答え探し
荒拓也(4年/DF/暁星高校)
2025年10月19日
朝から不思議と落ち着いていた。親に見送られ家を出る。いつもありがとう。開かずの踏切を待ち続け、1本遅れた電車に乗る。想定内。
電車内でスカウティング資料を見る。本当に手が込んでいて分かりやすい。FBに永田が貼った映像を見返す。よしもう大丈夫。
東大前を出たらウカスカジーを聴いて胸にでかい誇りを掲げる。部室に着いた。いつも通り花岡を雑に弄りつつ、着替えて階段を登る。
既に誠二郎がいる。多分前泊しているのだろう。ジョージの笑いが響く。くだらない話には久保さんも入ってくる。髙木がこっちを向いてニヤける
mtgでテツに1年分の感謝をされる。こちらこそ。皆で椅子と机を片付ける。下半身のストレッチを行って部室を出る。
チャリ組に追い越されながら御殿下へ向かう。実は下道の方が早い。弥生門が見えたらMaroon5でJaggerを憑依。
グラウンドに着くと仁が「うぇいアラタク」と声をかけてくる。気が抜ける。ベンチに向かう途中で必ず星がハイタッチしてくれる。気が引き締まる。
大智に「どうすかラスト」と弄られる。お前もラストやろ。アップが始まる。いつも通り雰囲気は良い。
全員で円陣をして整列をする。丸は毎回隣にいたがる。写真を撮って応援席に挨拶に行く。晃之介とハイタッチをする。桐原はシャイだから出てこない。
11人で円陣をする。ポジションに着いて精神を整える。
電車内でスカウティング資料を見る。本当に手が込んでいて分かりやすい。FBに永田が貼った映像を見返す。よしもう大丈夫。
東大前を出たらウカスカジーを聴いて胸にでかい誇りを掲げる。部室に着いた。いつも通り花岡を雑に弄りつつ、着替えて階段を登る。
既に誠二郎がいる。多分前泊しているのだろう。ジョージの笑いが響く。くだらない話には久保さんも入ってくる。髙木がこっちを向いてニヤける
まずは胸椎伸展・回旋、広背筋など上半身をほぐして呼吸を整える。歌は陶山に弄られている。
続々とやってくる。皆良い表情。旭は気づかない間にもうストレッチを終え始めている。岡部はポッチャマ。これもいつも通り。mtgでテツに1年分の感謝をされる。こちらこそ。皆で椅子と机を片付ける。下半身のストレッチを行って部室を出る。
グラウンドに着くと仁が「うぇいアラタク」と声をかけてくる。気が抜ける。ベンチに向かう途中で必ず星がハイタッチしてくれる。気が引き締まる。
大智に「どうすかラスト」と弄られる。お前もラストやろ。アップが始まる。いつも通り雰囲気は良い。
全員で円陣をして整列をする。丸は毎回隣にいたがる。写真を撮って応援席に挨拶に行く。晃之介とハイタッチをする。桐原はシャイだから出てこない。
11人で円陣をする。ポジションに着いて精神を整える。
ふと思う。
いつだって選択と後悔の繰り返しだった。
「ポジションはどこでもやります」
谷にすかしていたと言われる1年目は、新陳代謝の良さから多分出られるだろうと思い、前線の選手としてスタートした。
CFで試合に出て、守備は頼れる先輩に任せつつ、走ってボールを収めて預けて、ゴール前に入ってく。試合であまり活躍できなくとも時々点を決めることで使ってもらえた。ルーキーの看板のおかげで実力以上の経験をさせてもらった。
単位もほぼ取り、時間に余裕が出てきた2年から、色々なものに手を出し始めた。東大やその他多くの場所には、変わった視点を持っていたり、凄い野望を持っていたりと、最高に面白い人たちがいて自分の世界が広がった気がした。
正直すぎるfeelingsを読みながら、自分はcomfortableな環境から飛び出していくカッケェやつだと言い聞かせた。
正直すぎるfeelingsを読みながら、自分はcomfortableな環境から飛び出していくカッケェやつだと言い聞かせた。
そして後悔した。
ア式の外の世界への憧れから部活だけってどうなのみたいな卑屈さを持つようになり、部活に本気になれなくなった。
練習前に予定を詰め込み、誰よりもギリギリに来て、練習後はすぐ帰って何かをする生活を送っていた。もちろんメリハリをつけて練習自体に手を抜いたことはないが、「試合のための練習(のための準備)」は手を抜いていた。
