全部サッカーのせいにしておく
川上皓大(4年/テクニカルスタッフ/東大寺学園高校)
ア式を引退して、数ヶ月が経った。
もっと大学生らしく、自由な時間の中で遊びに出かけたり、新しい趣味に没頭したりする自分を想像していた。
もっと大学生らしく、自由な時間の中で遊びに出かけたり、新しい趣味に没頭したりする自分を想像していた。
しかし、そんな日々は訪れなかった。ただ静かに時間だけが過ぎていく。
試合の勝敗に一喜一憂することも、分析に追われて焦ることもない生活は、確かに楽である。
感情の振れ幅は小さくなり、穏やかな日々を過ごしている。
引退して1ヶ月ほど経った時だっただろうか。
高校の後輩が在籍しているということで、にしきと星と一緒に東大男子ラクロスの試合を見に行った。その試合は1部2部の入れ替え戦であり、東大は負ければ2部降格という非常に重要な試合だった。
軽い気持ちで足を運んだのだが、会場に着いた途端、その試合の熱量に引き込まれることになる。多くの観客が見守る中で、まさに死闘と呼ぶにふさわしい試合だった
気が付けば、会場の熱狂に巻き込まれ、にしきと一緒に何度も叫んでいた。
しかしながら、東大ラクロスは惜しくも負けてしまい、降格が決まった。
最後の観客への挨拶の際、東大ア式の2部降格を想起して暗い気持ちになっている、星とにしきの二人の姿が目に入った。
しかし、なぜか私はまだ試合の興奮の中に取り残されていた。
目の前で生まれたこの試合を見届けられた、という満足感に囚われていた。
この試合は文字通り全てをかけたものであり、ここで負けてしまえば4年生はすぐさま引退となる。もう挽回のチャンスは残されていない。
でも、なぜか感傷的な気持ちにはなれなかった。
引退したことで、今年のア式の結果を過去のことだと割り切ってしまっているのだろうか。
もしかしたら、降格という残酷な事実から目を背け続けているのではないか。
そんな疑義が自分に向けられた瞬間だった。
試合の熱狂から覚めても、この疑いが私の頭から離れなかった。
feelingの執筆時期になってもア式生活の総括はまとまらず、パソコンの前で悪戦苦闘していた。
ただ、時間は過ぎ去っていく。
数ヶ月が経ち、とうとう結論を出さないといけない時期が来てしまった。2025シーズン、引いてはこの4年間の振り返りをしないといけない。
私の中にはまだまだ振り返るのが怖い部分がある。
この4年間の結果も過程も、私にとってはまさにパンドラの箱である。
必死に走り抜いてきた自負はあるが、開けてみた時に何が入っているのかはわからない。
しかしながら、この4年間を振り返らないと、完全には引退できない。
そう自分に言い聞かせながら、この4年間と真正面から向き合うことを決めた。
私が入部したのは4月であり、入部式時点でテクニカルスタッフは私のみであった。
試合の勝敗に一喜一憂することも、分析に追われて焦ることもない生活は、確かに楽である。
感情の振れ幅は小さくなり、穏やかな日々を過ごしている。
引退して1ヶ月ほど経った時だっただろうか。
高校の後輩が在籍しているということで、にしきと星と一緒に東大男子ラクロスの試合を見に行った。その試合は1部2部の入れ替え戦であり、東大は負ければ2部降格という非常に重要な試合だった。
軽い気持ちで足を運んだのだが、会場に着いた途端、その試合の熱量に引き込まれることになる。多くの観客が見守る中で、まさに死闘と呼ぶにふさわしい試合だった
気が付けば、会場の熱狂に巻き込まれ、にしきと一緒に何度も叫んでいた。
しかしながら、東大ラクロスは惜しくも負けてしまい、降格が決まった。
最後の観客への挨拶の際、東大ア式の2部降格を想起して暗い気持ちになっている、星とにしきの二人の姿が目に入った。
しかし、なぜか私はまだ試合の興奮の中に取り残されていた。
目の前で生まれたこの試合を見届けられた、という満足感に囚われていた。
この試合は文字通り全てをかけたものであり、ここで負けてしまえば4年生はすぐさま引退となる。もう挽回のチャンスは残されていない。
でも、なぜか感傷的な気持ちにはなれなかった。
引退したことで、今年のア式の結果を過去のことだと割り切ってしまっているのだろうか。
もしかしたら、降格という残酷な事実から目を背け続けているのではないか。
そんな疑義が自分に向けられた瞬間だった。
試合の熱狂から覚めても、この疑いが私の頭から離れなかった。
feelingの執筆時期になってもア式生活の総括はまとまらず、パソコンの前で悪戦苦闘していた。
ただ、時間は過ぎ去っていく。
数ヶ月が経ち、とうとう結論を出さないといけない時期が来てしまった。2025シーズン、引いてはこの4年間の振り返りをしないといけない。
私の中にはまだまだ振り返るのが怖い部分がある。
この4年間の結果も過程も、私にとってはまさにパンドラの箱である。
必死に走り抜いてきた自負はあるが、開けてみた時に何が入っているのかはわからない。
しかしながら、この4年間を振り返らないと、完全には引退できない。
そう自分に言い聞かせながら、この4年間と真正面から向き合うことを決めた。
私が入部したのは4月であり、入部式時点でテクニカルスタッフは私のみであった。
