東大卒なのにサッカー界で生きていきます
田所剛之(4年/スペシャリスト/土佐高校)
ア式を離れてから早くも一年が経った。
ア式では3年間かけてフィジカルコーチとしての地位を自分なりに確立したつもりだが、同時に一般向けにトレーニング事業を展開し始めていたため、学生としての最後の1年間はそちらに注力したいという思いからの決断だった。
この1年間もア式に籍を残してはいたもののほとんど役に立てなかったため、せめてもの償いとしてこの1年を通して自分が感じたことを書き残しておこうと思う。
僕はア式を離れてからキック専門トレーニングKicking labというサービスを展開し、サッカー少年からプロ選手まで幅広く指導している。
この仕事を始めてからの大きな変化はとにかく多くの人と接するようになったこと。
毎日初対面の選手、サッカー少年のトレーニングを指導しているし、ビジネスとして大人と会うことも少なくない。
その中でもよく言われる言葉がある。
「さすが東大生だね」
まぁ褒めてもらってはいるしそんなに悪い気はしないけど、何か引っかかる。
この一言でいつも思い出すのは以前投げ掛けられたいくつかの言葉だ。
一つ目は、僕が一年生の時。
当時、サッカー界に貢献するなんらかの仕事がしたいという漠然とした思いしかなかった僕は、SNSで見つけたセミナーに参加しまくり、終了後に講師の方に何が何でも話しかけに行ってなんらかのヒントを得ようともがいていた。
その中で講師の方に言われた一言。
「この業界は儲からないし夢もないから東大生の来るような場所じゃないよ」
その方がどのような意図でそのような発言をしたのかは分からないが、強烈に僕の記憶に焼き付けられている。
実際、平均年収とかで見ると低いのは間違いないんだろうけど。
二つ目は、大学で英語の授業を受けていた時のこと。
その授業は様々なテーマの英文を読解してそのテーマについて議論するというようなもので、スポーツ科学がテーマの回があった。
そんな中で授業中に同級生がポロッと漏らした一言。
「東大まで来てスポーツ科学なんてやるやついないっすよ」
東大にもスポーツ科学を勉強できる場所がある。実際僕はその学科でキックに関する研究をした。
この生徒に限らず、東大全体の雰囲気から察するにスポーツ科学はかなり舐められている。
実際、他の分野と比べて研究力、影響力が低いのは間違いないんだけど。
まだ悪い意味で記憶に残る言葉はいくつかあるがこのくらいにしておこう。
こんな風に東大生であることが謎に災いしてネガティブな言葉を思いっ切り投げつけられることが多かった。
しかし、最近は東大生であることを理由に謎に褒められることの方が圧倒的に多い。
「さすが東大生」
「東大にいるような人こそこういう活動をするべきだ」
「やっと東大からこんな人材が出てきたか」
なんて言われちゃって。
結局結果がすべてなのだ。結果が出ない内に何を言っても説得力がないし、逆に結果が出てしまえば必要以上にいろんなことが肯定されてしまうのだろう。
実際、トレーニング依頼の数や単純な売上を見るとこの一年で右肩上がりの成長をできてはいるが、僕自身は評価の変化に見合うほどの成長をできている実感はない。
僕はそんなに変わってないのに世間様が勝手に見る目を変えてしまっただけだ。
こんなことを言うと現状の自分は結果を出していると満足しているかのように映るかもしれないので、もう一度強調して言うが自分は自分の出している結果、やっていることに全く満足していない。
みんな僕のことを過大評価しすぎ。
そんな自己評価と周囲からの評価のギャップに悩んだ一年でもあった。
この1年間の僕の仕事の中で最も大きな仕事だったのは、元浦和レッズ・鈴木啓太さんのyoutubeチャンネル出演だ。
鈴木啓太チャンネルの出演者を見ると、僕の動画の一個前が元代表監督の西野朗さん、一個後が元オリンピック代表監督の山本昌邦さん。
その間に挟まれる謎の大学生・田所くんである。
また、もう一つ大きな仕事として数ヶ月後にキックの蹴り方について理論的に解説した書籍が出版される予定だ。
これは、出版社の編集担当の方が僕のSNSでの発信をチェックしてくださり、この理論をどうしても世の中に広めたいと熱く語ってくれたのがきっかけだった。
どちらも最初にお話を頂いた時には二つ返事で飛び付いたが、身の丈に合わないのではないか、自分のその時の能力では足りないのではないかと後になって考えた。
