夢を与えるという夢

3年 田所剛之 


「こんにちは。東京大学3年ア式蹴球部フィジカルコーチの田所剛之です。」

 

この挨拶をするのも今回が最後だ。

というのも、自分はこのシーズンをもって東大ア式のフィジカルコーチを辞めることにしたからだ。3年ながら卒部feelingsの第一弾として登場させて頂いているのはそういった理由からである。

 

 

フィジコを辞めることにした理由は、簡単に言うと外部の活動に力を入れたいと思ったから。

 

大学院でイギリスに留学するつもりである僕にとって、日本で過ごすことのできる時間はとりあえずあと1年と少しであり、その時間を使って日本で今の自分ができることは全てやり切ってから向こうに行きたいと考えている。

 

今シーズンの僕の仕事は、Aチーム、育成チームのアップ、怪我人のリハビリ、筋トレに指導。

グラウンド滞在時間は平均4時間/日。

移動時間も含めると毎日6時間を部活に使っていたというこれ以上にないフルコミットである。

 

この状況をもう一年続けるのはきつい。その6時間でできることが大量にある。

 

だから、将来のことを考えて辞めることにした。

 

 

 

というのが表向きの理由である。

8月某日、自分がフィジコを辞めることをチームに伝えた時もこんな内容のことを話した。

 

 

これは嘘ではないしア式を離れる決断をした直接的な原因であるのは間違いない。

 

ただ、辞めることを考え始めたきっかけはこんなに冷静な分析に基づいたものではなく、ただただ辞めたいという感情的なものであった。

 

feelingsという名の通りその辺の感情をここで正直に書いてしまおう。

 

 

僕がフィジコを辞める決断をしたのは6月。

シーズン開始早々、コロナ感染者が出たことで2週間の活動停止を余儀なくされた期間のことである。

 

プレシーズンからフルスロットルでフィジカルコーチとしての仕事を全うし、一定の手応えを感じていた僕にとって、この期間は非常に痛かった。

最悪の状況を強引にでもポジティブに捉え、単なる体力の維持ではなく、チームとしての課題に即したトレーニングによるフィジカル面での成長を目的として設定した。

さらには、トレーニング効果を最大化するため、選手にできるだけ楽しんでトレーニングしてもらうために毎日新しいメニューを考案、導入した。

 

自分としてはベストを尽くしたつもりだったが、実際にトレーニングをやってみると明らかに話を聞いていない選手や回数を少なく誤魔化している選手が目に付いた。

モチベーションの持っていき方が難しいとか、ボールが蹴れずにきついことばかりさせられるのはしんどいとかいった事情は分かるのだが、正直言ってこっちだってめちゃくちゃキツい。

 

 

俺はこんなに頑張ってるのになんでこいつらはこんなにやる気ないんだろう。

一部で勝ちたいんじゃないのかな。

 

 

こんな気持ちがどんどん出てきてしまった。

それまでは選手がトレーニングに集中していないことがあっても、基本的に自分の説明が下手だった、空気作りがうまくできなかった、などと自分自身に原因を求め、指導力を向上させようと試みてきた。実際にこの時もそうしてはいたのだが、途中で気持ちが折れてしまった。

 

オンライントレーニング中に怒りを全面に出してしまうことも多く、まだほとんど関わりのない一年生をめちゃくちゃにビビらせてしまったことは非常に申し訳なく思っているのでこの場を借りて謝罪させて頂きます。

同期の選手達にもめちゃくちゃ怖かったと言われてしまったので、とてつもなく怖かったのではないかと思います。本当にすみませんでした。

 

 

この時は完全に気持ちが切れてしまっていて、今すぐにでも辞めてしまいたいとずっと思っていた。

 

それでも今シーズン最後まで仕事を全うすることができたのは、どんな状況でも本当に真剣にトレーニングに取り組んでくれる、絶対に手を抜かない選手達が一定数存在してくれていたお陰だ。

 

自分がオンライントレーニングの指導で苦しんでいる時でも画面の向こうでめちゃくちゃ真剣にトレーニングをやってくれたり、LINEでフィードバックをくれたり追加のトレーニングを要望してきたりする選手がいたからこそ自分も手を抜かずにやり切ることができた。

 

この選手達のためにこのシーズンいっぱい、あと半年だけは頑張ってみようと思えた。

 

 

終わりが決まれば話は早い。

そこからはより一層気合いを入れて仕事に励んだ。

 