入部した理由は、幾度となく悔しい思いをさせられてきたサッカーを克服したいというものであった。
プレーヤーとしては全く太刀打ちできなかったが、分析という観点なら勝負できるのではないかと感じたのである。
入部してからは、素晴らしい環境と頼もしい先輩の下で、とにかくサッカーに時間を費やし、新たなサッカーへの関わり方にワクワクが止まらなかった。
2年生に上がると、テクニカルスタッフとして試合を担当するようになり、陵平さんの前でガチガチになりながらもスカウティングを進め、勝利に貢献することもできていた。
自由奔放に目の前のことを楽しみながら、サッカーに没頭できる幸せを享受していた。
今でも覚えているのは、後期の横国戦と帝京戦である。
横国相手には、追加点を取ることができず、後半アディショナルタイムまで1-1の時間が続いていた。
2年生に上がると、テクニカルスタッフとして試合を担当するようになり、陵平さんの前でガチガチになりながらもスカウティングを進め、勝利に貢献することもできていた。
自由奔放に目の前のことを楽しみながら、サッカーに没頭できる幸せを享受していた。
今でも覚えているのは、後期の横国戦と帝京戦である。
横国相手には、追加点を取ることができず、後半アディショナルタイムまで1-1の時間が続いていた。
明確な得点プランを提示することができず、試合を見守ることしかできない中、最後のセットプレーで陵平さんが急に洸さんを投入し、そのまま洸さんが勝ち越し点を決めた試合であった。
わけがわからないほど興奮していた気がするし、陵平さんの勝負感に畏敬の念すら感じた。
帝京戦では、直近の試合を見始めて早々に相手の攻撃力の高さに絶望し、守備に全振りしたプランに走らざるを得なかった。
帝京戦では、直近の試合を見始めて早々に相手の攻撃力の高さに絶望し、守備に全振りしたプランに走らざるを得なかった。
スカウティングミーティングでは、本来選手に対してポジティブな気持ちを持たせないといけないにも関わらず、ただ相手の怖さを伝えるだけに終始してしまった。
しかしながら、蓋を開けてみれば、陶山さんと北川さんのコンビネーションで先制し、笹森さんと鉄壁の守備陣で耐え続ける試合展開になっていた。
試合中のベンチに座っていると、危ないシーンが立て続けに起きるため、生きた心地がしなかった。
章さんの守備負担が重すぎることが発覚したのに、リードしているうちに大きな変更を加えるべきではないと判断して、見て見ぬふりをし続けたのはとても印象に残っている。
章さんが生贄のように見えてきて、「チームのために死んでもいいから走り続けてくれ」と本気で思っていた。
そんなこんなで、なんとか試合終了までこぎつけた時の安堵感と達成感は、味わったことがないものだった。
1年生の1月から強化ユニット長やSTVVとのプロジェクトリーダーなどを任せてもらい、2年生の10月からは、育成コーチとして1年間活動させてもらうなど、ア式の中でも非常にタフでやりがいのある役割を担わせていただいていた。
オカピさんを始めとして、高口さん、章さんに常に追い立てられながらも、必死に食らいつこうと努力しているだけで、幸運にもいろんな経験をさせていただき、サッカーへの理解や強化部というものへの知識が深まっていった。
育成コーチも最初はほとんどやる気はなかったのだが、いつの間にか既定路線になっており、気がつくと育成を指導することになっていた。
やるとなったからには自分の中での原動力が必要だと感じた私は、当時最弱と言われていた107期の同期たちの根性を叩き直して、ア式を強くすることを最大の目的に据えた。
当時は、同期のほとんどが育成に所属し、中々B1でも活躍できておらず、彼らの中には軽い諦めのようなものがあったように感じる。
とはいっても、そこで完全に腐るのではなく、自分たちのことを自虐しながらもなんとかあがこうとしていた彼らをAに昇格させ、リーグ戦で活躍する姿を見ることを夢見ていた。
そんな思いで育成を指導した1年間は、サッカー以外のことにはほとんど時間が割けなかった。
でも、OBコーチや翔、大智の力も借りながら、コーチをやらないと味わえない幸せもたくさんもらえた。
1年生の1月から強化ユニット長やSTVVとのプロジェクトリーダーなどを任せてもらい、2年生の10月からは、育成コーチとして1年間活動させてもらうなど、ア式の中でも非常にタフでやりがいのある役割を担わせていただいていた。
オカピさんを始めとして、高口さん、章さんに常に追い立てられながらも、必死に食らいつこうと努力しているだけで、幸運にもいろんな経験をさせていただき、サッカーへの理解や強化部というものへの知識が深まっていった。
育成コーチも最初はほとんどやる気はなかったのだが、いつの間にか既定路線になっており、気がつくと育成を指導することになっていた。
やるとなったからには自分の中での原動力が必要だと感じた私は、当時最弱と言われていた107期の同期たちの根性を叩き直して、ア式を強くすることを最大の目的に据えた。
当時は、同期のほとんどが育成に所属し、中々B1でも活躍できておらず、彼らの中には軽い諦めのようなものがあったように感じる。
