2017年10月18日水曜日

あと半年...

もう4年も経ったんだ。フィーリングスは多分最後だから、"サッカーに、仲間に、出会えて良かった"というテーマで書こうと思ったのに、考えれば考えるほど、そんな単純な気持ちじゃなかった。

入部当初は、サッカーが楽しくてしょうがなかった。練習から帰ってきた夜に、「ボール蹴りたい!練習したい!」と言って、母から「はぁ?」と言われたのを今でも覚えてる。

今は週4日のこのペースが日常で、体に馴染みすぎて、当たり前のように練習に行くけれども、サッカーやりたくてどうしょうもなくて、練習に行ってるかと聞かれると、分からない。

私の学生生活はまだまだ続くけれど、ア式蹴球部女子は、今年で卒部。文京LBレディースでサッカーを続けるか、続けないか。

何となく、漠然と、
"サッカーをやめたくないな"と思う。

サッカーが好きだから?それもあるにはある。どの練習も試合も、ざっくり思い出すと楽しかった気がする。でも詳細に思い返してみると、「あー今左足で触れば良かった」とか「自分のマークしている相手に負けないように」とか、一つ一つのプレーに必死すぎて、サッカー全然楽しんでいないんじゃないかと思う。

だから、やめたくない大きな理由は、勿体無いからかもしれない。
4年間かかって、やっと気心許せる仲間が出来たから、文京LBレディースを続けることで、これからもその人達と関わっていきたいと思う。 せっかくやり始めたので、健康のためにもサッカーを生涯の趣味に出来たらとも思う。 

でも、サッカーを続けるのが、そんな理由だけじゃ悲しい。すごくサッカーやめたくないのに、こんな理由では、サッカーよりもやりたいこと、見つかってしまいそうで怖い。

どうしてそれが怖いのか、こんなにサッカーを続けたいのか、理由は自分でもはっきりとは分からないけれども、
このやめたくないという気持ちの大きさから、"この仲間とサッカー出来ている今が、自分にとってとても大切で失いたくないもの"なのだと実感している。


本当は卒部したくない。
女子部   田中 周

2017年10月13日金曜日

こんにちは

みなさん、こんにちは。一年の鶴田智也です。今、自分がサッカーで取り組んでいることは、身体の動かし方を良くすることです。そんなふうには全然見えないよ、という人もいるでしょうが取り組んでいるつもりです。人からもらったアドバイスとしては、

つま先立ちではなく、足裏全体をつけて動く
手は後ろに振る
動きたい方向に重心を傾ける
腰を落として、膝を前に突き出さない
股関節に余裕を持たせる
まっすぐ走るときに足を外側にひねらない
肘が力まないようにする
内側の足で強くターンする

などです。しかし、アドバイスをくれた人達には申し訳ないのですが、なかなかプレーの中でこれらのポイントを自分の身体の動かし方に反映することが難しく、自分では意識しているつもりでも、全く違った動かし方になっていることも多いです。しかも、そのことを自分では気付けないこともあります。

そこで、みなさんにお願いがあるのですが、鶴田の身体の動かし方に気付いたことがあったらどんなことでもいいので、指摘してくれると嬉しいです。なんとなくの印象でも、専門的なことを知らなくても、改善方法が思い付かなくても指摘してくれると嬉しいです。外から見ている人のほうが、僕よりも多くのことに気付くと思います。もちろん、サッカーのことも指摘してくれると嬉しいです。

みなさんからの指摘を聴いて、少しでも身体の動かし方を良くして、プレーが良くなるように改善したいので、どんどん指摘してください。



一年 鶴田智也

2017年10月11日水曜日

意気込み

    高3の夏、最後の選手権の都大会一回戦で0-4というスコアで大敗し、部活を引退した。自分の高校は強豪校でもないため、チーム一丸となって、一人一人が走って、献身的なプレーで勝利を掴むチームだった。予選でも楽に勝ち上がってきたわけではない。だから、都大会出場が決まったときはとても嬉しかった。みんなで勝ち取った勝利の喜びほど嬉しいものはない、と生まれて初めて感じた。その一方で自分たちは、都大会ではチャレンジャーとしてやっていくしかなかった。そして自分たちより強いチームに勝つ。ただそれだけを考えて練習を重ねた。インターハイでも都大会一回戦負けだったがゆえに、より一層一回戦突破への気持ちは高まっていた。

  しかし、選手権でもそれを成し遂げることはできなかった。実力差を見せつけられた試合だった。最後までチームのために走りきった。試合後応援席に挨拶しに行ったとき、申し訳なさを感じた。そこには、高3の春に怪我をしてプレイヤーとしてサッカーをするのができなくなっても、夏まで一緒に残って、マネージャー的立場で常に支えてくれた仲間もいた。そんな仲間が全力で応援してくれたのに、その期待に応えられなかった自分の力の無さを痛感し、悔しさがこみ上げた。

  僕はもともと大学でもサッカーを部活で続けようと考えていたので、引退したときもまだ自分のサッカー人生はこの先続くから、とりあえず勉強頑張ろう、と気持ちを切り替えた。ア式でサッカーをするために、今までサッカーに費やしてきた時間と労力を全て勉強の方に注いだ

