2018年6月15日金曜日

f(p1+p2+…+p11)≠f(p1)+f(p2)+…+f(p11)

入部からほぼ2ヶ月が経ち、勉学の方ではS1ターム末、はじめての定期試験が終わりました。先生の引きが悪かったのか、テストが他のクラスより難しく、早くも落単の恐怖を味わった数理科学基礎。今回、最初のfeelingsに書かせてもらうのは、その試験勉強中に思ったことです。

  数理科学基礎の内容で数ある重要な事項の中に、線型写像というものがあります。写像とは、イメージで言うならば高校数学の関数であり、それが「線型である」というのは、任意のx,y、また実数aに対して、写像をfとすると、
f(x+y)=f(x)+f(y) と、f(ax)=af(x)
の2つが成り立つことと同値です。この数式に僕が何を思ったのかというと、「サッカーが線型性をもつスポーツじゃなくて良かったな」ということです。
 例えば各選手の能力をn次元の実数(タイトルのp1,p2,...p11に当たります)に落とし込めたとして、それを「戦力」という1次元の実数値に変換(その値が大きければそれだけ強い、という風に)する写像をfとします。もしこの写像が線型写像であれば、1つ目の条件式より、その左辺をチームの戦力と解釈すると、チーム全体の戦力はピッチ上の各プレイヤーの戦力の和に等しく、サッカーにおけるチームの戦力はプレイヤーの個人能力のみに支配されます。つまり、その状況下では上手い選手を集めたもの勝ちであり、ジャイアントキリングなどは起こり得ません。ああ、なんてつまらないスポーツでしょう。そしてさらに悪いことに、それによるとどうやら僕をはじめ、個人技やフィジカルの特に優れるわけではない選手の居場所はピッチ上から完全に無くなってしまうのです...
 しかし実際には、サッカーにおける戦力が個人の能力のみに支配されることはありません。ここから先の話の展開は容易に想像できると思うので省略しますが、要するにサッカー(他のチームスポーツでも同様でしょうが)におけるチーム戦術、もっと根本的なところでは、チームでの共闘の意識の占める部分はかなり大きいと思うのです。Aチームの試合を応援していると、各選手の長所が存分に生かされているプレーに、思わず感嘆の声を上げてしまうような場面があります。守備戦術が上手くはまっている場面もいくつもあります。しかし、自分たち育成の試合を見ると、Aに比べてまだまだ連動ができていない部分、お互いの武器を生かせていない部分があります。技術的な問題もあるでしょうが、それ以外の部分、例えばチームとしての守備の意識がまだまだ低いという趣旨の指摘を先日頂きました。改めて思い返すと、自分も含め、確かにそのような気がします。
 入部してから2ヶ月が経ち、ア式のサッカーにもだいぶ慣れてきました。そろそろ僕も主体的に参加しなければいけません。普段の練習から今まで以上に声を出し、互いの良さをより引き出せるように努力することで、自分が感知し、発信できる、1つの神経系としてここに存在する意義を果たしていけたらなと思います。それも、サッカーが線型でないありがたみを、深く噛み締めながら。

1年 MFまたはFW  東 将太

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