そして大事なmtgを遅刻した。陵平さんにはしっかり怒られた、というより呆れられた。自分のパフォーマンスは自分のためだけではない。選手が勝つために最大限の準備をしてくれているスタッフ・サポーター含めた他人のためでもある。
そして同時期には前線での限界を感じて、川上あたりにSB・WBをやりたいと伝えた。得意なポジションになり活躍する機会も増えた。あのロングボールを誠二郎が決めてくれたら大東戦ではヒーローになっていたかもしれないし、上智戦の勝利でやっと自分がチームの一員になれたような気がした。
そんな中迎えた中断明けの成蹊戦。昇格争いに割り込めるかを決める大一番
最も調子が良かった。良い崩しはできたし、気合い・声は十分だった。しかし、相手に膝を蹴られ靭帯損傷。あっけなくもシーズンは終わってしまった。
その後は死ぬ気で応援し続けた。チームの勝利に関われない悔しさはあったけれどそんなことを言う資格もない。
もっと前から部活に本気になっていたら。先輩や陵平さんに頑張って恩を返したかった。もうこんな思いはしたくない。後悔なく終えよう。
3,4年目はサッカーと、部活と向き合った。
組織は大きく変わった。曖昧であったポジショナルとか頭を使ったサッカーというものを本気でやろうとする強化陣の意志を感じた。
個人の話だけでも、プレスライン・正対・辺を覗く・胸を合わせる・1stとディアゴナーレなど、なんとなく聞いたことのある言葉を咀嚼し、スペースと選択肢を軸とした理論的サッカーの本質を少しは理解した気がする。
理論上では簡単に解決できたし、だからこそうまくいかない実践・個人の部分に強く適切にフォーカス出来た。サッカー人生で一番成長したと思うし、本当に楽しかった。
しかし、選手として天国のような経験をしたと言えるならば、リーダーとして地獄とも言える2年間を過ごした。
3年になるなかでも、Aチームの同期は少なかった。かつてAの経験もあった同期からも、育成でそれなりに活躍できれば全然良いという意見が聞こえた。なんで??
新監督のサッカーは、質が高い選手か、戦術理解度の高い選手が評価されやすい。自分なりの道で上手くなっていく、気合いで頑張っていくだけでは評価されない。自分は評価された側の人間だった。元々感覚派であったが、どうやら潜在的に考えていた要素と監督が求める要素の親和性があった。加えてチームを中長期的に強くするという新監督のスタンスに感動した。
だから自分がとったスタンスは、無意識の監督信者。
チームが目指す理に適ったサッカーに選手が合わせる。それは自分以外に多くの選手・スタッフが陥ったものだった。
主将を務めた後も変わらなかった。
新しいやり方についてこられない選手に、どうやったら監督の手駒になれるかを説き続けた。その人の長所・可能性も考えるが、それ以上に求められる選手にどうやったらなれるかを求め続けた。ここでこれが出来れば、試合に出られる。チームは勝てる。
頼経や大輝にディアゴナーレやポジショニングを細かく要求し、楽しむ姿を減らしていたのかもしれない。泉澤はAに上がって精神的に限界が来てしまい、最後はAを応援してくれつつも育成のキャプテンとしてやり切った。
何人かの選手はもしかしたら他のやり方ではもっと活躍してチームを率いる立場になっていったかもしれない。
しかし当時、チームが強くなるやり方と信じているのになぜ必死についてこようとしないのか?と「チームのことを考えている」自分は、狂信的に見えていたのだろう。普段はふざける人間ということで、そのギャップで同期とは少しずつ距離ができていった。
チームについても同様だった。
このサッカーについて来い。一部のレベルまで上がって来い。そんなスタンスに見えていたのかもしれない。
苦しむ後輩ともっと早く向き合っていたら。
自分と全然違う視点を持った皓大はじめスタッフともっと深く話していたら。
また違った戦い方や、チームのまとまり方があったかもしれない。
それでも選手もスタッフも限界を超えて頑張っていた。実際チームの成長度合いは凄かったと思う。
ただ、勝てない日々が続いた。このサッカーの結果が上手くいかないのであれば、全てを追い求めず別の方法を探すべきではないか。実際、実力を伸ばすことで得られるものより、今の実力を最大限出せるやり方に変えた方が良いとも思った。
