2017年12月15日金曜日

This is football

10月29日、田んぼのように水浸しになった御殿下のピッチの脇で、自分のサッカー人生はあっけなく幕を閉じた。
最後の何試合かはまるで呪われたかのように毎回大雨が降り、まるでサッカーにならないようなコンディションが続いた。自分が逃げ続けた部分のみが問われるような展開。サッカー人生の最後に一矢報いるチャンスは、とうとう訪れなかった。


思い返せば、もうちょっと上手くできたんじゃないかと思うことだらけだ。
サッカーを始めた小学校では、サッカーの魅力に気づくのが遅すぎた。5年生のときに見たクリスティアーノ・ロナウドがすげーカッコよくて、やっと本気で練習してドリブルはちょっと上手くなったけど、幼少期に獲得すべきコーディネーション能力や基礎技術の不足が、その後のどのカテゴリーにおいてもボトルネックになった感は否めない。
運よく鹿島のつくばJYに入団できた中学校では、成長期が訪れたのを転機に徐々に試合に出られるようになったものの、体力や基礎技術の低さといった自分の問題点を認識しながら、それに正面から向き合うことが出来なかった。このことが、サッカー選手としての自分の限界を決定的にし、今もなお自分の足を引っ張る甘い精神性を形成することになった。
中学の時よりさらに不可解な感じでユースに昇格した高校時代には、自分は何者かになれるのではないか、何かを成し遂げられるのではないかな、くらいにおめでたい勘違いをしていた。舞い上がっていた。ベーシックな部分は依然として出来ないことだらけだったのに、3人抜ければなんとかなるでしょ、くらいにタカをくくっていた。
実際には自分は全然通用しなかったが、最後には「何かが起きて」、「何かそのうち調子が良くなったりして」、自分が成功する「感じ」になるんじゃないかと思っていた。本当にこの程度の認識だったのだ。自分よりも遥かに努力を積み重ね、誰よりも真剣にサッカーに取り組む親友の姿を、あんなに近くで見ていたのに。


そして一度サッカーを辞め、東大に入学し、まあ今思えばよくあるパターンだが、大学ではサッカーをするつもりはないと意気込んでいたものの、藤岡さんに何度もサッカー部に誘っていただき、決心を曲げ笑、このア式蹴球部に入部した。そして、もう一度だけプロを目指すということを決めた。自分のやりたいようにやって、限界まで行ったらどうなるのか、見てみたかった。
実際この4年間、誰よりもサッカーのことを思考し、いろんな方法を使って少しでも上手くなろうと挑戦してきた、ということは胸を張って言える。そして実際少しは上手くなることができたと思う。が、もう少し大きな海に飛び出してみれば、それが微々たる成長に過ぎなかったことを、本当に嫌という程思い知らされた。自分の苦手なフィジカルや走力がどうこうよりも、自分の得意なパスやゲームメイクですら全然何もできなかったのがショックだった。何もできない自分が怖くなって、どんどんサッカーをすることも恐れるようになっていった。今思えば軽いイップスだったかもしれない。そんなこんなで疲れ果ててしまった自分は、自分が上に行くためにサッカーをやる意味がわからなくなってしまった。そしてとうとう、長年追ってきたプロという夢を諦め、ア式に復帰するという道を選んだ。
振り返ってみるとこの一年間は、きっと今までの人生で一番泣いた一年間だった。色んなことがあったから。悔しくて、情けなくて。今でも自分はプロになることが出来なかったという事実を受け入れるのは難しい。きっと一生後悔は続くのだろう。


リーグ戦の終盤に、ふと来シーズンのことを考えた。ユナイテッドを退団してこのチームに戻ってきたときに、「選手として上を目指す自分」はもう燃え尽きていた。今はもう、このチームに、こんな自分を拾ってくれたこのチームにどうやって恩を返せばいいのか、そう考えてパッと思いついたのが、コーチだった。自分の器ではとても活かしきれなかった、一生懸命集めた知識や考えを、せめてみんなの役に立てるためには、結構しっくりくる役回りな気がして、思いついてから決断するまでに時間はかからなかった。
シーズンが終わって、新体制下でコーチとしてこのチームを約一ヶ月指導してきた。この文章は選手としての自分が書く最後の文章として位置付けているが、選手としての感覚も強く残っている今だからこそ、このあたりで一度脱線して、僭越ではあるがこのチームの「コーチ」としてみんなに伝えたいことを一つだけ、書いておこうと思う。なぜならこれは、自分がここまでやってこれた武器であると同時に、自分の限界を決定的にした致命的な過ちでもあると感じているからだ。