とはいっても、そこで完全に腐るのではなく、自分たちのことを自虐しながらもなんとかあがこうとしていた彼らをAに昇格させ、リーグ戦で活躍する姿を見ることを夢見ていた。
そんな思いで育成を指導した1年間は、サッカー以外のことにはほとんど時間が割けなかった。
でも、OBコーチや翔、大智の力も借りながら、コーチをやらないと味わえない幸せもたくさんもらえた。
それと同時に、間違った行動を取ってしまったり、自分の力不足と否が応でも向き合わないといけないことも多々あり、たくさんの苦しみにも出会えた。
そのような1年間を経て、育成コーチを終える頃には、Aチームに関わって、同期たちの最後の活躍を見届けたいという気持ちが芽生えた。
尊敬するオカピさんのような人になりたいと思っていた私は、そこを目指さないといけないとも感じていた。
そのような1年間を経て、育成コーチを終える頃には、Aチームに関わって、同期たちの最後の活躍を見届けたいという気持ちが芽生えた。
尊敬するオカピさんのような人になりたいと思っていた私は、そこを目指さないといけないとも感じていた。
そして、最後の最後まで判断を迷ったが、最終的にはAに関わることを決めた。
3年の10月から新チームが発足した。
Aチームのために自分の全てを捧げる覚悟を持って、代替わり後の新シーズンに臨んだ。
しかし、自分は、何もできなかった。
これまで育成でやってきた自分の立ち位置とは全く違う環境に囲まれる中、自分のやれることがほとんど何もないことに気づいた。
役割を求められることを待つのではなく自分で探さないといけないとわかりつつも、その無力感に心を折られた。
同じくAのコーチをやっていた潤さんから叱咤激励をもらい、それに対して反骨精神を燃やし努力しようとはしたものの、結局は自分を騙して無理をしていただけだった。
育成でやってきた自分に対する自負が、プライドを消し去ろうとするもう一人の自分の足を引っ張った。
ここまでの自分の努力を否定しないといけない気がして、葛藤に苦しんだ。
そんな中で、忘れもしない日がやってくる。
いつもは弟である大智に対して相談することなどほとんどないのだが、完全に心が壊れかけていた私は、家で自分の今の現状について相談してみたのである。
何か荒んだ心をやすらげてくれるような言葉を期待していた。
藁をもつかむ思いで相談した。
でも、そこで返ってきた言葉は、冷酷だった。
何もできていない自分を、容赦なく突きつけられた。
それは当時の自分にとってはあまりにも強烈な言葉であり、今書いている時点でも思い出すだけで心が動揺して落ち着かなくなる。
私は自己保身のために反論をしようとしたが、そんな言葉は自分の口から出てこなかった。
代わりに出てきたのは、涙であった。
ここまで生きてきて、一番泣いた。
Aチームのために自分の全てを捧げる覚悟を持って、代替わり後の新シーズンに臨んだ。
しかし、自分は、何もできなかった。
これまで育成でやってきた自分の立ち位置とは全く違う環境に囲まれる中、自分のやれることがほとんど何もないことに気づいた。
役割を求められることを待つのではなく自分で探さないといけないとわかりつつも、その無力感に心を折られた。
同じくAのコーチをやっていた潤さんから叱咤激励をもらい、それに対して反骨精神を燃やし努力しようとはしたものの、結局は自分を騙して無理をしていただけだった。
育成でやってきた自分に対する自負が、プライドを消し去ろうとするもう一人の自分の足を引っ張った。
ここまでの自分の努力を否定しないといけない気がして、葛藤に苦しんだ。
そんな中で、忘れもしない日がやってくる。
いつもは弟である大智に対して相談することなどほとんどないのだが、完全に心が壊れかけていた私は、家で自分の今の現状について相談してみたのである。
何か荒んだ心をやすらげてくれるような言葉を期待していた。
藁をもつかむ思いで相談した。
でも、そこで返ってきた言葉は、冷酷だった。
何もできていない自分を、容赦なく突きつけられた。
それは当時の自分にとってはあまりにも強烈な言葉であり、今書いている時点でも思い出すだけで心が動揺して落ち着かなくなる。
私は自己保身のために反論をしようとしたが、そんな言葉は自分の口から出てこなかった。
代わりに出てきたのは、涙であった。
ここまで生きてきて、一番泣いた。
言葉は出てこず、ただ涙だけが溢れ続けた。
何を感じているのかすら分からないまま、泣き崩れていた。
こんな自分を見て焦っている大智の姿が、涙でぼやけていた。
なぜこんなに泣いたのであろう。
悔しかったのか、悲しかったのか、それとも自分自身に落胆していたのか。
その後大智が星や荒に連絡を入れ、ア式から一旦離れることが決まった。
半強制的に、これまで大学生活のほとんどの時間を捧げていたア式への時間が消えた。
その後、Aのコーチをやめることを決め、私はア式で活動する理由を見失った。
何を感じているのかすら分からないまま、泣き崩れていた。
こんな自分を見て焦っている大智の姿が、涙でぼやけていた。
なぜこんなに泣いたのであろう。
悔しかったのか、悲しかったのか、それとも自分自身に落胆していたのか。