  そしてア式に入ることができた今、チームメイトに刺激を受けながら、自分の課題と日々向き合って考え、楽しみながらサッカーをやっている。

 今はまだピッチ外から、チームメイトを応援することでしかチームに貢献できない。だけど僕はあの悔しさをバネに日々練習に取り組んでいるし、ピッチに立てるよう、これからも努力していきたい。


        ア式一年    高宮秀徳

2017年10月5日木曜日

スポーツ歴0年、サッカー始めました

 今回初めてfeelingsに文章を書くことになった。初めてなのでとりあえず、大学に入るまでの自分とサッカーの関わりについて書いてみよう。


 と言っても、小学校から高校まで、私にはサッカーボールに触った記憶がない。私はサッカー初心者で「ア式女子」に飛び込んできた。そればかりか実は中学高校では演劇部に入っていて、体育の授業以外でスポーツをすることはなかった。


 小さい頃、茨城県に住んでいた。通っていた幼稚園に何度か、鹿島アントラーズの選手が来てくれたことがあった。そうして「シュートはつま先じゃなくて足の甲で蹴る」と教えてもらったことや園庭で無我夢中でボールを追いかけたことは今でも鮮やかに覚えている。


 小学校に上がってからも何度か、カシマスタジアムに家族で足を運んだ。しかし、いつの間にか、どういう訳か、私は「サッカーは男子のスポーツ」だと思うようになっていた。私が中学2年生の時になでしこジャパンがワールドカップで優勝するまで、学校に男子サッカー部があって女子サッカー部がないことを気にも留めなかった。女子サッカー選手の存在を認識したところで自らサッカーをしようとは思わなかったけれど、一度、サッカーをしている夢を見たことがあった。青い空の下、緑色の芝の上を駆け、ゴール前の味方に向かってボールを蹴るというその夢は、私の心を妙に震わせた。ある日、学校から帰るバスの中で男子が「なでしこは女捨ててる」とか話しているのが聞こえた時、かちんと来たのは心の奥底にサッカーをしたいという願望があったからなのかもしれない。


 その後、高校の体育で一度だけ、種目選択にサッカーが含まれていたことがあったが、私は運動部の強そうな人たちに恐れをなして別の種目を選んでしまった。サッカーを観るのは好きで受験勉強の合間にはクラブワールドカップをテレビで観ていたけれども、運動が不得意な自分がサッカーをすることはありえないことなのだと思っていた。


 しかし、そんな私に駒場でア式女子の先輩方が声を掛けてくださった時、自分がサッカーをするというそれまでありえないと思っていたアイディアが急に現実的なものに思えた。演劇への情熱が消えた訳ではなかったが、ずっと文化部でやってきた人間がサッカー部に飛び込むなんて斬新でおもしろいじゃないか、という考えに取り憑かれ、さらにア式女子は人数が少なく温かそうな感じがしたこともあり、気づけば自分の中でア式に入らないという選択肢はなくなっていた。


 ずっとサッカーをやってきて大学でも本気で続けたいという固い決意を持った人と比べれば、私の入部動機は曖昧で、いい加減なものである。それでもこれから、もっとサッカーが上手くなりたいし、部の役に立ちたいと思う。そうして東大ア式女子が強くなり、女子サッカーが盛り上がっていくことを願う。


 女子サッカーがもっとメジャーになるであろう未来を思った時、ある寂しさが私の胸をよぎる。私みたいな運動初心者はいずれ入って来なくなるのだろう。もしア式女子の部員数がもっと多かったなら、私は入部していなかったと思うから。成長途中のこの時期、このタイミングで、この部活に出逢えたことに感謝したい。




夢に出てくるほど、サッカーに恋をしていた。のかもしれない。

女子部1年 浅野晴香

2017年10月3日火曜日

花道のように

はじめまして。1年生の嶋崎駿介です。初めてのfeelingsということで、少し緊張しながら書いています。


  「リバウンド制する者は試合を制す‼︎」このセリフは漫画「スラムダンク」で何度も登場する名言の一つです。

  リバウンドとは、シュートされたもののゴールされずにルーズボールとなったボールを獲得する行為のことで、特にオフェンスがボールを獲得することを、オフェンスリバウンドを取ると表現したりします。

  なぜシュートや、ドリブル、パスではなくリバウンドを制する者が試合を制すのか。それは山王工業戦での安西先生から主人公の桜木花道に放たれたセリフを見れば分かります。要約すると、自分達がオフェンスリバウンドを取ることで、相手にボールがわたり速攻を仕掛けられることがなくなり、逆に自分達のシュートチャンスが生まれる。つまり−2点が消え、2点のチャンスが生まれる。4点分の働きになるのだといった感じです。

  バスケットでは、ゴールすると2点、スリーポイントシュートだと3点ですが、リバウンドを取るとそれは4点分になる。だからリバウンド制する者は試合を制すのです。

  僕なりのこの言葉の解釈は、「たとえミスを犯したとしても(シュートを外す)、そのミスを補うために努力することが(リバウンドを取る)、より大きな成功をつかむ(試合を制す)ことに繋がる」であり、僕はこの言葉を忘れずに日々過ごしたいと思っています。

