そう生きたいからだ。

なぜ僕は大学生になってまでサッカーをするのだろうか?




大学生には使えるリソースが非常に多い。
たくさんの時間も使えるし、経済的にも親に支えられている、社会的責任が少なく失敗しても自分の糧にできる。

でも、この四年間が終わったら社会で生きていかなければならない。
やりたいことだけやって生きていけるなんて思ってない。
現実的に、着実に、親孝行のために、将来守るべき家族のために生きていかなければならない。
何かしらの職を手につけ、責任を請け負って生きていかなけらばならない。



それなら今のうちに準備しておいたほうがいいな。
なるべく自分がやってみたいと思えることを、興味があることを将来やっておけるように、社会のことを知っておこう。
なるべく将来自由に生きていけるだけの財力と時間が欲しいから、どうやったらその域に達することができるのか、先人たちはどうやってきたのかを今のうちに学んでおこう。
いろんな人と会って、自分に足りない能力は何なのかを掴んでおこう。
やるべきことは山ほどある。





それなら今のうちに遊んでいたほうがいいな。
ぼんやりとした将来だけど、絶対今よりは時間的拘束もmustのタスクもきつくなるにきまってる。
今のうちに友達とくだらないことやって馬鹿騒ぎしておこう。
今のうちに毎年のように旅行に行って、大体みんなが行きたがるような旅行先は経験しておこう。
社会人になる前に一通りやってみたいことはやれるはずだ。




そんなことはわかっていながら、僕は今日も明日も練習に行く。

友達に飲みに誘われても、練習があるからと体を休めることを優先する。

親にたまには帰省しなよと言われても、部活があるからと断ることになる。

大好きな愛犬の訃報が伝えられても、試合があるからとその最期を看取ってやることもできない。

自分がなりたいのは獣医師のはずなのに、なぜか必死にもっとサッカーをうまくなろうともがく。

四年間しかこのチームにはいないのに、なぜかこのチームを強くしようと毎日のように考える。










他の奴らに言われなくたって僕らは自分がどれほど盲目的かわかっていながらも、サッカーから離れられない。
僕らの未来が、サッカー中心に回らないことなんてもう分かってる。それでもまだサッカーにしがみついてる。







この問いへの答えとして、「大学サッカーからは多くのことを学べる」という答えをよく見る。
この事実自体は間違っていないだろう。しかしこれは僕たちが大学でサッカーをすることの理由としては無理がある。
サッカーから学べることのなかで、サッカーからしか得られないものとは、サッカーそれ自体しか存在しない。
チームと協力して何かを達成することも、自分ができないことに対して試行錯誤を繰り返すことも、毎日コツコツと積み重ねることのしんどさも全部、サッカー以外でも経験できる。
だから「人生の大事なものをサッカーが教えてくれるから、サッカーを選んでるんです。」と言われても釈然としない。

それ、他でも体験できるよ?
終わった後の美談として語ってくれる分には構わないけど。





サッカーをしている理由をサッカーそのもの以外に求めるのは無理がある。
サッカーでしか味わえない瞬間、美しさに惹かれて僕らはサッカーをしているのだ。
サッカー以外のことをなかなか勉強しにくい、そこに時間を投資しにくい中でもやるほどその魅力に陶酔している。




しかしながら、そのサッカーを人生の中心に据え置くことはできなかった。
どれほど好きでも常に横で、その上を進めば「何とかなる」レールをせっせと作り上げてきた。
そして当然のように、そのレールの上を進む人生を選んでいた。



じゃあ、この人生とサッカーはどう結びつくんだろうか。
進む先にサッカーがない人生なのに、どうサッカーしている自分を説明すればいいんだろうか。










単純だ。もう答えはすぐそこにある。







進む先に答えがないなら、過程に答えはあるはずだ。

この人生の選択にこの問いへの答えがある。

この問いへの答えはそこにしかない。














僕たちは多くの矛盾を抱えながらも、サッカーをすることを選んできた。
時には練習に行こうとしても体が動かないことあったし、時には自分にボールが来ることに恐怖を感じることもあったが、僕らはこの道を選び続けた。



僕らは自分に嘘をつけない。
サッカーをやりたい自分から目を背けられない。
いくらそれが一瞬の輝きだと分かっていても、その一瞬にしがみつく。
多くの人が「時間の無駄だ」「もっと他に」と捨ててしまうものを捨てられない。


気付いたらサッカーから離れられなくなっている自分が、自分がどう生きたいのかを教えてくれる。
やりたいサッカーを大事にしているからこそ、レールの上であったとしても自分は何がしたいのか問うことを辞めないし、レール自体も自分がやりたい方向に向かわせる。

やりたいサッカーの中で本気で勝ちを目指す自分が、自分はどう人生に向き合い、上を目指すのかを教えてくれる。
徹底的にサッカーに向き合わないと見えてこないものを自分の手で掴み取る。


この問いに向き合い、答えを得られて初めて、僕たちの勝利は未来の勝利へと繋がる。
ただの「東京都リーグでの勝利」が「自分が選んだ道での勝利」につながる。
「徹底的に追求した勝利」が「人生における勝利」につながる。






だから僕の「なぜ僕は大学生になってまでサッカーをするのだろうか?」という問いへの答えは、









「そう生きたいからだ。」で十分だ。



今までもこう生きてきたし、これからもこう生きていく。
それをサッカーしている自分が教えてくれる。






と今のところは思っている。























本題はここで終わりながらも少し付け足そう。






俺と同じ問いを部員のみんなが立てた時、おそらくその答えまたはその答えを考えている過程に「サッカーがやりたいから」という要素のことは出て来ると思う。

そう、俺たちはサッカーがやりたくてここに集まってるんだ。

上手くなりたいと思っていたはずで、決して上手くならないといけない訳なんてない。

試合に出たいのであって、ここにいる以上試合に出なければいけないことなんてない。

勝ちたいのであって、いいプレイをしてチームを勝たせなければいけないなんて道理は一切ない。


なぜかというと、俺たちの先にサッカーがないからだ。ただの部活であり、プロを目指す集団じゃない。
俺らの結果なんて世間から見れば東京都1部?東京都2部?なもんで、ここでの勝ち自体がが将来の自分にもたらす価値なんてものも微々たるものに違いない。


そうであるなら、俺たちははもっと内なる声に耳を傾けていいはずだ。

サッカーをやりたい自分、上手くなりたい自分、勝ちたい自分に目を向けて、そこをもっと追求していい。
そんなチームに俺たちはなるべきだ。





だから、一度しっかりこの問いを立てて自分に向き合ってほしい。

どう人生とサッカーを結びつけるのか考えてみてほしい。

そしてぜひその答えを聞かせてください。





チームとして今年どう戦いたいかは周平が書いてくれてる。今年も進化した俺たちの姿を見せつけよう。

































にしても、マジで昇格したいな。

























主将
内倉 慈仁



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