その後大智が星や荒に連絡を入れ、ア式から一旦離れることが決まった。
半強制的に、これまで大学生活のほとんどの時間を捧げていたア式への時間が消えた。
その後、Aのコーチをやめることを決め、私はア式で活動する理由を見失った。
それから、何もやる気が起きず、授業にも行かず、ひたすら家で引きこもっていた。
Slackを見ることが怖くなり、頑張っているみんなを想像するだけで、涙が止まらなかった。
泣き疲れて眠り、起きてはまた泣いた。
いろんな人が心配して電話をかけてくれたが、ありがたいと思いつつ心は晴れなかった。
こんな形で投げ出したやつが、部のためにもう一度戻れることはないと感じ、ずっと塞ぎ込んでいた。
どこで道を間違えたのか。この問いをひたすら繰り返した。
自分はオカピさんや高口さんのように、チームを牽引し鼓舞する指導者になりたかったのではないのだろうか。
その道を自ら捨てて、ア式からも離れている自分を呪った。
とうとう、サッカーという存在すら呪った。
アナリストやコーチという立場からなら、サッカーを克服できると信じていたのに、結局失敗してしまった。
これまで頑張ってきたことすら否定しないといけないような気がして、暗澹たる地の底から這い上がることは容易でなかった。
どんなに他のことを考えても、何も手がつかなかった。
1ヶ月ほど経つと、サッカー以外のことから立て直そうと考え、とにかく平穏に日常生活を送ることを目指した。
ア式のことを考えることを避け、とにかく毎日が終わることを願った。
でも、時間はどんどん迫ってくる。
東京カップも終わって部活はオフに入った。
ア式への罪悪感から一瞬解放されて喜んだものの、1月からどうしようかと考えないといけなくなった。
また、ア式のことを考えては苦しむというスパイラルに陥った。
やめればそれで済む話だったのに、その決断ができない。
一方で、復帰の仕方も全くわからない。
いろんな人が心配して電話をかけてくれたが、ありがたいと思いつつ心は晴れなかった。
こんな形で投げ出したやつが、部のためにもう一度戻れることはないと感じ、ずっと塞ぎ込んでいた。
どこで道を間違えたのか。この問いをひたすら繰り返した。
自分はオカピさんや高口さんのように、チームを牽引し鼓舞する指導者になりたかったのではないのだろうか。
その道を自ら捨てて、ア式からも離れている自分を呪った。
とうとう、サッカーという存在すら呪った。
アナリストやコーチという立場からなら、サッカーを克服できると信じていたのに、結局失敗してしまった。
これまで頑張ってきたことすら否定しないといけないような気がして、暗澹たる地の底から這い上がることは容易でなかった。
どんなに他のことを考えても、何も手がつかなかった。
1ヶ月ほど経つと、サッカー以外のことから立て直そうと考え、とにかく平穏に日常生活を送ることを目指した。
ア式のことを考えることを避け、とにかく毎日が終わることを願った。
でも、時間はどんどん迫ってくる。
東京カップも終わって部活はオフに入った。
ア式への罪悪感から一瞬解放されて喜んだものの、1月からどうしようかと考えないといけなくなった。
また、ア式のことを考えては苦しむというスパイラルに陥った。
やめればそれで済む話だったのに、その決断ができない。
一方で、復帰の仕方も全くわからない。
もうコーチはできない状態だったし、グラウンドに立つことすら怖かった。
コーチ以外をやっている自分が情けない気がして、ますます戻り方がわからなくなった。
でも、臆病な私はやめるという選択肢は取れなかった。
口ではやめると言っても、それを行動に移すことはできなかった。
そんな中での、周りの人たちの力はとても大きかった
ゆうまとにしきが、復帰する前提で話してきたり、俊哉さんたちといつも通り話したりする中で、やめるという選択肢が頭から消えていった。
塞ぎ込んで何もしようとしない自分を、どうにか変えたいと思えるようになってきた。
悩みに悩んだ挙句、テクニカルスタッフという慣れ親しんだ役職での復帰を決めた。
1からやり直すということにして、自分のプライドを心の引き出しの奥底に押し込んだ。
復帰してからは、怒涛の日々を送ることになった。
すぐにテクニカルスタッフの業務にのめり込んでいった。
テクニカルスタッフも大きく進化しており、まずは追いつかないといけないという焦りが、全てを忘れさせてくれた。
小宮とてんすけと一緒にスカウティング「あ班」を結成し、対戦相手の分析に大半の時間を費やした。
真面目すぎて細かすぎる小宮と、未経験という皮を被って驚異的な才能をチラつかせてくるてんすけに引っ張られながら、段々と自分のア式で活動する意味を見出していった。
毎日が充実しており、サッカーに本気で向き合っている時間が愛おしかった。
埼玉にある大東文化大のグラウンドまで足を運んだり、車でveoを運んで対戦相手の試合映像を取りに行ったりと、今思い返しても呆れるぐらい、スカウティングに熱中していた。
勝利は得られなかったけど、濃密な時間を二人のおかげで過ごすことができた。
最終節では、ゆうまが誘ってくれたおかげで、最後のスカウティングに参加した。