それは、自分を小さな「箱」の中に閉じ込めない、ということ。
人類は原始から、「環境に適応する能力」を最大限活用し、現在の種の繁栄をもたらしたのだが、そのような特性上、人は良くも悪くも環境に適応してしまいがちだ。
サッカーにおけるこの「適応」のポジティブな面としては、レベルの高い環境に放り込まれることでその環境に「適応」し、自分1人では難しかったような飛躍的な成長を遂げる可能性があるということだ。我々ア式蹴球部がTOKYO UNITEDと合同で練習を行わせていただいているのも、当然このような効果を狙ってのことだ。言うまでもなく、適応に失敗してしまい、思うような成長速度に達しないばかりか、却って成長速度の停滞を招くリスクも内在しているので、選手の特徴やパーソナリティなどに合わせて指導者が適切な頻度、タイミングで行う必要はあるが、適応に成功した時のリターンの大きさは通常の成長過程からは測り知れないものになり得るので、選手の成長に関して非常に有効な手段であることは間違いない。


しかし、この「適応」能力がネガティブに働くような場合も存在する。適応が却って成長の妨げとなるような「箱」の代表例として挙げられるのが、「所属」と「自分」だ。

まず「所属」とは、言うまでもなく「自身の所属するコミュニティ」という意味である。人は社会的存在である以上、否応無しに何らかの、しかも多くの場合複数の「コミュニティ」に所属することになる。例えば僕たちは「ア式蹴球部」の一員であると同時に「東京大学」の学生であり、「どこかのカフェ」や「どこかの学習塾」の一員としてバイトに励んでいるかもしれないし、そもそも大半の人間が「家族」や「友人関係」というコミュニティを持ち、その一員として生活することを余儀なくされる。
この所属という行為自体には何の問題もないのだが、人がよく犯してしまう失敗は、これらの「コミュニティ」に適応した結果、その「コミュニティ」の限界や性質を、自分の限界や性質でもあるかのように思い込んでしまうことだ。すなわち、「所属」は、「自分は東京大学に所属しているのだからそこらの大学の生徒に頭の良さで負けるわけはない」というプライドを持つ(僕はこれを悪いことだとは思わない)可能性があると同時に、「東京都二部リーグに所属していて、ましてや高校まで弱小チームでやっていたのだから、東京都一部のチームや二部の上位チームの選手より下手でも仕方がない」というような思考や、「東大生は一般的に内向的で排他的だと言われているので、自分にはとても外交的な振る舞いなどできないのではないか」というような思い込みを生んでしまう可能性があるのである。(実際に東大生の多くはこのようなコンプレックスを抱えて生きているように見えるので、それってそもそも高校までの教育体系に問題があるんじゃないの、と思ってしまうが)

そして、成長を妨げるもう一つの「箱」が「自分」である。「変化」とは常に新たな適応行動を要求するので、リスクやストレスを伴う。そのため、多くの人が無意識に「現在の自分」に適応しており、「潜在意識における思考停止」に陥ってしまいがちだ。小難しく書いたが、要するに「人は何かを思考する際に、『それまでの自分』によって作られた枠組みの中でしか思考できないし、そうなっているということを認識することもできない」ということだ。少なくとも意識しなければ。
例えば、お気に入りの洋楽の、ある部分の英語の歌詞がどうしても早口で舌が回らない、としよう。その部分をどうしても上手く歌いたい。ここで漠然と、「上手く歌えるように考えて練習しなければ」と考えたところで、「歌詞を検索し」、「少しゆっくりのペースで何度が復唱する」、くらいしか考えつかず、それでも練習して歌えるようにならなければもう思考停止して諦めてしまうだろう。それはおそらく、自分が普段思考する際にその階層までしか踏み込もうとしないからだ。そしてこう思うのだ。「やっぱり英語って難しい。」「やっぱり自分にはリズム感がない。」
どうだろう、サッカーでもこんなこと、ありそうに感じないだろうか?

これらの「適応行動の結果としての思考停止による停滞」を防ぐには、言うまでもなく思考を停止しない以外の方法はない。
しかし具体的な方法論を知らないと、またすぐに”思考停止”に陥ってしまう可能性が高いので笑、一応自分が意識していたことを三つ。
一つ目は、「思考停止の可能性を常に疑うこと」だ。デカルトもこんなこと言っていたが、常に物事を疑ってかかることでしか課題発見の可能性は上がらない。どのような局面においても、その他の考え方、視点、階層はないのか?と考えることが大切だ。
二つ目は、「物事を構造化して考える」ことだ。これは、全てを並列に考えようとすると多くなりすぎてしまう情報量を整理し、シンプルな思考によって問題を解決することができるので非常に有効である。
三つ目は、二つ目の方法を実現するために、「行動を分類し、言語によって定義する」、あるいは「既に存在する定義を学ぶ」ことだ。あらゆるスポーツ、芸術、学問などの向上は認知行動学などの分野で研究されているが、それによると人間は「定義される」ことでその物事の枠組みを認識できるようになり、文脈的な情報・知識を得やすくなるために向上が容易になると言うことが証明されている。

