これからも何かを選択しなければならない場面はたくさんあるだろうけど(とりあえず学部決めなきゃ)、自分のした選択に真摯に向き合っていこうと思う。明るく、楽しく!


いつかどっかの誰かが言っていた。

「正しい選択なんてない。自分のした選択を正しいものにすればいいのだ。」



イニシャルはH.O.からZ.W.になりました
2年 女子部 ざわちん

2019年8月1日木曜日

サッカーおススメアカウント集

ツイッターで面白いおススメアカウントを紹介します。

有名なアカウントばっかだと思いますが、全部面白いです。


・とんとん
この人の分析記事は本当に面白いです。自分が最近学んだサッカーの知識の大半はこの人の分析記事からです。解説内容と共に映像も載せてくれるので、実際にどんなことが起きているのかよくわかります。ブログも運営していて、チーム全体の戦術から個人のオフザボールの動きなどタメになる内容が本当に多いです。最近ボードの説明が増えて映像が少なくなって個人的には非常に残念です。昔みたいに映像を載せて欲しいです。


・枝Dの人/守備の概念覆します
Dという個人の守備の型を提唱している人です。また、枝D理論というグループでの守備のやり方を提唱しており、興味深いです。
また、フットサルの視点から崩しの方法も提唱しています。枝Dができたらもっとボール奪取の機会が増えると思うのですが、サッカーで使っている人がプロで見当たらず、本当に使えるのか(リスクが高すぎないか)まだわかりません。ただフットサルでは使っている人がいるので使えるのではないかと思います。フットサルの崩しはサッカーでも散見されるので、できるようになりたいです。


個人のファーストタッチのやり方からドリブルのやり方などを解説しています。ただのフェイトの解説ではないところが面白く、タイミングや相手の逆をいかにとるかという解説が多く、感性になりがちなドリブルについて理論的に知れます。ブログも運営していて、参考になるオフザボールの動き方なども解説しています。


・【サッカー】アスリートコレクション
フィジカルトレーニングや食事についての記事が載ってあります。フィジカルトレーニングについての記事はパワーや瞬発力、スピード、アジリティなど様々な種類があってためになります。ただ消化酵素の記事が多くてうるさいなとは思います。


NBAですごいのはダンクだけ⁉︎
バスケについての解説するアカウントです。サッカーについては一切ありません。ただNBAの選手がどのように数的優位を作っているのか、どのようにフリーマンをつくっているのかというのは面白くサッカーにも応用できるのではないかと思います。(どう応用するかは全くわかりません。)



夏休みは筋トレ週3
3年 鶴田智也

2019年7月25日木曜日

街クラブ

今回feelingsを書くにあたって、ありきたりだけれども自分の高校時代の話をしながら、高校時代のチームへの感謝も込めて街クラブについて紹介したいと思います。


高校でサッカーをする人の大部分は部活に所属し、競技レベルの高い上位リーグではJリーグチームの下部組織の存在感が際立つ。そんな部活でもJ下部でもない、魅力的な選択肢が街クラブである。街クラブとは、JCY(日本クラブユースサッカー連盟)に加盟しているチームのうち、Jリーグのプロクラブを母体としないチームのことである。第3種(中学生年代)では多くの街クラブがあり、J下部と実力の面で拮抗しているチームも多く存在するが、街クラブは第2種(高校生年代)になるとその数を減らす。だが、個人的には第2種の街クラブが増えるべきであると思っている。


僕がFCトリプレッタユースに行きたいと思ったのは、端的に言えばその競技レベルが首都圏のどの進学校よりも高かったからだ。小中とがむしゃらにサッカーをやってきて、高校ではもっともっと高いレベルでサッカーをやってみたいと思っていた。だが、中3の夏、部活をとうに引退していた僕は受験勉強の合間に受けた2つの街クラブのセレクションのどちらにも落ちた。その後、高校受験で第一志望校に合格した自分は、部活に入り、周りと同じように勉強して、東大を目指せばいいと思うようになった。だが、勉強もあまりせず、サッカーもなんとなくこなしているような日々を過ごす中で、もっと高いレベルの環境に挑戦したいと思うようになった。東大を目指しながら、いわゆるサッカーエリート達と試合をしてみたいと思う自分がいた。もっと本気でサッカーに向き合ってみたい自分がいた。