多くの人の目に触れるというのは当然チャンスではあるが、下手なことをしてしまうとむしろ信頼、評価を落としてしまうというリスクも当然ある。
まぁもう受けちゃった話だし気にしてもしゃーないか、チャンスの方が大きいし全力でやろうと決めて両方の仕事に取り組んだ。
youtube出演の方はある程度高評価が得られてトレーニング依頼の数は激増したし様々な話が舞い込んできた。
まだ何者でもない僕に目を付けてオファーをくれて、さらに良いところを引き出してくださった鈴木啓太さんには本当に感謝してもしきれない。
本当にありがとうございました。
そして、書籍出版の方はこれから。
正直どんな風に反応されるかは怖いところがあるが、自分の全力はぶつけているし問題なし。
僕は色々とネガティブに、よく言えば自分に厳しくストイックに(?) 考えてしまう癖がある。
自分がこんな風な評価を受けて良いのだろうか、自分はそんな大した存在ではないのにと考えてしまうこともある。
それでもそんな評価を頂けること、身の丈に合わないとも思えるお仕事をたくさん頂けていることに感謝して徐々に身の丈に合わせられるように全力でやってやろうと思えるようになった。
多分自己評価より他者からの評価の方が正しい。
そもそもトレーナーという職業自体、仕事の価値が他者依存だと思う。
特に僕が介入対象としているのは、キックというたった一つの技術だ。
サッカーという複雑な要素が絡み合っているゲームの内のほんの一つの要素。
キックがうまくなったところでサッカーの試合における勝率を上げられるのかは怪しいし、なんならキックがうまくなるとはどういうことかを定義するのも難しい。
よって、僕の仕事の価値は選手自身がうまくなった感触を得られるかに尽きると考えている。
僕は、基本的に自己評価よりも高くなりがちな他者からの評価はありがたく受け取りつつ、自分の理想を追い求め続ける生き方をしていきたいと思う。
今の自分の理想というのは、カテゴリー問わずできる限り多くのサッカー選手にできる限り正しい知識を伝えることである。
そんな思いが強くなったのは自身の経験によるものが大きい。
僕は高知県に生まれ育った。ついこの前、SNSの投稿で現役Jリーガーの出身地をランキングにしたものを見た。
高知県出身の選手は47都道府県で唯一0人だった。
確かに自分が小中高とサッカーをする中で対戦してこりゃ勝てないと思ったあいつも、中学から県外の高校に挑戦したあいつも、J下部に入ったあいつもみんな気付けば名前を聞かなくなったし、そもそも大学までサッカーを続けるような人が少ないみたいだ。
その原因は色々あるだろうが、東京に来ていろんなサッカー少年に触れて感じるのはあまりにも環境が違い過ぎる。
良い悪いは別にしてこんなにスクールがあって好きなものを選んで通うなんてできなかったし、Jリーグのチームも身近にないのでプロの試合をリアルにイメージすることもなかなかできない。
0人は流石にショックだが、サッカー後進県となってしまうのも当然の環境だと思ってしまう。
東京のサッカー少年を取り巻く環境の凄さには本当に驚いた。
自分はかなり早い段階でサッカーで上を目指すことを諦めたがこんな環境にいれば…と思ってしまうことが多々ある。
その差を埋めるのはかなり難しいことは分かっているが、自分の活動を通してどんな環境に置かれた子供にも良質な情報に触れるチャンスだけは広げてあげたいと考えている。
以前はやはりプロの選手とか日本代表の選手とかに関わりたいという気持ちは強かったが、今は強いこだわりはない。
とにかく向上心が強い選手と接するのが楽しいし、そんな選手の手助けをしたいと強く思う。
プロの選手なのか、サッカー少年なのか、社会人サッカーを楽しむおじさんなのかは関係ない。
もう一つの理想は、あの日セミナー講師のトレーナーさんに言われたあの言葉を覆すことだ。
トレーナー業界は儲からないとはよく言われるし業界全体として変えていかないといけないという趣旨の発言を見かけることは多い。
そして、実際にそれが理由で才能、熱意のある人材が流出してしまっている可能性も高いと思う。
こんな風な業界全体の問題のようなものを大きく変えるというのは難しいが、僕は成功したモデルケースをどんどん作っていくことが一つの有効な解決策になり得ると思う。