本当はもう少しこれらの方法論について詳しく書こうと思ったのだが、一介の部員のブログとしては既にあまりに冗長な文章になりつつあるので笑、あとは自由に解釈して、有用だと思えば活用してもらいたいと思う。
要するに言いたいことは、きっとこのサッカー部にはもっと大きなポテンシャルが眠っていると思っているので、自分から「ア式」や「自分」という「箱」の中で勝手に限界を決めずにやってほしいなってこと。
もちろん根拠もある。先にも書いたように、スポーツなどの上達は認知行動学などにおいて研究されているが、これらの分野において「上達」とは次のようなイメージだ。まず、「トレーニング」にて新たな行動や認知パターンを体験させることで神経系に刺激を与え、”ミス”と言う失敗体験によりそれまでのニューロンの伝達回路が変化し、「適応」することによって新たな行動や認知のパターンが習慣化し、このことを「上達」すると言う。
このことから、サッカーにおいてもその上達に果たす脳の役割は非常に大きく、これまで必死に思考訓練を積んできた東大生だからこそ、向き合い方次第ではとんでもない選手やチームにだってなれるかもしれないのだ。自分はユースやユナイテッドで通用しなかったとき、結局諦めてしまった。最後の最後で自分の「箱」を抜け出せなかった。
だから、勝手に限界やレベルを規定してしまわずに、自分がまだ認識してないような「本気」で、必死にサッカーと向き合ってみてほしい。そうすればもっと貪欲で野心的なチームに、もっともっと魅力的なチームに、選手に、きっとなれる。そう信じています。一緒に頑張っていこう。



さて、脱線が思ったより相当長くなってしまったが、もうそれもおしまい。そろそろ選手としての自分を締めくくろう。

ここまで後悔や失敗ばかり書いてきたし、実際そんなことばかりだったようにも思えるが、やっぱりサッカーは最高に楽しかった。サッカーやってて本当に良かった。

トレセン落ちて、死ぬほどドリブル練習して、JY受かって泣くほど嬉しかったこと。JYで健太郎や上田、良介とかと一緒にプレーできたこと。かつらぎでひたすらミニゲしたこと。ユースですげー上手い奴らと一緒にやれたこと。大学でもう一度プロ目指せたこと。
白さんと一対一したこと。木村コーチにめっちゃ走らされたこと。田地先生に可愛がってもらったこと。クマさんにめっちゃ怒られたこと。
鹿島に勝てて死ぬほど喜んだこと。追浜に負けて死ぬほど泣いたこと。途中で辞める自分にカシマスタジアムで引退試合をやってくれたこと。
親友ができたこと。
ドリブル結構極めたこと。戦術めっちゃ勉強したこと。
カシマスタジアムで見た三連覇。揺れていた鹿島の旗。
イニエスタ、シャビ、グアルディオラ。齧り付くみたいにバルサの試合ばっか見たこと。
カタールのめっちゃ綺麗なグラウンド。ラビオとかコマンがやばかったこと。
オランダやスペインのスタジアムの景色。サポーターの声。震える空気。
小学校の土の校庭。テニスコートみたいな吉野サンヴィレッジ。汚くて寒い住金のロッカー。凸凹の御殿下。
毎回試合見にきてくれたおばあちゃん、おじいちゃん。仕事あっても送ってくれたお母さん。



サッカーの神様に恨み言を言った回数は一度や二度ではないが、サッカーの神様は本当にたくさんのプレゼントをくれていた。
自分なんかには勿体無いような仲間たちに巡り会えた、贅沢なサッカー人生だった。心から誇りに思う。できれば一生何らかの形でサッカーに関わってければいいなあ。幸い、あと少なくとも2年、これまでと形は違えどサッカーに向き合える時間がある。今度こそ、今度こそ本当に納得のいく結末を描けるように。この勝負は絶対に負けない。


自分という人間を形成してくれたコーチの方々に感謝。一生の財産である仲間達に感謝。大事なことを教えてくれた親友達に感謝。常に側で応援してくれた大切な人達に感謝。
山口 遼

2017年12月8日金曜日

アシキアリキ

 東京での新生活に不安と期待を抱いていた頃、色々な偶然が重なってア式蹴球部を知りました。しかしお話を聞きに行くと想像以上に厳しく、他大の私が入って何になるのか、自分にとっても意味のあるものになるのか分かりませんでした。
また、家族からは「プレーヤーでもないのに、マネージャーなんて、もっと経験してほしいことがたくさんある」と言われました。

その時私はア式に入りたいという固い意思は無く、ア式しか見ていなかったからだ…と簡単に諦めました。しかし他の部活やサークルを当たっても何だかピンと来ず結局はア式が頭に浮かんでくるのです。
そうして一度断った身で、しかも入部式は終わっていたのにも関わらずもう一度連絡をしました。

練習見学に行った時、明確な根拠は無いけれどここで四年間過ごしたいと思いました。単純にア式蹴球部という部活に惹かれました。真剣にサッカーと向き合っている選手の力に少しでも良いからなりたい、ここなら四年間皆と頑張れる、と率直に思いました。案の定家族や友達からは反対されましたがなんとか入部することが出来ました。
あの時にこんな私を受け入れて下さった皆さんに感謝しています。