街クラブには、同レベルの部活のチームと比べると、格上のチームと戦うチャンスが多くある。部活が高校同士で高体連の主催するインハイ、高校サッカー選手権を戦う中、JCYに所属している街クラブはJ下部も含めたクラブチーム同士でいくつかの大会を戦うことができる。東京都クラブユースサッカーU17選手権大会(新人戦)、日本クラブユースサッカー選手権(クラ選)、Jユースカップなどだ。第2種(高校生年代)では、クラブチームの総数は部活よりも圧倒的に少ないため、必然的に実力の差があるチームと試合をする機会も増えるのだ。僕が所属している期間にFCトリプレッタは、ヴェルディ、FC東京、横浜Fマリノスなど名門のユースチームと試合をした。


これでダメなら諦めるかしかない、そんな気持ちで高1の時にも街クラブのセレクションを受けた。中3で落ちていたし、ダメ元だった。そんな中、僕に練習参加の機会を与えてくれ、合格をくれたのがFCトリプレッタユースだった。この舞台で、自分は挑戦をしたいと思った。仲良くしてくれていた部活の仲間は、そんな自分勝手な僕を応援してくれた。ギリギリでチームに入った僕は、どん底のCチームからの出発だった。体力も技術も足りない中、ひたすらに上手くなろうと努力した。いつかはAチームに入り、全国の舞台で強豪と息が詰まるような戦いをすることを夢みていた。


一般的に、街クラブは経営面、グラウンドなどの環境面でJ下部、部活よりも厳しい状況に直面しているといわれる。部活は環境面、経営面でも学校という安定した基盤を持っている。また、同じ学び舎で日々を過ごし、グラウンドでも共に戦ったかけがえのない仲間を得られることは明確な長所であろう。だが、それは所属するチームを選ぶことで、普段の学習環境が決定されるという欠点も示唆している。サッカーの強豪校に入ったはいいものの、校風が気に入らない、授業のレベルが合わないといった愚痴が聞かれることも少なくない。また、様々な理由で、一度入った部活をやめたくなったが、サッカーは続けたいという人にとってはクラブチームの存在が解決策となる。


FCトリプレッタユースには、多くのバックグラウンドを持った人がいた。東大を身近に感じる学校に在籍しながら、このチームに身を置けたことは、結果的に自分の常識の幅を広げることにもつながった。当然技術の方も、たくさんの練習試合の機会や自分より上手なチームメイトに囲まれた恵まれた環境に支えられ、大いに向上した。だが、いつまでたっても自分には自信が足りなかった。周りよりは努力をしているつもりだったが、勝手に限界を決めていたことで、選手として突き抜けることはできなかった。Aチームに定着できたのも高3の夏のことで、そこから途中交代などの出場機会を継続的に得ることはできたものの、思うような活躍はできなかった。ただでさえ下手な僕は、Aチームに入ってから試合に出てもだんだんと周りの足を引っ張らない事ばかりを考えるようになってしまい、その思考がミスを呼ぶという悪循環に陥っていった。結局、目標としていたリーグ戦でのゴールも、全国大会出場もできなかったし、何より試合を存分に楽しむことができなくなっていた。10月末、チームを辞める時に、大きな感謝や達成感に紛れて悔しさが残っていた。そこで、もっと上手くなって、もう一度サッカーを心から楽しみたいと思ったのがア式に入った理由の一つです。



最後に街クラブの存在意義についてまとめたいと思う。そもそも、学外のクラブチームの存在は、学生に多くの選択肢を与える点で大きな価値を持っている。その存在は、学生が文と武どちらもを適切なレベルの環境で行うことをもたらす。こういった環境の整備は選手の成長を促進し、日本サッカーのレベルの底上げにも繋がると思われる。だが、J下部のチーム数はJリーグに所属できるチームの数に制約があるため、ほぼ一定であり、その数の増加は見込めない。そこで、クラブチームの裾野を広げる役割を持つことができるのが街クラブなのだ。現在、第2種の街クラブはより普及することを目指してさまざまな活動をしている。SNSの活用も増えたし、街クラブチーム同士の全国大会たるTown Club Cupも2017年から始まった(FCトリプレッタis初代王者)。もちろん部活には部活の良さがここでは挙げきれないほどあるし、なくてはならない存在である。だが、もっと多くの学生の選択を悩ませられるよう、第2種における街クラブの更なる普及を期待し、筆を置こうと思う。筆使ってないけど。