  そしてまた、この言葉は僕がア式に入る決断をした理由でもあります。高校時代はプレイヤーとしてもチームとしても奮わず、引退した後で、あの試合のあの時にああしていれば、あの時にこんなふうに声をかけていれば、などなど後悔するとこが多くありました。

  だから、もっとサッカーが上手くなるために、プレイヤーとしてより大きな成功をつかむためにア式に入部しました。そしてこの目標に向け、これからも頑張っていこうと思います。



ついつい三井寿に憧れてしまう

一年 嶋崎 駿介

2017年10月1日日曜日

最近思うこと。

近況について。
僕は1ヶ月半前に選手を引退して、育成チームのコーチになりました。理由は骨折をして、後期に間に合わないと診断されたからです。それからの過ごし方について暫く考える期間を貰って、結局コーチをすることにしました。4年間で学んだことを少しでも後輩に還元できればという思い半分、あと3ヶ月というところでア式に関わりを持ち続けたいという思い半分で決断しました。
今はコーチを始めて1ヶ月ほどが経ち、やっと少しずつその役割に慣れてきた頃です。最後の締めのコメントも少しずつ緊張しなくなってきました。それでも、練習の仕切りにはまだまだ課題が多く、選手に時には厳しく接して、練習をコントロールしているミネさんから学ぶところが多いです。
また、最近の楽しみは選手の成長を肌で感じることです。育成チームの選手たちは、伸びしろが大きく、その分日々の成長を感じとりやすいです。少しのアドバイスでプレーが劇的に変わることも多々あります。成長スピードをどんどんあげていって、Aの選手達を脅かす存在になって欲しいと思うし、この育成チームのメンバーがいつか公式戦のピッチに立って戦うような日が来たら本当に嬉しいです。


公式戦について。
最近、公式戦の応援をしました。ピッチ外にいても、やはり公式戦の雰囲気は特別だなと感じました。公式戦には一つのプレーが勝敗を左右するという緊張感があって、一つ一つのファイトに感情の高ぶりがあって、そんな特別な雰囲気をもう一度味わいたくて大学でサッカーを始めたのだとふと思い出しました。そして、試合に出るというのは当たり前ではないということを改めて痛感させられています。もっと1試合1試合を噛み締めてプレーすれば良かったなと今更ながら思います。やはり、試合に出ている選手はキラキラして見えました。気合が入っていて、表情が生き生きとしているように見えます。だから、試合を見てると、公式戦で生き生きとプレーしてる選手たちが羨ましくて、その場にいられないのが悔しくて、自分のプレゼンスが下がっていく気がして少し寂しいし、勝利のためにひたむきに頑張っている姿はかっこいいなって思います。でも、外にいても同じチームとして戦う気持ちは変わらないと思いました。最終節まで声を枯らし続けます!


サッカーについて。
正直なところ、僕は最後までサッカーの全てを楽しむことはできなかったです。自分の技術不足によるところが大きいですが、苦手なポゼッション練習など早く終わらないかなと思ってプレーしていました。下のカテゴリーに落として貰えば、足を引っ張らなくても済むと思ったこともありました。それでも僕がサッカーを辞めなかったのは、ゴールの瞬間や相手に仕掛ける瞬間の楽しさがその苦痛を上回るからです。日常生活でもこの一瞬の楽しさや快感を超える瞬間はないと思っています。本当に楽しいと思えることを一部でも見つけられたことは自分にとって大きな財産だと思います。4年間でこれを得たとはっきり言えるものはないかもしれないけれど、最高に楽しいことを見つけられてかつ、それに打ち込めたのは良かったと胸を張って言える気がします。でも、やはり今振り返るとそれは自分の課題や弱みから目を逸らしていただけなのかなとも思います。年々自分の強みの部分だけではどうにもならないことが増えていきました。その時に自分の課題と向き合えなかったのは自分自身の弱さだと思います。こんな僕の経験を踏まえて、今の後輩たちには今ある自分の課題から目を逸らさないで欲しいと思います。自分がサッカーを楽しめるように努力して欲しいです。そして、自分が楽しめる幅を大きくして欲しいと思います。その手助けを残りの数ヶ月で出来ればと思っています。




4年山岐豪憲

2017年9月27日水曜日

通訳実技

僕は先学期「通訳実技」という授業を履修した。授業では日英、英日の通訳を行なったが、僕にとっての一番の学びは通訳のスキルではなく、ある気づきにあった。

入学当初から日本語の授業を毎学期受けてきたが、日本語に関して指摘されることはあまりなかった。しかし、この「通訳実技」の先生には学期の始めに「日本人だからこそ、社会に出た時にはより厳しい目で見られる」と言われ、その後も細かく日本語の指摘をされた。そのおかげで自分の現在の日本語レベルに危機感を抱き始め、今まで「自分は外国で育ったから日本語ができなくてもいいんだ」と勝手に思い込んでいたことに気づくことができた。最初から自分の限界を決め付けていたのだ。