 ところがそんな私を受け入れて下さったにも関わらず、ふとした会話に入れなかったり、東大生であることを前提とした話に入れない時にもう一つの壁が立ちはだかりました。他大生同士なら話が通じないことは当たり前にあることで、通っている大学が違うからといって問題がある訳でも、自分の今通っている大学に不満を抱いている訳でもありません。しかし"東大生"である彼らと"他大生"である私には通っている大学がただ違うというだけではなく住む世界がまるで違ったように見えていたのかもしれません。

夏の合宿で監督が一年生にお話して下さった時のこと。「お前らは時間的拘束が多い。機会損失も大きい。東大にまで入ってア式に来た理由を考えろ。それでもア式に来たならしっかりやれ。常に続ける意味を考えろ」とおっしゃいました。
皆にとっては何度も言われてるような事かもしれません。  

ですが東大生ではない私がア式と、ア式の人達に出会えたことが機会損失になるとは思えません。本当に良い人ばかりで毎日が刺激的です(世の中良い人ばかりではないという話は一旦置いておきます)。なのに東大生ではない自分が、もっというと皆と同じ大学では無いことがとても嫌になりました。私は私なりに他大なら他大なりにアプローチ出来ることはあるはずなのに。東大生としてよりも一人の人として接していたはずだったのに。俗にお豆腐メンタル等と言われますが私にはお豆腐にもなりきれないメンタルしか備わっていないのかもしれません。




今ではフィジコとして、ア式の一員として少しでも役に立てているでしょうか。東大生ではないことをプラスに変えていけているでしょうか。(会話に入れない時は聞く側に回り、みんなのことを知れる良いチャンスだと捉えられるようにはなりました)
また、皆とも少し仲良くなれて、他大コンプレックスなんて必要ないと感じさせられることもあります。


もしかしたらいつかまたその壁は現れるかもしれません。(というか結構頻繁に)
ですがそんな時はどこの大学であるかよりも一人の人として私には何が出来るか、を考えようと思います。
ア式にいる以上、ピッチ内外、選手・スタッフ、東大・他大問わず自分のやれること、やりたいことを常に考えていたいです。(何がやれるかよりもやりたいと思うなら続けていいんじゃないと言って下さった先輩の言葉を胸に刻みつつ)



そして、自信を持って言えるようになりたいです。いやなります!



「ア式に出会えて良かった」と。




アシキ アレアレ!ワタシ アレアレ
STAFF 比屋根有美子

2017年12月4日月曜日

2%

「まあまた練習来てよ。ちなみに今ア式に入る確率何%?」
「2%です」



新歓期、後輩の付き添いという名目でア式の練習に参加したものの入部する気は無く、先輩からの質問に僕はなんとも失礼な返答をした。
その後も練習や新歓コンパに参加したが結局ア式には入部せず、サークルに入った。



サークルを辞め、8月に途中入部してから「なんで入部しようと思ったの?」とか、「入部の決め手は?」とか聞かれることは多かったが、「なんで入部しなかったの?」と聞かれることはほとんど無かった。そりゃまあ問い質すような感じになるし聞き辛いだろう。
今回は自分が新歓期に「ア式に入部しない」と決断した経緯を振り返ろうと思う。



ア式に限らず運動会への入部をためらう理由として、勉強や遊び、バイトに費やせる時間が減ることや練習がキツいこと、真剣さ故に純粋に競技を楽しめなくなることが挙げられる。だがそんなことは僕にとってどうでもよかった。

僕がア式に入部しなかった理由は、自信が無かったから。

俺のレベルでは通用しないんじゃないのか?
練習を続けて上手くなれるのか?
失敗ばかりでも腐らずにいられるのか?

そんなことを考えていた。



高校時代の自分は決して優れた選手では無かった。ずば抜けた身体能力や反射神経を持っている訳でもなく、一対一が強い訳でもなく、キックを遠くまで飛ばせる訳でもない。練習や試合を重ねていく中で、自分の長所が何なのか、そもそも自分に長所があるのか分からなくなった。技術を伴っていない上にそんな状態で良いプレーができるはずもなく、特に高3の夏、最後の選手権前ではミスをして、自信をなくして、またミスをする、という悪循環に陥り、正面のシュートをキャッチするのも、ハイボールに飛び出すのも、ゴールキックを蹴るのも何もかもが怖かった。何をやっても上手く行く気がしなかった。そんな中で迎えた練習試合で、円陣を組む前にキャプテンから「石川、今日キック飛ばなかったら交代させるから」と言われた。正直、キツかった。自分が信頼されていないということもそうだが、何より自分が初歩的な技術不足でチームに迷惑をかけてしまっていることが悔しかった。だったら最初から代えてくれよ、そう言いかけて飲み込んだ。



自分なりに現状を打破しようと努力していたのだが、選手権が始まる前に怪我をしてしまった。普通に治していたのでは間に合わない。病院の先生やチームのトレーナーと相談し、リハビリと筋トレを続けつつ最後はテーピングをして誤魔化しつつプレーする、ということにしたが、僕の心に陰りが生まれ始めた。元々ろくなプレーができていない上に怪我で万全の状態ではないのだから、仮に無理矢理復帰しても試合には出られないんじゃないのか?だったら今やっている筋トレに意味はあるのか?炎天下に慣れない松葉杖を使って普段の倍以上の時間をかけてグラウンドに行く意味はあるのか?勉強時間を削って病院に通う意味はあるのか?僕は腐りかけていた。そんな考えを振り切り、他のチームメイトが全力で練習しているのに自分だけ手を抜く訳にはいかない、何より中高6年間をサッカーに捧げてきたのに最後まで頑張らなかったら絶対に一生後悔する、そう思ってトレーニングに取り組んだ。