元FCトリプレッタユース宴会部
1年 大矢篤

2019年7月18日木曜日

半目のだるま

正式入部者5名。仮入部を含めると6名。


今年のア式女子の新歓は、大成功とは言えないものの、なかなかうまくいったのではないかと思う。
入部を決めた新入生が、新歓イベントに積極的に参加し、入部を迷っている新入生たちと仲良くなってくれたことが大きかった。








今年の1月1日にア式蹴球部女子の主将となった私は、新歓長も兼ねることになっていた。
主将になった実感がなかなかないまま、新歓長として新歓期を駆け抜けた。


気づいたら6月。主将になってから5ヶ月以上が経ち、もうすぐ私の任期は半分を切る。

この事実に気づいた時、とにかく焦った。




「何もしていない」




そんな感覚。

もちろん8月〜11月の関カレが1年の活動のメインであることを考えれば、まだ助走の時期と言える。「これからが本番」と考えることもできる。


しかし、執行代を経験した4年生、主務の同期、OBコーチの藤岡さんといった頼れる人たちに囲まれ、みんなに助けられて名ばかりの主将でいるのではないかと考えてしまう。






3つ上の主将のように、サッカーが飛び抜けて上手いわけではない。
2つ上の主将のように、必要な厳しさと優しさを持ち合わせているわけでもない。
1つ上の主将のように、頭がめちゃくちゃキレて仕事ができるわけでもない。




私は何でも無難にこなせる自信はあるが、飛び抜けた才能がない。これはサッカーにおいても日常においても感じていることだ。


そんな自分に何ができるのか。


ふと、12月に行った「新体制MTG」を思い返してみた。
今年のテーマとして「個の尊重」を掲げ、目標として「新入部員5人」と「関カレで3勝」をあげた。

自分に特別なことがなくても、部員一人一人に寄り添ったリーダーシップならとれる。

先輩後輩関係なく、部員みんなが意見を言って良い雰囲気を作れるようにしたい。
今まで以上に仲の良い部になりたい。
全員が「自分がいなきゃダメだ」と感じられるようにしたい。
部員が試合で100%発揮し、さらに相乗効果が生まれるようにしたい。
チーム力で勝てるようになりたい。

そんな気持ちに立ち返った。







一つ目の目標である「新入部員5人」は達成した。しかしまだもう一つある。だるまで言ったらまだ半目。
もう一つの目標である「関カレ3勝」を絶対に達成したい。

去年はいい試合はした。点はとった。だけど0勝。この悔しさは絶対に忘れない。


もうすぐ夏がやってくる。
8月24日に関カレが開幕する。

主将として戦う最初で最後のシーズン。
自分が「いい主将」になれるかはまだわからないけれど、この部をどんどん「いいチーム」にして、目標を達成できればそれで十分。


こないだの練習試合で久々にア式女子で「勝つ」経験をした。
何より勝つと楽しい。この事実を感じた。

勝ちたい。とにかく勝ちたい。




ありきたりだけどとっても好きな言い回しがある。今シーズンはこの言葉を忘れずに戦って、そして目標の「3勝」を必ず達成したい。











楽しく真剣に。
女子部3年 小倉優香

2019年7月15日月曜日

優しさの作り方

feelingsは基本的に「今」の気持ちを書くものでしょう。ブログサイトにも大体そんなことが書いてあります。

でも最近ア式以外のことも色々あって心が忙しく(物理的にもめちゃくちゃ忙しく)、ア式生活は良く言えば恙無く、悪く言えば作業的に過ごしてきました。

回りくどい言い方をやめて正直に言うと、まじでほんとに書くことが思い浮かびません。
だから今回は、今の気持ちじゃなくてずっと考えてたことについて書こうと思います。



ずっと、正しいとは何なのか、考えていました。


なんか嘘みたいだよね。綺麗事みたいで気持ち悪い。うん、私もそう思いますよ。


でも本当に大真面目に考えてきました。

GMだから、部の色んな事を責任を持って決めることができる立場だから、っていうのはもちろんあります。この選択は果たして「正しい」のだろうかとよく考えさせられます。

例えば、みんなから集めた部費の使い道。
広報のやり方。
ボランティアのようなピッチ外の活動をどこまでやるか。
学業と部活の優先順位はどこまで認めるか。
選手として大成しない部員は運営の仕事を重くするべきか。
逆に活躍している選手は色々な仕事を免除される資格があるのか?