オンライントレーニングで培った怒りを全面に押し出すスタイルも駆使するようになった。

選手の集中力が欠けていると感じた時にそれまでは小手先のコーチングで改善を試みていたが、状況に応じてわざと怒っている感じを出して空気をピリつかせてみたり、その分良い時にはしっかり褒めたりとメリハリをつけた空気作りをするようにした。

 

それまでもメニューのクオリティ自体は十分高かったと自負しているが、このようなスキルを習得したことでトレーニングのクオリティのムラをかなり減らせたような気がする。

自分の主な仕事はウォーミングアップなので、この成長はかなり大きかったと思う。

 

前監督の山口遼さんに、お前の課題はコミュニケーション能力だ、そこが足りなさ過ぎると散々言われてきたのだが、この一年でその部分は劇的に成長できたと思っている。

これは遼さんがはっきりと指摘してくれたから意識していた部分でもあるので感謝しています。

 

 

ただ、こんな風にトレーニングのクオリティが上がり、選手の動きも段々良くなってきていると自己評価はしていたのだが、如何せん結果に繋がらない。

 

結局前期では一勝しかできず、フィジカル面は確実に良くなっているという手応えと勝てそうな試合を落とし続けるもどかしさが常に同居していた。

 

結果に繋がらないと自分の仕事は評価されないのか?

逆に結果さえ出れば自分の仕事は評価されるのか?

 

そんなことを永遠と考えていた。

結果が出なくても自分は自分の仕事をやり抜いたと胸を張って言えるように全力を尽くすことに決めた。

とにかく自分が考える最高のクオリティのトレーニングを目指してアップデートを続けた。

 

 

しかし、やはり結果は出なかった。

 

降格も決まった。

 

自分はチームを勝たせられなかった。

 

ただ、今の自分にできるすべてを出し尽くした。

それでも結果が出なかったのは自分の実力不足なのだろうか。

様々な要素が複雑に絡み合うサッカーにおいてフィジカルコーチがチームを勝たせようと豪語すること自体が傲慢ではないだろうか。

 

この問いに対する明確な答えはチームを離れた今も得られていない。

自分がチームを勝たせようと意気込みながらも、自分一人での力ではどうにもならないことを自覚しつつ、周囲との相互作用を意識的に良い方向に持っていこうとする態度が必要というのが現在の自分の回答である。

 

 

降格が決まった後の試合に関しては、正直言って気持ちが向かなかったというか、自分の中で消化試合感が捨て切れない部分はあった。

 

そんな中で迎えたホーム最終節vs学習院。

前期も勝ったし、せめて最後勝って欲しいなくらいにしか思っていなかった。

 

チームのパフォーマンスは決して良くなかった。

 

でも勝った。

しかもきっぺいがゴールを決めた。

 

今季スタメンスタートだったのに、スタメンから外れ、一度はメンバーからも外れた。

その中でもトレーニングは妥協しなかった。

オンライントレーニングで頑張る姿に支えられた。

 

 

試合後、勝って嬉しかったがなんせパフォーマンスは良くなかったので自分の仕事としては不十分だなと喜び切れずにいた。

 

そこにきっぺいが来てお前のお陰で頑張れたと言ってくれた。

マッツが来て毎日のトレーニングのお陰でめちゃくちゃ動きが速くなったと言ってくれた。

おががやっと報われたなと言ってくれた。

 

気付いたらめちゃくちゃ泣いていた。

この選手たちのために頑張ってきて本当に良かった。

 

大学生にもなって人前で泣いちゃうほど感情が揺さぶられる経験をできるなんて最高過ぎる。

本当に報われた。

 

これから自分がトレーナーとしてどんなキャリアを歩んで行くにしてもあの瞬間を忘れることはないだろう。

 

サッカーに真剣に向き合う選手が結果を出して、サッカーが上手くなって喜ぶ姿を見ること。

大袈裟に言えば、サッカーを通じて選手に夢を見させること。

これこそが僕がトレーナーとして仕事をする意味だと気付けた。

 

みんな本当にありがとう。

 

 

 

という感じでネガティブな感情から持ち直して最後は非常に良い形で終わることはできたのだが、じゃあもう一年となるかというとそれはまた別の話である。

 

自分がこの環境から得られるものはすべて吸収できたのではないかと思っている。

選手との信頼関係が出来上がりフィジカルコーチとして地位を確立した今、これ以上ここで活動を続けても井の中の蛙になってしまうのではないかという危機感がある。

 