毎日のように部室で議論を重ね、相手の弱点を洗い出していった。
これまで同期とスカウティングをしたことがなかったからか、嬉しくなってゆうまには遠慮せず意見をぶつけ続けた。
ゆうまはどんな尖った意見でもしっかり聞いてくれて、問題点や対案を示してくれるなど、本当に助けられた部分が多かった。
最後の試合という感傷に浸る暇もなく、全ての時間をスカウティングに捧げた。
スカウティングmtgでのゆうまの発表は完璧だった。
膨大な時間を使って練り上げた分析の一つ一つが、ゆうまのプレゼンによって具現化していく様を目の当たりにした。
そして迎えた試合当日、戦術的なサポートに徹するつもりだったが、結局最後の試合をこの目
で見届けることに集中していた。
旭からの岡部の得点は、スカウティングで狙っていた得点パターンであり、この二人のコンビネーションが最後に見れて涙が出そうになった。
勝利を収めた後はとにかく勝利という喜びに酔いしれていた。
4年間でいろんな経験をしてきたことが、スカウティングにプラスの影響を与えてくれたと心の底から思うことができた。
旭からの岡部の得点は、スカウティングで狙っていた得点パターンであり、この二人のコンビネーションが最後に見れて涙が出そうになった。
勝利を収めた後はとにかく勝利という喜びに酔いしれていた。
4年間でいろんな経験をしてきたことが、スカウティングにプラスの影響を与えてくれたと心の底から思うことができた。
途中からは、育成のお手伝いコーチも始めた。
もうグラウンドに立つことはできないと思っていたが、案外楽しくやれた。
水野にはいろんな意味で迷惑をかけたと思うが、自分も水野から迷惑をかけられてきたので、お互い様だとは思っている。
だけど、こんな先輩を受け入れてくれてありがとうとは言っておく。
小花と一緒に、いつもは手が回らないB2をつきっきりで見てあげられたのも幸せだった。
後輩の小花と真正面から議論を戦わせることができ、先輩として光栄だった。
このように、結局ラストイヤーも好き勝手やっていたように感じる。
あんなに落ち込んでいたことなんて嘘のように、ひたすら走り続けていた。
サッカーに没頭し、ア式に熱中していた。
「もしもあの時にコーチを続けていたら」
そんな自問自答をシーズン中も幾度となく繰り返した。
しかし、結局変えられるのは目の前のことだけだった。
自分のア式での歩みを、そのまま受け入れるしかない。
そう思い直して、ひたすら今できることを探し続けた。
引退した後でも、「やりきった」とは言えない。
目標としていた存在には、届かなかったからだ。
それでも、ここで諦めるわけにはいかない。
サッカーには、まだまだ多くの関わり方があることをア式が教えてくれたからだ。
もう一度、サッカーに挑戦したい。
ア式を引退してからは、この思いがより強くなってきた。
同時に、ア式への未練のようなものも無くなっていった。
ここまでずっとサッカーには苦渋を飲ませられてきたが、その過程で得たものもある。
それらを武器に、次の舞台でも勝負に挑みたい。
ラストイヤーの結果と自分の不甲斐なさを真正面から受け止め、次の勝負に向けて歩みを進めていきたい。
いつか、サッカーを乗り越えられる日が来ることを信じて。
最後に、お礼の言葉を述べさせていただきたいと思います。
まず、LB会の皆様やスポンサー企業の皆様に感謝申し上げます。
小花と一緒に、いつもは手が回らないB2をつきっきりで見てあげられたのも幸せだった。
後輩の小花と真正面から議論を戦わせることができ、先輩として光栄だった。
このように、結局ラストイヤーも好き勝手やっていたように感じる。
あんなに落ち込んでいたことなんて嘘のように、ひたすら走り続けていた。
サッカーに没頭し、ア式に熱中していた。
「もしもあの時にコーチを続けていたら」
そんな自問自答をシーズン中も幾度となく繰り返した。
しかし、結局変えられるのは目の前のことだけだった。
自分のア式での歩みを、そのまま受け入れるしかない。
そう思い直して、ひたすら今できることを探し続けた。
引退した後でも、「やりきった」とは言えない。
目標としていた存在には、届かなかったからだ。
それでも、ここで諦めるわけにはいかない。
サッカーには、まだまだ多くの関わり方があることをア式が教えてくれたからだ。
もう一度、サッカーに挑戦したい。
ア式を引退してからは、この思いがより強くなってきた。
同時に、ア式への未練のようなものも無くなっていった。
ここまでずっとサッカーには苦渋を飲ませられてきたが、その過程で得たものもある。
それらを武器に、次の舞台でも勝負に挑みたい。
ラストイヤーの結果と自分の不甲斐なさを真正面から受け止め、次の勝負に向けて歩みを進めていきたい。
いつか、サッカーを乗り越えられる日が来ることを信じて。
最後に、お礼の言葉を述べさせていただきたいと思います。
まず、LB会の皆様やスポンサー企業の皆様に感謝申し上げます。
LB会では、武田さん、和田さんには強化ユニットの方針を尊重していただき、契約書などでもご協力いただき、大変お世話になりました。今後はLB会員として現役をサポートしていきたいと思っておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