いつからそうなってしまっていたのだろう。そこで自分なりに「限界を決めつけてしまうプロセス」を少し考えてみた。子供の頃は、みんな「プロのサッカー選手になりたい」とか「ハリウッドスターになりたい」とかとんでもなく大きな夢を掲げる。しかし、大人になるにつれ、現実的に物事を捉え始めて考えるようになると、多くの人はこのような夢を諦めてしまう。恐らく「自分は今これくらいの実力で、このままの調子でいけばこのくらいのレベルに到達する」と推測して、それを元に夢を達成できるかできないかを判断する。
しかし、このような考え方は「今までと同じような努力をすること、そして同じようなチャンスしかないこと」を前提としている。でも、実際には今の自分には知らない努力の仕方があるかもしないし、想像をしてもいなかったチャンスが転がってくるかもしれない。

自分に限界をつけないためには今までと同じ努力をしているだけではいけない。つまり、新しいことをやること、チャレンジすること。今までやってきたことをするだけでは、今まで気づいてきたことにしか気づけない。日本語の学習で言えば、同じ教材をずっと使っていても語彙力はつかない。サッカーで言えば、自分ができるプレーばかりをやって、自分ができないプレーはやらない。これではいつまでたってもできないプレーはできないプレーのままでいる。

しかし、新しいことを試みるともちろん失敗するリスクもある。むしろ失敗する確率の方が高い。そこでいかに失敗を恐れずにいれるかが重要である。こういう面は海外のプロサッカー選手を見習うべきだ。ある日本代表の選手は、海外の選手の特徴についてこう話す。

「フリーキックを一回も練習しているのを見たこともないのに、海外の選手は試合になるといきなり「俺が蹴る」と言ってくる」

根拠のない自信を持ち、失敗してもなんとも思わないこのメンタルは見習うところがあるかもしれない。まーこれは少し度が過ぎているかもしれないが。

でも、最終的に僕が一番重要だと思っているのは自分、そして自分がやっていることを信じるということ。Believe in yourself and believe in what you do. 自分が自分のやっていることを信じていなかったら他の人が誰も信じてくれるわけがない。

みんな何かしらの思いを抱いてア式に入部したに違いない。
その思いを絶対に忘れないように。

就活中に僕と同じ年数日本で勉強している留学生で、僕より日本語ができる時まじでガン萎えするわ。でもいつかまた彼らを追い抜く自信はある。

新しい日本語の勉強法募集中。

4年 柳澤アーサー

2017年9月23日土曜日

想定外と想定内



僕はこのFeelingsというブログがとても好きです。
毎回、この人はこんなことを考えていたのか、と驚かされます。
服部くんのように、毎回だいたいFeelingsの内容が同じ人も中にはいますが。
オススメFeelingsについてのFeelingsを書こうかなと思うくらいには好きですし、誰がどんなことを書いていたかも覚えています。
そんなFeelingsの中でも、妙に僕の頭に残っているものが1つあります。
それは僕が1年の時にOBコーチだった矢野さんが書いたものです
http://ashiki-feelings.blogspot.jp/2014/12/blog-post_8.html?m=1


とても参考になる内容です。
ただ僕の記憶に焼き付いているのは、内容ではなく、最後にさりげなく書かれていた言葉でした。


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4年のリーグ戦の時に、3つ上の先輩が「矢野がスタメンとかア式も末だなあ」と言っていたらしいです。1つ上の先輩には「お前トラップできたんだ」と言われました。意図はともかく、否定する気もないし、むしろ褒め言葉として受け取っています。そう遠くない未来に「お前がスタメンとかア式も末だな」...とは言いませんが、「お前がスタメンとるとは思ってなかったな」と、そういう褒め言葉を言わせてほしいと思っています。


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このFeelingsを読んだ当時、僕はまったく公式戦には絡まないような立ち位置でした。
僕が出るようになったら皆驚くだろうな、ア式も末だと言わせてみたいな、なんて考えていました。



それから、上手くいかない時期もあり、部活をやめるか100回くらい悩みました。
それでも4年になった今シーズン、前期ではスタメンで使ってもらえる試合もありました。
もしかしたらア式も末だ、なんて思っている先輩もいるかもしれません。
チームとしてア式が末だとは全然思っていませんが、僕個人にとってはある意味シナリオ通りです。


ただし、前期は結果をほとんど残せませんでした。
このままじゃ、なんであいつ出してるんだと言われて終わりです。
絶対にこのまま引退するわけにはいきません。


後期はもっと点をとって

他のスポーツやったほうが結果残せるよって言ってきた人を見返し
ア式に入りたくて東大を受験した高校生の自分を肯定して
サッカーを続けさせてくれている親に恩返しして

そしてア式のみんなと昇格を喜びたい。


勝ちましょう。勝つ姿、僕には見えてます。




想定外のシュートが意外と入るんだよね
4年 FW  箭川 展

2017年9月22日金曜日

なぜ人は「なぜ」と問うのか。

人は何かにつけ「なぜ」と問いたがる。

何か行動を起こした時、あるいは何か思考が生じた時、
その裏には必ず原因があるに違いないと信じ、
なんとか見つけた説明を
「ぼくは○○するためにこうしました」とか、最もらしく言ったりする。

本当にそうか?