しかし中断期間を経て、良くも悪くも積み上げがあったため、やり方を変えることはなかった。実際、後半戦の試合内容は良いものが多く、実力差を感じなかった。あとは本当に勝ちに繋げるしかない。だからどう言われようが心中を決意した。皆最後までついてきてくれてありがとう。
結果は残酷だった。4連敗で降格した。PKで負けた試合があった。自陣のロストで負けた試合があった。実力が上がってきた中で「隙」で負けてしまった。貫き続け見事に心中した。
次は何かを変えるのではなく高めるしかない。実力が上がったなら隙をなくしていくしかない。その答えは、自分ではなく後輩たちが示してくれるはずだ。
なかなか納得のいく着地点が見つからず、このfeelingsも10回以上は書き直している。自分の選択に後悔し、こうしていればと思う日々が続いている。卒部feelingsってこんなもんか。
ただ、それでも最後の瞬間は格別だった。これは自分のやり方をどう思おうが変わらない。
あれだけ勝てなくとも、多くの応援団、観客の前で活躍する機会を与えてもらえた。最後に彼らに見せなければ。4年間で自分がどれほど成長したか。この1年でチームに何を残せたのか。そして最後に勝利する歓喜の瞬間を。
もう十分苦しんだ。後悔もした。けれど間違いなく言える。本気で取り組み続けた。
だからどうか最後だけは笑顔で居させてくれ。
ホイッスルの直前、今までにないほど肩の力が抜けた。緊張よりも安心。けれど慢心はない。
幸せな時間だった。
源登や佳吾の「荒ナイス」の声でもう一個気合いを入れられた。同期がゴールを生んだ。後輩達が大活躍した。これ以上ない試合であった。
最後まで熱量を持ってやり終えた。自分のパフォーマンスも出し切れ、最後に何かを残せたと思える。
サポーターの最高の笑顔も見れた。
ここまで頑張ってきた自分への最高のご褒美だ。
次があるなら、今いる人を信頼して、自分たちに向いたやり方を正解にしていくのもありなのかもしれない。
何があっていたかなんて分からないが、「目標に合ったやり方を模索しながら本気で取り組み続けられること」が東大生の強みなら、良いサッカーも自分たちで見つけていくのも悪くないはずだ。
新しい監督のもとチームは再び前に進んだ。後輩たちは成長しきっと優勝して一部に戻ってくるだろう。
その時に、ようやく自分のことを肯定できると思う。だから頑張ってください。
色々と書かせてもらいましたが、結局自分が一番伝えたことは感謝にほかなりません
4年間自分は本当に多くの人に支えられました。ここで感謝を申し上げたいと思います。
陵平さん
最後は怪我で何も出来ませんでしたが、長い間信頼して使っていただきありがとうございます。理科大戦のゴールの喜び様は今でも覚えています。また、陵平さんにはサッカーだけでなく、人としてのところを学びました。
徹さん
変わり者すぎて最初は戸惑ったり、反抗したりもしたけれど、今までにないサッカーの面白さ・上手くなり方を教えていただきました。いちサッカー選手として感謝します。
関東昇格を最も現実的に本気で叶えようとしていたのは間違いなく貴方だったと思います。
「参入リーグや入れ替え戦もあるのに、毎年の戦力で奇跡的に目指して本気で関東いけると思ってんの?新歓とかも本気でやって、良い選手が常にいるなかリーグで中上位を取り続けられるチームになって、ようやく関東を目指せる可能性があるんじゃないの?」
3年の時に言われたこの言葉は深く刺さったし、負債を押し付けられた代のリーダーとして少し救われた気がしました。
ラスト1年絶対辛い道のりになると分かっていながら監督を引き受けていただいてありがとうございます。間違いなく共に命を懸けた一年でした。貴方がいたから最後まで頑張れたし、本気を出させてもらいました。最後に勝利を届けられて良かった。貴方のもとでサッカーができて幸せでした。
あとは優秀な後輩たちがさらにチームを強くして、いつの日か関東に上がる時にでも一緒に試合見に行きましょう。
LB会の方々
武田さんと和田さん
ここまでチームを想ってくださることに感謝しています。だからこそ勝てなくて申し訳ないです。
降格が決まった後も、「チーム力を最後まで伸ばす。それが未来につながる」と言われ、信じてやり抜けました。