結局チームは地区大会の2回戦で敗退してしまった。泣きじゃくる同期や後輩を見て自分もめちゃくちゃ悔しく感じたし全身全霊をかけて戦ったチームへの感謝の気持ちでいっぱいだったが、どこか冷めている自分もいた。引退ってこんなものなのか、試合に関わっていればもっと感動したのかな、とか考えていた。沈んだ空気のチームメイトを横目に差し入れのオレンジジュースを飲みきり、ゴミを捨てようとグラウンドと部室を繋ぐ散歩道と呼ばれる細い道に入った。すると、皆から離れ声が聞こえなくなった途端、目に涙が溢れた。泣くまいと上を見上げるがみるみる内に涙が溜まり、空が滲む。気が付けば僕は誰もいない散歩道で声を上げて泣いていた。
色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざりあっていたから、なんで泣いたのかはよく分からない。ただ一つ言えるのは、悔しかった。全力で努力して、それでも届かなかったことが悔しくてたまらなかった。涙が止まると、何か燃え尽きたような感覚に襲われた。ああ、ここまでやってもダメだったのか。多分、また同じ様な状況に陥ったらもう頑張ることはできないだろう。きっと腐ってしまう。熱意が枯れてしまった。俺のサッカー人生はここでおしまいなんだな…



こうして僕はサッカーへの自信と熱意を失なった。



ア式に入ってから3ヶ月が経つが、僕が抱えている問題は解決した訳ではない。良いプレーができることなんてほとんど無いし、むしろ上手くいかないことの方が多い。このまま練習を続けて上手くなれるのかも分からない。

だけど、もう一度だけ挑戦してみたい。もし高いレベルのプレーができるようになったら、もっとサッカーを楽しむことができるであろうから。そして、成長した自分がチームに勝利をもたらすことができれば、今まで自分が見たことの無い最高の景色を見ることができるであろうから。僕はもう腐ったりしない。ア式が僕のサッカー人生の本当の最後だ。遅れて入った分を取り戻し、一片の悔いも残さず、最高の経験をするために、僕は毎日全力で練習に取り組む。



僕を快く送り出して下さったサークルの先輩方、未だに仲良くしてくれるサークルの友達、そして、僕を暖かく受け入れてくれたア式の皆には心から感謝しています。必ずピッチの上で恩返しします。



ア式100%
1年 石川 旦

2017年11月28日火曜日

ゲーム

 はじめまして。大学に入ってもう半年以上も経っているとは信じられません。大学に入る前は大学生になったらああしよう、こうしよう、といろんなことを考えていた気がするのに、もう半分も思い出せません。この半年間何してきたんだろうと、振り返ってみるとだいたいゲームしてたことに気がつきました。

 ゲームといっても私がやるのはスマホやパソコンでできるゲーム類で、据え置き型のものは全くやりません。だから自分では自分のことをゲーマーだなんて思ったことなかったのですが、クラスや部活内で「ゲームする人」という認識が広まっていて、あまり納得がいっていませんでした。でも冷静に考えると毎日に3時間以上ゲームしてるし、休日はほぼ一日中していました。
 友達に「その時間無駄じゃん、やめなよ」って言われることも多いです。
 自分でもそう思います。
 アイテムを入手するために同じことを何度も何度もやって、キャラのレベルを上げるために何度も何度も周回して、それで3時間消費して、本当に無駄だなって。そんな時間と集中力があるなら勉強すればいいのにって。でもやめられないんですよね。(中毒とか依存症とか言わないでください笑)レアなアイテムをゲットできたら嬉しいし、今まで倒せなかった敵を倒せるようになったらガッツポーズしちゃうんです。

 ア式の活動も同じ気がしています。私はスタッフで、自分でプレーする訳じゃなくて、ただ立ってみんなのプレーしてるのを見てるだけで、暑いし寒いし、自分いなくても変わらないんじゃないか、部活行くぐらいなら勉強すればいいのに、って思うときも多いです。でも、みんなの成長がわかると嬉しくて、試合で勝てたら叫び声あげちゃうし、些細なことでも「ありがとう」って言ってもらえると「ああ、ここにいて良かった」って思います。

 まったくサッカーに興味ないのに新しいこと始めようと思ってア式に入りました。高校までの友達に「女子サッカー部に入った」って言うと「えええええ!?」って驚かれます。スタッフだよ、って言っても「そんなキャラじゃないでしょ」って言われるぐらいなんですが、精一杯みんなのサポートをしていきたいと思うので、どうぞよろしくお願いします。