なぜ、何のために、自分がそこに存在するのか。自分はそこで何をなさねばならないのか。
それを考えることにそれほど意味はない、と私は思う。


残念ながら周りは私にそこまで期待していない。


私がいなくても地球は回り続けるし

世界経済はほとんど影響を受けないだろうし、

日本の政治も問題なく執り行われるだろう。

東大だって、
上位2割くらいの頭の良い人が残れば最高学府としての機能は果たされると思うから、
1人くらいいなくなったってどうってことはない。





結局、生きている理由はエゴティズムなんじゃないかと最近思うようになった。



つまり、


自分がそこにいるのは、自分がそうしたかったから。


他人のために生きている、という人もいるだろう。
が、他人のために生きると決めたのは自分じゃないのか?


使命や任務が自分に与えられていると思えるほど
私は自意識過剰ではない。






この理論でいくと、私がア式に入部した理由は
「私がア式にいたいから」
ということになる。(まあそうでしょうね)


確かに部内での仕事もあるし、小さいながら役割もある。
でも、それはかなり互換性が高くて、私である必要性はあんまりない。

もしも私がいないと困ると言ってくれるのなら嬉しいことだけど、
それはあくまで他人の意思であり、(道徳面を問われるが)私にはそれに応えるかどうかの選択権がある。



だからもう、私がア式にいる理由は私の中に見つけるしかない。






私は自分の選択でここにいる。


確固たる根拠があって決断したとは限らない。

最初に述べた通り、すべての言動に理由があるという仮説はあまり自明ではない。

私がア式への入部を宣言した時の心情なんて、
自分でも理解不能だし、とてもじゃないけど言語化なんて不可能だ。(入部式では「偶然と直感」と言ったけど)



でも、自分の自由意志による選択だということは確信を持って言えるから、

私は今の生活にかなり満足している。


大学生になってからなぜか「幸せそうだね」と言われることが増えて、
何を以て幸せを定義するか私は決めていないからよくわからないけど、
自分でもまあ幸せそうだなぁと思う。
特に悩みとかないし。


私のキャッチフレーズを『スーパーポジティブシンキング』にしようと思って4月から推してきたんだけど、
浸透してるかな?
そろそろ別のにしようかな。
どうでもいいな…



話が逸れてしまった。



言いたかったことは
私は期待されてなくて寂しいとか、私が自己中だとか
そういうことじゃなくて、

どんな理由であれ、理由なんかなくたって、
自分で選んだということは自分が望んでいるということであり、
その選択の責任は自分で持たなければならないということだ。


何かができないことをア式のせいにしない。


というか、する気にもならない。
自分が望んだことに時間を使って、
且つ、それを続けるか否かの選択権まで持っている。
この上なく自由である。

そんな風に考えているのが幸せそうに見えるのかもしれない。






やりたいこととかなくて、長く続けてきたこともなくて、いつも誰かに勧められたことに流されるように進路を選択してきた、
そんな自分の今までを正当化するためのこの態度なのだけど。






以上、長くなりましたが自己紹介でした。
これからもよろしくお願いします。






「悩みがないこと悩んだ方がいいよ」って言われた。そういう彼の悩みは「明太子が食べられないこと」らしい。

1年STAFF    佐原  由香

2017年9月21日木曜日

自己紹介と抱負

こんにちは。合田周平です。香川県から来ました。ポジションはセンターバックです。これからよろしくお願いします。
私はサッカーが上手くなるため、高いレベルでサッカーをやるためにア式蹴球部に入りました。今はまだ下手くそでチームに貢献できていませんが、練習に常に全力で取り組み、自らの目的を達成し、ア式に貢献していきたいです。


Feelingsでは日々感じたことを書くようなので、私は最近心に残っている言葉を紹介します。それは「責任」です。自分自身が大学生になり、二十歳になり、責任という言葉を以前より意識するようになったからかもしれません。先日、集団の中で個人の責任は希薄化しない、むしろその逆だ、という話を聞きました。例えば、ある一人の悪い行いが集団の評価を下げてしまうということでした。また、サッカーの練習中には左サイドでボールを取られたのは右サイドの選手にも責任がある、味方のミスがあった時にそいつの責任にしてゴールを奪われないために他の選手が最善を尽くしていない、ということもありました。前半は社会的な話で後半はサッカーの話でしたが通じるものがあると思います。責任ある人になるためのヒントが得られたように感じました。

2017年9月19日火曜日

GK学

初対面の人に対して自己紹介をするとき、皆さんは何を語りますか?僕なら名前や年齢などを伝え、サッカー部に所属していることを伝えます。話題を広げるためか、サッカーを少しでもやったことのある人は僕のポジションについて聞いてきます。僕はここでいつも「どこだと思いますか?」と逆に聞くことにしています。多くの人は前線のポジション名を挙げ、僕が違うというたびに意外そうな顔をします。そして僕の本職を伝えると意味が分からないという顔をされます。これはもちろん僕の身長が低いことにも起因しますが、他にも理由があると思っています。