部活をやりながら外部の活動も同時に進めてきたが、それでもキック専門トレーナーという独自の地位は徐々に築けてきたし、2人のJリーガーのパーソナルトレーナーになることができた。

 

そういった活動に自分の持ちうるすべてを捧げたら、学生の内にもかなりのところまで行けるのではないかと自分自身に期待している。

今はとにかくに行きたい、本物の実力を身に付けたいという気持ちが強い。

 

上とか本物とか曖昧な表現をあえて使っているのは、将来の目標が明確にはないからだ。

自分の場合、良くも悪くも現実を見てしまうところがあるので、長期的な目標を立てるとなっても現在の自分にできそうな範囲内で考えてしまう節がある。

 

だから小学校の卒業文集の将来の夢の欄には、サッカー選手と書いておけば良いものを自分はサッカーよりも算数の方が得意だからという理由で数学者と書いたし、高校で将来の夢を聞かれた時には年収1億円と適当に答えていたくらいだ。

 

変に将来の夢なるものを設定して自分の可能性を狭めたくない。

実際、この一年間を振り返ってみると本当に激動の一年を過ごした。

まさかJリーガーのパーソナルトレーナーになるなんて思いもしなかったし、キック専門トレーナーとかいう独自のポジション取りをすることも全く想定していなかったが、今では当たり前のような顔でこのポジションに居座っている。

 

とりあえず直近のプランとしては大学院でイギリスに留学するつもりだ。

その理由としては、単にプレミアリーグが好きということ、プレミアのクラブと大学の連携が強いということ、自分の専攻分野で世界一と言われる大学がイギリスにあることなどが挙げられるが、一言にまとめるとすると本物に触れるためだ。

 

本物のサッカーに触れ、本物のトレーナーになりたい。

プレミアのクラブで働くことには漠然とした憧れがあるが、圧倒的な実力で勝手に引き抜かれるぐらいの実力をつけたい。

 

将来のことに関しては本当に漠然とした話しかできない。

そもそも何年向こうに行くかも全く考えていないし、修士まで取るのか博士まで取るのかも考えていない。

そもそも東大を卒業してからストレートで院に行くのかすらも定かではない。

とりあえず目の前のことに全力で取り組んで自分にしか歩めない人生を歩みたい。

 

 

 

この文章を書いている時点で実際にア式から離れて3週間が経っている。

この3週間だけで見てもかなり色々なことが進み始めている。

パーソナルトレーニングを指導している選手から2人目のJ内定が出たし、Football ZONEの記事が出た影響でトレーニングの依頼は10件以上頂いている。

 

ただ、これらの成果は自分の実力だけで得られたものではない。

パーソナルトレーニングを受けてくれる選手を紹介して頂いた方、実際にパーソナルトレーニングを受けて継続してくれている選手、良い記事を書いてくださった記者の方、そもそもFootball ZONEが東大ア式の特集を組んでくれるきっかけとなった陵平さんなどなど本当に色々な人に支えられて今の活動ができている。

 

自分は人との出会いにもタイミングにもすべて恵まれていると心から実感している。

 

 

 

最近依頼を受けて指導したスクールの小学生にこんなことを言われた。

「ドラゴン桜ではバカとブスこそ東大に行けって言ってたけど、コーチは真逆なんだね。」

 

この言葉を聞いて、ほとんどの子供たちにとって自分は初めて接する東大生であり、自分の行動で東大生のイメージが決まってしまうのではないかとハッとした。

 

そして、それはトレーナーという職業に関しても言えるだろう。

自分がトレーナーとして仕事をしている様子が子供たちに輝いて見えると子供たちはトレーナーという職業に魅力を感じ、もしかしたら卒業文集の将来の夢の欄に書いてくれるかもしれない。

 

そんなことを考える内にまた一つとてつもなく漠然とした目標ができた。

 

 

サッカー界で成功してしっかりとお金を稼ぎ、トレーナーという仕事には夢があるということを示す。

 

 

「将来はトレーナーになろうと思っています。」と話すと東大の人からは東大まで来てそんなことするんだと蔑んだ目で見られ、トレーナー業界の人には儲からないから東大生が来る世界じゃないよと言われる。

 

僕が思うにトレーナーはめちゃくちゃ楽しい仕事だし、学問が入り込む余地は多分にあるし、やり方によってはしっかりとお金も稼ぐことができる職業である。

 