僕は僕の個性を生かして、社会のニーズにマッチしたサービスを展開し、ビジネス的にも成功を収めたいと思っている。
日本サッカーを強くしたいという気持ちはあるが、日本に留まるつもりは全くない。
ヨーロッパのサッカー界にも認められるほどの影響力を持ちたい。
そして、そのような姿を見せることで僕自身が誰かの目標となりサッカー界に流入する人を増えてほしいと願っている。
そしてもう一つ。東大のあいつに言われたのも気に食わないから覆しておきたい。
僕は東大生がサッカーに本気で向き合うと大きな変化をもたらすことができると信じている。
こんな趣旨のtweetをした時に変に絡まれたことがあったので、強調しておくが本気で向き合うことが肝心だ。
そして、東大ア式が大きな目標として掲げている日本一価値のあるサッカークラブを目指す上で足りていないのはそこだと思う。
みんな型にハマって既存のやり方、アプローチの範疇で良いものを目指そうとしている節があるように感じる。
それはピッチ内のプレーに関してもそうだし、最近目覚ましい活躍を見せているテクニカルだってそうだし、フィジカル、強化なんでもそうだ。
僕はJリーグのチームがやってるから、ヨーロッパの奴らがやってるからすごいなんて1ミリも思わないし、サッカー未経験のサッカーパパが言っていることがめちゃくちゃ勉強になると感じることだってある。
もっと自分自身の頭を使って本当にサッカーを良くするために、勝つために必要と思うことを思い思いにやればもっともっといいものができるのではないかと思う。
それが真の意味でサッカーに向き合うということだと思うし、自分もそうありたいと思う。
自分がサッカー界で活躍する姿を見せることでア式からサッカー界へ飛び込む人材を増やすというのも僕の一つの目標だ。
現状、東大を出てサッカー界で生きると言うと東大生なのに〜と言われることの方が多いだろう。
それでも僕は覚悟を決めてサッカー界で生きると4年間言い続け自分なりの形を模索し続けた結果、さまざまな方との本当にラッキーな出会いのお陰で卒業後もメシを食っていけそうな土台を作ることができた。
そして、大きな仕事をたくさん頂けているのが東大だからこそであるのも間違いない。
これからの東大ア式の後輩たちが、東大だからこそサッカー界で生きることを目指すと胸を張って言えるきっかけになれるようまずは自分がビッグになってやろうと思う。
最後に。
ア式関係者の皆様へ
偉そうなことをつらつら書いてきましたが、僕がこうしてサッカー界で生きる決意ができたのは紛れもなくア式のお陰です。
本当に素晴らしい環境で3年間サッカーを勉強しながら自分のやりたいことを実現できたし、フィジカルコーチを辞任してからもさまざまな繋がりを作って頂いてとてもお世話になりました。
本当にありがとうございました。
後輩のみんなへ
途中でも書いたけどア式はもっとずっと良いクラブになれるポテンシャルがあると思います。
中にいると当たり前に感じてしまうかもしれないけど、ア式という環境、社会からの信頼があるからこそできることってたくさんあるから自分のやりたいこと、やる価値のありそうなことを必死で考えてどんどんやってみるといいと思う。
個人的にはなんとなくでインターンとか行くよりもア式を利用して新しいことをやることの方がサッカーに関わらないとしてもその後の人生に生きる経験が得られると思うな。
同期のみんなへ
4年間ありがとう。
ラストイヤーは公式戦しか行けなかったけど、リーグ戦で多くの選手が活躍する姿を観ていて同期としてとても誇らしかった。
みんなそれぞれ次のステージで頑張ろう。
お疲れ様でした。
最後の最後に両親へ
自分の目標のために時間を使えばいいよとバイトをしないことを許してくれたり、移動時間を減らすために高い家賃を払って大学の近くに住ませてくれたり、全面的にサポートしてくれたお陰で今があります。
僕のことを信頼して好きにやらせてくれてありがとう。
その期待に応えたい、想像を超えるくらい大きなことを成し遂げたいというのが自分の大きな原動力でした。
卒業後もこのままトレーナーとしてやっていくと伝えた時は少し不安そうな顔をしていた気がするけど、そんな心配は軽く吹き飛ばせるようにこれからより一層頑張ります。
これからもよろしくお願いします。
東大からサッカー界へ
田所剛之
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