日本は海外に比べてGK人気が少ないと言われています。これはすなわちGKへの理解が乏しいということを意味します。実際、自己紹介の流れで僕がGKをやっていると伝えると、大体の場合は残念ながら話題が途切れます。



じゃあGKって何なんだ、と聞かれると僕はいつも「サッカーとは全く別のスポーツだ」と答えます。これはサッカーをしたことがない人向けの解答なので詳しくは違います。詳しく言えば「手を使わないでゴールをした数を競うスポーツとサッカーを定義した場合に、コートの一部ではあるが手を使えるという点でサッカーではない別のスポーツだ」という意味です。では手を使ったゴールキーピング技術だけ磨けば良いかと言えばそれでは良いキーパーにはなれません。足元の技術も重要な要素になってきます。そこがキーパーの奥深さであり、楽しさであり、時には苦しさにもなります。



上の考えは僕なりのものですから他のGKからはまた違う意見が聞けると思います。その違いがそのままプレースタイルの違いに繋がってくるわけです僕がこの文章で長々と書いてきた中で伝えたいと思ったのはGKの特性を理解して場合によって使い分けるのも一つの策だということです。ボールを保持してゴール前に迫ってくるチームにはセービングが上手いGKを、裏にボールを放ってくるチームには裏処理に長けたGKを配置するなどです。基本的にGKは前線のフィールドプレーヤーと異なり試合中に交代しません。だからこそスタメンを決めるときは相手のスタイルに合わせて有効そうなGKを配置するべきです。そして各GKの特性を分かるためにはGKの目線が必要になってくるはずです。少しでもGKに対する理解が深まることとGK人気が出ることを祈ってやみません。





GKこそ一番楽しいスポーツに違いない

2年 満永達彦

2017年9月15日金曜日

異文化交流

今年の夏、私は異国の地、ドイツにいた。日独スポーツ少年団同時交流というプログラムに参加し、ホームステイをはじめとした様々な活動で、2週間ほどの充実した日々をを過ごすことができた。


私にとってドイツは初めて身を置いた異文化だった。景観、食、生活、スポーツ。日本と違う点、似ている点。ほとんどがいい思い出だが、逆に嫌だったり、怖い思いをしたりした場面もあった。具体的なことは多すぎて書ききれないので省略するけれど、本当に様々な発見がありどれも興味深く、面白かった。


実際に行ってみることで、抽象的でしかなかったドイツが形をもって私の中に現れてきた。美味しい食事、街中にあったバレーコート、歴史を物語る教会、優しさとユーモアに溢れたドイツの人々、など一言では言い表せない。その時、これが異文化交流なのだろうとストンと合点がいった。感じること、よく知ること、理解すること。そしてそれを考えること。私にはこれが異文化交流だった。



話は変わり、サッカーについて。今年、私はゴールキーパーとして関カレに出場する。私にとって初めてのポジションだ。正直まだまだ未熟で、もっともっと練習が必要だし、下手くそで落ち込むこともある。けれど初めて挑戦することは楽しい。キーパーもすごく奥が深く面白い。


フィールドの一番後ろからみる景色は今までより開けていて、チームメイトのプレーがよく見える。皆の良さが再確認できる。体力的にはきつくはないけれど、私のミスで簡単に1点がとられてしまうという緊張感の漂うポジション。



キーパーは私にとってドイツと同じような異文化だった。今もまだ異文化には変わりないだろう。よく知り、感じ、理解する。これが出発点。キーパーというポジションに挑む原点だ。


実際にやってみると、キーパーは私のこれまでのスポーツ遍歴を生かせるポジションだと感じる。これからもっと練習や実戦を積んで、少しずつキーパーへの理解をプレーで表現していこう。そして一歩一歩成長していきたい。関カレが終わるまでには、キーパーというポジションを異文化と捉えず、胸を張って私のものだといえるくらいに。



またドイツに行きたい
女子部 2年 松田真優

2017年9月14日木曜日

過去と今

初めてのfeelingsで何を書けばいいか分からず緊張しています。1年の佐藤洋平です。つまらない文章ですが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。

つい先日、練習後にある人から電話がかかってきました。その人は、高校の部活の同期で、諸事情あり沖縄から東京にきていたやつでした。久しぶりなこともあり少し長電話をした後、もう1人、部活の同期を誘い3人でご飯を食べることになりました。

僕に電話をくれた同期の要望で、店はなぜか沖縄料理屋になり、最初は互いの今のことを、そしてその後、懐かしい高校時代の恋愛の話の後に、とうとう部活の話になりました。

電話をかけてきた同期は僕と同じGKで、県選抜にも選ばれていたのですが、部活の話をする最中、そいつともう1人の同期のなんでもない一言に僕ははっとしました

「おまえがいなかったら俺も最後まで続けられなかったと思うし、おまえがいてくれて良かった。」
「おまえが部活に戻ってきて良かったと思うし、おまえ以外のGK2人だけだったとしてもダメだったと思う」

