2017年6月25日日曜日

つづきまして


間を空けずもう一本書いています。保坂です。feelngsというものは定期的に自分の番が回ってきます。あろうことか僕は二回分も延滞していました。

だから、二本目です。気持ちなんてそんなにいくつもあるものじゃない、ごまかしで連投しても意味がないという意見、ごもっともです。しかし、それ以上に義務を果たす必要が自分にはあると思ったので、書きます。



先にお詫びをしておきます。誰の得にもならないことを承知で、僕の日常生活と感じていることをいくつか紹介します。feelingsを書く理由も内容も完全に独りよがりです。

でもやはり、なかなか一度に二本も自分のサッカーに対する気持ちを交えては書けないものです。

そんなにすぐ思いは変わらないのです。

常に移ろうものは、日野の機嫌と秋の空、くらいですからね。









ーー 空模様は実に読みにくい。この時期ならばなおさらだ。雲ひとつない暑い日だと思えば、雲に覆われ突然の雨に見舞われる。

それゆえ、我が家にはビニール傘がたくさんある。

本数の8割は僕が買ったもので、原因の8割は僕の怠慢に近い不注意から来る。

朝、家を出る前にテレビを見る。天気予報曰く午後は所によってにわか雨が降るらしい。

外を見ると、気持ちの良い晴天。こんなに天気が良いのに雨が降るなど誰が言えよう。

確信を持ち家を出る、もちろん手ぶらで。



こうしてまた僕はコンビニで教訓を買い、我が家の傘立てにまた一つ、みずみずしい教訓が加わるのだ。

翌朝、すっかり乾いている昔買った傘たちと、まだ少し濡れたままの昨日の教訓を見て、五百円を無駄にした損失は大きい、この悔しさ決して忘れじと固く拳を握り自分に誓う。







握られた拳と、開かれた手のひら。したり顔で前を見ると、藤山君のでかい顔から余すとこなく悔しさがにじみ出ている。

彼とは一年の頃から一緒に筋トレをしていて、毎回じゃんけんで先にトレーニングをする方を決めている。

勝ち負けの価値が小さく、しょうもなくみえるかもしれないがそんなことはない。だってやっぱ先にやる方が辛いじゃん。



そんな彼とのじゃんけんだが、今年に入ってからの勝率は7割は堅い。なぜか、そこには経験から得られた分析と、その条件を整える弛まぬ努力があるのだ。

非常に端的に分析を教えると、彼は、不意にじゃんけんを挑まれると、無意識にグーを出すという病気なのである。

つまり、「時間的にも心理的にも突然のじゃんけん」を作り出せば「グー」という結果が約束されているのだ。

部員はこれを覚えておけば、練習試合の副審じゃんけんなどのときに役立つだろう。



しかし、そんな彼も弱点を知り克服し始めている。つい最近の闘いを紹介しよう。金曜の昼前のジムでの一戦。彼にじゃんけんの存在をさりげなく意識させた上で、充分に彼の心の準備ができたころ、突然挑んだ風にじゃんけんを開始する。この見事な手法で彼のチョキを、僕のグーで見事に打ち破った。

今後、弱点を把握した彼に勝つのにはまた苦労しそうである。こうやって互いに成長していくのであろう。

「グー出す病」を克服しつつある彼に敬意を払いつつ、弱点を教えたことを後悔するが、また新たな理論を見つけるしかない。

覆水盆に返らず、である。











お盆に食券を乗せる。最初の通り綺麗さを保った食券を、中央食堂のおばちゃんに見せ昼食を受け取る。

たったいま、また一つ僕が良い男への階段を登ったことにお気づきだろうか。



日々、節約のため中央食堂を使う僕が気づいたこと、それは「良い男は最初から最後まで食券が綺麗」というものである。

これには理由がある。昼の東京大学中央食堂は非常に混雑しているため、ぺらぺらの紙の食券を買ってから、それをおばちゃんに渡すまでの間、長蛇の列に並ぶ必要がある。しかし、財布に入れるほどのものでもない。つまり、食券を長時間手にもったまま列に並ぶため、最終的な紙の状態は大きく変わってくるのだ。