必ず後輩たちが証明してくれると思います。これからもいちLBとして一緒に支える所存です。
利重さん
卒部式での自分の異変を感じて、相談に乗っていただきありがとうございました。
悔しさをバネにビッグになっていきます。これからもよろしくお願いします。
OB・スタッフの方々
ヨネさんから始まったストレングスは本当にタメになりました。身体操作やストレッチ・準備のところは全て頭に入れてます。大智もありがとう。君には後輩なのに主将として足りないところを常々怒られました。情けないことにそんな存在がいてくれて本当に助かっていました。渋々だとしても最後までチームを守ってくれてありがとう。
メディカルスタッフは、結局、最終学年も沢山お世話になりました。村上先生が忙しい中でも真摯に診てくださって、全てがプロの久保さんのおかげで多くの面で成長させてもらいました。桃香もすっかり逞しくなって心強いです。新家さんにもリハビリお世話になりました。
マネ・テク
陰の功労者。何も報いることはできなかったけれど、支えてもらいありがとうございます。マネが撮ってくれる動画は好きだったし、良いプレーの時にテクが櫓で見せるリアクションはveoで何回も見てました。
出来るだけスタッフにとって良いチームにしたいと思っていたけれど、もっと勝利という喜びを味わわせてあげたかった。これからはたくさん享受してください。どうかア式を好きでいてくれたらなと思います。
水野は、皓大に揉まれて最高のコーチになったと思います。君の謙虚な姿勢が大好きなのでチームをよろしく。僅かばかりだけどお手伝いします。
ND組は高い視座と強い信念を持っているので、あとは謙虚にぶつかり合いながら良いチームにしていってください。組でまとめられたスタッフは悔しさを糧にしてください。
OBコーチは、モチベーションが難しい中でも選手のために支えてもらいました。組織への愛がア式の原点なんだなとしみじみ感じます。
あとはやじさん、笹さん、兒玉さん、新屋さん。何年いるのって感じですが、信頼できる皆さんがア式にいてくれること本当に心強かったです。絶対に思うことはあるだろうに、こんなにもア式のために尽力てくれる人たちはなかなかいないです。これからもよろしくお願いします。
オカピさんは戦術嫌いで感覚派だった自分に、プレーが上手くなる方法を分かりやすく教えてもらいました。ア式でのプレーの原点です。現役の退部相談以外にも暫定監督をやるのかなど引退してもなお悩みを聞いてもらってありがとうございます。
潤さんにはお世話になりすぎて何を言えば良いのか。悩み多き後輩に真摯に向き合っていただきました。後は沢山奢られました。感謝しかないです。理系にはなれないけれどいつか潤さんを超えます。
先輩方には迷惑をかけてばかりでした。常に助けてもらって楽しい時間を過ごさせてもらいました。特に一個上は(追いコンの2次会ですら)ずっと悩み・不満を聞いてもらい助けられました。ありがとうございます。
現役選手
3年は、最後のシーズンを2部にしてしまって申し訳ない。ラストイヤー全員がやり切ってください。
髙木はこの一年で一番成長したと思うし、その分高い要求をして多くの負担をかけたと思うけど、最後まで一緒に右で戦ってくれてありがとう。筋トレもり川も楽しかったね。後はこのタイミングで新歓長が君で良かった。ア式の未来を一緒に変えてくれてありがとう。
キツイ練習を盛り上げられる2人の関係は最高だと思うので、優勝してくれると大いに期待します。悲しいぐらいしょうもない事で笑えるmtgルームノリはぜひ残して欲しいところ。
長田は色んな意味を込めて「あ」だね。慈央は大活躍中なので夏バテには気をつけて。遼一は自分にとって1対1が一番強いと思うWGなので期待してます。
実は、選手としてもコーチとしても、達也推しです。復部してくれてありがとう。ラスト存分に暴れまくって欲しい。
2年はA・育成・スタッフ問わず全体的にハイレベルで時に羨ましいなと思います。多分頼りづらいだろうけれど、近くで見てはいるので困った時は遠慮なく頼ってください。
1年は自分が最後に本気で新歓した身として言わせてもらうと、最強の代だと思っています。とにかく高みを目指してください。
同期