僕以外の2人の話に、僕がのっかる形で話をしていたのもあり、珍しく僕に発せられたその2つの言葉は鮮明に残りました。僕はその晩、休部した状態から部活に戻り選手権まで続けた(詳細は部員通信でご覧ください)意義はあったのだと過去を振り返り、一緒にご飯を食べた2人に感謝した反面、当時と比較した今の情けない自分についても考えていました。

ミスを恐れるあまり自分での判断が出来なくなっており、縮こまってしまってなんでもないシュートに対応できず失点し、GKの練習中もミスをしないことだけしか考えておらず常に暗い気持ちになっている現状。

これでは成長はありません。当たり前のことです。サッカーを楽しめておらず、取り組み方もテキトーになってしまいます。これは常々一緒に練習するある先輩から言われ続けていることであり、先日は、別な先輩に生活面での指摘をうけました。しかしこうした精神的な問題は、誰かに指針を示してもらい解決するものではなく、自分で解決するものです。この問題を解消するのは、サッカーだけでないあらゆることに繋がると思います。

もう引退が迫っているある4年生の先輩に以前言われました。「1年だからって時間がそんなにあると思うなよ」と。この言葉を忘れず、また、別の4年生にいわれていることですが「小さくまとまってしまった」自分から脱却できるように日々を過ごしていかなければいけません



最近、家が本当に溜まり場化してきた

1年 佐藤洋平

2017年9月7日木曜日

僕がア式に入部した経緯

こんにちは。
東大一年理科二類の勝田です。
ポジションはMFです。

 中学での三年間の部活ののち、高校浪人の六年間ではサッカーをしていなかったので、みんなに何故ア式に入ったのかと不思議に言われます。何の理由も無くア式に入ったわけではないので、僕が入部した経緯を話したいと思います。

 サッカーを始めたのは中学の時で、友達にすすめられて軽い気持ちで部に入りました。このときも途中入部でした。

 練習は思っていたよりゆるふわで、僕は最初から気持ちが入っていませんでした。夏休みに至っては寝過ごしてばかりでサボる日が続きました。練習中も友達と喋ってるばかりで、練習にまったく集中せず、「早くおわんないかなあ」と時計ばかり見ていました。

 そしてこの状態が二年間続きました。途中で心を入れ替えるきっかけもなく、最後の試合を迎えましたが、まともに練習していなかった僕は当然試合には使われませんでした。この時は少し悔しいといった程度でした。

 高校にはサッカー部はなく、サッカーをする機会は完全になくなりました。高三になってから海外サッカーをよく見るようになりました。自分からサッカーを見るというのが初めてで、技術の高さに驚きました。初めてサッカーに対する憧れが生まれ、サッカーが好きになり、毎日夜通しで海外サッカーを視聴していました。「あのとき本気でやっていれば」と中学のときのことを本気で後悔しました。東大に入り、サッカー部に入り、もう一度やり直そうと思ってランニングとドリブルを始めました。

 しかし一回目の受験で合格することはできず、結局四回目の受験で合格しました。このときにはもうサッカー部に入ってやって行く自信がまったくありませんでした。サークルオリエンテーションでは怖くてア式のところへはいけませんでした。

 毎日酒を飲んだり、ご飯に行ったりする日々で自分が何をしたいのかわからなくなりました。ア式の存在を思い出し、御殿下のフェンスの外から何回か練習を見ていました。練習の真剣さに驚かされました。でもここで気持ちを入れて本気でやれば、中学のときの失敗を取り返せると思い、勇気を振り絞ってア式の練習に参加しました。

 練習にはついていけませんでした。毎回足が攣り、帰ったら全身筋肉痛でした。しかし、中学の時とは違い真剣に練習に取り組む意味を理解し、一つ一つ考えて練習に挑むようになり、どうすればうまくなるのか、その糸口を掴んだ気がしました。そして、僕はア式に入部する決心をしました。

 今は怪我をしており三ヶ月の離脱を余儀なくされています。みんなから遅れて入部したにも関わらず、ボールに触ることができない日々で、非常に悔しい思いをしています。しかし、復帰に向けて今できることを全力でやりきりたいと思います。復帰した時、サッカーでは負けてしまうかもしれないけど、フィジカルでは絶対に負けない、そんな体を作ろうと思います。

 こんないい加減な人間ですが、今は本気でサッカーが強くなりたいと思っているので、四年間宜しくお願い致します。

2017年9月4日月曜日

東大女子(だから何)。東大サッカー部(だから何)。


「そういえば、大学どこなの?」
「東京大学」
「え、そうなんですね」
急によそよそしくなる某大学の男子。
とあるインターンでの出来事。
いやさっきまで、初対面にしては馴れ馴れしいほど、私に話して来たやーん。

「すみません、東大生にインタビューを行っています」
「あー、その番組、あんまり好きじゃないんで。結構です」
「この番組を知っているんですね。好きじゃない?!どうしてですか」
懐徳門…医学部に通じる、私がいつも使うお気に入りの門での出来事。
そのまま会話が始まり30分経過。
(その某番組のディレクターが抱く「東大生」への「偏見」を会話の節々から感じること30分。)
そこで私は小さな決意をする。偏見をちょっと覆してみるかー
『カメラの前で恥を捨て歌って踊る東大生などきっと世間の人にとっては規格外だろう。
これなら多分放送される。そして世間の東大生へのイメージを少し変えることが出来る。』
予想は的中。
「マスコミに乗せられた」と見せかけ、私はちょっぴり、実は自分の方が「マスコミを乗せた」気分(?!)でいる。