もっと言うと、
流行りのプレーモデルを取り入れることは好ましいことなのか。
トレーニング理論は最新のものが「正しく」、昔からの通説は「間違って」いたから「正され」たのか?
学生主体の運営は望ましいことなのか。たとえそれで痛い目を見ても?
誰に相談するのが適切だろうか。誰が私たちの味方で、誰は私利私欲のために私たちを利用しようとしているのか。

「正しい」の定義もわからず、正しいとされている選択をすることが「正しい」のかもわからず、ずっと考えてきました。


だけど覚えてる限り、これはGMになるとかよりもっと前から、19歳の時から付き合ってきた考えです。

19歳になった頃、私は福岡の予備校に通っていて、予備校から徒歩30秒の寮に住んでいました。
人によるかもしれないけど浪人生活はすごく暇で、たくさんの本を読んだり、なんかの講演会に行ったり、資格を取ったり、自分の思考をゆっくりまとめたりする時間がありました。


それで、早速でしたが結論を出しました。

「私は矛盾を受け入れよう。」

と。

というか結論から先に思いついて、本当に?って今まで考え続けた感じです。


りりちゃんのfeelingsじゃないけど、私たちは人間で、全然論理的じゃないし一貫性もありません。それを「変化」とか「成長」と呼べばちょっとは聞こえがいいのかもしれないけど、往々にして矛盾してきます。思考はまだましにしても、感情となるともう全く非論理的です。

りりちゃんの不合理は個人レベルですが(りりちゃんのfeelings大好きなんですよね)、個人と個人の信じるもの同士は一致しなくて、あっちを立てればこっちが立たず、ある時代の当たり前は次の時代ではボロクソに叩かれています。


この世界に絶対の正義なんかないんだな、と思いました。


私はここで「正義なんかないんだ」と思った訳ではありません。
互いに相容れない正義とか信念とか主張をすべて「正しい」としようと、せめて「それを是とする考え方もあるんだな」くらいには受け入れようと思ったのです。自分がにわかには受け入れ難いからといって「間違っている」と決めつけたくはありません。

正義というのは怖いもので、正義のために行動をすると、それを邪魔する存在はことごとく悪であり傷つけても構わない対象になります。

成功だと言われている改革も、数年後の部員によって元に戻されるかもしれません。それどころか、嫌だと思っている人を丸め込んで、もしくは排除して成功させたのかもしれません。失敗だと言われている施策も、発案者に聞けば確かにポジティブな意図があって、実行に移したのも理解できるのです。

歴史にアナザーストーリーはつきものです。小説ではない世界ですから、語られる歴史は全て一人称、真実はいつも一つなんて甘っちょろいこと言ってられません。

「○○されて嫌だった」という主張に無条件に同情するつもりはありません。「○○してくるなんてあいつは最低な奴だ」という意見があっても、返答は「あなたはそう感じたのね」くらいにしておきたい。

私たちは、自分こそが世界の中心で、自分のその場の感情と欲求が世界の秩序だと、無意識にオートマチックに信じ込んでいます。信じ込んでしまっていることにすら気付かず、瞬間的に他人の行動にイライラし、他人を馬鹿にし、そんな考えは間違っている無意味だと切り捨てます。

自分のことしか眼中になくなるのは、悲しいことに無意識です。無意識だからそれを振り払うのはとてもとても難しい。

誰かと意見が対立した場合を想像してみてください。相手は自分とまるで違う考えで、あなたは何を言っているのだ、絶対に間違いだ、気が狂ってるんじゃないのか、と主張してくるかもしれません。それはこっちのセリフだと舌打ちするのを堪え「あなたは私とは違う考えのようだけど、そういう考えもあるよね」と返すことに、幾ばくかの悔しさを感じるでしょうか。これは諦めでしょうか、それとも敗北?