こんなに自分に合った職業はないのかもしれない。

 

この職業の楽しさ、可能性を自分の成功によって世間に知らしめたい。

それによってもっと学問的な素養を持つ人やその他の能力があるのにスポーツ界に関する偏見から現場の仕事を敬遠している人達がサッカーの現場に出てくるようになれば日本サッカー界の発展につながるかもしれない。

そうなると東大ア式のフィジコというポジションから継続的に面白い人材が輩出されていくことがサッカー界を変えるのではないかと思ったりもしている。

 

話が無駄に大きくなってしまったが、高校時代に適当に言っていた年収一億円という夢は目標設定としてあながち悪くなかったのかもしれない。

 

金額にこだわりはないが、しっかりと成功を収めてトレーナーという仕事の価値を高めていきたい。

自分の活躍を通して、サッカー選手以外の形でサッカー界で生きることに夢を持てるようになって欲しい。

それが回り回って日本サッカー界の発展に繋がってくれれば最高だ。

 

 

 

最後にア式のみんなに向けて。

 

選手へ

フィジカルコーチ目線で見ると一年通してみんなめちゃくちゃ成長したと思う。

ただ、成長度合いには差があって、その要因はトレーニング中にどれだけ自分で情報を拾って吸収しようとしたかどれだけ細かい部分に拘って取り組んでいたかという当たり前の部分にあったと思う。

細かい部分にこだわり続けるってすごく大変で、神経すり減らすようなこともあるけど、成長するためには必要。

そして、そうやってサッカーに真剣に向き合って成長しようと試みることがサッカーを楽しむということだと思うし、それが勝ちに繋がってさらにサッカーを楽しむことができると思う。

もっと色々考えて試行錯誤していくと今の何倍もサッカーを楽しめるし、それを全員がやって初めて勝てるチームになると思う。

そういったところを僕のトレーニングを通じて感じ取ってくれた選手がいれば僕は非常に嬉しいです。

これからも楽しみながら頑張ってください。応援しています。

 

 

スタッフへ

スタッフは特に今シーズン退部者が相次いで問題になっていたけど、僕は辞めること自体は悪いことじゃないと思う。

自分が辞めるからってこともあるけど、自分がやりたいことが見つかったなら絶対にそっちに行くべきだと思う。

ただ、自分の存在意義が分からないとかチームのために何もできていないとかいう悩みをよく聞くけど、これで退部を考えるっていうのはもったいないと思う。

グラウンドでマーカーを置いたりボールを回収してくれたりってめちゃくちゃ大事な仕事で、やってくれる人がいないと練習がスムーズに回らないし、そういうちょっとしたタイムロスが生じることで練習の質は落ちてしまうことはよくある。だから、そういった仕事をしてくれているだけでも練習の質を保っているという価値があると誇っていいと思う。

やっぱり最近のア式は新しいことをやり始めた人が多くてその影響で自分の仕事なんてと思っちゃたりするのかもしれないけど、いてくれるだけで価値があると僕は思っているので、変に悩まず楽しく部活して欲しいです。

 

 

トレーナーへ

1人で一気にブワーッと仕事を広げて3ヶ月とかしか残ってないところでいきなり出て行くとか言い出してごめんなさい。

特に、新家、篠塚には厳しいことを言い続けてごめんなさい。

2人とも本当によく頑張ってると思うしリスペクトしてる。

特に最後の方には泣くほど悔しい思いもしたと思うんだけど、ああやって自分と向き合うことは大事なことだと思うし、そこはこれからも忘れないで欲しいと思う。

自分のやりたいことをア式を使って実現して欲しいです。応援しています。

 

 

陵平さん

1年間お世話になりました。

プレシーズンから自分に全てを任せて頂いたり、いろんな方との繋がりを作って頂いたり、元Jリーガーとして選手目線でのフィードバックをくれたり、自分のTwitterを気にかけてチェックしてくれたり、すべてに感謝しています。

この一年の自分の成長は陵平さんがア式に来てくれたことが大きかったと思っています。

本当にありがとうございました。

 

 

東大ア式に関わる全ての皆さんへ

このクラブで3年間を過ごせて本当に幸せでした。

これから自分がサッカー界に羽ばたいて活躍することこそが、サッカー界に先進的な人材を輩出するという理念を掲げるこのクラブへの最大の恩返しになると信じているので、これからも精進していきます。

3年間ありがとうございました。

 

 

東大ア式から世界へ

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