寺山君のように落ち着きのない奴はきっと手でいじってくしゃくしゃにしてしまうし、小椿君は汗で食券をびしょびしょにするだろう。

ただ良い男のみが平静に、無念に、無我を保ち、すなわち 綺麗な食券が手渡される。

その時意識されるものは昼食でも、食券でもない。自らの心である、あるいはそれすらももう意識の外かもしれない。洗練された食券渡しは、禅の精神にも通じうるだろう。

ただ勘違いしないで欲しいのは、綺麗な食券なのが良い男なのではなくて、良い男は必然的に綺麗な食券を渡すのだ。形だけ真似して精神を重んじないものは本質的にはいつまでもダサいままであり日常にぼろが出てくるはずだ。



良い男の条件のことなどさっぱり忘れていても、僕は涼しい顔で列に並ぶ。食券のことなど意識の外である。綺麗な食券を渡し、かま玉うどんを受け取る。よし、今日も良い男。

そして無意識にくしゃくしゃにしていた不要なレシートをポケットに突っ込み、おぼんを持ち席へ向かう。

ポケットの中身には触れないでもらいたい。









ポケットのついた長い短パンでプレーする上野からパスを受ける。周りを見たのち僕は遠い足で確実にトラップし、次の選手へパスをつなぐ。スクエアパス、サッカーの練習の基本中の基本だ。

さながらサッカーにおけるプラトンである。我々は、対面パスをやや発展させたたこの基礎練習が、どんな応用練習をやっても結局これを極めざるを得ないものだと気づかされる。単純で簡単な作業に見えるが奥が深い。基本であるがゆえに上手い人と下手な人の差が顕著にでるかもしれない。サッカーにおいては何本もビニール傘を買うがごとく同じ平易なミスを連発するのは恥ずべき行為であり、日々改善しミスをなくす努力をしなければ、、、、



いや、今回はそんなことを言いたいわけではない。サッカーの練習では稀な光景が一つあったことにお気づきだろうか。



そう、上野君である。

普通、サッカーのパンツはポケットがなく、短めなのが一般的なのだが、彼は常にポケットのついた長い短パンでプレーをする。



もう一度いうが、彼は常にポケットのついた長い短パンでプレーをするのだ。



二年生ながら、今年入ってきたという少し特殊な彼の情報を、恥ずかしながら僕はまだ多くは知らない。しかしこの一点のみで彼に夢中になっている自分がいる。是非とも仲良くしたいものだ。



ただ、ここで指摘したことで彼がプレースタイルを変化させることを僕は望んでいるわけではない。是非彼らしさを貫いてほしい。

上野をはじめ、一年生は皆個性的で、いいやつばかりだ。絡んだことのない先輩方も是非積極的に仲良くしてあげてほしい。

パンツが長いのが上野で、短いのが上田なので注意。



ちなみに、ア式随一の切れ者である佐俣君と話した結果、彼が生まれ育った北の大地と、ポケットのついた長い短パンというのは因果関係があるのではないかという結論が出たことだけ付言しておく。北海道、さむかったからかな。ーー









さむい語り口、自分の視点の発表。非常に恥ずかしいものです。これも僕が受けるべき罰のひとつでしょう。

皆さん僕の日常をなんらかの形で活用していただけると幸いです。



最後に、延滞し、義務を怠り直接的間接的に迷惑をかけた部員のみんな、ある意味謝罪、清算にまきこんでしまった、読んでくださった部外の方々、失礼いたしました。

feelingsはア式部員の魅力や考えを知るとても良い場だと思います!今後ともfeelingsを宜しくお願いいたします。





いくつもの傘よりも5000円よりも航さんのfeelingsが何よりの教訓

3年 保坂

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