また、杉山さんには、契約書関連で大変お世話になりました。現役側の意見をしっかりと汲み取っていただきながら、専門家としての適切なご助言をいただき、本当にありがとうございました。
また、杉山さんには、契約書関連で大変お世話になりました。現役側の意見をしっかりと汲み取っていただきながら、専門家としての適切なご助言をいただき、本当にありがとうございました。
利重さんには、強化ユニットの件で随分とご相談させていただいたと思います。我々だけでは判断が難しい場面でも、利重さんの一言で突破口が見つかることも多く、非常に感謝しております。これからも現役部員並びに強化ユニットをよろしくお願いいたします。
てつさん
東大ア式を指揮していただき、ありがとうございました。誰よりも熱量を持って現場で向きあい続けてくださった姿から、私自身も多くのことを学ばせていただきました。
一方、強化ユニットとしてもっと現場を支えられたのではないかという思いがあり、力不足を大変申し訳なく感じています。
てつさんが、この部での経験を糧に、今後ますますご活躍されることを心から願っております。
三浦さん、久保さん
一方、強化ユニットとしてもっと現場を支えられたのではないかという思いがあり、力不足を大変申し訳なく感じています。
てつさんが、この部での経験を糧に、今後ますますご活躍されることを心から願っております。
三浦さん、久保さん
東大ア式を選んでいただき、そして多くの時間や熱量を注いでくださったと感じています。学生だけでは足りない部分を補完していただき、ア式の発展に力を貸してくださったこと、本当に感謝しております。これからもア式へのお力添えをよろしくお願いいたします。
オカピさん
オカピさん
ずっと僕の中での憧れの存在でした。
オカピさんになりたいと思って努力してきましたが、全く敵いませんでした。
まだまだ人生は長いので、いつか超えられるように頑張ります。
また、暫定監督を引き受けていただきありがとうございました。
僕が求めた時に必ずピントの合ったアドバイスをくれたことも忘れてはいません。
これからも憧れの先輩で居続けてください。
章さん、高口さん
オカピさんになりたいと思って努力してきましたが、全く敵いませんでした。
まだまだ人生は長いので、いつか超えられるように頑張ります。
また、暫定監督を引き受けていただきありがとうございました。
僕が求めた時に必ずピントの合ったアドバイスをくれたことも忘れてはいません。
これからも憧れの先輩で居続けてください。
章さん、高口さん
章さんがツンデレでお節介なことは知っています。
高口さんも冷静なフリをしているけど、ちゃんと人間味があることも。
そして、お二人ともア式に半端じゃないほど愛があることもです。
本当にお世話になりました。
お二人がいなければ、僕はコーチをやっていないし、ア式に復帰できていないと思います。特に、育成コーチをやっている時に、毎週相談に乗ってくれたことは忘れません。めちゃくちゃサッカーの話をしたと思ってます。お二人と議論ができるように、何度も論点を整理して準備していた時間が懐かしいです。お二人とも本当にかっこよくて面倒見のいい先輩です。たくさん教育してくださったこと、とても感謝しています。
俊哉さん
高口さんも冷静なフリをしているけど、ちゃんと人間味があることも。
そして、お二人ともア式に半端じゃないほど愛があることもです。
本当にお世話になりました。
お二人がいなければ、僕はコーチをやっていないし、ア式に復帰できていないと思います。特に、育成コーチをやっている時に、毎週相談に乗ってくれたことは忘れません。めちゃくちゃサッカーの話をしたと思ってます。お二人と議論ができるように、何度も論点を整理して準備していた時間が懐かしいです。お二人とも本当にかっこよくて面倒見のいい先輩です。たくさん教育してくださったこと、とても感謝しています。
俊哉さん
毎週育成に顔を出してくれて、僕の指導に対してアドバイス等ありがとうございました。全部メモして、よく見返してました。僕のような後輩でも親身に接してくれ、相談にも乗ってくれるのがとても嬉しかったです。俊哉さんから教えてもらったことは、自分なりに後輩にも伝えたつもりです。またご飯連れて行ってください。
潤さん、ヤジさん
潤さん、ヤジさん
お二人と一緒に育成で指揮を取れたことは、僕の一生の思い出です。
潤さんは、FB担当になった時からずっと、自分のことを叱咤激励してくれる存在でした。僕と一緒に最後までコーチやりたかったと言ってくれたのは、すごい嬉しかったです。育成コーチの初試合で、玉川にボロ負けしたのも良い思い出です。引退してもずっとア式を支えてくれてありがとうございました。潤さんと出会えて良かったです。
ヤジさんには本当にお世話になりました。良い意味で僕のサッカー観に大きな影響を与えてくれたと思います。ヤジさんのアドバイスで勝てた試合も多く、ずっと頼りになる先輩でした。練習の振り返り、試合での戦い方、育成チームとは何か、といった様々なことを教えてくださいました。ベンチで興奮して二人で叫んでいた時間が、今となってはとても懐かしいです。本当にありがとうございました。
