2019年10月5日土曜日

1年生だから

この時期に何を書こうか悩んだが、特に外部にも内部にも発信したいことがあるわけでもないので、自分がア式に入部してからの4ヶ月半を振り返ってみようと思う。

と言っても今から書くのは7月の最終週に自分がAに上がってからの話だ。

自分が1年生ということもあり、今後の成長を期待されてということだった。Aに上がった途端、いつもできていたプレーが全くできなくなった。周りのプレスのスピードが速くなり、要求される最低限のレベルが高くなったのは間違いなく一つの原因だ。しかし、それ以外に自分がメンタル的に弱かったのが大きな原因だと感じる。今まで、前を向けていたところでボールロストを恐れてしまい、バックパス。左足の技術に不安があったゆえ、どんな状況でも右足でボールを持つようになった。

この1ヶ月でちょっとした体の向きやポジショニング、プレスについてなど、練習で遼さんに何度も指示を受けた。気づけば自分ばかり指摘されていたが、そのことは上達に直結するから自分なりにプラスに受け止められていた。しかし、その時間で先輩の練習時間を奪ってしまっていることには多少の罪悪感があった。ミスを指摘されるたびに自分のパフォーマンスが悪くなっていくのが分かった。それからはとにかくミスをしないようにとびびってプレーをするようになった。行動も態度も消極的になり、自分の持ち味である思い切ったプレーができなくなった。

育成にいつ落ちてもおかしくなかったし、毎週そのことばかりを気にしていた。自分がうまくなるために、そしてリーグ戦に出場するためには、いつ落ちるかや他人への迷惑を考えることは全く無意味であることはわかっていた。しかしその時の自分にはその思考を変えるのは難しかった。

スタメン争いに食い込めなければAに残ることができないのは当然だ。負けず嫌いという性格もあってか、同期がAに上がり徐々に信頼を勝ち取っていく中、Aにいながらそこに絡めない自分を不甲斐なく思った。
小さいころから自分のサッカーを見てきてくれた父親には部活はどうなんだと毎週のように聞かれる。いい報告ができず、親の期待に応えられない自分を情けなく思ったりもした。


そして後期のリーグ戦が始まって2週目、自分が育成に落ちることを告げられた。悔しかったが、あのパフォーマンスを見ればそれは当然とも言えた。


自分の欠点が浮き彫りになった1ヶ月だったし、その時はサッカーに対する意識を大きく改めなければならないと思った。それなのに育成に落ちてから、自分に対する基準がまた甘くなっている気がする。Aでの練習時には存在したミスに対する不安が薄れてしまっている。これではAに上がった時、同じことを繰り返すのは明らかだ。
Aに上がる時、自分がチームに必要な選手として何ができるようになっていなければいけないか、自分の持ち味は何なのか、これを機にもう一度考え直したい。


実力主義の部活とはいえ、様々な面で多少なりとも学年が関係してくることは当たり前かもしれない。自分がAに上げてもらったのも1年生だからである。しかし「一年生だから」という言葉には絶対に甘えたくない。来年、上手い1年生が何人入ってくるかもわからないし、現時点の序列が今後入れ替わることだって当然ある。
この1年で変わることができなければ、その後の3年間で成長することはないだろう。
危機感を持って、日々の練習をこだわっていきたい。


書けば書くほど悔しい思いがこみ上げてくる。
少し重たくつまらない文章になってしまったが、書いたことには責任を持って今日から行動していきます。

1年生なのに。そう言われる選手に自分はなりたい。

1年  西澤吉平

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