のはここだけの話

番組収録会場で。
普通の人とは違う風変わりな一面を引き出そうとする。
「恋愛下手な東大生」像を前面に押し出そうとする。
番組終盤、「絶対に東大生と結婚したい女子大生」が登場し東大男子との合コンのようなコーナーが始まる。東大女子は蚊帳の外。つまり東大女子に「女」としての部分は求められていない…


きっとこの大学の学生は、東大生というだけであるフィルターを通して見つめられ、
その視線によって自分自身のこともフィルターを通して見てしまったりしている。

例えば東大女子は、ちょっと女子力が高いだけで、東大女子「なのに」可愛い、
東大女子「の割に」可愛い、とちょっとちやほやされる。それで図に乗るほど彼女たちはアホではないと思う。(実際そんな人に出会ったことは無い)
しかし、逆に、「東大女子だから、(女子力は)これくらいでも大丈夫」と、どこか手を抜いている所はあるかもしれない。自省の意も込めて。


例えば東大サッカー部に対して世間は「東大に来てまでサッカーを頑張ってエライ、凄い」といった感想を持つ。すると、部員たち自身もそう思ってそれで満足してしまう恐れが出てくる。この奢りがそこまではっきり頭に浮かんでいる部員は流石にいないのだが、そんな深層心理がどこかで誰かに微かに働くことは十分にあり得る。
東大のサッカー部というだけでちょっと注目されやすくなる。それだけである種の価値が生まれる。しかしそれは私たちにとってある種のトラップになり得る。

「東大のサッカー部」を超えた、この東大ア式というクラブ/組織ならではの価値の追求を阻害する、トラップ。

早起きして、練習が絶対に入らない朝の時間帯にバイトをして、授業に行って、あるいは研究室で白衣を着て実験をして、食事もそこそこにグラウンドへ。練習後も遅くまで部室に残ってミーティング、家に帰り着いて授業のレポートに取り掛かる頃には遠い人だと日付が変わっていたり…

そんな目まぐるしい日々の中で、どうしても、ただただ、目の前のことを「こなす」だけで精一杯になり、「あー今日も頑張った」と満足して実は大して何も考えていないまま今夜も床に就く。

たとえ試合に全然勝てなくても。「このままではダメだ」と頭では分かっていても。

そうした自己満足で終わっているような、(自分含めた)部員の様子にふと気づいた時、焦りを感じる。焦りから腹が立ってきたりもするし、何だか、悲しくもなる。

それは多分、勿体無い、という気持ちがあるから。もっと出来るのに、現状で満足してしまっては、もう一歩、先の段階へは進めないではないか。この部はもっと出来るのに。あなたも私も、もっと出来るのに。



「東大」ということに着目してもう一度別の視点で考えてみる。「東大のサッカー部」というだけで、一大学の一部活がちょっと注目してもらえるのは有難い事でもある。
「東大のサッカー部なんだから、何か他と違うんだろう、何かきっとスゴイ所があるんだろう」
そう思ってもらえるのなら、その期待に応えようではないか。「東大(生)らしさ」を発揮しようではないか。

では、「東大生らしさ」とは何だろうか。真面目さ、謙虚さ、愚直さ…枚挙に暇ない。正解など多分無い。
しかし、「東大生らしさ」が溢れ出て来やすい所として、一つ、「運営」「ピッチ外活動」の部分が挙げられると思う。
つまりスタッフのフィールドである。

スタッフの同期/後輩…仲間たちへ。そのポテンシャルを充分に生かした運営・ピッチ外活動で、共に、勝てるチーム、魅力あるチームを作っていきたい。

選手の同期/後輩…仲間たちへ。上記の様なモチベーションを、我々スタッフの中に生み出すのは紛れも無く、あなた方の本気のプレー、誰かを思いやる言動、筋トレ・ラントレにもストイックに取り組む姿勢です。
だから、何というか、いつも「感謝」しています、心から。

当分の私の目標は

引退までの2ヶ月間、
東大生らしさ、もしくは自分達らしさを充分に生かしながらも
「東大のサッカー部」を越えたア式
に少しでもなれるような貢献をすること

そして「東大女子」であることに甘んじず
どこまでも、ストイックに、女を磨いていくこと



ただのひねくれものと言われちゃったらそれまでなんだけどね、

ま、とにかく、みんなと勝ちたいっす。昇格したいっす。それだけです。

4年 学生スタッフ 
松本彩伽
P.S.某番組の関係者の方々へ

私なんぞを出演させて頂き、実際の所ものすごく感謝しています。多分、それまでぼんやりとしか東大生としての自覚などなかった私に、「東大女子」としての自分をはっきりと自覚させ、考える機会を与えて下さったからこそこのfeelingsが書けました。ありがとうございました。