パソコンでゲームしながらスマホでゲームする日々
女子部1年STAFF 宮路栞

2017年11月24日金曜日

インファイト

『身体能力は高い、けど判断が悪い』
嶺さんがサタデーリーグ最終戦前に僕に言った言葉です。
今でもモヤモヤと頭の中に残っています。

幼稚園の頃に始めて、だいたい13年くらいサッカーをやってきています。ア式に入ってからは7か月ちょっとですが、今までのサッカー人生の中で一番、自分の下手さを痛感しています。というよりは、自分があまりうまくないことにやっと気づき、受け入れられるようになった、といった方がいいかも知れません。
サッカー選手として、それなりにうまくやれている方の選手だと思っていました。振り返ると、もちろん悔しいこともたくさんありましたが、華やかで楽しかった記憶の方が我先に、たくさん蘇ってきます。自分が点を決めた試合も、チームの窮地を救ったシーンもたくさんあります。高校時代に都大会に行けた時、表現できないくらい嬉しかった。終了のホイッスルが鳴り響く前から半泣きだったのを覚えています。サッカーを通して、かけがえのない経験ができたこと、経験を共有できる仲間に出会えたことは僕の誇りです。ここは一歩も譲れません。

ただ、そんな良い思いができたのも、両親や周りの人のサポートがあったからなのだと最近になってようやくわかり始めました。大学に入り、自分でやらなければならないことが増えると、週5・6の部活をこなすだけで他の活動に支障が出てきてしまう。その逆もある。
サッカーそのものに関しても、サッカーが不便なくできる恵まれた環境についても、全然わかってなかった。実はまだまだちっともわかってないかもしれない。自分に足りていないことを、見えたところから一つ一つ潰していかなければならないと、少しずつ動き始めているつもりです。とはいえ、これまで気づいていなかったことを変えることは難しい。

冒頭の話に戻ります。

リーグ戦が終わって新体制になってからも、コーチから言われることはだいたい同じようなことです。りょうさんに『ボールの置く場所が悪い』と散々に言われています。りょうさんはより具体的に何が原因なのかを指摘してくれていますコントロール技術の低さがその後のプレーの選択肢を消してしまっている、全体を見られていないからするべきでないプレーをしている、と。言われていることに大きな違いはありません。
こういう課題を解決するのは簡単ではないと思います。地道に積み重ねるしかないし、いつ克服するかだってわからない。毎日のトレーニングや試合でのミスは、いつか来る大きな失敗のための予防接種だと思って日々成長していかなければなりません。
ア式に入ったのは、また、全員で同じ感情を共有できるよう試合をしたいからです。絶対に見たい景色がある。今度は御殿下で、その日が一刻でも早く来るために強くなります。



冬オフは温泉に行きたい
1年 山崎航太朗

2017年11月20日月曜日

感じていたこと

 こんにちは、初めてのfeelingsで上手くかけるかわかりませんが読んでくだされば嬉しいです。ここで一年生の多くは自己紹介をして、最後まで読むまで誰のものかわからないという楽しみが薄れてしまうという先輩のご指摘があったため、ここはひとつ名前を伏せてお送りしようと思います。


 一年生のみんなのfeelingsを読んで、自分の心に響くものや、知らなかったチームメイトの過去がいろいろ知れて、これがfeelingsか。とよくわかったところで順番が回ってきました。みんなのfeelingsにあったように自分に人の心に響くような思いは多分そんなになく、部活に入っている理由も暫定的に自分が一番がんばろうと思えることを本気でやりたい、という簡単な考えで、他に何か熱い想いがあればそっちに移ってしまう覚悟まであって、別に大層な思いはないです。サッカーについても怪我を治してこれからいろいろ学ぼうと思っています。


 こんな感じなのでみなさんのような読み応えのあるfeelingsにはできないですが、言っておきたかったことがひとつあります。それは、“最後の名前に対するキャッチフレーズが緩くないか。” です。新しく部員になって初のオンライン上でのお披露目のような場であるみんなのfeelingsでよく見られる”最近~~してる、” “ついつい~~してしまう、” みたいなフレーズでは人の記憶に焼きつかないし、興味も持ってもらえないと思います。覚えてもらうために書くからには全力でやるべきだと思うので、ここで僕が一つみんなのお手本として自分のキャッチフレーズを考えようと思います。そこで、最近のアイドルグループにはア式と同程度のメンバーが所属しているものがあり、彼女たちはキャッチフレーズのプロであるのでとても参考になると思うので、それを頭に置いて考えていきます。


 彼女たちを見ていて感じたキャッチフレーズの大切な要素の一つ目は”本人特有の何かを入れること”です。これは、白石麻衣さんが”マヨラー星人”というようなやつで、本当かどうかはわからなくても後でいじってもらえるかもしれないおいしさがあるし、覚えてもらいやすいという大きなメリットがあるので確実に押さえておきたいところです。僕の場合は胸囲がサッカー部にしては大きい、体重が重くて走るのがそこそこ早い、といったところでしょうか。