私の考えでは、それは違います。
自分の信じるものと異なる正義を受け入れることは、深い教養と本物の知性と強い精神をもった者だけに許された自由です。
対立した相手が自分を受け入れてくれないかもしれませんが、それは仕方のないことです。

でも、だからこそ、私たちは実践しなければなりません。
私たちがサッカーに関わる人間だからです。

サッカーは言うまでもなくチームスポーツですから、個々人が好き勝手プレーしては勝てるはずもありません。目指す戦術・プレーをおいて全員の意思統一を図ります。強固になればチームのスタイルとして定着し、それを支持するサポーターが付き、そのスタイルに憧れた選手やスタッフが加入することになるでしょう。
ですが私たちはそのスタイルが絶対でないことを知っています。別のチームには別のスタイルがあり、対戦相手は我々の戦い方を分析して対応してきます。そのことを重々承知した上で、自分たちのサッカーを信じるのです。


簡単なことではないし、抽象的すぎて結局何をすればいいのか分からないかもしれません。
私たちにできることは、意識をしっかり保って、考えることを止めないことです。これだけです。

自分たちが手に入れたいものは何だろう、それはどうしてだろう、どうやったら手に入るか、その手段はほんとうに適切なのか、誰かが非難するかもしれない、後輩たちが、もしくは近い未来の自分たちががっかりするかもしれない。
そんなことを考えて悩んで、実際に傷つけたり傷ついたりしながらも、誰かに伝わってくれるようにと願って行動を起こす。

そんな集団でありたいと、私は思います。


私たちが未熟だからというよりは、矛盾する正義が存在し得る限り私たちは何を選択するべきか悩み続けます。
それでも、自分たちの正義が誰かを傷つけてしまう可能性があると怯える私たちは、その可能性に鈍感な時よりきっとずっと優しくなれるはずです。


大学スポーツ界が変わろうとしている今だからこそ、もっと考えたい。
直感的な不信感や盲目的な肯定で早急に決断を下してしまうのではなく、みんなとたくさん話して少しずつお互いが何を望んでいるのかを理解して認め合っていくべきです。


もっともっと優しい世界になりますように。


そんなことを、ずっと考えています。


火星に住もうかな。
3年 佐原由香

2019年7月9日火曜日

嘘はついた方がいい

「島田、俺のスリッパどこにあるか知らない?」

「知らんけど、、(微笑)」

「いやいや、絶対お前知ってるじゃん」



僕はどうやら嘘をつくのが下手らしい。
そもそも本気で嘘をつこうとしていない説もあるが、動揺や笑みがガンガン顔に出るから秒でバレる。
将来、ラスベガスには行かない方が良さそうだ。所持金が綺麗な単調減少を描き、2日も経てば借金に溺れてしまうだろう。



「お前、さっきから『ハウス』ってコーチングしてね?何それ?」

「島田『ハウス』知らないの?ラテン語でブロックって意味の戦術用語だぞ。俺小3からずっと使ってるぞ」

「あ、そうなのか!でもお前、少し前までそんなに使ってなくなかった?」

そんな用語はなかった。。。



僕はどうやら嘘を見破るのが下手らしい。
まず疑おうという意識が働かなさすぎである。
将来、マルチ商法には気をつけた方がよさそうだ。1万円の水を売りつける勧誘員の追い払い方を今のうちに考えとこう。
ちなみに、彼は「コース」と言っていたようだ。シュートコースを切れとのことである。



ここで1つ大きな疑問が生じる。
『嘘をつくのが下手な』僕は『嘘を見破るのが下手な』僕に嘘をうまくつけるのだろうか?
最弱のほこ×たて対決が今ここに誕生した。



『口へんに虚』と書いてウソと読む。要するに虚偽を口で表明するということだ。「嘘つきは泥棒の始まり」という言葉があったり、イソップ童話で「オオカミが来たぞ!」と嘘つきまくって村民の信頼を失った少年がいたり、嘘はついてはいけないものだと子供は教えられる。だから、嘘をつくと人はやましいと感じるし、嘘つきに対して人は嫌悪感を覚える。

ただ、すべての嘘が、『謀略、保身など様々な目的で他人を騙すために用いられ、結果的に他人に不利益を与えるもの』ではない。例えば、『他人の利益のためにつく嘘』というものも存在する。真実を伝えるよりも虚偽を伝える方がその人のためになるとされるとき、人は虚偽を伝える場合がある。これはプラシーボ効果など医学界でも使用されているし、『悪ではない嘘』とされる。

それでは『自分に嘘をつく』というのはどういうことなのだろうか。



人は大人になるにつれ妥協するようになる。自分が1番求めるものを手に入れようとせず、あらゆる理由により2番目、それ以下のものを選んだり、何も選ばなかったりする。妥協はよく言えば現実を見る行為であるが、現実に行われているほとんどの妥協はこれに当てはまらない。1番求めるものを獲得する手段はあるのにも関わらず、それまでの過程を怠ったり、そもそもその過程を考えることもなく妥協する。このような妥協は、実現可能な願望を、実現不可能だと自分に信じ込ませる『自分に嘘をつく』行為である。

