2016年10月8日土曜日

最後の一年


Feelingsをご覧の皆様、お久しぶりです。

4年スタッフの渥美です。



Feelingsに投稿するのはおそらく一年以上ぶりです。

この一年、ひいては東大での四年間を振り返ったときに、ア式と同様に総務も私にとって欠かせない場所となっていました。少し長くなりますが、お付き合いいただければ幸いです。



昨年の9月から一年間、私は運動会総務部の委員長を務めていました。(運動会総務部…ア式、アメフト、ラクロスなどいろいろな部活が東大にはありますが、その事務方のまとめ役です。ほか、運動部員ではない東大生向けのスポーツ普及等も行っています。)

年明けの主将主務合宿に始まり、今年は七大戦・双青戦という二つの大きな大会の運営を東大が担当する年だったため、例年よりも慌ただしい一年となりました。

また、「関東昇格」を目標に掲げて日々練習に励むア式蹴球部(男子)と、部員数の少なさに悩みながらも同じく練習に打ち込むア式蹴球部(女子)を身近で見ていた私は、「各部の強化にもっと直接的に貢献したい」という想いから、運動部向けの講習会などのイベントを運営するチームを総務部内に立ち上げました。実際にそこで運営したイベントについては、自分の至らなさを痛感する点ばかりでしたが、継続的に運動部の強化に携わっていくための第一歩を踏み出せたことは自分を褒めてもいいのかなと思っています。(きっと今年は、頼りがいのある応援部の後輩二人主導で、今まで以上に各部にとって有益なイベントを開催してくれることと期待しています。)

運動会総務部自体は8月末で代替わりしたのですが、七大戦が9月末まであったので、それまでは何かと仕事が残っていました。924日の七大戦閉会式、25日の運営会議で、本当に総務部の仕事は終わりでした。25日はその意味で、私の大学生活で一つの区切りとなる日でした。

しかし、それだけでその日は終わってくれませんでした。



25日午前、検見川での七大戦運営会議を終えた私は、急ぎ御殿下に向かいました。対戦相手は亜細亜大学。東大が1部リーグに残留するためには、絶対に勝たなければならない相手でした。

先制点を東大が獲得し、このままきっと勝てる、勝ってくれ、そう思いました。

しかし、約15分後に亜細亜大学に追い付かれ、結果は同点。東大が1部リーグに残留できる確率は、ほとんどなくなったも同然でした。

25日は、ア式での四年間にも、残酷な形で「一区切り」となってしまいました。



スタッフとして、ア式蹴球部にもっとできたことはあるはずだと思います。広報、強化をはじめとして、ア式にはチーム全体に貢献するための様々な班があります。それらに所属しなくても、自分の工夫次第で部とのかかわり方は無限大です。リーグ戦後の集合で、OBコーチの元さんは「チームの全員に責任がある」と言いました。その通りだと思いました。私にはもっとア式のためにできたことがあるはずで、私はそれをしなかった…。

ただ、その一方で、私にこれ以上何ができたのか、という思いもないといえば嘘になります。総務部のトップに立って、そちらの仕事でいっぱいいっぱいになって、同期や後輩の助けがあって、やっとのことで一年の任期を終えられた私に、それ以上ア式で何かすることができたのか、と。

もっと頑張ればよかった、という単純な言葉では片づけられませんでした。優先順位をつけて取り組むこととか、下級生に仕事を振るのが上級生の仕事であるという意識とか、組織運営に必要なことが私からはすっぽり抜けていたように思います。まずは自分が頑張れる環境を作るため、そして後輩たちが頑張れる環境を作るために、そうしたことを考えなければいけなかった。なのに私は後先考えずに走り出して、今ある仕事でいっぱいいっぱいになって、最大の力を出せなかった、それがア式でも総務でも私の一番の反省です。



一年前の今頃、ほんとはア式を続けるか、ちょっと悩んでいました。総務部の一つ上の代の委員長は躰道部の方でしたが、委員長の任期中は躰道部の活動を休止していたそうです。それだけの決意をもって総務部での活動に取り組んでくださって、最後の打ち上げでの「やりきった」という表情が印象的でした。私は、ア式と総務を両立できるのか、不安でたまりませんでした。

でも、それでも残り一年ア式を続けることに決めたのは、やっぱりア式のみんなが好きだったから。この一年間も、意見が対立したり、勝てない試合が続いたり、数え上げれば辛いことのほうが多かったけれど、でも、ア式の同期が、後輩が、今までお世話になった先輩も、やっぱり好きだった。だから私は今、ここにいる。



残り二試合。

今のチームで、勝って、喜びたい。

全力で勝ちに行きましょう。



4STAFF渥美

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