 二つ目は”順番”です。いろんなメンバーのキャッチフレーズを見ていて感じることが、最初に驚かすような情報を入れ、興味をわかせるというのが重要であるということです。僕の場合は重くて速い、という情報でわかりやすく惹きつけられれば、という感じです。

 三つ目は、”リズム感”です。 よくあるのが“~~出身、特技は~~、~~って呼んでください。”と息継ぎをしながら言う頭に残りやすく、かわいらしいやつです。語呂が良いとなおよしです。あの初々しい感じのかわいらしさがたまらなく、feelingsでかわいらしい一年生の僕たちがいうときっと先輩方もたまらない、とご飯に連れていってくださると思います。これら三つを押さえておけばそれなりに覚えてもらえるかわいらしいキャッチフレーズになり、feelingsのスタートも上々かなと言えると思います。それではこのあたりで失礼します。




運動エネルギーには自信があります。胸囲は驚異の99cm、兵庫県出身の
一年 和田 爽

2017年11月16日木曜日

ハッピーバースデー

私は先日、二十歳の誕生日を迎えた。昨年の誕生日は、先輩や同期からプレゼントをもらったものの、寮では2日前に自分で作った料理をチンして食べ、スーパーで買い物ついでに買った2つ入りのケーキを一人で食べて、寂しくなって泣いてしまったという苦い経験があったため、今年は何としてでもこれを回避しようと8月末から画策していた。

今年の私の誕生日は、日曜日だった。何かやるとしたら公式戦の後である。それまでまじめに法律を遵守し、参加した飲み会でもお酒を飲んだことがなかった私は、まず、生まれて初めて「飲みに行く」という経験をしたいと考えた。
まず、同期の成人を誘った。先輩を誘った。一部の後輩を誘った。時空が歪み始めた。

未成年の同期も誘った時点で、お酒が飲めない人も参戦することになってしまった。結局、ア式女子全員と、一緒に公式戦に出てくれている文京LBレディースのメンバー、ベンチに入ってくださるOGの方々を誘い、15名で食事に行くことになった。
少人数で二十歳祝いの飲みに行くつもりが、いつの間にか私は、自分の誕生会の幹事と化していた。

この一連の流れを見ていた某主将の、「ここまできたらもう任せるね」といういつもの冗談をなぜか今回に限って鵜呑みにした私は、自分で お店を探し、予約し、誕生日お祝いプレートまでお願いしてしまった。乾杯の音頭もとった。3月に立てた「ボケない」という目標は、もはや見る影もなかった。

こんな私のために、試合後の疲れの中、一緒に祝ってくれたみんなには感謝してもしきれない。さらにプレゼントまでくれた先輩や後輩、渾身の歌・ダンスを披露してくれた某主将には、もう頭が上がらない。
そして自分のためにこれだけの会を開いた結果、「誕生日の人が頑張る」という流れを作ってしまった一方で、私は他の人の誕生日をスルーできなくなった。
これからはア式女子のみんなの誕生日をちゃんと祝う人になろうと思う。

(もちろん未成年部員は飲んでいません)
こうしてア女のパ長になっていく
女子部2年 水谷優香

2017年11月12日日曜日

「安泰」に逃げない

僕は中高6年間部活でサッカーをしてきました。中学の頃はある程度戦績の良かった自分たちの代は高校で思うような結果が得られず、引退前最後の高校総体も予選敗退に終わりました。僕がア式への入部を決めたのは、一言で表すと「やりきった感」がなかったからです。高3の引退時まで続けたとはいえ、勉強や学校行事などサッカー以外にコミットしていた部分も大きかったので、大学サッカーという環境でもう一度自分のできるところまでやりきろうと決意しました。





最近高校の同期と会って話をすると、大学入ってまで部活に入っているのはすごい、というようなことをよく言われます。僕の高校は卒業して部活を続ける人が少ないからというのもあるでしょう。たしかに、僕もア式でサッカーをすることと、ア式に入らずに安泰な大学生活を送ることを一度は天秤にかけ、最終的にア式への入部を決めました。しかし入部から早くも半年が経過した今、ア式でサッカーをする自分がまさにある種の「安泰」に陥ってしまっているのではないかと感じます。東大で部活に入るという世間的なステータスが保証されている中で、与えられた環境でただ練習をこなしていく。それでは大学生として持ち得た他の多くの選択肢を捨ててまでア式でサッカーをすることに決めた意味が失われてしまいます。チームの勝利という目標のために日々の練習で自らの課題を克服しレベルアップする。大きなゴールを見据えながら弛むことなく努力を継続するのは簡単なことではありませんが、ピッチでプレーする選手たちへの憧れをただの憧れで終わらせてしまうことなく、トレーニングの原動力へと変え、いつか自分がピッチに立ってチームの勝利に貢献できるように頑張りたいと思います。



ジャージ持っていかない日に限って寒い



1年 門前

2017年11月8日水曜日

向上心

はじめまして。一年の松本周平です。とうとう順番がまわってきてしまいました。(笑)
正直文章を書くのは苦手ですが、頑張って書きます。(みんな上手すぎ)