その他にも、私と関わってくださった多くの先輩方にも感謝申し上げます。ありがとうございました。
同期にも一言
荒は本当によく頑張ってたし、尊敬してます。荒は自分の中で理想のキャプテンであり、同期のエースでした。
その他にも、私と関わってくださった多くの先輩方にも感謝申し上げます。ありがとうございました。
同期にも一言
荒は本当によく頑張ってたし、尊敬してます。荒は自分の中で理想のキャプテンであり、同期のエースでした。
星はケガばっかりだったけど、最後の試合で出てたのを見た時はめちゃくちゃ感動してました。星のチャントはめちゃくちゃ好きです。部を内部から支えてくれてありがとう。大智のお
世話も引き続きよろしくお願いします。
岡部にはサッカーの奥深さを教えてもらったと思っていて、本当に感謝してます。結局岡部とサッカーを見てた時間が一番長いし、宝物のような時間でした。自分がしんどい時に寄り添ってくれたことは感謝してます。最後は辛そうにしながらもよく耐えてチームを引っ張ってたと思います。ドイツで雑談しながら試合観戦していた時間は、昔を思い出してめっちゃ楽しかったです。今度はプレミア見にいきましょう。
ひかるには、キャプテンに勝手に任命してマネジメントを任せたりとやりたい放題したけど、怪我をせずに楽しそうにプレーできてたのが一番嬉しかったです。こんなに上手くなって頼れる選手になったのも本当にすごいと思ってます。
石井がこんなに上手くなるとは思ってませんでした。努力してたのはずっと見てたから、Aで不遇な時間を過ごしているのを見てるのが辛かったです。最後はみんなと一緒に試合に出れてるのを見て本当に嬉しかったです。
たつぞうのプレースタイルは個人的にめちゃくちゃ好きでした。どんなに体が言うこと聞かなくてもサッカーには真面目に取り組む姿勢と、円陣から溢れ出てくる試合前の闘争心に心惹かれてました。たつぞうのスピリットを渋幕出身の後輩が受け継いでくれることを願ってます。
にしきとゆうま、井筒もここまで一緒にやってきてくれてありがとう。自分が塞ぎ込んでた時に助けてくれた恩は忘れないと思います。井筒ともめちゃくちゃ議論したけど、井筒に芯がしっかりあるからこそ議論が楽しかったです。
にしきとはこれからも一緒になるけど、仲良くやっていきましょう。
長くなるから同期はこれぐらいで終わります。最弱と言われた俺らの代だけど、結果的に多くの人がAにも上がれたし、育成でもチームを引っ張っていて、すごい代だと思ってます。
特に、誰も腐らずに練習には真摯に取り組んでいるのがこの代のいい部分だと思っていて、桐原中心に、応援にも真面目に取り組むところも好きでした。
後輩へも一言
翔は、育成時代にめっちゃお世話になったと思ってます。どんな無理難題を押し付けても、常に全力で動いてくれて、苦しい時も一緒になって考えてくれてありがとう。今の翔ならやりたいこと何でもできるぐらい経験を重ねていると思うから、後悔ないようにラストイヤー走り抜けてください。育成で翔と過ごした時間は、忘れられない良い思い出です。
秋馬は、早くリーグ戦にスタメンで出てください。秋馬が出ないと見に行かないとかいう変な約束をしたせいで、全く試合を見に行けません。そんな冗談はさておき、秋馬のプレースタイルもサッカーへの向き合い方もめっちゃ大好きです。どうか秋馬のペースでサッカーを楽しんでください。何度もチームを救ってくれてありがとう。どんなに負けが続いている状況でも、練習で明るい雰囲気を作ってくれてありがとう。応援してます。
てんすけは、そのまま誰も超えられないぐらいのスーパーテクニカルになってください。パッションも分析力も両方持ち合わせていると思うから、とんでもない人物になることを期待してます。
小宮も、こんな俺を受け入れて、一緒になってスカウティングやってくれてありがとう。めちゃくちゃ無茶なことを要求してもハードワークしてくれたり、わからない部分をこんな自分にも丁寧に教えてくれて、本当に頼もしかったです。テクニカルのエースとして、チームを勝利に導いてください。
レオナには、シーズンの途中で喝を入れてくれたこと、とても感謝してます。おかげで、あの時の自分の行動を後悔せずに過ごせていると思ってます。レオナの好奇心にはいつも感心していました。部室で何時間も議論したのは良い思い出です。広い視野を持って、レオナの持っている武器を活かしながら、ア式を支えてください。
はるやは、強化ユニット長として大変だと思うけど、既存の枠組みを疑って常に新しいことにチャレンジする精神をそのまま持ち続けてください。今の強化ユニットは、選手もスタッフも優秀な人材が揃っているから、この部を更に発展させられるかどうかははるやにかかってると思います。はるやの後釜となる人物の育成と、はるやがいなくなっても回る組織作りもしっかりやってください。はるやならできると思ってるし、期待してます。
その他にも、私と関わってくださった後輩たちにも感謝申し上げます。ありがとうございました。
特に育成で指導させていただいた後輩たちにはとても感謝しています。