尖っていた自分から離れることなく受け入れてくれてありがとう。全員大変そうな道だけど各々元気に羽ばたいてください。シーズンの方針に強引に合わせようとして、皆のポテンシャルを最大限に出せるようなチームにしてあげられなかった事がいちばんの後悔です。その中でもやり切ってくれてありがとう。
特に荒拓也を囲んでくれた4人。2月にちばちゃんで大泣きしてから常に見守ってくれてありがとう。近くで誰かが気にしてくれるだけで、最後まで安心して頑張れました。
歌と陶山は思い描いていたものでは無かったろうけど、5年目も一緒に戦ってくれてありがとう。準備・ケアに誰よりも取り組んでる姿に励まされたし、近い存在だったから心強かったです。くだらない話も沢山しました。めっちゃ仲良くしてくれてありがとう。グダグダなヨーロッパ旅行も一生話のネタになりそうです。
最後に家族
母は、中高時代には朝練前に、大学では夜練の後まで起きて、美味しいご飯を用意してくれました。色々あったサッカー人生を常に支え続けてくれた一番のサポーターです。
父は忙しくてもカレンダーには試合の日程が書かれていて、遠くても試合の応援位駆けつけてくれました。練習をこっそり見に来て良いチームだと言ってくれて嬉しかったです。
兄はやはり自分の追いかけ続けた選手でした。結局色々な面で追いつけず嫉妬するぐらいに憧れてます。
みんなありがとう。そして尊敬しています。少しずつ恩返しをしていきたいので、これからもよろしくお願いします。
これまで多くの方々の応援、支えによって充実したサッカー人生を過ごすことが出来ました。これまで携わっていただいた全ての方々へ、この場をお借りして感謝致します。本当にありがとうございました。
今後共ア式蹴球部のへご支援、ご声援の程宜しくお願い致します。
中田に催促されているし、ここで終わりにしたらまぁ悪くない終わり方だろう。
しかし、これで終わらせるのはずるい気がした。
最後に言うべきことがある。
自分は今まで嘘をついてきた。
いつか自分に問うた命題
「荒はサッカーが好きなのか。」
前のfeelingsでは「そんなに好きではない。安心できる人間関係のための場所」みたいなことを言った気がする。
前述した通り、ラスト1年はとにかく苦しんだ。前に進むべきと分かっていてもいつまでもタラレバの後悔をしている。
どうすれば良かったのか。
俺はア式蹴球部にいて良かったのか。
なんで入部したのか。
なんで東大に来たのか。
この答えは、分からない。
選んだ道を正解にと言うが、正直引退から3ヶ月経った今でも迷走中で、4年間に答えは見つからなかった。
その中で、あの問いには答えが出た。最終節のキックオフ直前。自分のサッカーが終わる直前に気づけた。
「サッカーが大好きだ」
どんな時もいつもサッカーが毎日を幸せにしてくれた。親とリフティングの練習をした時も、中学の全国決勝で見たゾーンディフェンスに感動した時も。一方で自分のミスで試合に負けた時も、ギリギリの試合を落とした時も、自分の日々の感情はサッカーで決定されていた。あれほど感情を動かされることはない。
練習後のロンド、バー当て、1対1。真面目にやろうがふざけようが楽しい時間だった。心身がどんな状態であろうがサッカーをしている時は夢中になれた。
ボールを動かし相手を動かす。スペースを動かしボールを動かす。この先にゴールを取ること。地味なようで非常に美しいこのサッカーにもやはり感情は動かされた。どうしてもこのサッカーに出逢えて幸せだと言えてしまう。
ヨーロッパ旅行で見たシティ戦のパレスの541ブロック・鎌田の無双ぶりは一生忘れられないだろう。あの時、間違いなく自分はサッカー大好き少年だった。
正直、これまでは分からなかったが、多くのものを失って(失ったように感じて)初めて、いつも側にいたサッカーそのものが大好きだと気づいた。
この4年間は、その答えを探す時間になった。
だからこそ、「ア式に来て良かったのか」という問いの答えも、これからの人生でふと見つかるのだろう。
人生はいつだって「選択」に対する「答え探し」だから。
小さい頃からの味方であるサッカーとともに人生を豊かにしていこう。
いつかこの経験も含めて「良い人生だった!」と笑えるように。
荒拓也
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