ア式蹴球部に入部してからかれこれ半年近くが経ち、もう自己紹介っていう時期でもないので、この半年を振り返ってみようと思う。

実際、今のところはこれといったビッグイベント(大怪我であったり、大活躍であったり)は特にない。思い出されるのは、サタデーの理科大戦や東工大戦でシュートを外しまくったことや、初めてA練に参加した時のことなど、ほとんどがとりとめのないものである。しかし、その中でも大切にしなければいけないと思うものが1つだけある。それは後期の東工大戦だ。

前日の調整を終え、ここ数週間パフォーマンスが良くないことを自覚しつつも、まあベンチ入りはできるだろうと思っていた。大バカだった。昼ご飯を食べていると、中沖さんからラインがきた。それは次の試合メンバー外になることとその理由を伝えるものだった。それまで僕は知らぬうちに自分が今の立ち位置に満足していたことに気づかなかった。「一年生の顔」をして、漫然と日々の練習をただこなしていた。

ここで一度、ア式入部を決意した新歓期のことを振り返らせてほしい。僕は新歓期、いろいろなサークルや部活に行ったが、最終的にはラクロスとア式の二択で迷っていた。僕の中で最も印象に残ったラクロスの魅力はサッカーと比べて、大幅に伸びしろがあること、サッカーでは立つことができないだろう舞台に立てることだった。それでも最終的にア式を選んだのはやはり、サッカーが好きでもっと上手くなりたいと思ったからだった。

たしかに、12年間続けてきたサッカーには大学から始める競技に比べれば、それほど伸びしろはないかもしれない。しかし、だからこそ、ア式での4年間はその時々の自分の課題に真摯に取り組み続けなければならない。4年間部活を続ければ、サッカーが上手くなる保証なんてどこにもないのだから。

ア式での日々を大切に、常に向上心をもって、残りの約3年間サッカーに全力を注ぎたい。

一年 松本周平

2017年11月4日土曜日

腐り

ア式で身につけた能力のうち、社会に出てからも通用する能力の一つとして、思うように評価されないなど嫌なことがあった時に我慢して前向きに取り組む力が挙げられると思う。サッカー自体のレベルは高くないといえど、ごく一部の絶対的レギュラーを除き、多くの部員はレギュラー争いという競争社会に身を置く。東大生のかかわるコミュニティにおいて、ここまで毎週のようにはっきりと序列が示される環境はあまりないのではないかと思う。こうした環境で、自分が思うように評価されず、萎えたり腐ったりしてサッカーに取り組む気が失せるという経験が皆さんおありではないだろうか。腐ってもしょうがないとは思いつつも、どうしてもやる気が失せてしまうものである。

特に僕はこのような評価に萎えやすく、腐ってしまうことがよくあった。というか今もある。しかし、そのおかげか萎えたり腐ったりしないメンタルの作り方については、人より考えてきたつもりである。恐縮ではあるが、今回は自分なりに考えた腐らないメンタルの作り方をいくつかお伝えしたい。

1.   自分に過度に期待しない。
萎えとは、理想の自分と現実の自分のギャップによって生じるものである。そのギャップが大きければ大きいほど萎えるので、なるべく理想の自分を下げようというのがこの手法の狙いである。この手法は僕のお気に入りで、かなり効果がある。ただし、だんだんと自分に甘くなるので要注意。

2.   周りの自分への期待を下げる。
評価とは、その人への期待とその人の実際の活躍度合いのギャップに大きく影響を受ける。なるべく自分への期待のハードルを下げておけば、ギャップを少なくすることができ、あまり評価を下げることは無い。これも一定の効果があるが、ネガティブな言動が増えてしまうのが残念。

3.   感情を捨てる。
この手法は4年生のYさんが多用していたことで有名だろう。感情を捨て、機械のようにふるまえば、萎えたり腐ったりすることは無い。これは有効な自己防衛手段だが、人間味がなくなり不気味がられて、社会からあまり評価されなくなるので、おすすめはしない。

4.   評価を気にせず、いまより上手くなることだけを考える。
この手法は、評価を気にしなくなり、萎える原因がなくなるという点で有効。結構使えるが、レギュラー争いとは本質的に評価が伴うものであり、ただ現実から逃げているだけとも言える。そのことに気づいて使えなくなってしまった。

5.   サッカーへの執着を捨てる。
別にサッカーの評価が低いからって、人間の価値が決まるわけじゃないし、サッカーでプロを目指すわけじゃないしと考えることによって、サッカーに執着するのをやめ、評価されないことのダメージを下げる手法。これは非常に有効で、現実逃避としては最適である。ただし、何のために週6日もサッカーをしているのかわからなくなり、退部につながるので、避けましょう。

僕が考えた萎えないためのテクニックをあげてきたが、皆さんお気づきだろうか。これらの手法は、うまくなってチームで活躍したいという本心からの望みをごまかすための小手先でしかないのである。結局本質的には、嫌な評価にも我慢して、前向きにサッカーに取り組み続ける以外その望みを満たす方法はない。あれこれ考えるだけ無駄だということです。



来年こそは絶対昇格
3年 FW 井小路菖