ただ他人につく嘘同様、自分につく嘘にももう1つの種類が存在する。他人につく嘘の中に『自分』と『他人』それぞれの利益のための嘘があるならば、自分につく嘘の中には『嘘をつく主体としての自分』と『嘘をつかれる客体としての自分』それぞれの利益のための嘘があるはずである。

先ほど述べたような妥協は前者にあたる。『主体としての自分』が作業を怠ったり、思考を放棄した結果、『客体としての自分』は本来獲得可能であったものを獲得できなくなってしまった。一方で後者にあたる『客体としての自分』のためにつく嘘は、『主体としての自分』の希望や意思に背くという、生理学的な行動に背反するものである。

簡単な例として、苦手な食べ物を食べるためにつく嘘があげられる。『主体としての自分』は嫌いだから食べたくないという心情により拒絶する。『客体としての自分』は食べさえすれば栄養摂取という利益を得ることができる。ここで、実はこの食べ物大好きなんだと自分に信じ込ませれば、それは『客体としての自分』のためにつく嘘になる。ちなみに僕は苦手な舞茸を食べる時、『僕は山で遭難中、空腹で死に絶えそうだがここに1つ舞茸があるではないか!』という嘘をついて食べたりしている。



最弱のほこたて決戦の敗者は『嘘を見破るのが下手な僕』である。
僕はどうやら自分に嘘をつくのは下手ではないらしい。
『客体としての自分』のために嘘をつくことはかなりの側面で役に立つと考える。



僕は大学受験時代、『客体としての自分』に嘘をつきながら勉強をしていた。部活引退直後は1日15時間以上勉強しない人は東大に受からないと自分に嘘ついた。問題を反復して解くのは大っ嫌いだったので、解いた問題を解いたことのない問題だと自分に嘘ついた。マグレでいい点数を取った時は、慢心しないようにするためにその点数をなかったと自分に嘘ついた。

人間はアイデンティティを確立しようとしがちである。将来的な自分を客観的に見ずに、自分らしさに見合った行動をしようとする。自分の特徴を1番認識しているのは自分自身であるし、それを確固たるものにしようとする訳であるから、将来の自分に最も有益になるようなアイデンティティの再構築は困難を極める。だから、自分に嘘をつくことが必要なのだ。

一度、自身が思うアイデンティティを変えてしまえば、その新しいものを確固たるものにしようという意識が自然と働くようになる。『客体としての自分』が求めるものを認識し、それを達成するために自分に嘘をつくことで、自分自身を変えることができる。

僕は小学生の時、極度のあがり症だった。サッカーの試合も水泳のテストもピアノの発表会も緊張でカチンコチンだった。もちろん緊張などしたくなかったから、そのうち自分に嘘をつくようになった。シンプルに『僕は今日から緊張できなくなった』と自分に嘘ついたり、シチュエーションに合わせて自分に嘘ついたりした。

『ここはカスピ海だ、1人で優雅に泳ごう』
『観客はみんな爆睡しているらしい』
『どうやら僕は昨日までJリーガーだったらしい』
、、、

くだらないふざけた妄想だが、あがり症の僕にはこれが必要だった。そのうち、僕のあがり症は無くなっていったし、偶にぶり返してきても簡単な嘘をつけばすぐに引っ込む。



「俺はこういうのやるキャラじゃない」とか「私はそういうのは苦手」とか自分の個性、性格、キャラクターにかまけて、『客体としての自分』への投資を怠っている人は多い。アイデンティティは自分に嘘をつくことで再構築できるものである。これを行わないで、現状に甘んじるなんてもったいない。



2019年、東大ア式は前期リーグで納得できる成果を得られなかった。
部員たちは「自分なりに頑張ろう、成長しよう、変わろう」と思っているだろう。



それではダメだ。

『自分なり』なんていらない。『自分なり』なんて変えられる。自身もチームも成長し、後期リーグそしてその先で勝ち続けるために、最も求められる自分自身を再構築すべきだ。そのために自分に嘘をつこう。嘘のつき方が分からなかったら聞いてやる。



新しい85人で後期を戦い抜こう。



4年 島田