にしきとはこれからも一緒になるけど、仲良くやっていきましょう。
長くなるから同期はこれぐらいで終わります。最弱と言われた俺らの代だけど、結果的に多くの人がAにも上がれたし、育成でもチームを引っ張っていて、すごい代だと思ってます。
特に、誰も腐らずに練習には真摯に取り組んでいるのがこの代のいい部分だと思っていて、桐原中心に、応援にも真面目に取り組むところも好きでした。
後輩へも一言
翔は、育成時代にめっちゃお世話になったと思ってます。どんな無理難題を押し付けても、常に全力で動いてくれて、苦しい時も一緒になって考えてくれてありがとう。今の翔ならやりたいこと何でもできるぐらい経験を重ねていると思うから、後悔ないようにラストイヤー走り抜けてください。育成で翔と過ごした時間は、忘れられない良い思い出です。
秋馬は、早くリーグ戦にスタメンで出てください。秋馬が出ないと見に行かないとかいう変な約束をしたせいで、全く試合を見に行けません。そんな冗談はさておき、秋馬のプレースタイルもサッカーへの向き合い方もめっちゃ大好きです。どうか秋馬のペースでサッカーを楽しんでください。何度もチームを救ってくれてありがとう。どんなに負けが続いている状況でも、練習で明るい雰囲気を作ってくれてありがとう。応援してます。
てんすけは、そのまま誰も超えられないぐらいのスーパーテクニカルになってください。パッションも分析力も両方持ち合わせていると思うから、とんでもない人物になることを期待してます。
小宮も、こんな俺を受け入れて、一緒になってスカウティングやってくれてありがとう。めちゃくちゃ無茶なことを要求してもハードワークしてくれたり、わからない部分をこんな自分にも丁寧に教えてくれて、本当に頼もしかったです。テクニカルのエースとして、チームを勝利に導いてください。
レオナには、シーズンの途中で喝を入れてくれたこと、とても感謝してます。おかげで、あの時の自分の行動を後悔せずに過ごせていると思ってます。レオナの好奇心にはいつも感心していました。部室で何時間も議論したのは良い思い出です。広い視野を持って、レオナの持っている武器を活かしながら、ア式を支えてください。
はるやは、強化ユニット長として大変だと思うけど、既存の枠組みを疑って常に新しいことにチャレンジする精神をそのまま持ち続けてください。今の強化ユニットは、選手もスタッフも優秀な人材が揃っているから、この部を更に発展させられるかどうかははるやにかかってると思います。はるやの後釜となる人物の育成と、はるやがいなくなっても回る組織作りもしっかりやってください。はるやならできると思ってるし、期待してます。
その他にも、私と関わってくださった後輩たちにも感謝申し上げます。ありがとうございました。
特に育成で指導させていただいた後輩たちにはとても感謝しています。
ア式を立て直して、もう一度関東昇格を狙えるような部にしていく後輩たちのことを、陰ながら応援しています。
最後に、家族へ一言
両親へ
最後に、家族へ一言
両親へ
大智の体験練習について行ったところから、こんな歳になるまでサッカーに囚われ続けていることに、自分でも驚いてます。すごく充実した人生をここまで送らせてもらいました。
高校進学でも大学進学の時でも、ずっとわがままを言って自分の行きたい進路を選択させてもらったから、こんなに自分がしたいことに熱中できて、素晴らしい経験をさせてもらったと思ってます。
社会人になってもまだまだ迷惑をかけるかもしれませんが、ちゃんと親孝行はするつもりです。ここまで何不自由なく育ててくれてありがとう。
大智へ
高校進学でも大学進学の時でも、ずっとわがままを言って自分の行きたい進路を選択させてもらったから、こんなに自分がしたいことに熱中できて、素晴らしい経験をさせてもらったと思ってます。
社会人になってもまだまだ迷惑をかけるかもしれませんが、ちゃんと親孝行はするつもりです。ここまで何不自由なく育ててくれてありがとう。
大智へ
まさか、大学にもなって一緒に住んで、同じ部活に所属するとは思ってもいなかった。
大智のせいでサッカーに執着するようになったし、大智のおかげでこんなにサッカーに熱中してきたとも思ってる。
特に育成での1年間は、フィジコとしての大智のサポートのおかげだと思ってる。ありがとう。
俺の監視はなくなっちゃうけど、真面目に素直に生きてください。
現役時の予定では、卒部feelingsで、もっとちゃんとした指導論とか自分なりのサッカー観を書こうと思ってました。
大智のせいでサッカーに執着するようになったし、大智のおかげでこんなにサッカーに熱中してきたとも思ってる。
特に育成での1年間は、フィジコとしての大智のサポートのおかげだと思ってる。ありがとう。
俺の監視はなくなっちゃうけど、真面目に素直に生きてください。
現役時の予定では、卒部feelingsで、もっとちゃんとした指導論とか自分なりのサッカー観を書こうと思ってました。
でも結局、こういう文章になりました。
全部サッカーが悪いということにしておきます。
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